清掃員:天使
Part336:名無しさん:10/11/6 22:55 ID:4sfdgTgOT2
その少女の出で立ちは紺色のブレザーにライトグレーのチェック柄のスカート、
そして黒色のハイソックスに革靴と、まるで女子高生の格好そのものだった。
だが、どこかで見覚えのある顔だ。
あぁ、そっか。この子は――
「沢登由衣の精神体だよ。精神年齢に準拠した容姿をしてるんだ」
カウボーイは僕に説明をする。
やっぱり。どこか現実の沢登由衣より幼く見えたのはそういう事だったのか。
「いつも現実ではお世話になっております。――というか、イマムラ君が助けに来たのですか」
軽く会釈をした後、僕の方を一瞥しながら彼女は話す。
何やら口調が『現実の沢登由衣』とは違い、機械的だった。
「この人じゃダメだったかな?」
からかうようにカウボーイは沢登由衣(JK ver.)に質問をした。
「いいえ、現実の私――つまり沢登由衣はイマムラ君の事を異性として気にしていましたので」
「えっ!」
まさか、心の中で告白されるとは予想外だった。
「やったな!いいねぇ、よっ!告白されちゃったね!」
「や、止めて下さいよ!うわぁあ。恥ずかしい……」
37:名無しさん:10/11/6 23:08 ID:7j/sPOVAuo
「……照れている所、失礼ですがお引き取り下さい。ここは危険です」
沢登由衣は尚も表情無く答える。
「沢登由衣の溜め込んだ『毒』は非常に危険な領域にまで達しています。
過去にも一度、ここへ沢登由衣の兄である沢登祐が天使と共に来ましたが、『毒』をあの箱の中に拘束するだけで限界でした」
天使が?
カウボーイ以外にも天使が現れたっていうのか?
彼女の兄が助けに?
過去にも似たような事があったのか?
頭の中で様々な疑問が湧いていた。
「その戦いの影響で沢登祐は今も意識不明による寝たきりの生活を送っており、その事が沢登由衣の精神にも負荷を掛けています」
「『毒』にやられたのか。君の兄も」
「ええ」
やられる?
飛び込みのパートナーに選ばれた当事者としては聞き捨てならなかった。
その反応を見てカウボーイは僕に説明する。
「天使が飛び込む為に連れてった人間が、対象者の『心』の中で死んだ場合、現実では意識不明の昏睡状態に陥るんだ」
「……『毒』は当時よりも強力です。誰にも抑えられないでしょう。ですので――お引き取り下さい」
彼女は冷静に、表情を一切変えることなく答えた。
38:名無しさん:10/11/7 01:26 ID:DqEWF02yyY
「これ以上、『毒』の蓄積が進む事も『私』は恐れています」
ですが、と沢登由衣は付け加えて続ける。
「イマムラ君が傷付いてしまう事を恐れています」
「……」
正直、僕は彼女の話を聞いて怖くなっていた。
まさか『毒』がそこまで影響を持っているとは思いもしなかった。
逃げたくて、逃げたくて――
「いやだ」
無意識に、と言えばおかしな話だけど、
気づくと僕は口を開けていた。
「えっ」
沢登由衣は思わず声をあげた。
表情に微かな驚きが浮かんでいた。
「君を、沢登さんを、僕は助けたい」
そうだ、この世界で僕は何を考えたって仕方無いんだ。
だったら自分の意志で決めてやる。
僕が沢登由衣を助け出す。
僕が、彼女を――
39:名無しさん:10/11/7 04:57 ID:pzT5R6geCY
「本当に、それで良いのですか」
沢登由衣は僕の意志を確かめるように聞いた。
「うん」
細かい理由は要らない。
多くの言葉も必要ない。
「……彼を――イマムラ君を頼みます」
「あいよ」
カウボーイも言葉少なに答えた。
「んじゃあ、始めるよ。沢登さんはなるべくここから離れてくれ」
「分かりました。では校舎の入口で待ちます」
「ああ、そうしてくれ」
沢登由衣は僕らに会釈をした後、教室を出て行った。
いよいよ室内には僕とカウボーイ、そして『毒』が『居る』大きな金属の箱だけとなった。
40:名無しさん:10/11/9 01:44 ID:5KqIGw5982
「で、どうやって『毒』を処分するんです?」
「無論、これで」
そう言ってカウボーイは、着ていたポンチョを脱ぎ捨てる。
すると、ベルトに何かを着けているのが見えた。
「拳――」
銃だ。拳銃だ。
それこそ彼の服装に似合うような、古めかしい拳銃がそこにはあった。
カウボーイは拳銃をベルトに付けたホルスターから取り出した。
ああいうのを確かリボルバーとか言うのを知っている。
詳しい事は分からないが、あれで『毒』を消せるのだろうか。
「箱、開けるよ」
呆気に取られている僕を後目に、カウボーイは箱の側面に近づいた。
「箱の中身は何じゃろ……」
拳銃を箱の側面にピタリと付ける。
何を始める気なんだろうか。
「なっ!!」
カウボーイは銃弾を放つ。
41:名無しさん:10/11/9 01:46 ID:j4f.n2aktg
カウボーイは側面に向けて撃ち続ける。
銃声が鳴る度、箱の中から今まで聞いたことのないような
悶え苦しむ叫びが室内どころか校内全体に響き渡った。
この叫びは校内に居る沢登由衣にも聞こえているのだろうか。
「こんなところかな。箱を開けるまでも無かったね」
カウボーイは息を軽くついてからポツリと呟いた。
先ほどまでの『箱』からの叫び声も止んでいた。
「終わり……ですよね」
「ああ、終わりだ。これ開けて見る?」
顎を上げて箱の方を指す。
僕は彼の方へと歩み寄る。
良かった。これで終わりだ。後は沢登由衣と落ち合うだけだ。
「待てっ、近寄」
瞬間。
何かが僕に目掛けて飛んできた。
42:名無しさん:10/11/9 01:48 ID:uXIFugrlws
「えっ」
咄嗟の出来事に理解が及ぶまでに時間が掛かった。
幸い、飛んできた『何か』は僕の顔前を通り過ぎた。
あれは、今のは、『箱』の破片――?
『毒』はまだ生きている。
箱をぶち破り、その破片が僕に向かって飛んだのだ。
『毒』はぶち破った『箱』から這い出て来た。
人とも獣とも言えない――ただただ醜悪な姿だった。
「離れろ!死んでない!」
カウボーイは再び拳銃を『毒』に向ける。
43:名無しさん:10/11/9 01:51 ID:mO2SeSxT6s
再び『毒』に向けて引き金を引く。
だが弾は出なかった。先ほどの発砲で全て撃ち尽くしたんだろうか。
「マジかよ――」
『毒』はカウボーイに目掛けて腕を振り下ろす。
辛うじてそれを避け、カウボーイは『毒』の身体に拳を叩き込む。
だが、『毒』は怯むだけで倒れはしなかった。
『毒』はカウボーイの身体を片手で持ち上げ、
僕の方に投げ飛ばした。
大柄なカウボーイの身体は容易く投げ飛ばされ、壁にぶつかった。
44:名無しさん:10/11/9 01:53 ID:NUK7FuhQGQ
「だ、大丈夫ですかっ」
僕はカウボーイの傍に駆け寄った。
なんだよ。天使の癖に全然ダメじゃないか。
本当に僕たちは死んでしまうのか。
「このままじゃ、俺達ヤバいかもな」
「何か方法は」
「方法、か。一つだけ良いのがあるよ」
「……それは?」
「それは――君の一部を切り取って、僕の力に変換するんだ」
「は?」
「足、腕、手、目ン玉、何でもいい。なんなら肉体でなくてもいい。聴覚や味覚、視覚でも」
「…………」
「悪いが時間は余り無い。決めてくれ」
こうしている間にも、僕たちの方に『毒』は歩み寄る。
僕の身体を代償にする、という事。
それでこの状況を。そして彼女を救い出せるのなら。
45:名無しさん:10/11/9 01:55 ID:27r9DO/Y4s
「記憶を」
「記憶?」
「記憶を、切り取る事は出来ますか」
「――ああ。出来る」
「では僕の……大学生活の四年間の記憶を切り取って下さい」
この四年間の記憶で済むならくれてやる。
沢登由衣との出会いだけは忘れたくなかったけれど。
だけど、それでも、彼女を守りたい――
「よし、わかった。記憶はここを抜け出した時には無くなっているぞ。」
カウボーイは首を縦に振り、僕の頭に手をかざす。
46:名無しさん:10/11/9 01:58 ID:pzT5R6geCY
「イメージしてくれ、君の『天使』のイメージを」
僕の顔前を覆うように手を広げながらカウボーイは話す。
僕は『天使』をイメージする。
「代償は『記憶』。変換するのは『力』。1n5eルは翼tO巨ナチカr2Aを、ザッダ充、ガLtuに関するjia獄nw」
カウボーイは何かを唱えていた。
医務室からここに行くときと同じように、
チューニングを間違えたラジオのように言葉が途切れ、
途中からは全く意味が分からなくなっていた。
彼の発する『言葉』は人の耳では聞くことの出来ない音域なのだろうか。
眩い光が目の前に広がっていく。
次に身体全体に強烈な痺れた感覚が走る。
そして頭が熱くなってきたと思えば、
今度は脳が直接真っ二つに割れるかのような激痛が走った。
「……でに時間は要らな。い、変kaN完。了オv」
瞬間、カウボーイの身体から更に強烈な光が発せられる。
そして彼の背中からは全てを塗りつぶせるかのような純白の翼が広がった。
47:名無しさん:10/11/9 02:00 ID:iNRJRKk/Ts
身体からは光を放ち、次第にカウボーイは姿を変えていく。
「おいおい……」
カウボーイの姿は光で覆われ、確認出来なかった。
だが、この口調はカウボーイのものだ。
声質は以前の成人男性のそれとは違い、少女のものだけれど。
「……なんだこれ、この時代の人間は天使にこんなイメージ持ってるのかな」
水着のような格好に大きな翼。
右手には巨大なライフル銃――対物ライフルと呼ばれるものが持たされていた。
頭には天使らしく金色に輝くリングが申し訳程度に浮いていた。
「……君さぁ、流石にこの格好は」
とっさに僕は、昨日ゲームセンターで遊んだ
格闘ゲームのキャラクターをイメージしてしまったのだ。
「まぁ、強そうな武器もあるし、良しとしようか」
右手に持つそれを見ながらカウボーイ、もとい天使はニッと笑う。
「今度こそ終わりだ。処分してやるよ――」
対物ライフルを片手だけで持ち上げ、『毒』に銃口を向ける。
48:名無しさん:10/11/9 02:04 ID:GjgUYEXgk2
『毒』は僕らに向かって突進をする。
だが、カウボーイは一切怯まず、怯えることもなく。
引き金を引く――。
先ほどの拳銃が玩具と思える位の強烈な銃声が鳴り響く。
全ての音は消え去り、一発の銃声がその場を支配した。
銃弾を浴びた『毒』はそのまま真っ直ぐに吹き飛ばされた。
身体の節々からは医務室で見たような煙りがもくもくと立ち上っていた。
「終わり。終わったぞ。これでおしまいだ」
『天使』は銃握から手を放し、捨てるように銃を床に投げてこちらを振り向く。
「じゃあ帰れるんですよね!」
「まあね。けどさぁ、本当に良かったの?記憶消えてるんだよ?」
「……良いんですよ、これで。」
「……ま、そう言うのなら良しとするかな」
本当に、これで良かった。
うん。これで良いんだ。
49:名無しさん:10/11/9 02:05 ID:GjgUYEXgk2
僕たちは今度こそ『毒』が倒れたのを確認し、教室をあとにする。
沢登由衣との待ち合わせ場所である校舎の入口へ向かった。
靴箱の並ぶ校舎の入口には沢登由衣が待っていた。
「……その姿は?」
姿形が変わって居るにも関わらず、沢登由衣は
『天使』の姿を見ても『カウボーイ』と認知していた。
「ん?これってこの時代の天使のイメージだろ?」
「いえ、違います」
沢登由衣は即否定した。
そりゃね
「彼がイメージしてくれたんだけどなぁ」
「えっ!あっ、いや…」
不本意な形でのイメージとは言え、
流石に好きな女の子にバラされるのはキツい。
「……アニメが好きなんですか」
沢登由衣は冷ややかな眼差しを僕に向ける。
「違う!格闘ゲームだよ!ゲーム!2003年に稼働した
2D格闘ゲーム『ルシフェル・ティアラ』のラミーアだよ!」
……僕は格闘ゲームが好きだ。
だがこの弁明は却って失敗である事に気付くのは、喋り終えてからだった。
「……変態ですね」
バッサリと言い切られてしまった。
「あぁ、『これ』がこの時代のこの国におけるHENTAIっていう奴か!なるほどなー!」
二度とこのゲームをやるまいと誓った。
50:名無しさん:10/11/9 02:06 ID:pzT5R6geCY
「……でも天使には性別の概念が無いから幾らでも姿なんて変えられるけどね」
「え?」
「現にこれは君のイメージだろう?すこーし昔だったら、女の天使なんて
君らが作ったイメージの中じゃ少数派だったんだがね」
「……十字架の世界では青年や男の子の姿が殆ど。
ムスリムじゃ女性の価値が男性の半分とされてるからまず居ない」
沢登由衣がぽつりと説明する。
「詳しいねぇ。ま、そんなところさ。輪っかにしても、翼にしても君らのイメージに過ぎないワケよ」
そうなんですか、と相づちを打つ。
「そうなんよ。まぁ君らの暮らしに溶け込む為に色々と姿を変えられた方が良いからね」
あのカウボーイの格好は溶け込んでいたかは微妙だと思うけど
「それで、ここから出るにはどうすれば?」
「ポケット探してみ」
言われてズボンのポケットを探る。
すると今まで見たことも無い鍵が入っていた。
「そこの扉の鍵だよ。開ければ帰れるよ」
校舎の入口を指しながら天使は話す。
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