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堕女神「私を、『淫魔』にしてください」

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Part12
246 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:30:08.97 ID:5XcExnPco
勇者「…ところで、その寝巻は?」
隣女王「サキュバスB……さんが、貸してくれました」
勇者「…あいつ、寝巻なんか持ってたのか。俺には見せてくれなかったのに」
隣女王「え?」
勇者「いや……。似合ってる。可愛いよ」
隣女王「…や、やめてくださいまし!」
勇者もベッドに上がり、隣女王の右手側に位置し、ヘッドボードに寄り掛かる。
その後は、他愛無い話を続ける。
サキュバスBの話をしていると、彼女はどこか、子供らしい笑顔を見せた。
勇者は、その笑顔に見覚えがある。
かつて人間の世界の小さな村に住まい、「勇者」になる前の事。
幾つか下の妹が、新しい友達をつくると、そんな風な笑顔で帰ってきた。
貧しくも幸せな食卓で新しい友達の話をするとき、その顔は、咲き誇る大輪のように輝いていた。
新しい「友達」の話をする、小さな女王は。
その瞬間だけは―――「少女」の顔を見せてくれていた。

247 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:30:39.85 ID:5XcExnPco
気付けば、彼女は眠ってしまっていた。
つられて横になっていた勇者のガウンの裾を優しく握り、その寝姿は、まがりなりにも「淫魔」と思えぬほどに、儚く触れがたいものがある。
すぅすぅと寝息を立てる小さな女王は、安心しきった寝顔を浮かべていた。
見れば見る程に、彼女は、危うげなほどに美しい。
鼻筋はすっと通り、桃色の唇にはつやがあり、銀の睫毛は長く、くるりと巻いている。
指は小枝のように細く、血色の良い小さな爪は、さながら花びらのようだ。
白銀の毛髪に埋もれた短い角は、魔族というよりも――――寝巻の色とも相まって、ふわふわの「羊」を思い起こさせる。
勇者「………『淫魔』だっていうのが、ウソみたいだ」
その手で彼女の頭を撫で、さらりと指の間を通り抜ける感触を楽しんでいるうちに、眠気がやってくる。
もしかすると、無意識のうちに彼女の寝息に調子を合わせていた為かもしれない。
勇者「……あ、……トイレ、行きたい……ような気がする」
それでも、離れない。
離してはくれなかったから。
勇者「…………久々に、疲れたな……今日……」
瞼の裏の追憶の中で、「彼女」と伴に城下へ踏み出したと同時に……眠りへと、落ちる。

248 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:06.88 ID:5XcExnPco
時は遡り、夕刻前、城下町にて
―――――城門前広場に集まった淫魔達が、一斉にざわめく。
―――――開きかけた城門を前に、騎乗した「王」を引き留める者がいた。
堕女神「陛下っ! どうかお下りください! 捜索隊を編成いたします!」
馬を引かせて、一人で隣国の一行を探しに向かおうとする勇者を、堕女神は必死に制する。
淫魔達は、それを遠巻きに眺めるのみ。
止めようとする意思、以前に―――その行動が、果たして本気なのかさえ疑っている。
隣国の使節が消息を絶ったのは、確かに非常の事態だ。
だが、それでも―――「王」が自ら探しに行く、などとは莫迦げていた。
心配するしないの問題ではなく、本気に思えないのだ。
堕女神「今すぐ向かわせますから、どうか……馬を下りてください!」
勇者「………約束したんだ。必ず助けるって」
堕女神「…ですから、何も自ら……!」
勇者「…そうだな、確かにそうだ」
堕女神「……お分かりいただけたのなら、下馬を」
制止が聞き入れられたと思ったのも束の間。
勇者は手綱を操り、馬首を、城門の外へと向けた。

249 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:31:42.39 ID:5XcExnPco
堕女神「陛下っ!!」
勇者「……これが、俺の就任演説だ」
堕女神「え?」
彼は、背中越しに淫魔の国の民達と、自らの侍従に語り続ける。
その決意は金剛石の如くに固く、今眼前にある聳える城壁の如く、揺らぎは無い。
――――「女王」を、助けに行く。
――――その一点に。
勇者「皆。……『俺』を、見ていてくれ。必ず、帰ってくる。……その時は、俺を―――もう一度だけ、『歓迎』してほしい」
西の空に沈む夕日が、振り返った勇者の顔を照らした。
彼は、柔らかな微笑みを浮かべ、それでいながら、緩みのない……かつての称号を偲ぶような顔を、淫魔達に向ける。
凛と立つその姿を以て、
幾万の魔獣の群れにも斬り込むその強さを以て、
世界の終りが目前にあろうと絶やさないその笑顔を以て、人々に、己が生を戦う「勇気」を分け与える者の。
――――『勇者』の称号を持つ者の、微笑を。

250 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:32:51.72 ID:5XcExnPco
投下終了です
おやすみなさいー


251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 02:33:12.82 ID:BzwwVOpwo
おつかれ
続きが気になる

252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 02:58:52.86 ID:q6Nr4euDO
乙~
そういやポチは?

253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:02:14.55 ID:BzwwVOpwo
流れ的に淫具店のアレがポチじゃね

254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:13:22.10 ID:zABHCnbmo
ポチすげぇ

255 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 03:24:45.25 ID:R6zrBxDLo

確認だけど>>239の
人間「……色気の無い話」
って勇者でいいんだよね?

256 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 03:33:01.10 ID:5XcExnPco
>>255
なんか変な誤字があった……
すみません、それでOKです
なんでこんな誤字したんだろ?
それと、もしかすると明日の夜は投下できないかもです
まだ確実じゃないですけど

257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 05:17:55.87 ID:hNyv/bWuo
乙、えぇ?明日は無いの?。・゜・(ノД`)・゜・。

258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 07:45:04.97 ID:PH9MPb/2o
乙、おもしろいよ。無理しない程度に頑張って

259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/12/22(土) 08:06:52.90 ID:V/B8VE7vo
乙!気長に待ってる

274 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:33.16 ID:DU8XxeDfo
六日目
小鳥の囀りの中で目を開くと、まず、無垢な少女の寝顔が目に入った。
寝息を立てるごとに身体が揺れ、微かに開いた唇からは、かわいらしい前歯が覗けた。
彼女を朝の明かりの中で見ると、昨夜燭光の中での印象とは、また違ったものがある。
気付けば、右腕の上に、彼女の頭が載っていた。
そのまま抱き締め、寝息が当たり、くすぐったささえ感じる距離で眠っていたようだ。
勇者「………起きるんだ」
隣女王「……ン…」
勇者「朝。……いい加減、俺も用足しに行きたいんだけど」
隣女王「ん……あ、え……?」
ようやく薄目を開けるが、意識はまだ伴っていない。
勇者「…起こしに来るよ?」
隣女王「陛…下……? え……?」
昨夜から続く状況をようやく認識し、明確な言葉が紡がれた。
そして今、頭を預けているものが―――何なのかを、悟った。
勇者「そうだよ、一緒に寝たんだよ。……起きないか、ほら」
隣女王「……すみません……もう少し、だけ」
隣女王「……もう少し……だけ……このままに、させてくださいまし……」

275 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:09:59.71 ID:DU8XxeDfo
堕女神は、起こしに来なかった。
代わりにメイドが三人、うち一人は、女王の為の着替えを手にしていた。
勇者が先にメイドの一人に手伝わせて着替えを終え、寝室を出て、そのまま、小用を足しに足を伸ばした。
寝室前に戻り、十数分経つと着替えを終えた隣女王が出てくる。
寝乱れた髪は丁寧に梳かれ、朝の光を浴びて、艶めいた輝きを見せる。
細い肩が露わとなる白のドレスもまた良く似合っており、袖口のレースの装飾は、たおやかな手指を引き立てていた。
隣女王「お、お待たせいたしました。……その……似合い、ますか?」
勇者「……女王様、というより『お姫様』」
丈の長いスカートに慣れないのか、足取りは覚束ない。
一歩ずつ探るように歩く、その危なげな所作は見ていて肝を冷やしそうになる。
不慣れな様子を見られ、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながらも、ゆっくりと、勇者の許へと歩いてきた。
勇者「似合うけど……その服、どこから?」
隣女王「お城の使用人の方が、仕立ててくれたとの事です」
勇者「そっか、仕立て……って、一晩で!?」
隣女王「えっ」

276 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:10:47.30 ID:DU8XxeDfo
勇者「…いや。とにかく、朝食にしよう」
勇者が彼女へ手を差し伸べると、いささか戸惑うような態度が見られた。
恥じらうような仕草とは裏腹に、その表情はほころび、口端が僅かに上がる。
小さく震える手をおずおずと伸ばし、彼女は勇者の手を取る。
そのまま引き寄せ、手を繋ぎ直し、隣へ寄り添い―――
彼女の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩を進めた。
ほんの一歩を進めるだけにも三秒ほどかけ、窓から差し込む朝日と風の音、小鳥の歌を楽しみながら。
広い廊下に絨毯を踏みしめる音が歯切れよく響き渡る。
メイド達の姿は無く、まるで、城内に二人きりとなってしまったような錯覚まで覚えるほど。
隣女王「陛下」
きゅっ、と握り手に力を込めながら、隣を行く男に語りかける。
隣女王「………助けていただき、ありがとうございました」
勇者「言っただろう。助けたのは、俺じゃなく―――」
隣女王「それでも、助けに来てくれたのは陛下です」
勇者「忘れていいよ。そもそも、我が国の領内で危ない目に遭わせた事自体が恥なんだ」
隣女王「……陛下のせいでは、ありませんよ」

277 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:15.67 ID:DU8XxeDfo
勇者「そう言ってくれると嬉しいけれど……」
隣女王「それより、何故…陛下はあんなに、お強いのですか?」
勇者「……淫魔達より、堕女神よりは弱いさ」
隣女王「…雷を操る事ができる人間など、聞いた事が……」
勇者「…………なんで、まだ使えたんだろう」
――――零して、彼女の手を握る利き手とは反対側の掌をじっと見つめた。
勇者「……どうして、俺は……『雷撃』を使えるんだ」
あの日、”魔王”とともに”勇者”もいなくなった。
それなのに……”勇者”だけが扱える、雷撃の力は失われていない。
いや、それに留まらず、更に精細に放つことができていたように、勇者は感じた。
隣女王「―――陛下?」
彼方へと思索の糸が伸びかけた頃に、怪訝な声で引き戻される。
勇者「……ん、いや……何でもない」

278 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:11:43.17 ID:DU8XxeDfo
眼前に大食堂の扉が見えた頃に、ふと、隣女王が歩みを止め、俯く。
付き合って勇者も足を止めて、隣を行く少女の顔を、じっと見下ろした。
何かを言おうとしているのか、開きかけた唇が震え、消え入りそうな声が、吐息と混じって呟かれる。
慎重に言葉を選んでいる様子が見て取れた。
隣女王「……陛……下。その……ひとつ、だけ……」
足を止めた事で引っ込みが付かないと思ったか、ようやく、言葉が続いた。
勇者は、彼女の顔を見ながら、決して急き立てるような仕草はせず、声も発しない。
ただ―――彼女の言葉を、最後まで聴こうとしていた。
隣女王「…わ、我が儘……ばかり……申して、しまいますが……その……」
太ももをもじもじと擦り合わせながら、林檎のように顔から首筋までを紅に染め、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
緊張のあまりか若干舌足らずな発音が混じり、幼さが覗かせた。
隣女王「私……に……」
隣女王「私に、口付けを……し、て……いただけ、ません……か……」

279 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:12:10.55 ID:DU8XxeDfo
言い切ったと同時に、彼女は顔を上げる。
本当ならば俯いて塞いでしまいそうなほどに、気恥ずかしく感じていた。
しかし、彼女は、顔を背けられなかった。
目を潤ませながら、ほんのり上気させながら、唇を震わせ、心臓を早鐘が如く脈打たせ。
彼女は答えを、永遠を待つが如くに待ち続けた。
答えの、言葉を。
あるいは―――「行い」を。
勇者「………口付け」
勇者が鸚鵡返しに口にすると、彼女の身体がびくりと震えた。
自らの発した言葉、その意味を改めて認識させられて。
隣女王「…………」
勇者「……隣女王」
優しげな言葉とともに、繋いでいた手を放し、互いの体温で温まった右手を、彼女の頬に添える。
彼は、彼女の頬の熱に。
彼女は、彼の手の暖かさに。
少しびっくりしながら、しばしの沈黙を守る。
勇者「……ごめん。………俺には、できない」


280 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:13:20.01 ID:DU8XxeDfo
隣女王「…………」
頬に添えられたままの右手を、彼女は、両手で取り、首元で、握り締める。
期待とともに見上げていた顔を、ゆっくりと俯かせて。
勇者は、彼女を抱き締めるでもなく―――同じく俯き、眼下に肩を小刻みに震わす、小さな少女の姿を見た。
隣女王「ごめん、なさい……」
彼女の震えた喉が、何にともなく謝る言葉を告げた。
勇者「俺には、この世界で……やらなきゃいけない事があるんだ」
隣女王「………っ」
彼女の肩の震えが大きくなり、しゃくり上げるような、怯えるような声が聞こえた。
勇者「………だから、君に……今、口付けする事はできない」
その言葉に、彼女の嗚咽は少し治まった。
思いが、全く自らに向いていない訳では無い。
勇者の言葉に少しの慰めを見出し、崩れ落ちそうだった膝に、再び力が入った。
勇者「信じてほしい事がある」
俯いていた顔を上げ、勇者を見上げる。
目から幾筋かの涙が零れ落ち、顎先に雫をつくっていた。
勇者「………俺は、間違いなく……君に逢う為にも、この世界に来たよ」

281 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:13:47.23 ID:DU8XxeDfo
そして、隣女王の涙を拭い、落ち着くまで待ち、大食堂への扉を開けた。
隣国の淫魔達は既に席に着き、二人の「王」を待っていた。
詫びの言葉を告げて着席すると、すぐに朝食が運ばれた。
パンを数種類の野菜とともに煮込んだ、優しい味わいの、粥にも似た料理をメインに、いくつかの副菜とスープ。
特にメインのそれを、小さな淫魔達は何皿か「おかわり」を頼んだ。
体に優しく沁み込むような、とろとろとした食感の中に野菜の風味と滋養が溶け込んだ、
勇者にとっても、初めて食べる美味さを持つ料理だった。
暖かみに溢れ、まるで、母の手になる料理を食するような思いがした。
隣女王でさえも、その皿の虜になっている。
スプーンで一口、また一口と進める内に、すっかりと空になってしまう。
メイドに半皿の追加を申し出たほどだ。
食事を終えると、少しの休息を挟み、日が高い内にと、隣国の淫魔達を送る馬車が準備された。
同時に城前には道中の護衛を務める淫魔達が揃い、張り詰めた空気を漂わせる。
彼女らは正真正銘の精鋭であり、人間界であれば、小国の軍隊に匹敵するほどの力を持つ。
発つ間際、隣女王は微笑みを取り戻し、勇者、そして遅れて現れた堕女神に深く一礼を送り。
そのまま振り返る事無く、窓から覗く事もなく馬車へと乗り込み、帰途に就いた。
――――こうして、隣国からの客人達は、今度こそ、無事に国へと帰り着いた。

282 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:30.59 ID:DU8XxeDfo
隣国の淫魔達が帰った頃、賑わいの消えた城内、その厨房を堕女神が片付けていた。
すでに八割方の食器類は洗われ、作業台の上に水分も拭き取られ、あとはしまうだけの状態で積まれていた。
厨房には、誰もいない。
かちゃ、かちゃと音を立てる食器の泡を水で落とし、傍らに積み上げる。
ひたすら、手元だけを見て彼女はそうしていた。
心のざわめきは、今も尚落ち着いていない。
落ち着かないままだから、今朝は、王の顔を見に行けなかった。
その顔を、見る事ができる自信が無かった。
彼女は、「淫魔」ではない。
自分の事を、神位を失い、淫魔の国へと落ち延びた―――「よそ者」に過ぎないと、思っていた。
それ故に淫魔達とは最低限にしか触れ合わず、ひたすら、この国の女王へと尽くす事で心を保っていた。
女王が崩御し、百年。
新たな王が現れ、この国を統治する。
役割は――――変わらない。

283 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:14:56.51 ID:DU8XxeDfo
鋭い音が彼女の鼓膜へ切りつけるように、意識を引き戻させる。
流し台には、大皿の破片が散らばっていた。
堕女神「あっ……」
漏れ出た声は、彼女の声とは思えない程に弱々しい。
ただ考え事をしてうっかり皿を割ってしまっただけの事が無性に、哀しく感じた。
手を伸ばして破片を拾おうとするも、その行動にも、注意が伴わなかった。
その断面が鋭利である事をも、迷った心が忘れさせてしまった。
危うげな手つきのまま、指先が破片に触れる間際。
下を向いた視界に、別の……優しくしなやかでありながら、精悍な右手が映り込んだ。
堕女神「え……?」
驚いて手を引っ込めると、いくつもの傷痕を残したその手は、流し台に散らばる破片を取り除いていった。
彼女の手を仕草で引っ込めさせ、断面に触れないように注意深く拾い集め、
既に彼女が洗い終えた皿に混じらぬように、流し台の縁に置いた。
一連の動作が済んで初めて、「手」の持ち主の声が聞こえた。
勇者「…怪我してないか? 大丈夫?」

284 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/24(月) 03:15:25.12 ID:DU8XxeDfo
堕女神「陛下…!?」
勇者「……ん、大丈夫みたいだな、よかった」
彼の視線が堕女神の二つの手を往復し、怪我の無い事を見て取ると、ようやく安堵の吐息を漏らす。
その間にも彼は水洗いを終えた食器の水分を拭い、作業台の上に移す事を続けていた。
堕女神「い、いけません……陛下! 私が片付けますので……!」
勇者「別にいいだろ。これぐらい」
堕女神「しかし……!」
勇者「……手伝いたいんだ」
そうとまで言われると、彼女に拒む術は無い。
ついに覗きこんでしまったその目は、どこまでも優しげな本心を物語っていたから。
それ以上何も告げずに、彼女は皿洗いの作業へと戻る。
一枚、また一枚。
洗い終えた皿を勇者が拭き上げ、作業台へ重ねる。
堕女神「……申し訳ありません」
勇者「ん?」
堕女神「………手が滑ってしまいました」
勇者「……皿ぐらい割るだろ。それより、怪我しなくてよかったよ」

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