堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
Part11
228 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:16:42.16 ID:5XcExnPco
木製の槍を手にしたトロールは、倒されて露わになった股間の、
ひたと閉じた割れ目と、小さな桃色の窄みを、何度も串の先端で引っ掻く。
隣女王「う、嘘……」
串刺しに、するつもりだ。
尻から口までを一直線に貫き、火にくべて食らうつもりだ。
魚にでもそうするかのように、容赦なく。
隣女王「や、やだ…やめて……やめてぇぇ!!」
口をついて出たのは、既に「女王」の声ではなかった。
裏返った声は、無力な「少女」の懇願―――いや、命乞い。
狙いを定めたトロールは、柔らかく小さな肛門へと、串の尖端を押し付ける。
隣女王「いやっ! いやぁ…! ……助けて! 誰か、助けてくださいっ!!」
トロール達は獲物の鳴き声に満足し、その光景をぎらぎらと目を輝かせて愉しむ。
来る筈の無い助けを請い、威厳も霧消させ、その身をばたつかせる、その姿を。
「串」の先端が、肛門を押し広げ、数ミリほど沈み込む。
いよいよ逃れられない、惨すぎる恐怖は――――
隣女王「ひっ……! いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
至近に聞こえた、雷鳴の轟きが拭い去った。
229 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:17:26.82 ID:5XcExnPco
小さな体を押さえつけていたトロールも、串を手に取っていたトロールも、動揺とともに周囲を見回す。
振り返れば―――同胞がぷすぷすと黒煙を上げ、倒れる事さえできずに絶命していた。
???「……間に合ったようです。陛下」
???「彼女らは任せた。奴らは俺がやる」
???「……僭越ではありますが、私が……」
???「…これは、俺が受けた依頼(クエスト)なんだ」
直後、「串」を手にしていたトロールが吹き飛ばされ、焚き火の中へと叩き込まれる。
雷に一瞬で焼かれた焦げ臭さとはまた違う、じわじわと肉が焼ける、不快な匂いが立ち込めた。
当のトロールが炎の中でもがき、断末摩の声を上げると同時に、隣女王の身体を押さえつけるトロールも離れた。
恐れた。
目の前にいる「男」を。
淫魔の国の王となった、ただ一人の人間を。
勇者「…遅くなって、すまなかった」
彼は周囲のトロール達の動向など気にも留めずに跪き、裸体を晒す隣女王へ、自らの外套を羽織らせる。
勇者の体温で暖められた重厚な絹の外套は、彼女の身体を優しく、暖かく包み込んだ。
その暖かさに、彼女の目からは涙がこぼれ―――しゃくり上げるように、泣き出してしまう。
垂れ落ちる洟さえ気にせず、安堵と、今までに起こった恐怖の連続とを思い、とめどなく涙を溢れさせて。
隣女王「…っく……ひっく……。う、…うぇぇ……」
230 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:19:14.56 ID:5XcExnPco
ぼろぼろと泣き続ける彼女の頭を、勇者は優しく、胸に抱き締める。
不思議と、彼女は……周囲を取り囲むトロールの殺気など、もはや微塵も気に留めてはいない。
圧倒的な安心感と、抱き締めた男の胸から伝わる静かな命の鼓動が、何よりも力強かった。
隣女王「…あり…がとう…ございます……」
勇者「……礼は早いな。それに、俺は――――」
二人へ向けて、トロールが棍棒を振り下ろす。
狙いは後ろから、勇者の脳天―――否、その棍棒は、二人をまとめて血のシミへと変える質量を持っていた。
しかしその棍棒は、届くことは無かった。
二人を取り囲むように半球形の結界が現れ、まるで鋼の壁のように、岩石から削り出した棍棒が逆に弾き折られた。
衝撃でトロールの鎖骨がへし折れ、反吐をまき散らしながら、苦悶とともに二人から離れる。
勇者「……この中にいれば、大丈夫だ。長くはもたないが……切れる前に、終わらせるよ」
不破にして不可侵、超硬度の結界を内側からすり抜け、彼女を結界の中に残し、無造作にトロール達と対峙する。
未だに数は20を数え、手に手に石斧、棍棒、丸太といった雑多な武器を携えている。
それに対し勇者は徒手空拳。
腰に提げた剣は抜かれず、構えさえも取らず、勇者は獣人達の包囲のただ中へと進み出る。
勇者「…手垢まみれの『金』も、貴様らから得る『経験』も、いらない」
拳の中に紫電を握り締め、雷雲にて鎧われた拳を突き出して呟く。
勇者「――――逃げるなら、今のうちだ」
231 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:19:49.74 ID:5XcExnPco
前進し、得物を振りかぶった二体のトロールを雷が灼く。
雷撃は一撃で二つの命を刈り取り、振りかぶったままの姿勢で息絶えた。
眼前の男の睨みつける眼差しにトロール達は怯むが、それでも退く事は無い。
食欲のままに、あるいは嗜虐心のままに、「結界」の中で震える少女を見やる。
仲間が減った事さえも、彼らは悲しんでなどいない。
むしろ、その逆………「分け前が増えた」以上の意味を見出していない。
証拠に、彼らは、嗤っていた。
とがった小石を適当に散らしたような歯並びの悪い口腔を見せつけるように、顔を歪めていた。
そして、おぞましい事に―――その顔は、勇者と隣女王にだけ向けられてはいない。
雷に打たれ、焼け焦げた亡骸となったトロール達へも向けられていたのだ。
もし、仮に目の前の男を倒す事ができたとしたら……小さな淫魔達を喰い殺し、
足りぬ分は、自らの同胞達の肉をも喰らうつもりだ。
勇者「………来い」
哀しみさえ宿した声で、呟く。
トロールの内には、「仲間」という概念さえ無かった。
同じ種族の群れ、というだけで、「仲間」ではない。
勇者「……『逃げない』んだろ?」
232 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:20:43.47 ID:5XcExnPco
半球の結界の内側から、彼女はずっと見ていた。
雷の音が聞こえるたびに耳を塞ぎ、轟音に身を竦ませる。
トロール達の武器が地を叩き、そして木をへし折る度に伝わる大地の揺れにも同じく。
「彼」は振り下ろされた棍棒を避け、腕を駆けのぼり、渾身の拳をトロールの顔面に叩きこむ。
異常な重さに牙がへし折れ、たたらを踏んで後退するところへ、追い打ちの膝を喰らわせ、沈ませる。
人間の膂力をはるかに超えた威力は、トロールの頭蓋を砕き、眼球と脳漿、頭蓋骨の破片をまき散らした。
そこから先は、彼女からは見えなかった。
トロールの頭から飛び散った鮮血が結界を覆い、うすぼんやりと見えていた「外側」の景色が遮られたからだ。
ただ、結界を通しても聞こえる雷鳴と叫び、そして数え上げる事さえできない衝撃だけが内側へ伝わる。
いつしか、耳を塞ぎ、目を閉じ、ぎゅうっと体を小さくして、震えていた。
脚が、背中が、尻が、雑草の縁で切れている。
ひりひりとした痛みがあちこちから届き、今頃になって痛みを感じさせる。
同じくして、股間へ突き刺さる木の杭の感触までも、蘇る。
突き刺さりかけていた「死」の矛先が、今だからこそ、最中よりも鮮明に蘇る。
隣女王「……かえり、たい……かえりたい…よぉ……」
涙をぽろぽろと零し、泣き崩れる。
「女王」としてではなく、「幼子」としての性質から、一刻も早く―――安心できる場所へ、戻りたいと願う。
気付けば、一切の音も、声も、衝撃も……聞こえなくなっていた。
233 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:21:12.70 ID:5XcExnPco
隣女王を護っていた防御結界が溶け消え、結界内で澱んでいた空気が、一気に薄れる。
代わりに飛び込んできたのは、肉の焦げる匂いと血の香り。
たおやかな隣女王には堪えられない程の、修羅場の悪臭。
勇者「……怪我は?」
嗅ぎなれぬ悪臭の中、勇者が、隣女王の正面に立って声をかける。
顔をぐしゃぐしゃにしたまま、ゆっくりと上を向き―――潤んだ視界に、その男の姿を映す。
涙がこぼれていき、鮮明な視界を取り戻した時、彼女は言葉を失った。
白い服には血糊がこびりつき、袖は裂けて、上腕の傷から血が滴っていた。
精悍な顔にも疲れの色が見え、それでも、優しく……微笑みかけていたからだ。
隣女王「へいか……? お、お怪我を……?」
勇者「……はは。流石に……素手じゃ、無理があった。何発か貰ってしまったよ」
笑い飛ばすが、時折顔を引きつらせる。
トロールの爪で負った腕の切傷以外にも、ダメージがあり、加えて―――雷撃呪文の連撃が、精神を疲弊させていた。
堕女神「……女王陛下以外の全員を、城へ移動させました。遅くなって申し訳――――!?」
勇者「…ありがとう。さぁ、一旦帰ろうか」
堕女神「お怪我をなされたのですか……!?」
勇者「……カッコ悪いな。さすがに、この格好じゃ問題があった」
堕女神「剣を、お使いになられたのでは?」
勇者「……使えないんだよ、これ」
234 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:21:43.73 ID:5XcExnPco
抜き出し、鍔から十数cmほどしか残っていない刀身を、二人に見せる。
輝きは未だ、色褪せたままだ。
もはや、『神から賜った剣』でさえ、その輝きを取り戻す事は、無かった。
堕女神「っ!?」
隣女王「えっ……?」
勇者「見ての通り。……まぁ、折れていなかったとしても……使わなかったな」
堕女神「……畏れながら、無謀に過ぎます。万が一、御身に何かあったら……」
勇者「負けはしないさ。……ただ、少し疲れたかな。早く城へ帰ろう」
隣女王「……私の側近と衛兵達は……」
勇者「俺の城に先に戻っている。……さぁ、戻ろうか」
堕女神「街道に残っていた馬車を『修復』しておきました。さぁ、女王陛下。こちらへ」
隣女王「……はい」
235 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:22:28.80 ID:5XcExnPco
隣国衛兵「女王陛下!!」
今朝出たばかりの城の前へと帰り着き、隣女王が馬車を下りた瞬間に駆け寄ってきたのは、城門前に倒れていた隣国の従者。
今か今かと女王の帰還を、外で待っていたという。
供された茶にも手を付けず。
暖かい室内に籠る事もなく。
隣女王「無事でしたか。……よかった」
裸体の上に、勇者がかけてくれた外套のみという姿で、心からの安堵の表情を見せる。
泣き腫らした顔ではあっても、それは、はっきりと切り替えられた――「女王」の顔だ。
隣国衛兵「……ありがとうございます、陛下……女王陛下を……お助けいただいて……!」
勇者「俺じゃない」
隣女王「え…?」
勇者「……助けたのは、君だ。君が、傷ついた体を引きずって……戻ってきてくれたからだ」
隣国衛兵「い、いえ……私などは……女王陛下を見捨て、むざむざと……!」
236 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:23:02.29 ID:5XcExnPco
隣女王「……陛下…」
勇者「……誇っていいんだ。君は、女王を助けるために、来てくれたんだ。……俺なんかには、とてもできない事を」
隣国衛兵「……でき、ない……?」
勇者「そう、できない。…………俺には、できないんだよ」
隣女王「……クシュッ!」
堕女神「隣女王陛下、お身体に障ります。まずは沐浴なさっては」
勇者「そうだな。……着替えの準備もな」
堕女神「はい、畏まりました。さぁ、こちらへ。陛下もお召し物を……」
勇者「…そうだな。俺は、風呂は後でいいよ」
隣女王「……それでは……失礼いたします。あの…陛下」
勇者「…ん」
隣女王「……あ、い……いえ……何でもありません!」
237 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:23:40.76 ID:5XcExnPco
その後は、彼女らを再び浴場に案内させ、身体を暖めたところで、暖かい食事を振舞った。
食事の最中、彼女らに起こった事の詳細を聞き出す。
街道を通っていると、何の前触れもなく、岩や丸太が飛んできたのだ。
それによって魔族としての力を持っていた側近達や数少ない衛兵が負傷し意識を失い、トロール達に連れ去られた。
最後列の馬車に乗っていた衛兵は見落とされ、潰れた馬車の下から何とか這い出て、残されていた馬に乗って、来た道を戻り、救援を求めた。
大掴みな概要は、こうだ。
淫魔と言えども、不意打ちでは力を発揮できなかった。
問答無用の暴力は、時として全てを奪い去っていく。
今回は特に、無事に新国王への挨拶を終えて帰る途上であったために、気の緩みも出たのだろう。
結局、隣国からの一行の滞在は、一日延期となった。
明日、改めて――隣国領内まで、この国から護衛を出して、送る事となる。
内訳は、その気にさえなれば人間界の小国を丸ごと一つ壊滅できるほどのサキュバスが二十人。
今度こそ確実に問題は無く、彼女らは隣国へ送り届けられる。
238 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:24:29.30 ID:5XcExnPco
勇者「それにしても……やけに懐くな、城下の淫魔達は」
食事を終え、眠る前の入浴に向かう途上、サキュバスA、Bと出くわした。
二人もまた一日の仕事の疲れを癒すために、入浴に向かう所だったという。
同じ行き先へと向かう道連れに、言葉を交わす。
サキュバスA「城下の視察に行ってらしたのに……随分と遠出をしたとか?」
サキュバスB「…血だらけで帰ってきたから、びっくりしちゃいましたよ」
勇者「ほとんど俺の血じゃない。……それで、どうなんだ」
サキュバスA「それは、まぁ……『淫魔』はもともと人間好きですもの」
勇者「その割に夢枕に立って色々するだろ」
サキュバスA「あら、それで苦しむ殿方がおりまして?」
サキュバスB「うんうん。『やめてください』なんて言わないよねー」
サキュバスA「『やめないでください』なら何度も」
勇者「………」
サキュバスA「要するに、私達淫魔は人間なくして存在できない種族です。『人間』に惹かれるようにできているのです」
勇者「……そうなのか?」
239 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:25:22.46 ID:5XcExnPco
サキュバスA「……遠い昔、人類が古の『魔王』に滅ぼされかけた事をご存じでしたか?」
服を脱ぎ、身体を流して、浴槽に浸かりながらも話は続く。
二人のサキュバスを両脇に侍らせる姿は、「淫魔の王」として堂に入ったものだった。
勇者「『魔王』……」
サキュバスA「その時は……『魔王』は冷徹にも、魔界の氏族を幾つも従えて人界を襲ったと」
勇者「……それで、どうなったんだ?」
サキュバスA「人間界の九割が『魔王』の手に落ちた時……『淫魔』達が、人類の側に立ったのです」
勇者「えっ……?」
サキュバスA「魔界の氏族の中でも、唯一淫魔だけは人類の味方となり、『魔王』と戦った……と記録されておりますわ」
勇者「淫魔が……人間と?」
サキュバスA「申したでしょう。淫魔は他の魔族と違い、人類が大事。……正しくは、『人類の精気』ですわね」
人間「……色気の無い話」
サキュバスA「ともかく、淫魔と人類は手を取り合い、『魔王』を倒しましたと。めでたしめでたし」
240 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:25:50.08 ID:5XcExnPco
勇者「興味深いな」
サキュバスA「そもそも、淫魔は人と近い種族です。人の子を孕む事が出来るのが、その証拠」
サキュバスB「…そんな事、あったんだ……」
勇者「……ひとつ、謝らなきゃいけない事がある」
サキュバスAを見て、おもむろに口を開く。
気まずく視線を逸らしたまま、しばし水面を見つめて押し黙り―――
数秒して、ようやく決心を固め直して、続けた。
勇者「……『もう傷は増えない』と言ったのを、覚えているかな」
サキュバスA「………ええ」
勇者「…すまない、破ってしまった」
サキュバスB「?」
サキュバスA「ふふっ……そんな事。お気になさらずともよろしいのに。ところで……」
241 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:26:42.09 ID:5XcExnPco
サキュバスA「……町では、どんな所をご覧になったのかしら?」
唇の粘膜の触れ合う音と絡められた、甘い囁きが耳元へ注がれる。
唾液の絡む歯切れ良い音と、低く落ち着き韻律までもが魔力を伴うような「声」はもはや、魅了の呪文だった。
久しく忘れていた、脊髄の疼きが、勇者を襲った。
サキュバスA「淫具屋に? まさか……あのお人形なんて、買ってませんわよね? 私たちがいますのに……」
勇者「やめろよ、もう。サキュバスなんだから、洒落になって――――!?」
サキュバスB「……Aちゃんだけじゃなく、わたしにも……かまって……」
反対側の鎖骨に舌が這わせられ、腕にも、二つの柔肉が押し付けられる。
勇者「………からかうなよ、頼むから」
サキュバスA「……ふふふ、冗談ですわよ。ほらほらB、やめなさい」
サキュバスB「…むー……」
勇者「………さて、のぼせるから俺はもう上がるよ」
サキュバスA「あら、残念」
サキュバスB「また一緒にお風呂…入ってくれます?」
勇者「ああ、勿論。……それじゃ。」
サキュバスB「Aちゃん?」
サキュバスA「…………ちょっとだけ本気で、『チャーム』をかけたのに……効き目無し、なんてね」
242 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:27:30.64 ID:5XcExnPco
浴場を後にし、自室へ戻る。
部屋着に着替え、剣をサイドテーブルに立てかけ、いつものように眠りの準備をする。
眠る時間自体はいつもよりも早いが、町を歩いた心地よい疲労と、久方ぶりに戦いに身を置いた、重い疲れによる。
ベッドの上に身を投げ出そうと、ブーツを脱ぎかけるが、ノックの音で中断される。
堕女神「よろしいでしょうか?」
勇者「ん? ……入れ」
扉を開け、入ってきたのは―――いつものドレスに着替えた堕女神と、少し前に眠りについたはずの、寝間着姿の隣女王。
勇者「…どうしたんだ?」
堕女神「……隣女王陛下が、御用があるとの事で」
隣女王「………」
一歩進み出た隣女王の頬には、赤みが差していた。
唇はぎゅっと閉じられ、それでいて、ときおり、何かを伝えようとするように僅かに開き、波打つ。
小さな手は寝間着の裾を握り、開きしている。
勇者「……どうしたのかな」
隣女王「あっ……あのっ……」
勇者「うん」
隣女王「わ、私と……その…寝て、くれませんか……?」
243 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:27:59.08 ID:5XcExnPco
勇者「はっ!?」
堕女神「えっ……?」
隣女王「す、すみません! い、いきなり……。ですが……その……」
勇者「…………何で?」
隣女王「……ひとりで、寝るのは……怖く、て……」
勇者「……あぁ、うん……分かった。いいよ」
隣女王「わ、わがままを言って……申し訳ございません、陛下」
堕女神「……それでは、私はこれで失礼を」
ほんの少しだけ、心臓に、ちくりと苦みの針を通される感覚が彼女を襲った。
何故なのかは、分からない。
ただ―――ほんの少しだけ、息を忘れ、唇が引きつれるような思いが。
その正体のわからぬまま、一礼して立ち去る。
隣女王「あ……」
堕女神「?」
隣女王「……堕女神、様も。……ありがとう、ございました。私達を、お城へと……」
堕女神「……いえ、陛下の……ご命令でしたので。それでは、失礼いたします」
正体不明の胸のざわつきを押し殺し、平静に務めて―――彼女は、寝室を去った。
244 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:29:09.28 ID:5XcExnPco
勇者「……寝る前に少し、話そうか?」
彼女の手を取り、重厚な天蓋付のベッドへ導く。
遠慮がちに靴を脱ぎ、少しずつ体重を預けてベッドの上を這い進む様は、どこか小動物めいた可愛げがあり、
白いレースのついたワンピースタイプの寝巻もまた、彼女の褐色の肌と、白銀の髪に良く似合っていた。
勇者「………」
隣女王「あの……私は、どこで……眠れば……」
勇者「ん? 真ん中でいいんじゃないか」
隣女王「よろしいのでしょうか……」
勇者「俺がいいと言ってるんだから、いいだろ」
勇者がベッドの縁に腰かけてサイドテーブルの上の背の低い燭台に火を灯すと、
寝室のシャンデリア、および壁面の燭台の火が一斉に消えた。
今や室内を照らすのは、ベッド側の三本の蝋燭、そして、窓から差し込む月明かりのみ。
隣女王「…えっと……」
勇者「……大丈夫、目が覚めるまで、ずっと傍に居る」
隣女王「……この御恩は、必ずお返しします」
勇者「え?」
隣女王「…救っていただき、ありがとうございました」
245 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:29:40.84 ID:5XcExnPco
ベッドの中心でぺたんと座ったまま、彼女は礼を述べる。
勇者「…謝るのはこちらだ。……領内で、君達を危ない目に遭わせてしまった。……許してくれ、この通りだ」
対して、勇者は一度立ち上がり―――膝をつき、深々と頭を下げた。
勇者「……全て、俺のせいだ」
隣女王「そ、そんな! 陛下のせいでは……頭をお上げになって!」
勇者「…………本当に、すまなかった」
ようやく頭を上げると、隣女王も落ち着きを取り戻す。
隣女王「……それにしても……『人間』というのは……皆、あれほど強いものなのですか?」
勇者「…いや、そんな事はないよ」
隣女王「……すると、陛下はいったい」
勇者「もうその話はやめないか? ……思い出してしまう、だろ? 楽しい話をしよう」
隣女王「……そうですね」
木製の槍を手にしたトロールは、倒されて露わになった股間の、
ひたと閉じた割れ目と、小さな桃色の窄みを、何度も串の先端で引っ掻く。
隣女王「う、嘘……」
串刺しに、するつもりだ。
尻から口までを一直線に貫き、火にくべて食らうつもりだ。
魚にでもそうするかのように、容赦なく。
隣女王「や、やだ…やめて……やめてぇぇ!!」
口をついて出たのは、既に「女王」の声ではなかった。
裏返った声は、無力な「少女」の懇願―――いや、命乞い。
狙いを定めたトロールは、柔らかく小さな肛門へと、串の尖端を押し付ける。
隣女王「いやっ! いやぁ…! ……助けて! 誰か、助けてくださいっ!!」
トロール達は獲物の鳴き声に満足し、その光景をぎらぎらと目を輝かせて愉しむ。
来る筈の無い助けを請い、威厳も霧消させ、その身をばたつかせる、その姿を。
「串」の先端が、肛門を押し広げ、数ミリほど沈み込む。
いよいよ逃れられない、惨すぎる恐怖は――――
隣女王「ひっ……! いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
至近に聞こえた、雷鳴の轟きが拭い去った。
229 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:17:26.82 ID:5XcExnPco
小さな体を押さえつけていたトロールも、串を手に取っていたトロールも、動揺とともに周囲を見回す。
振り返れば―――同胞がぷすぷすと黒煙を上げ、倒れる事さえできずに絶命していた。
???「……間に合ったようです。陛下」
???「彼女らは任せた。奴らは俺がやる」
???「……僭越ではありますが、私が……」
???「…これは、俺が受けた依頼(クエスト)なんだ」
直後、「串」を手にしていたトロールが吹き飛ばされ、焚き火の中へと叩き込まれる。
雷に一瞬で焼かれた焦げ臭さとはまた違う、じわじわと肉が焼ける、不快な匂いが立ち込めた。
当のトロールが炎の中でもがき、断末摩の声を上げると同時に、隣女王の身体を押さえつけるトロールも離れた。
恐れた。
目の前にいる「男」を。
淫魔の国の王となった、ただ一人の人間を。
勇者「…遅くなって、すまなかった」
彼は周囲のトロール達の動向など気にも留めずに跪き、裸体を晒す隣女王へ、自らの外套を羽織らせる。
勇者の体温で暖められた重厚な絹の外套は、彼女の身体を優しく、暖かく包み込んだ。
その暖かさに、彼女の目からは涙がこぼれ―――しゃくり上げるように、泣き出してしまう。
垂れ落ちる洟さえ気にせず、安堵と、今までに起こった恐怖の連続とを思い、とめどなく涙を溢れさせて。
隣女王「…っく……ひっく……。う、…うぇぇ……」
230 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:19:14.56 ID:5XcExnPco
ぼろぼろと泣き続ける彼女の頭を、勇者は優しく、胸に抱き締める。
不思議と、彼女は……周囲を取り囲むトロールの殺気など、もはや微塵も気に留めてはいない。
圧倒的な安心感と、抱き締めた男の胸から伝わる静かな命の鼓動が、何よりも力強かった。
隣女王「…あり…がとう…ございます……」
勇者「……礼は早いな。それに、俺は――――」
二人へ向けて、トロールが棍棒を振り下ろす。
狙いは後ろから、勇者の脳天―――否、その棍棒は、二人をまとめて血のシミへと変える質量を持っていた。
しかしその棍棒は、届くことは無かった。
二人を取り囲むように半球形の結界が現れ、まるで鋼の壁のように、岩石から削り出した棍棒が逆に弾き折られた。
衝撃でトロールの鎖骨がへし折れ、反吐をまき散らしながら、苦悶とともに二人から離れる。
勇者「……この中にいれば、大丈夫だ。長くはもたないが……切れる前に、終わらせるよ」
不破にして不可侵、超硬度の結界を内側からすり抜け、彼女を結界の中に残し、無造作にトロール達と対峙する。
未だに数は20を数え、手に手に石斧、棍棒、丸太といった雑多な武器を携えている。
それに対し勇者は徒手空拳。
腰に提げた剣は抜かれず、構えさえも取らず、勇者は獣人達の包囲のただ中へと進み出る。
勇者「…手垢まみれの『金』も、貴様らから得る『経験』も、いらない」
拳の中に紫電を握り締め、雷雲にて鎧われた拳を突き出して呟く。
勇者「――――逃げるなら、今のうちだ」
231 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:19:49.74 ID:5XcExnPco
前進し、得物を振りかぶった二体のトロールを雷が灼く。
雷撃は一撃で二つの命を刈り取り、振りかぶったままの姿勢で息絶えた。
眼前の男の睨みつける眼差しにトロール達は怯むが、それでも退く事は無い。
食欲のままに、あるいは嗜虐心のままに、「結界」の中で震える少女を見やる。
仲間が減った事さえも、彼らは悲しんでなどいない。
むしろ、その逆………「分け前が増えた」以上の意味を見出していない。
証拠に、彼らは、嗤っていた。
とがった小石を適当に散らしたような歯並びの悪い口腔を見せつけるように、顔を歪めていた。
そして、おぞましい事に―――その顔は、勇者と隣女王にだけ向けられてはいない。
雷に打たれ、焼け焦げた亡骸となったトロール達へも向けられていたのだ。
もし、仮に目の前の男を倒す事ができたとしたら……小さな淫魔達を喰い殺し、
足りぬ分は、自らの同胞達の肉をも喰らうつもりだ。
勇者「………来い」
哀しみさえ宿した声で、呟く。
トロールの内には、「仲間」という概念さえ無かった。
同じ種族の群れ、というだけで、「仲間」ではない。
勇者「……『逃げない』んだろ?」
232 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:20:43.47 ID:5XcExnPco
半球の結界の内側から、彼女はずっと見ていた。
雷の音が聞こえるたびに耳を塞ぎ、轟音に身を竦ませる。
トロール達の武器が地を叩き、そして木をへし折る度に伝わる大地の揺れにも同じく。
「彼」は振り下ろされた棍棒を避け、腕を駆けのぼり、渾身の拳をトロールの顔面に叩きこむ。
異常な重さに牙がへし折れ、たたらを踏んで後退するところへ、追い打ちの膝を喰らわせ、沈ませる。
人間の膂力をはるかに超えた威力は、トロールの頭蓋を砕き、眼球と脳漿、頭蓋骨の破片をまき散らした。
そこから先は、彼女からは見えなかった。
トロールの頭から飛び散った鮮血が結界を覆い、うすぼんやりと見えていた「外側」の景色が遮られたからだ。
ただ、結界を通しても聞こえる雷鳴と叫び、そして数え上げる事さえできない衝撃だけが内側へ伝わる。
いつしか、耳を塞ぎ、目を閉じ、ぎゅうっと体を小さくして、震えていた。
脚が、背中が、尻が、雑草の縁で切れている。
ひりひりとした痛みがあちこちから届き、今頃になって痛みを感じさせる。
同じくして、股間へ突き刺さる木の杭の感触までも、蘇る。
突き刺さりかけていた「死」の矛先が、今だからこそ、最中よりも鮮明に蘇る。
隣女王「……かえり、たい……かえりたい…よぉ……」
涙をぽろぽろと零し、泣き崩れる。
「女王」としてではなく、「幼子」としての性質から、一刻も早く―――安心できる場所へ、戻りたいと願う。
気付けば、一切の音も、声も、衝撃も……聞こえなくなっていた。
隣女王を護っていた防御結界が溶け消え、結界内で澱んでいた空気が、一気に薄れる。
代わりに飛び込んできたのは、肉の焦げる匂いと血の香り。
たおやかな隣女王には堪えられない程の、修羅場の悪臭。
勇者「……怪我は?」
嗅ぎなれぬ悪臭の中、勇者が、隣女王の正面に立って声をかける。
顔をぐしゃぐしゃにしたまま、ゆっくりと上を向き―――潤んだ視界に、その男の姿を映す。
涙がこぼれていき、鮮明な視界を取り戻した時、彼女は言葉を失った。
白い服には血糊がこびりつき、袖は裂けて、上腕の傷から血が滴っていた。
精悍な顔にも疲れの色が見え、それでも、優しく……微笑みかけていたからだ。
隣女王「へいか……? お、お怪我を……?」
勇者「……はは。流石に……素手じゃ、無理があった。何発か貰ってしまったよ」
笑い飛ばすが、時折顔を引きつらせる。
トロールの爪で負った腕の切傷以外にも、ダメージがあり、加えて―――雷撃呪文の連撃が、精神を疲弊させていた。
堕女神「……女王陛下以外の全員を、城へ移動させました。遅くなって申し訳――――!?」
勇者「…ありがとう。さぁ、一旦帰ろうか」
堕女神「お怪我をなされたのですか……!?」
勇者「……カッコ悪いな。さすがに、この格好じゃ問題があった」
堕女神「剣を、お使いになられたのでは?」
勇者「……使えないんだよ、これ」
234 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:21:43.73 ID:5XcExnPco
抜き出し、鍔から十数cmほどしか残っていない刀身を、二人に見せる。
輝きは未だ、色褪せたままだ。
もはや、『神から賜った剣』でさえ、その輝きを取り戻す事は、無かった。
堕女神「っ!?」
隣女王「えっ……?」
勇者「見ての通り。……まぁ、折れていなかったとしても……使わなかったな」
堕女神「……畏れながら、無謀に過ぎます。万が一、御身に何かあったら……」
勇者「負けはしないさ。……ただ、少し疲れたかな。早く城へ帰ろう」
隣女王「……私の側近と衛兵達は……」
勇者「俺の城に先に戻っている。……さぁ、戻ろうか」
堕女神「街道に残っていた馬車を『修復』しておきました。さぁ、女王陛下。こちらへ」
隣女王「……はい」
235 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:22:28.80 ID:5XcExnPco
隣国衛兵「女王陛下!!」
今朝出たばかりの城の前へと帰り着き、隣女王が馬車を下りた瞬間に駆け寄ってきたのは、城門前に倒れていた隣国の従者。
今か今かと女王の帰還を、外で待っていたという。
供された茶にも手を付けず。
暖かい室内に籠る事もなく。
隣女王「無事でしたか。……よかった」
裸体の上に、勇者がかけてくれた外套のみという姿で、心からの安堵の表情を見せる。
泣き腫らした顔ではあっても、それは、はっきりと切り替えられた――「女王」の顔だ。
隣国衛兵「……ありがとうございます、陛下……女王陛下を……お助けいただいて……!」
勇者「俺じゃない」
隣女王「え…?」
勇者「……助けたのは、君だ。君が、傷ついた体を引きずって……戻ってきてくれたからだ」
隣国衛兵「い、いえ……私などは……女王陛下を見捨て、むざむざと……!」
236 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:23:02.29 ID:5XcExnPco
隣女王「……陛下…」
勇者「……誇っていいんだ。君は、女王を助けるために、来てくれたんだ。……俺なんかには、とてもできない事を」
隣国衛兵「……でき、ない……?」
勇者「そう、できない。…………俺には、できないんだよ」
隣女王「……クシュッ!」
堕女神「隣女王陛下、お身体に障ります。まずは沐浴なさっては」
勇者「そうだな。……着替えの準備もな」
堕女神「はい、畏まりました。さぁ、こちらへ。陛下もお召し物を……」
勇者「…そうだな。俺は、風呂は後でいいよ」
隣女王「……それでは……失礼いたします。あの…陛下」
勇者「…ん」
隣女王「……あ、い……いえ……何でもありません!」
237 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:23:40.76 ID:5XcExnPco
その後は、彼女らを再び浴場に案内させ、身体を暖めたところで、暖かい食事を振舞った。
食事の最中、彼女らに起こった事の詳細を聞き出す。
街道を通っていると、何の前触れもなく、岩や丸太が飛んできたのだ。
それによって魔族としての力を持っていた側近達や数少ない衛兵が負傷し意識を失い、トロール達に連れ去られた。
最後列の馬車に乗っていた衛兵は見落とされ、潰れた馬車の下から何とか這い出て、残されていた馬に乗って、来た道を戻り、救援を求めた。
大掴みな概要は、こうだ。
淫魔と言えども、不意打ちでは力を発揮できなかった。
問答無用の暴力は、時として全てを奪い去っていく。
今回は特に、無事に新国王への挨拶を終えて帰る途上であったために、気の緩みも出たのだろう。
結局、隣国からの一行の滞在は、一日延期となった。
明日、改めて――隣国領内まで、この国から護衛を出して、送る事となる。
内訳は、その気にさえなれば人間界の小国を丸ごと一つ壊滅できるほどのサキュバスが二十人。
今度こそ確実に問題は無く、彼女らは隣国へ送り届けられる。
238 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:24:29.30 ID:5XcExnPco
勇者「それにしても……やけに懐くな、城下の淫魔達は」
食事を終え、眠る前の入浴に向かう途上、サキュバスA、Bと出くわした。
二人もまた一日の仕事の疲れを癒すために、入浴に向かう所だったという。
同じ行き先へと向かう道連れに、言葉を交わす。
サキュバスA「城下の視察に行ってらしたのに……随分と遠出をしたとか?」
サキュバスB「…血だらけで帰ってきたから、びっくりしちゃいましたよ」
勇者「ほとんど俺の血じゃない。……それで、どうなんだ」
サキュバスA「それは、まぁ……『淫魔』はもともと人間好きですもの」
勇者「その割に夢枕に立って色々するだろ」
サキュバスA「あら、それで苦しむ殿方がおりまして?」
サキュバスB「うんうん。『やめてください』なんて言わないよねー」
サキュバスA「『やめないでください』なら何度も」
勇者「………」
サキュバスA「要するに、私達淫魔は人間なくして存在できない種族です。『人間』に惹かれるようにできているのです」
勇者「……そうなのか?」
239 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:25:22.46 ID:5XcExnPco
サキュバスA「……遠い昔、人類が古の『魔王』に滅ぼされかけた事をご存じでしたか?」
服を脱ぎ、身体を流して、浴槽に浸かりながらも話は続く。
二人のサキュバスを両脇に侍らせる姿は、「淫魔の王」として堂に入ったものだった。
勇者「『魔王』……」
サキュバスA「その時は……『魔王』は冷徹にも、魔界の氏族を幾つも従えて人界を襲ったと」
勇者「……それで、どうなったんだ?」
サキュバスA「人間界の九割が『魔王』の手に落ちた時……『淫魔』達が、人類の側に立ったのです」
勇者「えっ……?」
サキュバスA「魔界の氏族の中でも、唯一淫魔だけは人類の味方となり、『魔王』と戦った……と記録されておりますわ」
勇者「淫魔が……人間と?」
サキュバスA「申したでしょう。淫魔は他の魔族と違い、人類が大事。……正しくは、『人類の精気』ですわね」
人間「……色気の無い話」
サキュバスA「ともかく、淫魔と人類は手を取り合い、『魔王』を倒しましたと。めでたしめでたし」
240 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:25:50.08 ID:5XcExnPco
勇者「興味深いな」
サキュバスA「そもそも、淫魔は人と近い種族です。人の子を孕む事が出来るのが、その証拠」
サキュバスB「…そんな事、あったんだ……」
勇者「……ひとつ、謝らなきゃいけない事がある」
サキュバスAを見て、おもむろに口を開く。
気まずく視線を逸らしたまま、しばし水面を見つめて押し黙り―――
数秒して、ようやく決心を固め直して、続けた。
勇者「……『もう傷は増えない』と言ったのを、覚えているかな」
サキュバスA「………ええ」
勇者「…すまない、破ってしまった」
サキュバスB「?」
サキュバスA「ふふっ……そんな事。お気になさらずともよろしいのに。ところで……」
241 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:26:42.09 ID:5XcExnPco
サキュバスA「……町では、どんな所をご覧になったのかしら?」
唇の粘膜の触れ合う音と絡められた、甘い囁きが耳元へ注がれる。
唾液の絡む歯切れ良い音と、低く落ち着き韻律までもが魔力を伴うような「声」はもはや、魅了の呪文だった。
久しく忘れていた、脊髄の疼きが、勇者を襲った。
サキュバスA「淫具屋に? まさか……あのお人形なんて、買ってませんわよね? 私たちがいますのに……」
勇者「やめろよ、もう。サキュバスなんだから、洒落になって――――!?」
サキュバスB「……Aちゃんだけじゃなく、わたしにも……かまって……」
反対側の鎖骨に舌が這わせられ、腕にも、二つの柔肉が押し付けられる。
勇者「………からかうなよ、頼むから」
サキュバスA「……ふふふ、冗談ですわよ。ほらほらB、やめなさい」
サキュバスB「…むー……」
勇者「………さて、のぼせるから俺はもう上がるよ」
サキュバスA「あら、残念」
サキュバスB「また一緒にお風呂…入ってくれます?」
勇者「ああ、勿論。……それじゃ。」
サキュバスB「Aちゃん?」
サキュバスA「…………ちょっとだけ本気で、『チャーム』をかけたのに……効き目無し、なんてね」
242 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:27:30.64 ID:5XcExnPco
浴場を後にし、自室へ戻る。
部屋着に着替え、剣をサイドテーブルに立てかけ、いつものように眠りの準備をする。
眠る時間自体はいつもよりも早いが、町を歩いた心地よい疲労と、久方ぶりに戦いに身を置いた、重い疲れによる。
ベッドの上に身を投げ出そうと、ブーツを脱ぎかけるが、ノックの音で中断される。
堕女神「よろしいでしょうか?」
勇者「ん? ……入れ」
扉を開け、入ってきたのは―――いつものドレスに着替えた堕女神と、少し前に眠りについたはずの、寝間着姿の隣女王。
勇者「…どうしたんだ?」
堕女神「……隣女王陛下が、御用があるとの事で」
隣女王「………」
一歩進み出た隣女王の頬には、赤みが差していた。
唇はぎゅっと閉じられ、それでいて、ときおり、何かを伝えようとするように僅かに開き、波打つ。
小さな手は寝間着の裾を握り、開きしている。
勇者「……どうしたのかな」
隣女王「あっ……あのっ……」
勇者「うん」
隣女王「わ、私と……その…寝て、くれませんか……?」
243 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:27:59.08 ID:5XcExnPco
勇者「はっ!?」
堕女神「えっ……?」
隣女王「す、すみません! い、いきなり……。ですが……その……」
勇者「…………何で?」
隣女王「……ひとりで、寝るのは……怖く、て……」
勇者「……あぁ、うん……分かった。いいよ」
隣女王「わ、わがままを言って……申し訳ございません、陛下」
堕女神「……それでは、私はこれで失礼を」
ほんの少しだけ、心臓に、ちくりと苦みの針を通される感覚が彼女を襲った。
何故なのかは、分からない。
ただ―――ほんの少しだけ、息を忘れ、唇が引きつれるような思いが。
その正体のわからぬまま、一礼して立ち去る。
隣女王「あ……」
堕女神「?」
隣女王「……堕女神、様も。……ありがとう、ございました。私達を、お城へと……」
堕女神「……いえ、陛下の……ご命令でしたので。それでは、失礼いたします」
正体不明の胸のざわつきを押し殺し、平静に務めて―――彼女は、寝室を去った。
244 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:29:09.28 ID:5XcExnPco
勇者「……寝る前に少し、話そうか?」
彼女の手を取り、重厚な天蓋付のベッドへ導く。
遠慮がちに靴を脱ぎ、少しずつ体重を預けてベッドの上を這い進む様は、どこか小動物めいた可愛げがあり、
白いレースのついたワンピースタイプの寝巻もまた、彼女の褐色の肌と、白銀の髪に良く似合っていた。
勇者「………」
隣女王「あの……私は、どこで……眠れば……」
勇者「ん? 真ん中でいいんじゃないか」
隣女王「よろしいのでしょうか……」
勇者「俺がいいと言ってるんだから、いいだろ」
勇者がベッドの縁に腰かけてサイドテーブルの上の背の低い燭台に火を灯すと、
寝室のシャンデリア、および壁面の燭台の火が一斉に消えた。
今や室内を照らすのは、ベッド側の三本の蝋燭、そして、窓から差し込む月明かりのみ。
隣女王「…えっと……」
勇者「……大丈夫、目が覚めるまで、ずっと傍に居る」
隣女王「……この御恩は、必ずお返しします」
勇者「え?」
隣女王「…救っていただき、ありがとうございました」
245 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:29:40.84 ID:5XcExnPco
ベッドの中心でぺたんと座ったまま、彼女は礼を述べる。
勇者「…謝るのはこちらだ。……領内で、君達を危ない目に遭わせてしまった。……許してくれ、この通りだ」
対して、勇者は一度立ち上がり―――膝をつき、深々と頭を下げた。
勇者「……全て、俺のせいだ」
隣女王「そ、そんな! 陛下のせいでは……頭をお上げになって!」
勇者「…………本当に、すまなかった」
ようやく頭を上げると、隣女王も落ち着きを取り戻す。
隣女王「……それにしても……『人間』というのは……皆、あれほど強いものなのですか?」
勇者「…いや、そんな事はないよ」
隣女王「……すると、陛下はいったい」
勇者「もうその話はやめないか? ……思い出してしまう、だろ? 楽しい話をしよう」
隣女王「……そうですね」
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
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