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堕女神「私を、『淫魔』にしてください」

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Part10
212 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 01:56:29.19 ID:5XcExnPco
書店主「大丈夫ですよぉ。既に私が何杯も飲んでますから」
勇者「それじゃ、いただこうかな」
カウンターに置かれたカップを取り、恐る恐る口をつけ、湯気を吸い込むように啜り込む。
焦るように堕女神も同じくカップを取って、口に含む。
勇者「っ……苦いな」
堕女神「…………え、ええ…」
書店主「匂いはいいんですけどねぇ。何か足してみるといいのかも。お砂糖とかミルクとか……?」
勇者「……でも、気に入った。またご馳走してくれるかな」
書店主「ええ、大歓迎です。堕女神様もいつでもどうぞ」
堕女神「ありがとうございます」
勇者「…飲み終えたら、行こうか。まだ見たい場所があるんだ」
堕女神「はい」
書店主「あぁん、もう。ゆっくりして下さればいいのに……」
「コーヒー」の薫りと古いインクと紙の匂いに包まれ、時計の秒針と分針を取りさってしまったような。遅く流れるような時間。
カップを空にするまで、この一時に……勇者は、身を任せて過ごした。

213 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 01:56:57.22 ID:5XcExnPco
勇者「……なんか、行く先々でおちょくられてる気がするんだけど」
堕女神「は……そうでしょうか?」
その後覗いた鍛冶屋では悪趣味な鎧と到底振り回せなさそうな大剣を勧められ、
酒場では昼間にも関わらずしつこく酒を勧められ、
花屋では鉢植えの中でうごめく肉食の巨大花を勧められた。
勇者「最初の淫具屋からして、もう……何か」
堕女神「……私から、厳重に注意しておきます。申し訳ありません」
勇者「いや、いいってば。……あまり真面目に取るなよ」
堕女神「……お言葉ですが、陛下の言葉はすなわち、『国王』の一声なので」
勇者「軽口もうかつに叩けないな。……ん?」
???「あー! 王さまだっ!」
???「え…王さま……?」
二人の小さな子供が、街を歩く国王につられて寄ってくる。
人間の子と変わらない屈託のない笑顔を向けるが、もちろん、人間ではない。
その子供達は、下半身が尾に向かって先細る、蛇の形をしていた。
腰を境に一メートル半ほど伸び、短めの巻きスカートで臍から下数十センチを覆い隠している。
髪は黒く、肌は浅黄色、茶色い瞳に光を宿らせ、音も立てずに近づいてきていた。
そう、彼女らは―――蛇の半身を持つ、「ラミア」と呼ばれる種族。

214 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 01:57:32.16 ID:5XcExnPco
勇者「やぁ。……というか、何故王さまだって……」
ラミア子A「だって、男の人なんて王さましかいないもん!」
ラミア子B「…うん。王さましかいない」
勇者「ははっ……まぁ、そうか」
ラミア子A「王さま、何してるんですか!?」
勇者「街を見て回ってるのさ。君たちは?」
ラミア子B「お母さんに言われて……おつかいしてきたの」
見ると、やや物静かな方は、小さなバスケットを下げていた。
その中には、恐らく「おつかい」を命じられた品物が入っているのだろう。
勇者「…そっか、偉いな。ところで、何のおつかいかな?」
ラミア子A「今日のお夕飯! コカトリスのもも肉のロースト! だいすきなのー!」
勇者「コっ……!?」
ラミア子B「王さまはたべたことありますか? コカトリス……」

215 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 01:58:11.97 ID:5XcExnPco
無言のまま、それでいて弾かれるようにどこか怯えた疑いの目を堕女神へ。
思い返せば――今日までの食事で、「鳥肉」と思しき物も、何度か出ていた。
堕女神「……これまでコカトリスの肉は使っておりません、ご安心ください」
勇者「そ、そう……か……」
堕女神「あ、いえ……卵は使いました。今朝のプディングに」
勇者「えっ」
堕女神「お嫌いでしたか?」
勇者「い、いや……美味しかったけど……うん」
ラミア子A「あれー? 王さま、あついの?」
ラミア子B「汗、出てる」
勇者「……ハハハハ。それより、おつかいなら早く帰らなきゃ」
ラミア子A「えー……」
ラミア子B「あのね……王さま。おねがい、あるの」
勇者「ん?」
ラミア子B「……こんど、ね」
勇者「今度?」
ラミア子B「ふぇ、ふぇらちおのれんしゅうさせてください!!」

216 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:00:28.58 ID:5XcExnPco
ラミア子A「あ、ずるい! わたしも! わたしにもさせて!」
勇者「いや、待てよ。待て。待ちなさい」
ラミア子B「お母さんはまだだめっていうけど……やってみたいの!」
堕女神「犯罪ですよ、陛下。この国では―――」
勇者「知ってるよ!」
ラミア子B「おねがいします! ふぇらちお、させてください!」
勇者「やめなさい、大声で言うんじゃありません」
ラミア子A「ふぇらちお! ふぇらちおー! 王さま、ふぇらちおー!」
勇者「あああああ面白がって連発する! 子供か!」
堕女神「子供です」
勇者「……あのね、君たち。大人になるまで、そういう事はしちゃダメだから」
ラミア子B「えー……」
ラミア子A「待てないよう」
勇者(……普通、こういうのって『大人になったら王さまと結婚するー』とかじゃないの?)


217 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:00:56.01 ID:5XcExnPco
勇者「……とにかく、大人になるまで待ちなさい。分かったね?」
ラミア子A「はぁーい……」
ラミア子B「……はい」
勇者「よし。それじゃ、もうそろそろ日も暮れるし、帰るんだ」
ラミア子B「…ふぇらちお……」
勇者「諦めなさい。……それじゃ、気を付けて帰るんだぞ」
どこかしょんぼりとした様子で、二人の小さな魔物は家路に着いていく。
蛇のように体をくねらせ、音もなく石畳の上を滑り、何度も振り返り、手を振りながら。
勇者「…ところで、あれって『淫魔』なのか?」
堕女神「『ラミア』は違います。魔の眷属でさえなく、『魔物』に近いかと」
勇者「なのに、『淫魔』の国に?」
堕女神「……来たる者は拒みません。それに、この国で二代も家系を伸ばせば、『淫魔』のような体質になります」
勇者「…確かに、『魔物』の環境適応力は恐ろしいものな」
堕女神「そういう事です」

218 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:01:59.76 ID:5XcExnPco
勇者「……そろそろ夕暮れかな」
堕女神「はい。お身体を冷やすといけませんので、お戻りになられては」
勇者「…そうだな、帰ろう」
堕女神「………?」
勇者「どうかしたのか?」
堕女神「あ、いえ……気のせいか、向こうが騒がしく……」
勇者「喧嘩か? ……確認してから帰ろうか。その為の『視察』でもある」
そう言って、勇者は堕女神が目を向けた方角――城下と外界を結ぶ城門へと、早足に向かう。
後ろに侍る彼女に配慮し、気にかけつつも、できる限りに速く。
気のせいではない。
確かに城門へ向かうに従って城下の民のざわつきが大きくなり、城門前広場に辿り着いた時には、
人だかりが出来上がっており、その中心に何があるのか、一目で知る事はできなかった。
怒号や野次は、聞こえてこない。
少なくとも、喧嘩といったものではない。
むしろ――――煽り立てるような動揺の色を、彼女らは表情に浮かべているように見えた。

219 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:02:29.55 ID:5XcExnPco
勇者「……通せ。何があった?」
町民「…こ、国王陛下!? 何故こんな所に」
勇者「後だ。……何があるのか、説明してくれ」
町民「は……。隣国からの使節団が、昼前頃に隣国へ向けて出発したのですが……。今、治癒を行ってます」
勇者「……治癒? 何故だ」
町民「ご覧になるのが早いです」
勇者「…………」
堕女神「道を開けてください! 国王陛下が通ります!」
凛とした一声を合図に、その声に振り返った者達が驚きとともに人ごみを真っ二つに割り、道を作る。
ざわめきさえも聞こえない。
ただ、堕ちた女神を従者として侍らせ、人垣の中を堂々と歩く新たな王に、視線が注がれる。
どことない好奇の視線も雑じり、淫魔達はただ見続ける。
勇者もまた無数の目に籠められる思惑を感じながらも、その足に迷いは無かった。

220 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:03:18.49 ID:5XcExnPco
人垣の中心へと辿り着くと、そこには、幼い姿の………隣国の淫魔が一人、倒れていた。
土埃で薄汚れてはいるが、今朝送り出したばかりの隣女王の護衛に違いない。
彼女を囲み、二人の淫魔が回復呪文を施しているが、その小さく華奢な体は、小さくわずかに身じろぎするのみ。
勇者「何があった!?」
隣国衛兵「……女王、さま……」
ようやく薄目を開けた彼女を見て、回復にあたっていた淫魔達は安堵の息を吐き、立ち上がり、離れる。
目立つ外傷は無いか、それともすでに彼女らによって回復され、傷が塞がっていたのか。
勇者「…隣女王は? なぜ、戻ってきたんだ?」
隣国衛兵「…トロール……が……」
堕女神「トロール……」
そのモンスターの名を聞き、二人は同じ結論に達したようだ。
勇者「……例のトロールか?」
堕女神「…………」
隣国衛兵「……お願……し…ます……女王、さま……を……」
震える声とともに弱々しく虚空へ伸ばされたその手は、とても細かった。
ひどく青ざめた顔と薄く開かれた目は、眼前の相手が何者であるかを認識できない。
ただ、心からの願いを―――誰かに、託そうとしている。
勇者はその手を取り、力強く、そして優しく握り締めた。
古めかしい英雄譚の色褪せた挿絵に描かれた、あの「男」のように。
後世に描かれるのかもしれなかった、「自分」のように。
勇者「……俺にまかせろ」

221 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:04:17.54 ID:5XcExnPco
――――気付けば、そこは薄暗い森の中だった。
木々の切れ間から夕闇に近づく茜色の空が見える以外、情報は無い。
両手足を毛羽立った荒縄できつく縛られ、感覚がマヒしかけていた。
ふと顔を左右に振れば、同じようにして、同族の――――少女の姿の淫魔達が、
乱暴に、無造作に折り重ねられるように縛められていた。
隣女王「……ここ…は……?」
後ろ手に縛られたまま木にもたれていると、背後に―――木の幹を隔てて、大きな呼吸が聞こえた。
逸った獣のような、その「息」が回り込んでくる。
身体は硬直し、凍りついた神経は、震える事さえも忘れた。
耳元に不快に生暖かく、荒い息が吹きかかる。
隣女王「…ひっ……!」
油の切れた歯車のようにぎこちなく、首を回して吐息のした側を見る。
ゆっくりと―――ゆっくりと視界に木々の緑とは違う、脂が浮き、生々しく沈んだ凹凸の激しい暗い緑の「肌」が映る。
つぶれた鼻と、ぎょろりとした目、禍々しく尖った歯列と、目まいのするような青紫色の舌。
覗きこんでくるその顔の持ち主は、いつか図鑑で見た事がある。
しばらくの間そうしていると、怪物は野太い声で「クウ」とだけ鳴いて、どこかへ去って行った。
重い足音とともに大地が揺れ、隠れていた体躯の巨大さを想像させた。

222 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:04:58.49 ID:5XcExnPco
隣女王「……誰か…起きて、いますか?」
「怪物」が去ったのを確認し、できるだけ小声で呼びかける。
薄暗いが、どうにか二十人ほどの姿が確認できた。
三人の従者の姿を見つける事ができ、衛兵達は武器を取り上げられていた。
隣女王「……誰か…?」
側近B「…う……」
隣女王「……聞こえますか?」
薄闇の中から帰ってきた声は、襲ってきた非日常への恐怖を幾分か忘れさせてくれた。
縋るように、それでいて彼女らを動揺させないよう、つとめて平静を振舞おうと試みる。
側近B「…ここは……何処です…?」
隣女王「…………分かりません。恐らくは森の中でしょうけれど…」
側近B「…そうだ、トロール……トロールが、襲って……っ!」
隣女王「……大丈夫。今はここにいません。それより……この縄を……」
側近B「………そうですね、何とか…解いて……」
ずぐん、ずぐん、と、森の奥から重い足音がいくつも響く。
揺れた木々から木の葉が落ち、近づく震動に、他の者達も目を覚まし始めた。
彼女らもまた状況を把握しきれぬのか、困惑した顔を突き合わせるのみ。

223 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:05:33.91 ID:5XcExnPco
隣女王「…戻ってきましたか」
足音の主―――おそらくはトロール達は、木を挟んで後ろに集まり、何かを行っている。
トロール達が群れる事が出来るという事は、恐らく広いスペースがあるのだろう。
何かを軋ませ、積み上げるような作業を行っているのかもしれない。
状況を把握するべく身をくねらせて倒れ込んだ拍子に、頬が木の根に当たり擦り?けた。
隣女王「…つっ……!」
頬に走った鋭い痛みに耐え、どうにか、トロール達が行っている「作業」の様子が見えた。
薪を積み上げ、焚き火の準備をしているようだ。
しかし、不自然なほどに大きく広い。
傍らには、彼らの腕のように太い丸太と、荒縄がとぐろを巻く蛇のように積み重なっていた。
十体ほどいたトロールの一体が、気配を感じたのかこちらに目を向ける。
先ほどとは別の個体らしく、興味深げにしげしげと見つめてくる。
隣女王「……?」
トロール「……クウ」
にんまりと嗤い、先ほどのトロールと同じように鳴き、作業に戻っていく。
その後も、同胞の視線につられたのか、何体かのトロールが彼女を振り返り、眺め、時には舌なめずりし―――同じ鳴き声を聞かせた。
彼らがだらしなく涎を落としているのに気付き――――――ようやく、気付けた。
鳴き声じゃない。
彼らはずっと、「言葉」を発していたのだ。
「食う」と。

224 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:06:16.23 ID:5XcExnPco
トロール達は、嬉々として、積み上げた焚きつけの上に種火を投げ込む。
獣脂でも撒かれていたのか、火は勢いよく燃え広がり、周辺を明るく照らし出した。
隣女王「そん…な………」
焚き火の周りには、少なく見ても20体強のトロールが集まっていた。
揺れる炎に照らされた顔は必要以上に恐ろしく、獰猛に見えた。
隣女王「……そんな……わたし……私、達……本当に……」
その先は、言葉にできなかった。
考えるごとに喉の奥が窄み、いがいがと不快感が押し寄せ、胸が圧迫されたように苦しくなる。
恐ろしい未来に、焚き火とトロール達によって生々しい現実感が注ぎ込まれている。
足の付け根が、じわじわと生暖かくなる。
戦慄のあまりに、それが自らの尿だと気付く事に時間がかかった。
充分に火の勢いがついたのを確認したか、一体のトロールが、丸太と縄を取り出す。
傍らには、石を乱暴に削り出してつくった、どす黒く変色した大ぶりの刃物が突き立っていた。
トロールA「……ドレカラ、イク」
トロールB「…ノゾイテル、ヤツ」
二体のトロールの視線に誘われるように―――トロール達はいっせいにこちらを見た。
隣女王「い、いや……そんなの…いや……です……」
逃げようにも、手足をきつく縛られたままでは這う事さえままならない。
トロールが近寄り、足首を無造作に掴まれ、引っ立てられるまで―――何も、できなかった。

225 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:13:14.91 ID:5XcExnPco
乱暴に剥ぎ取られた服は、焚き火の中に放り込まれた。
靴さえも脱がされ、トロール達の視線が遮るものの無くなった体に突き刺さるが、羞恥心は湧かなかった。
何故ならば、彼らの目には、血走った肉欲など欠片も無い。
吊るされた肉の塊を見るような。
そう……新鮮な肉、としか認識していないようだから。
おもむろに、両手足を拘束していた縄が引き千切られる。
手足に血流が戻り、ぴりぴりと痺れさせながらも、ともかく、手足は自由になった。
隣女王「…え……?」
トロールA「…逃ゲタラ、他ノ……生キタママ、タベル」
トロールB「……コッチニコイ、肉」
トロールC「…久シブリノ、肉」
トロールD「久シブリダ」
もはや―――魔族としても、淫魔としても認識などされていなかった。
文字通りの、隠喩でも何でもない、「肉」でしかなかったのだ。
恐ろしさと、いよいよ逃れられないと悟った恐怖で、歯の根が合わない。
がちがちと奥歯が震えて、その場にへたり込んだまま、立ち上がる事さえもできなかった。
しっとりと濡れた太ももに風が当たり、寒気が更に加わる。
この場にいるトロール達から逃げる事ができるとしても、側近と忠実な衛兵達がその代わりになるだけ。
そもそも―――逃げるのは、無理だ。
少女の脚では、巨体を誇るトロールを振り払って逃げる事などできはしない。
そして生きたまま四肢を裂かれ、臓腑を引き出され、弄ぶように貪られるだけだ。

226 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:14:08.64 ID:5XcExnPco
その未来を胸に―――止め処なく震える足に力を籠め、立ち上がる。
トロール達をまっすぐに見つめ返す瞳に、迷いは無い。
隣女王「…………私からに、しなさい」
背には、二十の従者達が拘束されて横たわっている。
彼女らは家臣である前に―――「民」、なのだ。
淫魔ではあっても、この身に魔力は無い。
魔族の一柱に属していても、迫りくる低級の獣人一体とて、倒せはしない。
恐らく、この小さな体についた僅かな肉では、このトロール達を満足させることなどできはしない。
それでも、逃げる事などできなかった。
臣民が生きながらにして貪られ、末摩を断つ叫び声を背に森の中を逃げ回る事が、恐ろしかった。
もはや、この身には彼女らを救う手だてなどない……と、思っていた。
ほんの少し前に、気付いていた。
辺りを見回し、従者を一人ずつ顔を確認して数え上げていったが―――足りなかった。
最後方の馬車についていた衛兵の一人が、いなかったのだ。
加えて、トロールは「久しぶりの肉」と確かに言った。
恐らく、彼女だけは逃れる事に成功している。
距離から言って、ここはまだ、淫魔の大国の領内。
まだ本国へは距離があるのだから、彼女は近くの村にでも、助けを呼びに行っているはずだ。
すでに殺されている、という可能性は薄い。
何故ならば、繰り返すが、トロール達は「久しぶりの肉」と言った。
この獣人達は、たとえ殺してしまっても、お構いなしに食らうはずだ。

227 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/22(土) 02:15:01.12 ID:5XcExnPco
救援が来るまでに、恐らくこの身は間に合わないだろう。
その間に火にくべられ、全身を焼かれ、炎の中で苦悶し、その悲鳴さえも焼き尽くされる。
喉が焼け、胸の中が焼け、それでも一瞬に死に切る事はできない。
焼けて弾けた肺胞が呼吸を止め、炎の海の中で溺れ死ぬのだ。
しかし必ず、救援は来てくれる。
――――たとえ、私には…間に合わなくても。必ず、来てくれる。
――――あの陛下は、約束してくれた。
――――ならばできる事は、ただひとつ。
――――この身を差し出して……トロール達の胃袋から、少しでも時間を稼ぐ。
覚悟を決め、焚き火へと進み出ると、トロールの腕がそれ以上進まぬようにと制した。
そして別の一体が、傍らのものとは別の、細く削った丸太を持ってきた。
細く、と言ってもその径は人間の大人の腕ほどはある。
特に先端が尖らされており、それはもはや、丸太ではなく、即席の「槍」と言ってもよい。
隣女王「――――かはっ!」
不意に後ろから引き倒され、背中に衝撃を感じる。
息を詰まらせ、事態を把握しようと努めるが―――その試みは、秘所へちくりと感じた痛みに、妨げられた。

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