堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
Part7
141 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:42:44.00 ID:IAYWe2woo
隣女王「特殊…ですか?」
勇者「ああ。世界に一人だけの存在だった。……自惚れと受け取ってくれてもいいよ」
隣女王「……詳しく……いえ。お訊きするのは控えます、ごめんなさい」
勇者「…………」
隣女王「……それより、別の話をいたしましょう」
勇者「女王がそう言うのなら……」
隣女王「私の従者達は今どちらに?」
勇者「もう一つの食堂にいるはずだよ。今頃、同じく食事中の筈だ」
隣女王「そうですか。ありがとうございます」
勇者「ところで、何人連れてきたのかな」
隣女王「側近は信頼のおける者を、三人ほど。護衛は二十人程度です」
勇者「三人……」
堕女神「お話中、失礼いたします、メインをお持ちしました。………陛下? 私の顔に何か?」
勇者「……今回は何もないといいな」
堕女神「は……?」
142 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:43:15.84 ID:IAYWe2woo
食後
勇者「さて、どうもてなしたものか……」
隣女王「……あの…よろしいでしょうか」
勇者「何かな」
隣女王「庭を歩いてみたいのですが……ご迷惑でしょうか?」
勇者「いいよ。行こうか」
隣女王「ありがとうございます。……でも」
勇者「でも?」
隣女王「……あのサキュバスさん達……間に合ったのでしょうか」
勇者「……大丈夫。もう手入れは終わってる」
隣女王「まぁ……。流石ですね」
勇者「…………それじゃ、行こう」
143 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:44:04.39 ID:IAYWe2woo
隣女王「………わぁ…!」
城内を歩き、庭園に繋がる扉をくぐった彼女が、思わず声を上げる。
女王という位は得ても、短命ではあってもそれでもヒトの二倍の寿命を持つ彼女が、子供のように目を輝かせて。
きっちりと手入れされた薔薇のアーチ、キラキラと硝子片のように水を噴き上げる大理石の噴水、
整えられた幾種類もの庭木と、雑草一本も挟ませない、年季の入った石畳の通路。
そして――勇者自身も今初めて見た、ステンドグラスのように水色や翡翠色に透き通る羽を持つ、蝶たちの舞い姿。
勇者「(……本当に手入れ、済ませてやがった)」
隣女王「きれいです。まるで……」
勇者「…『お城みたい』?」
隣女王「あっ……えっと……!」
勇者「……しばらく、見て回ると良いよ。俺は、そこのテラスにいるから」
隣女王「もし、よろしければ……共に、歩いていただけませんか?」
踵を返しかけ、投げかけられた声に再び振り向く。
勇者「え? ……ああ、勿論」
返事をすれば彼女の微笑みは更に深まり、晴れ渡るような、「笑顔」へと変わった。
144 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:45:22.14 ID:IAYWe2woo
石畳を、二つの足音が並んで歩む。
ひとつは、硬いブーツの底が石畳を打つ、硬質でありながら、耳に心地よいリズム。
ひとつは、皮革を縫って作った靴の、沈み込むように柔らかな、またも心地よく衣擦れのような音を立てる小さな足音。
真逆の足音が、時折ペースを崩しながら、美しく整えられた庭園に響く。
隣女王「……夢みたいです。流石は、陛下のお城ですね」
勇者「……それは、どうも」
短く返し、硬い足音の主は、はしゃぎ気味の柔らかい足音の主を追う。
彼女の視線は、次々に移り変わる。
庭木にとまる、ルビーのように輝く真紅の甲虫、翡翠色を基調としたグラデーションを羽に宿した蝶。
あまたの美しい虫や、絶妙に計算された剪定を施され、枝葉を誘導された植木、色とりどりの花。
そして、彼女が次に目に留めたのは―――。
隣女王「……庭園迷路、ですか? 噂には聞いておりましたが……見るのは初めてです」
勇者「見ての通り」
隣女王「入っても?」
勇者「迷わないのなら」
隣女王「……迷わぬ迷路を、『迷路』と呼べますか?」
勇者「…いや、全くだ」
145 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:46:45.93 ID:IAYWe2woo
一階廊下
サキュバスB「……ふぅ、どうにかなったねー」
サキュバスA「……はぁ…」
サキュバスB「………どうしたの?」
サキュバスA「『どうしたの』じゃないわ。全く……貴女ってコは……」
サキュバスB「陛下?」
サキュバスA「…そうよ。あんな風にバラされるなんて……」
サキュバスB「やっぱり、陛下だ」
サキュバスA「だから、そうだと言っているでしょう。……って、どこを見ているの?」
勇者「……お疲れ様」
隣女王「お疲れ様です」
サキュバスA「!?」
146 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:47:32.81 ID:IAYWe2woo
サキュバスB「陛下。こっちのちっちゃい子は?」
勇者「どの口で言ってる、どの口で」
サキュバスA「っ……女王陛下、非礼をお許し下さい」
サキュバスB「えっ!?」
隣女王「……お初にお目にかかります。隣女王と申します。お見知りおきを」
サキュバスB「……ご、ごめんなさい!」
隣女王「いえ、良いのです。顔を上げてください、お二方」
サキュバスA「………」
隣女王「我が儘で庭園を見させていただきましたが、素晴らしかったです」
サキュバスB「……えへへ」
隣女王「……それで、その……お願いがありまして」
勇者「ん」
隣女王「……お庭でこの虫を見つけまして。……我が国に、連れ帰ってよろしいでしょうか?」
サキュバスA「…カメムシの一種ですわね。赤く輝く羽が趣深いでしょう」
147 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:48:49.66 ID:IAYWe2woo
勇者「えっ…カメムシ?」
サキュバスA「御心配なさらずとも、悪臭を発する事はありません」
隣女王「……綺麗なので……つい……」
勇者「……この虫って、ひょっとして貴重なのか?」
サキュバスA「いえ、我が国ではよく見る部類ですが……」
勇者「毒か何かあるのか?」
サキュバスB「毒なんて無いですよ。きれいだし、飼いやすいし、それに……」
勇者「それに?」
隣女王「他に何か?」
サキュバスA「驚かせると霧状にフェロモンを分泌するのですが、淫魔に対して強烈な催淫作用が。特に幼い者には効果覿めn」
勇者「捨てろォォォォォォォ!!!!」
148 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:50:57.58 ID:IAYWe2woo
その頃、厨房では堕女神と侍女達が後片付けと並行して、晩餐の下拵えをしていた。
常より多い洗い物は用人達に任せて、堕女神は晩餐の準備を。
洗われる皿が触れ合う音から少し離れて、メインディッシュ用の肉に下拵えを施す。
牛の肉……それも、硬く締まった肉質のテールを煮込む予定のため、丹念な仕込みは欠かせない。
彼女は答えを欠いた自問を繰り返す。
会食の最中に、「彼」からかけられた言葉が、胸中にこだましていた。
あの一瞬の胸の高鳴りは、果たして何だったのか。
あの言葉の真意は、果たして何なのか、と。
あの一節を、噛み締めるように、無意識に何度も再生する。
その度にトクトクと心臓の鼓動が際立ち、毛穴が浮かされて開くような感覚まである。
頬に暖かい血が集まり、ほのかな赤みさえも見てとれるようになる。
「人間」に優しい言葉をかけられたのは、何千、何万年の昔だったろうか。
いやそもそも、最後に「人間」を見たのは、果たしていつだったのか。
彼女が最後に振り返って見た人間達は、果たして――――知ある「人間」に見えたのか。
もはや過去と言うにも遠すぎる、果てしない彼方の、埃にまみれた記憶と化していた。
人間界に…もう、彼女の痕跡は無い。
神殿はとうの昔に無くなり、神像は粉々に砕かれてしまった。
149 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:52:53.39 ID:IAYWe2woo
堕女神「………」
メイド「どうかなさいました?」
堕女神「……いえ、別に。それより、晩は大食堂に隣国の皆さんをお招きしましょうか」
メイド「女王陛下と、従者の方々をご一緒に?」
堕女神「はい。……両陛下が良いと言って下されば、ですが」
メイド「かしこまりました。デザートはどうしましょうか」
堕女神「種類を多めに作りましょう。材料はありますね?」
メイド「届いております。今朝摘んだばかりの果物が豊富に」
堕女神「心配はありませんね。……それでは、少しの間失礼いたします。時間になったら、メインの調理を。教えた通りの分量で煮込んで下さい」
メイド「はい。お任せ下さい」
150 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:54:33.30 ID:IAYWe2woo
厨房から出てすぐに、彼女は一人のサキュバスに出会った。
サキュバスA「晩餐の準備は済んでしまいましたの? 手が空いたので来ましたのに」
堕女神「仕込みは済みましたので、後は任せる事にしました。デザートはこれから取りかかります」
サキュバスA「……それでは、あとは私がお作りしてよろしいかしら?」
堕女神「…構いませんが、どうなさったのですか? それと、両陛下は……」
サキュバスA「『あちら』の陛下は、二階のサロンにてBと遊んでおりますわ。どうも、気が合う所があったようですわね」
堕女神「こちらの陛下は?」
サキュバスA「寝室にて、お召し替えを。どうにも、礼装は堅くて息苦しいようでしたわ」
堕女神「…ありがとうございます。それでは、後の事は全てお任せします」
一礼して去った彼女の背を、残された淫魔は見続ける。
大きく開いた、雪原のようにまっさらな背が、角を曲がって――見えなくなるまで。
サキュバスA「………少し、話しやすくなったかしら…?」
小首を傾げ、考え込むように指先を遊ばせながら、彼女は、厨房に入っていった。
151 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:55:08.15 ID:IAYWe2woo
堕女神は、隣女王とサキュバスBが遊戯に興じているサロンを迂回し、邪魔をしないようにして王の寝室へと向かう。
その足取りは一定ではなく、早まり、遅くなり、まるで揺れ動くようにも見えた。
早く着こう、という焦りに似た感覚。
着いたらどうしよう、という心の底から湧く迷い。
二つの感情を秘めながらも、彼女は、気付けば寝室の前に辿り着いた。
堕女神「……陛下、御在室でしょうか?」
平素より更に控えた声が、扉へと吸い込まれる。
答えを待つ間、彼女の視線はただ、扉を何度も眺めて廻るだけ。
三、四日前にそうした時とは違い、目の行き場が定まらない。
伏せる事も、閉じる事もできないまま、何度も、何度も往復する。
「落胆」と「安心」の両方が心に覗かせ、どちらともとれるため息が漏れた。
扉を叩いてから二分ほど経つ頃、ようやく彼女は踵を返そうとする。
その瞬間に扉が開き、平服姿の主が顔を出した。
152 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:55:52.26 ID:IAYWe2woo
勇者「すまない、手間取って……どうしたんだ?」
堕女神「…陛下?」
勇者「ベルトが見つからなくて。それで、何の用だ?」
堕女神「その……夕食の事ですが」
勇者「何だ」
堕女神「大食堂に、隣国の皆さんをお招きしようかと思うのですが。念の為に両陛下の許可を」
勇者「ああ、勿論いいよ。隣女王も快く応じてくれた」
堕女神「えっ……?」
勇者「俺が伝えに行こうかと思ってたんだが……同じことを考えてたんだな」
堕女神「……それでは、席を整えますので、後ほど」
勇者「……あ、ちょっと」
堕女神「何でしょうか?」
153 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:57:10.45 ID:IAYWe2woo
勇者「サキュバスBと隣女王の様子を見に行こうと思うんだが、一緒に行かないか」
堕女神「私が……ですか?」
勇者「気が進まないのか?」
堕女神「……いえ、ご命令とあらば」
勇者「Bの奴、隣女王と遊ぶって言ってたけど……何してるんだろうな」
堕女神「…………」
勇者「女王というか、『隣国の淫魔』と二人きりにする時点で割と危な………どうしたんだ?」
堕女神「え?」
勇者「行かないのか?」
堕女神「陛下の御意志とあらば、同行いたします」
勇者「うん。……じゃ、行こう」
堕女神「……はい」
154 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:57:48.57 ID:IAYWe2woo
連れ添って、二人がサロンへと向かう。
共に歩むその間隔は、どこか近づいて見えた。
勇者は、堕女神に気を使うようにしてゆったりと歩んでいく。
踵の高い靴を履いた彼女へ合わせるように、ゆっくりと絨毯を踏みしめる。
さく、さくと小気味よく音を立てて沈む絨毯は、さながら浅く積もった雪の庭のように、静謐を湛えていた。
勇者「……堕女神」
先を行く勇者が、数歩後ろへ侍る彼女へ呼びかける。
堕女神「はい」
勇者「近隣で、亜人種の活動はどうなっているんだ?」
堕女神「……南方のオークの族長が、またも代替わりしたようです。これはもう、報告する事さえ億劫な程に頻繁です」
勇者「…何て落ち着きの無い奴らだか」
堕女神「それと、我が国と隣国の境で、中型のトロールが数頭目撃されております。賞金をかけましょうか?」
勇者「……賞金?」
堕女神「『淫魔』にとっては指先一つで片付くものです。まぁ、彼らとて我が国に手出しするほど愚かでは無いでしょうが」
勇者「……整えておいてくれ。隣国との境に、というのが気になる」
堕女神「はい。それでは直ちに」
155 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:00:20.71 ID:IAYWe2woo
二階 サロン
サキュバスB「……罠カード発動! 『壁尻』! これで女王さまの『ダークエルフの暗殺者』を捕縛します!」
隣女王「……やりますね」
サキュバスB「更に『ローパーの苗床職人』を召喚してターン終了です。次のわたしのターンで、この二つを生贄に『触手王キング・ローパー』を召喚しますよ!」
隣女王「それでは……場の『オークの偵察兵』を取り除いて、『巨木のミノタウロス』を召喚。能力を使用し、『壁尻』と捕われたモンスターを破壊します」
サキュバスB「えっ……!?」
隣女王「更に、魔法カード『買われし歳月』をこちらの『白百合のエルフ』に装備。『邪淫なる妖精女王』へと進化させます!」
サキュバスB「えぇぇぇぇぇ!?」
隣女王「そして、『ローパーの苗床職人』に対して、『邪淫なる妖精女王』の攻撃が通ります。……私の勝ちですね」
サキュバスB「…ま、負けました……!」
勇者「……いったい何やってんだ! 大声で!!」
156 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:01:33.37 ID:IAYWe2woo
サキュバスB「わっ……!!」
勇者「…それ、何?」
堕女神「我が国で流行しているカードゲームの一種ですね。奥深い戦略性と、実に3万種以上のカードが存在するのが特徴です」
サキュバスB「だ、だって………女王さまがぁ……」
隣女王「へ、陛下! やってみたいと言ったのは私ですので!」
勇者「何で?」
サキュバスB「この国で、どんな遊びが流行ってるかってお話になって……」
勇者「……で、これをやってたと」
隣女王「はい」
勇者「…………例のチェスよりはマシか」
堕女神「…………そうですね」
157 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:02:26.48 ID:IAYWe2woo
勇者「まぁ、それはともかく、随分と打ち解けてるな」
隣女王「はい。歳が近いからでしょうか……話しやすくて」
勇者「いや、それは無いと思う」
隣女王「え?」
サキュバスB「ですねー」
隣女王「えっ? ……失礼ですが、その……お幾つなのですか?」
サキュバスB「3415歳です。わたしの方がちょっとだけ『お姉さん』ですね」
勇者「ケタ二つ差が『ちょっとだけお姉さん』って……あのさぁ……」
サキュバスB「でも、Aちゃんと比べたら全然年近いですよ?」
勇者「あぁ、成程。確かに近いな」
隣女王「…………」
158 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:03:53.26 ID:IAYWe2woo
勇者「……まぁ、楽しんでくれているのなら良いさ。邪魔をした」
サキュバスB「あっ……折角ですから、陛下もいかがですか?」
勇者「いや、遠慮しておくよ」
サキュバスB「……Aちゃんとは、遊んでたのに」
勇者「また今度、改めてな」
サキュバスB「えー」
勇者「それより、粗相の無いようにな。隣女王も何かあったら言ってくれ」
隣女王「はい。……それでは、もう一戦」
堕女神「夕食の準備が整ったらお呼びに参ります」
勇者「じゃ、また後で」
サキュバスB「はーい」
159 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:06:02.61 ID:IAYWe2woo
二人の淫魔が遊びに興じる場を後に、勇者と、堕女神は去る。
山札を切る音が広めに取られたサロンに小気味よく響き渡り、少しずつ、それは遠くなっていく。
勇者「……そういえば、サキュバスAはどうした?」
堕女神「夕食の支度を任せております。各種仕上げと、デザートを一から」
勇者「…できるのか?」
堕女神「菓子作りでは、私も一歩譲らねばならないかもしれません」
勇者「意外な一面だな」
堕女神「特に、果物の扱いが得意なようです」
勇者「ちなみに……サキュバスBはどう?」
堕女神「……ここだけの話になりますが」
勇者「うん」
堕女神「彼女には、厨房では食器洗いしかさせないようにしております」
勇者「把握した」
160 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:07:30.38 ID:IAYWe2woo
堕女神「名誉の為に言いますが、彼女は味覚は至って正常です。……ただ、作る側には向いていないというだけで」
勇者「……世の旦那も、あれ相手じゃ正直に言いづらいだろうなぁ」
堕女神「…………」
勇者「それと、これは隣女王からの要望なんだが」
堕女神「何でしょうか」
勇者「……今日の夕食。堕女神にも、席をともにして欲しいそうだ」
堕女神「私が?」
あまりに意外な申し出に、声の調子が若干外れて響く。
隣国の女王が、今や侍従に過ぎない自分に、ともに食卓に着くようにと申し出たのだから。
勇者「話したい事、聞きたい事があるらしい。女王不在の間、ずっとこの国の留守を守った、お前に」
堕女神「……私は、大したことはしておりません」
勇者「隣女王を助けると思ってさ。頼む」
堕女神「…仰せの通りに」
161 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:09:05.16 ID:IAYWe2woo
勇者「……訊こうと思ってた事があるんだ」
堕女神「何でしょうか」
勇者「……先代の女王は、どういう人……いや、淫魔だったんだ?」
その問いかけに、彼女の身体は僅かに波打つ。
唇には一瞬だけ力が籠もり、その喉は震えた。
思いもかけない質問に細い瞳がわずかに膨らみ、明確な反応を示す。
堕女神「……優しく、聡明な方でした。……この、私にさえも」
勇者「…『さえも?』」
堕女神「『淫魔』ではない私にさえ、微笑みを向けて下さりました。」
勇者「…………堕女神」
堕女神「私は、先代の女王陛下の愛したこの国を、命ある限り守りたいのです」
勇者「……そう、か」
堕女神「……もはや、私の望みはそれだけです。それだけしか……私は、生の意味を持ちません」
勇者「………」
隣女王「特殊…ですか?」
勇者「ああ。世界に一人だけの存在だった。……自惚れと受け取ってくれてもいいよ」
隣女王「……詳しく……いえ。お訊きするのは控えます、ごめんなさい」
勇者「…………」
隣女王「……それより、別の話をいたしましょう」
勇者「女王がそう言うのなら……」
隣女王「私の従者達は今どちらに?」
勇者「もう一つの食堂にいるはずだよ。今頃、同じく食事中の筈だ」
隣女王「そうですか。ありがとうございます」
勇者「ところで、何人連れてきたのかな」
隣女王「側近は信頼のおける者を、三人ほど。護衛は二十人程度です」
勇者「三人……」
堕女神「お話中、失礼いたします、メインをお持ちしました。………陛下? 私の顔に何か?」
勇者「……今回は何もないといいな」
堕女神「は……?」
142 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:43:15.84 ID:IAYWe2woo
食後
勇者「さて、どうもてなしたものか……」
隣女王「……あの…よろしいでしょうか」
勇者「何かな」
隣女王「庭を歩いてみたいのですが……ご迷惑でしょうか?」
勇者「いいよ。行こうか」
隣女王「ありがとうございます。……でも」
勇者「でも?」
隣女王「……あのサキュバスさん達……間に合ったのでしょうか」
勇者「……大丈夫。もう手入れは終わってる」
隣女王「まぁ……。流石ですね」
勇者「…………それじゃ、行こう」
143 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:44:04.39 ID:IAYWe2woo
隣女王「………わぁ…!」
城内を歩き、庭園に繋がる扉をくぐった彼女が、思わず声を上げる。
女王という位は得ても、短命ではあってもそれでもヒトの二倍の寿命を持つ彼女が、子供のように目を輝かせて。
きっちりと手入れされた薔薇のアーチ、キラキラと硝子片のように水を噴き上げる大理石の噴水、
整えられた幾種類もの庭木と、雑草一本も挟ませない、年季の入った石畳の通路。
そして――勇者自身も今初めて見た、ステンドグラスのように水色や翡翠色に透き通る羽を持つ、蝶たちの舞い姿。
勇者「(……本当に手入れ、済ませてやがった)」
隣女王「きれいです。まるで……」
勇者「…『お城みたい』?」
隣女王「あっ……えっと……!」
勇者「……しばらく、見て回ると良いよ。俺は、そこのテラスにいるから」
隣女王「もし、よろしければ……共に、歩いていただけませんか?」
踵を返しかけ、投げかけられた声に再び振り向く。
勇者「え? ……ああ、勿論」
返事をすれば彼女の微笑みは更に深まり、晴れ渡るような、「笑顔」へと変わった。
144 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:45:22.14 ID:IAYWe2woo
石畳を、二つの足音が並んで歩む。
ひとつは、硬いブーツの底が石畳を打つ、硬質でありながら、耳に心地よいリズム。
ひとつは、皮革を縫って作った靴の、沈み込むように柔らかな、またも心地よく衣擦れのような音を立てる小さな足音。
真逆の足音が、時折ペースを崩しながら、美しく整えられた庭園に響く。
隣女王「……夢みたいです。流石は、陛下のお城ですね」
勇者「……それは、どうも」
短く返し、硬い足音の主は、はしゃぎ気味の柔らかい足音の主を追う。
彼女の視線は、次々に移り変わる。
庭木にとまる、ルビーのように輝く真紅の甲虫、翡翠色を基調としたグラデーションを羽に宿した蝶。
あまたの美しい虫や、絶妙に計算された剪定を施され、枝葉を誘導された植木、色とりどりの花。
そして、彼女が次に目に留めたのは―――。
隣女王「……庭園迷路、ですか? 噂には聞いておりましたが……見るのは初めてです」
勇者「見ての通り」
隣女王「入っても?」
勇者「迷わないのなら」
隣女王「……迷わぬ迷路を、『迷路』と呼べますか?」
勇者「…いや、全くだ」
145 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:46:45.93 ID:IAYWe2woo
一階廊下
サキュバスB「……ふぅ、どうにかなったねー」
サキュバスA「……はぁ…」
サキュバスB「………どうしたの?」
サキュバスA「『どうしたの』じゃないわ。全く……貴女ってコは……」
サキュバスB「陛下?」
サキュバスA「…そうよ。あんな風にバラされるなんて……」
サキュバスB「やっぱり、陛下だ」
サキュバスA「だから、そうだと言っているでしょう。……って、どこを見ているの?」
勇者「……お疲れ様」
隣女王「お疲れ様です」
サキュバスA「!?」
サキュバスB「陛下。こっちのちっちゃい子は?」
勇者「どの口で言ってる、どの口で」
サキュバスA「っ……女王陛下、非礼をお許し下さい」
サキュバスB「えっ!?」
隣女王「……お初にお目にかかります。隣女王と申します。お見知りおきを」
サキュバスB「……ご、ごめんなさい!」
隣女王「いえ、良いのです。顔を上げてください、お二方」
サキュバスA「………」
隣女王「我が儘で庭園を見させていただきましたが、素晴らしかったです」
サキュバスB「……えへへ」
隣女王「……それで、その……お願いがありまして」
勇者「ん」
隣女王「……お庭でこの虫を見つけまして。……我が国に、連れ帰ってよろしいでしょうか?」
サキュバスA「…カメムシの一種ですわね。赤く輝く羽が趣深いでしょう」
147 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:48:49.66 ID:IAYWe2woo
勇者「えっ…カメムシ?」
サキュバスA「御心配なさらずとも、悪臭を発する事はありません」
隣女王「……綺麗なので……つい……」
勇者「……この虫って、ひょっとして貴重なのか?」
サキュバスA「いえ、我が国ではよく見る部類ですが……」
勇者「毒か何かあるのか?」
サキュバスB「毒なんて無いですよ。きれいだし、飼いやすいし、それに……」
勇者「それに?」
隣女王「他に何か?」
サキュバスA「驚かせると霧状にフェロモンを分泌するのですが、淫魔に対して強烈な催淫作用が。特に幼い者には効果覿めn」
勇者「捨てろォォォォォォォ!!!!」
148 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:50:57.58 ID:IAYWe2woo
その頃、厨房では堕女神と侍女達が後片付けと並行して、晩餐の下拵えをしていた。
常より多い洗い物は用人達に任せて、堕女神は晩餐の準備を。
洗われる皿が触れ合う音から少し離れて、メインディッシュ用の肉に下拵えを施す。
牛の肉……それも、硬く締まった肉質のテールを煮込む予定のため、丹念な仕込みは欠かせない。
彼女は答えを欠いた自問を繰り返す。
会食の最中に、「彼」からかけられた言葉が、胸中にこだましていた。
あの一瞬の胸の高鳴りは、果たして何だったのか。
あの言葉の真意は、果たして何なのか、と。
あの一節を、噛み締めるように、無意識に何度も再生する。
その度にトクトクと心臓の鼓動が際立ち、毛穴が浮かされて開くような感覚まである。
頬に暖かい血が集まり、ほのかな赤みさえも見てとれるようになる。
「人間」に優しい言葉をかけられたのは、何千、何万年の昔だったろうか。
いやそもそも、最後に「人間」を見たのは、果たしていつだったのか。
彼女が最後に振り返って見た人間達は、果たして――――知ある「人間」に見えたのか。
もはや過去と言うにも遠すぎる、果てしない彼方の、埃にまみれた記憶と化していた。
人間界に…もう、彼女の痕跡は無い。
神殿はとうの昔に無くなり、神像は粉々に砕かれてしまった。
149 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:52:53.39 ID:IAYWe2woo
堕女神「………」
メイド「どうかなさいました?」
堕女神「……いえ、別に。それより、晩は大食堂に隣国の皆さんをお招きしましょうか」
メイド「女王陛下と、従者の方々をご一緒に?」
堕女神「はい。……両陛下が良いと言って下されば、ですが」
メイド「かしこまりました。デザートはどうしましょうか」
堕女神「種類を多めに作りましょう。材料はありますね?」
メイド「届いております。今朝摘んだばかりの果物が豊富に」
堕女神「心配はありませんね。……それでは、少しの間失礼いたします。時間になったら、メインの調理を。教えた通りの分量で煮込んで下さい」
メイド「はい。お任せ下さい」
150 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:54:33.30 ID:IAYWe2woo
厨房から出てすぐに、彼女は一人のサキュバスに出会った。
サキュバスA「晩餐の準備は済んでしまいましたの? 手が空いたので来ましたのに」
堕女神「仕込みは済みましたので、後は任せる事にしました。デザートはこれから取りかかります」
サキュバスA「……それでは、あとは私がお作りしてよろしいかしら?」
堕女神「…構いませんが、どうなさったのですか? それと、両陛下は……」
サキュバスA「『あちら』の陛下は、二階のサロンにてBと遊んでおりますわ。どうも、気が合う所があったようですわね」
堕女神「こちらの陛下は?」
サキュバスA「寝室にて、お召し替えを。どうにも、礼装は堅くて息苦しいようでしたわ」
堕女神「…ありがとうございます。それでは、後の事は全てお任せします」
一礼して去った彼女の背を、残された淫魔は見続ける。
大きく開いた、雪原のようにまっさらな背が、角を曲がって――見えなくなるまで。
サキュバスA「………少し、話しやすくなったかしら…?」
小首を傾げ、考え込むように指先を遊ばせながら、彼女は、厨房に入っていった。
151 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:55:08.15 ID:IAYWe2woo
堕女神は、隣女王とサキュバスBが遊戯に興じているサロンを迂回し、邪魔をしないようにして王の寝室へと向かう。
その足取りは一定ではなく、早まり、遅くなり、まるで揺れ動くようにも見えた。
早く着こう、という焦りに似た感覚。
着いたらどうしよう、という心の底から湧く迷い。
二つの感情を秘めながらも、彼女は、気付けば寝室の前に辿り着いた。
堕女神「……陛下、御在室でしょうか?」
平素より更に控えた声が、扉へと吸い込まれる。
答えを待つ間、彼女の視線はただ、扉を何度も眺めて廻るだけ。
三、四日前にそうした時とは違い、目の行き場が定まらない。
伏せる事も、閉じる事もできないまま、何度も、何度も往復する。
「落胆」と「安心」の両方が心に覗かせ、どちらともとれるため息が漏れた。
扉を叩いてから二分ほど経つ頃、ようやく彼女は踵を返そうとする。
その瞬間に扉が開き、平服姿の主が顔を出した。
152 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:55:52.26 ID:IAYWe2woo
勇者「すまない、手間取って……どうしたんだ?」
堕女神「…陛下?」
勇者「ベルトが見つからなくて。それで、何の用だ?」
堕女神「その……夕食の事ですが」
勇者「何だ」
堕女神「大食堂に、隣国の皆さんをお招きしようかと思うのですが。念の為に両陛下の許可を」
勇者「ああ、勿論いいよ。隣女王も快く応じてくれた」
堕女神「えっ……?」
勇者「俺が伝えに行こうかと思ってたんだが……同じことを考えてたんだな」
堕女神「……それでは、席を整えますので、後ほど」
勇者「……あ、ちょっと」
堕女神「何でしょうか?」
153 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:57:10.45 ID:IAYWe2woo
勇者「サキュバスBと隣女王の様子を見に行こうと思うんだが、一緒に行かないか」
堕女神「私が……ですか?」
勇者「気が進まないのか?」
堕女神「……いえ、ご命令とあらば」
勇者「Bの奴、隣女王と遊ぶって言ってたけど……何してるんだろうな」
堕女神「…………」
勇者「女王というか、『隣国の淫魔』と二人きりにする時点で割と危な………どうしたんだ?」
堕女神「え?」
勇者「行かないのか?」
堕女神「陛下の御意志とあらば、同行いたします」
勇者「うん。……じゃ、行こう」
堕女神「……はい」
154 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 02:57:48.57 ID:IAYWe2woo
連れ添って、二人がサロンへと向かう。
共に歩むその間隔は、どこか近づいて見えた。
勇者は、堕女神に気を使うようにしてゆったりと歩んでいく。
踵の高い靴を履いた彼女へ合わせるように、ゆっくりと絨毯を踏みしめる。
さく、さくと小気味よく音を立てて沈む絨毯は、さながら浅く積もった雪の庭のように、静謐を湛えていた。
勇者「……堕女神」
先を行く勇者が、数歩後ろへ侍る彼女へ呼びかける。
堕女神「はい」
勇者「近隣で、亜人種の活動はどうなっているんだ?」
堕女神「……南方のオークの族長が、またも代替わりしたようです。これはもう、報告する事さえ億劫な程に頻繁です」
勇者「…何て落ち着きの無い奴らだか」
堕女神「それと、我が国と隣国の境で、中型のトロールが数頭目撃されております。賞金をかけましょうか?」
勇者「……賞金?」
堕女神「『淫魔』にとっては指先一つで片付くものです。まぁ、彼らとて我が国に手出しするほど愚かでは無いでしょうが」
勇者「……整えておいてくれ。隣国との境に、というのが気になる」
堕女神「はい。それでは直ちに」
155 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:00:20.71 ID:IAYWe2woo
二階 サロン
サキュバスB「……罠カード発動! 『壁尻』! これで女王さまの『ダークエルフの暗殺者』を捕縛します!」
隣女王「……やりますね」
サキュバスB「更に『ローパーの苗床職人』を召喚してターン終了です。次のわたしのターンで、この二つを生贄に『触手王キング・ローパー』を召喚しますよ!」
隣女王「それでは……場の『オークの偵察兵』を取り除いて、『巨木のミノタウロス』を召喚。能力を使用し、『壁尻』と捕われたモンスターを破壊します」
サキュバスB「えっ……!?」
隣女王「更に、魔法カード『買われし歳月』をこちらの『白百合のエルフ』に装備。『邪淫なる妖精女王』へと進化させます!」
サキュバスB「えぇぇぇぇぇ!?」
隣女王「そして、『ローパーの苗床職人』に対して、『邪淫なる妖精女王』の攻撃が通ります。……私の勝ちですね」
サキュバスB「…ま、負けました……!」
勇者「……いったい何やってんだ! 大声で!!」
156 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:01:33.37 ID:IAYWe2woo
サキュバスB「わっ……!!」
勇者「…それ、何?」
堕女神「我が国で流行しているカードゲームの一種ですね。奥深い戦略性と、実に3万種以上のカードが存在するのが特徴です」
サキュバスB「だ、だって………女王さまがぁ……」
隣女王「へ、陛下! やってみたいと言ったのは私ですので!」
勇者「何で?」
サキュバスB「この国で、どんな遊びが流行ってるかってお話になって……」
勇者「……で、これをやってたと」
隣女王「はい」
勇者「…………例のチェスよりはマシか」
堕女神「…………そうですね」
157 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:02:26.48 ID:IAYWe2woo
勇者「まぁ、それはともかく、随分と打ち解けてるな」
隣女王「はい。歳が近いからでしょうか……話しやすくて」
勇者「いや、それは無いと思う」
隣女王「え?」
サキュバスB「ですねー」
隣女王「えっ? ……失礼ですが、その……お幾つなのですか?」
サキュバスB「3415歳です。わたしの方がちょっとだけ『お姉さん』ですね」
勇者「ケタ二つ差が『ちょっとだけお姉さん』って……あのさぁ……」
サキュバスB「でも、Aちゃんと比べたら全然年近いですよ?」
勇者「あぁ、成程。確かに近いな」
隣女王「…………」
158 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:03:53.26 ID:IAYWe2woo
勇者「……まぁ、楽しんでくれているのなら良いさ。邪魔をした」
サキュバスB「あっ……折角ですから、陛下もいかがですか?」
勇者「いや、遠慮しておくよ」
サキュバスB「……Aちゃんとは、遊んでたのに」
勇者「また今度、改めてな」
サキュバスB「えー」
勇者「それより、粗相の無いようにな。隣女王も何かあったら言ってくれ」
隣女王「はい。……それでは、もう一戦」
堕女神「夕食の準備が整ったらお呼びに参ります」
勇者「じゃ、また後で」
サキュバスB「はーい」
159 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:06:02.61 ID:IAYWe2woo
二人の淫魔が遊びに興じる場を後に、勇者と、堕女神は去る。
山札を切る音が広めに取られたサロンに小気味よく響き渡り、少しずつ、それは遠くなっていく。
勇者「……そういえば、サキュバスAはどうした?」
堕女神「夕食の支度を任せております。各種仕上げと、デザートを一から」
勇者「…できるのか?」
堕女神「菓子作りでは、私も一歩譲らねばならないかもしれません」
勇者「意外な一面だな」
堕女神「特に、果物の扱いが得意なようです」
勇者「ちなみに……サキュバスBはどう?」
堕女神「……ここだけの話になりますが」
勇者「うん」
堕女神「彼女には、厨房では食器洗いしかさせないようにしております」
勇者「把握した」
160 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/21(金) 03:07:30.38 ID:IAYWe2woo
堕女神「名誉の為に言いますが、彼女は味覚は至って正常です。……ただ、作る側には向いていないというだけで」
勇者「……世の旦那も、あれ相手じゃ正直に言いづらいだろうなぁ」
堕女神「…………」
勇者「それと、これは隣女王からの要望なんだが」
堕女神「何でしょうか」
勇者「……今日の夕食。堕女神にも、席をともにして欲しいそうだ」
堕女神「私が?」
あまりに意外な申し出に、声の調子が若干外れて響く。
隣国の女王が、今や侍従に過ぎない自分に、ともに食卓に着くようにと申し出たのだから。
勇者「話したい事、聞きたい事があるらしい。女王不在の間、ずっとこの国の留守を守った、お前に」
堕女神「……私は、大したことはしておりません」
勇者「隣女王を助けると思ってさ。頼む」
堕女神「…仰せの通りに」
勇者「……訊こうと思ってた事があるんだ」
堕女神「何でしょうか」
勇者「……先代の女王は、どういう人……いや、淫魔だったんだ?」
その問いかけに、彼女の身体は僅かに波打つ。
唇には一瞬だけ力が籠もり、その喉は震えた。
思いもかけない質問に細い瞳がわずかに膨らみ、明確な反応を示す。
堕女神「……優しく、聡明な方でした。……この、私にさえも」
勇者「…『さえも?』」
堕女神「『淫魔』ではない私にさえ、微笑みを向けて下さりました。」
勇者「…………堕女神」
堕女神「私は、先代の女王陛下の愛したこの国を、命ある限り守りたいのです」
勇者「……そう、か」
堕女神「……もはや、私の望みはそれだけです。それだけしか……私は、生の意味を持ちません」
勇者「………」
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
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