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百物語2015

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Part6
110 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:15:13.21 ID:uO4SmEpe0
【30話】キツネ様◆8yYI5eodys 様
『回線の向こうの人』
ネットが普及して久しい昨今。
遠くに住んでいる友人や家族と瞬く間に遣り取りができて、いやはや便利になったものでございます。
中には知人のみならず、SNSや掲示板で顔も知らない相手と談笑している方も多いのではないでしょうか。
これは職場の先輩が、数年前に某携帯電話用のSNSで経験した出来事にございます。
そのSNSには「サークル」という機能がありまして、特定の趣味や共通点を持つ利用者が会話を楽しめるのだとか。
ある日、先輩は同じ市内に住む人が集まるサークルを見つけました。
参加者も7名と少なく、2、3日前に立ち上げられたばかり。
のんびり会話を楽しみたかった先輩は、すぐさまそのサークルに参加致しました。
「三毛汰」という女性が主催するそのサークル。
なんとなく居心地が良く、
どこどこの店がおススメといった情報や、
大学の友達が長いこと学校サボってて単位がやばい、
果ては、あそこ幽霊出るらしいよ、
出るって言えば、今包丁で手を切って血がドバドバ出てる・・・等々。
7人の面々が思い思いに取りとめの無い話題で盛り上がっていたそうでございます。
中でも先輩は「三毛汰」さんと気が合ったらしく、相談したり冗談を言ったり。
次第にその気さくな人柄に惹かれるようになったとか。
そんな日々が1か月ほど経った頃でしょうか。
主催者の三毛汰さんがOFF会をやろう、と提案。
日取りもすんなりと決まった頃、三毛汰さんオススメの店があるとのことで、夜、その近くのコンビニ前に集合する運びと相成ったのでございます。

111 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:17:08.79 ID:uO4SmEpe0
コンビニ前で待つこと暫く、先輩を含めサークルの面々6人が集まりました。
年の頃は20歳くらいの大学生から30代までの男女。
各々ハンドルネームを名乗り一頻り盛り上がった頃でございましょうか。
三毛汰さん遅いですね、なんて言っていた矢先に先輩の携帯が鳴ります。
見ると、どれは三毛汰さんからのSNS内メールのお知らせでございました。
「先に店で待ってるよ。○○の角を曲がった先の××ビルの4F、『Blue glass』ね」
先輩は集まった6人にその内容を伝え、談笑しながら路地に入っていきました。
街灯が心許なく足元を照らすような路地。
そんな寂れた路地を歩きながら、店なんてあるの?と思い始めた頃。
「ここ……ですかね?」
メンバーの1人が指差します。
皆、つられたように指差したその先を見ると、そこには1件のビルが佇んでおりました。
入口には、なるほど、薄汚れた『××ビル』の文字。
しかし、そのビルには指定された名前の店は疎か、テナントの1店舗も見当たりません。
それどころか、どの窓も光が漏れることなく真っ暗。
廃ビルとしか言い様の無い様相を呈しておりました。
皆で付近を歩いてみますが、『Blue glss』なんて店などございません。
それでも三毛汰さんに会いたいと常々思っていた先輩は、なんとなく彼女に会えるような気がしたそうで、
「ここ、入ってみませんか?」と提案致しました。
が、見るからに不気味な廃ビル。

112 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:19:04.02 ID:uO4SmEpe0
年長者の男性から、きっと三毛汰さんに担がれたんだよ、それにこういう所に無断で入るのは良くないよ。
そう、窘められて先輩が徐々に冷静さを取り戻した矢先でございました。
♪♪♪♪〜……!!
一斉に、そこに居た全員の携帯が鳴り響いたのでございます。
ビクっ!と身を震わせ、携帯を操作し目に飛び込んできたのは、サークルの解散を伝えるSNSからの通知。
皆、一斉にびくついた顔を見合わせる中。
先ほどの年長者が安心し切ったような顔で、「やっぱり三毛汰さんに担がれてたんだよ」と皆に笑いかけました。
な〜んだ、とホッとしたり、悪態をつく面々に気を利かせたのか、年長者の男性が別の店に行こうとしきりに提案。
しかしまあ、三毛汰さんに裏切られたショックや気まずい雰囲気もあってか、その場は解散と相成ったのでございます。
それから1週間ほど経った頃でしょうか。
職場で食事をしていた先輩が何気なく見ていたニュース。
テレビから自分の住んでいる町の名前が聞こえてきました。
珍しいな、なんて思いながら見ていると、映されたのは見覚えのあるビル。
そう、先日サークルの面々が呼び出された、あのビルでございました。
アナウンサーが読み上げる、女性の遺体が見つかった、手首に刃物による傷、死後1か月は経過、1か月ほど前から行方不明になっていた女子大生の△△さんと見て身元の確認を云々。

113 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:20:04.80 ID:uO4SmEpe0
唖然とする先輩の横で、ふと、同僚が口を開きました。
「あー、あの子、行き付けのガールズバーに居た子だ。
 なんか客の1人からしつこく付き纏われて辞めたって聞いてたんだけど、可哀想になあ……」
不思議そうな顔の先輩に向けて、同僚は続けてこう言ったそうでございます。
「知らない?※※町の『Blue glass』って店なんだけど」
聞き覚えのある店名。確か、三毛汰さんが指定した店の名前。
慌ててSNSのページを開き、あるページを確認しました。
『三毛汰』という女性のアカウント。
そのページがどうしても見つからない。
それどころか、三毛汰さんと遣り取りしたSNS内のメールやコメントすらも見つからない。
サークルに参加したのは1か月前。
その1か月の間、自分は一体、誰と会話をしていたのか?
『三毛汰』さんの顔も名前も知らない為、先輩はこれ以上は確かめる術もございませんでした。
その後、別の街に転勤になった先輩。
久々に会って酒を酌み交わしていた折のこと、先輩はこの話を語ってくれたのでございます。

114 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:21:30.08 ID:uO4SmEpe0
「きっと、亡くなった子が先輩に見つけて欲しかったんじゃないですか?」
何気なく言った私の一言に、いやいや、と先輩は首を振り、
「ビルに言った時点で俺ら彼女を見つけてないだろ?それなのに目的を達したかのようにサークルを解散した」
「はあ…?」
「俺は逆だと思うんだよね」
と言って手近なメモ帳にサラサラと
『三毛汰』
と書きます。


115 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 23:22:54.84 ID:uO4SmEpe0
「つまり俺らに見つけて欲しいんじゃなくて、彼女が俺らの中の誰かを……」
その上にカタカナでルビを付け加えたのを見て、ギョッと致しました。
『 ミ ツ ケ タ 』
どうやら先輩はそのように解釈したようでございます。
今宵お集まりの皆様。
お互いに顔も身元も知らずに百物語を愉しんで居られる訳でございます。
しかし、どうでしょう?
運営や語り部の皆様、雑談スレを盛り上げていらっしゃる名無しさん。
数多くの皆さまが参加しておいでですが、果たして、皆が皆この世に実在する方々なのでございましょうか?
ひょっとすると……この顔の見えない会話の中に、既に幾許かの怪異が潜んでいるのやもしれません。
【完】

117 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:27:34.39 ID:WCE2gmw+0
『蛍狩り』
 晩春から夏にかけての風物詩と言えばズバリ、『蛍(ほたる)』ですよね。
『いきなり何だよその強引な前振りは!』と思われた方、ごめんなさい。
 だけど俺、この小昆虫が好きでしてねえ。夏の夜を彩るあの華奢な容姿からは到底想像出来ないけど、幼虫時にはカワニナとかタニシとかの淡水系巻き貝に手当たり次第
頭を突っこんでは根こそぎ食い散らす、その獰猛さとのギャップがまずたまらない。
 そして成虫期には殆ど餌を口にすること無く、ひと夏の生を終えるってな儚さもまた侘びし気で何とも言えないところである。
 ちなみに聞き慣れぬ響きであるHNの『スヴィトリアーク』ってのも、実はロシア語で『蛍』の意味だったり…。
 無駄話はこのくらいにしておくとして、これからのお話はそんな蛍を愛でるために訪れた山峡の渓流で体験した出来事。
「おーい。高校の頃遊んでた連中集めてさ、お前の帰省祝いにひと晩泊まりがけで蛍見物としゃれ込みたいなって思ってんだけど、どうよ?」
 幼なじみからそんな電話が掛かって来たのは、夏休みに俺が故郷に戻って数日経った頃である。
「そいつはありがたい提案だねえ。しかしさ、足、あるの?」
「俺、この間免許取ったんだよ。それに加えてキャンプ道具も準備万端、心配すんな」
 程無くして、俺と旧友3人を詰め込んだおんぼろハイエースは砂利道の震動に軋んだ悲鳴を上げながら、県境に近い山間の渓流へと赴いたのである。
 蛍の行動が活性化するのはひと晩に三度程と言われている。宵の口と午前0時、そして夜半の午前3時辺りが活発に飛び回る時間帯らしい。そんなタイムスケジュールを
織り込んだ俺らが現地に到着したのは、山の向こうに夕陽が沈みつつある午後7時前であった。

118 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:28:42.51 ID:WCE2gmw+0
「まだいくらか明るいうちに準備しちまおうや」
 俺の他3人の友人は、仮に名前をA、B、Cとしておこう。この蛍狩りの発起人となった幼なじみのAはさすがメンバー随一のアウトドア派だ。
手際よく天幕を張って雨溝を掘りペグを打ち、あっという間に宴の場を設営し終えたものである。
 往路の途中で買い込んだおにぎりやスナック菓子へ手を付けるのもそこそこに、俺たちは薄暮の中でようやく互いの再会を祝す乾杯の声を
上げたのであった。
 会話が弾み辺りも闇に包まれた頃、清流のほとりに茂る草木の中で本日の主人公達の淡い光がひとつ、またひとつと瞬き始める。
「お。お出ましになったね」
「一匹光り出すと、次から次へと現れるなあ。まともな一眼レフと三脚でも持ってくれば良かったよ」
 河の面を渡るかすかな涼風に身を委ね、明滅を繰り返しながら闇の中を飛翔し続ける数知れぬ光の粒を目で追う俺たち。
「美しい。これって、最高の贅沢ってやつかも知れねえなあ」
 団扇を扇ぎながら伝法な口調で呟くBに、度の強い眼鏡を光らせながら頷くC。
「うん。確かに都会じゃ滅多にお目にかかれない光景だよね。環境破壊にエアロゾル…」
 そんな幻想的な情景に時が経つのも忘れていた俺たちが腕時計を覗き込んだ頃には、既に時刻は午後の10時を過ぎていた。
 「さて、明日も早いしそろそろおねんねしようかね」
 Aの音頭で皆がテントへと戻ろうとしたその矢先、俺は山の端にポツンと漂う奇妙な光源を認めたのである。

119 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:29:55.96 ID:WCE2gmw+0
「ちょっと、あそこ見てみ。何だありゃ、あれも蛍かね」
「え?…違うね。蛍にしちゃあの発光色はルシフェリン系のそれでは無いよ。そもそも蛍の発光素子と言うのはさ、体内のアデノシン三リン酸による…」
 空気を読めぬ理数系のCが極めて無駄な蘊蓄を語ろうとするのを遮り、今度はAが素っ頓狂な声をあげた。
「おいおい。蛍なんかよりも明らかにでかいだろ…って、あっちからも来るぞ!」
 振り返ると今度は逆の方角から、同じ様に緋色の光をたたえた何かが、短い尾を曳きゆっくりと飛来して来たのである。
 鉢合わせする形となった二つの発光体は、ヒューヒューと鳴る風切り音の中お互いの周囲を巡りつつ時折絡まり合いながら、まるで意思を持ってでもいるかの様に
山影のシルエットを背景に睦み合っていた。そう、丁度若い男女がまるで逢瀬を楽しむかの如く…。
 5分ほども経ったであろうか、それらは絡まりながらひときわ高く舞い上がったと思うや否や、フッと深山の木々の中に吸い込まれ、そして消えた。
「………おい、確かに見たよな?」
「うん、見ちまった。…なあ、予定変更して戻ろうぜ。気味悪ぃや」
「無理だわ。今から帰るっつっても、運転手の俺がビール飲んじまってるもんよ」
「こんな事になるんなら、家で黙って量子力学概論のレポートでもやってた方が良かった…」
 結局俺たちは空が白み始めるまで、Aの持参した虫除けなどをものともせずにテントの中まで襲い来る蚊やアブ、ブユに散々悩まされながら、まんじりともせず
数時間を過ごさざるを得なかったのである。

120 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:31:24.80 ID:WCE2gmw+0
 実はこの河では戦国時代にまで遡れる遙か古、道ならぬ恋に落ちた若い男女二人がお互いの身の行く末を儚んで自らの命を絶ったという悲しい言い伝えが…
などと言うありがちな後日談など、これっぽっちも無い。
 あの夜に見たものは一体…。某教授が語る様なプラズマボールだったのか、それともこの世のものならざる何かだったのであろうか。
 それを確認する術を残念ながら俺は持たない。
 あれの正体を知るものはおそらく、漆黒が支配する闇夜の中を無数の光跡を残して舞い続けていた、あの蛍たちだけなのかも知れなかった。
【了】

122 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 23:34:52.42 ID:rKZkpF2O0
【32話】suu_o◆QfeyGUP37WSw 様
『警備員さんの話』
先月のことなんですが、近くの雑居ビルで深夜にボヤ騒ぎがありました。
警備員さんがすぐに発見し消火に努めたおかげで、被害を最小限に食い止めたと高く評価されたと聞いています。
しかし当の本人は怯えながらもう辞めると連呼していて、様子が尋常でないことから同僚が理由を訊ねたところ、火事自体が色々おかしかったことが分かりました。
まず出火はコンセントを抜いていた機械の内部から起こり、本体は焼け尽きていたそうです。ところがその周囲は、燃えやすいものを積んであったにもかかわらず延焼は無し。
夜勤の見回り中に火を発見した警備員さんは、感知機が作動してないのに気付き、火災報知機を鳴らそうとボタンに指を伸ばしました。
すると報知機からじわじわと五本の指が生えてきて、人差し指を包んだのだそうです。
細く小さい指先に撫でられながらボタンを押すのは、本気で頭がどうにかなるかと思ったとのこと。
炎の熱と煙への危機感から何とか恐怖心を切り替え、消火器ボックスの扉を開けた時。
肌色をした何かがぎゅうぎゅうに詰まっていて、反射的に閉めてしまいました。
とにかく気色の悪さに全身が総毛立ち、後からそれが蠢いていたことに衝撃を受け、自分が逃げ出さずにいるのが不思議なぐらいだったとか。
火を食い止めたい一心で、勇気を振り絞って扉を開けると奇怪な物体は影も形も無かったそうです。
しかし消火剤を散布するあいだもホースをぐいぐい引っ張られたり、揺さ振られて難儀したと。
あまりに気味が悪くて精神的に挫けかけたころ、消防士さんが駆け付けてくれてボヤは鎮火しました。
警備員さんはクタクタに疲れて詰め所に戻る途中、耳元で子供の甲高い笑い声が響き、もう無理だと思ったそうです。
話の顛末を聞いた同僚は、その不気味な存在に怒りを覚え「何だそいつ、腹立つな!」と壁を殴った瞬間。
きゃっ! と声がして、ぺたぺたと逃げるような足音を、確かに耳にしたんだよ……。
と思い出しながら、同僚(=私の勤めるビルの警備員さん)が話をしてくれました。
そこで私が「こんなふうに?」と、書棚をバンッと叩いたところ。
きゃっ!? と机の下辺りで驚いた声がして、ぺたぺた走り去る音が……。
【了】

124 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:37:47.49 ID:WCE2gmw+0
『河川敷』
「レントゲンとMRIの結果が出ましたよお。こりゃあ頸椎椎間板ヘルニアですね」 
「第5・第6頸椎の髄核…ホラこれね。これが剥がれて神経を潰しかけてるんですよ。症状は結構深刻な部類なんで、出来れば手術の後にリハビリ含めたひと月程度の入院を…」
「ん〜、致し方ないですねえ。どうにか早いうちにこれ治したいんで合意しますわ」
 不承不承頷く俺を見た医師はこちらが怯んだとでも思ってか、ニヤリと意地悪気な笑みを浮かべる。
「あ、手術自体はそれほど面倒じゃありませんから安心して。…けどね、少し腑に落ちないトコがあるんですよねえ」
「え?、何でしょう」
 再び眉間に皺を寄せた壮年の医師が言うには、
「いえね、通常ここまで病状が進行するまでにはもっと長いスパンがかかるもんなんですけど…本当に自覚症状が起きたのはたった1ヶ月前だったんですか?他に何か心当たりは無いの?」
「ええ。まあ…無いっちゃー無いっつーかあるっちゃーあるかも知れなかったり…」
 心当たりは確かにあった。整形外科医に語ったところで一笑に付された挙げ句、そう遠く無い精神病院への転院を勧められそうな心当たりが…。
 話はひと月ちょいと前に遡る事にしよう。
 梅雨も終わりに近いその頃、俺は郊外にある二級河川のほとりで孤軍奮闘していた。
 河川管理業者の下請けである伐採屋の友人から極秘裏のうちに頼まれ、本来の仕事が週休であるにも関わらずこの河川敷の雑草刈りに駆り出されていたのだ。

125 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:39:07.13 ID:WCE2gmw+0
 じっとりと額に滲む汗を拭い、刈り払い機を手に天を仰ぐ俺。
 何しろ梅雨時ってのは雑草どもが最も活性化するシーズンだ。一日おきくらいに雨天と晴天が繰り返された時には最後、奴らは目に見える程にすくすくざわざわ繁茂する。
 ギュルギュル唸る丸鋸の主軸の先端へ執拗に絡みつく葦だの蔦だのに悪戦苦闘しながら、ようやく何とかノルマの半ば過ぎに差しかかったその時である。
「バンッ!」
 漫画や小説、時代劇でよく見聞きする「スパッ」「サクッ」ってな聞き心地の爽やかなそれでは無い。大口径の発砲音にも似たこの響きは、紛うかた無く刈り払い機が草藪の
中にある異物をかけた手応えだ。手首に伝わる軽い衝撃が何よりもその証左である。
「つまらぬものを斬ったか…」
 何処かの誰かみたいな独り言を呟き、足下の刈草をおそるおそるかき分ける俺。その眼前に見えたのはいつものヘビでもカエルでもテニスボールでも無い、およそこちらの
予想をちょいと躱した代物だった。
「へ?何でこんなのがここに落ちてるの?」
 日本人形。
 象牙色にくすんではいるが端正な顔貌の日本髪には花簪、薄紫の和服に纏われた桜模様のだらり帯…おそらくは芸妓さんがモデルなのかも知れぬ。
 その人形が、事もあろうか刈り払い機の一撃でふた目と見られぬ無残な姿を俺の眼前に晒していたのだ。
 本体の左脇から右肩にかけて、それこそ逆袈裟に…俺の手で斬られていたのである。
「うわあ…」
 恐る恐る彼女を手に取る俺。着物の布が厚手のせいか完全には寸断されていないものの、上半身が「く」の字に曲がり掌の中でガクガク揺れるその様は、見ていて気持ちの
良いものでは無かった。日が高いにも関わらず、まだ朝露が残っているかの如くしっとりと湿った顔に浮かぶ水滴が、あたかも涙の様にも思えて…。
「悪い事しちまったねえ」
 ゆるやかに流れる河岸の岸辺にその人形の身を置いて、心中で形ばかりの詫びを入れた俺がその日の作業を終えるまで、小一時間とかからなかった様に思う。

126 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:41:07.34 ID:WCE2gmw+0
 それから二日と経たぬうちに、俺の左肩を名状し難い感覚が襲った。
 左首筋から肩胛骨にかけて、肩こりにも似た鈍痛が支配し始めたのである。
「久々の草刈りで疲れが出たのかね?それにしちゃあイヤな痛みだな、取りあえず湿布でも貼っとこ」
 その痺れを伴う感覚は二の腕を経て肘を経て、またたく間に左手指の先端にまで降りてきた。
 多忙な日々に追われつつ、それでもまだ「どこ吹く風」とばかりに暢気な俺。その後も病状は改善を見せず、遂には肘から先は痺れを通り越して千枚通しを刺されても何も感じぬ神経マヒ、
それとは逆に寝返りどころか仰向けに寝ても耐えられぬ程の激痛が左肩を蝕んだ時点で初めて、俺は冒頭の整形外科へと赴くために重い腰を上げたのである。
 先生の執刀は完璧だったものの、何故か術後の経過がよろしく無い。ガラパゴスゾウガメの歩みにも劣る回復速度。リハビリに至っては、術後二週目を過ぎてもたかが1?程度の鉄アレイ
ですら30秒垂直に掲げるだけで額に脂汗が滲む体たらくである
「先生も首傾げてましたよ。困りましたねえ」
「実を言うとね、あんたと別れる日を迎えるのが辛いからこうして居座ってんのさ」
 すっかり気のおけぬ会話を交わす仲となった看護師の娘にそんな冗談で応じてはみたが、心中ではどうしようも無くいらついていたものだった。
 入院してから三週目を数えた頃だろうか。病室の窓を叩く夜半の風雨と雷鳴の音で俺はまどろみを侵された。かねてから囁かれていた台風擬きの爆弾低気圧が、どうやらこの地を直撃した
模様なのだ。
 窓ガラス越しに時折瞬光する稲妻に照らされながら、今まで左肩を痛めつけていたものがスッと何処かに昇華していく感覚を、真夜中のベッドの上で俺はかすかに、しかし確かに感じたものである。

127 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/29(土) 23:42:15.77 ID:WCE2gmw+0
 何のはずみかどうした事か、そこから先の事態は目を見張るばかりの急転直下、俺の体調はそれまでの雌伏の期間がまるで嘘であるかの如くメキメキと快方へ
と向かっていった。 首を傾げて左肩に耳をつけたら「メキメキッ!」ってな音が聞こえたくらいである、ウソだけどw
「一週間前の握力測定左腕18?の人が今日は56?って…どういう事です?」
「何て言うか、あんたの可愛い顔もいい加減見飽きたからねえ」
 それから程無くして、俺は病院を辞した。退院したら、手に掛けたあの日本人形を手厚く葬る…ってワケでもないけど、せめてちゃんとした所に持ってって供養したい
とも思い彼の地に向かったのだが、それは結局叶えられぬ願いとなったものだ。
 近所の婆さん曰く、件の河川敷はどうやら丁度あの夜の豪雨で氾濫し、ほとりにあった刈草を初めありとあらゆる岸辺の雑物を綺麗さっぱり流し尽くしてしまったみたい。
 久々に訪れた俺を迎えてくれたその河は、付近数十戸を床上浸水に巻き込んだとされる鬼の形相はどこへやら、ゆるい陽光を浴びながら長閑に水浴びを楽しんでいる
数羽の鴨をその面に抱きつつ、さわさわと流れ続けているばかりであった。
 
 長々と書き連ねたけど、『後日思い返してそう言われてみれば…』的な思い込み以外の何物でも無いよね、人間ってもんはひとつの事象を何かと己の因果にこじつけ
たがる生き物だし。
 けどさあ、やっぱ時々思うんだよ。あの人形、今どこに居るのかな?大海に辿り着いて紺碧の波上に漂っているのかな?それとも下流の澱みに引っかかりながら濡れ
そぼった目で未だにこっちを恨めしげに見つめているのかな?ってね…。
【了】

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