百物語2015
Part9
166 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:47:11.00 ID:AgCPeYID0
【45話】suu_o◆QfeyGUP37WSw 様
『ひっぱりっこ』
私の祖父は、私が小学二年に上がる直前に病気で亡くなりました。
突然の変調で入院してしまい、一年近く会わないままの他界でした。
それから半年以上経ったある日。不意に祖父が思い出されて懐かしくなり、お墓が近かったこともあって一人でお寺に行ってみることにしました。
当時両親は忙しく、親しい友達もいなかったので暇だったのだと思います。
しかしお寺には着いたもののお墓の場所が分からず、途中で生えていた草で遊んだりしたため帰りが遅くなってしまいました。
やっとお寺の敷地から道路に出た頃には日が傾き、見渡す限り人ひとりいません。
そんな時、路側帯の白線の上に綺麗なビー玉が落ちているのが見えたのです。
夕陽に照らされてキラキラと光を反射させる様子は、子供心を惹き付けるのには十分でした。
一応左右を見て安全なことを確認し、ビー玉に近づきます。
拾おうと屈んだ時でした。いきなりスカートが引っ張られ、私は数歩前に出ていました。
よろよろと進めば、そこは車道です。あわてて戻ろうとしましたが、スカートにかかる力は強くてびくともしません。
何が起きているのか理解できず、ただただ「車が来たらはねられちゃう! はねられたら死んじゃう!」と怯え、涙ぐみました。
167 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:48:20.98 ID:AgCPeYID0
……しかし、いつまで経っても道の奥から車が現れる気配はありません。
(それもそのはず、いま調べてみると曲がり角の先は行き止まりでした)
静寂のなか立ち尽していると、その何かは痺れを切らしたのか再び強い力で引っ張りだし、私はフラフラと道の端まで引きずられていきます。
ついには歩道に乗りあげ、助かったのかと思いきや……目の前には石の階段があり、下方に続いているのです。
(えっ、やだ落ちる!)
そう直感し、脇の柵にしがみつきましたが7歳の筋力で自重が支えられるわけもなく。あっさり手は離れ、坂の下へと転落しました。
しかし抵抗したことで、軌道が石段から横の草むらの上に逸れ、幸運にも肘を擦り剥いたくらいで済みました。
腰を抜かし、呆然としたのも束の間。いきなり右足首を掴まれる感覚に飛び上がりました。
そればかりか足は勝手に宙に浮き、ずるずると私の体を持っていくのです。
その諦めの悪さから執念じみた殺意が伝わり、言葉を失っていると。
今度は、左の手首を掴まれました。
見れば空中からガリガリに細くて骨と皮だけの腕が現れ、食い込むほどの力で手首を握ってきたのです。
冷えた指先と骨の固い感触が生々しく、度重なる異常事態に私はパニックになりました。
正体不明の二つの存在が協力して、自分に危害を加えるとしか考えられなかったからです。
ところが腕は予想とは裏腹に、私をもと来た方向へと引っ張りだしました。
すると足を持つ側も異変に気付いたのでしょう、連れていこうとする力が急に増しました。
両者のあいだで私の体は限界まで伸び切り、膝の関節が捻られ、手首は圧迫痛に悲鳴をあげ……ちぎれてしまうのではないかと不安になるほど痛かったです。
辛くて苦しい引っ張り合いの末、ふと足元の気配が消えました。
勢い余って地面に投げ出された後は無我夢中で、どうやって帰ったかは覚えていません。
でも、家に着くまで腕の存在感は残っていたように思います。
168 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:49:17.28 ID:AgCPeYID0
私を助けてくれた手の正体が判明したのは、その十一年後。祖母の葬儀が終わり、遺品を整理していた時です。
沢山の写真のなかに一枚だけ、入院中の祖父の姿を写したものがありました。
闘病生活に痩せ細り、顔も別人のようにやつれていましたが、優しい目は思い出と全く同じ。
そして袖口から伸びた腕は非常に細く骨ばっていたものの、拳はあの日見たように頼もしいものでした。
実はこの話には続きがありまして、今回百物語を投稿するにあたり地形を確認しに歩いてみたのですが……。
当時階段の少し先に用水路があり、子供が二人亡くなっているそうです。
一人目の事故が起きたあと、対策として厚い鉄板を被せたのですが、二人目はそれを外しての溺死と聞きました。
大人でも重くて容易には動かせない板を、小学生がどうやって取ったのかは、分からずじまいだったとか。
なお、周辺には古くから「乳飲み子を亡くして狂い死にした母親の幽霊が、健やかに育っている子供を妬んで悪さをする」という恐怖話がありましたが、用水路が埋められて以降不幸な出来事は起きていないので関連性は不明です。
【了】
170 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 00:53:48.82 ID:ujnfAOrg0
『ウォータースライダー』
唐突な話で面目ないけど、皆さんは『夏』と言えばまず何を思い浮かべますかな?
まあ人それぞれとは思うけど、『海』『プール』とかの回答がやはり多いかも知れない。
実は大学時代、夏休みに帰省した際に必ずお世話になるバイトがあった。いわゆる『プールの監視員』というやつである。市から管理委託されたファミリープールの運営団体のお偉いさんが
顔見知りで、毎年書き入れ時になると声をかけて貰っていたものだ。
じりじりと肌を焦がす炎天下での2時間×3セット、端で見るよりもかなりハードな仕事なのだが、貧乏学生にとって時給900円の実入りは当時なかなか魅力的だった。
そんな遠い夏の日のお話である。
お盆の最中だったろうか。前日までの猛暑もどこへやら、その日は雲行きも怪しかったせいかシーズンの割にはお客が少なかった。いつもはけたたましいばかりに鼓膜を襲う子供たちの喧噪も、
この日はさほど苦にならない。俺はいつもの様にウォータースライダー(流水滑り台)の櫓の最上に陣取り、次から次へと登ってくる子供たちを2本あるレーンに誘導し、頃合いを見てスタートの
ホイッスルを鳴らすルーティンワークを続けていた。『あ〜、次のローテーション交代まであと何分だよ。冷たいスイカバーが食いたいな』
気だるさの中でそんな事を考えていたところ、ふと何者かの気配が…いつの間に登って来たものか、右側のレーンにちょこんと座っている小さな姿が俺のすぐ足下にあった。
「う、ごめんね。ボケっとしてたよ。…じゃあ、準備はいいかな?」
見たところ小学4〜5年と言ったところか、他の児童が皆こんがりと日焼けしているにも関わらず、その痩身の少年はなぜか透き通る様に真っ白な肌だったのが印象に残っている。 そして彼の
被るスイミングキャップには、もう十数年前も前に統合合併により廃校となって久しい、付近の小学校の校章が見て取れた。
『お兄さんか誰かのお下がりかな?しかし最近には珍しく物持ちのいい家の子だなあ』
171 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 00:54:51.18 ID:ujnfAOrg0
不躾な俺の興味もどこ吹く風とばかりに、無言のままレーン上で脚を伸ばす少年。
大抵の場合、今まさに滑ろうとしている子供はテンションが上がりまくりでウキウキソワソワせわしないものなのであるが、その子は無表情な顔貌を崩す事無くスロープ下の着水プールを、
切れ長ではあるが妙に虚ろな眼差しでぼんやりと見つめているばかり。
確かに緊張して固くなる子も居るには居るが、その少年の醸し出す雰囲気はそれらともまた異なった、名状しがたい違和感と言ったらいいものか…紙ヤスリで擦られたかの様なザラついた
感覚が俺のうなじを不気味に撫でる。
「じ、じゃあ、行くよ」
心中にじわりと広がる不可解な何かを振り払うかの如く、勢いよくホイッスルを鳴らす俺。それと同時に、少年は無表情のままで約12メートル下にあるひさご型の着水プール目がけて音も無く
滑り出していった。
少年がスロープ半ばにさしかかるのを認めた直後に管理棟の大時計に目をやる。錆び付いたフレームに縁取られた年代物の時計の針は、14時45分を指していた。
「あと10分で最終ローテか、もうすぐだな」
ここで本来であれば、プールに着水する際の豪快な水音と共に稚気を孕んだ歓声が沸き上がるはずであった。
はずであったのであるが…「?」
とっくに着水しているタイムであるにも関わらず、水音も何も聞こえないのである。慌てて目をやった着水プールでは、湿りつく風に煽られたさざ波だけが、まるで何事も無かったかの如く
かすかに水面を彩っているだけ…。
「ま、まさかスロープの途中でコースアウトして下に落ちたって事は無いだろうな!」
勿論、スライダーには両脇に危険防止のための柵が張り巡らされている。しかし万が一のことを考え、慌ててスライダー下のプールサイドを確認する俺。幸いにも…と言って良いものか、
眼下のプールサイドには安物のビーチボールがただ一個、あても無くタータンエリア上を転がっているのみであった。
172 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 00:56:39.71 ID:ujnfAOrg0
『どういう事なの?俺が目を離した2秒ちょっとの間に一体、何があった?』
訳が判らず、流水プールのほとりに配備された同じバイトの地元学生に向かい、インカムのマイク越しに俺は絶叫にも似た金切り声を叩きつけたものである。
「おい!今滑った男の子、どうした!」
そんな俺の焦燥感を逆なでする様にイヤホンから聞こえてくる、同僚の呆けた声。
「何言ってんすか?さっきから誰も滑って来てませんよお。俺なんか、誰も居ないのにあなたが上でいきなりホイッスル鳴らすもんだから、どうしたんだろと思いましたもん」
「う…、ホントかよ」
そうこうしているうちに小雨がぱらついて来た。早めに休憩せよとの本部からの指示を受け、俺は釈然としない思いを残したまま櫓を降り始める。ビーチサンダルと階段に
敷かれた鉄板とが織りなすパタパタと軽い足音までもが、何故か自分をせせら笑っているかの様に感じられたものであった。
『頭が暑さで沸いちまったかねえ…』
半ば強引に自分を納得させつつ、翌日以降もスライダーの櫓上に俺は佇む。気の早い風が、刺す様な熱波にさんざん痛めつけられた赤銅色の肌をくすぐり始めてバイト
期間が終了するまでの数週間、あの少年に再び相まみえる事は無かった。
北国の夏は短くバイトも既に最終日。お世話になった礼もそこそこに、俺は現場を仕切る齢60絡みの管理主任の爺さんに件の話を軽く振ってみた。爺さん曰く、
「ああ。そんなしょっちゅうじゃないけど、たまにあるよ。昔はここで心臓マヒになって可哀想な事になった子も居たもんさ。以前は夜中のプールで笑い声を聞いた人も居たし、
誰も居ない更衣室の防犯センサーがひっきりなしに反応したりなあ…。まあ、お盆時期なんだからそんな事もあるわな」
屈託無く、笑みすら浮かべながら話すその爺さんの顔を見て、俺は別の意味で背筋が寒くなりましたよ、ええ。
【了】
174 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:58:22.96 ID:AgCPeYID0
【47話】チッチママ ◆pLru64DMbo 様
『押入れに住むモノ』
これは知り合いから聞いた話です
彼女の一番最初の記憶は住んでいた団地の押入れの暗闇だそうです
いつも襖に隙間が空いていて、閉じても閉じても気づけば2〜3センチの隙間があったそうです
その隙間から何かがみているようで怖くて仕方なかったそうです
夜、母親とその部屋で寝ていると毎晩うなされて、ひどいオネショで母親は病院によく連れてったそうです
保育所で赤鬼・青鬼という絵本を先生が読んでくれた時に、なぜか彼女だけ泣いてしまい途中で迎えがきたそうで
団地の自分の部屋に帰って、あの隙間が気になって仕方なかったそうです
普段なら近づかない見ないようにしていた幼い彼女も、その日は早退で日もまだ明るく母親も近くにいる
あの絵本の話がきになると、なぜか導かれるように押入れの襖の隙間に手を入れて開けようとした瞬間
幼い彼女の腕が突然、中から強い力で引っ張られたそうです
「いやぁぁあああ!!!」
175 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:59:15.48 ID:AgCPeYID0
大声でビックリと恐怖で泣きだした彼女に反応して母親がすぐに駆けつけました
見たのは押入れの襖の空いた数センチの隙間に片腕をつっこんで泣いている娘
腕がピーンと突っ張って娘はパニック状態で「腕を抜きなさい!!何してるの!!」
と言っても、その状態のまま泣きわめく娘
母親が襖に手を開けてガラッと勢いよく襖を開けて押入れの中を見たら
そこは何もない普通の荷物が入れられた押入れだったそうです
泣く娘を抱きしめて慰めて、娘が怖がるならと祖母の家に避難してその日は寝たそうです
寝ている最中にオネショが気になった母親は何度も夜中に娘の様子をみます
そして何度目かに娘を見ると、片腕だけ上にふりあげてグルグルとまわす動作をしていたそうで
寝ぼけているのかな?と思って娘に「何してるの?寝れないの?」と聞くと娘は
「鬼さん達とダンスを踊ってるの」と言って、スーッと腕をおろして静かになったそうです
母親の勘でしょうか、娘に何かあったのかな?と思った母親は娘を神社に連れて行き
押入れは襖を外して、かわりに薄い透けるカーテンにしたそうです
その日からオネショもマシになり娘も落ちついてきたので、一時的なものだったんだと皆が忘れたそうです
彼女が中学校にあがる頃に団地から一戸建てに引っ越す事になり荷物をまとめていたら
あの普通に戻った押入れの荷物を全て出した途端にヒラリとお札が舞い落ちてきたそうで
とても黄ばんだ古い札で赤文字で何か書いてあり黒で鬼の絵が描かれていたそうです
たぶん天井にあったんだろうとの事ですが、それで彼女は昔を思い出して怖くて急いで
部屋を飛び出したそうです
いまでも、その団地はあります、そしてあの部屋も誰かが入っています
もうお札もはずれた押入れがまだ使われていると思います
(終)
177 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/30(日) 01:06:13.24 ID:slHZZ5U50
【生霊】
俺の従兄は生霊をやたらと見てしまう体質だ。
死者の霊を見る事は稀だが、生霊はほぼ毎日見てしまうのだという。
従兄はたいてい、生霊と普通の人間の見分けがほとんどつかない。
呼び出されて一人で来た俺にも「おっ、彼女連れてきたの?」と言ってきた。
俺の斜め後ろに女性がいるのだという。
従兄が説明した風貌に俺は非常に心当たりがあったので、その時は心底肝を冷やした。
数日前、彼女と別れて自分と付き合え、ダメなら二股でもいいから付き合えと無茶を言ってきた女性だ。
勿論、従兄とは何の面識もない女性だし、彼女についての話を俺がした事もない。
そんな従兄と飲みに行った帰りの事だ。
住宅街の細い路地を並んで歩いていると、前から車が走ってきた。
歩道のない細い道だったので、俺と従兄は道路脇の塀にくっついて車が通り過ぎるのを待った。
スピードを落として横を通り過ぎる派手な赤のアルファロメオを横目で見遣ると、チャラそうなカップルが乗っていた。
無事に通り過ぎたので歩き出そうとした瞬間、前方にいた従兄が塀に手をついて座り込んだ。
「なんだよ、酔った?」
吐きそうになっているのかと思い、隣にしゃがんで従兄の顔を覗き込むと、従兄は真っ青な顔で口元を押さえていた。
「…ヤバイの見た」
「見たって、何を?」
「生霊」
もはや生霊を見る事が慣れっこになっているはずの従兄が震えている。
これは余程のものを見たのだろう。
178 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/30(日) 01:11:27.67 ID:slHZZ5U50
「ちょっと待ってね」と言って従兄は二三回深呼吸をしてから立ち上がり、「よし」と言ってから何事もなかったかのように歩き始めた。
慌てて後を追いながら、何を見たのか問いただすと、従兄はあまり言いたくなさそうな様子ながらもぽつりぽつりと話してくれた。
「車の屋根にね、女が乗ってたんだよ。白っぽいヒラヒラした半袖着て、茶色いスカート穿いた若いコ。それが髪振り乱しながら、運転席の上を包丁でメッタ刺しにしてんの。ありゃマズイよ」
従兄曰く、生霊はたいてい手ぶらなのだそうだ。
それが包丁なんか持って車をメッタ刺しにしているというのは、ただの執着を超えて明確な殺意を抱いている証拠だという。
「お前も早く後ろのコなんとかした方がいいと思うよ。今はまだ手ぶらだけどさ」
そう言われ、俺は改めて肝を冷やした。
【了】
180 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:14:47.54 ID:AgCPeYID0
【49話】suu_o◆QfeyGUP37WSw 様
『ごく普通の家が心霊スポットになるまで』
私の母が、高校の途中まで過ごした家の話です。
祖母の趣味は庭いじり。自然の樹木を活かしつつ、四季折々に花が咲くよう工夫を凝らした庭は、とても美しく見応えがあったそうです。
門扉は通りすがりの人にも見えるよう開放し、ご近所さん達が気軽に寛げるようオープンな場所にしていたと聞きました。
ある日のこと、高齢の男性が長いあいだ庭の椅子に腰掛けていたそうです。
体調を心配した祖父が様子を見に行ったところ……男性は庭木を褒め、手入れに感心し、和やかに歓談したのち長居を詫びて帰っていきました。
しかしその方は駅へと向かう道の途中で倒れ、病院に搬送されましたが亡くなってしまったそうです。
──しばらくして、庭に不可解な現象が起こるようになりました。
植え込みの中に白いモヤのようなものが見える、何か呟いてると言う方が何人も出てきたのです。
祖父母と母には霊感がなく、モヤの気配すら察知出来なかったのですが、分かる方はハッキリと老人の影に見えるらしく……。
そのため霊の噂は先日亡くなられた男性の件と一緒になって、瞬く間に周囲に広まりました。
やがて、庭が面した通りは昼間でも閑散とする一方、夜になると車やバイクで肝試しに人々が訪れるように。
無断の写真撮影に始まり、霊が出た出ないで大騒ぎ。心ないイタズラや、庭木を踏み荒らされることに一家で悩まされました。
もちろん門を閉ざして貼り紙をし、不審な人物を見つけては注意したそうですが、無断で立ち入る人は絶えなかったとのこと。
181 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:16:30.86 ID:AgCPeYID0
そんな日々が、一ヶ月ほど続いたでしょうか。
昼間祖母が庭にいると、五十代くらいの上品で身なりの良い女性が「お庭を拝見してもいいですか?」と声を掛けてきました。
久々に、霊ではなく庭をと言われて嬉しくなった祖母は、丁寧に説明して回りました。
話を聞き終えた女性は、ここが幼い頃過ごした家に似ていること、植えてある木が同じなことを懐かしそうに語ったそうです。
そして「父が、最後の日をこの場所で過ごせて良かった」と、涙ながらにお礼を言われたと……。
女性が帰るとき入れ違いにに帰宅した母が、彼女と一緒にうっすら白いものがついていくのが見えたと話してくれました。
それ以来モヤの目撃もピタリと途絶え、ようやく心穏やかに暮らせる日が戻ってくるかと思いきや。
心霊現象は収まったにもかかわらず、恐怖体験を期待して集まる人の数はほとんど減りませんでした。
何も起きないと分かれば次第に飽きられるだろう、と一家で考えていたらしいのですが、数人の若者が予想もしなかった行動に出たのです。
今聞くとそれは、『曰く付きの場所で降霊術を行う』という試みでした。
しかし、オカルトとは縁の無い人生を歩んできた祖父に、降霊の儀式が理解出来るはずもなく。
集団で呪文を唱えているさなかに割って入り、中断させてしまったのです。
彼らは術を中途半端にしては霊を怒らせてしまう、きちんと除霊しなければ場に留まって悪影響を及ぼすと粘ったらしいのですが、無理やり追い返したとのこと。
「困ったことが起きるかもしれませんよ」という声に、母だけは強く不安を掻き立てられましたが、祖母の疲れのほうが気になり黙っていたそうです。
182 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:17:52.02 ID:AgCPeYID0
異変は、すぐに始まりました。
昼間でも日の光を入れていても家の空気は淀み、絶えず吐き気をもよおす臭いがするようになりました。
物は前触れもなく落ち、家電の誤作動が頻繁に起き、無言電話からはうめき声が。
戸棚や壁の内側からカリカリと爪の音がし、ドアの下方には子供の手形。
夜も、夢のなかで家族を刺したり自殺をしたり。悪夢に目を覚ますと、暗闇のどこかから貫くような視線を感じ、一家を震えあがらせました。
そのうえ肝試しの人たちが、遠慮なしに庭へ入っては恐怖を求めて歩き回るのです。
結局耐えきれなくなって引っ越した……と、当時を思い出したらしい母は、ひどく怯えた顔で私に話してくれました。
なお、誰も住めなくなった家は、今や傷んで半壊状態。
取り壊そうにも霊障がひどく、お祓いしても効果がないとかで、名の知れた心霊スポットになっているそうです。
【了】
184 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:20:13.02 ID:ujnfAOrg0
『むかしばなし』
俺が小学校中学年頃の話なんだけどね…。
我が家もご他聞に漏れず、お盆の頃には数日間ほど先祖の墓参りをするのが常であった。 行き先は県境をふた跨ぎして車で約4時間ほどの場所にある長閑な穀倉地帯、地元がそこそこ栄えた県庁所在地である
自分には、毎年見る物全てが新鮮に感じられ、朝は山歩きに昼は湖沼巡りと大人の注意も上の空、滞留先の隣家にいる同い年の腕白たちに案内されながら日がな遊び呆けていたものだ。
その隣家の奥さんってのが歳の頃は40半ばのいかにも農家の働き者って感じの恰幅のいいおばちゃんでね、いつもお昼時には俺を招いてアイスやらスイカやらを振る舞ってくれたっけなあ。
何だったかの用事で腕白どもが不在であったその日も、俺は朝から独りで近隣探検としゃれ込んだ。さほど大きな集落でも無し、散策範囲もたかが知れているのであるが、それでも俺は畦道を巡り野原を駆け、
束の間の夏の日を満喫していた。
2時間ほどはめを外してさすがに疲れた俺は、山道入口にある古い祠の脇でひと休みする事にしたものである。
その祠は高さが2メートルくらいかな?虫食いだらけの太い角材に支えられた簡素な雨除けの中には、風化のために掠れつつある文字がびっしりと彫られている石碑が鎮座しており、申し訳程度の菓子類と花とが
供えられている。何を奉っているのだろうか?
傍らの日陰に腰を下ろし、リュックから生温くなった缶ジュースとカレーパンを取り出してさっそくパクつく俺。んー、バカウマ!いつもは五月蠅く感じられるアブラゼミの熱唱すらも何故だか耳に心地良い。
「あれ!こんたらとこまで来てだんだあ。この山がら上は藪だがら、入れば駄目だんだよお〜」
聞き慣れた快活な訛り声。見上げると、野良着に身を包んだ隣のおばちゃんがひと仕事終えたものか、汗を拭きなら笑っている。
「知らないうちにここまで来ちゃったんだよ。でさ、このでっかい石、何?」
小柄な俺が弾き飛ばされそうな程大きな深呼吸をしながら真横にどっかと座り込んだおばちゃんに、何の気無しに問いかける俺。
185 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:22:13.72 ID:ujnfAOrg0
「あ、これ?これさ、ケガジのイレーヒちゅーものだの」
「ケガジ?イレーヒ?何それ、面白いもの?」
俺ときたらいきなりパンを咥えてのキョトン顔。恥ずかしながら、歳幼くして頭の出来が残念な俺にしてみればしごく真っ当な反応だったと理解して戴こう。
「ん〜ん。お天気悪くて米とか野菜も取れねくて、お百姓さんがお腹へって死んだりするのをこの辺じゃケガジって呼ぶのっす…」
それまで闊達過ぎるほど明るかったおばちゃんが、何故か目を伏せつつ軽く肩を震わしている。焚き火の中で勢いよく爆ぜる竹の如く威勢のいいいつもの彼女の声も、だんだんとくぐもって来ている様に
思えて…、こんなおばちゃん、見た事無い。
「どしたのさ?おばちゃん」
「…この辺りも昔、そんただ感じだったのすや。食う物無くてはあ、みんなばたくらばたくら倒れでいってや。あんださまみてえぐ、そうした美味そうだものも食えねえではあ…」
おばちゃんのいつもの口調は訛りは強いが聞き取れる。しかしそのイントネーションは徐々に、俺が聞き取るのが困難になるくらいにネイティブなそれに変化していった。こうしてテキスト化してる時点でも、
皆さんに理解しやすい様に極力翻訳しているつもりだ。「粗末でも食い物あったうぢだばまだ良がったよ。そしてるうぢに物無ぐなってや、ネズミっこだのヘビだのミミズだの、干上がりかげだ池で跳ねでるカエルば
生食いしたっきゃ、腹膨らんで死んだ若げえもん達も居たもんでさね…」
曇天の下、いつの間にやらアブラゼミは鳴き止んでいる。その替わりに今度は背後の藪が、温めいた風に吹かれてシャワシャワと乾いた合いの手を入れ始めた。
「あんださまの今いるどごろ、一番酷がったんだ。年寄りがら子供まで腐ったまんまムシロみたぐ敷がさってあったもの。その人だぢ騒いでるのさ、『俺だぢさも、それ食わせでけろ、飲ませでけろ』ってやあ」
「………」
「…あんださま、判るべが?娘売ってわつかの銭ば貰っても、売ってる食い物何も無え。なんぼか栄えだ街さ買いに行っても途中で銭握ったままくたばったり、買えでも山の盗人さみんな盗られで殺されだりよお。
死んだ子にたかるカラスだの犬だの追っ払って、その子ば食わねば生ぎらんねがった俺ら…判らねえべなあ…」
186 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:23:16.37 ID:ujnfAOrg0
そうした曰く付きの場所で、知らぬ事とは言え無神経にパンを食らってた自分を諌めるかの様な語調に我に返った俺は、顔を上げておばちゃんの顔に目をやる。その瞳に映ったものは、いつもの福々しい彼女の
それでは無く、げっそりと痩せこけた老婆の浅黒い皺面であった。一瞬だけの幻だったのかも知れないが、確かに俺にはそう見えた。
「俺らの子も、ケガジ過ぎで生ぎでれば、あんださまぐらいの歳だったべが…」
先程とはうって変わり、穏やかな口調。空を覆う灰色の雲が多少は薄くなりかけたものか、少しづつではあるが真夏の陽光が途切れ途切れに降り注ぎ始める。と同時に、ゆっくりと腰を上げる彼女。
「どれ。暮れまでに今日生ぎる分の食い物探すがの…」
覚束ない足取りのままによろよろと山道を登っていく彼女を、その場に固まって動けぬ俺は、その姿が深い藪に覆われ消えるまでぼんやりと目で追うしか無かったものである。
翌日、帰り支度を急ぐ俺たちの見送りのために隣家から現れたおばちゃん。
前日の出来事は何処かに置いてきたかの如く、いつも通りに満面の笑みをたたえた彼女の手には、大きめのダンボール箱が抱えられている。
その箱から覗く、スイカやトウモロコシを初めとする豊穣なる大地の恵みの数々…。
「あっちさ戻ったら、腹破れるまで食ってやってけれ。まだ食いたぐなったらいつでも来なんせ。こっちにゃあコンビニも何も無えどもよ、食い物だけなら掃いて捨てる程あるんだがらの!」
『昨日と同じ口が、それを言うか…!』
ドアミラーの中で腕白どもと手を振りながら徐々に小さくなってゆく彼女の姿を見つめつつ、前の日との言動のギャップに思わず頬が緩んだ俺であった。
正直、初めは驚いたものの怖くはなかったね。と言うよりもむしろ、相手をしているうちに茅葺き屋根ん下の民家の囲炉裏端で古老の語る昔話に耳を傾けているかの様な、妙な郷愁めいたものを覚えたひとときであったと
すら感じられたものだ。
時間にすれば約5分ほどではあったが、あの鳩尾から絞り出すかの様な嗄れた声は今でもまだ鮮明に俺の鼓膜にこびりついている。
187 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:25:37.66 ID:ujnfAOrg0
皆さんも、全国各地の知らない土地を訪れる事も多いでしょう。全てがそうだとは勿論思わないけど、その土地土地にまつわる多種多様な因縁話もあるワケで、まあ無理にとは言わないものの、初めての地に降り立つ
際には予めその場所の簡単な予習ぐらいはしといた方がいいんじゃないかなあ。
悪気も無しに及んだ行動が、俺みたいに妙なものを呼び込んだりする事もあるやも知れませんからねえ…。
【了】
【45話】suu_o◆QfeyGUP37WSw 様
『ひっぱりっこ』
私の祖父は、私が小学二年に上がる直前に病気で亡くなりました。
突然の変調で入院してしまい、一年近く会わないままの他界でした。
それから半年以上経ったある日。不意に祖父が思い出されて懐かしくなり、お墓が近かったこともあって一人でお寺に行ってみることにしました。
当時両親は忙しく、親しい友達もいなかったので暇だったのだと思います。
しかしお寺には着いたもののお墓の場所が分からず、途中で生えていた草で遊んだりしたため帰りが遅くなってしまいました。
やっとお寺の敷地から道路に出た頃には日が傾き、見渡す限り人ひとりいません。
そんな時、路側帯の白線の上に綺麗なビー玉が落ちているのが見えたのです。
夕陽に照らされてキラキラと光を反射させる様子は、子供心を惹き付けるのには十分でした。
一応左右を見て安全なことを確認し、ビー玉に近づきます。
拾おうと屈んだ時でした。いきなりスカートが引っ張られ、私は数歩前に出ていました。
よろよろと進めば、そこは車道です。あわてて戻ろうとしましたが、スカートにかかる力は強くてびくともしません。
何が起きているのか理解できず、ただただ「車が来たらはねられちゃう! はねられたら死んじゃう!」と怯え、涙ぐみました。
167 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:48:20.98 ID:AgCPeYID0
……しかし、いつまで経っても道の奥から車が現れる気配はありません。
(それもそのはず、いま調べてみると曲がり角の先は行き止まりでした)
静寂のなか立ち尽していると、その何かは痺れを切らしたのか再び強い力で引っ張りだし、私はフラフラと道の端まで引きずられていきます。
ついには歩道に乗りあげ、助かったのかと思いきや……目の前には石の階段があり、下方に続いているのです。
(えっ、やだ落ちる!)
そう直感し、脇の柵にしがみつきましたが7歳の筋力で自重が支えられるわけもなく。あっさり手は離れ、坂の下へと転落しました。
しかし抵抗したことで、軌道が石段から横の草むらの上に逸れ、幸運にも肘を擦り剥いたくらいで済みました。
腰を抜かし、呆然としたのも束の間。いきなり右足首を掴まれる感覚に飛び上がりました。
そればかりか足は勝手に宙に浮き、ずるずると私の体を持っていくのです。
その諦めの悪さから執念じみた殺意が伝わり、言葉を失っていると。
今度は、左の手首を掴まれました。
見れば空中からガリガリに細くて骨と皮だけの腕が現れ、食い込むほどの力で手首を握ってきたのです。
冷えた指先と骨の固い感触が生々しく、度重なる異常事態に私はパニックになりました。
正体不明の二つの存在が協力して、自分に危害を加えるとしか考えられなかったからです。
ところが腕は予想とは裏腹に、私をもと来た方向へと引っ張りだしました。
すると足を持つ側も異変に気付いたのでしょう、連れていこうとする力が急に増しました。
両者のあいだで私の体は限界まで伸び切り、膝の関節が捻られ、手首は圧迫痛に悲鳴をあげ……ちぎれてしまうのではないかと不安になるほど痛かったです。
辛くて苦しい引っ張り合いの末、ふと足元の気配が消えました。
勢い余って地面に投げ出された後は無我夢中で、どうやって帰ったかは覚えていません。
でも、家に着くまで腕の存在感は残っていたように思います。
168 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:49:17.28 ID:AgCPeYID0
私を助けてくれた手の正体が判明したのは、その十一年後。祖母の葬儀が終わり、遺品を整理していた時です。
沢山の写真のなかに一枚だけ、入院中の祖父の姿を写したものがありました。
闘病生活に痩せ細り、顔も別人のようにやつれていましたが、優しい目は思い出と全く同じ。
そして袖口から伸びた腕は非常に細く骨ばっていたものの、拳はあの日見たように頼もしいものでした。
実はこの話には続きがありまして、今回百物語を投稿するにあたり地形を確認しに歩いてみたのですが……。
当時階段の少し先に用水路があり、子供が二人亡くなっているそうです。
一人目の事故が起きたあと、対策として厚い鉄板を被せたのですが、二人目はそれを外しての溺死と聞きました。
大人でも重くて容易には動かせない板を、小学生がどうやって取ったのかは、分からずじまいだったとか。
なお、周辺には古くから「乳飲み子を亡くして狂い死にした母親の幽霊が、健やかに育っている子供を妬んで悪さをする」という恐怖話がありましたが、用水路が埋められて以降不幸な出来事は起きていないので関連性は不明です。
【了】
170 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 00:53:48.82 ID:ujnfAOrg0
『ウォータースライダー』
唐突な話で面目ないけど、皆さんは『夏』と言えばまず何を思い浮かべますかな?
まあ人それぞれとは思うけど、『海』『プール』とかの回答がやはり多いかも知れない。
実は大学時代、夏休みに帰省した際に必ずお世話になるバイトがあった。いわゆる『プールの監視員』というやつである。市から管理委託されたファミリープールの運営団体のお偉いさんが
顔見知りで、毎年書き入れ時になると声をかけて貰っていたものだ。
じりじりと肌を焦がす炎天下での2時間×3セット、端で見るよりもかなりハードな仕事なのだが、貧乏学生にとって時給900円の実入りは当時なかなか魅力的だった。
そんな遠い夏の日のお話である。
お盆の最中だったろうか。前日までの猛暑もどこへやら、その日は雲行きも怪しかったせいかシーズンの割にはお客が少なかった。いつもはけたたましいばかりに鼓膜を襲う子供たちの喧噪も、
この日はさほど苦にならない。俺はいつもの様にウォータースライダー(流水滑り台)の櫓の最上に陣取り、次から次へと登ってくる子供たちを2本あるレーンに誘導し、頃合いを見てスタートの
ホイッスルを鳴らすルーティンワークを続けていた。『あ〜、次のローテーション交代まであと何分だよ。冷たいスイカバーが食いたいな』
気だるさの中でそんな事を考えていたところ、ふと何者かの気配が…いつの間に登って来たものか、右側のレーンにちょこんと座っている小さな姿が俺のすぐ足下にあった。
「う、ごめんね。ボケっとしてたよ。…じゃあ、準備はいいかな?」
見たところ小学4〜5年と言ったところか、他の児童が皆こんがりと日焼けしているにも関わらず、その痩身の少年はなぜか透き通る様に真っ白な肌だったのが印象に残っている。 そして彼の
被るスイミングキャップには、もう十数年前も前に統合合併により廃校となって久しい、付近の小学校の校章が見て取れた。
『お兄さんか誰かのお下がりかな?しかし最近には珍しく物持ちのいい家の子だなあ』
171 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 00:54:51.18 ID:ujnfAOrg0
不躾な俺の興味もどこ吹く風とばかりに、無言のままレーン上で脚を伸ばす少年。
大抵の場合、今まさに滑ろうとしている子供はテンションが上がりまくりでウキウキソワソワせわしないものなのであるが、その子は無表情な顔貌を崩す事無くスロープ下の着水プールを、
切れ長ではあるが妙に虚ろな眼差しでぼんやりと見つめているばかり。
確かに緊張して固くなる子も居るには居るが、その少年の醸し出す雰囲気はそれらともまた異なった、名状しがたい違和感と言ったらいいものか…紙ヤスリで擦られたかの様なザラついた
感覚が俺のうなじを不気味に撫でる。
「じ、じゃあ、行くよ」
心中にじわりと広がる不可解な何かを振り払うかの如く、勢いよくホイッスルを鳴らす俺。それと同時に、少年は無表情のままで約12メートル下にあるひさご型の着水プール目がけて音も無く
滑り出していった。
少年がスロープ半ばにさしかかるのを認めた直後に管理棟の大時計に目をやる。錆び付いたフレームに縁取られた年代物の時計の針は、14時45分を指していた。
「あと10分で最終ローテか、もうすぐだな」
ここで本来であれば、プールに着水する際の豪快な水音と共に稚気を孕んだ歓声が沸き上がるはずであった。
はずであったのであるが…「?」
とっくに着水しているタイムであるにも関わらず、水音も何も聞こえないのである。慌てて目をやった着水プールでは、湿りつく風に煽られたさざ波だけが、まるで何事も無かったかの如く
かすかに水面を彩っているだけ…。
「ま、まさかスロープの途中でコースアウトして下に落ちたって事は無いだろうな!」
勿論、スライダーには両脇に危険防止のための柵が張り巡らされている。しかし万が一のことを考え、慌ててスライダー下のプールサイドを確認する俺。幸いにも…と言って良いものか、
眼下のプールサイドには安物のビーチボールがただ一個、あても無くタータンエリア上を転がっているのみであった。
『どういう事なの?俺が目を離した2秒ちょっとの間に一体、何があった?』
訳が判らず、流水プールのほとりに配備された同じバイトの地元学生に向かい、インカムのマイク越しに俺は絶叫にも似た金切り声を叩きつけたものである。
「おい!今滑った男の子、どうした!」
そんな俺の焦燥感を逆なでする様にイヤホンから聞こえてくる、同僚の呆けた声。
「何言ってんすか?さっきから誰も滑って来てませんよお。俺なんか、誰も居ないのにあなたが上でいきなりホイッスル鳴らすもんだから、どうしたんだろと思いましたもん」
「う…、ホントかよ」
そうこうしているうちに小雨がぱらついて来た。早めに休憩せよとの本部からの指示を受け、俺は釈然としない思いを残したまま櫓を降り始める。ビーチサンダルと階段に
敷かれた鉄板とが織りなすパタパタと軽い足音までもが、何故か自分をせせら笑っているかの様に感じられたものであった。
『頭が暑さで沸いちまったかねえ…』
半ば強引に自分を納得させつつ、翌日以降もスライダーの櫓上に俺は佇む。気の早い風が、刺す様な熱波にさんざん痛めつけられた赤銅色の肌をくすぐり始めてバイト
期間が終了するまでの数週間、あの少年に再び相まみえる事は無かった。
北国の夏は短くバイトも既に最終日。お世話になった礼もそこそこに、俺は現場を仕切る齢60絡みの管理主任の爺さんに件の話を軽く振ってみた。爺さん曰く、
「ああ。そんなしょっちゅうじゃないけど、たまにあるよ。昔はここで心臓マヒになって可哀想な事になった子も居たもんさ。以前は夜中のプールで笑い声を聞いた人も居たし、
誰も居ない更衣室の防犯センサーがひっきりなしに反応したりなあ…。まあ、お盆時期なんだからそんな事もあるわな」
屈託無く、笑みすら浮かべながら話すその爺さんの顔を見て、俺は別の意味で背筋が寒くなりましたよ、ええ。
【了】
174 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:58:22.96 ID:AgCPeYID0
【47話】チッチママ ◆pLru64DMbo 様
『押入れに住むモノ』
これは知り合いから聞いた話です
彼女の一番最初の記憶は住んでいた団地の押入れの暗闇だそうです
いつも襖に隙間が空いていて、閉じても閉じても気づけば2〜3センチの隙間があったそうです
その隙間から何かがみているようで怖くて仕方なかったそうです
夜、母親とその部屋で寝ていると毎晩うなされて、ひどいオネショで母親は病院によく連れてったそうです
保育所で赤鬼・青鬼という絵本を先生が読んでくれた時に、なぜか彼女だけ泣いてしまい途中で迎えがきたそうで
団地の自分の部屋に帰って、あの隙間が気になって仕方なかったそうです
普段なら近づかない見ないようにしていた幼い彼女も、その日は早退で日もまだ明るく母親も近くにいる
あの絵本の話がきになると、なぜか導かれるように押入れの襖の隙間に手を入れて開けようとした瞬間
幼い彼女の腕が突然、中から強い力で引っ張られたそうです
「いやぁぁあああ!!!」
175 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 00:59:15.48 ID:AgCPeYID0
大声でビックリと恐怖で泣きだした彼女に反応して母親がすぐに駆けつけました
見たのは押入れの襖の空いた数センチの隙間に片腕をつっこんで泣いている娘
腕がピーンと突っ張って娘はパニック状態で「腕を抜きなさい!!何してるの!!」
と言っても、その状態のまま泣きわめく娘
母親が襖に手を開けてガラッと勢いよく襖を開けて押入れの中を見たら
そこは何もない普通の荷物が入れられた押入れだったそうです
泣く娘を抱きしめて慰めて、娘が怖がるならと祖母の家に避難してその日は寝たそうです
寝ている最中にオネショが気になった母親は何度も夜中に娘の様子をみます
そして何度目かに娘を見ると、片腕だけ上にふりあげてグルグルとまわす動作をしていたそうで
寝ぼけているのかな?と思って娘に「何してるの?寝れないの?」と聞くと娘は
「鬼さん達とダンスを踊ってるの」と言って、スーッと腕をおろして静かになったそうです
母親の勘でしょうか、娘に何かあったのかな?と思った母親は娘を神社に連れて行き
押入れは襖を外して、かわりに薄い透けるカーテンにしたそうです
その日からオネショもマシになり娘も落ちついてきたので、一時的なものだったんだと皆が忘れたそうです
彼女が中学校にあがる頃に団地から一戸建てに引っ越す事になり荷物をまとめていたら
あの普通に戻った押入れの荷物を全て出した途端にヒラリとお札が舞い落ちてきたそうで
とても黄ばんだ古い札で赤文字で何か書いてあり黒で鬼の絵が描かれていたそうです
たぶん天井にあったんだろうとの事ですが、それで彼女は昔を思い出して怖くて急いで
部屋を飛び出したそうです
いまでも、その団地はあります、そしてあの部屋も誰かが入っています
もうお札もはずれた押入れがまだ使われていると思います
(終)
177 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/30(日) 01:06:13.24 ID:slHZZ5U50
【生霊】
俺の従兄は生霊をやたらと見てしまう体質だ。
死者の霊を見る事は稀だが、生霊はほぼ毎日見てしまうのだという。
従兄はたいてい、生霊と普通の人間の見分けがほとんどつかない。
呼び出されて一人で来た俺にも「おっ、彼女連れてきたの?」と言ってきた。
俺の斜め後ろに女性がいるのだという。
従兄が説明した風貌に俺は非常に心当たりがあったので、その時は心底肝を冷やした。
数日前、彼女と別れて自分と付き合え、ダメなら二股でもいいから付き合えと無茶を言ってきた女性だ。
勿論、従兄とは何の面識もない女性だし、彼女についての話を俺がした事もない。
そんな従兄と飲みに行った帰りの事だ。
住宅街の細い路地を並んで歩いていると、前から車が走ってきた。
歩道のない細い道だったので、俺と従兄は道路脇の塀にくっついて車が通り過ぎるのを待った。
スピードを落として横を通り過ぎる派手な赤のアルファロメオを横目で見遣ると、チャラそうなカップルが乗っていた。
無事に通り過ぎたので歩き出そうとした瞬間、前方にいた従兄が塀に手をついて座り込んだ。
「なんだよ、酔った?」
吐きそうになっているのかと思い、隣にしゃがんで従兄の顔を覗き込むと、従兄は真っ青な顔で口元を押さえていた。
「…ヤバイの見た」
「見たって、何を?」
「生霊」
もはや生霊を見る事が慣れっこになっているはずの従兄が震えている。
これは余程のものを見たのだろう。
178 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/30(日) 01:11:27.67 ID:slHZZ5U50
「ちょっと待ってね」と言って従兄は二三回深呼吸をしてから立ち上がり、「よし」と言ってから何事もなかったかのように歩き始めた。
慌てて後を追いながら、何を見たのか問いただすと、従兄はあまり言いたくなさそうな様子ながらもぽつりぽつりと話してくれた。
「車の屋根にね、女が乗ってたんだよ。白っぽいヒラヒラした半袖着て、茶色いスカート穿いた若いコ。それが髪振り乱しながら、運転席の上を包丁でメッタ刺しにしてんの。ありゃマズイよ」
従兄曰く、生霊はたいてい手ぶらなのだそうだ。
それが包丁なんか持って車をメッタ刺しにしているというのは、ただの執着を超えて明確な殺意を抱いている証拠だという。
「お前も早く後ろのコなんとかした方がいいと思うよ。今はまだ手ぶらだけどさ」
そう言われ、俺は改めて肝を冷やした。
【了】
180 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:14:47.54 ID:AgCPeYID0
【49話】suu_o◆QfeyGUP37WSw 様
『ごく普通の家が心霊スポットになるまで』
私の母が、高校の途中まで過ごした家の話です。
祖母の趣味は庭いじり。自然の樹木を活かしつつ、四季折々に花が咲くよう工夫を凝らした庭は、とても美しく見応えがあったそうです。
門扉は通りすがりの人にも見えるよう開放し、ご近所さん達が気軽に寛げるようオープンな場所にしていたと聞きました。
ある日のこと、高齢の男性が長いあいだ庭の椅子に腰掛けていたそうです。
体調を心配した祖父が様子を見に行ったところ……男性は庭木を褒め、手入れに感心し、和やかに歓談したのち長居を詫びて帰っていきました。
しかしその方は駅へと向かう道の途中で倒れ、病院に搬送されましたが亡くなってしまったそうです。
──しばらくして、庭に不可解な現象が起こるようになりました。
植え込みの中に白いモヤのようなものが見える、何か呟いてると言う方が何人も出てきたのです。
祖父母と母には霊感がなく、モヤの気配すら察知出来なかったのですが、分かる方はハッキリと老人の影に見えるらしく……。
そのため霊の噂は先日亡くなられた男性の件と一緒になって、瞬く間に周囲に広まりました。
やがて、庭が面した通りは昼間でも閑散とする一方、夜になると車やバイクで肝試しに人々が訪れるように。
無断の写真撮影に始まり、霊が出た出ないで大騒ぎ。心ないイタズラや、庭木を踏み荒らされることに一家で悩まされました。
もちろん門を閉ざして貼り紙をし、不審な人物を見つけては注意したそうですが、無断で立ち入る人は絶えなかったとのこと。
181 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:16:30.86 ID:AgCPeYID0
そんな日々が、一ヶ月ほど続いたでしょうか。
昼間祖母が庭にいると、五十代くらいの上品で身なりの良い女性が「お庭を拝見してもいいですか?」と声を掛けてきました。
久々に、霊ではなく庭をと言われて嬉しくなった祖母は、丁寧に説明して回りました。
話を聞き終えた女性は、ここが幼い頃過ごした家に似ていること、植えてある木が同じなことを懐かしそうに語ったそうです。
そして「父が、最後の日をこの場所で過ごせて良かった」と、涙ながらにお礼を言われたと……。
女性が帰るとき入れ違いにに帰宅した母が、彼女と一緒にうっすら白いものがついていくのが見えたと話してくれました。
それ以来モヤの目撃もピタリと途絶え、ようやく心穏やかに暮らせる日が戻ってくるかと思いきや。
心霊現象は収まったにもかかわらず、恐怖体験を期待して集まる人の数はほとんど減りませんでした。
何も起きないと分かれば次第に飽きられるだろう、と一家で考えていたらしいのですが、数人の若者が予想もしなかった行動に出たのです。
今聞くとそれは、『曰く付きの場所で降霊術を行う』という試みでした。
しかし、オカルトとは縁の無い人生を歩んできた祖父に、降霊の儀式が理解出来るはずもなく。
集団で呪文を唱えているさなかに割って入り、中断させてしまったのです。
彼らは術を中途半端にしては霊を怒らせてしまう、きちんと除霊しなければ場に留まって悪影響を及ぼすと粘ったらしいのですが、無理やり追い返したとのこと。
「困ったことが起きるかもしれませんよ」という声に、母だけは強く不安を掻き立てられましたが、祖母の疲れのほうが気になり黙っていたそうです。
182 :わらび餅(代理投稿) ◆jlKPI7rooQ :2015/08/30(日) 01:17:52.02 ID:AgCPeYID0
異変は、すぐに始まりました。
昼間でも日の光を入れていても家の空気は淀み、絶えず吐き気をもよおす臭いがするようになりました。
物は前触れもなく落ち、家電の誤作動が頻繁に起き、無言電話からはうめき声が。
戸棚や壁の内側からカリカリと爪の音がし、ドアの下方には子供の手形。
夜も、夢のなかで家族を刺したり自殺をしたり。悪夢に目を覚ますと、暗闇のどこかから貫くような視線を感じ、一家を震えあがらせました。
そのうえ肝試しの人たちが、遠慮なしに庭へ入っては恐怖を求めて歩き回るのです。
結局耐えきれなくなって引っ越した……と、当時を思い出したらしい母は、ひどく怯えた顔で私に話してくれました。
なお、誰も住めなくなった家は、今や傷んで半壊状態。
取り壊そうにも霊障がひどく、お祓いしても効果がないとかで、名の知れた心霊スポットになっているそうです。
【了】
184 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:20:13.02 ID:ujnfAOrg0
『むかしばなし』
俺が小学校中学年頃の話なんだけどね…。
我が家もご他聞に漏れず、お盆の頃には数日間ほど先祖の墓参りをするのが常であった。 行き先は県境をふた跨ぎして車で約4時間ほどの場所にある長閑な穀倉地帯、地元がそこそこ栄えた県庁所在地である
自分には、毎年見る物全てが新鮮に感じられ、朝は山歩きに昼は湖沼巡りと大人の注意も上の空、滞留先の隣家にいる同い年の腕白たちに案内されながら日がな遊び呆けていたものだ。
その隣家の奥さんってのが歳の頃は40半ばのいかにも農家の働き者って感じの恰幅のいいおばちゃんでね、いつもお昼時には俺を招いてアイスやらスイカやらを振る舞ってくれたっけなあ。
何だったかの用事で腕白どもが不在であったその日も、俺は朝から独りで近隣探検としゃれ込んだ。さほど大きな集落でも無し、散策範囲もたかが知れているのであるが、それでも俺は畦道を巡り野原を駆け、
束の間の夏の日を満喫していた。
2時間ほどはめを外してさすがに疲れた俺は、山道入口にある古い祠の脇でひと休みする事にしたものである。
その祠は高さが2メートルくらいかな?虫食いだらけの太い角材に支えられた簡素な雨除けの中には、風化のために掠れつつある文字がびっしりと彫られている石碑が鎮座しており、申し訳程度の菓子類と花とが
供えられている。何を奉っているのだろうか?
傍らの日陰に腰を下ろし、リュックから生温くなった缶ジュースとカレーパンを取り出してさっそくパクつく俺。んー、バカウマ!いつもは五月蠅く感じられるアブラゼミの熱唱すらも何故だか耳に心地良い。
「あれ!こんたらとこまで来てだんだあ。この山がら上は藪だがら、入れば駄目だんだよお〜」
聞き慣れた快活な訛り声。見上げると、野良着に身を包んだ隣のおばちゃんがひと仕事終えたものか、汗を拭きなら笑っている。
「知らないうちにここまで来ちゃったんだよ。でさ、このでっかい石、何?」
小柄な俺が弾き飛ばされそうな程大きな深呼吸をしながら真横にどっかと座り込んだおばちゃんに、何の気無しに問いかける俺。
185 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:22:13.72 ID:ujnfAOrg0
「あ、これ?これさ、ケガジのイレーヒちゅーものだの」
「ケガジ?イレーヒ?何それ、面白いもの?」
俺ときたらいきなりパンを咥えてのキョトン顔。恥ずかしながら、歳幼くして頭の出来が残念な俺にしてみればしごく真っ当な反応だったと理解して戴こう。
「ん〜ん。お天気悪くて米とか野菜も取れねくて、お百姓さんがお腹へって死んだりするのをこの辺じゃケガジって呼ぶのっす…」
それまで闊達過ぎるほど明るかったおばちゃんが、何故か目を伏せつつ軽く肩を震わしている。焚き火の中で勢いよく爆ぜる竹の如く威勢のいいいつもの彼女の声も、だんだんとくぐもって来ている様に
思えて…、こんなおばちゃん、見た事無い。
「どしたのさ?おばちゃん」
「…この辺りも昔、そんただ感じだったのすや。食う物無くてはあ、みんなばたくらばたくら倒れでいってや。あんださまみてえぐ、そうした美味そうだものも食えねえではあ…」
おばちゃんのいつもの口調は訛りは強いが聞き取れる。しかしそのイントネーションは徐々に、俺が聞き取るのが困難になるくらいにネイティブなそれに変化していった。こうしてテキスト化してる時点でも、
皆さんに理解しやすい様に極力翻訳しているつもりだ。「粗末でも食い物あったうぢだばまだ良がったよ。そしてるうぢに物無ぐなってや、ネズミっこだのヘビだのミミズだの、干上がりかげだ池で跳ねでるカエルば
生食いしたっきゃ、腹膨らんで死んだ若げえもん達も居たもんでさね…」
曇天の下、いつの間にやらアブラゼミは鳴き止んでいる。その替わりに今度は背後の藪が、温めいた風に吹かれてシャワシャワと乾いた合いの手を入れ始めた。
「あんださまの今いるどごろ、一番酷がったんだ。年寄りがら子供まで腐ったまんまムシロみたぐ敷がさってあったもの。その人だぢ騒いでるのさ、『俺だぢさも、それ食わせでけろ、飲ませでけろ』ってやあ」
「………」
「…あんださま、判るべが?娘売ってわつかの銭ば貰っても、売ってる食い物何も無え。なんぼか栄えだ街さ買いに行っても途中で銭握ったままくたばったり、買えでも山の盗人さみんな盗られで殺されだりよお。
死んだ子にたかるカラスだの犬だの追っ払って、その子ば食わねば生ぎらんねがった俺ら…判らねえべなあ…」
186 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:23:16.37 ID:ujnfAOrg0
そうした曰く付きの場所で、知らぬ事とは言え無神経にパンを食らってた自分を諌めるかの様な語調に我に返った俺は、顔を上げておばちゃんの顔に目をやる。その瞳に映ったものは、いつもの福々しい彼女の
それでは無く、げっそりと痩せこけた老婆の浅黒い皺面であった。一瞬だけの幻だったのかも知れないが、確かに俺にはそう見えた。
「俺らの子も、ケガジ過ぎで生ぎでれば、あんださまぐらいの歳だったべが…」
先程とはうって変わり、穏やかな口調。空を覆う灰色の雲が多少は薄くなりかけたものか、少しづつではあるが真夏の陽光が途切れ途切れに降り注ぎ始める。と同時に、ゆっくりと腰を上げる彼女。
「どれ。暮れまでに今日生ぎる分の食い物探すがの…」
覚束ない足取りのままによろよろと山道を登っていく彼女を、その場に固まって動けぬ俺は、その姿が深い藪に覆われ消えるまでぼんやりと目で追うしか無かったものである。
翌日、帰り支度を急ぐ俺たちの見送りのために隣家から現れたおばちゃん。
前日の出来事は何処かに置いてきたかの如く、いつも通りに満面の笑みをたたえた彼女の手には、大きめのダンボール箱が抱えられている。
その箱から覗く、スイカやトウモロコシを初めとする豊穣なる大地の恵みの数々…。
「あっちさ戻ったら、腹破れるまで食ってやってけれ。まだ食いたぐなったらいつでも来なんせ。こっちにゃあコンビニも何も無えどもよ、食い物だけなら掃いて捨てる程あるんだがらの!」
『昨日と同じ口が、それを言うか…!』
ドアミラーの中で腕白どもと手を振りながら徐々に小さくなってゆく彼女の姿を見つめつつ、前の日との言動のギャップに思わず頬が緩んだ俺であった。
正直、初めは驚いたものの怖くはなかったね。と言うよりもむしろ、相手をしているうちに茅葺き屋根ん下の民家の囲炉裏端で古老の語る昔話に耳を傾けているかの様な、妙な郷愁めいたものを覚えたひとときであったと
すら感じられたものだ。
時間にすれば約5分ほどではあったが、あの鳩尾から絞り出すかの様な嗄れた声は今でもまだ鮮明に俺の鼓膜にこびりついている。
187 :スヴィトリアーク ◆CQ0ZL4vfUw :2015/08/30(日) 01:25:37.66 ID:ujnfAOrg0
皆さんも、全国各地の知らない土地を訪れる事も多いでしょう。全てがそうだとは勿論思わないけど、その土地土地にまつわる多種多様な因縁話もあるワケで、まあ無理にとは言わないものの、初めての地に降り立つ
際には予めその場所の簡単な予習ぐらいはしといた方がいいんじゃないかなあ。
悪気も無しに及んだ行動が、俺みたいに妙なものを呼び込んだりする事もあるやも知れませんからねえ…。
【了】
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