百物語2015
Part4
63 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:15:06.38 ID:rKZkpF2O0
【竹】
仕事の関係で、道の駅に品物を卸している方々と親しくさせてもらっていた時期があった。
野菜や果物を卸す農家さんばかりでなく、山で採れた山菜や茸を卸している人もいたし、民芸品を作って卸している人もいた。
これは山菜と竹細工を卸していたMというおじいさんから聞いた話だ。
Mさん夫妻は竹細工を作るのが昔からの趣味だった。
ざるやかご、置物などを作っては近所の人にプレゼントしていたのだが、知人に勧められて道の駅にも品物を卸すようになった。
裏山から切り出した竹は二三カ月ほど陰干ししてから巨大な鍋で煮て下処理をするのだが、Mさんは切り出した直後に鍋サイズに切り分けてから干していた。
ある時、その切り分け作業をしていると、妙に重い竹があった。
持つ場所を変えたり回したりしてみると、ひとつの節にやたらと重みが集中しているのが分かった。
中に雨水でも溜まっているのかと思い、Mさんはノコギリでその節の端を切り始めた。
案の定、切り口からは液体が垂れ始めたのだが、雨水にしてはやたらと粘っこい感じがした。
何だか薄いハチミツみたいだな、と思いながら節を完全に切り落とすと、中にはつるんとした丸っこいピンク色の物体が詰まっていた。
左手の上に切り口を向けて軽く振ると、粘液にまみれているおかげでそれは抵抗もなくつるりと出てきて、手のひらに落ちた。
「なんじゃこりゃ」
手のひらの上の物体を見て、Mさんは頭をひねった。
64 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:21:49.72 ID:rKZkpF2O0
大きさはおはぎくらいで、勾玉のような形をした本体部分から短い手足が生えている。
表面は半透明なピンク色で、勾玉の穴にあたる部分には皮膚の下の目が透けて見えていた。
どう見ても、それは何かの胎児だった。
気味が悪いと思いながらも矯めつ眇めつ見ていると、突然ピクリとそれの左手が動いた。
驚いたMさんは「うわあ!」と声を上げながら、思わずそれを放り投げてしまった。
べちゃりと嫌な音を立てて、それは土の上に落ちた。
いかん、と思って慌てて拾おうとしたMさんだったが、異変に気付いて手を止めた。
それは土の上に水分を染み出させながら、見る間に潰れていった。
広がっていく水たまりの中、薄い皮の中に黒い眼球が二つ入っているだけの状態になり、その眼球も水分を放出して、最後はぺったんこの皮だけになった。
溢れた水分を土が吸収していく中、残った皮も溶け始め、最後には土の上に濡れた黒いシミだけを残して跡形もなく消えてしまったのだという。
「あれはかぐや姫ですよ、骨なしのかぐや姫。もうちょっと育つまで置いといてやったら、ちゃんとしたかぐや姫になったかもしれませんがねぇ」
Mさんはそう言って笑ったが、多分それはそんなかわいらしいものにはならないだろうと俺は思った。
【了】
66 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:24:44.10 ID:rKZkpF2O0
【17話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『海釣りにて』
数年前に起こった父の体験談です。
父は磯釣りが趣味で仕事のないときはプラプラと釣りにでかけます。
その日も自分で開拓した穴場スポットでのんびり釣りをしていたそうです。
突然、ザバーッ!!!!!と海からびしょ濡れの女性が現れたというのです。
父は当然驚愕しましたし、これはなんだ!?と焦ったそうです。
幸いその女性は生きている人間でした。
入水自殺をしようと海にはいったけれど苦しくてだめだった、と。
驚いたけれど、ただ事ではないと感じた父は「そんなことはやめなさい。何があったんや。」と話を聞いてやったり
びしょびしょなので近くの衣料品店に行き、服を用意して銭湯にも連れて行ってやったそうです。
警察は嫌だというので、父がその女性の両親に連絡し事情を話し、両親が迎えに来るまで一緒にいてやったそうです。
死のうと思った理由は嫁ぎ先で子どもを産んだらもういないような扱いをされ、実の子供にさえ人間扱いされていなかったようです。
そうしてある日手切れ金だと30万ばかりをもたされ家を出された、実家には迷惑をかけられないしもう死ぬしかない、と思ったようでした。
ただそれだけの話ではあるのですが、本当にこういうことがあるのだなぁと驚いたのと、人を追い詰める人間というのが一番怖いなと感じた出来事でもありました。
おわり
68 :ずんちゃ虫 ◆7vU/OMinzs :2015/08/29(土) 21:28:03.78 ID:M2JR/Zcj0
『恐怖の寺』
1/2
私が子供のころ住んでいた町には林幽寺(りんゆうじ)という浄土真宗系の寺がある
小学生の頃、境内でよく遊んだ記憶があるが、最近はすっかり忘れていたのだが
寺では最近になって住職が代わって雰囲気がだいぶ変わったらしい
この新しい住職が問題で、鉄深という住職だが、なんでも関西の寺で問題を起こして
追い出されたという噂で、いきなり胡散臭い人物である
檀家の間でも不評らしいが、しかし誰も鉄深に表立って文句言う者はいない
なぜなら、鉄深は身長180cmを軽く越える大男で、体格隆々、眼光鋭く、空手の達人という
噂もあってとっても怖いからである
子供たちの間では、実は鉄深は、前の住職を法力で倒して寺を乗っ取った、とか
やられた前の住職は今も病院に入院中だ、とか色々な噂がたっている
69 :ずんちゃ虫 ◆7vU/OMinzs :2015/08/29(土) 21:28:24.88 ID:M2JR/Zcj0
2/2
ところで林幽寺といえば、私の小さい頃には なんと言っても血を吸う仏像の噂が有名だった
それはこの寺の本堂にある御本尊なのだが、昼間は普通の仏像だが、夜になると
恐ろしい形相になり、口から舌をだらりと垂らしていたという
夜にこの仏像を見てしまった者は長い舌で首を絞められ血を吸われるといわれ、当時の
私たち子供は本気で怖ろしがっていた
この恐怖のお化け本尊も、最近、鉄深の真言冥界波だかなんだかを受けて爆散してしまって
もう無いらしい
本堂には鉄深が自分で持ち込んだ仏像が代わりに安置されたのだが、これがなんとも
おどろおどろしい姿の三面阿弥陀像なのだそうだ
この新しい本尊は夜中にゴォーと火を吐くと噂されている
以上はいま小学校に通っている姪から聞いた話だ
今では近所の小学生は寺の前を避け、わざと一本向こうの路地を回り道して帰るらしい
葬式で寺に行かなくてはならず泣いて嫌がった子供もいたという
小学校以来ひさしぶりに林幽寺の噂を聞いたが、相変わらず健在と言うか、近所の小学生の恐怖の的のようだ
《了》
72 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:30:29.56 ID:rKZkpF2O0
【10話】キツネ様◆8yYI5eodys 様
『オフィス街の焼き鳥屋』
蒸し暑い夜が続きます今日この頃。
こんな晩はキンキンに冷えたビールが恋しいものでございます。
炭火で香ばしく焼き上げた熱々の焼き鳥も一緒に、如何でございましょうか。
これは行き付けの焼き鳥屋の大将が暑い夜の酒のツマミに、と語ってくれたお話。
大将の店はオフィス街の狭間にポツン、と佇んでおります。
周囲に飲み屋はおろか飲食店も無く、夕方以降は仕事帰りの客でごった返している様子をよく目に致します。
開店当初はなぜこんないい場所に店が無いのか疑問にも思ったそうですが、そこは商売人。
競合店が出てくる前に馴染みの客を掴んでしまおうと、日々商売に精を出したそうでございます。
開店から2週間ほど経った頃でしょうか。
夜の11時を過ぎた頃。
小雨がしとしとと降る夜のこと。
最後のお客を笑顔で送り出した大将は、暖簾を外して1人で片付けをしておりました。
さて、炭の火を消そうと火消壷に炭を移し終えた、その時。
テバぁ……てください……
突然の囁くような、か細い女性の声にギクリ、と大将は驚きながらも
「すみません、今日は手羽先は終わっちゃって」
と、背後のカウンターに目を遣るが、そこには誰もいない。
大将は首を傾げながら、その日はいそいそと片付けを済ませて帰宅したのでございます。
73 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:36:26.35 ID:rKZkpF2O0
それから数日は何事もなく過ぎ、ある晩のこと。
暖簾を入れる際に雨が降っているのを見た大将は、あの晩のことを思い起こしました。
あれは気のせい、と決め込んで炭火を片付けようとした時、
おじちゃん……モツ……焼いて……
今度は絞り出すような子供の声でした。
気のせいじゃない、これは尋常じゃないぞ、と考えながらも
「臓物の類は切らしてるんだよ、ごめんねえ」
グッと堪えながらそれだけ告げると、背中のカウンターへ振り返らぬよう手早く片付けを済ませて大将は帰宅いたしました。
その後も時折夜になると声が聞こえる。
その時々によって声も老若男女、好みも各々違うのか焼いて欲しいメニューも違う。
不思議と、雨の晩に限って聞こえてくるのでございます。
これはとんでもない外れ物件を手にしてしまったと思った大将は、本気で閉店を検討したそうで。
しかし、店仕舞の前にせめて声の正体は確認しよう、そう心に誓ったのでございます。
次の雨の晩。
換気扇から聞こえる雨の音を聞きながら待つこと暫く。
…………さい……
あの声でございます。
次第に近づいて来る声。
……テバぁ……焼いて…さい…
…アシばぁ……焼いてください…
ゾウモツばぁ…焼いてくださいまし…
74 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:39:37.14 ID:rKZkpF2O0
ままよ、と振り返る大将。
しかしながら、すぐ背後に聞こえた筈の声の主は見当たらず。
ホッとして調理場を振り返った時でした。
炭火の前に立つ黒い影が目に飛び込んで参りました。
まるで火の消えた炭のように、煤けた影。
炭火に照らされたソレは、焼け焦げた人の形をしております。
髪は半分ズルリと皮ごと剥け落ち、目鼻口は窪んで黒く、所々四肢の表面が赤黒く光っており、
その腕には……不自然に白く生々しい、骨の飛び出した手首から先、足首から先を抱えておりました。
流石の大将もその姿には恐怖を覚え、呆然と見ていることしかできません。
黒い影はゴトリ、ゴトリと手足を炭火の中にくべ始めました。
鶏肉や豚肉とは違う、何かの焼け焦げるような不快な臭気。
ジリジリと音を立てながら、脂の燃える黒い煙が上ってゆく。
どれほどの間その光景を眺めていたのでしょうか。
不意に影が大将の方を振り返り、スーッと頭を下げ、そのまま黒い靄となって換気扇に吸い込まれていったのでございます。
ふと我に返った大将は慌てて調理台に駆け寄ると、そこには手足など無く、只々火の消えた炭が転がっているだけ。
顔の筋肉が麻痺したような感覚に囚われながら、大将は淡々と炭を片付けて帰宅したそうです。
75 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:46:54.78 ID:rKZkpF2O0
これは後日、大将が常連の老爺から聞いたそうなのですが……
大戦末期、この辺りは手酷い空襲を受け、多くの方が亡くなったそうでございます。
日が昇ってから遺体を収集してゆくのですが、
最も近い火葬場では遺体の処理が間に合わず、それでも次から次と遺体が増えていく。
その為、近くの小学校の敷地で廃材を組んで仮火葬をするのですが、折しも小雨が降り始めなかなか上手く燃えない。
漸く火が着いても火力が足りず、取分け水分の多い内臓は燃えにくかったり、手先や足先が焼け残ることが多かったとか。
それでも増え続けるご遺体を処理せねばならない。
ある程度燃えたところで遺骨とし、残った手足や臓物は小学校跡の敷地にそのまま埋葬されたそうでございます。
それから数十年も経った今日。
何度か飲食店や飲み屋が出来ては、数か月持たずに潰れる。
そうしてこの土地はオフィスのみが立ち並ぶ街になったのだそうで。
もしかすると、その潰れた飲食店の人々も大将と同じような何かを見たのかもしれません。
その話を聞いて以来、大将は時々雨の降る晩になると、店仕舞の後も炭が燃え尽きるのを待ってから帰宅するのだそうでございます。
その甲斐あってか、大将のお店は潰れる事無くつい最近、無事に5周年を迎えたそうで。
オフィス街にただ1件だけの焼き鳥屋。
雨の晩に訪れると、閉店間際、そこでは客以外の何者かに出会えるのかもしれません。
【完】
77 :肴 ◆4zQNaTWiYA :2015/08/29(土) 21:50:04.77 ID:uh5nE5Jy0
【瓶】
まだ小学生のころ、母方の祖父の弟が死んだ時の事。俺は、葬式のために祖父に連れられて祖父の実家まで行くことになった。忙しかった母親の代わりだったようだ。
家に着いてしばらく経って、親戚と話している祖父を眺めているのにも飽きたので、遺体を見に行くことにした。寝室に寝かせてあると聞いていたので一人でも迷わなかった。
ところが部屋に入ろうとしたとき、他にも誰かいることに気付いた。襖の陰から覗いてみると、それは自分と同じくらいの女の子だった。
女の子は赤と白の服を着ていて、どう見ても今からお通夜という格好ではなかったし、それに親戚の中でチビは俺だけだったから、何とも怪しい子だと思った。
女の子は俺が覗いていることに気付いていないようで、遺体をじっとりと見つめていたが、やがて服のポケットから何かを取り出した。よく見ると、ジャムの入っていたような透明な瓶だった。
そして、彼女は躊躇いもせずにそれを遺体の顔の上に落とした。
ゴン、という鈍い音がした。瓶は割れて、破片が枕元に飛び散った。
数秒あけて、枕に血が滴り始めた。その血は遺体から出ているのではなく、瓶の割れ目から出ているように見えた。
78 :肴 ◆4zQNaTWiYA :2015/08/29(土) 21:51:10.91 ID:uh5nE5Jy0
呆然と眺めていると、女の子はやっと俺に気付いたようで、こちらに目を向けてきた。その目が凄く黒くて、何だか怖かった。
しばらくして、帰りが遅いので探しに来た祖父に声をかけられ、俺は我に帰った。もう一度部屋を覗いてみたものの、女の子どころか血さえ残っていなかった。
十年ほど経って、今度は祖父が亡くなった。そして女の子はまた現れた。
吸い込まれそうな不気味な瞳も、十年前と変わっていなかった。祖父の弟にしたことを、そのまま祖父の遺体にもやって見せた。まるでデジャブのようだった。
しかし、今度は瓶が割れなかった。祖父の頭にぶつかった瓶は、そのままゴロゴロと部屋の隅まで転がっていった。
祖父と祖父の弟に何の違いがあったのか分からないけども、彼女の黒い瞳だけはずっと忘れることが出来ない。
82 :わらび餅 ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:12:43.70 ID:uO4SmEpe0
【21話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『家』
今住んでる家のことです。
転勤族なので引越しは多いのですが、今住んでいる物件はかなりいい条件の借家です。
変な時期の引越しだったのによく空いてたな、と思えるほどの綺麗な一軒家です。
しかしハイツなので同じ敷地内に何件かの一軒家が入っている、という環境です。
以前住んでいた家のほうが築年数は遥かに長いのに今の家はちょっと変です。
まず家鳴りがひどい。気温差などでピシッパシッとなることは多いかとは思います。
しかし時間を問わず、常に。特に私が一人でリビングにいるときがひどいです。
そしておそらく・・・います。
階段の途中で気配がしますね。おそらく男性では、と思っていますが。
特に実害もないので共存できるレベルなので時々驚かされても平気です。
リビングにはこれないようで、2階を歩き回ったり(誰もいないときに歩き回る音がするので最初はよく見に上がってました)、時間関係なく玄関がガチャっと音がする程度です。
出て行きたければ出て行ってもらっても構わないんですが、お買いものにでもいってるんでしょうか。
そういえば、主人は2階で寝てるときに私がいないのにキッチンの換気扇が時々回ってる、というのを聞いたことがあるので私がいるせいでリビングにこれないのかもしれないですね。
守護霊がとても強い、といわれたことがあるので。
唯一困ったことといえば、子供部屋で眠れないことです。
どうも行動範囲が階段か子ども部屋が多いらしく、影響してるのかそこで寝ると悪夢をみるか、もう寝れないかのどちらかです。
2階はそこにしかエアコンがないのできついですねぇ。
この話を投下しようか悩んでいるときはラップ音が激しかったです。壁を叩く音もしていました。
ですが、別に悪く思ってないと理解してもらったのか書き始めるとすごく静かになりました。
・・・・・むしろ怒ってるのかな?
おわり
84 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:16:02.20 ID:rKZkpF2O0
【脳内彼氏】
元カノと同棲していた頃の話。
俺の勤めてた会社と元カノの勤めてた会社は取引先同士で、互いの会社の人間とは幾らか面識があったので、家に帰ってからもよく仕事や職場の話をしていた。
その中でも特によく話題に上っていたのは、元カノの職場の先輩であるYという女性だった。
Yは当時、彼氏のいない30代半ばの独身女性だった。
女性の少ない職場だったせいもあるが、その部署の独身女性はYを含めても四人だけで、うち二人には彼氏がいた。
Yは自分と同じく彼氏のいない唯一の女性とだけ仲良くし、それ以外の社員に対しては男女問わず所謂『お局対応』だった。
ところが、その女性は昔の彼氏とヨリを戻して電撃結婚する事になり、相手の転勤に合わせて寿退社が決まった。
途端にYはその女性と一切口をきかなくなり、挙句に全員参加の送別会では開始五分で帰って場の空気を凍らせたそうだ。
寿退社の一件から半月ほど経った頃、Yは職場の女性達に突然すり寄り始めた。
これまではネチネチと嫌味ばかり言っていたYが妙に優しくなり、女性達は困惑した。
特に元カノのいたグループは何故かYのお気に入りとなってしまい、同期を中心とした若い仲間内でのランチに毎日あたりまえのように同席するようになった。
Yを避けてグループは次第に細分化されていき、二三人ずつの組み合わせで去っていったが、取り残された元カノと通称『天然さん』という女性は最後までYの標的となってしまった。
ある日のランチタイム、天然さんが持ち前の天然っぷりを発揮して、誰も聞けなかった質問をYにぶつけた。
「Y先輩、最近急に優しくなりましたよねー。なんかあったんですかー?」
Yは無遠慮な質問に腹を立てるどころか、待ってましたとばかりに話し始めた。
「やだ、分かる?最近彼氏ができてね、ちょっと幸せオーラ出ちゃってるのかも!」
会社帰りのYをナンパしてきたというその相手は開業医の一人息子で、三つ年下のイケメンなのだそうだ。
やっぱ女性は愛されてこそなんたらかんたらと、Yは昼休みが終わるまで延々と熱弁を振るったらしい。
85 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:18:23.59 ID:rKZkpF2O0
それからというもの、Yはランチタイムの度に毎日毎日のろけ話を延々と語るようになった。
いつもプラス思考の天然さんも、さすがにこの事態には相当落ち込み、「ほんとごめんね…私、パンドラの箱を開けちゃったみたい」と元カノに謝った。
毎日飽きもせずのろけ話を繰り返していたYだったが、しばらくすると話の内容に変化が生じ始めた。
曰く、別の男性(イケメン弁護士)からも猛烈なアプローチを受けて二股状態になった、との事。
どっちもすっごい愛してくれてるから選べなくて、などと嬉々として語るY。
無論、内容がどう変わろうとも元カノと天然さんのウンザリ度は変わるはずもなく、二人は作り笑顔を必死に貼り付けた顔で適当に相槌を打っていた。
その空気を感じ取ってか、Yはしきりと「あなた達はどう思う?」「あなただったら何て答える?」などと話を振ってくるようになり、当時の二人のストレスは相当なものだった。
しばらく経つと、今度は四股になりかけて困っていると言いだした。
某俳優と某ジャニーズに似た男性二人から、またしても言い寄られたのだという。
これまでは半信半疑ながらも一応はYの話を信じていた元カノと天然さんだったが、ここにきて「これは明らかにおかしい」と感じ始めた。
次々に繰り出されるYと男達のエピソードも、どんな乙女ゲーだよとツッコミたくなるような内容ばかりだった。
そりゃ、人にはモテ期もあるだろうが、得てしてそれは何らかの変化に伴って始まるものだと思う。
『痩せた』『服や化粧を変えた』『進学や就職などで新しい人間関係が始まった』等、何かしらのきっかけがあってこそモテ始めるものだ。
だが、Yは女性社員へのお局対応をやめた以外、これまでと何ら変わった様子はない。
容姿も『地味』を体現したような雰囲気のままで、相変わらずぽっちゃりをだいぶ通り越してもいた。
勿論そういう女性に目がない男もいるわけだが、ほんの三カ月足らずの間にそういう趣味嗜好をもつイケメン高学歴の男ばかりが突然集まりだすというのは考えにくい。
出会いが婚活パーティーなどであれば多少なりとも話は違うのかもしれないが、なぜか四人ともYをナンパしてきたのが始まりだというのだから、さすがにちょっと無理がある気がする。
86 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:22:17.59 ID:rKZkpF2O0
どんな話でも、あまり盛りすぎれば当然ボロが出る。
話が五股になったあたりから、Yのモテ自慢は急激に辻褄が合わないものになっていった。
Aとの思い出が数日後にはBとの思い出に変わっていたり、Cの実家が六本木から代々木に移動していたり、取り繕えば取り繕う程さらに矛盾が増えていった。
Yが今後どう話の収拾をつけていくのか、この頃には元カノも結構面白がっていた。
やがてYは六股目の男を登場させ、その男一人に決めて他の五人とは別れることにした、と言い出した。
広げすぎた風呂敷の畳み方としては悪くない設定だと俺も元カノも思った。
だが、今になって思えば、これこそ彼女が語った唯一の真実だったのかも知れない。
形はどうあれ、彼女はその男に人生を捧げる事になるのだから。
本命を決めたYは、これまでのようにのろけ話を延々と語るような事はしなくなった。
下手に話してボロが出るのを恐れているのかとも思ったが、「彼の事が大事だから、あんまり軽々しく話したくないの」と笑うYは本当に恋をしている顔だった、と元カノは言っていた。
綺麗に化粧をし、明るい色柄の流行りの服を着るようになり、少しずつ痩せてきているようでもあった。
ただ、その一方で何故か仕事のミスが増えていき、上司にこっぴどく叱られる姿をよく目にするようになった。
一度、さすがにちょっと可哀想と思った天然さんが声をかけたらしいが、「いいの、夜になれば彼に会えるから全然平気」と幸せそうに笑っていたという。
本命決定宣言から二カ月もすると、Yは見違えるほど細身になっていた。
だが、目の下には化粧で隠せないほどのクマができ、頬はこけ、どう見ても健康的な痩せ方ではなかった。
同僚達は無理なダイエットや病気を心配したが、Y本人は別にダイエットもしてないし元気だと言って一向に取り合わなかった。
しかし実際、常に上の空でまともに仕事をこなせず、出先で貧血を起こして倒れたりもするような状態だった。
87 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:25:24.17 ID:rKZkpF2O0
ある日、事態を重く見た上司に今すぐ健康診断に行けと厳命され、Yは病院へ行くため出勤直後に退勤した。
そして、それきり会社には二度と来なかった。
三日後に上司がYの住むアパートを訪れたのだが、Yはチェーンをかけた状態のドアを少しだけ開けて応対し、近日中に辞表を郵送するとだけ言ってドアを閉めてしまったらしい。
その日の夜に元カノと天然さんもアパートへ見舞いに行ったのだが、どれだけ呼びかけてもYは出てこなかったそうだ。
数ヵ月後、俺と元カノはクリスマス一色になった新宿をぶらぶら歩いていた。
マルイの前まで来た時、「あっ」と小さく叫んで急に元カノが足を止めた。
向こうからふらつきながら歩いてきた女性も、彼女に気付くと同じく足を止め、小さく手を振った。
ガリガリに痩せこけたその女性は、Yだった。
「久しぶりね、元気だった?」
街に流れるクリスマスソングに掻き消えそうな小さな声でYは元カノに話しかけてきた。
仕事で面識があったので俺にも挨拶をしてくれたが、実際ほとんど聞き取れないほど弱々しい声だった。
異常なほど厚着をしているせいで体は膨らんで見えたが、そのぶん骨と皮しかないような顔の異様さが目立っていた。
一体どうしちゃったんですか、体は大丈夫なんですか、今どこでどうしてるんですか、と元カノは矢継ぎ早に質問を並べたが、Yはそれには答えず、うふふと笑ってからこう言った。
「あのねぇ、私、今とっても幸せなの」
「え…あの、幸せって…?」
怪訝な顔で元カノが聞くと、Yは左手の手袋を外して骨ばった手を差し出した。
「ほら、見て。先週もらったのよ。彼、一緒になろうって言ってくれたの」
88 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:28:55.62 ID:rKZkpF2O0
Yが嬉しげに右手の指でいじってる左手の薬指には、指輪も何もついてはいなかった。
そんなYの姿に、俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。
隣で元カノも絶句していた。
そんな俺達の様子に気付くと、Yは手袋をはめ直しながら真顔になり、「あなたたちには見えないのね」と低い声で呟いた。
一瞬の後、再び満面の笑みをこちらに向け、妙に明るく弾んだ声で続けた。
「いいのよ、私には見えるから。指輪も、彼も、私にはちゃんと見えてるんだもの。クリスマスに彼と一緒になるんだから。もうすぐよ、本当にすぐよ」
じゃあね、と言い残してふらつく足取りで去っていくYの後ろ姿を茫然と見送りながら、元カノはYの言った言葉を反芻した。
「今、『彼も』って言ったよね…」
俺も同じ部分が気になっていたが、元カノには「聞き間違えじゃない?声、小さかったし」と返した。
俺達には見えない『彼』と『一緒』になる、なんて事は考えたくなかった。
その後、Yがどうなったのかは分からない。
Yに会った二日後には元カノと天然さんが再びアパートを訪れたのだが、すでに部屋は引き払われていて空室だったそうだ。
クリスマスから年末にかけては訃報が入るんじゃないかと内心怯えながら過ごしたのだが、結局その後も元カノの会社にそういった連絡は入らなかった。
Yが霊的なものに取り憑かれていたのか、単に正気を失っていただけなのか、今はもう確かめようもない。
ただ、人が短期間でこれほどまで壊れてしまったという事実が俺は本当に怖かった。
【了】
【竹】
仕事の関係で、道の駅に品物を卸している方々と親しくさせてもらっていた時期があった。
野菜や果物を卸す農家さんばかりでなく、山で採れた山菜や茸を卸している人もいたし、民芸品を作って卸している人もいた。
これは山菜と竹細工を卸していたMというおじいさんから聞いた話だ。
Mさん夫妻は竹細工を作るのが昔からの趣味だった。
ざるやかご、置物などを作っては近所の人にプレゼントしていたのだが、知人に勧められて道の駅にも品物を卸すようになった。
裏山から切り出した竹は二三カ月ほど陰干ししてから巨大な鍋で煮て下処理をするのだが、Mさんは切り出した直後に鍋サイズに切り分けてから干していた。
ある時、その切り分け作業をしていると、妙に重い竹があった。
持つ場所を変えたり回したりしてみると、ひとつの節にやたらと重みが集中しているのが分かった。
中に雨水でも溜まっているのかと思い、Mさんはノコギリでその節の端を切り始めた。
案の定、切り口からは液体が垂れ始めたのだが、雨水にしてはやたらと粘っこい感じがした。
何だか薄いハチミツみたいだな、と思いながら節を完全に切り落とすと、中にはつるんとした丸っこいピンク色の物体が詰まっていた。
左手の上に切り口を向けて軽く振ると、粘液にまみれているおかげでそれは抵抗もなくつるりと出てきて、手のひらに落ちた。
「なんじゃこりゃ」
手のひらの上の物体を見て、Mさんは頭をひねった。
64 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:21:49.72 ID:rKZkpF2O0
大きさはおはぎくらいで、勾玉のような形をした本体部分から短い手足が生えている。
表面は半透明なピンク色で、勾玉の穴にあたる部分には皮膚の下の目が透けて見えていた。
どう見ても、それは何かの胎児だった。
気味が悪いと思いながらも矯めつ眇めつ見ていると、突然ピクリとそれの左手が動いた。
驚いたMさんは「うわあ!」と声を上げながら、思わずそれを放り投げてしまった。
べちゃりと嫌な音を立てて、それは土の上に落ちた。
いかん、と思って慌てて拾おうとしたMさんだったが、異変に気付いて手を止めた。
それは土の上に水分を染み出させながら、見る間に潰れていった。
広がっていく水たまりの中、薄い皮の中に黒い眼球が二つ入っているだけの状態になり、その眼球も水分を放出して、最後はぺったんこの皮だけになった。
溢れた水分を土が吸収していく中、残った皮も溶け始め、最後には土の上に濡れた黒いシミだけを残して跡形もなく消えてしまったのだという。
「あれはかぐや姫ですよ、骨なしのかぐや姫。もうちょっと育つまで置いといてやったら、ちゃんとしたかぐや姫になったかもしれませんがねぇ」
Mさんはそう言って笑ったが、多分それはそんなかわいらしいものにはならないだろうと俺は思った。
【了】
66 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:24:44.10 ID:rKZkpF2O0
【17話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『海釣りにて』
数年前に起こった父の体験談です。
父は磯釣りが趣味で仕事のないときはプラプラと釣りにでかけます。
その日も自分で開拓した穴場スポットでのんびり釣りをしていたそうです。
突然、ザバーッ!!!!!と海からびしょ濡れの女性が現れたというのです。
父は当然驚愕しましたし、これはなんだ!?と焦ったそうです。
幸いその女性は生きている人間でした。
入水自殺をしようと海にはいったけれど苦しくてだめだった、と。
驚いたけれど、ただ事ではないと感じた父は「そんなことはやめなさい。何があったんや。」と話を聞いてやったり
びしょびしょなので近くの衣料品店に行き、服を用意して銭湯にも連れて行ってやったそうです。
警察は嫌だというので、父がその女性の両親に連絡し事情を話し、両親が迎えに来るまで一緒にいてやったそうです。
死のうと思った理由は嫁ぎ先で子どもを産んだらもういないような扱いをされ、実の子供にさえ人間扱いされていなかったようです。
そうしてある日手切れ金だと30万ばかりをもたされ家を出された、実家には迷惑をかけられないしもう死ぬしかない、と思ったようでした。
ただそれだけの話ではあるのですが、本当にこういうことがあるのだなぁと驚いたのと、人を追い詰める人間というのが一番怖いなと感じた出来事でもありました。
おわり
68 :ずんちゃ虫 ◆7vU/OMinzs :2015/08/29(土) 21:28:03.78 ID:M2JR/Zcj0
『恐怖の寺』
1/2
私が子供のころ住んでいた町には林幽寺(りんゆうじ)という浄土真宗系の寺がある
小学生の頃、境内でよく遊んだ記憶があるが、最近はすっかり忘れていたのだが
寺では最近になって住職が代わって雰囲気がだいぶ変わったらしい
この新しい住職が問題で、鉄深という住職だが、なんでも関西の寺で問題を起こして
追い出されたという噂で、いきなり胡散臭い人物である
檀家の間でも不評らしいが、しかし誰も鉄深に表立って文句言う者はいない
なぜなら、鉄深は身長180cmを軽く越える大男で、体格隆々、眼光鋭く、空手の達人という
噂もあってとっても怖いからである
子供たちの間では、実は鉄深は、前の住職を法力で倒して寺を乗っ取った、とか
やられた前の住職は今も病院に入院中だ、とか色々な噂がたっている
69 :ずんちゃ虫 ◆7vU/OMinzs :2015/08/29(土) 21:28:24.88 ID:M2JR/Zcj0
2/2
ところで林幽寺といえば、私の小さい頃には なんと言っても血を吸う仏像の噂が有名だった
それはこの寺の本堂にある御本尊なのだが、昼間は普通の仏像だが、夜になると
恐ろしい形相になり、口から舌をだらりと垂らしていたという
夜にこの仏像を見てしまった者は長い舌で首を絞められ血を吸われるといわれ、当時の
私たち子供は本気で怖ろしがっていた
この恐怖のお化け本尊も、最近、鉄深の真言冥界波だかなんだかを受けて爆散してしまって
もう無いらしい
本堂には鉄深が自分で持ち込んだ仏像が代わりに安置されたのだが、これがなんとも
おどろおどろしい姿の三面阿弥陀像なのだそうだ
この新しい本尊は夜中にゴォーと火を吐くと噂されている
以上はいま小学校に通っている姪から聞いた話だ
今では近所の小学生は寺の前を避け、わざと一本向こうの路地を回り道して帰るらしい
葬式で寺に行かなくてはならず泣いて嫌がった子供もいたという
小学校以来ひさしぶりに林幽寺の噂を聞いたが、相変わらず健在と言うか、近所の小学生の恐怖の的のようだ
《了》
【10話】キツネ様◆8yYI5eodys 様
『オフィス街の焼き鳥屋』
蒸し暑い夜が続きます今日この頃。
こんな晩はキンキンに冷えたビールが恋しいものでございます。
炭火で香ばしく焼き上げた熱々の焼き鳥も一緒に、如何でございましょうか。
これは行き付けの焼き鳥屋の大将が暑い夜の酒のツマミに、と語ってくれたお話。
大将の店はオフィス街の狭間にポツン、と佇んでおります。
周囲に飲み屋はおろか飲食店も無く、夕方以降は仕事帰りの客でごった返している様子をよく目に致します。
開店当初はなぜこんないい場所に店が無いのか疑問にも思ったそうですが、そこは商売人。
競合店が出てくる前に馴染みの客を掴んでしまおうと、日々商売に精を出したそうでございます。
開店から2週間ほど経った頃でしょうか。
夜の11時を過ぎた頃。
小雨がしとしとと降る夜のこと。
最後のお客を笑顔で送り出した大将は、暖簾を外して1人で片付けをしておりました。
さて、炭の火を消そうと火消壷に炭を移し終えた、その時。
テバぁ……てください……
突然の囁くような、か細い女性の声にギクリ、と大将は驚きながらも
「すみません、今日は手羽先は終わっちゃって」
と、背後のカウンターに目を遣るが、そこには誰もいない。
大将は首を傾げながら、その日はいそいそと片付けを済ませて帰宅したのでございます。
73 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:36:26.35 ID:rKZkpF2O0
それから数日は何事もなく過ぎ、ある晩のこと。
暖簾を入れる際に雨が降っているのを見た大将は、あの晩のことを思い起こしました。
あれは気のせい、と決め込んで炭火を片付けようとした時、
おじちゃん……モツ……焼いて……
今度は絞り出すような子供の声でした。
気のせいじゃない、これは尋常じゃないぞ、と考えながらも
「臓物の類は切らしてるんだよ、ごめんねえ」
グッと堪えながらそれだけ告げると、背中のカウンターへ振り返らぬよう手早く片付けを済ませて大将は帰宅いたしました。
その後も時折夜になると声が聞こえる。
その時々によって声も老若男女、好みも各々違うのか焼いて欲しいメニューも違う。
不思議と、雨の晩に限って聞こえてくるのでございます。
これはとんでもない外れ物件を手にしてしまったと思った大将は、本気で閉店を検討したそうで。
しかし、店仕舞の前にせめて声の正体は確認しよう、そう心に誓ったのでございます。
次の雨の晩。
換気扇から聞こえる雨の音を聞きながら待つこと暫く。
…………さい……
あの声でございます。
次第に近づいて来る声。
……テバぁ……焼いて…さい…
…アシばぁ……焼いてください…
ゾウモツばぁ…焼いてくださいまし…
74 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:39:37.14 ID:rKZkpF2O0
ままよ、と振り返る大将。
しかしながら、すぐ背後に聞こえた筈の声の主は見当たらず。
ホッとして調理場を振り返った時でした。
炭火の前に立つ黒い影が目に飛び込んで参りました。
まるで火の消えた炭のように、煤けた影。
炭火に照らされたソレは、焼け焦げた人の形をしております。
髪は半分ズルリと皮ごと剥け落ち、目鼻口は窪んで黒く、所々四肢の表面が赤黒く光っており、
その腕には……不自然に白く生々しい、骨の飛び出した手首から先、足首から先を抱えておりました。
流石の大将もその姿には恐怖を覚え、呆然と見ていることしかできません。
黒い影はゴトリ、ゴトリと手足を炭火の中にくべ始めました。
鶏肉や豚肉とは違う、何かの焼け焦げるような不快な臭気。
ジリジリと音を立てながら、脂の燃える黒い煙が上ってゆく。
どれほどの間その光景を眺めていたのでしょうか。
不意に影が大将の方を振り返り、スーッと頭を下げ、そのまま黒い靄となって換気扇に吸い込まれていったのでございます。
ふと我に返った大将は慌てて調理台に駆け寄ると、そこには手足など無く、只々火の消えた炭が転がっているだけ。
顔の筋肉が麻痺したような感覚に囚われながら、大将は淡々と炭を片付けて帰宅したそうです。
75 :猫虫(代理投稿) ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 21:46:54.78 ID:rKZkpF2O0
これは後日、大将が常連の老爺から聞いたそうなのですが……
大戦末期、この辺りは手酷い空襲を受け、多くの方が亡くなったそうでございます。
日が昇ってから遺体を収集してゆくのですが、
最も近い火葬場では遺体の処理が間に合わず、それでも次から次と遺体が増えていく。
その為、近くの小学校の敷地で廃材を組んで仮火葬をするのですが、折しも小雨が降り始めなかなか上手く燃えない。
漸く火が着いても火力が足りず、取分け水分の多い内臓は燃えにくかったり、手先や足先が焼け残ることが多かったとか。
それでも増え続けるご遺体を処理せねばならない。
ある程度燃えたところで遺骨とし、残った手足や臓物は小学校跡の敷地にそのまま埋葬されたそうでございます。
それから数十年も経った今日。
何度か飲食店や飲み屋が出来ては、数か月持たずに潰れる。
そうしてこの土地はオフィスのみが立ち並ぶ街になったのだそうで。
もしかすると、その潰れた飲食店の人々も大将と同じような何かを見たのかもしれません。
その話を聞いて以来、大将は時々雨の降る晩になると、店仕舞の後も炭が燃え尽きるのを待ってから帰宅するのだそうでございます。
その甲斐あってか、大将のお店は潰れる事無くつい最近、無事に5周年を迎えたそうで。
オフィス街にただ1件だけの焼き鳥屋。
雨の晩に訪れると、閉店間際、そこでは客以外の何者かに出会えるのかもしれません。
【完】
77 :肴 ◆4zQNaTWiYA :2015/08/29(土) 21:50:04.77 ID:uh5nE5Jy0
【瓶】
まだ小学生のころ、母方の祖父の弟が死んだ時の事。俺は、葬式のために祖父に連れられて祖父の実家まで行くことになった。忙しかった母親の代わりだったようだ。
家に着いてしばらく経って、親戚と話している祖父を眺めているのにも飽きたので、遺体を見に行くことにした。寝室に寝かせてあると聞いていたので一人でも迷わなかった。
ところが部屋に入ろうとしたとき、他にも誰かいることに気付いた。襖の陰から覗いてみると、それは自分と同じくらいの女の子だった。
女の子は赤と白の服を着ていて、どう見ても今からお通夜という格好ではなかったし、それに親戚の中でチビは俺だけだったから、何とも怪しい子だと思った。
女の子は俺が覗いていることに気付いていないようで、遺体をじっとりと見つめていたが、やがて服のポケットから何かを取り出した。よく見ると、ジャムの入っていたような透明な瓶だった。
そして、彼女は躊躇いもせずにそれを遺体の顔の上に落とした。
ゴン、という鈍い音がした。瓶は割れて、破片が枕元に飛び散った。
数秒あけて、枕に血が滴り始めた。その血は遺体から出ているのではなく、瓶の割れ目から出ているように見えた。
78 :肴 ◆4zQNaTWiYA :2015/08/29(土) 21:51:10.91 ID:uh5nE5Jy0
呆然と眺めていると、女の子はやっと俺に気付いたようで、こちらに目を向けてきた。その目が凄く黒くて、何だか怖かった。
しばらくして、帰りが遅いので探しに来た祖父に声をかけられ、俺は我に帰った。もう一度部屋を覗いてみたものの、女の子どころか血さえ残っていなかった。
十年ほど経って、今度は祖父が亡くなった。そして女の子はまた現れた。
吸い込まれそうな不気味な瞳も、十年前と変わっていなかった。祖父の弟にしたことを、そのまま祖父の遺体にもやって見せた。まるでデジャブのようだった。
しかし、今度は瓶が割れなかった。祖父の頭にぶつかった瓶は、そのままゴロゴロと部屋の隅まで転がっていった。
祖父と祖父の弟に何の違いがあったのか分からないけども、彼女の黒い瞳だけはずっと忘れることが出来ない。
82 :わらび餅 ◆jlKPI7rooQ :2015/08/29(土) 22:12:43.70 ID:uO4SmEpe0
【21話】ぺそ ◆qyVZC3tLJo 様
『家』
今住んでる家のことです。
転勤族なので引越しは多いのですが、今住んでいる物件はかなりいい条件の借家です。
変な時期の引越しだったのによく空いてたな、と思えるほどの綺麗な一軒家です。
しかしハイツなので同じ敷地内に何件かの一軒家が入っている、という環境です。
以前住んでいた家のほうが築年数は遥かに長いのに今の家はちょっと変です。
まず家鳴りがひどい。気温差などでピシッパシッとなることは多いかとは思います。
しかし時間を問わず、常に。特に私が一人でリビングにいるときがひどいです。
そしておそらく・・・います。
階段の途中で気配がしますね。おそらく男性では、と思っていますが。
特に実害もないので共存できるレベルなので時々驚かされても平気です。
リビングにはこれないようで、2階を歩き回ったり(誰もいないときに歩き回る音がするので最初はよく見に上がってました)、時間関係なく玄関がガチャっと音がする程度です。
出て行きたければ出て行ってもらっても構わないんですが、お買いものにでもいってるんでしょうか。
そういえば、主人は2階で寝てるときに私がいないのにキッチンの換気扇が時々回ってる、というのを聞いたことがあるので私がいるせいでリビングにこれないのかもしれないですね。
守護霊がとても強い、といわれたことがあるので。
唯一困ったことといえば、子供部屋で眠れないことです。
どうも行動範囲が階段か子ども部屋が多いらしく、影響してるのかそこで寝ると悪夢をみるか、もう寝れないかのどちらかです。
2階はそこにしかエアコンがないのできついですねぇ。
この話を投下しようか悩んでいるときはラップ音が激しかったです。壁を叩く音もしていました。
ですが、別に悪く思ってないと理解してもらったのか書き始めるとすごく静かになりました。
・・・・・むしろ怒ってるのかな?
おわり
84 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:16:02.20 ID:rKZkpF2O0
【脳内彼氏】
元カノと同棲していた頃の話。
俺の勤めてた会社と元カノの勤めてた会社は取引先同士で、互いの会社の人間とは幾らか面識があったので、家に帰ってからもよく仕事や職場の話をしていた。
その中でも特によく話題に上っていたのは、元カノの職場の先輩であるYという女性だった。
Yは当時、彼氏のいない30代半ばの独身女性だった。
女性の少ない職場だったせいもあるが、その部署の独身女性はYを含めても四人だけで、うち二人には彼氏がいた。
Yは自分と同じく彼氏のいない唯一の女性とだけ仲良くし、それ以外の社員に対しては男女問わず所謂『お局対応』だった。
ところが、その女性は昔の彼氏とヨリを戻して電撃結婚する事になり、相手の転勤に合わせて寿退社が決まった。
途端にYはその女性と一切口をきかなくなり、挙句に全員参加の送別会では開始五分で帰って場の空気を凍らせたそうだ。
寿退社の一件から半月ほど経った頃、Yは職場の女性達に突然すり寄り始めた。
これまではネチネチと嫌味ばかり言っていたYが妙に優しくなり、女性達は困惑した。
特に元カノのいたグループは何故かYのお気に入りとなってしまい、同期を中心とした若い仲間内でのランチに毎日あたりまえのように同席するようになった。
Yを避けてグループは次第に細分化されていき、二三人ずつの組み合わせで去っていったが、取り残された元カノと通称『天然さん』という女性は最後までYの標的となってしまった。
ある日のランチタイム、天然さんが持ち前の天然っぷりを発揮して、誰も聞けなかった質問をYにぶつけた。
「Y先輩、最近急に優しくなりましたよねー。なんかあったんですかー?」
Yは無遠慮な質問に腹を立てるどころか、待ってましたとばかりに話し始めた。
「やだ、分かる?最近彼氏ができてね、ちょっと幸せオーラ出ちゃってるのかも!」
会社帰りのYをナンパしてきたというその相手は開業医の一人息子で、三つ年下のイケメンなのだそうだ。
やっぱ女性は愛されてこそなんたらかんたらと、Yは昼休みが終わるまで延々と熱弁を振るったらしい。
85 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:18:23.59 ID:rKZkpF2O0
それからというもの、Yはランチタイムの度に毎日毎日のろけ話を延々と語るようになった。
いつもプラス思考の天然さんも、さすがにこの事態には相当落ち込み、「ほんとごめんね…私、パンドラの箱を開けちゃったみたい」と元カノに謝った。
毎日飽きもせずのろけ話を繰り返していたYだったが、しばらくすると話の内容に変化が生じ始めた。
曰く、別の男性(イケメン弁護士)からも猛烈なアプローチを受けて二股状態になった、との事。
どっちもすっごい愛してくれてるから選べなくて、などと嬉々として語るY。
無論、内容がどう変わろうとも元カノと天然さんのウンザリ度は変わるはずもなく、二人は作り笑顔を必死に貼り付けた顔で適当に相槌を打っていた。
その空気を感じ取ってか、Yはしきりと「あなた達はどう思う?」「あなただったら何て答える?」などと話を振ってくるようになり、当時の二人のストレスは相当なものだった。
しばらく経つと、今度は四股になりかけて困っていると言いだした。
某俳優と某ジャニーズに似た男性二人から、またしても言い寄られたのだという。
これまでは半信半疑ながらも一応はYの話を信じていた元カノと天然さんだったが、ここにきて「これは明らかにおかしい」と感じ始めた。
次々に繰り出されるYと男達のエピソードも、どんな乙女ゲーだよとツッコミたくなるような内容ばかりだった。
そりゃ、人にはモテ期もあるだろうが、得てしてそれは何らかの変化に伴って始まるものだと思う。
『痩せた』『服や化粧を変えた』『進学や就職などで新しい人間関係が始まった』等、何かしらのきっかけがあってこそモテ始めるものだ。
だが、Yは女性社員へのお局対応をやめた以外、これまでと何ら変わった様子はない。
容姿も『地味』を体現したような雰囲気のままで、相変わらずぽっちゃりをだいぶ通り越してもいた。
勿論そういう女性に目がない男もいるわけだが、ほんの三カ月足らずの間にそういう趣味嗜好をもつイケメン高学歴の男ばかりが突然集まりだすというのは考えにくい。
出会いが婚活パーティーなどであれば多少なりとも話は違うのかもしれないが、なぜか四人ともYをナンパしてきたのが始まりだというのだから、さすがにちょっと無理がある気がする。
86 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:22:17.59 ID:rKZkpF2O0
どんな話でも、あまり盛りすぎれば当然ボロが出る。
話が五股になったあたりから、Yのモテ自慢は急激に辻褄が合わないものになっていった。
Aとの思い出が数日後にはBとの思い出に変わっていたり、Cの実家が六本木から代々木に移動していたり、取り繕えば取り繕う程さらに矛盾が増えていった。
Yが今後どう話の収拾をつけていくのか、この頃には元カノも結構面白がっていた。
やがてYは六股目の男を登場させ、その男一人に決めて他の五人とは別れることにした、と言い出した。
広げすぎた風呂敷の畳み方としては悪くない設定だと俺も元カノも思った。
だが、今になって思えば、これこそ彼女が語った唯一の真実だったのかも知れない。
形はどうあれ、彼女はその男に人生を捧げる事になるのだから。
本命を決めたYは、これまでのようにのろけ話を延々と語るような事はしなくなった。
下手に話してボロが出るのを恐れているのかとも思ったが、「彼の事が大事だから、あんまり軽々しく話したくないの」と笑うYは本当に恋をしている顔だった、と元カノは言っていた。
綺麗に化粧をし、明るい色柄の流行りの服を着るようになり、少しずつ痩せてきているようでもあった。
ただ、その一方で何故か仕事のミスが増えていき、上司にこっぴどく叱られる姿をよく目にするようになった。
一度、さすがにちょっと可哀想と思った天然さんが声をかけたらしいが、「いいの、夜になれば彼に会えるから全然平気」と幸せそうに笑っていたという。
本命決定宣言から二カ月もすると、Yは見違えるほど細身になっていた。
だが、目の下には化粧で隠せないほどのクマができ、頬はこけ、どう見ても健康的な痩せ方ではなかった。
同僚達は無理なダイエットや病気を心配したが、Y本人は別にダイエットもしてないし元気だと言って一向に取り合わなかった。
しかし実際、常に上の空でまともに仕事をこなせず、出先で貧血を起こして倒れたりもするような状態だった。
87 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:25:24.17 ID:rKZkpF2O0
ある日、事態を重く見た上司に今すぐ健康診断に行けと厳命され、Yは病院へ行くため出勤直後に退勤した。
そして、それきり会社には二度と来なかった。
三日後に上司がYの住むアパートを訪れたのだが、Yはチェーンをかけた状態のドアを少しだけ開けて応対し、近日中に辞表を郵送するとだけ言ってドアを閉めてしまったらしい。
その日の夜に元カノと天然さんもアパートへ見舞いに行ったのだが、どれだけ呼びかけてもYは出てこなかったそうだ。
数ヵ月後、俺と元カノはクリスマス一色になった新宿をぶらぶら歩いていた。
マルイの前まで来た時、「あっ」と小さく叫んで急に元カノが足を止めた。
向こうからふらつきながら歩いてきた女性も、彼女に気付くと同じく足を止め、小さく手を振った。
ガリガリに痩せこけたその女性は、Yだった。
「久しぶりね、元気だった?」
街に流れるクリスマスソングに掻き消えそうな小さな声でYは元カノに話しかけてきた。
仕事で面識があったので俺にも挨拶をしてくれたが、実際ほとんど聞き取れないほど弱々しい声だった。
異常なほど厚着をしているせいで体は膨らんで見えたが、そのぶん骨と皮しかないような顔の異様さが目立っていた。
一体どうしちゃったんですか、体は大丈夫なんですか、今どこでどうしてるんですか、と元カノは矢継ぎ早に質問を並べたが、Yはそれには答えず、うふふと笑ってからこう言った。
「あのねぇ、私、今とっても幸せなの」
「え…あの、幸せって…?」
怪訝な顔で元カノが聞くと、Yは左手の手袋を外して骨ばった手を差し出した。
「ほら、見て。先週もらったのよ。彼、一緒になろうって言ってくれたの」
88 :猫虫 ◆5G/PPtnDVU :2015/08/29(土) 22:28:55.62 ID:rKZkpF2O0
Yが嬉しげに右手の指でいじってる左手の薬指には、指輪も何もついてはいなかった。
そんなYの姿に、俺は背筋が凍るような悪寒を感じた。
隣で元カノも絶句していた。
そんな俺達の様子に気付くと、Yは手袋をはめ直しながら真顔になり、「あなたたちには見えないのね」と低い声で呟いた。
一瞬の後、再び満面の笑みをこちらに向け、妙に明るく弾んだ声で続けた。
「いいのよ、私には見えるから。指輪も、彼も、私にはちゃんと見えてるんだもの。クリスマスに彼と一緒になるんだから。もうすぐよ、本当にすぐよ」
じゃあね、と言い残してふらつく足取りで去っていくYの後ろ姿を茫然と見送りながら、元カノはYの言った言葉を反芻した。
「今、『彼も』って言ったよね…」
俺も同じ部分が気になっていたが、元カノには「聞き間違えじゃない?声、小さかったし」と返した。
俺達には見えない『彼』と『一緒』になる、なんて事は考えたくなかった。
その後、Yがどうなったのかは分からない。
Yに会った二日後には元カノと天然さんが再びアパートを訪れたのだが、すでに部屋は引き払われていて空室だったそうだ。
クリスマスから年末にかけては訃報が入るんじゃないかと内心怯えながら過ごしたのだが、結局その後も元カノの会社にそういった連絡は入らなかった。
Yが霊的なものに取り憑かれていたのか、単に正気を失っていただけなのか、今はもう確かめようもない。
ただ、人が短期間でこれほどまで壊れてしまったという事実が俺は本当に怖かった。
【了】
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