従姉に恋をした。
Part11
679 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:46:42 ID:
今この空間で一番ドキドキしているのは俺だ。間違いない。
やってくれるな、友枝。
ドキドキは何分経っても収まらず、
心の準備はいつまでも出来なかった。
20分後、芽衣子さんは来た。
彼女がドアを開けて入ってきた時、
顔を上げられずにいた俺の左右の耳に、
とてつもない喚声が飛び込んできた。
男性社員からは悲鳴が。女性社員からは歓声が。
それからはカラオケどころではなかった。
みんなが寄り添うふたりに群がった。
恥ずかしげに俯く芽衣子さん。
今まで見たこともないくらい、胸を張っている友枝。
さっきまで俺と一緒にあずさ2号を歌っていた男が、その時よりも数倍輝いていた。
彼らの姿をぼーっと眺めながら、
俺は芽衣子さんと付き合うことになったあの夜を思い出していた。
680 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:47:38 ID:
まともに芽衣子さんと会話もできないまま、2次会はお開きとなった。
またもヘベレケになった友枝が俺をホテルまで送ると言う。
そして芽衣子さんも。
3人、肩を並べて歩いた。
だがホテルに着いても友枝は俺を放してくれなかった。
結局、友枝と芽衣子さんは部屋の前までついてきた。
「芽衣子ちゃん!俺ねぇ、大塚さん…だ〜い好き!」
愚にもつかないことを叫びながら、友枝が俺に抱きついてきた。
「俺も友枝、だ〜い好き!」
言いながら友枝を抱き止めた。
互いに抱きしめ合う30男たちを、芽衣子さんは微笑みながら見ている。
ふっ、と友枝が軽くなった。そして重くなった。
ヘナヘナと、俺の身体を舐めるように崩れ落ちて行く。
床に大の字になった友枝を見、そして芽衣子さんを見やった。
芽衣子さんと目が合った。今日初めて芽衣子さんと交わす視線だった。
一瞬の後、どちらともなく、ぷっと笑った。
「ひとまず部屋で寝かせよう」
俺と芽衣子さんは笑いながら友枝を抱え上げた。
「ほら、しっかり(笑)」
そう言って友枝の右腕を肩に抱え込んだ芽衣子さんの目は、
なんとも言えない優しさに満ちていた。
俺は慌てて視線を外し、友枝の左腕で顔を隠した。
681 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:48:48 ID:
ベッドに友枝を寝かせると、静寂が部屋を包んだ。
「元気だった?」
芽衣子さんが切り出してくれた。
「うん」
なんとか芽衣子さんに顔を向けた。
「このホテル…だったんだよね?」
「そうだったね(笑)」
あの日を思い出す。
と、大いびきの友枝に、ふたりの視線が向いた。
「ラウンジに…行くかい?」
「うん(笑)」
ふたりでそっと部屋を抜け出した時、
なぜだか悪いことでもしているかのような錯覚に陥った。
「ずっと…ちゃんと話をしたいと思ってたの」
軽めのカクテルを一口含みながら、芽衣子さんが言った。
「そう…なの?」
同じものを俺も注文した。
いつもなら飲まないであろう、甘ったるいカクテル。
しかしそれは渇いていた喉にとても優しかった。
「うん。でもね…」
ふたりともバーテンの振るシェイカーを眺めていた。
「もう…いいの。もう、いいんだ」
自分の言葉に、ウン、とひとつ頷いて芽衣子さんは笑った。
俺も芽衣子さんに笑みを向けた。
「招待状、もらえるよね?」
そう言った俺の顔を、芽衣子さんがじっと見つめる。
潤んだ瞳に柔らかな光を灯し、芽衣子さんは言った。
「…ありがとう」
その言葉で、胸に残っていた最後の何かが、すーっと消えた気がした。
俺も…ありがとう。
682 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:49:48 ID:
部屋に戻ると、友枝は本格的な眠りに突入していた。
「今日はこのまま、旦那さんは預かるよ(笑)」
「ごめんね。ダーリンをよろしく(笑)」
ロビーまで見送ることにした。
エレベーターの中、芽衣子さんが小さな声で言った。
「健吾君」
「うん?」
「今も…従姉さんのこと、好き?」
「うん」
ためらいもなく、素直に言えた。
微笑みながら、芽衣子さんは去っていった。
683 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:50:54 ID:
部屋に戻り、友枝のネクタイを緩めてやる。
しばらくその寝顔を見つめた。
(こいつは…勝ち取ったんだ)
“勝ち取る”という言葉に、改めて俺は自分が持つ劣等感を意識した。
だがそれは、友枝に芽衣子さんをとられた…などというものではない。
友枝が勝ち取ったもの。
しあわせ。
ひたむきに相手のことだけを想い、努力してきた友枝。
それを得るのは当然だった。
俺は…彼ほど努力しただろうか?
否。
いつもウジウジと後先ばかり考えていた。
親父と母の心情を障害と見なしていた。
あきらめる道だけをひたすら選び、“忍ぶ恋”などというものに酔っていた。
『どうにかするんなら、何かぶっこわさないと、な』
大の言葉が頭に浮かぶ。
俺が事を起こせば、壊れるのは親父や母の心だと思っていた。
だが本当に壊れるのは、いや、壊さなければいけないのは、俺の臆病さなのだ。
(ありがとな、ダーリン)
友枝の頭を、クシャクシャに撫でた。
684 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:51:41 ID:
東京に帰り、いつもと変わらぬ日常に戻った俺の元にメールが届いた。
恵子ちゃんからだった。
『ゴールデンウィークに親戚一同集まってバーベキューします。
健吾君、来れるかな? ていうか、絶対来ーい!(笑)』
文字がやたら愛しい。
返信。
『喜んで参加させていただきます』
断る気はなかった。
一歩、前へ。
俺は歩ける気がした。
685 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:52:38 ID:
GW。
たった一日だけだが休暇をとった俺は、心の急くまま新幹線に乗った。
早く行きたい。バーベキューに行きたい。
いや、バーベキューなんてどうでもいいんだ、ホントは。
駅には恵子ちゃんが迎えに来てくれていた。
およそ一年ぶりに見る恵子ちゃんは…可愛かった。とても。
恵子ちゃんの実家からほど近い、山裾の川原がバーベキューの場所だった。
すでに俺以外はみんな顔を揃えていた。
まずは一杯、と生ビールを手渡される。
だが手厚い歓待もほんの束の間、
「健吾君、手伝ってぇ〜」
調理部隊からお声がかかった。
転勤してからは年に1度会うか会わないかの親戚たちだったが、
この頃になるとすっかり俺も彼らと遠慮会釈のない関係を築けていた。
ほいほいと軽く腰を上げ、一員であることを喜ぶ。
…などという気分は、一時間で吹っ飛んだ。
忙しい!
次から次へと焼き物に勤しむ俺。
うがー
何しに来たんだ俺は。
恵子ちゃんと話してぇ。
しかしそんなレクレーションはとんと巡ってこない。
たまに恵子ちゃんが給仕として出来上がった料理をとりに来たが、
汗だくになって調理している俺に、
「ご苦労さま(爆笑)」
一言声をかけ、すぐに女性陣の輪の中に帰っていった。
忙しなく手を動かしながら、心の中で指を銜えて“女の園”を眺めた。
686 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:53:33 ID:
午後3時を回った頃、救いの手が差し伸べられた。
「健吾君、少し休みなよ」
恵子ちゃんの父・守さんだった。
これ幸いとばかりに義弟に調理を押し付け、守さんから生ビールを受け取る。
そのままなんとなく守さんとツーショットになった。
実のところ守さんとはこれまであまり話したことがない。
親戚が集まる席といえば決まって酒席で、
俺は酒豪ぞろいの彼らといつも馬鹿騒ぎに興じてきたのだが、
守さんは下戸のため、正直、話すのが辛かった。
素面の相手と酔っぱらいではノリが違う。
それに守さんは真面目な人だったからちょっと近づきがたくもあった。
しかし親戚連中に強引に勧められたのか、
今日はちょっとだけ守さんも酒を楽しんでいたようだ。
顔が少し上気している。
お互い酒が入れば自然と会話も弾む。
話の内容なんて他愛のないものだったとおもうが、
小一時間も経った頃、
「ようし、もう“健吾君”なんて他人行儀な呼び方はしない。
健吾!って呼ぶからね」
そう言われた俺は守さんと打ち解けたような気がした。
687 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:54:48 ID:
そのうち、酔っぱらった守さんは高鼾で寝てしまった。
ブルーシートに大の字になっている守さんに、恵子ちゃんが上着をかける。
そして俺に向き直って言った。
「ちょっと散歩でもしない?森の中に、良いトコあるんだ」
どこへでも行きますとも。
「お父さん、あんなになっちゃうなんてなぁ(笑)」
恵子ちゃんの歩幅に合わせながら、森の中の小道を歩く。
「ごめん。ちょっと調子にのって酒勧めすぎたかな?」
「ううん(笑)たまにはいいんじゃないかな。大した量でもないし」
…たしかに。ビールを紙コップ3杯程度だった。
「きっと嬉しかったの、お父さん」
「俺と話したことが?」
「そう。ウチは私とお姉ちゃんとお母さんで女だらけでしょ?
だから男同士の会話っていうのに飢えてるんだと思う」
「なるほどね」
「それにね。お父さん、健吾君のことは前から気にしてたの」
「なんで??」
「さあ(笑)
昔、私と健吾君でよく飲みに行ってた時、実家に帰るたびに健吾君のこと聞かれた」
「…で、なんて答えたん?」
「変な人、って(笑)」
「あっそ(笑)」
688 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:55:57 ID:
木立が開け、目の前に小さな滝壺が現れた。
「到着」
「おおっ、いいねぇ」
「私のお気に入りなの、ここ。
小さな滝だから、森の静けさを壊さないんだ」
滝壺のほとりにあった大きな岩塊にふたりで腰掛けた。
小さなサンダルを脱ぎ、恵子ちゃんは素足を水の中へと入れた。
ぱちゃぱちゃぱちゃ
いたずらに水を掻く白い足が、戯れる二匹の魚のようだ。
ふたりとも何も言わず、ただ水面と木々と空を眺めた。
恵子ちゃんがその時、何を考えていたのかはわからない。
だが俺は、この心地良い静寂を乱してよいものか、考えていた。
静寂を打ち破る俺の一言。
それはずっと言いたかった一言。
そして今にも言いそうになる一言。
だがここに至っても、俺はまだ踏ん切りをつけられずにいた。
押し黙っていたら、恵子ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
「なに考えてるの(笑)」
驚き、怯み、
動揺が愚かな言葉を紡いだ。
「あ…あのね、恵子ちゃん」
「うん?」
「彼氏、できた?」
689 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:57:05 ID:
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
自分に呆れた。
呆れてものが言えない。
いや、実際、次の言葉が出て来なかったのだが。
恵子ちゃんの顔が強張った。俺を覗き込むのをやめた。
「そんなこと…健吾君に聞かれたくない」
「そ、そっか」
小さな滝がナイアガラにでもなった気がした。
「そろそろ戻ろっか」
恵子ちゃんはいつもの声音に戻っていた。
俺の右横を歩く恵子ちゃんに顔を向けられない。
かといって前を向いていても道なんて見ていない。
(告白してフラれた相手に「彼氏できた?」なんて…そりゃ聞かれたくないよな)
右肩が重い。右頬が引き攣る。
(本当は…あんなこと言うつもりじゃなかったのに)
傾いた木洩れ陽が視界を濁す。うっとおしい。
(ええい、言っちまえ!)
「あのね恵子ちゃん、さっきのね、あれはね、」
「あ。もうみんな片付け始めてるよ」
いつのまにか森を抜けていた。
690 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:57:44 ID:
「そろそろ帰るよ〜」
戻ってきた俺に母が言った。
今夜は太田家に世話になる予定だった。
「じゃーね、健吾君。今日はご苦労様」
「う、うん。さいなら」
恵子ちゃんの口調は優しかったが、
守さんを介抱するその背中は怒ってる…ような気がした。
…いつまでも見てたって仕方ない。
諦めて、お父さんの車に乗り込んだ。
がっかりだ。
自分に。
691 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:58:29 ID:
渋滞に巻き込まれながら太田家に帰り着いた時には陽はとっぷりと暮れていた。
さすがにみんな疲れていたため飲み直す気はなく、
三々五々、各々の部屋で休息をとることとなった。
俺は身体に染み付いたバーベキュー臭を洗い流そうと、風呂をつかった。
身体だけはさっぱりとし、居間に戻ると母が座っていた。
「お茶、飲む?」
「ん。もらうよ」
「今日はお疲れさん」
「ホント疲れた(笑)でも楽しかったよ」
「守さんと盛り上がってたね」
「あんまり飲めないのに付き合わせちゃって、悪いことしたよ」
「よろこんでたよ」
「ならいいけど」
「アンタがいなくなってた時、
突然ガバッと起きだして『健吾どこだ〜』って騒いでた」
「マジで?あはは」
「気にいられたね」
「だったらうれしいね」
「恵子ちゃんのこと、好きなの?」
はい、とお茶を差し出しながら、流れるように母が聞いてきた。
692 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:59:16 ID:
「…なんで?」
視線をTVに固定したまま、平静を装った。
焦点はぼやけていた。
「なんとなく。今日のアンタ見てたらそんな気がしたの」
もはや言い逃れることも、取り繕うことも、俺自身が許さなかった。
「…うん。好き、だ」
まっすぐに母を見た。
「そう」
「うん」
「いつから?」
「ずっと、前から」
母の表情に変化はなかった。
「お父さん(実父)は、知ってるの?」
「いや、言ってない」
「そう…」
ふたりのお茶が冷めていく。
母の目の光が強くなった。
「恵子ちゃんには伝えたの?」
「…ううん…」
光がしぼんだ。
顔を伏せた母の声が小さくなった。
「私たちのこと…考えたから…なのね?」
「………」
廊下を踏む足音がした。誰かが起きてきたのだろう。
「考えさせてたのね…ずっと」
消え入るような声だった。
今この空間で一番ドキドキしているのは俺だ。間違いない。
やってくれるな、友枝。
ドキドキは何分経っても収まらず、
心の準備はいつまでも出来なかった。
20分後、芽衣子さんは来た。
彼女がドアを開けて入ってきた時、
顔を上げられずにいた俺の左右の耳に、
とてつもない喚声が飛び込んできた。
男性社員からは悲鳴が。女性社員からは歓声が。
それからはカラオケどころではなかった。
みんなが寄り添うふたりに群がった。
恥ずかしげに俯く芽衣子さん。
今まで見たこともないくらい、胸を張っている友枝。
さっきまで俺と一緒にあずさ2号を歌っていた男が、その時よりも数倍輝いていた。
彼らの姿をぼーっと眺めながら、
俺は芽衣子さんと付き合うことになったあの夜を思い出していた。
680 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:47:38 ID:
まともに芽衣子さんと会話もできないまま、2次会はお開きとなった。
またもヘベレケになった友枝が俺をホテルまで送ると言う。
そして芽衣子さんも。
3人、肩を並べて歩いた。
だがホテルに着いても友枝は俺を放してくれなかった。
結局、友枝と芽衣子さんは部屋の前までついてきた。
「芽衣子ちゃん!俺ねぇ、大塚さん…だ〜い好き!」
愚にもつかないことを叫びながら、友枝が俺に抱きついてきた。
「俺も友枝、だ〜い好き!」
言いながら友枝を抱き止めた。
互いに抱きしめ合う30男たちを、芽衣子さんは微笑みながら見ている。
ふっ、と友枝が軽くなった。そして重くなった。
ヘナヘナと、俺の身体を舐めるように崩れ落ちて行く。
床に大の字になった友枝を見、そして芽衣子さんを見やった。
芽衣子さんと目が合った。今日初めて芽衣子さんと交わす視線だった。
一瞬の後、どちらともなく、ぷっと笑った。
「ひとまず部屋で寝かせよう」
俺と芽衣子さんは笑いながら友枝を抱え上げた。
「ほら、しっかり(笑)」
そう言って友枝の右腕を肩に抱え込んだ芽衣子さんの目は、
なんとも言えない優しさに満ちていた。
俺は慌てて視線を外し、友枝の左腕で顔を隠した。
681 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:48:48 ID:
ベッドに友枝を寝かせると、静寂が部屋を包んだ。
「元気だった?」
芽衣子さんが切り出してくれた。
「うん」
なんとか芽衣子さんに顔を向けた。
「このホテル…だったんだよね?」
「そうだったね(笑)」
あの日を思い出す。
と、大いびきの友枝に、ふたりの視線が向いた。
「ラウンジに…行くかい?」
「うん(笑)」
ふたりでそっと部屋を抜け出した時、
なぜだか悪いことでもしているかのような錯覚に陥った。
「ずっと…ちゃんと話をしたいと思ってたの」
軽めのカクテルを一口含みながら、芽衣子さんが言った。
「そう…なの?」
同じものを俺も注文した。
いつもなら飲まないであろう、甘ったるいカクテル。
しかしそれは渇いていた喉にとても優しかった。
「うん。でもね…」
ふたりともバーテンの振るシェイカーを眺めていた。
「もう…いいの。もう、いいんだ」
自分の言葉に、ウン、とひとつ頷いて芽衣子さんは笑った。
俺も芽衣子さんに笑みを向けた。
「招待状、もらえるよね?」
そう言った俺の顔を、芽衣子さんがじっと見つめる。
潤んだ瞳に柔らかな光を灯し、芽衣子さんは言った。
「…ありがとう」
その言葉で、胸に残っていた最後の何かが、すーっと消えた気がした。
俺も…ありがとう。
682 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:49:48 ID:
部屋に戻ると、友枝は本格的な眠りに突入していた。
「今日はこのまま、旦那さんは預かるよ(笑)」
「ごめんね。ダーリンをよろしく(笑)」
ロビーまで見送ることにした。
エレベーターの中、芽衣子さんが小さな声で言った。
「健吾君」
「うん?」
「今も…従姉さんのこと、好き?」
「うん」
ためらいもなく、素直に言えた。
微笑みながら、芽衣子さんは去っていった。
683 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:50:54 ID:
部屋に戻り、友枝のネクタイを緩めてやる。
しばらくその寝顔を見つめた。
(こいつは…勝ち取ったんだ)
“勝ち取る”という言葉に、改めて俺は自分が持つ劣等感を意識した。
だがそれは、友枝に芽衣子さんをとられた…などというものではない。
友枝が勝ち取ったもの。
しあわせ。
ひたむきに相手のことだけを想い、努力してきた友枝。
それを得るのは当然だった。
俺は…彼ほど努力しただろうか?
否。
いつもウジウジと後先ばかり考えていた。
親父と母の心情を障害と見なしていた。
あきらめる道だけをひたすら選び、“忍ぶ恋”などというものに酔っていた。
『どうにかするんなら、何かぶっこわさないと、な』
大の言葉が頭に浮かぶ。
俺が事を起こせば、壊れるのは親父や母の心だと思っていた。
だが本当に壊れるのは、いや、壊さなければいけないのは、俺の臆病さなのだ。
(ありがとな、ダーリン)
友枝の頭を、クシャクシャに撫でた。
東京に帰り、いつもと変わらぬ日常に戻った俺の元にメールが届いた。
恵子ちゃんからだった。
『ゴールデンウィークに親戚一同集まってバーベキューします。
健吾君、来れるかな? ていうか、絶対来ーい!(笑)』
文字がやたら愛しい。
返信。
『喜んで参加させていただきます』
断る気はなかった。
一歩、前へ。
俺は歩ける気がした。
685 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:52:38 ID:
GW。
たった一日だけだが休暇をとった俺は、心の急くまま新幹線に乗った。
早く行きたい。バーベキューに行きたい。
いや、バーベキューなんてどうでもいいんだ、ホントは。
駅には恵子ちゃんが迎えに来てくれていた。
およそ一年ぶりに見る恵子ちゃんは…可愛かった。とても。
恵子ちゃんの実家からほど近い、山裾の川原がバーベキューの場所だった。
すでに俺以外はみんな顔を揃えていた。
まずは一杯、と生ビールを手渡される。
だが手厚い歓待もほんの束の間、
「健吾君、手伝ってぇ〜」
調理部隊からお声がかかった。
転勤してからは年に1度会うか会わないかの親戚たちだったが、
この頃になるとすっかり俺も彼らと遠慮会釈のない関係を築けていた。
ほいほいと軽く腰を上げ、一員であることを喜ぶ。
…などという気分は、一時間で吹っ飛んだ。
忙しい!
次から次へと焼き物に勤しむ俺。
うがー
何しに来たんだ俺は。
恵子ちゃんと話してぇ。
しかしそんなレクレーションはとんと巡ってこない。
たまに恵子ちゃんが給仕として出来上がった料理をとりに来たが、
汗だくになって調理している俺に、
「ご苦労さま(爆笑)」
一言声をかけ、すぐに女性陣の輪の中に帰っていった。
忙しなく手を動かしながら、心の中で指を銜えて“女の園”を眺めた。
686 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:53:33 ID:
午後3時を回った頃、救いの手が差し伸べられた。
「健吾君、少し休みなよ」
恵子ちゃんの父・守さんだった。
これ幸いとばかりに義弟に調理を押し付け、守さんから生ビールを受け取る。
そのままなんとなく守さんとツーショットになった。
実のところ守さんとはこれまであまり話したことがない。
親戚が集まる席といえば決まって酒席で、
俺は酒豪ぞろいの彼らといつも馬鹿騒ぎに興じてきたのだが、
守さんは下戸のため、正直、話すのが辛かった。
素面の相手と酔っぱらいではノリが違う。
それに守さんは真面目な人だったからちょっと近づきがたくもあった。
しかし親戚連中に強引に勧められたのか、
今日はちょっとだけ守さんも酒を楽しんでいたようだ。
顔が少し上気している。
お互い酒が入れば自然と会話も弾む。
話の内容なんて他愛のないものだったとおもうが、
小一時間も経った頃、
「ようし、もう“健吾君”なんて他人行儀な呼び方はしない。
健吾!って呼ぶからね」
そう言われた俺は守さんと打ち解けたような気がした。
687 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:54:48 ID:
そのうち、酔っぱらった守さんは高鼾で寝てしまった。
ブルーシートに大の字になっている守さんに、恵子ちゃんが上着をかける。
そして俺に向き直って言った。
「ちょっと散歩でもしない?森の中に、良いトコあるんだ」
どこへでも行きますとも。
「お父さん、あんなになっちゃうなんてなぁ(笑)」
恵子ちゃんの歩幅に合わせながら、森の中の小道を歩く。
「ごめん。ちょっと調子にのって酒勧めすぎたかな?」
「ううん(笑)たまにはいいんじゃないかな。大した量でもないし」
…たしかに。ビールを紙コップ3杯程度だった。
「きっと嬉しかったの、お父さん」
「俺と話したことが?」
「そう。ウチは私とお姉ちゃんとお母さんで女だらけでしょ?
だから男同士の会話っていうのに飢えてるんだと思う」
「なるほどね」
「それにね。お父さん、健吾君のことは前から気にしてたの」
「なんで??」
「さあ(笑)
昔、私と健吾君でよく飲みに行ってた時、実家に帰るたびに健吾君のこと聞かれた」
「…で、なんて答えたん?」
「変な人、って(笑)」
「あっそ(笑)」
688 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:55:57 ID:
木立が開け、目の前に小さな滝壺が現れた。
「到着」
「おおっ、いいねぇ」
「私のお気に入りなの、ここ。
小さな滝だから、森の静けさを壊さないんだ」
滝壺のほとりにあった大きな岩塊にふたりで腰掛けた。
小さなサンダルを脱ぎ、恵子ちゃんは素足を水の中へと入れた。
ぱちゃぱちゃぱちゃ
いたずらに水を掻く白い足が、戯れる二匹の魚のようだ。
ふたりとも何も言わず、ただ水面と木々と空を眺めた。
恵子ちゃんがその時、何を考えていたのかはわからない。
だが俺は、この心地良い静寂を乱してよいものか、考えていた。
静寂を打ち破る俺の一言。
それはずっと言いたかった一言。
そして今にも言いそうになる一言。
だがここに至っても、俺はまだ踏ん切りをつけられずにいた。
押し黙っていたら、恵子ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
「なに考えてるの(笑)」
驚き、怯み、
動揺が愚かな言葉を紡いだ。
「あ…あのね、恵子ちゃん」
「うん?」
「彼氏、できた?」
689 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:57:05 ID:
馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
自分に呆れた。
呆れてものが言えない。
いや、実際、次の言葉が出て来なかったのだが。
恵子ちゃんの顔が強張った。俺を覗き込むのをやめた。
「そんなこと…健吾君に聞かれたくない」
「そ、そっか」
小さな滝がナイアガラにでもなった気がした。
「そろそろ戻ろっか」
恵子ちゃんはいつもの声音に戻っていた。
俺の右横を歩く恵子ちゃんに顔を向けられない。
かといって前を向いていても道なんて見ていない。
(告白してフラれた相手に「彼氏できた?」なんて…そりゃ聞かれたくないよな)
右肩が重い。右頬が引き攣る。
(本当は…あんなこと言うつもりじゃなかったのに)
傾いた木洩れ陽が視界を濁す。うっとおしい。
(ええい、言っちまえ!)
「あのね恵子ちゃん、さっきのね、あれはね、」
「あ。もうみんな片付け始めてるよ」
いつのまにか森を抜けていた。
690 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:57:44 ID:
「そろそろ帰るよ〜」
戻ってきた俺に母が言った。
今夜は太田家に世話になる予定だった。
「じゃーね、健吾君。今日はご苦労様」
「う、うん。さいなら」
恵子ちゃんの口調は優しかったが、
守さんを介抱するその背中は怒ってる…ような気がした。
…いつまでも見てたって仕方ない。
諦めて、お父さんの車に乗り込んだ。
がっかりだ。
自分に。
691 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:58:29 ID:
渋滞に巻き込まれながら太田家に帰り着いた時には陽はとっぷりと暮れていた。
さすがにみんな疲れていたため飲み直す気はなく、
三々五々、各々の部屋で休息をとることとなった。
俺は身体に染み付いたバーベキュー臭を洗い流そうと、風呂をつかった。
身体だけはさっぱりとし、居間に戻ると母が座っていた。
「お茶、飲む?」
「ん。もらうよ」
「今日はお疲れさん」
「ホント疲れた(笑)でも楽しかったよ」
「守さんと盛り上がってたね」
「あんまり飲めないのに付き合わせちゃって、悪いことしたよ」
「よろこんでたよ」
「ならいいけど」
「アンタがいなくなってた時、
突然ガバッと起きだして『健吾どこだ〜』って騒いでた」
「マジで?あはは」
「気にいられたね」
「だったらうれしいね」
「恵子ちゃんのこと、好きなの?」
はい、とお茶を差し出しながら、流れるように母が聞いてきた。
692 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2006/04/29(土) 15:59:16 ID:
「…なんで?」
視線をTVに固定したまま、平静を装った。
焦点はぼやけていた。
「なんとなく。今日のアンタ見てたらそんな気がしたの」
もはや言い逃れることも、取り繕うことも、俺自身が許さなかった。
「…うん。好き、だ」
まっすぐに母を見た。
「そう」
「うん」
「いつから?」
「ずっと、前から」
母の表情に変化はなかった。
「お父さん(実父)は、知ってるの?」
「いや、言ってない」
「そう…」
ふたりのお茶が冷めていく。
母の目の光が強くなった。
「恵子ちゃんには伝えたの?」
「…ううん…」
光がしぼんだ。
顔を伏せた母の声が小さくなった。
「私たちのこと…考えたから…なのね?」
「………」
廊下を踏む足音がした。誰かが起きてきたのだろう。
「考えさせてたのね…ずっと」
消え入るような声だった。
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