従姉に恋をした。
Part8
306 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:34:54
翌朝、職場を出てすぐに信用金庫に電話した。
これから訪ねる旨を伝え、次に母に待ち合わせの時間をメールする。
その足で新幹線に乗り、今までで一番、気乗りしない帰郷をした。
駅の改札口にいた母が目にとまった。
その姿にますますムカムカした。
母が何か言いかけたが、
俺は黙って母の手から金の入った封筒をひったくった。
信用金庫では責任者らしき年配の男性が俺の応対にあたった。
つつがなく手続きが済んだ後、男性が言った。
「大変ですね。お察しします」
仕事上の言葉だったと思うが、少しありがたかった。
307 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:35:48
また12月がきた。
いつもなら、年末年始に帰郷するのか母から連絡が来るところだが、今年はない。
当然か、と思っていたら、恵子ちゃんからメールがきた。
「今年は帰ってくるの?久しぶりに健吾君と会ってお酒でも飲みたいな」
避けようと決めてからは俺からメールを送ることはなかった。
恵子ちゃんから来ても、当たり障りのない言葉で2、3行のメールを返すだけ。
この時も、仕事が忙しくて帰れないな〜、風邪ひかないようにね、とだけ返した。
実際、恵子ちゃんのことを抜きにしても、今年は帰りたくない。
わざとスケジュールに仕事を入れ、職場のTVで除夜の鐘を聞いた。
308 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:36:41
2005年。
1月の中頃のことだった。
母と恵子ちゃんからほとんど同時にメールがきた。
母の内容はこうだった。
「お元気ですか?
去年はひどい思いをさせて、本当にごめんなさい。
とても反省しています。
まだ怒っていることでしょう。当然です。
だけど、それを承知の上でお願いがあるのです。
2月に英治君(義弟の名)が彼女を連れて帰ってきます。
彼女の家族とウチの家族の顔合わせをするのです。
当人たちは結婚式をしないつもりだそうで、
だからこの顔合わせはとても大事なものです。
みんな、貴方も同席してくれるのを望んでいます。
どうか一時だけでもいいので、私への怒りを我慢してもらえませんか?
勝手なことを言ってごめんなさい」
気持ちは大分落ち着いていたが、まだ母への怒りが消えたとは言い難かった。
もちろん英治君たちは祝ってあげたい。
でも…母の顔を見たらきっと俺は…。
309 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:37:39
悩んでいたら恵子ちゃんからメールが。
「元気?
2月にまた上野で書展があります。
今回は入賞しました!
もちろん今年も行く予定。
一緒に行ける?
またこのおのぼりさんを東京見物に連れてってほしいな」
入賞したのか。
よかったなぁ。
うれしくて仕方ないだろうな、恵子ちゃん。
一緒に祝ってあげたいなぁ。
でも。
すぐに返事のメールを送った。
「ごめん。
その日は仕事なんだよね。
忙しい時期だから抜けられないんだ。
入賞おめでとう。
君はやればできる子だと思ってたぞ(笑)」
仕事は暇だった。スケジュールのやりくりはいくらでも出来た。
310 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:38:22
恵子ちゃんからもすぐに返事が来た。
「そっか〜残念。
私は健吾君の感想が一番好き。
偉い先生とか書をやっている人とかから色んな感想や意見をもらうけど、
書をやっていない健吾君からもらえる感想はとっても素直で、
ストレートに私に入ってくるの。
私の作品が書をやっていない人の心に残って、
書って良いね〜って思ってもらえてる、そんな気持ちになれるの。
だから本当に残念。
お仕事がんばってね。
無理して身体壊さないようにね!」
311 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:39:04
10分後に2通目が来た。
「話は変わりますが、工藤 直子って憶えてる?
健吾君は観てないけど、
健吾君が転勤するちょっと前の書展で
私が作品の題材にした「花」という詩を書いた人。
その人の本で私のお気に入りのがあるのね。
それ、ぜひ健吾君に読んでほしいので送るね。プレゼント。
本当は会って直接渡したかったけど。
気に入ってもらえるといいな」
312 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:39:52
「花」
本当は俺、あの作品観たんだよ、恵子ちゃん。
あれを観て、俺は母との喧嘩別れを思い直し、
家族を二度と切り捨てないって、誓ったんだ。
恥ずかしくて、そんなこと君には話してないけど。
恵子ちゃんの字が頭に蘇ってきた。
どんなことがあっても家族は家族なのだ。
俺は母に「出席する」とメールをした。
313 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:40:58
ホテルで食事をしながら、両家の顔合わせが執り行われた。
こちらは亜矢の家族も同席し、ちょっとした大人数だったが、
彼女側もおじいちゃんやおばあちゃん、兄姉の家族などが揃い、
大変な賑わいとなった。
(こうして、家族ってのは増えていくんだな)
みんなに酌をしながら、そう思った。
314 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:41:42
会もお開きになり、お父さんが俺を駅まで車で送ってくれた。
母も同乗していた。
駅で一旦、俺と母を下ろし、お父さんは車を駐車場に置きに行った。
母が口を開いた。
「今日は本当にありがとう。ごめんね」
今日は会ってからあまり会話をしてなかった。
足元を見ながら話す母に、俺も言った。
「ひとつだけ、本当のことを話してよ」
「うん」
「もう、借金は無いんだね?大丈夫なんだね?」
「うん。大丈夫」
「その言葉、信じるからね?」
「うん。本当にごめんなさい」
「ならいいよ。忘れようぜい(笑)」
本心から笑えたわけではなかったが、それでも少しは軽くなった。
母は相変わらず下を見ながら、また「ごめんね」と言った。
315 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:42:35
数日後、恵子ちゃんから荷物が届いた。
中にはチョコと本が入っていた。
本来の意味として受け取りたかったチョコを頬張りながら、本を読み始めた。
工藤 直子 「ともだちは海のにおい」
それはイルカとクジラの友情物語だった。
どこかほのぼのとさせる挿絵と、飾らない文章がとてもいい。
(確かに恵子ちゃんが好みそうだ)
読んでいたら恵子ちゃんの顔が浮かんできた。
読み進めたら、ますますその顔が増えた。
だめだ。
1/3も読まないうちに、本を閉じた。
そしてそれ以来、一度もこの本を開いたことはない。
316 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:43:30
2,3日後、
ホワイトデーの意味で俺も本を贈った。
大森 裕子というイラストレーターの書いた絵本。
「よこしまくん」と「よこしまくんとピンクちゃん」という2冊。
見栄っ張りで、ヘソ曲がりで、ぶっきら棒で、格好つけなフェレットが主人公で、
ピンクちゃんというガールフレンドがいる。
大人が読んで思わず「くすっ」となる絵本だ。
「ともだちは〜」ほど深いものはないが、俺はとても気に入っていた。
317 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:44:18
恵子ちゃんからのお礼のメールは喜んでいた。
「本、ありがとー!
よこしまくん、すごくいい!
かわいくて、ほんわかしてて。
『けっ』とか『ふんっ』とか言ってるひねくれモノなんだけど、
素直じゃないな〜コイツ♪って感じで、どこか憎めない。
こんな人、いるよねぇ…あ、いたいた!横浜にひとり(笑)
ピンクちゃんとのコンビもいいね!
なんだかんだピンクちゃんに言っても、
ちゃーんとピンクちゃんのこと大事に思ってて、
ピンクちゃんも、よこしまくんのことすごいなーって思ってて。
なんか微笑ましい。
ホントにありがとう!大事にします」
ああ…そういや俺、似てるかもな。
よこしまくんほど、ハッピーじゃないけど。
318 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:45:18
それは3月に入ってすぐの、日曜日の朝のことだった。
夜勤明けでマンションに帰ると、
エントランスホールの郵便受けの前に、
長髪のデカい男が立っていた。
そいつの足元には大きな旅行用トランク。
なにやら携帯で話していた。
(マンションの住人じゃないな)
俺の住んでるマンションは、
エントランスホールにあるインターフォンの操作盤に鍵をささないと
エレベーターが動かないようになっていた。
部外者が2階以上に上がるには、インターフォンで住人に呼びかけ、
エレベーターを動かしてもらわなければいけない。
(邪魔くせーな)
そいつをすり抜けるようにして郵便受けに手を伸ばしたら、
そいつが声を上げた。
「あ」
319 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:46:25
なんだ?と思い、そいつを見た。目が合った。
「来た。帰ってきた」
電話の相手に言っているようだった。帰ってきた?俺のことか?
「おお、大塚!」
声を聞いてようやくわかった。
高校時代の友人、辻田 大だった。
「大か!?…なんで、ここに」
「おお!ほれっ」
大が携帯を俺に差し出した。
「大塚、おひさ〜!」
電話の相手は三浦 勝だった。こいつも高校の時の友人だ。
すぐに俺から携帯を取り返した大は、
「ありがとな!じゃな!」
と三浦に言い、電話を切ってしまった。
あまりに突然で二の句が告げずにいる俺に、大が言った。
「とにかく部屋に入れろ。話はそれからそれから」
言われるまま部屋に案内した。
320 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:47:27
不思議な風景だ。大が横浜の、俺の部屋にいる。
俺はコイツが大好きだった。
高校時代、
俺は大と三浦、そして木島 周平、河相 真子という友人たちとバンドを組んでいた。
世は空前のバンドブームで、
河相 真子以外の4人は女の子にモテたいがための結成だった。
俺以外の4人は同じ高校で、
中学の時から大と友達だった俺が後から誘われた格好だった。
高1の終わりから2年間バンドは続いたが、高校卒業と同時に解散した。
卒業後、俺と三浦は社会に出、周平と真子は東京の大学に進学し、
大は「ビッグになるぜい(笑)」と笑いながら、
なんとイギリスに行ってしまった。
ベーシストだった彼は、その道でメシを食っていこうとしていたのだ。
それ以来の再会だった。
321 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:49:14
断りもせずに冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す大。
俺にも差し出し、缶をぶつけてきた。
「ほい、おひさしぶり」
相変わらずなヤツだ。
中学の国語の授業で「豪放磊落」という言葉を習った時、コイツの顔が浮かんだ。
今も変わっていない。なんだかうれしかった。
「おい、飲みに行こうぜ」
ビールも飲み干していないうちから、大が言った。
「アホか。まだ11時だぞ。それに俺、夜勤明けなんだ。少し寝かせろ」
「なんだ、仕事明けか。私服だから、てっきり朝帰りかと思った」
「(笑)土日はスーツ着ていかなくていいんだ」
「あ、そ。
なぁ行こうぜ、飲み。
横浜なら、昼間からやってるトコあるだろ?まして日曜日だし」
「勘弁しろって。行ったら潰れちまうよ。俺が酒弱いの、憶えてるだろ?」
高校の時、大とはよく飲んでいた。
「OKOK。んじゃ俺も寝るわ」
「それはそうと、どうして帰ってきたんだ?なんで俺んとこに来た?」
聞きたいことは山ほどあった。
「話は夜な。寝ろ寝ろ」
こうしてコイツに振り回されるのも高校以来だった。悪い気はしない。
322 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:50:12
夜7時。寝すぎた。
しかし大はまだイビキをかいていた。
「おい、起きろ」
大を叩き起こし、外に連れ出した。地下鉄に乗る。
吊革が大の胸元で揺れていた。
190cmあるコイツと並ぶとまるで大人と子供だ。
「地元にいた時、三浦からお前の様子は聞いてたけど、仕事は順調なのか?」
「当然」
いつでも自信家なコイツが本当に羨ましい。
しかし現に大の言ってることは真実で、
4年ほど前、イギリスでは割とメジャーなバックバンドに入ったと、
三浦から聞かされていた。
俺もそのCDは何枚か持っている。
323 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:51:47
「それで、今度は日本で活動するのか?」
「いや、用があって帰ってきたんだ。すぐまたあっちに戻る」
「用って?」
「俺のばあちゃん、憶えてるか?こないだ死んだんだ」
大は幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人暮しの生活を送っていた。
こんな豪気な大も、日本を離れる時、祖母の心配だけはしていたが、
祖母は元気に大を見送った。
俺たちバンドメンバーも一緒に空港まで見送りに行ったのだが、
大がいなくなることよりも、その祖母の姿に涙が出てしまった。
324 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:52:37
「そか。大変だったな」
「位牌持ってきてるから、後で拝んでやってくれ(笑)」
「位牌を持ってきてる…?」
「実家、処分するんだ。
もう誰も住むやついないしな。手続きは済ませてきた。
ついでにお前や三浦に会っていこうと思ってさ。
お前の住んでたアパートに行ったけど、もう別の人間が住んでてよ。
んで、三浦のところに行って聞いたんだ。お前がこっちにいるって。
横浜なんて来たことなかったから、だいぶ迷ったわ(笑)」
「それで朝、三浦と話してたのか(笑)」
「うん。つーか三浦に電話するのも四苦八苦だったんだぜ(笑)。
日本の携帯電話の使い方って、イギリスと微妙に違うんだよ。
これ空港で借りてきたやつだからさ」
「なるほどな。なら三浦に悪いことしたな。
こっち来てから初めてアイツと喋ったのに、誰かさんに電話切られちまって(笑)」
「三浦なんてどうでもいいんだよ(笑)
お前は会おうと思えばいつでも会えるんだから。
それより俺との再会、大事にしろよ?(笑)
もう一生会えないかもしれないぞ」
「お前、もう日本に帰ってくる気はないんか?」
「ん。それに今度、アメリカに移るんだ。今のバンド抜けて」
「? 今のバンド、あんまり良くないのか?
仕事の依頼もバンバン来てるらしいって、三浦も言ってたぞ。
勿体ないじゃん」
翌朝、職場を出てすぐに信用金庫に電話した。
これから訪ねる旨を伝え、次に母に待ち合わせの時間をメールする。
その足で新幹線に乗り、今までで一番、気乗りしない帰郷をした。
駅の改札口にいた母が目にとまった。
その姿にますますムカムカした。
母が何か言いかけたが、
俺は黙って母の手から金の入った封筒をひったくった。
信用金庫では責任者らしき年配の男性が俺の応対にあたった。
つつがなく手続きが済んだ後、男性が言った。
「大変ですね。お察しします」
仕事上の言葉だったと思うが、少しありがたかった。
307 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:35:48
また12月がきた。
いつもなら、年末年始に帰郷するのか母から連絡が来るところだが、今年はない。
当然か、と思っていたら、恵子ちゃんからメールがきた。
「今年は帰ってくるの?久しぶりに健吾君と会ってお酒でも飲みたいな」
避けようと決めてからは俺からメールを送ることはなかった。
恵子ちゃんから来ても、当たり障りのない言葉で2、3行のメールを返すだけ。
この時も、仕事が忙しくて帰れないな〜、風邪ひかないようにね、とだけ返した。
実際、恵子ちゃんのことを抜きにしても、今年は帰りたくない。
わざとスケジュールに仕事を入れ、職場のTVで除夜の鐘を聞いた。
308 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:36:41
2005年。
1月の中頃のことだった。
母と恵子ちゃんからほとんど同時にメールがきた。
母の内容はこうだった。
「お元気ですか?
去年はひどい思いをさせて、本当にごめんなさい。
とても反省しています。
まだ怒っていることでしょう。当然です。
だけど、それを承知の上でお願いがあるのです。
2月に英治君(義弟の名)が彼女を連れて帰ってきます。
彼女の家族とウチの家族の顔合わせをするのです。
当人たちは結婚式をしないつもりだそうで、
だからこの顔合わせはとても大事なものです。
みんな、貴方も同席してくれるのを望んでいます。
どうか一時だけでもいいので、私への怒りを我慢してもらえませんか?
勝手なことを言ってごめんなさい」
気持ちは大分落ち着いていたが、まだ母への怒りが消えたとは言い難かった。
もちろん英治君たちは祝ってあげたい。
でも…母の顔を見たらきっと俺は…。
309 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:37:39
悩んでいたら恵子ちゃんからメールが。
「元気?
2月にまた上野で書展があります。
今回は入賞しました!
もちろん今年も行く予定。
一緒に行ける?
またこのおのぼりさんを東京見物に連れてってほしいな」
入賞したのか。
よかったなぁ。
うれしくて仕方ないだろうな、恵子ちゃん。
一緒に祝ってあげたいなぁ。
でも。
すぐに返事のメールを送った。
「ごめん。
その日は仕事なんだよね。
忙しい時期だから抜けられないんだ。
入賞おめでとう。
君はやればできる子だと思ってたぞ(笑)」
仕事は暇だった。スケジュールのやりくりはいくらでも出来た。
310 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:38:22
恵子ちゃんからもすぐに返事が来た。
「そっか〜残念。
私は健吾君の感想が一番好き。
偉い先生とか書をやっている人とかから色んな感想や意見をもらうけど、
書をやっていない健吾君からもらえる感想はとっても素直で、
ストレートに私に入ってくるの。
私の作品が書をやっていない人の心に残って、
書って良いね〜って思ってもらえてる、そんな気持ちになれるの。
だから本当に残念。
お仕事がんばってね。
無理して身体壊さないようにね!」
10分後に2通目が来た。
「話は変わりますが、工藤 直子って憶えてる?
健吾君は観てないけど、
健吾君が転勤するちょっと前の書展で
私が作品の題材にした「花」という詩を書いた人。
その人の本で私のお気に入りのがあるのね。
それ、ぜひ健吾君に読んでほしいので送るね。プレゼント。
本当は会って直接渡したかったけど。
気に入ってもらえるといいな」
312 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:39:52
「花」
本当は俺、あの作品観たんだよ、恵子ちゃん。
あれを観て、俺は母との喧嘩別れを思い直し、
家族を二度と切り捨てないって、誓ったんだ。
恥ずかしくて、そんなこと君には話してないけど。
恵子ちゃんの字が頭に蘇ってきた。
どんなことがあっても家族は家族なのだ。
俺は母に「出席する」とメールをした。
313 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:40:58
ホテルで食事をしながら、両家の顔合わせが執り行われた。
こちらは亜矢の家族も同席し、ちょっとした大人数だったが、
彼女側もおじいちゃんやおばあちゃん、兄姉の家族などが揃い、
大変な賑わいとなった。
(こうして、家族ってのは増えていくんだな)
みんなに酌をしながら、そう思った。
314 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:41:42
会もお開きになり、お父さんが俺を駅まで車で送ってくれた。
母も同乗していた。
駅で一旦、俺と母を下ろし、お父さんは車を駐車場に置きに行った。
母が口を開いた。
「今日は本当にありがとう。ごめんね」
今日は会ってからあまり会話をしてなかった。
足元を見ながら話す母に、俺も言った。
「ひとつだけ、本当のことを話してよ」
「うん」
「もう、借金は無いんだね?大丈夫なんだね?」
「うん。大丈夫」
「その言葉、信じるからね?」
「うん。本当にごめんなさい」
「ならいいよ。忘れようぜい(笑)」
本心から笑えたわけではなかったが、それでも少しは軽くなった。
母は相変わらず下を見ながら、また「ごめんね」と言った。
315 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:42:35
数日後、恵子ちゃんから荷物が届いた。
中にはチョコと本が入っていた。
本来の意味として受け取りたかったチョコを頬張りながら、本を読み始めた。
工藤 直子 「ともだちは海のにおい」
それはイルカとクジラの友情物語だった。
どこかほのぼのとさせる挿絵と、飾らない文章がとてもいい。
(確かに恵子ちゃんが好みそうだ)
読んでいたら恵子ちゃんの顔が浮かんできた。
読み進めたら、ますますその顔が増えた。
だめだ。
1/3も読まないうちに、本を閉じた。
そしてそれ以来、一度もこの本を開いたことはない。
316 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:43:30
2,3日後、
ホワイトデーの意味で俺も本を贈った。
大森 裕子というイラストレーターの書いた絵本。
「よこしまくん」と「よこしまくんとピンクちゃん」という2冊。
見栄っ張りで、ヘソ曲がりで、ぶっきら棒で、格好つけなフェレットが主人公で、
ピンクちゃんというガールフレンドがいる。
大人が読んで思わず「くすっ」となる絵本だ。
「ともだちは〜」ほど深いものはないが、俺はとても気に入っていた。
317 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:44:18
恵子ちゃんからのお礼のメールは喜んでいた。
「本、ありがとー!
よこしまくん、すごくいい!
かわいくて、ほんわかしてて。
『けっ』とか『ふんっ』とか言ってるひねくれモノなんだけど、
素直じゃないな〜コイツ♪って感じで、どこか憎めない。
こんな人、いるよねぇ…あ、いたいた!横浜にひとり(笑)
ピンクちゃんとのコンビもいいね!
なんだかんだピンクちゃんに言っても、
ちゃーんとピンクちゃんのこと大事に思ってて、
ピンクちゃんも、よこしまくんのことすごいなーって思ってて。
なんか微笑ましい。
ホントにありがとう!大事にします」
ああ…そういや俺、似てるかもな。
よこしまくんほど、ハッピーじゃないけど。
318 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:45:18
それは3月に入ってすぐの、日曜日の朝のことだった。
夜勤明けでマンションに帰ると、
エントランスホールの郵便受けの前に、
長髪のデカい男が立っていた。
そいつの足元には大きな旅行用トランク。
なにやら携帯で話していた。
(マンションの住人じゃないな)
俺の住んでるマンションは、
エントランスホールにあるインターフォンの操作盤に鍵をささないと
エレベーターが動かないようになっていた。
部外者が2階以上に上がるには、インターフォンで住人に呼びかけ、
エレベーターを動かしてもらわなければいけない。
(邪魔くせーな)
そいつをすり抜けるようにして郵便受けに手を伸ばしたら、
そいつが声を上げた。
「あ」
319 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:46:25
なんだ?と思い、そいつを見た。目が合った。
「来た。帰ってきた」
電話の相手に言っているようだった。帰ってきた?俺のことか?
「おお、大塚!」
声を聞いてようやくわかった。
高校時代の友人、辻田 大だった。
「大か!?…なんで、ここに」
「おお!ほれっ」
大が携帯を俺に差し出した。
「大塚、おひさ〜!」
電話の相手は三浦 勝だった。こいつも高校の時の友人だ。
すぐに俺から携帯を取り返した大は、
「ありがとな!じゃな!」
と三浦に言い、電話を切ってしまった。
あまりに突然で二の句が告げずにいる俺に、大が言った。
「とにかく部屋に入れろ。話はそれからそれから」
言われるまま部屋に案内した。
320 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:47:27
不思議な風景だ。大が横浜の、俺の部屋にいる。
俺はコイツが大好きだった。
高校時代、
俺は大と三浦、そして木島 周平、河相 真子という友人たちとバンドを組んでいた。
世は空前のバンドブームで、
河相 真子以外の4人は女の子にモテたいがための結成だった。
俺以外の4人は同じ高校で、
中学の時から大と友達だった俺が後から誘われた格好だった。
高1の終わりから2年間バンドは続いたが、高校卒業と同時に解散した。
卒業後、俺と三浦は社会に出、周平と真子は東京の大学に進学し、
大は「ビッグになるぜい(笑)」と笑いながら、
なんとイギリスに行ってしまった。
ベーシストだった彼は、その道でメシを食っていこうとしていたのだ。
それ以来の再会だった。
321 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:49:14
断りもせずに冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す大。
俺にも差し出し、缶をぶつけてきた。
「ほい、おひさしぶり」
相変わらずなヤツだ。
中学の国語の授業で「豪放磊落」という言葉を習った時、コイツの顔が浮かんだ。
今も変わっていない。なんだかうれしかった。
「おい、飲みに行こうぜ」
ビールも飲み干していないうちから、大が言った。
「アホか。まだ11時だぞ。それに俺、夜勤明けなんだ。少し寝かせろ」
「なんだ、仕事明けか。私服だから、てっきり朝帰りかと思った」
「(笑)土日はスーツ着ていかなくていいんだ」
「あ、そ。
なぁ行こうぜ、飲み。
横浜なら、昼間からやってるトコあるだろ?まして日曜日だし」
「勘弁しろって。行ったら潰れちまうよ。俺が酒弱いの、憶えてるだろ?」
高校の時、大とはよく飲んでいた。
「OKOK。んじゃ俺も寝るわ」
「それはそうと、どうして帰ってきたんだ?なんで俺んとこに来た?」
聞きたいことは山ほどあった。
「話は夜な。寝ろ寝ろ」
こうしてコイツに振り回されるのも高校以来だった。悪い気はしない。
322 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:50:12
夜7時。寝すぎた。
しかし大はまだイビキをかいていた。
「おい、起きろ」
大を叩き起こし、外に連れ出した。地下鉄に乗る。
吊革が大の胸元で揺れていた。
190cmあるコイツと並ぶとまるで大人と子供だ。
「地元にいた時、三浦からお前の様子は聞いてたけど、仕事は順調なのか?」
「当然」
いつでも自信家なコイツが本当に羨ましい。
しかし現に大の言ってることは真実で、
4年ほど前、イギリスでは割とメジャーなバックバンドに入ったと、
三浦から聞かされていた。
俺もそのCDは何枚か持っている。
323 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:51:47
「それで、今度は日本で活動するのか?」
「いや、用があって帰ってきたんだ。すぐまたあっちに戻る」
「用って?」
「俺のばあちゃん、憶えてるか?こないだ死んだんだ」
大は幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人暮しの生活を送っていた。
こんな豪気な大も、日本を離れる時、祖母の心配だけはしていたが、
祖母は元気に大を見送った。
俺たちバンドメンバーも一緒に空港まで見送りに行ったのだが、
大がいなくなることよりも、その祖母の姿に涙が出てしまった。
324 名前:1 ◆6uSZBGBxi. [sage] 投稿日:2005/11/25(金) 11:52:37
「そか。大変だったな」
「位牌持ってきてるから、後で拝んでやってくれ(笑)」
「位牌を持ってきてる…?」
「実家、処分するんだ。
もう誰も住むやついないしな。手続きは済ませてきた。
ついでにお前や三浦に会っていこうと思ってさ。
お前の住んでたアパートに行ったけど、もう別の人間が住んでてよ。
んで、三浦のところに行って聞いたんだ。お前がこっちにいるって。
横浜なんて来たことなかったから、だいぶ迷ったわ(笑)」
「それで朝、三浦と話してたのか(笑)」
「うん。つーか三浦に電話するのも四苦八苦だったんだぜ(笑)。
日本の携帯電話の使い方って、イギリスと微妙に違うんだよ。
これ空港で借りてきたやつだからさ」
「なるほどな。なら三浦に悪いことしたな。
こっち来てから初めてアイツと喋ったのに、誰かさんに電話切られちまって(笑)」
「三浦なんてどうでもいいんだよ(笑)
お前は会おうと思えばいつでも会えるんだから。
それより俺との再会、大事にしろよ?(笑)
もう一生会えないかもしれないぞ」
「お前、もう日本に帰ってくる気はないんか?」
「ん。それに今度、アメリカに移るんだ。今のバンド抜けて」
「? 今のバンド、あんまり良くないのか?
仕事の依頼もバンバン来てるらしいって、三浦も言ってたぞ。
勿体ないじゃん」
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