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俺+妹×天使=世界の終わり

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Part4

50:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/2 07:42 ID:y5G9XV1F1g
完成したカレーをお皿によそい、テーブルにつく。
俺と更紗のいただきまーす、の掛け声で一斉に食べ始めた。


「おいしいー」
「そうか、そりゃ良かったな」
「甘いな」
「更紗が甘口しか無理なんだ」
「そうか」


にんじんとじゃがいもしか入っていないカレーをもくもくと食べるイロハ。
こいつのことだから、「こんなもの食えるか」とかなんとか言って拒否しそうだと思ったが、意外にも普通だ。
こんな、煮崩れしないギリギリまで細かく刻んだにんじんとじゃがいも~肉はないぜ!~カレー……あ、なんか自分ながらに恥ずかしくなってきた。


「ねぇねぇおねーちゃん」
「何だ?」
「おねーひゃんっへ、もひかひてまほーつかいなの?」


口いっぱいにカレーを頬張って更紗が不思議そうな顔をする。


「私か?私は天使だ」
「てんし?」


それを聞いて、更紗はさらに不思議そうな顔をする。


「はねもないのに?」
「馬鹿言え更紗。羽根なら、ちゃんと背中に御大層なのがくっついてるじゃねーか」
「……信じようが信じまいが、私が天使であることには変わりない」
「ふぅん、そーなんだー」

51:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/5 16:03 ID:nfXWrQKYlE
********


「よし、じゃあ俺は後片付けするから、更紗は風呂行く用意な」
「はーい!」


全員分の食器を持って台所へ向かう。
余ったカレーは、明日のために鍋ごと冷蔵庫に放り込んだ。
たった三人分の食器のため量は少なく、あっという間に洗い終わってしまった。


「イロハ」
「何だ」
「一応聞いとくけど、一緒に銭湯来るか?」


銭湯?とイロハが不思議そうな表情をしたので、俺は律儀にも説明する。


「見た通りここに風呂はついてないから、近所の知り合いがやってる銭湯まで行くんだよ」
「ああ、貴様は貧乏だったな」
「うっせ。改めて言うな」


ちなみに、知り合いが経営している銭湯なので、銭湯フリーパスなるものを持っている。
つまり、使いたい放題だ。
ああ、俺ってほんと知り合いに恵まれてるよなぁ……
大家さんしかり、銭湯のおじさんしかり。


「私は行かないぞ。天使は風呂に入る必要がないからな。さっさと行けこのノロマ」


……こいつに出会ったことは恵まれていなかったかもしれない。

52:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/5 16:19 ID:nfXWrQKYlE
「じゃ、留守番よろしく」
「私に命令するな」
「いってきまーす!」


ガチャン、と玄関の扉が閉まり、イロハの姿は見えなくなった。


********


「ただいまー」
「遅い。だから貴様はノロマなんだ」


帰宅早々罵倒される俺って一体……。
言われっぱなしなのは悔しいので、「遅い、ってことは待ってたってことか?」と切り返してみたが、露骨に嫌そうな顔をされたので「悪かった」としか言えなかった。
ちくしょう。

イロハはテーブルに座って、新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。
一面には“小六自殺”とリード記事が書いてある。
それを見た瞬間、イロハが一瞬悲しそうな顔をしたように見えて、


「どうした」


と聞いた。
ちら、と目線だけこちらを見たイロハはすぐに記事へ視線を戻し、


「別に。ただ、自ら命を捨てるなんて馬鹿だと思っただけだ」
「ふーん……」

53:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/8 16:59 ID:cfJvK2tyPA
********


「じゃ、お前の分の布団ここに敷いとくから」
「ああ」
「おねーちゃん、おやすみなさい」


俺はまだコーヒー――確かこれで六杯目だ――を飲んでいるイロハに向かって言った。
砂糖もミルクも入っていない真っ黒なコーヒーは、感情の読めないイロハそのもののように感じる。
イロハは俺に何も教えない。教える気がないのだろうが……。
少しでも、俺に打ち明けてくれたら。
そしたら、あいつが生まれ変わるのに少しは協力できるのではないだろうか。
あの、いつまでも俺に冷たい態度を取るイロハの心を開いてみたい。
俺は、純粋にあいつと仲良くなってみたかった。
布団の中から話しかける。


「……あんまコーヒーばっか飲むと、寝れなくなるぞ……」


もちろん、返事はなかった。

54:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/8 19:19 ID:thGR1Hks36
ふと、目が覚めた。
枕元に置いてある携帯を開くと、深夜の三時半を示している。
朝までまだまだ時間があるので、もう一度寝ようと布団をかぶり直したが、イロハの分の布団が空なことに気付いた。


(あれ……?)


隣でぐっすり眠っている更紗を起こさないように、慎重に布団を抜け出した。
キョロキョロと辺りを見渡したが、見当たらない。
コートを羽織って、出来るだけ音を立てないように玄関を開けると、イロハは月明かりを浴びながら、アパートの手すりに座っていた。
俺はイロハの背中に問いかける。


「……眠れないのか?」


返事はない。
静かな夜の中で、イロハと俺の髪だけが風に揺れていた。
しかし、さすがに冬の夜は寒さがこたえる。
ぶる、と身震いしてぎゅっとコートを抱き締めた。


「あんなにコーヒーばっかり飲むからだ。言っただろ、寝れなくなるって」

55:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/9 07:46 ID:5cv2uRWMyw
ふわ、と夜風がまた二人の間を通り抜ける。
たっぷり数秒かけて振り向いたイロハは、月光の下で妙に神々しく感じた。
じっ、と見つめてくる目が何だかとても澄んでいて、綺麗で、心臓が正直に跳ねた。
そうなんだよな、黙ってたら可愛いんだよな、こいつ。
その事実を改めて確認しながら、まるで縫い付けられたように目を離せないでいると、イロハが口を開いた。


「貴様、夢は見るか?」


突然のことだったので、柄にもなくしどろもどろになってしまう。


「ゆ、夢?夢ってどっちの夢だ」
「人間達が、眠る時に見る夢だ」
「あ、そ、そっちね。そうだな、たまに見るくらいだな」
「そうか」


イロハは俺から目をそらし、また俺に背中を向けてしまった。


「夢の中では」


――――違う役割を演じられるんだろう?

56:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/9 07:58 ID:Sl1w3Jp5.o
確かに、夢の中では自分は色々な人物になっている。
ゲームの主人公になっていたり、魔法使いになっていたり、とにかく様々な存在になっている。


「でも、夢くらい誰でも見られるだろ?」


寝さえすれば。
そう言った俺に見せ付けるように、イロハは背中の羽根をふわ、と広げた。


「忘れたのか。私は天使なんだ」
「まさか……」


イロハは息を飲んだ俺を馬鹿にするように鼻を鳴らして、自虐的に真実を明かす。


「天使は、眠れないんだよ」


57:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/10 07:51 ID:nfXWrQKYlE
「貴様に想像出来るか?天世から弾き出された嫌われ者の異端者。厳しい規律に縛られながら、天世に帰ることも安息を得ることも許されず、毒に蝕まれる毎日だぞ。幸福天使は、現世の生活に馴染めるように、出来るだけ人間に近い姿をとっている。だがな、現世の空気にだけは適応できないんだ。呼吸をするたびに命は削られていく……今だってそうだ」


淡々と、何でもないことのようにイロハは述べた。
なんでだ。
なんでそんなに平然としていられるんだ。
そんな過酷な運命を背負っておきながら、どうして。
胸が、鉛でも詰まったかのように重い。
俺は、悲しい、のか?
わからない。


「私のことを知りたいなどと、馬鹿なことを考えるのはもうよせ」
「でも」
「……私を哀れに思うなら、早く願いをはっきりさせるんだな。貴様の願いはどれもふわふわとしていて、叶えるに値しない」

58:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/10 07:56 ID:nfXWrQKYlE
「分かったら、もう寝ろ」


俺は、何も言えなかった。
イロハが自分のことを話してくれて嬉しいはずなのに、胸に広がるこのどんより曇った気持ちは一体なんだ。

……
…………
……………
………………ああ、分かったぞ。


これは――――怒りだ。


59:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/11 07:39 ID:Sl1w3Jp5.o
この怒りはどこへやればいい?
イロハに向けるのはそれこそお門違いだ。
じゃあ、イロハの言う“天世”ってところにいる奴か?
否、呪うべきは“幸福天使”というシステムそのものか。
そんなシステムさえなければ、イロハは現世に来ることもなく幸せだったのだろうか。
何が、幸福天使だ。
幸福じゃない天使に、幸福が与えられる訳がない。


「何故怒る」
「!」


的確に気持ちを言い当てられて、俯いていた顔をあげる。


「貴様は自分が人間であることを恨んだりするのか?」
「いや……」
「それと同じだよ。そんなのを恨んだって、何の救いにもなりはしない」


確かに、イロハの言う通りだ。
何を言っても仕方がない。
でも、まだ納得できない俺がいた。


「だから、早く願いを叶えさせて、こんな忌々しい仕事からオサラバさせろと言っている」
「……ああ」


きっと、何か力になれるはずだ。
下らないことでもいい。
ちょっとでもイロハが幸福になれば。
俺は布団に戻り、悶々と考え続けた。

そして、夜が明けた。

60:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/11 07:57 ID:thGR1Hks36
いつの間にか眠っていた体を急いで起こし、しばらく開けていなかった押し入れを開けた。
あれ、どこへしまったっけ……。
ごそごそと中をひっくり返し、やっとお目当ての物を見つける。
それを抱えて、リビングで相変わらずコーヒーを飲んでいるイロハの所へ駆け寄った。


「イロハ!」
「何だ」
「これで、お前も夢を見られるぞ!」


どん、と机の上に“夢が見られる魔法のアイテム”を置く。
灰色の四角い物体。
そこから長いコードで繋がれたもう一つの灰色の物体。
その上にどちゃどちゃと乱雑に積まれた四角い小さな箱。


「何だ、これは」
「プレイステーションだ!」
「?」

61:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/13 08:08 ID:thGR1Hks36
「ロールプレイングゲーム……それは文字通り“役割”を“演じる”ゲーム」
「ふむ」
「つまりこれさえあれば、化け物に追われて洋館に逃げ込んだら洋館が化け物だらけだったよっていう特殊隊員とか、未開惑星に飛ばされたらうっかり光の勇者に勘違いされちゃったよっていう金髪イケメンにもなれるんだ!」
「ほう、興味深い」


イロハは飲んでいたコーヒーを机に置き、プレステの上に積んであるソフトを眺める。
そしておもむろに一つを手にとった。


「これは?」
「それはナイスバディなトレジャーハンターが銃ぶっ放しながらトラップまみれの墓を荒らしまくるゲームだな」
「これは?」
「小っちゃいカワイイ車で街の中や城の中を爆走するゲームだな」
「これは?」
「ダンジョンでモンスターをボコッて落ちてるパン食って万引きして店長に殺されるゲームだな」
「これは?」
「ネコに言葉教えてほのぼのするゲームだな」
「……」

62:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/13 08:16 ID:51FwbxHOy.
「まあ、考えておく」


またコーヒーを飲み出すイロハ。
あれ?気に入らなかったんだろうか。


「おにーちゃん、おはよー……」


眠そうに目を擦りながら更紗が起きてきた。


「おにーちゃん、めだまやきたべたい」
「はいよ」


俺はとりあえずイロハの前を離れ、フライパンの前に立った。
じゅう、と卵がいい音を出して焼けていく。
水を入れて蓋をして、自分の分の食パンをトースターに入れた。


63:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/13 15:00 ID:5cv2uRWMyw
********


「じゃ、バイト行ってくるわ」
「いってらっしゃーい!」
「……」


ずず、とコーヒーをすする。
今日の新聞にも、自殺した馬鹿の記事が載っていた。
たとえそんなことをしたって、辛さから逃れられはしない。
むしろ、もっと辛い運命を背負う羽目になる。
不快な気分のまま、ぐしゃ、と新聞を握り潰し、机に叩き付けた。
私の動作に驚いたように、更紗がこちらを向いて唖然としている。


「おねーちゃん、どうしたの……?」
「何でもない。気にするな」


ぐっ、とマグカップのコーヒーを一気にあおる。

苦味が、広がった。



64:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/13 15:35 ID:Sl1w3Jp5.o
ちら、と机の端に目をやると、あの男が置いていったプレイステーションとやらがあった。
立ち上がり、その灰色の機械を手にとる。


「おねーちゃん、ゲームするの?」


たたたっと駆けてきた更紗は私の手からそれを奪うと、テレビの前まで持っていった。


「さらさが、セットしてあげる!」


正直自分でも出来ただろうが、無垢な子供の申し出を無下にするのは忍びなかったので黙っていた。

65:つねこ ◆MbmtstD.Mk:10/11/13 16:19 ID:Sl1w3Jp5.o

********


「ただいまー」


靴を脱ぎながら家の中に呼び掛ける。
いつもなら、すぐに更紗の返事が返ってくるはずだったが、今日は違った。


「……あれ?いないのか?」


不思議に思いながら部屋の中へ足を踏み入れる。


「そこだー!やっちゃえー!」


そこには、テレビの前で仲良くゲームにいそしむ二人の姿があった。
なんだが賑やかだ。
もっとも、わーきゃー言って騒いでいるのは更紗だけだが。
イロハはというと黙々とコントローラーを操作している。


「帰ったぞ」
「あ、おにーちゃんおかえり」


今やっと気付いたかのように言われた。
イロハは相変わらず無視。
ちょっとヘコむ。

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