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魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
Part18


518 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 03:53:34.23 ID:0fXm8d2Co
勇者「……本当に気が合うな」
堕女神「あなたも、ですか?」
勇者「俺も、七日間と『今夜』があれば。……最後まで、大丈夫な気がする」
堕女神「…最後、というのは今ではないのでしょうね」
勇者「ああ。……ん?」
視界に何かが割り込む。
映ったのは、ここではないどこか。
禍々しく広い大広間、そして―――
勇者「………済まない。もう、時間らしい」
別れを告げよう、そう唇に意思を伝えた時。
一瞬早く、暖かく唇が塞がれる。
何度も脈動するかのようにフラッシュバックする視界の中に、目を閉じた彼女の顔が見えた。
堕女神「……御武運を、お祈りします。『勇者』様」
意識が、猛烈な勢いでどこかへと引っ張られていく。
最後に伝わった彼女の声と温もりは―――いつまでも、胸にこだましていた。
暖かな風が、心の中を埋めていった。
もう、『寒く』はない。

552 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:07:49.97 ID:0fXm8d2Co
加速しながら引き戻される意識は、一気に減速して、『魔王』の城へと戻った。
受肉したようにすっぽりと元の体に収まり、瞬間、耐え難い吐き気に襲われる。
術法で意識を揺さぶられた事にもだが、
淫魔の国で七日間を過ごした勇者に対し、禍々しく重い、圧し掛かるような殺気に満ちた魔王の城の空気は毒に感じる。
勇者「うっ……ぶ……はぁ…」
塩気の多い唾液が口を満たし、嘔吐の前兆をもたらす。
それでも、必死で押さえ込み、身を折りながら必死に耐えた。
魔王「ククっ…『おかえり』勇者よ。随分と満喫したようだな?」
眼前には、玉座に座ったままの魔王。
この世界では、どれだけの時間が経っていたのだろう。
途上に現れた魔王の腹心を引き付けるため、戦士、魔法使い、僧侶の三人は残り、勇者だけがこの決戦の場に立った。
三人は、倒してから必ず追いつくと約束していた。
その約束は、疑わない。
そして、三人は未だ現れていない。
七日間経っている、等という事は有り得ない。
筋力も萎えていない。
恐らく、そう大した時間は経っていないのだろう。
魔王「心配するな。貴様が行って戻ってくるまで、五分とかかってはいない」
勇者「…魔王っ……!」
魔王「さて、……淫魔の王の正体は、分かったか?」
勇者「……ああ」
魔王「流石は、勇者。我が最大の宿敵にして、『魔王』の対なる存在だ。聞こうではないか」

553 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:08:55.50 ID:0fXm8d2Co
勇者「……あの王の正体は、『俺』だろう?」
襲い来る吐き気を落ち着かせ、重く、迫力を注いだ口調で問いかける。
体を起こし、真っ直ぐに魔王を見つめて。
魔王「…疑問に疑問を返すのか?……まぁ、正解には近いな。そうでなければ説明はつくまい」
肘掛けに頬杖をつき、手応えの無い相槌を打つ。
裏腹に真紅の眼は爛々と輝き、次の言葉を待っていた。
勇者「あの肖像画と銅像。三ヶ月も前に作られていた」
魔王「それだけでは根拠として弱かろう」
勇者「俺の『剣』があった。輝きを失った状態でな。……この剣を扱えるのは、紛れも無く俺だけだ。
   そして、オークと戦った時に輝きを取り戻した。つまりあの剣は、間違いなく『本物』て、それが『魔界』にあった」
魔王「…我とした事が、ヒントを与えてしまったようだな」
くっくっと笑い、愉快そうに推測に聞き入る。
オークをけしかけてしまった事が、彼に結果として情報をもたらした。
それを失態とは認識していないように見える。
勇者「あの世界の『俺』は、勇者である事を放棄し、暴君と化した。……だから、剣は鈍らとなった。違うか?」
魔王「いや。……及第点だよ、勇者」
勇者「……結論を、言おうか」
その言葉の後、一拍置いて生唾を飲み、腹を決めて言葉を舌に乗せる。
勇者「………『王』は、貴様の言葉に乗った『俺』の姿」

554 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:10:17.68 ID:0fXm8d2Co
その言葉を聞き、ニィっと笑い、次の瞬間――狂ったように、笑い出した。
馬鹿馬鹿しいほどに高い天井と、石造りの広間に反響して響き渡る『魔王』の哄笑。
勇者でなければ、耳に残って神経症を患っても不思議ではない。
魔王の笑い声を受けながら、勇者の視線は揺らがず、ただ一点を見据えていた。
すなわち、歪ませて笑う魔王の顔を。
魔王「…失敬。いや、流石は勇者。推理もだが、何より……事態を受け止めた上で、そう言える点が実に良い」
勇者「貴様に褒められて嬉しいものか」
魔王「答えも明かされた事だ。出題者は補足の説明をするものだろう?」
勇者「……言ってみろ」
勇者が、促す。
殺気を滲ませ、全身に隙無く、研ぎ澄ました気迫を纏って。
魔王「……正解、だ。貴様が首を縦に振れば、ああなるのだ。贅に溺れ、快楽に溺れ、権勢に溺れる。
   美しい淫魔を片時も空かせず抱き、積もり積もった怨恨を堕ちた女神にぶつけ、何度も殺しかける」
勇者「…………」
魔王「その最中で勇者としての正義は消え、奢侈と色欲のみが支配する『怪物』となるのだ。
   魔王を倒せず甘言を受けた背徳から、『自分は勇者だ』と口にしながら女達を嬲る」
勇者は、黙ってそれを聞いていた。
七日間で堕女神とサキュバスAから聞いた話と、見事なまでに一致する。
そして、それが真実と成り得る事も――受け止める、しかない。
否定の言葉が、欠片も出てこない。

556 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:11:32.08 ID:0fXm8d2Co
淫魔達と、絶技と淫具を用いた快楽の渦へと飛び込みたかった。
それは――疑えない。
だから自分は迷い、結果として淫魔の国で七日を過ごした。
自分の人生を塗り替えた女神を、怨んでいた。
今になれば、その醜さを受け止められる。
事実として、勇者に選ばれ、血生臭い日々を送らされる事に心のどこかで抵抗を感じていた。
怨みとまで昇華するのかは、分からなかった。
分からなかった、というだけで、十分に可能性として考えられる。
魔王「……だが、軽蔑しようとは思わないぞ、勇者よ。……本来、ヒトとはそういうものなのだからな」
勇者「言っていろ」
魔王「…人間の『王』は、貴様に誇りと強さと正義を求め、”魔王へ挑め”と命じたのだろう?」
勇者「……それが?」
魔王「しかし、我は違う。我は、醜さと弱さと悪を受け入れ、癒してやる事ができる。
   
言葉の調子が一転し、優しげに語り掛けてくる。
高圧的な魔族としてではなく、餌をばら撒いて「拾え」と命じる調子でもなく、ただ、危険な安堵感をもたらす。
魔王「……我は、貴様を”救って”やりたいのだよ」
甘い。
人心を掻き乱す魔王の言葉が、ほのかに甘く、魅了の韻律を伴って吐かれる。
命じられればその身を差し出してしまいそうなほど、その言葉には魅力を感じた。

557 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:14:14.43 ID:0fXm8d2Co
魔王「知っているのだ。……我を倒して祖国へ戻れば、英雄として妃を娶る事になるのだろう?」
事実。
一度力を付けて故郷に戻った時、もてなされた酒宴ではそういう話を持ちかけられた。
魔王「…そして、”魔王を倒して終わり”の戦いではなく、絶え間なく続く人間の戦争へと身を投じる。
   ………おお、おお。何と哀れな事か!いたいけな子供の時分に勇者へと任じられたばかりに!」
大袈裟に、歌い上げるように言葉を続ける。
反論は無い。
――魔王の言葉は、間違えてはいないから。
――危険なほどに、道理に満ちていた。
魔王「貴様はもう――十分に、世界へ貢献した。人々を脅かす山賊を打ち倒し、海原の魔物を屠り、凶行に及ぶ騎士団を止めた。
    勇者よ……人間の王達は、お前に何をくれた?」
魔王「彼奴らは、貴様に『戦い』と『危険』を命じた。だが、我は貴様にそんな事はしない。
   …もう、十分に戦った。その褒美として、貴様にはこれくらいあって然るべきではないか?」
玉座から立ち上がり、一段、一段と壇を降りてくる。
魔王「……今一度、言おうではないか」
勇者の眼前、2mほどの距離で大仰に腕を開き、陶酔するかのように口を開いた。
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」

558 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:16:20.83 ID:0fXm8d2Co
最初の言葉を、魔王は再び唱えた。
威圧するような口調ではない。
只管に優しく、聖人が手を差しのべるかのように、抗いがたい空気を纏って。
魔王「さぁ、勇者よ。貴様は、もう戦わなくていいのだ。……次代の勇者に望みを託し、淫魔達と永劫の快楽を愉しむが良いぞ」
微笑みすら浮かべ、握手を求めるように手を差し出す。
勇者は、何も言わない。
俯き、あるいは迷うように――頭を垂れる。
魔王「……嘘は吐かぬぞ。ヒトの愚かな王達とは違うのだからな。……貴様は、”救われる”べきなのだ」
更に、優しすぎて悪意すら感じる言葉が、降りかかる。
魔力を込めているのではないかとも疑えるほどに、魅惑的な言葉。
王達から労われた事は、ほぼ無い。
急き立てるように『魔王を倒せ』と命じるのみで、彼の心を慮る事は一度も無かった。
魔王「さぁ。……再び、あの堕ちた女神と、淫魔達と、出会おうではないか。貴様には、幸福を手にする権利と機会があるのだ」
『勇者』の心が折れかけていると信じて、言葉を紡ぐ。
勝利を確信した笑いが顔に浮かび、もはや隠すつもりはないようだ。
――――刹那、勇者の手が剣へかかる。
瞬きすら挟めぬほどの速さで抜き放たれた白刃は、真っ直ぐに魔王の喉へと突きつけられた。

560 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:21:20.85 ID:0fXm8d2Co
微笑みを浮かべたまま、こちらを見据える勇者の顔を見つめた。
獲物へ狙いを定めた鷹のような。
旅の最中、理義の怒りに燃えて戦いを決意した時と、同じ目だ。
魔王「……捨てるのだな?」
声から、一種の神々しさが消え失せた。
それは、勇者も良く知り、世界中の人々が恐れてやまない『魔王』の声。
勇者「………会いたい」
魔王「ほう?」
勇者「出来る事なら、もう一度彼女らに会いたい。……抱き締めたい。感じたい。あの世界に骨を埋めたい」
魔王「ならば、何故だ?この切っ先の意味は?」
勇者「……お前は、俺を”救って”くれると言ったな」
ぴったりと空中に固定されたかのように、剣先はぶれない。
ただ、正確に魔王の喉を捉え続ける。
勇者「俺も救いたいんだ、世界を。……例え、俺が救われる結末を迎えずともだ」
魔王「理解に苦しむな」
勇者「……さて、始めようか。『勇者』と『魔王』の、最後の戦いを」

561 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:23:39.99 ID:0fXm8d2Co
弾かれたように両者が距離を取る。
魔王は壇上へ飛び、右手指先に五つの火炎球を形成して勇者へ放つ。
火炎球が四つ、勇者の前後左右へ着弾して退路を断ち。
残りの一つが、そのまま勇者へと向かった。
勇者「………っ!」
剣を左腰から後方へ引き、斬り上げる構えを取り、その瞬間を待つ。
チャンスは、一度のみ。
着弾。
勇者の姿が火炎に包まれ、魔王の視界から消える。
先に放たれた四つの爆炎と重なって、勇者は炎の中へ消える。
燃え盛る魔力の炎は陽炎を発し、玉座の先、大扉を歪ませる。
その熱波は、岩石をも溶かしてしまいそうだ。
しかし魔王は、油断の色を浮かべない。
これが小手調べであり、到底、勇者を倒し得ない事も分かっているから。
業火の中から、魔王が放ったのと同じ威力の火球が返ってくる。
真っ直ぐに、魔王のいる壇上へ。
炸裂音が石造りの広間へ響き渡る。
それは、命中して爆ぜた音ではない。
魔王は、片手でそのカウンターの火球を受け止めていた。
着弾の瞬間に何かが輝き、火炎を吸収したようにも見える。
魔力の壁を自身にまとっている。
高位の魔族は押し並べてそうであり、その長たる魔王が、魔力の攻撃を素通りさせて受ける筈が無いのだ。
魔王「受け流す、とはな。それも正確に、我へと向けて」

562 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:28:35.08 ID:0fXm8d2Co
勇者「さて。――次は、こちらの番だ!」
勇者を取り巻いていた火炎が、一瞬で消える。
強風に煽られたように、刺すほど冷たい空気が勇者を中心に広がり、魔力の炎を打ち消した。
波動は魔王へも届き、その冷たさに身じろぎを示す。
魔王「これは……」
感じたのは、自らを守る防御壁が凍らされ、砕かれた魔力の揺れ。
生み出された波動は炎を打ち消し、魔王を守る魔力の障壁すらも打ち消してしまった。
勇者「………喰らえ」
開いた左手を突き出し、魔力を集中させる。
荒々しく高まった魔力が魔王の周囲へ集まり、パリパリと音を立て、火花が散る。
広間を支配した低温の波動によって乾燥した空気が擦れ合い、更に雷の種を増幅させる。
―――轟音。
広間が……否、魔王の城全体をも揺るがすほどの魔力の炸裂。
幾つも束なった雷が、魔王の肉体を重ね塗った。
半球状に魔王を包んだ帯電した空気が、内部の魔王へと強烈な雷撃を放ち、その威力は見た目通りだ。
雷撃の振動が高らかに響き、勇者の耳をすら一瞬痺れさせる。
勇者にのみ扱える雷光の呪文の中で、最も……”初等”の呪文。
彼が、最初期に覚えた呪文の一つだ。
それでも、この威力。
練磨を重ねるうちに、一条だけであった雷の本数は増え、今では――30の雷撃を同時に浴びせる事すら可能となった。

563 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/17(土) 23:46:19.35 ID:0fXm8d2Co
炸裂した地点及び、そこと勇者の左手の間に、帯電した空気が充満する。
落雷で砕けた石畳と玉座が、砂埃を上げて視界を塞ぐ。
魔王の肉体が焦げた匂いは漂わない。
炸裂前に何らかの防御術を発動させていたとしても、魔力の残響を感じない。
―――直撃の筈。
命中の手応えはあるが、倒せた気は全くしない。
何故なら、広間を埋め尽くす魔王の殺気が、微塵も弱まっていないから。
逆に、強まっているとも感じる。
埃が晴れ、視界がクリアになる。
そこには――魔王が、いなかった。
真後ろに、薙ぎ払われるような殺気が迫る。
本能に従って身を沈めれば、直前まで首があった場所を氷の刃が通り過ぎる。
隠すことも無い、濃い気配が背後へ移動していた。
氷の刃が空間を進み、玉座にぶつかって砕け散るのを確認して、すぐに後ろへ向き直り、剣を構えた。
魔王「やってくれるな、勇者よ」
肉体に、目立つ傷は負っていない。
体を包む暗黒のローブはところどころが炭化してぼろぼろと崩れ落ちる様相だが、魔王は未だ健在だった。
勇者「無傷か。………いやになるな、全く」
ふぅ、と溜め息をついた直後。
魔王の背後、大扉が開き―――闖入してくる者達がいた。

564 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 00:32:33.56 ID:iqMuIW78o
旅の最中で出会った、三人の仲間。
戦士は鎧に無数の傷を負い、僧侶も、魔法使いも、同様に消耗しているようだ。
回復の魔法は使ったようだが、それでも万全ではない。
勇者「……挟み撃ちだな、魔王」
魔王「惰弱。……せめて仲間が貴様の枷にならぬよう祈るのだな」
魔王の肩越しに、戦士とアイコンタクトを取る。
”同時に仕掛けるぞ”と。
全く同時に、勇者と戦士が動く。
勇者は上段、魔王の首を狙って。
戦士は下段、姿勢を低め、足を狙って横薙ぎに。
互いの太刀筋が避けあうように、魔王の体を裂く――筈だった。
しかし、二つの刃は虚しく空を斬る。
勇者「何……?」
戦士「逃がしたっ……」
二人が空中で交錯した、その瞬間。
魔王は、再び玉座の前に立っていた。
着地し、体勢を直したと同時に、尋常ではない魔力が魔王へと集まる。
特に口元へ集中し、唱えられた魔術の言葉が、力を高まらせていく。

565 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 00:51:40.27 ID:iqMuIW78o
魔法攻撃で詠唱を遅らせようにも、もう遅い。
物理攻撃でかかろうにも、距離が離れすぎだ。
万事休す。
そう思った、次の瞬間。
魔王を中心に、空気が揺れた。
爆発が巻き起こり、吹き飛んだ床の欠片が、容赦なく襲ってくる。
攻撃が発動した?
――否。それなら、今頃自分たちは消し飛んでいた。
ならば、と思い、飛礫から身を守りながら、勇者は魔法使いを見る。
彼女は、魔力の盾で身を守りながら得意げに微笑んでいた。
勇者「……助かったよ」
魔法使い「魔王はきっと、あそこに転移すると思ったからね。いい読みだったでしょ?」
勇者「流石」
短く言葉を交わし、それでも緊張を保ったままで、魔王の動向を窺う。
もうもうと立ち上る煙の中に、シルエットを見つけた。
逃げてはいない。
先ほど勇者の放った波動で、魔力の障壁は未だ消えたままの筈。
――即ち、これも直撃の筈。
――だが、もしもこれでも無傷、だったら?

567 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 01:14:21.85 ID:iqMuIW78o
しかし、その懸念は杞憂に終わった。
煙が晴れた時、魔王は全身いたる所に火傷を負い、膝をついていた。
ローブは襤褸切れのように無残に焦がされ、痛々しく残るだけ。
勇者「……どういう事だ」
僧侶「…恐らく、発動直前に魔法を受けた事で、魔力が暴発した……のでしょう」
勇者「狙ったか?」
魔法使い「…と、当然よ」
戦士「いい加減にしろ。……奴は、『魔王』なんだぞ。集中しないか」
勇者と戦士が前衛に進み出て、後列に僧侶と魔法使い。
年季の入った、戦闘の陣形。
そのまま、武器を構え、魔王と対峙する。
魔王「……予想外だな。まさか、自らの魔力を浴びる羽目になるとは。……やるな、ヒトの魔術師よ」
膝をついたまま、荘厳に呟く。
魔王「…芸が無いが、……ヒトの似姿では貴様ら四人を相手取るには役者不足か」
魔法使い「『変身』でもするってワケ?安直よね」
魔王「いや。……『変身を解く』のだよ」

572 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 01:53:11.47 ID:iqMuIW78o
白煙を立たせたまま、その場で魔王が姿を変える。
骨格が変形していく、不快な音が連続する。
肉が裂け破れ、ぐちゃぐちゃと音を立てて、変形した骨格を軸に新たな肉体を形成する。
漏れ出た体液が床へ落ち、黒い煙へと変じ、瘴気を撒き散らす。
僧侶「…うっ……!」
その香りを嗅いだ僧侶は、思わず口に手を当てていた。
魔王が変形していくその姿より、その瘴気が、彼女には厳しいようだ。
悪臭と、凝縮された邪なる魔力の塊。
神職にある彼女にも、考えられない程に禍々しい。
爬虫類のような下半身に、丸太のように太く長い、無数の棘を生やした尾。
四本の鋭い爪を持つ、三対のひょろりと細く伸びた腕。
不揃いな、骨の欠片のような牙を無数に生やした、竜のような、二つの鋭く凶悪に捩れた角を持つ頭。
五つの、完全に血の色に塗られた眼球。
その体長は、少なく見ても、7mはある。
それは……あまりに、絶望的な光景だった。
見た目の暴威に加えて、『魔王』の意思が完全に残り、魔力を行使する事すら可能。
久しく忘れていた、絶望が。
姿を現した。

573 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 02:46:14.06 ID:iqMuIW78o
まず、最初に――『魔法使い』が脱落した。
開幕直後、魔王が閃光の魔法を発し、陣形を薙ぎ払ったのだ。
口内から放たれた高熱の魔力が床を薙ぎ、容易く溶かしてしまった。
各々が飛ぶように回避すると、三手に分断された。
戦士。魔法使い。そして、僧侶と勇者に。
正面に位置した勇者が剣を構えなおし、僧侶は、その間に詠唱を始める。
彼女が使える数少ない攻撃の魔法、その中でも最も威力の高いものを選んで。
魔王の左手側の戦士が、盾で身を防ぎながらゆっくりと距離を取る。
右手側には、孤立してしまった魔法使い。
勇者は、彼女を助けに行こうとする。
だが、間に合わなかった。
振り回された腕が、彼女を捉えた。
その異様な細さに似合わない腕力で、彼女の体を無造作に掴み――まるで、人形のように広間の柱へ向けて投げ飛ばした。
大理石の柱に強かに身を打ちつけられ、柱が部分的に抉れるほどの衝撃が彼女を襲う。
勇者は、見た。
見ている事しか、できなかった。
ぐるりと白目を剥き、血の泡を噴きながら、力無くその場へ崩れる彼女の姿を。

576 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/18(日) 02:51:53.32 ID:aU8T7bsho
うおおぉ魔法使いぃぃぃ
素晴らしい戦闘シーンだよぉぉぉ