魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
Part19
619 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:38:07.86 ID:iqMuIW78o
必死で前に出ようとする体を、引き留める。
魔法使いは、恐らく致命傷。現状の戦線復帰は不可能。
だがこちらには、僧侶がいる。
即死で無い限りは、彼女が治せる。
それでも、冷静さを取り戻すのは至難。
勇者「……戦士!」
戦士「分かっている!」
勇者が号令を飛ばすより早く、地を蹴って戦士が走る。
兜のフェイスガードを下ろし、盾を前面に構え、大きく引いた剣を横薙ぎにする姿勢に。
五つの眼球が、ぎょろりとこちらを向く。
射竦めるような『魔王』の邪眼を向けられ、恐れを知らぬ『戦士』でさえ、悪寒に襲われた。
―――殺される。
その一念が、戦士の心を支配した。
方向転換を許さない勢いで駆け出してしまった今、迎撃を避ける事は不可能。
だからこそ、今更……逃げる手立ては無い。
恐怖を覚悟で塗り潰し、その瞬間を待つ。
―――戦士は、仲間の為に死ぬのが役目だ。
酒場で仲間に聞いた言葉を木霊させながら、更に深く、加速していく。
620 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:39:47.35 ID:iqMuIW78o
無拍子で生成され、放たれた氷塊が連続で飛来する。
盾で頭と胴を守りながら、兜の装飾を毟り取られながら、脚甲を変形させながら。
業物の盾でさえ、魔王の呪文の前では紙のようだ。
左手に衝撃を感じ、その度に、骨が軋むのを感じた。
盾を下げてしまった拍子に、左側頭を拳大の氷塊が直撃する。
角飾りがへし折れ、視界が一瞬暗転し、足元がぐら付いた。
まだ、倒れる訳にいかない。
視界が、再び鮮明さを取り戻す。
くずおれようとした脚に再び力を注ぎ、踏み出す。
左腕に、もはや感覚は無い。
盾は変形し、外縁部は欠け、もはや防御力は期待できそうになかった。
だが、それは歩みを止める理由にならない。
未だ、自分は剣を握っているからだ。
勇者が声を張り上げているのが聞こえた。
あの男の事だ。きっと、『無茶をするな』だとか『一度退け』だのと言っているのだろう。
それでも、前を見据え、魔王の眼を睨み返す。
変形したフェイスガードの隙間から、魔王が二本の左手を振りかぶるのが見えた。
避けられない。
握りつぶされるのか、それとも吹き飛ばされるのか。あるいは、甲冑ごと引きちぎられるのか。
未来は、そんなところだろう。
瞬間、一陣の風が吹く。
621 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:41:10.65 ID:iqMuIW78o
僧侶の詠唱が終わり、魔力が解き放たれた。
真空の刃を無数に生み出す呪文。
彼女が唱えられる中で、最も高威力なものだ。
見えない刃が魔王の体躯を撫で、いくつもの切創を生み出す。
多くが漆黒の体液が僅かに滲む程度で、ぱっくりと開く傷が二つか三つ。
ダメージは、与えられている。
だが、それ以上に魔王の生命力が、高すぎるのだ。
真空の刃に付随した強風が、ほんの一瞬のみ、魔王の体を押しとどめて動きを止めた。
その一瞬は、『戦士』にとっては『永遠』と同義だった。
本来なら、疾風の如き剣技で気を引き、勇者に魔法使いを救出させる時間を稼ぐはずだった。
ダメージを期待してではなく、単なる繋ぎとして。
だが今なら、当てられる。
魔神の如き威力を生み出す、渾身の斬撃。
避けられれば死ぬしかない、命ごと浴びせる文字通り”必殺”の技を。
裂帛の気迫が、戦士を覆う。。
剣が重くなり、同時に体が軽く感じる。
超圧縮された闘気が全身へ漲り、全身の血液が沸騰しそうなほどに熱く滾る。
全身に鈍色に輝く地獄の鎧を纏い、手にした剣が重力の塊へ化けたように思えた。
剣先が届く寸前、魔王の胸中にある言葉が去来した。
―――『魔神』と。
622 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:43:06.87 ID:iqMuIW78o
会心の斬撃が、魔王の左腕に食い込む。
二本の左腕が、まるで呆気なく根元から両断され、宙を舞った。
主を失った腕は空中で黒煙と化して蒸発する。
戦士はその勢いのまま、僧侶の眼前に滑り込む。
満身創痍の有様で、盾も兜も、使い物にはならない。
僧侶はすぐに、回復の呪文を唱える。
勇者は、間隙を逃がさず倒れた魔法使いの下へ駆ける。
さしもの魔王も腕を失えば、その痛みは抑えられないようだ。
絶叫が広間に響き渡る、その間に――無茶苦茶に振り回される右腕の間を縫い、辿り着いた。
勇者「おい、魔法使い!…しっかりしろ!」
反応は、返ってこない。
死んではいないが、すぐには意識は戻りそうに無い。
勇者「……くそっ!」
意を決し、左肩に彼女を担いで、僧侶のもとへ走る。
動かしてよい状態かは分からないが、治せるのは僧侶だけだ。
勇者の肉体には、彼女の体は軽く感じる。
こんなにも細くか弱い体に、魔王の豪腕が襲い掛かったのだ。
死んでいないのが奇跡としか思えなかった。
623 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:44:30.90 ID:iqMuIW78o
回復を受けている戦士の傍らに彼女を寝かせ、魔王へと視線を向けた。
左腕をまとめて失った痛みは、未だ響いているようだ。
戦士が命を賭して稼いでくれた時間を、無駄にはできない。
勇者「頼んだぞ、僧侶。…今度は、俺が時間を稼ぐ」
僧侶「そんな!無茶です!あの魔王を相手に、お一人でなんて!」
勇者「魔王が回復を待ってくれる訳が無い。……危険だというなら、急いでくれ。いつまでもつか分からん」
僧侶「……はい、どうか……死なないでください」
背に僧侶の懇願を浴びながら、剣を抜いて魔王へ向かう。
ゆっくりと歩み寄る足取りは徐々に加速していき、攻撃が手薄になると思われる左手側から斬りつける。
狙いは、脇腹。
魔力で強化された刀身が、紫色の体表へ吸い込まれていく。
勇者「っうあぁぁ!」
硬い。
勇者の剣に、強化呪文を乗せても、なお魔王の身体は硬い。
今身を持って知っただけに、先ほどの戦士の攻撃が、いかに強力だったかを思い知る。
勇者は皮膚を浅く薙いだだけ。
それなのに、戦士は――こんな魔王の腕を、二本もまとめて切り落としたのだ。
勇者「……クソっ……それなら!!」
柄をぎゅっと握り直し、呼吸を整える。
途中に襲ってきた魔王の右腕の一つを掻い潜り、再び距離を取る。
624 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:48:17.57 ID:iqMuIW78o
旅の途中、鋼鉄のような皮膚を持つ魔物に出会った。
その硬さは、今目の前の魔王と同じ、いやそれ以上。
戦士と勇者は、それを倒す為にある技を思いついた。
呼吸を整え、一撃に全てを込め、鋼鉄をも切り裂く剣技。
幾度も失敗し、幾度も逃げられ、ようやく身につける事ができた秘剣。
それならば、魔王の皮膚すらも切り裂けるかも知れない。
試す価値は、十分にある。
呼吸を深く、長く取る。
極限まで集中しなければ、鋼鉄の魔物を斬る事はできないからだ。
静寂が心を満たす。
魔王の殺気の流れが、手に取るように分かった。
今しがた味わった皮膚の感覚が手に残り、切り裂く様子を克明に思い描く。
僧侶は今、戦士の治療を終え、魔法使いに回復を施している。
今少し稼げば、体勢は整えられる。
勇者「………!」
正眼に構え、こちらに視線を向けた魔王を正面に捉える。
痛みから回復した魔王は、口元に魔力を溜めていた。
勇者は、一気に距離を詰める。
まるで地が歪み、縮まったかのように瞬時に懐へ潜り込む。
この歩法もまた、鋼鉄の魔物を、離脱されるより素早く斬るための鍛錬の賜物だ。
――再び斬り上げられた剣は、更に深く、初撃で刻んだ傷をなぞり、血飛沫を上げた。
625 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:50:00.10 ID:iqMuIW78o
魔王の嘶きが聞こえた。
左腕に加え、脇腹の深手。
いける。
心の中でそう呟き、左手側に離脱して、反転して身を縮める。
今なら、更にもう一太刀加えられる。
小人めいた計算の下、勇者はその場から真上に飛ぶ。
自由落下の勢いのまま、直上から兜割りに斬りつける算段。
狙いは、頭。
その時、痛みに狂乱していたはずの魔王が、突如真上の、勇者を見た。
勇者「なっ……!?」
魔王「……『魔王』ヲ侮ルナ」
がちゃがちゃと牙を打ち鳴らしながら、魔王はぐるりと半回転する。
空中で無防備となった勇者の左側から、巨木のような尻尾が襲って来た。
僧侶は戦士の回復を終えて、魔法使いへと回復呪文を唱えていた。
―――酷い。
肋骨が四本。内臓をひどく傷めて、脊椎にもダメージがある。
頭を含めた全身を強く打っているため、戦闘中に意識が戻るかどうかも怪しい。
最上級の回復呪文を唱えて、細胞を活性化させて傷を塞ぐ。
僧侶の魔力が彼女の細胞へ溶け込み、エネルギーと化して超高速で新陳代謝を促進していく。
代償として、僧侶は魔力ががくんと削られていく、激しい疲労感と倦怠感を覚える。
使いつけない攻撃呪文に加え、回復呪文の連唱。
魔力が、底をついてしまいそうだ。
626 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:51:12.23 ID:iqMuIW78o
集中していた僧侶の耳に、不吉な音が飛び込んできた。
何かがひしゃげ、直後、壁に激突する大音響。
ぞくり、と死神の鎌で背を撫でられるような悪寒。
発作的に顔を上げる。
勇者が、いなかった。
魔王がこちらを向いて、歯を剥いていた。
―――勇者は、空中でまともに尾の一撃を受けた。
寸前で防御はしたが、大質量に遠心力の加護を受けた一撃は重すぎる。
どこかの骨がみしみしと軋み、加重に耐え切れず、ゴキっ、とへし折れる音を勇者は聴いた。
その勢いのまま飛ばされ、玉座側の壁へと吹き飛ばされ、叩き付けられた。
最悪な事に、現状を整理すると……僧侶が、二人へ回復を施し、魔力が尽きかけている。
魔王はそちらへ意識を向けている。
勇者は直撃を受けて吹っ飛び、僧侶と魔王を挟んで遥か向こう側に。
地響きとともに、魔王が近寄ってくる。
消耗した体で、何とか立ち上がり、杖を構え、横たわる二人の前に、庇うように立ち塞がる。
魔力の消耗で弱った体。
加え、目の前には人界最凶の存在が、絶望的な威容を以て迫っている。
脚が、止め処なく震える。
根源的、そして不可避の恐怖がすぐ身近に迫り、涙が滲む。
怖い。
死にたくない。
――でも、ここを……どくわけには、いかない。
627 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 00:15:07.91 ID:IpKcrNbbo
勇者は、魔王の向こう側の壁に叩き付けられた。
戦闘能力のある二人は、戦士はともかく魔法使いは未だ昏倒している。
――逃げる?
いや、ダメだ。
皆を見捨て、逃げる訳にはいかない。
仲間達を置いて、一人だけ逃げるなど論外だ。
十分に、それは理解している。
なのに、何故か……頭から、食いついたようにその言葉は離れてくれない。
魔王「……ソレモイイ。ダガ、知ッテイルノダロウ。……『魔王カラハ、逃ゲラレナイ』」
逃げようと背を向ければ、その瞬間、背から引き裂かれる。
炎の呪文で、骨まで灰にされる。恐ろしい歯で、生きながらに食い殺される。
それとも――魔物の群れに放り込まれ、神職として最も恥ずべき、恐ろしい結末を迎えるのか。
魔王「…シカシ。我ノ恐ロシサヲ知ラシメル、証人ガ必要ダ」
僧侶「え……?」
魔王「逃ゲルガイイ。見逃シテヤロウトイウノダ。……アワレナ仲間達ハ、置イテ行ッテモラウガナ」
630 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 00:39:22.50 ID:IpKcrNbbo
逃がして、くれると。
魔王は、そう言っている。
僧侶「…………」
―――神よ、お許しください。
胸中にその言葉を唱えながら、後ずさる。
その所作に、魔王は……顔を歪め、嗤った。
しかし、嗤い顔が続いたのは、ほんの一瞬。
風が吹きぬけ、体表に傷とも呼べぬ傷が刻まれた。
浅く、皮を切り裂くだけのひ弱な呪文で。
―――神よ、お許しください。
―――私は、迷ってしまいました。
それが、密かな懺悔の続き。
僧侶「……魔王…から、は…逃……げ…ない」
今の呪文で、魔力は全て使い果たした。
これで、本当に”空”だ。
魔王「…勇者トイイ、貴様ラハ……救イガタイ。セメテ、終ワラセテヤル」
魔力が揺れ、魔王の喉の奥へと集まっていく。
逃げる事は、もう敵わない。
632 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 00:46:58.37 ID:yXV7GACyo
一体どうなるんだ…?ゴクリ
633 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 01:11:12.96 ID:IpKcrNbbo
勝手に足が動き、進み出た。
大砲の筒先のように感じる、魔王の眼前に。
せめてもの気休めに、戦士と魔法使いを庇うかのように手を広げ、盾となろうとして。
僧侶「ごめんなさい。……私達、世界を……救えませんでした」
涙が頬を伝う。
今わの際、彼女の心へ降って沸いたのは、謝罪の念。
あんなに、旅をしたのに。
魔王の城まで、勇者とともにやってきたのに。
魔王を、倒せなかった。
倒せずに、ここで死んでしまう。
思い出されたのは、神父の微笑み。
教会にやってくる子供達の、魔王への恐怖からの不安に駆られ、それでも笑おうとしていた痛々しい姿。
あの子達を救い、未来への道を開いてあげたかったのに。
全てが、無駄だったのだろうか。
そして――暗黒の炎が、吐息と化して放たれる。
黒炎が視界を埋め尽くす中、僧侶は、黙って目を閉じ、運命を受け入れた。
634 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 01:37:22.44 ID:IpKcrNbbo
―――おかしい。
―――いつまで経っても、身を焼かれない。
眼を、ゆっくりと開ける。
赤く輝く魔力の殻が、放たれた吐息を散らしていた。
ちりちりと僅かな熱は感じるものの、殺傷性はほぼ完璧に殻に奪われていた。
僧侶「これ、は……?」
魔法使い「…ゲフッ……あんた、ね……怪我人、働かすんじゃ……ないわよ」
彼女は、いつの間にか立ち上がっていた。
前かがみの姿勢で脇腹を押さえながらという有様ではあるが、彼女は、回復していた。
口元から血を垂らしながら防御結界を維持する彼女は、怨めしげに僧侶を睨みつける。
戦士「…しかし、マズい。……俺も、立つのがやっとだ」
次いで、戦士もよろよろと立ち上がる。
壊れた盾は捨て、視界を塞ぐだけの兜も脱ぎ捨てる。
顔を横断する刀傷が特徴的な、精悍な顔が現れる。
言葉とは裏腹に……彼は、悲観的な表情をしてはいなかった。
魔王「……小癪ナ」
黒炎の吐息を吐き終え、魔王が更に近寄る。
魔力の殻は、物理攻撃に弱い。
あの豪腕で殴りつけられれば、たちまち崩れてしまう。
635 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 02:08:11.12 ID:IpKcrNbbo
魔王の姿が、強烈な閃光に打たれて浮かび上がった。
ほぼ同時に、聞き覚えのある轟音が響き渡る。
耳をつんざき、腹まで痺れさせるような、強烈な衝撃波。
更に、閃光と轟音は続き、魔力の殻の向こうで、何度も魔王が身をよじる。
肉の焼ける匂いが漂い、それは――魔王の体を、雷撃が灼いている証。
魔法使い「まさか………」
僧侶「……雷撃の、最強呪文です。本来、集団に向けて放つものを……魔王に集中させているようです」
戦士「生きて、やがるのか」
その間にも、絶え間なく雷撃が魔王の体を打つ。
一発ごとに魔王が悶え、唾液を散らしながら絶叫する。
数にして凡そ20の、極大の雷撃が収まったとき、魔王は全身に焼け焦げを作り、
煙を上げ、残った腕で体を支えている有様だった。
魔王「キサマ……!!」
勇者「寂しいだろ。……俺を無視するなよ、『魔王』」
幾らか頼りない足取りで、『勇者』が魔王の後ろから近づいていく。
左腕はあらぬ方向にねじれ、ぶらぶらと力なく垂れ下がっていた。
頭からは夥しい血が流れ、左目はずっと瞑られたまま。
歩き方から見て、恐らく足の骨も折れたか、ヒビが入っているはずだ。
肺をやられたか、咳き込む拍子に、血反吐が出る。
勇者「……もう、限界だ。『お前を倒す程度』の力しか、残ってない」
636 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 02:36:19.89 ID:IpKcrNbbo
魔王「ヤッテミルガイイ!」
吼えて、魔王は身を翻し、勇者へと駆けていく。
巨体に見合わぬ俊敏さで、踏み出すたびに床を砕き、大きすぎる足跡を残した。
先の雷撃で吹き飛んだ魔力の障壁を再構成し、全身を覆いながら。
この巨体、速度で突進を受ければ、今の勇者は間違いなく即死。
だが、勇者はその場から微動だにしない。
剣を頭上に大きく振り上げ、身をかがめて力を溜める。
刀身の光が、増幅していく。
強く輝いていく光は、脈打つように”大きく”刀身を覆っていく。
錯覚ではない。
実際に光が刀身を覆って、直視できぬほど眩しい、光の刃を構成していく。
光の粒が集まり、刀身と、勇者の周りで踊る。
蛍が舞うが如く集まり、徐々に刃を膨れ上がらせ、最終的に……勇者の身の丈を越す、光の剣となった。
勇者「――――っ!!」
雄々しく叫び、飛び上がり、頭上から光の剣を、魔王へと振り下ろす。
叫ばれたのは、この『剣技』の名前。
勇者にだけ扱える、雷光の剣技。
最高の剣技、そして最高の勇気を持つ者のみが扱えると伝えられる、伝説の剣。
―――そして決戦の場は、眩い光に包まれた。
637 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:45:17.80 ID:iK1xhESAO
終わりが近づいている・・・
638 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:51:50.73 ID:aF7gdUQ7o
もう堕女神には会えないのか‥‥‥
639 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:58:18.37 ID:P864X/BDO
駄目だっ
眠いけど、ここで寝るわけにはいかん
640 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 03:01:43.43 ID:IpKcrNbbo
光が止み、三人が視界を取り戻した時。
眼に飛び込んできたのは、予想通りの、そして、精神を昂揚させる光景。
彼らが、世界中の人々が、夢見てやまなかった事。
過酷な旅を続けてきた、最大の理由。
気付けば、眼から涙が溢れていた。
潤んだ瞳が、揺らしながらその光景を映し続ける。
魔王の巨躯は、袈裟懸けに真っ二つにされ、暗黒の体液をだくだくと流していた。
勇者はその屍の上に、堂々と立っていた。
―――『勇者』が、『魔王』を倒したのだ。
神話のような光景が、目の前に広がっている。
誰もが子供の頃に聞いた、勇者のおとぎ話が目の前にあった。
誰もが子供の頃に憧れた、勇者の輝かしい勝利が目の前にあった。
そして、あれは……おとぎ話などでは、なかったのだ。
―――三人の仲間達は勇者へと駆け寄っていく。
勝者を、称えるために。
641 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 03:15:09.10 ID:IpKcrNbbo
戦士が勇者の体を支え、前から抱きとめる。
だらりと弛緩した体が、重く圧し掛かった。
あまりに酷い怪我だが、驚くべき事に意識がある。
すぐに彼を魔王の屍から下ろし、僧侶が進み出た。
勇者「……あんまり、見えないんだ。……やった、のか?」
戦士「ああ。……倒したぞ!『魔王』を倒した!」
勇者「…そっか。………良かった」
僧侶「…待っててください。今、回復しますから」
勇者「いや、それはいい。……それより……」
魔法使い「…何よ?」
―――ぐらり。
地面が揺れ、足元を危うくさせた。
魔法使いは揺れた拍子に尻餅をつき、悪態を吐く。
勇者「……やっぱりな。……『魔王城』は、『魔王』の魔力でもってたわけか」
戦士「早く出るぞ。…これ以上、留まる意味は無い」
必死で前に出ようとする体を、引き留める。
魔法使いは、恐らく致命傷。現状の戦線復帰は不可能。
だがこちらには、僧侶がいる。
即死で無い限りは、彼女が治せる。
それでも、冷静さを取り戻すのは至難。
勇者「……戦士!」
戦士「分かっている!」
勇者が号令を飛ばすより早く、地を蹴って戦士が走る。
兜のフェイスガードを下ろし、盾を前面に構え、大きく引いた剣を横薙ぎにする姿勢に。
五つの眼球が、ぎょろりとこちらを向く。
射竦めるような『魔王』の邪眼を向けられ、恐れを知らぬ『戦士』でさえ、悪寒に襲われた。
―――殺される。
その一念が、戦士の心を支配した。
方向転換を許さない勢いで駆け出してしまった今、迎撃を避ける事は不可能。
だからこそ、今更……逃げる手立ては無い。
恐怖を覚悟で塗り潰し、その瞬間を待つ。
―――戦士は、仲間の為に死ぬのが役目だ。
酒場で仲間に聞いた言葉を木霊させながら、更に深く、加速していく。
620 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:39:47.35 ID:iqMuIW78o
無拍子で生成され、放たれた氷塊が連続で飛来する。
盾で頭と胴を守りながら、兜の装飾を毟り取られながら、脚甲を変形させながら。
業物の盾でさえ、魔王の呪文の前では紙のようだ。
左手に衝撃を感じ、その度に、骨が軋むのを感じた。
盾を下げてしまった拍子に、左側頭を拳大の氷塊が直撃する。
角飾りがへし折れ、視界が一瞬暗転し、足元がぐら付いた。
まだ、倒れる訳にいかない。
視界が、再び鮮明さを取り戻す。
くずおれようとした脚に再び力を注ぎ、踏み出す。
左腕に、もはや感覚は無い。
盾は変形し、外縁部は欠け、もはや防御力は期待できそうになかった。
だが、それは歩みを止める理由にならない。
未だ、自分は剣を握っているからだ。
勇者が声を張り上げているのが聞こえた。
あの男の事だ。きっと、『無茶をするな』だとか『一度退け』だのと言っているのだろう。
それでも、前を見据え、魔王の眼を睨み返す。
変形したフェイスガードの隙間から、魔王が二本の左手を振りかぶるのが見えた。
避けられない。
握りつぶされるのか、それとも吹き飛ばされるのか。あるいは、甲冑ごと引きちぎられるのか。
未来は、そんなところだろう。
瞬間、一陣の風が吹く。
621 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:41:10.65 ID:iqMuIW78o
僧侶の詠唱が終わり、魔力が解き放たれた。
真空の刃を無数に生み出す呪文。
彼女が唱えられる中で、最も高威力なものだ。
見えない刃が魔王の体躯を撫で、いくつもの切創を生み出す。
多くが漆黒の体液が僅かに滲む程度で、ぱっくりと開く傷が二つか三つ。
ダメージは、与えられている。
だが、それ以上に魔王の生命力が、高すぎるのだ。
真空の刃に付随した強風が、ほんの一瞬のみ、魔王の体を押しとどめて動きを止めた。
その一瞬は、『戦士』にとっては『永遠』と同義だった。
本来なら、疾風の如き剣技で気を引き、勇者に魔法使いを救出させる時間を稼ぐはずだった。
ダメージを期待してではなく、単なる繋ぎとして。
だが今なら、当てられる。
魔神の如き威力を生み出す、渾身の斬撃。
避けられれば死ぬしかない、命ごと浴びせる文字通り”必殺”の技を。
裂帛の気迫が、戦士を覆う。。
剣が重くなり、同時に体が軽く感じる。
超圧縮された闘気が全身へ漲り、全身の血液が沸騰しそうなほどに熱く滾る。
全身に鈍色に輝く地獄の鎧を纏い、手にした剣が重力の塊へ化けたように思えた。
剣先が届く寸前、魔王の胸中にある言葉が去来した。
―――『魔神』と。
622 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:43:06.87 ID:iqMuIW78o
会心の斬撃が、魔王の左腕に食い込む。
二本の左腕が、まるで呆気なく根元から両断され、宙を舞った。
主を失った腕は空中で黒煙と化して蒸発する。
戦士はその勢いのまま、僧侶の眼前に滑り込む。
満身創痍の有様で、盾も兜も、使い物にはならない。
僧侶はすぐに、回復の呪文を唱える。
勇者は、間隙を逃がさず倒れた魔法使いの下へ駆ける。
さしもの魔王も腕を失えば、その痛みは抑えられないようだ。
絶叫が広間に響き渡る、その間に――無茶苦茶に振り回される右腕の間を縫い、辿り着いた。
勇者「おい、魔法使い!…しっかりしろ!」
反応は、返ってこない。
死んではいないが、すぐには意識は戻りそうに無い。
勇者「……くそっ!」
意を決し、左肩に彼女を担いで、僧侶のもとへ走る。
動かしてよい状態かは分からないが、治せるのは僧侶だけだ。
勇者の肉体には、彼女の体は軽く感じる。
こんなにも細くか弱い体に、魔王の豪腕が襲い掛かったのだ。
死んでいないのが奇跡としか思えなかった。
623 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:44:30.90 ID:iqMuIW78o
回復を受けている戦士の傍らに彼女を寝かせ、魔王へと視線を向けた。
左腕をまとめて失った痛みは、未だ響いているようだ。
戦士が命を賭して稼いでくれた時間を、無駄にはできない。
勇者「頼んだぞ、僧侶。…今度は、俺が時間を稼ぐ」
僧侶「そんな!無茶です!あの魔王を相手に、お一人でなんて!」
勇者「魔王が回復を待ってくれる訳が無い。……危険だというなら、急いでくれ。いつまでもつか分からん」
僧侶「……はい、どうか……死なないでください」
背に僧侶の懇願を浴びながら、剣を抜いて魔王へ向かう。
ゆっくりと歩み寄る足取りは徐々に加速していき、攻撃が手薄になると思われる左手側から斬りつける。
狙いは、脇腹。
魔力で強化された刀身が、紫色の体表へ吸い込まれていく。
勇者「っうあぁぁ!」
硬い。
勇者の剣に、強化呪文を乗せても、なお魔王の身体は硬い。
今身を持って知っただけに、先ほどの戦士の攻撃が、いかに強力だったかを思い知る。
勇者は皮膚を浅く薙いだだけ。
それなのに、戦士は――こんな魔王の腕を、二本もまとめて切り落としたのだ。
勇者「……クソっ……それなら!!」
柄をぎゅっと握り直し、呼吸を整える。
途中に襲ってきた魔王の右腕の一つを掻い潜り、再び距離を取る。
旅の途中、鋼鉄のような皮膚を持つ魔物に出会った。
その硬さは、今目の前の魔王と同じ、いやそれ以上。
戦士と勇者は、それを倒す為にある技を思いついた。
呼吸を整え、一撃に全てを込め、鋼鉄をも切り裂く剣技。
幾度も失敗し、幾度も逃げられ、ようやく身につける事ができた秘剣。
それならば、魔王の皮膚すらも切り裂けるかも知れない。
試す価値は、十分にある。
呼吸を深く、長く取る。
極限まで集中しなければ、鋼鉄の魔物を斬る事はできないからだ。
静寂が心を満たす。
魔王の殺気の流れが、手に取るように分かった。
今しがた味わった皮膚の感覚が手に残り、切り裂く様子を克明に思い描く。
僧侶は今、戦士の治療を終え、魔法使いに回復を施している。
今少し稼げば、体勢は整えられる。
勇者「………!」
正眼に構え、こちらに視線を向けた魔王を正面に捉える。
痛みから回復した魔王は、口元に魔力を溜めていた。
勇者は、一気に距離を詰める。
まるで地が歪み、縮まったかのように瞬時に懐へ潜り込む。
この歩法もまた、鋼鉄の魔物を、離脱されるより素早く斬るための鍛錬の賜物だ。
――再び斬り上げられた剣は、更に深く、初撃で刻んだ傷をなぞり、血飛沫を上げた。
625 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:50:00.10 ID:iqMuIW78o
魔王の嘶きが聞こえた。
左腕に加え、脇腹の深手。
いける。
心の中でそう呟き、左手側に離脱して、反転して身を縮める。
今なら、更にもう一太刀加えられる。
小人めいた計算の下、勇者はその場から真上に飛ぶ。
自由落下の勢いのまま、直上から兜割りに斬りつける算段。
狙いは、頭。
その時、痛みに狂乱していたはずの魔王が、突如真上の、勇者を見た。
勇者「なっ……!?」
魔王「……『魔王』ヲ侮ルナ」
がちゃがちゃと牙を打ち鳴らしながら、魔王はぐるりと半回転する。
空中で無防備となった勇者の左側から、巨木のような尻尾が襲って来た。
僧侶は戦士の回復を終えて、魔法使いへと回復呪文を唱えていた。
―――酷い。
肋骨が四本。内臓をひどく傷めて、脊椎にもダメージがある。
頭を含めた全身を強く打っているため、戦闘中に意識が戻るかどうかも怪しい。
最上級の回復呪文を唱えて、細胞を活性化させて傷を塞ぐ。
僧侶の魔力が彼女の細胞へ溶け込み、エネルギーと化して超高速で新陳代謝を促進していく。
代償として、僧侶は魔力ががくんと削られていく、激しい疲労感と倦怠感を覚える。
使いつけない攻撃呪文に加え、回復呪文の連唱。
魔力が、底をついてしまいそうだ。
626 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/18(日) 23:51:12.23 ID:iqMuIW78o
集中していた僧侶の耳に、不吉な音が飛び込んできた。
何かがひしゃげ、直後、壁に激突する大音響。
ぞくり、と死神の鎌で背を撫でられるような悪寒。
発作的に顔を上げる。
勇者が、いなかった。
魔王がこちらを向いて、歯を剥いていた。
―――勇者は、空中でまともに尾の一撃を受けた。
寸前で防御はしたが、大質量に遠心力の加護を受けた一撃は重すぎる。
どこかの骨がみしみしと軋み、加重に耐え切れず、ゴキっ、とへし折れる音を勇者は聴いた。
その勢いのまま飛ばされ、玉座側の壁へと吹き飛ばされ、叩き付けられた。
最悪な事に、現状を整理すると……僧侶が、二人へ回復を施し、魔力が尽きかけている。
魔王はそちらへ意識を向けている。
勇者は直撃を受けて吹っ飛び、僧侶と魔王を挟んで遥か向こう側に。
地響きとともに、魔王が近寄ってくる。
消耗した体で、何とか立ち上がり、杖を構え、横たわる二人の前に、庇うように立ち塞がる。
魔力の消耗で弱った体。
加え、目の前には人界最凶の存在が、絶望的な威容を以て迫っている。
脚が、止め処なく震える。
根源的、そして不可避の恐怖がすぐ身近に迫り、涙が滲む。
怖い。
死にたくない。
――でも、ここを……どくわけには、いかない。
627 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 00:15:07.91 ID:IpKcrNbbo
勇者は、魔王の向こう側の壁に叩き付けられた。
戦闘能力のある二人は、戦士はともかく魔法使いは未だ昏倒している。
――逃げる?
いや、ダメだ。
皆を見捨て、逃げる訳にはいかない。
仲間達を置いて、一人だけ逃げるなど論外だ。
十分に、それは理解している。
なのに、何故か……頭から、食いついたようにその言葉は離れてくれない。
魔王「……ソレモイイ。ダガ、知ッテイルノダロウ。……『魔王カラハ、逃ゲラレナイ』」
逃げようと背を向ければ、その瞬間、背から引き裂かれる。
炎の呪文で、骨まで灰にされる。恐ろしい歯で、生きながらに食い殺される。
それとも――魔物の群れに放り込まれ、神職として最も恥ずべき、恐ろしい結末を迎えるのか。
魔王「…シカシ。我ノ恐ロシサヲ知ラシメル、証人ガ必要ダ」
僧侶「え……?」
魔王「逃ゲルガイイ。見逃シテヤロウトイウノダ。……アワレナ仲間達ハ、置イテ行ッテモラウガナ」
630 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 00:39:22.50 ID:IpKcrNbbo
逃がして、くれると。
魔王は、そう言っている。
僧侶「…………」
―――神よ、お許しください。
胸中にその言葉を唱えながら、後ずさる。
その所作に、魔王は……顔を歪め、嗤った。
しかし、嗤い顔が続いたのは、ほんの一瞬。
風が吹きぬけ、体表に傷とも呼べぬ傷が刻まれた。
浅く、皮を切り裂くだけのひ弱な呪文で。
―――神よ、お許しください。
―――私は、迷ってしまいました。
それが、密かな懺悔の続き。
僧侶「……魔王…から、は…逃……げ…ない」
今の呪文で、魔力は全て使い果たした。
これで、本当に”空”だ。
魔王「…勇者トイイ、貴様ラハ……救イガタイ。セメテ、終ワラセテヤル」
魔力が揺れ、魔王の喉の奥へと集まっていく。
逃げる事は、もう敵わない。
632 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 00:46:58.37 ID:yXV7GACyo
一体どうなるんだ…?ゴクリ
633 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 01:11:12.96 ID:IpKcrNbbo
勝手に足が動き、進み出た。
大砲の筒先のように感じる、魔王の眼前に。
せめてもの気休めに、戦士と魔法使いを庇うかのように手を広げ、盾となろうとして。
僧侶「ごめんなさい。……私達、世界を……救えませんでした」
涙が頬を伝う。
今わの際、彼女の心へ降って沸いたのは、謝罪の念。
あんなに、旅をしたのに。
魔王の城まで、勇者とともにやってきたのに。
魔王を、倒せなかった。
倒せずに、ここで死んでしまう。
思い出されたのは、神父の微笑み。
教会にやってくる子供達の、魔王への恐怖からの不安に駆られ、それでも笑おうとしていた痛々しい姿。
あの子達を救い、未来への道を開いてあげたかったのに。
全てが、無駄だったのだろうか。
そして――暗黒の炎が、吐息と化して放たれる。
黒炎が視界を埋め尽くす中、僧侶は、黙って目を閉じ、運命を受け入れた。
634 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 01:37:22.44 ID:IpKcrNbbo
―――おかしい。
―――いつまで経っても、身を焼かれない。
眼を、ゆっくりと開ける。
赤く輝く魔力の殻が、放たれた吐息を散らしていた。
ちりちりと僅かな熱は感じるものの、殺傷性はほぼ完璧に殻に奪われていた。
僧侶「これ、は……?」
魔法使い「…ゲフッ……あんた、ね……怪我人、働かすんじゃ……ないわよ」
彼女は、いつの間にか立ち上がっていた。
前かがみの姿勢で脇腹を押さえながらという有様ではあるが、彼女は、回復していた。
口元から血を垂らしながら防御結界を維持する彼女は、怨めしげに僧侶を睨みつける。
戦士「…しかし、マズい。……俺も、立つのがやっとだ」
次いで、戦士もよろよろと立ち上がる。
壊れた盾は捨て、視界を塞ぐだけの兜も脱ぎ捨てる。
顔を横断する刀傷が特徴的な、精悍な顔が現れる。
言葉とは裏腹に……彼は、悲観的な表情をしてはいなかった。
魔王「……小癪ナ」
黒炎の吐息を吐き終え、魔王が更に近寄る。
魔力の殻は、物理攻撃に弱い。
あの豪腕で殴りつけられれば、たちまち崩れてしまう。
635 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 02:08:11.12 ID:IpKcrNbbo
魔王の姿が、強烈な閃光に打たれて浮かび上がった。
ほぼ同時に、聞き覚えのある轟音が響き渡る。
耳をつんざき、腹まで痺れさせるような、強烈な衝撃波。
更に、閃光と轟音は続き、魔力の殻の向こうで、何度も魔王が身をよじる。
肉の焼ける匂いが漂い、それは――魔王の体を、雷撃が灼いている証。
魔法使い「まさか………」
僧侶「……雷撃の、最強呪文です。本来、集団に向けて放つものを……魔王に集中させているようです」
戦士「生きて、やがるのか」
その間にも、絶え間なく雷撃が魔王の体を打つ。
一発ごとに魔王が悶え、唾液を散らしながら絶叫する。
数にして凡そ20の、極大の雷撃が収まったとき、魔王は全身に焼け焦げを作り、
煙を上げ、残った腕で体を支えている有様だった。
魔王「キサマ……!!」
勇者「寂しいだろ。……俺を無視するなよ、『魔王』」
幾らか頼りない足取りで、『勇者』が魔王の後ろから近づいていく。
左腕はあらぬ方向にねじれ、ぶらぶらと力なく垂れ下がっていた。
頭からは夥しい血が流れ、左目はずっと瞑られたまま。
歩き方から見て、恐らく足の骨も折れたか、ヒビが入っているはずだ。
肺をやられたか、咳き込む拍子に、血反吐が出る。
勇者「……もう、限界だ。『お前を倒す程度』の力しか、残ってない」
636 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 02:36:19.89 ID:IpKcrNbbo
魔王「ヤッテミルガイイ!」
吼えて、魔王は身を翻し、勇者へと駆けていく。
巨体に見合わぬ俊敏さで、踏み出すたびに床を砕き、大きすぎる足跡を残した。
先の雷撃で吹き飛んだ魔力の障壁を再構成し、全身を覆いながら。
この巨体、速度で突進を受ければ、今の勇者は間違いなく即死。
だが、勇者はその場から微動だにしない。
剣を頭上に大きく振り上げ、身をかがめて力を溜める。
刀身の光が、増幅していく。
強く輝いていく光は、脈打つように”大きく”刀身を覆っていく。
錯覚ではない。
実際に光が刀身を覆って、直視できぬほど眩しい、光の刃を構成していく。
光の粒が集まり、刀身と、勇者の周りで踊る。
蛍が舞うが如く集まり、徐々に刃を膨れ上がらせ、最終的に……勇者の身の丈を越す、光の剣となった。
勇者「――――っ!!」
雄々しく叫び、飛び上がり、頭上から光の剣を、魔王へと振り下ろす。
叫ばれたのは、この『剣技』の名前。
勇者にだけ扱える、雷光の剣技。
最高の剣技、そして最高の勇気を持つ者のみが扱えると伝えられる、伝説の剣。
―――そして決戦の場は、眩い光に包まれた。
637 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:45:17.80 ID:iK1xhESAO
終わりが近づいている・・・
638 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:51:50.73 ID:aF7gdUQ7o
もう堕女神には会えないのか‥‥‥
639 :SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b) :2011/12/19(月) 02:58:18.37 ID:P864X/BDO
駄目だっ
眠いけど、ここで寝るわけにはいかん
640 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 03:01:43.43 ID:IpKcrNbbo
光が止み、三人が視界を取り戻した時。
眼に飛び込んできたのは、予想通りの、そして、精神を昂揚させる光景。
彼らが、世界中の人々が、夢見てやまなかった事。
過酷な旅を続けてきた、最大の理由。
気付けば、眼から涙が溢れていた。
潤んだ瞳が、揺らしながらその光景を映し続ける。
魔王の巨躯は、袈裟懸けに真っ二つにされ、暗黒の体液をだくだくと流していた。
勇者はその屍の上に、堂々と立っていた。
―――『勇者』が、『魔王』を倒したのだ。
神話のような光景が、目の前に広がっている。
誰もが子供の頃に聞いた、勇者のおとぎ話が目の前にあった。
誰もが子供の頃に憧れた、勇者の輝かしい勝利が目の前にあった。
そして、あれは……おとぎ話などでは、なかったのだ。
―――三人の仲間達は勇者へと駆け寄っていく。
勝者を、称えるために。
641 : ◆1UOAiS.xYWtC :2011/12/19(月) 03:15:09.10 ID:IpKcrNbbo
戦士が勇者の体を支え、前から抱きとめる。
だらりと弛緩した体が、重く圧し掛かった。
あまりに酷い怪我だが、驚くべき事に意識がある。
すぐに彼を魔王の屍から下ろし、僧侶が進み出た。
勇者「……あんまり、見えないんだ。……やった、のか?」
戦士「ああ。……倒したぞ!『魔王』を倒した!」
勇者「…そっか。………良かった」
僧侶「…待っててください。今、回復しますから」
勇者「いや、それはいい。……それより……」
魔法使い「…何よ?」
―――ぐらり。
地面が揺れ、足元を危うくさせた。
魔法使いは揺れた拍子に尻餅をつき、悪態を吐く。
勇者「……やっぱりな。……『魔王城』は、『魔王』の魔力でもってたわけか」
戦士「早く出るぞ。…これ以上、留まる意味は無い」
魔王「世界の半分はやらぬが、淫魔の国をくれてやろう」
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