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女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」

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Part8
144 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:35:44 ID:uAT
女「…ん」モゾ
女「…ふあ」ムク
優しい朝日に促されて目を開けると、そこには
女「うおっ」
リン「…」
少女のような、寝顔があった。
女(…びっくり、したあ)
昨日のことを思い出す。
ショッピングモールで過ごした、あの時間。
久々に見る華やかなお店のウインドウや、まだ微かに香るコーヒーの匂い。
館内に響いた私のアナウンス。
そして、トウメイ。
女(…疲れ、てるのかな)
リンは小さな寝息を立てていた。 日ごろの堅く冷たい表情が、普通の少年と変わらないものになっている。
髪は解け、座席には黒い艶やかな線が走っていた。
女「…リン」
リン「…」
女「朝だよ、おはよう」
リン「…んん」
女「…朝だよってば」ユサ
リン「!!」バッ
女「うわっ!?」

145 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:40:57 ID:uAT
私の手が肩に触れた瞬間、リンは野生動物のような反応速度で身を引いた。
腰に手が行き、手首には青い筋が浮き出ている。
女「ご、ごめん」
リン「…なんだ、お前か」
溜息をつくと、リンは抜きかけていた折り畳みナイフをポケットに仕舞った。
女(…物騒な)
リン「なんだ、早いな」
女「そうかな?」
リン「まだ6時くらいだぞ」
女「あれ、それ目覚まし時計?」
リン「ああ。6時半にセットしてる」
女「そっか。…えーと、ごめん。まだ眠いんなら」
リン「いい。完全に眠り妨げられたし」
女「あ、…そう」
リン「…ふわ」
リンは猫のようにのびをした。顔にはまだ昨日の疲れが残っているようにも見える。
女(そういえば、昨日はなかなか濃い日だったもんな)
女(私が旅にくっついて、ショッピングモールでは一事件あったし)

146 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:46:23 ID:uAT
女「ねえリン、今日はどうするの」
リン「モールはもう、いいだろ」
女「え?…何で」
リン「何でって、誰もいなかっただろ。クリアもまだ残ってるだろうし、行くメリットはない」
女「そっか」
少し残念な気がする。
リン「顔洗って、飯食って、…さっさと出るか」
女「そうだね」
リン「ガソリンスタンドの中に、スタッフ用の洗面台あったろ。使って来い」
女「はーい」
ザバッ
女「…ぷは」
女「…ふう」キュ
女(ふと思ったんだけど、…私リンと寝たのか)
女(いやいや、表現がおかしいな。ええと、まあ、同じ屋根の下で寝たわけだ)
疲れていたので速攻寝てしまったが、とんでもないことのような気がする。
女「…」
パジャマがわりにしているパーカーをずらし、露出が無いか確認した。
女(…ま、リンに限ってそういうのはないか)
堅そうだし。
女(こういうの、被害妄想っていうのかな)
ドンドン
「おい、まだか。遅い」
女「ご、ごめん!」

147 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:53:24 ID:uAT
ガチャ
リン「顔洗うのに何分かかってるんだ」
女「…色々あったんだよ。着替えとか髪の毛とか」
リン「ふうん」
女「私寝癖すごいし」
リン「どうでもいいな」
リン「…それより」
女「ん?」
リン「そういうダボついた上着は感心しない。どこかに引っかかるかもしれないだろ。あと、靴も」
リンの目線をおい、自分の姿を確認する。
白いチュニックと、ジーンズと、パンプス。
女「動きやすいほうだと思うけど?パンプスも、ヒールはないんだし」
リン「…女っていうのは、どこでも洒落気を出さないと気がすまないのか」
リンは眉根を寄せ、会ってから何度と無く目にした呆れ顔をした。
女(いやいやいや、普通でしょ…?特別オシャレしてるわけじゃないし)
確かにリンの服は機能的だ。簡単に脱ぎ着できて、気温にも合ってる。
(ちなみに今の彼は、無地の黒いパーカーにジーンス、ブーツという隙も色気もない恰好だ)
女「これ、だめですか」
リン「いや、もういい。また着替える時間が勿体無い。どけ」
女「…」
バタン

148 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)22:58:37 ID:uAT
リンはいつでも効率的な動きをした。
水音が聞こえた一分後、彼は洗面台から出てきた。
女「…あれ、髪は?」
リン「は?」
女「いや、もう簪使わないのかなあって」
リン「…」
ぶすっとしたリン。 白い頬が少し膨らむ。
女「…自分じゃ挿せないの?」
リン「簪が挿せないことが、不都合だとは思わない。だいたい男がするもんじゃない」
女「してあげようか」
リン「いい」スタスタ
女「ちょ、ちょっと待ってよ!折角だし使おうってば」
リン「時間の無駄だ」
女「いや、30秒もかからないから」ガシ
リン「いいって言ってるだろ、離せよ」
女「ほら、貸して。…よいしょ」クル
リン「…あー、もう」
女「はい、完成。ほら、邪魔じゃないでしょ?」
リン「…上手いな」
女「え、ありがとう」
リン「いや、別に褒めてはいない。どうしてこんなどうでもいい技術ばかりあるのか疑問なだけだ」
女「そうですか…」
リン「早く朝飯にしよう。今日も移動するんだからな」スタスタ
女「はいはい…」


149 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:08:01 ID:uAT
朝食は、昨日拝借したビスケットと苺のソース。
ソースのほうは、ある有名な会社が確立した技術で、長期保存が可能らしい。
パックを開けたときにした甘酸っぱい香りに、少し感動してしまった。
女「…美味しい」サク
女「すごいねえ、この会社。味とかも、プロの作ったスイーツみたいだよ」
リン「ソースごときで」フン
女「…リン、何見てるの?」
リン「地図」
女「どこの」
リン「この近辺のに決まってるだろ。馬鹿か」
女「行き先でも決めてるの?」サク
リン「ああ。…」
リンの目線が、地図と手帳を忙しなく行き来する。行き先もちゃんと考えて、効率よく回っているのだろうか?
リンが眉根を寄せて地図とにらめっこしている隙に、手帳に手を伸ばした。
昨日も見ていたし、何が書いているのか、気になって。
リン「…おい」
女「はい」ピタ
リン「人の手帳を触るな」
女「…えー、駄目?」
リンは溜息と共に手帳を拾い上げ、膝の上に移動させた。
女「それ、何を書いてるの」
リン「今後のスケジュールとか、回ったところのデータとか、色々だ」
…なんで見せてくれないのかな。
リン「言っておくが、お前に見せたところで分かりやしない。だから見せる必要もない」
女「し、失礼な」

150 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:20:16 ID:uAT
リン「決めた」パン
女「なにを?」サクサク
リン「今日は、ここに行く」
リンが地図を広げ、指で場所を示した。
女「…山の方面?」
リン「ああ。とにかく北上を続けて、高地へ行く」
女「何で」
リン「タッセルクリアが流行した時、ネットで高地にいると病にかかりやすいというデマが流れた」
女「あ、知ってるよ。あれデマだったんだ」
リン「まあ人と隔離されているという点では都会よりマシだがな。とにかくデマだ」
女「それを信じた人が、残っているかもしれないね?」
リン「そういうことだ」
くるくると地図を丸め、リンは立ち上がった。
リン「…いつまで食べてる。行き先も決まったし、行くぞ」
女「あ、はーい。もう一枚」サク
リン「…はあ」
ブロン
リン「よし、…行くぞ」
女「はーい」
リンがアクセルをゆっくり踏み込んだ。丁寧な迂回をし、駐車場を出る。
ミラーを見た。
巨大な廃墟と化したモールは、ミラーの中でどんどん小さくなっていって。
ついに、街路樹に阻まれて見えなくなった。
女(さよなら)
私はまた一つ、自分のいた場所から遠ざかったのだ。

151 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:27:36 ID:uAT
リン「おい」
流れる町並みをぼんやりと眺めていたら、突然声をかけられた。
女「ん?」
リン「後部座席の下に、クリアファイルがあるだろ。取って」
女「…ええと、これ?」
リン「中に入ってる書類を読め」
女「どうして」
リン「お前は質問が多い。3歳児か」
女「だ、だって」
リン「病のことやクリアに関しての資料がある。お前は一段と危なっかしいから、読んでおけ」
女「…資料」
そんなものが。
確かに私は、トウメイや病に関しての知識が薄い。
女「分かった。知らなきゃいけないもんね」
ファイルの中は結構分厚い。少し眩暈がしたが、自分を鼓舞して資料を開いた。
女(…タッセルクリア症候群について)
資料は全て手書きだった。丸みを帯びた、子どもっぽい筆跡。
女(…リンが?)チラ
リン「どうした。早く読め」
あのマメな少年のことだ。こういう資料も、先のことを見越して作っていたに違いない。
気を取り直し、手元に目を落とした。

152 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:33:29 ID:uAT
タッセルクリア症候群について。
発生源は未だはっきりとはしていないが、恐らく北欧地域の風土病だったとされる。
ある研究では、13世紀前半に猛威をふるったが、その後なぜか急激に衰退したとされている。
書物や絵画など、病気を示唆する内容の資料はあまり残されていないらしい。
治療法なども当時確立されておらず、何故治まったのかは不明。
資料が少ない理由としては、流行った地域が極めて限定的なことが挙げられる。
現在でも、病を防ぐ方法は確立されていない。
タッセルクリアは伝染病であり、飛まつ、接触(濃厚接触、軽度接触両方を含む)などが主な感染源。
感染率はきわめて高く、死体などから出される青い液体に少しでも触れた場合、感染成立となる。
女「…」
女(頭痛くなってきた)クラ

153 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:40:10 ID:uAT
感染した場合、ほぼ100パーセントの人間が死に至る。
感染後個人差はあるが、1〜12時間以内に頭部が水風船のように膨れ上がり、破裂。
その際本来あるべき脳組織や血液、骨などはなく、ただ青い液体だけが飛び散る。
つまり、患者は青い液体となる。
死体は頭部を失った後、溶けるように透けていき、例の液体と化す。
そのまま蒸発していくのがほとんど。
しかし、半分以上が「クリア」と呼ばれる二次災害を起こす不可解な生命体となる。
女(…クリア、か)ペラ
「クリア」について
政府の報道からは一切語られなかった、二次災害生物。
恐らくタッセルクリア病患者の、死後の姿(?)
青く透明な、ある程度の粘度を持つ体をしている。
形はさまざまであり、運動機能も違ってきている。
共通するのは、発声器官の有無(目視による、だが)に関わらず、人に似たうめき声のような音を出すこと。
そして、もうひとつ。
女「…」
奴らは人を捕らえ、食べる。
正確には、とりこむ。

154 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:46:50 ID:uAT
一度だけ、被害にあったであろう男性の姿をみたことがある。
彼は足を怪我し、動けないところを取り込まれたようだった。
まずクリアの体が彼に延びていき、全身を覆う。
男性はもがくが、そのたびにクリアは体の形を変え、執拗に纏わりついた。
男性は恐らく、窒息して死に至る。
クリアはそのまま包囲を続け、男性の体は急速に溶かされていく。
そして、数分後には彼を殺したクリアとは微妙に色の違う、新たなクリアができあがるのだ。
女「…リン」
リン「なんだ」
女「クリアの食べる、って。…同じ仲間にしてしまう、ってこと?」
リン「そうだ」
女「…ど、どういうこと、これ。見たことあるの?」
リン「…ああ」
女「男の人が、溶かされて、って。…ほ、ほんと?」
リン「そうだ」
女「…」
リン「とにかく、奴らはあの手この手で体に纏わりついてこようとする。丁度アメーバに似ているんだ」
女「…窒息死、か」
リン「ああ」
女「…辛かったね」
リン「彼は、…だろうな。もがいていた」
女「ううん。その殺された男性もそうだけど、リンも」
リン「…は?」

155 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:52:09 ID:uAT
女「だってリンは、その人のこと助けられなかったんでしょ」
リン「…そうだな」
女「辛かった、よね」
リン「…」
女「目の前で人が死んでいく姿なんて、…」
リン「…変な奴」
女「え?」
リン「普通、何で助けてあげなかったのとか言うだろ。何で可哀相なんだ、俺が」
女「い、いや。だって」
リン「嘘だ」
女「え」
リン「これは人づてに聞いた話だ。俺が見たわけじゃない」
女「な、なんだ。そっか」
リン「お前、騙されやすいな」
女「リアルなんだもん!変な嘘つかないでよ」
リン「ああ」
女(…何考えてるんだか)
ふと、気づく。
リンに纏わりつく、「既に会った生き残り」 の影。
聞きたい。
けど、
リン「…」
聞いたら、駄目な気がして。
女(…色々、あるよね)
私は手元に目を戻すのだ。

156 :名無しさん@おーぷん :2015/09/13(日)23:59:57 ID:uAT
クリアは、それほど力があるわけではない。 動きがすばやいものも稀だ。
ただ、一度でも触れると二度と離れない危険性がある。
クリアに触れるのは、死に直結する。
リーチの長い武器や、とび具で処分するのが一番だろう。
クリアの発生場所についてだが、一応テリトリーのようなものはあるようだ。
例えばAビルにいるクリアが、隣のBビルに移ることはない。
大体がAビルの中で、さ迷う。 何か意図があるのだろうか、それは不明だ。
夜は特に注意すること。動きが活発になる場合が多い。
「生き残り」について
タッセルクリアに感染しなかった人物も、ある程度いるようだ。
これまでの旅では数名に出会った。
訳あって一緒に行動することは叶わなかったが、今でも元気にしていることを願うばかりだ。
生き残りは、きっとまだいる。 希望を捨てず、自分に今やれることをやっていくことにする。

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