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女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」

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Part25
549 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:22:47 ID:ezj
ミキが癌にかかった。
ヨシコが蒼白になった顔で告げたとき、俺は言葉を失った。
「あの子、何も言ってなかったのに」
急に入院するからしばらく連絡できない、と電話があったらしい。
声帯を取る手術をしなければならない、とも言われた。
「もうあの子、歌えないんですね」
ヨシコは疲れた顔に涙を浮かべ、小さく呟いた。
俺は会社に休暇願いを出した。
書斎の引き出しから、すこし曲がった招待券を取り出した。
ヨシコにそれを見せると、少し微笑んだ。
「今更」
「いくじのない人。ミキが言ってくれなければ、あなたなんかとうに見捨ててた」
俺はヨシコに土下座した。
すまない、と何度も詫びて、離婚も申し出た。
「今更」
ヨシコは笑った。
「全てが遅いのねえ、あなたは。…でも」
「行かないよりは、マシだわ。行ってらっしゃい」
愛想がつきた、見捨てようとも思った。
そういった割には優しい手つきで俺にネクタイを結ぶと、ヨシコは俺を送り出してくれた。

550 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:35:27 ID:ezj
…。
結局、
何も間に合わなかった。
俺はレストランに向かう途中、奇妙な光景を見た。
人の頭が爆発する光景だ。
空港で足止めをくった。
あいつの声がなくなるまえに、会って話をしたいのに。
天罰なのだろうか、これは。
小難しい名前の病気が首都で確認され、感染が拡大しているとニュースで見た。
関係ない。
俺は息子に謝らなければいけない。
飛行機を諦め、俺は車で息子のもとに向かった。
道路は逃げ惑う人々で混みあっていた。
俺は、
間に合わなかった。

551 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:39:52 ID:ezj
やっとの思いでレストランにたどり着いたとき。
空っぽの店内を覗き込んだとき。
ならば病院に向かおうと、車に戻ったとき。
俺は頭の中で奇妙な水音を聞いていた。
洗濯機を回すような音だった。最初は小さいその音が、だんだん耐え切れないほど大きくなって。
俺は渋滞した道路の真ん中で、頭を破裂させた。
ミキ。
会うこともできなかった。
本当は知っていた。
あの招待券の名前の欄には、ヨシコじゃなくて俺の名前が書かれていたことも。
分かっていた。
けど、俺は遅すぎた。
お前の気持ちを踏みにじるだけ踏みにじった後、俺は死んだ。
ミキ、俺を
俺を

552 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:47:35 ID:ezj
もういい、と腕をつかまれた。
ミキの赤いネイルが私の肌に食い込んでいた。
ミキ「…」
クリアは、まだ破裂しない。
ミキ「…父さん」
ミキ「本当、…いくじなしなんだから」
クリアが大きな雫をおとす。
ミキ「辛かったし、怒ってたし、悲しかったわよ」
ミキ「けど」
ミキ「…」
ミキ「もう、いいじゃない」
クリアが、膨らみはじめた。
ミキ「私は父さんに会いたくて、券を渡した。時間はかかったけど、父さんは来てくれた。それでいいじゃない」
ミキ「父さんが私を許したように、私も父さんを許した。…それで、いいじゃない」
ミキ「恨んでるか、なんて。…今更聞かないでよ」
ぱしゃ、ぱしゃ、と。
大きな水音をさせながらクリアは緩やかな速度で膨張していく。
ミキ「お父さん」
ミキの声が、幼い響を持った。少年のように、小首を傾げて彼はクリアを覗きこんだ。
ミキ「私の歌、どうだった?」
「、…」
クリアが、水音に混じって言葉を搾り出した。
「じょうず、だ った」

553 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:52:08 ID:ezj
「おまえ、は」
ミキ「…」
水風船のように、膨らんでいく。
「おれの」
ミキ「…」
「おれの、だいじな」
もう、消える。
「大事な息子だ」
ミキ「うん。あなたも、私の大事な父親よ」
ミキが手を伸ばして、クリアに触れた。
逞しい、植物の幹を思わせる腕で父親を掻き抱いた。
ミキ「ありがとう、お父さん」
「…ありがとう、ミキ」
青い水が飛散した。


554 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:57:03 ID:ezj
青い水はすぐに床に染みて、見えなくなった。
ミキ「…」
ミキはだらりと両手を垂れると、鼻を啜った。
女「ミキ」
ミキ「…ありがとうね、二人とも」
リン「ああ」
ミキ「…ダメ親父でさあ、申し訳ない。大変だったでしょう」
リン「いいや」
ミキ「…なあんだ。…来てたんだ」
ミキは小さな笑みを唇に浮かべると、父親が消えていった痕を撫でた。
ミキ「外に、出ない?」
女「え」
ミキ「ちょっと歩こうよ」
ミキは私とリンの腕をとると、滑るように歩き出した。
その手が以前より透けていることに、私は気づいた。

555 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:00:26 ID:ezj
月光が海に反射し、きらきらと輝いている。
静かに波が砕け、あわ立っている。
ミキ「…会えてよかったな」
ミキがぽつりと呟いた。
ミキ「…リンと女のおかげだよ。ありがと」
女「ううん、そんな」
リン「まあそうだな」
女「リン…。謙虚さがない」
ミキ「あはは。…もう、良いコンビだな」
女「…」
私は黙って、ミキの透ける体を見つめる。
ミキ「あのさあ」
女「うん」
ミキ「…あんたらさ、生きてて楽しい?」
リン「はあ?」
ミキ「ぶっちゃけ、どうよ?こんな人っ子一人いないところでさ」
女「この流れでそんなこと聞く?」
ミキ「いいじゃん、どうなの」
リン「…」
女「…」

556 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:05:41 ID:ezj
女「楽しい、よ」
私は正直に言った。
女「勿論楽しくないことだって山ほどあるけど、それでも楽しいよ」
ミキ「そっか、…リンは?」
リン「全然楽しくない。疲れる」
女「ええ…」
リン「…けど、辛くは無い。だから俺は生きる」
ミキ「素直じゃないわねー。女ちゃんといれて楽しいですって言いなさいよ」
リン「はあ!!?」
ミキ「女ちゃん、この天邪鬼は本当はめっちゃ楽しんでるから」
女「へー」
リン「黙れ!!!」
ミキがけらけらと笑った。
笑うたびに体が揺れて、月光を透かしている。
まるで、もう空に上ろうとしているかのように。
ミキ「…あのね、私は二人といれて楽しかったわよ。めちゃくちゃ」
女「あ、嬉しい」
ミキ「…でもね、それ以前は違ったわ。一人ぼっちで辛くて、死にたかった」
リン「…」
もう死んでるだろと言おうとしたリンの足を、踏みつける。

557 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:11:01 ID:ezj
ミキ「でね、結局つきつめて考えるとさ」
ミキ「…自分以外の誰かがいるから、成り立つことなんだよね」
腕を組み、諭すようにミキは言う。
ミキ「だからね、あんたら。一緒にいなさいよ」
リン「ああ」
ミキ「…離れちゃ、だめよ」
ミキが腕を解き、リンを真っ直ぐに見つめた。
ミキ「リン。キノミヤ・リン」
リン「ああ」
ミキ「…あなたの傍には、こんなに可愛くて良い友人がいるんだから」
女「え、」
ミキ「…失くしたものを、もう帰ってこないものを盲目的に求めるのをやめなさい」
リン「…」
リンとミキの視線が、一度もぶれることなくぶつかりあう。
ミキ「今あるものを、大事にしなさい」
リン「…そうする。そうしている」
ミキ「…」
ミキがふう、と息を吐いた。私のほうに向き直る。
ミキ「…女。こいつを見捨てないでね」
女「見捨てる?…」
それは、逆のような気がする。

558 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:15:32 ID:ezj
ミキ「絶対に、二人とも離れちゃだめよ」
ミキ「人は一人ぼっちじゃ生きていけない。心が死ぬんだから」
女「…」
ミキ「リン、そうでしょ?」
リン「…ああ」
ミキ「…。彼の考え、ちゃんと汲んであげてね。お願い」
リン「ああ」
ミキの体が頼りなさげに揺れる。私はたまらず叫んだ。
女「ミキも」
ミキ「え?」
女「…ミキも、一人にしないよ。一緒に旅をしようよ。ね?」
リン「…」
リンは少し俯き、何も言わない。
ミキ「女」
ミキは柔らかく微笑んだ。
ミキ「私は一人ぼっちになんか、ならないよ」
風が吹いた。
ミキの足が、連れ去られるように崩れていくのを、確かに見た。

559 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:21:27 ID:ezj
ミキ「先に行くね、二人とも」
女「ま、」
待って。
そういって手を伸ばそうとした私を、リンが引っ張った。
ミキ「仲良くしなさいよ、せいぜい」
ミキ「希望を捨てないで。あのね、誰かがいたら人っていくらでも頑張れるものなの。だから」
私はリンの細い腕を抱きしめた。
顔をうずめて、踏ん張った。
そうしないと、ミキにすがってしまいそうな気がした。
ミキ「お願い、叶えてくれてありがとう」
さらさらと、星砂のような光を放ってミキが消えていく。
ミキ「ばいばい」
最後ににこりと微笑んだ。
美しい衣装と、私が贈ったネックレスが音もなく砂浜に落ちた。
リンが私の頭に手を回した。
自分の肩にしっかり抱いて、不器用な手つきで撫でた。
私は、
私はもう泣いても大丈夫だって思ったから、遠慮なく声をあげた。
遠くで波音がしていた。
ミキの歌声に、どこか似ていた。

560 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:26:21 ID:ezj
ひとしきり泣いたあと、私は服とネックレスを拾い上げた。
嗚咽をあげながら、リンに手を引かれて店に入る。
リン「…座ってるか?」
女「う、ううん」
リン「そうか」
リンはゆっくりと裏口に回り、ミキの死体があった場所へ歩いた。
女「…」
カーテンをあけると、確かに彼の死体は消えていた。
リン「あ」
トルソーの下に、光る物があった。
リン「鍵、だ」
ミキが身に着けていたものだろうか。
女「…レジ、の下。鍵、かかってる扉あった…」
しゃっくり上げながら言うと、リンはまたも私の手を引きながら店に戻った。
小さな鍵を穴に差し込むと、少し軋んだ音がして開いた。
リン「…」
小さな引き出しに、一冊のファイルがあった。

563 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:30:36 ID:ezj
リン「あったな」
女「うん…」
リン「…」
リンの指が強張り、不安定にファイルを支える。
女「見ないの?」
リン「今は、いい」
リン「…疲れただろ。今日はもう、休もう」
女「…」
小さく頷くと、リンは微笑んだ。
店から私達の私物を出し、車に積みなおした。
空っぽになったような店。ミキの声が無い店。
リン「…消すぞ」
女「待って」
店の電気を落とそうとしたリンを制し、私はステージへと向かった。
ミキが身に着けていたドレスと、ネックレスを丁寧に畳んでステージに置く。

564 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:08 ID:ezj
女「…」
リン「楽しかったな」
リンがぽつりと呟いた。
女「うん」
リン「…」
リンがぐるりと店を見渡す。
ミキの姿がないレストランは、死んだ生き物のようにも思えた。
女「…ねえ、リン」
リン「ん?」
女「私と一緒にいてくれる?」
リン「何だ、今更」
女「聞きたくなって。…どう?」
リン「…」
リンは黙って私の手を握った。もう慣れた、自然な動作で私の手を引く。
リン「当たり前だろ」
短く、頼もしい一言を放つと、電気のスイッチに手を伸ばす。
リン「さよなら」
女「…」
ぱちん。
光が消え、波の音だけが暗闇に微かに響いた。
さようなら、と私も口の中で呟いた。

565 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:35:47 ID:ezj
海とレストラン編、終了です。
また今度更新します

566 :名無し :2015/10/11(日)16:39:20 ID:Pgx
面白かった!乙!

567 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)16:44:26 ID:Yjo
面白かったです!初めてリアルタイムで見られて良かった!続きも楽しみにしています。

568 :将軍◆eyes.h//4. :2015/10/11(日)19:03:12 ID:n9j
泣いた

569 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)21:38:07 ID:XHd
同じく泣いた
本屋で売られてたら買いたい、マジで

570 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)22:17:13 ID:Mlz
応援してます


571 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)03:11:24 ID:vYF
目から汗が

572 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)16:43:21 ID:FmS
泣いた

573 :名無しさん@おーぷん :2015/10/12(月)19:46:46 ID:BHz
眼球の隙間から液体が出ているようです

578 :名無しさん@おーぷん :2015/10/13(火)18:42:43 ID:jwe
泣いたの自分だけじゃなかったw
普段何か読んだり観たりでなくことなんか全くないのに…
応援してます!

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