女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part22
420 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)20:57:19 ID:pyp
若干のわだかまりを残したまま、私達はダイニングに移動した。
大きなテーブルに衣装を広げる。
女「あ、本当だ。ここの飾り取れかけてるし、…縫い直さなきゃね」
ミキ「できそう?」
女「余裕よ」
リン「本当にお前がこれを着てたのか?」
ミキ「そうよ!頭にはリボンつけてねー、あと奮発して買ったブラックパールのネックレスもつけてた」
リン「あっそ」
リンは冷たく言い放つと、私に向き直った。
リン「どれくらいでできる?」
女「えーと、半日あれば綺麗にできるよ」
リン「そうか。…ミキ、俺はもう少しかかりそうだ。明日には終わる」
ミキ「あら、そう」
ミキは目を細めて頷いた。
女「…」
リン、何をしてたんだろ。
ミキ「んじゃ、あとは任せるわね。私、おやつの仕込みしてくる」
らららー、と鼻歌混じりにミキはキッチンに消えていった。
女「ねえ、リン」
リン「ん」
女「…ちょっと、外で話さない?」
リンの指がぴくりと動く。 少しの間を置いて、彼は小さく頷いた。
421 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:01:26 ID:pyp
二人で階段に腰かけ、砕けては散り、砕けては散りを繰り返す波を見つめる。
女「…ミキの、体があった」
死体という表現は使えなかった。
リン「そうか」
リンの返答は静かだった。目には、海が映っている。
女「…やっぱ、綺麗だった」
リン「不思議だな」
女「試着室の中に倒れてたの。最後にあのドレス、着たかったって」
リン「その前に力尽きたのか」
女「うん」
リン「そう」
ざざ、ん。と二人の間に海の音が響く。
リン「だから泣いてたんだ」
女「…うん」
リン「お前らしいな」
ふっと片頬でリンは笑った。
女「リンなら、泣かないの?」
リン「ああ」
力強い肯定だった。 予想通りの答えだ。
422 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:05:34 ID:pyp
リン「無く意味が無い。所詮あまり関わりの無い人物だからな」
女「冷たいよ」
リン「お前が感受性豊かなだけだな。いかにも女性ってかんじだけど」
女「…やっぱ、冷たい」
リン「そうか?」
ふと、気になった。
私が死んだら、彼は泣くのだろうか。
女「…」
いや、考えても無駄だ。私は死なないし、…多分。リンは、…。
女「ねえ、リンはどこに行ってたの」
リン「そこらへん」
女「…何で教えてくれないのよ」
リン「なんかあのオカマが話すなって言うんだよ。ってか、俺もよく理解はしてない」
女「オカマ、って。…ねえ、リン。お願い」
リン「…近くの、小さい駅まで行ってた」
女「駅?」
リン「探し物があるんだとよ」
女「…ふうん?」
リン「まあ、そんなとこだ」
423 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:13:30 ID:pyp
女「…あのさ、リン」
私は、この流れでなら聞ける気がした。
「リンの探す人」のことを。 ずっと、知りたかったことを。
女「リンはさ、誰を…」
口を開いた瞬間だった。
私の手に、温かく脈打つものが重ねられた。
女「…、」
目で追うと、リンの白い手が階段の縁を掴む私の手に、重ねられていた。
リン「手が冷たい」
苦情のように、リンが呟く。
女「…な、」
私は急いで手を引き、逃げようとする。
しかしリンはそれほど力を入れている風でもないのに、私の手を逃がさなかった。
リン「急にどうしたんだ」
首を傾けて、私の顔を覗き込む。
女「リ、リンこそ!何で急にこんな」
リン「そうじゃない。何で俺に色々聞きたがる。それに」
それに、と呟く彼の息が顔にかかった。
リンの顔がかなり近くにあることを、初めて理解した。
リン「…避けてる?」
女「そ、そんなことない!!!」
リン「ふうん」
リンの手に力が篭る。私の手首が、ざあざあと音を立てた。
…血が激しく体中を駆け回る。
424 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:21:15 ID:pyp
リン「やっぱり、様子がおかしい」
女「おかしくないよ」
リン「いや、おかしい」
女「リ、…リンこそ、おかしくない?」
リン「はあ?」
女「こ、こんなベタベタ触ったりしなかったし、私に馴れ馴れしくしなかったじゃん」
リン「…」
くす、とリンが笑った。目元が細まり、優しげな色を帯びる。
リン「そりゃ、慣れるだろ。一週間近く一緒にいれば」
女「…」
リン「お前は逆に俺から距離を取りたがってるな」
女「だから、そんなこと」
…否定が弱々しく、掻き消える。
リン「俺が男だから?」
リンの声が少し低くなった。口元は笑ったままだが、目が伏せられている。
女「違う、…そ、そうじゃなくって」
リン「…」
ふいにリンの指が動いた。私の肌の上を這い、爪にたどり着く。
女「あ、あの?」
リン「…」
リンの指先が、そっと私の爪の上を滑る。
リン「避けないで」
小さな声で、彼は言った。
私は手のひらに汗が滲むのを感じた。
425 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:31:24 ID:pyp
リンが顔を上げて、私の目を見つめた。
吸い込まれそうな目だな、と思った。
真っ黒で、真っ暗で、真っ直ぐだ。
女「…避けて、ないってば」
リン「またそう言う」
子どもをとがめる父親のような声音で、私に言ってくる。
女「…」
リンこそ、と言いたかった。
私に自分のことを話すの、避けてるじゃないか。
リン「避けないで欲しい」
また、リンが言った。
断ったらそのまま海に呑まれて消えてしまいそうな、そんなお願いだと思った。
女「…ええと」
私は、結局自分の思いをかき消す。
女「うん、…確かに、避けてるというか。ミキの指摘で若干意識しちゃってた、かも」
リン「だと思った。何度も言ってるだろ、俺はお前をそういう目で見るわけないって」
女「だよねー」
リン「馬鹿だな、お前」
女「じゃあ、その。やめる。ギスギスさせてごめん」
リン「良い、別に。発端はあのゲイだし。後で苦情入れとく」
女「それもどうかと…」
幾分かスッキリした顔で、リンが立ち上がった。
リン「帰るか。何か食わせてもらおう」
女「…うん」
私はリンに手を引かれるまま、立ち上がった。
426 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:32:18 ID:pyp
今日はここまでです。
また期間開くかもだけど、気長に待ってね
427 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:36:01 ID:Cl5
乙
リンの死亡フラグがビンビンで怖いぜ
428 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:40:17 ID:PtM
乙
リンが追ってる男ってのは誰なんだろう
以前親しい人に見捨てられたとも取れる発言をしていたから
クリアの群れの中、一人リンを置いて逃げた父親とかだったりするのかなー
とか飛躍した妄想を繰り広げてみる
512 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:08:17 ID:ezj
…それからというもの。
私達はミキの要望にこたえるため、せっせと働いた。
私は終日窓辺でミキのドレスを縫い、疲れたらミキとお茶なんか飲みながらおしゃべりした。
ミキの話は相変わらず面白く、視点が鋭くて。
ちょっとだけ、色気のある話なんかもした。
ミキが口元を少し曲げて私に「女は彼氏なんかいたことあるのお?」
と聞くたび、私は、なんとなく
いや
なんでもない。
リンは相変わらず朝方にふらりと外に出て行っては、昼に戻り、少し休んでまたどこかへ行った。
たまに、ミキと二人で額を寄せ合わせてこしょこしょと話をしていたりする。
仲間はずれ。とまではいかないけど、まだ少し気になる。
でもきっと、リンは私がしつこく言及したら、また微妙な表情をするのだろう。
そういえば、私達二人は結局また同じ部屋で寝ている。
遠いようで、近いようで、…やっぱり遠い。そんな少年と一緒に、私は眠るのだ。
…
まあ、そんなこんなでミキの所に身を寄せてから5日が経とうとしていた。
513 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:12:22 ID:ezj
リン「裁縫得意って言ってたよな?」
女「うん」
リン「…半日で終わるとかなんとか、息巻いていたな」
女「まあ、そこは舐めてたかな」
リン「まだかかるのか」
女「うーん、もうちょっとだけ」
リン「…」
女「…」
リン「サボってあのゲイとお喋りばっかりしてるんだろ」
ぎく。
女「し、…てないよ?いや、少しはしてる。針仕事って疲れるし」
リン「…」
女「ちゃんとやってるってば!!」
女「そういうリンだってさ、いつになったら自分の役は終わるの?」
リンはきょとんとして顔をかいた。
リン「まあ、お前次第だな。実はもうあと一手で終わるところまできてる」
女「…なにやってるの?」
リン「だから、秘密」
514 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:18:04 ID:ezj
リン「俺の仕事はゲイがステージに立つ直前に終わるから」
女「ふうん」
本当に一体、こいつは何をやっているのだろうか?
リン「で、俺はいつでも終われるんだけど。お前は?」
女「多分、今日までには」
実はドレスの損傷は、そんなに激しいわけではなかった。
丁寧に修繕のあとが見えないように縫っても、2日で終わる仕事だった。
けど、わざとゆっくりゆっくりやった。
できるだけ、仕事が長引いているように見せかけた。
…幸い、誰にもバレてはいないけど。
リン「今日、か」
女「うん」
リン「じゃあ、舞台の準備もやったほうがいいな」
女「そうだね。ミキにも手伝ってもらおうか」
リン「当たり前だ。大体自分のやるステージなんだし」
ミキ「あら、何か言った?クソ坊主」
リン「…チッ。いるならそう言え、くたばり損ない」
何日か経って、ミキとリンは大分仲良くなったと思う。
いや、冗談だ。
516 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:21:58 ID:ezj
ミキ「え、もう終わりそうなの!?」
女「うん。あとは袖のパールを一個縫って、それで終わりなんだ」
ミキ「リンも?」
リン「ああ」
ミキ「じゃあ、じゃあ今日できるのね!」
ミキはおもちゃを与えられた少年のように目を輝かせた。
きゃっほー、と空中で何度も宙返りをする。
ミキ「じゃあ、私はステージの準備しなきゃ。お化粧道具も出さなきゃ!」
リンが隣で、小さく呻いた。
ミキ「うふふー。早く歌いたいなー」
女「…」
一つだけ、気になっていることがある。
ミキは歌が歌えない、と言っていた。
…いまさらこんなことで、歌えるようになるのだろうか?
ミキ「あー楽しみー」
…歌えなかったとしたら、私達はどうすべきなのか?
517 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:25:55 ID:ezj
女「…」
最後の一針を丁寧に仕上げ、鋏で糸を断つ。
女「…できた」
ちょっとだけ、顔がにやけた。
リン「終わったのか」
女「あ、リン。今終わったよ」
リン「こんな所で作業してたのか。ミキの居る所でやればいいのに」
女「だって、ミキに見られたら楽しみなくなるじゃん」
リン「そういうもんか?…よく分からん」
女「ミキは?」
リン「ああ、舞台の準備とやらで大暴れだ。入るなってよ」
女「ええ…。マジで」
リン「夕方になるまで外で時間潰せだとさ。食事は貰ったから、適当に過ごすぞ」
女「横暴だなーミキ」
リン「自分でやりたいんだろ」
518 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:30:42 ID:ezj
ミキが作ってくれたサンドイッチを、海辺で頬張る。
潮風とスクランブルエッグのバターの香りが、鼻を抜けていった。
女「…ねー」
リン「ん」
女「私達、ちょっと休みすぎたね」
リン「そうだな」
リンが不本意そうに眉にシワを寄せた。本当はもっと早く、目的を達成したかったのかもしれない。
女「…」
特に何の感動もなく、ゴムでも食べているような顔でパンをかじるリン。
女「ねえ」
リン「…なんだよ」
女「ミキが歌えなかったら、どうする?」
リン「…」
リンの咀嚼が止まった。隆起した喉仏が動き、食事をゆっくり飲み下す。
リン「あいつが歌えなくて、俺らに情報を引き渡さなかったら、ってことか」
女「うん」
リン「…」
珍しく、目を泳がせ何事か考えている。
リン「お前はどう思う?」
女「え、私?」
リン「ああ」
女「うー、ん」
どうだろう。
519 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:37:54 ID:ezj
女「ミキが歌えなかったとしたら、また別に手段を考えないといけないよね」
リン「ああ」
女「それまでここで暮らす、ってのもいいんじゃない?」
私は微笑んで、足元の砂を触った。
女「ミキのところにいるの、楽しいじゃん。私は、ここが好きだよ」
リン「…」
リンは私の、ミサンガをはめた手首を見つめていた。
リン「ここにいたいか」
そう聞く声は、低く掠れていた。
女「…リンは?」
リン「俺は、ここにいたいとか、いたくないとか、…そういう考えは無い」
リン「ただ、俺は行かなきゃいけない。だからここには長く居るつもりは無い」
女「そっか」
そういうと思った。
リン「…ミキが歌えなかったら」
リンの手が、私のほうに伸びてきた。
反射的に退こうとしたが、彼は私の手ではなく砂を触っただけだった。
リン「…俺は、怒ると思う」
女「だろうね」
リン「俺はもう、ここにいるのは明日までって決めてる」
女「…そうなの?」
リン「ああ。夜、あいつが歌っても歌わなくても、俺は明日出る」
リン「…情報も、無理矢理でも奪う。何をしても。…絶対、もうここにはいない」
リンの指先が摘んだ砂は、風にさらわれて灰のように飛散した。
若干のわだかまりを残したまま、私達はダイニングに移動した。
大きなテーブルに衣装を広げる。
女「あ、本当だ。ここの飾り取れかけてるし、…縫い直さなきゃね」
ミキ「できそう?」
女「余裕よ」
リン「本当にお前がこれを着てたのか?」
ミキ「そうよ!頭にはリボンつけてねー、あと奮発して買ったブラックパールのネックレスもつけてた」
リン「あっそ」
リンは冷たく言い放つと、私に向き直った。
リン「どれくらいでできる?」
女「えーと、半日あれば綺麗にできるよ」
リン「そうか。…ミキ、俺はもう少しかかりそうだ。明日には終わる」
ミキ「あら、そう」
ミキは目を細めて頷いた。
女「…」
リン、何をしてたんだろ。
ミキ「んじゃ、あとは任せるわね。私、おやつの仕込みしてくる」
らららー、と鼻歌混じりにミキはキッチンに消えていった。
女「ねえ、リン」
リン「ん」
女「…ちょっと、外で話さない?」
リンの指がぴくりと動く。 少しの間を置いて、彼は小さく頷いた。
421 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:01:26 ID:pyp
二人で階段に腰かけ、砕けては散り、砕けては散りを繰り返す波を見つめる。
女「…ミキの、体があった」
死体という表現は使えなかった。
リン「そうか」
リンの返答は静かだった。目には、海が映っている。
女「…やっぱ、綺麗だった」
リン「不思議だな」
女「試着室の中に倒れてたの。最後にあのドレス、着たかったって」
リン「その前に力尽きたのか」
女「うん」
リン「そう」
ざざ、ん。と二人の間に海の音が響く。
リン「だから泣いてたんだ」
女「…うん」
リン「お前らしいな」
ふっと片頬でリンは笑った。
女「リンなら、泣かないの?」
リン「ああ」
力強い肯定だった。 予想通りの答えだ。
422 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:05:34 ID:pyp
リン「無く意味が無い。所詮あまり関わりの無い人物だからな」
女「冷たいよ」
リン「お前が感受性豊かなだけだな。いかにも女性ってかんじだけど」
女「…やっぱ、冷たい」
リン「そうか?」
ふと、気になった。
私が死んだら、彼は泣くのだろうか。
女「…」
いや、考えても無駄だ。私は死なないし、…多分。リンは、…。
女「ねえ、リンはどこに行ってたの」
リン「そこらへん」
女「…何で教えてくれないのよ」
リン「なんかあのオカマが話すなって言うんだよ。ってか、俺もよく理解はしてない」
女「オカマ、って。…ねえ、リン。お願い」
リン「…近くの、小さい駅まで行ってた」
女「駅?」
リン「探し物があるんだとよ」
女「…ふうん?」
リン「まあ、そんなとこだ」
423 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:13:30 ID:pyp
女「…あのさ、リン」
私は、この流れでなら聞ける気がした。
「リンの探す人」のことを。 ずっと、知りたかったことを。
女「リンはさ、誰を…」
口を開いた瞬間だった。
私の手に、温かく脈打つものが重ねられた。
女「…、」
目で追うと、リンの白い手が階段の縁を掴む私の手に、重ねられていた。
リン「手が冷たい」
苦情のように、リンが呟く。
女「…な、」
私は急いで手を引き、逃げようとする。
しかしリンはそれほど力を入れている風でもないのに、私の手を逃がさなかった。
リン「急にどうしたんだ」
首を傾けて、私の顔を覗き込む。
女「リ、リンこそ!何で急にこんな」
リン「そうじゃない。何で俺に色々聞きたがる。それに」
それに、と呟く彼の息が顔にかかった。
リンの顔がかなり近くにあることを、初めて理解した。
リン「…避けてる?」
女「そ、そんなことない!!!」
リン「ふうん」
リンの手に力が篭る。私の手首が、ざあざあと音を立てた。
…血が激しく体中を駆け回る。
424 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:21:15 ID:pyp
リン「やっぱり、様子がおかしい」
女「おかしくないよ」
リン「いや、おかしい」
女「リ、…リンこそ、おかしくない?」
リン「はあ?」
女「こ、こんなベタベタ触ったりしなかったし、私に馴れ馴れしくしなかったじゃん」
リン「…」
くす、とリンが笑った。目元が細まり、優しげな色を帯びる。
リン「そりゃ、慣れるだろ。一週間近く一緒にいれば」
女「…」
リン「お前は逆に俺から距離を取りたがってるな」
女「だから、そんなこと」
…否定が弱々しく、掻き消える。
リン「俺が男だから?」
リンの声が少し低くなった。口元は笑ったままだが、目が伏せられている。
女「違う、…そ、そうじゃなくって」
リン「…」
ふいにリンの指が動いた。私の肌の上を這い、爪にたどり着く。
女「あ、あの?」
リン「…」
リンの指先が、そっと私の爪の上を滑る。
リン「避けないで」
小さな声で、彼は言った。
私は手のひらに汗が滲むのを感じた。
リンが顔を上げて、私の目を見つめた。
吸い込まれそうな目だな、と思った。
真っ黒で、真っ暗で、真っ直ぐだ。
女「…避けて、ないってば」
リン「またそう言う」
子どもをとがめる父親のような声音で、私に言ってくる。
女「…」
リンこそ、と言いたかった。
私に自分のことを話すの、避けてるじゃないか。
リン「避けないで欲しい」
また、リンが言った。
断ったらそのまま海に呑まれて消えてしまいそうな、そんなお願いだと思った。
女「…ええと」
私は、結局自分の思いをかき消す。
女「うん、…確かに、避けてるというか。ミキの指摘で若干意識しちゃってた、かも」
リン「だと思った。何度も言ってるだろ、俺はお前をそういう目で見るわけないって」
女「だよねー」
リン「馬鹿だな、お前」
女「じゃあ、その。やめる。ギスギスさせてごめん」
リン「良い、別に。発端はあのゲイだし。後で苦情入れとく」
女「それもどうかと…」
幾分かスッキリした顔で、リンが立ち上がった。
リン「帰るか。何か食わせてもらおう」
女「…うん」
私はリンに手を引かれるまま、立ち上がった。
426 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:32:18 ID:pyp
今日はここまでです。
また期間開くかもだけど、気長に待ってね
427 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:36:01 ID:Cl5
乙
リンの死亡フラグがビンビンで怖いぜ
428 :名無しさん@おーぷん :2015/09/28(月)21:40:17 ID:PtM
乙
リンが追ってる男ってのは誰なんだろう
以前親しい人に見捨てられたとも取れる発言をしていたから
クリアの群れの中、一人リンを置いて逃げた父親とかだったりするのかなー
とか飛躍した妄想を繰り広げてみる
512 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:08:17 ID:ezj
…それからというもの。
私達はミキの要望にこたえるため、せっせと働いた。
私は終日窓辺でミキのドレスを縫い、疲れたらミキとお茶なんか飲みながらおしゃべりした。
ミキの話は相変わらず面白く、視点が鋭くて。
ちょっとだけ、色気のある話なんかもした。
ミキが口元を少し曲げて私に「女は彼氏なんかいたことあるのお?」
と聞くたび、私は、なんとなく
いや
なんでもない。
リンは相変わらず朝方にふらりと外に出て行っては、昼に戻り、少し休んでまたどこかへ行った。
たまに、ミキと二人で額を寄せ合わせてこしょこしょと話をしていたりする。
仲間はずれ。とまではいかないけど、まだ少し気になる。
でもきっと、リンは私がしつこく言及したら、また微妙な表情をするのだろう。
そういえば、私達二人は結局また同じ部屋で寝ている。
遠いようで、近いようで、…やっぱり遠い。そんな少年と一緒に、私は眠るのだ。
…
まあ、そんなこんなでミキの所に身を寄せてから5日が経とうとしていた。
513 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:12:22 ID:ezj
リン「裁縫得意って言ってたよな?」
女「うん」
リン「…半日で終わるとかなんとか、息巻いていたな」
女「まあ、そこは舐めてたかな」
リン「まだかかるのか」
女「うーん、もうちょっとだけ」
リン「…」
女「…」
リン「サボってあのゲイとお喋りばっかりしてるんだろ」
ぎく。
女「し、…てないよ?いや、少しはしてる。針仕事って疲れるし」
リン「…」
女「ちゃんとやってるってば!!」
女「そういうリンだってさ、いつになったら自分の役は終わるの?」
リンはきょとんとして顔をかいた。
リン「まあ、お前次第だな。実はもうあと一手で終わるところまできてる」
女「…なにやってるの?」
リン「だから、秘密」
514 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:18:04 ID:ezj
リン「俺の仕事はゲイがステージに立つ直前に終わるから」
女「ふうん」
本当に一体、こいつは何をやっているのだろうか?
リン「で、俺はいつでも終われるんだけど。お前は?」
女「多分、今日までには」
実はドレスの損傷は、そんなに激しいわけではなかった。
丁寧に修繕のあとが見えないように縫っても、2日で終わる仕事だった。
けど、わざとゆっくりゆっくりやった。
できるだけ、仕事が長引いているように見せかけた。
…幸い、誰にもバレてはいないけど。
リン「今日、か」
女「うん」
リン「じゃあ、舞台の準備もやったほうがいいな」
女「そうだね。ミキにも手伝ってもらおうか」
リン「当たり前だ。大体自分のやるステージなんだし」
ミキ「あら、何か言った?クソ坊主」
リン「…チッ。いるならそう言え、くたばり損ない」
何日か経って、ミキとリンは大分仲良くなったと思う。
いや、冗談だ。
516 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:21:58 ID:ezj
ミキ「え、もう終わりそうなの!?」
女「うん。あとは袖のパールを一個縫って、それで終わりなんだ」
ミキ「リンも?」
リン「ああ」
ミキ「じゃあ、じゃあ今日できるのね!」
ミキはおもちゃを与えられた少年のように目を輝かせた。
きゃっほー、と空中で何度も宙返りをする。
ミキ「じゃあ、私はステージの準備しなきゃ。お化粧道具も出さなきゃ!」
リンが隣で、小さく呻いた。
ミキ「うふふー。早く歌いたいなー」
女「…」
一つだけ、気になっていることがある。
ミキは歌が歌えない、と言っていた。
…いまさらこんなことで、歌えるようになるのだろうか?
ミキ「あー楽しみー」
…歌えなかったとしたら、私達はどうすべきなのか?
517 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:25:55 ID:ezj
女「…」
最後の一針を丁寧に仕上げ、鋏で糸を断つ。
女「…できた」
ちょっとだけ、顔がにやけた。
リン「終わったのか」
女「あ、リン。今終わったよ」
リン「こんな所で作業してたのか。ミキの居る所でやればいいのに」
女「だって、ミキに見られたら楽しみなくなるじゃん」
リン「そういうもんか?…よく分からん」
女「ミキは?」
リン「ああ、舞台の準備とやらで大暴れだ。入るなってよ」
女「ええ…。マジで」
リン「夕方になるまで外で時間潰せだとさ。食事は貰ったから、適当に過ごすぞ」
女「横暴だなーミキ」
リン「自分でやりたいんだろ」
518 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:30:42 ID:ezj
ミキが作ってくれたサンドイッチを、海辺で頬張る。
潮風とスクランブルエッグのバターの香りが、鼻を抜けていった。
女「…ねー」
リン「ん」
女「私達、ちょっと休みすぎたね」
リン「そうだな」
リンが不本意そうに眉にシワを寄せた。本当はもっと早く、目的を達成したかったのかもしれない。
女「…」
特に何の感動もなく、ゴムでも食べているような顔でパンをかじるリン。
女「ねえ」
リン「…なんだよ」
女「ミキが歌えなかったら、どうする?」
リン「…」
リンの咀嚼が止まった。隆起した喉仏が動き、食事をゆっくり飲み下す。
リン「あいつが歌えなくて、俺らに情報を引き渡さなかったら、ってことか」
女「うん」
リン「…」
珍しく、目を泳がせ何事か考えている。
リン「お前はどう思う?」
女「え、私?」
リン「ああ」
女「うー、ん」
どうだろう。
519 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)11:37:54 ID:ezj
女「ミキが歌えなかったとしたら、また別に手段を考えないといけないよね」
リン「ああ」
女「それまでここで暮らす、ってのもいいんじゃない?」
私は微笑んで、足元の砂を触った。
女「ミキのところにいるの、楽しいじゃん。私は、ここが好きだよ」
リン「…」
リンは私の、ミサンガをはめた手首を見つめていた。
リン「ここにいたいか」
そう聞く声は、低く掠れていた。
女「…リンは?」
リン「俺は、ここにいたいとか、いたくないとか、…そういう考えは無い」
リン「ただ、俺は行かなきゃいけない。だからここには長く居るつもりは無い」
女「そっか」
そういうと思った。
リン「…ミキが歌えなかったら」
リンの手が、私のほうに伸びてきた。
反射的に退こうとしたが、彼は私の手ではなく砂を触っただけだった。
リン「…俺は、怒ると思う」
女「だろうね」
リン「俺はもう、ここにいるのは明日までって決めてる」
女「…そうなの?」
リン「ああ。夜、あいつが歌っても歌わなくても、俺は明日出る」
リン「…情報も、無理矢理でも奪う。何をしても。…絶対、もうここにはいない」
リンの指先が摘んだ砂は、風にさらわれて灰のように飛散した。
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