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女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」

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Part24
535 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)13:38:12 ID:ezj
ミキ「ふふ、どうだった?」
女「すごい。…上手!」
リン「中々だった」
ミキ「んふー。やっぱ歌うのって気持ち良いわね」
ミキは誇らしげに胸を張ると、ちらりとクリアを見た。
ミキ「ありがと、リン。ちゃんと連れてきてくれたのね」
リン「おー」
ミキ「…」
ほつれた髪をそっと耳にかけ、ミキは体をクリアに向ける。
ミキ「…今夜はどうか、楽しんでくださいね」
クリアの体が、微動する。
ミキがまた、今度は軽快な音楽に合わせて歌いだした。
女「…」
そっと後ろを見ると、クリアはミキの声から出る振動に合わせて、
女(…踊ってる?)
そんな風に、見えた。
ミキは飽くことなく、かすれることもなく何曲も歌い上げた。
たまにマイクをこちらに向けて合いの手を要求してくる。
私はくすくす笑って、リンはしかめっつらをしながらも、それに乗ってあげた。
楽しい時間が、音楽と一緒に流れていった。

536 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)13:44:32 ID:ezj
ミキ「あー…楽しい!」
ミキが酔っ払ったような赤い顔と表情で言う。
ミキ「でも、そろそろ1時間。ショーはラストです」
女「えー」
ミキ「最後に一曲、私のオハコでシメたいと思いますっ」
女「まだ終わらないでー!」
リン「ノリすぎだろ、お前…」
ミキ「最後の歌は、…」
ミキがそっとマイクをスタンドから外す。
そのままするりとステージを下り、微かな風を起こしながら私達の横をすり抜けた。
ミキ「…」
クリアの前で、止まる。
クリアは動かない。
ミキ「あなたに、最後の歌を贈ります」
ミキが微笑んだ。
ピアノの音が、スピーカーから流れ始める。
シンプルな、ピアノだけの伴奏だった。
ミキは目を閉じて、ふわりふわりと踊りながら歌った。
女「…」
リン「あれ」
リンがクリアを指差す。
クリアが、…震えていた。
ぽた、と床から微かな音が響く。
女「…水が」
クリアの体からいくつもの水滴が落ち、床に水玉の模様を作りはじめていた。

537 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)13:51:36 ID:ezj
リン「泣いてるみたいだな」
リンがぼそりと呟いた。
女「本当だ」
ぽろん、ぽろん、とピアノの伴奏はだんだん緩慢になっていく。
ミキ「…」
最後に大きく息を吸い、長い音をミキは吐き出した。
ぽろん。
歌が、終わった。
ミキ「…」
同時に、ミキが顔を覆った。
ごとりとマイクが大きな音を立てて落ち、雑音が響き渡る。
女「ミキ?」
ミキ「…ー」
ミキの喉から、聞いたこともないような細く、搾り出すような音が漏れる。
泣いていた。
小さく体を震わせ、声を殺しながら、泣いていた。
リン「…」
私とリンは静かに立ち上がり、…けれど何もできず、その光景を見守っていた。
ミキ「…んで」
ミキ「…なんでよお…」
ミキがしゃっくりを上げながら、呟いた。
ミキ「…なんで、…会いに来てくれなかったのよ…」
クリアが、ぽたぽたと雫を落とす。
ミキ「…お父さん…」
ミキが苦しげに言葉を搾り出した。

538 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)13:57:05 ID:ezj
その瞬間だった。
クリアが今まで微かにしか動かしていなかった体を
女「…あ」
ステージのほうへと滑らしたのは。
リン「…下がれ」
リンが私の腕を引いて、一歩前に出た。
クリアは一直線に私のほうへと向かってくる。
女「…リン、いいよ。大丈夫」
リン「こいつ、…まさか」
女「…」
私はそっと手を伸ばした。
ミキ「…」
ミキが赤い目でその光景を見つめる。
女「ミキ」
ミキ「…やって」
目を閉じて、微笑む。
ミキ「リンから聞いた。あんた、記憶が読めるんでしょ。…やって」
女「…」
私は小さく息をつき、指をクリアの濡れる体に差し込んだ。
視界が、青く歪んだ。

539 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:05:14 ID:ezj
ああ、どうしてだろう。
どうしてあいつにあんな軟弱な名前を与えてしまったのか。
…女の子のようじゃないか。せめて「ミキオ」にしておけばよかった。
だいたい、ヨシコもヨシコだ。
俺が相談したときには、ただ微笑んで
「いいじゃないですか、ミキ。…真っ直ぐとした子どもに育ちますよ」
なんて言うから。
俺もきわめて常識的で、頭の良い女であるヨシコがそういうなら、と
この名前を書類に書いて、役所に出してしまったのだ。
ミキ、だなんて。
冷静に考えれば少し妙だと気づくだろうに。
ヨシコが妊娠初期の頃に行った旅行で見た、「ご神木」。
しめ縄に囲まれて逞しく聳え立つその、がっしりとした体。
「幹」だ。
そんな男に、なってほしかった。
大地をしっかりと踏みしめ、誇り高く聳え立つような、強い男に。


540 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:11:45 ID:ezj
男の子だと分かった時は本当に嬉しかった。
俺は別に、性別がどうであれ関係なく喜ぶだろうが
…男の子は、別格だった。
一緒にサッカーをしよう。野球をしよう。
教養はしっかりしていなければならない。小さいときから俺が教えて、頭の良い男にしよう。
習い事だってさせてやろう。あいつが興味を持つもの、全てを体験させてやるんだ。
けど、俺は厳しいぞ。
三日坊主なんて許さない。しっかりした目標があって、俺を説き伏せるような情熱がなきゃあ、駄目だ。
時には殴ってしまうだろう。大声で怒鳴りつけてしまうだろう。
けどな、ミキ。
お前は巨木だ。どんな大風にだって負けない太い幹を持ってるんだ。
だからヘコたれるな。
親父の叱責なんか、跳ね飛ばして前進するような男になるんだ。
「ミキ」
俺の子だ。
「ミキ、強い男になれ」
俺の大事な大事な、長男坊だ。

541 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:19:57 ID:ezj
俺はミキを一生懸命育てた。
ミキは頭もいいし、体つきだって立派で、…顔はヨシコに似たのか精悍で整っていた。
幼稚園だって良いところに入れた。
小学校は、ヨシコの反対も振り切って受験させた。
野球クラブの活動も勉強も、あいつは抜きん出て優秀だった。
中学校でも生徒会に入って活躍した。
中学校2年生の時に出た弁論大会なんて、なあ。
あんな感動的なスピーチ初めて聞いたんだ。
俺は嬉しいやら誇らしいやらで、保護者席で一人涙を流してしまった。
あいつは高校受験だって、県内一番の進学校に合格した。
自慢だった。
周りはみな、俺の息子を褒めた。羨ましがった。
俺は何時しか、「ミキ」と名づけたことをを悔やまなくなっていた。
…あのときまでは。

542 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:28:34 ID:ezj
「父さん、話があるんだ」
高校3年生の夏だ。
大学受験にむけて着々と成績を伸ばしていたあいつが、急に伸び悩みはじめた。
担任から電話がかかってきて、こういわれた。
「最近、ミキくんの交友関係は把握されていますか?」
「え?ミキのですか。いやあ、部活はもう終わったし、俺の出る幕でもないですし」
「そうですか。…いえ、少し気になることがありまして」
「はあ」
「…××高校の、評判のあまりよくない生徒とつるんでいるようでして」
「はあ?」
××高校、なんて。県内で一番品がなく偏差値も低い高校じゃないか。
そんな人間とどうしてミキがつきあうものか。
「それでですね、一度ミキくんが学校を病欠したとき…」
待て。ミキは学校を休んだことなんて無いぞ。
どういうことなんだ?
「…××高校の生徒と、駅周辺でつるんでいるのを見た、と目撃情報がありまして…」
そんなはず、ないだろう。何を言っているんだこいつは。
「最近なにか、変わったことは?」

ミキにかぎって、そんな。
そんなことが。

543 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:36:08 ID:ezj
「父さん、話があるんだ」
ああ、俺もあったんだミキ。
たくさんの事を言われたんだ。
××高校の生徒と、楽器遊びをしてるとか。
学校をサボってカラオケ、…だかなんだかに行ったとか。
成績もがくんと下がってるだとか。
下卑た女子高生が噂してたのも、聞いた。
「ミキくんって、ゲイらしいよ。だってウチ見たもん。××高校の男と、ラブホ街に入ってたとこ」
はらわたが煮えくり返りそうだった。
でも、ぐっとこらえた。
「父さん、俺な」
だってな、ミキ。お前に限ってそんなことはないだろう?
真面目な顔をして、正座して、唇を引き結んで。
何を話すっていうんだ、ミキ。
「父さん、俺」
「…●●大学には、進学しない」
「××高校のやつらと、バンド組んだんだ。本格的に、音楽がしたい」
「駅前で演奏してたら、音楽会社の人から名刺だって貰ったんだ。きっと売れるって、だから」
ミキ、
「…父さん?」
俺の拳に、初めて息子を渾身の力で殴りつけた痛みが広がった。

544 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:43:08 ID:ezj
ミキの体は簡単に吹き飛んだ。
ヨシコが何事か叫んで俺の腕に縊りついたが、それすら乱暴に振り払った。
「落ち着いて聞いて欲しい」
鼻血を出しながら、ミキは俺を真っ直ぐに見つめた。
ふざけるな、何がバンドだ。
××高校のやつらなんか、勉強も運動もできないからそんな軟派なものに逃げてるだけだ。
そんな適当なやつらに感化されてどうする。
お前には頭も、スポーツもあるのに。
●●大学に入って、勉強して、俺みたいな立派な銀行員になりたいって言ってたじゃないか。
どうして今更折れようとするんだ、ミキ!
お前は固く、どんな力にだって屈しない男なんだろうが!
何で自分から腐ろうとするんだ、ミキ!
「ちゃんと理由があるんだ」
理由?
「…」
まさか、お前
「あの噂、…本当だったのか」
「え?」
「××高校の男子生徒と付き合ってるっていう、噂がたってるんだよ!どうなんだ、ミキ!ええ!?」
「…」
俺が手塩にかけて育てた、立派な巨木。
「…父さん」
「…そうだ。俺、ユキノと付き合ってる。だから、あいつに付いて行って音楽がやりたい」
「あいつの夢、俺が一緒に叶えてやりたい」
折れて、腐ってしまった。

545 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)14:52:34 ID:ezj
俺は何度も何度も拳を振り下ろし、喉が裂けるまで怒鳴った。
ミキも初めて俺に反抗した。
汚い言葉を吐いて俺を罵り、ユキノとかいう汚らしい男子生徒を庇うような発言をした。
昔からスキだった、昔からこうだった。
ミキが泣きながら叫び、俺は吠えながらその顔面を殴りつける。
ヨシコが悲鳴をあげながら俺を引き剥がそうとしていた。
地獄だった。
俺が怒りのあまり眩暈をおこし、へたりこむまで地獄は続いた。
ヨシコが嗚咽をあげながら、紙くずのように倒れる息子の体を抱きしめていた。
「勝手にしろ」
俺は血と一緒に言葉を吐いた。
「お前はもう、俺の息子なんかじゃない。だから勝手にしろ」
ミキはそれきり、家に帰ってこなかった。
高校にも出席せず、結局卒業も受験もしないまま、消えた。
ミキの部屋にあったものは、全て捨てた。
不愉快で、汚らわしかった。
美しかったヨシコは、この一件でやつれた。
口数も少なくなり、家庭には冷えた空気が流れた。
俺の額にも、前には無かった厳しく深いシワが刻まれた。
全ては、あの日に崩壊したのだ。

546 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:00:30 ID:ezj
何年かたって、俺はもう若くはなくなった。
ある日のことだ。ヨシコが夜中に何ごとか電話で話しているのを見つけた。
相手は若い男のようだった。
浮気、の二文字がちらついたが思い直す。
ヨシコももう、以前のように視線だけで男を溶かすような女ではなくなっていたのだ。
「誰と話をしていた」
単刀直入に聞くと、ヨシコはふ、と笑った。
「ミキ、ですよ」
そういって半ば冷えた茶を飲み干す。
「…」
俺は絶句した。
問い詰めると、ミキがいなくなった日からちゃんと連絡はとっていたそうなのだ。
定期的に会って食事もしていたし、親子仲は健在だといった。
「あなたは、固いんです」
そういうミキの声音には、明らかに俺を非難する響があった。
「ミキが男に興味があるからって、何なんです。音楽がやりたいからって、何なんです」
「あなたは結局、ミキを自分の理想の人形にしたてたかっただけなんですよ」
「ミキはあなたに会いたくないと言っていましたよ。合わせる顔が無いって、…」
「私は、そうは思いません。ミキは努力しましたし、理解されようと必死でした。あなたは、」
ヨシコは一拍置いて、青くなった俺の顔を見つめた。
「あなたは鬼です」

547 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:08:52 ID:ezj
ヨシコは色々なことを語った。
ミキは高校こそ中退したものの、一生懸命バンドを頑張ったのだということ。
CDを出し、ライブもするようになったが、その矢先ユキノが肺をわずらい、解散してしまったこと。
バイトを何件もかけもちし、遂にはホストなどという職に手を出してまで、お金を集めたということ。
新しい夢を見つけた、ということ。
調理師の資格をとり、かつてのメンバー1名と一緒にレストランを開いたのだということ。
そこのステージで、いまも歌っているということ。
俺は、息ができなかった。
何も知らない。 俺はたったひとりの息子のことを、何も知らない。
「ミキは私に、レストランの招待券をくれました」
俺は知らない。
幹は俺の思ったとおりに育たなかった。
しかし、曲がった訳ではなかった。腐ったわけではなかった。
自分の夢を、頑なに通そうとしていた。
俺は、知らなかった。
「…ミキは、あなたに会いたくないでしょうね」
そうだろう。
俺は、
俺は、ミキにしてはならないことをした。
それを、今身をもって知った。

548 :名無しさん@おーぷん :2015/10/11(日)15:15:15 ID:ezj
「あなたは酷い人です」
ヨシコははっきりものを言う女だった。
「離婚しようと考えたこともあります。けど、ミキが止めました」
「ミキはあなたのことを恨んではいません。それどころかあなたを心配すらしています」
ヨシコが、かぎ状に曲がった指で俺に招待券を差し出してきた。
「謝りなさい」
「行って、ミキに謝ってきなさい」
俺は、…。
黙って券を見つめることしかできなかった。
ヨシコは溜息をついた。
「どうしようもない人です」
その通りだった。
また、しばらく月日が経った。
俺は招待券を捨てずにとっておいた。
それを見て時折、考えた。
俺はミキに会う資格があるのか?謝る資格があるのか?
…その勇気があるのか?
答えは一向に見つからなかった。

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