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女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」

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Part13
216 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)13:57:47 ID:1mE
確かに。隙間から流れ込んできたのは、秋夜の涼しげな風だ。
リン「職員用のか…。なるほど、マップに記載していないわけだ」
大きくドアを開きながら、リンが呟いた。
階段を下りた先に、小さな駐車場入り口が見えた。
女「…ここね」
リン「ああ」
リンが先に行き、金網でできた入り口の扉を開ける。と
リン「…いや。おい、お前ら来るな。…奴らだ」
女「え、…」
心臓がどくん、と脈打った。
リン「…4体もいやがる。…こんな所に集まってたのか」
女「リン。…どうするの」
リン「静かに。…車が3台確認できる。おい、どれがお前の車だ?」
コマリ「…ええと、…小さいやつ」
リン「…。一つは外車、二つは黒と赤の軽自動車。どっちだ」
コマリ「…」
考え込むコマリに、リンはイラついたような視線を送る。
コマリ「…ごめんなさい。分からない…」
リン「…はぁ」
女「リン。…そんな、仕方ないじゃない」
リン「もういい。あいつらがいなくなるまで待つ。それで探せばいいしな」
リンは乱暴に階段に腰を下ろした。コマリは申し訳なさそうに顔を伏せる。

217 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:01:50 ID:1mE
女「リン、トウメイはどこにいるの」
リン「見なくて良い。気づかれたら厄介だ。…駐車場をあてもなくフラついてる」
女「そっか…」
朝が来たら、消えるだろうか。
もし、消えなかったら…?
コマリ「…」モゾ
コマリが身をよじり、私の腕を掴んだ。
女「大丈夫だよ、コマリ。なんとかなるって」
くしゃくしゃと頭を撫でてあげると、コマリは小さく頷いた。
リン「…」
リンはそんな様子を、感情のこもらない目で見つめていた。
何分経っただろうか。
ただぼんやりと、3人階段の最上部に腰掛ける。
欠伸が出た。
リン「…」
そしてリンに睨まれた。
女「…仮眠とっちゃだめ?」
リン「ふざけるな。俺が一番ねむいし疲れてる」

218 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:06:40 ID:1mE
コマリ「二人とも、ごめんね」
女「ううん、いいんだよ」
リン「大体お前が昼間に俺たちをからかわなければ、事は円滑に進んだんだ」
コマリ「…だって。遊んで欲しくて」
リン「くだらない。あれはただ俺たちを馬鹿にしてただけだろ」
女「あー、と。ちょっと、リン。相手は子どもだよ」
リン「知るか。分別の効かない年齢という訳でもないだろ」
女「もう、やめてってば」
コマリ「…」
コマリが薄く桃色に染まった膝を抱えた。
コマリ「…お母さんに、早く会いたい」
リン「…」
リンが首をたれ、忌々しげに溜息をついた。
リン「…ガキが。辛いのは自分ひとりだと思ってる」
女「リン」
リン「俺は。…いや、俺らだって状況は同じだったんだぞ」
女「コマリはまだ、子どもだもん。私達とは全然違うよ」
リン「…」
言ってから、気づいた。5年前、リンは11歳だ。コマリと、そんなに変わらない。

219 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:12:54 ID:1mE
リン「…俺だって親と離れた」
コマリ「…」
リン「女だってそうだろ。…なあ」
女「もう、やめよう」
コマリ「…ぐすっ」
コマリがついに、自分の膝に顔をうずめてしまった。
子どもの空っぽだった心を、“親”というワードが切なくつついたのだ。
女「…コマリ。泣かないで」
リン「泣くな。泣いたってお前の母親は来てはくれない」
女「リンっ」
リン「事実だろ。誰も助けてはくれないんだ。…誰もな」
女「いい加減にして。殴るよ」
ぎゅっと拳を固めると、リンは意外そうに目を瞬かせた。
リン「へえ」
女「…コマリをわざと刺激しないで」
リン「…」
リンは暫く、私の腕にしがみついてすすり泣き始めたコマリを見ていた。
やがて、私の顔に視線を戻す。
リン「会って半日のガキに、よくそこまで感情移入できるな」
女「…」
リン「俺は、…どうとも思わない。残念ながら」
女「リン、…。あなた本当、可哀相だよね。もういい」
私はついにリンに背を向けた。おなかの中に熱い怒りが溜まっていくようだった。

220 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:19:28 ID:1mE
女「コマリ、泣かないで。リンは冷めた人間だからああいうことが言えるんだよ」
コマリの頭をなでながら、優しく言う。
ひっく、ひっくとしゃっくり上げる彼が、可哀相でならなかった。
女(よく感情移入できるな、じゃないわよ)
生きてる人間以外には冷めた態度なんて、どうかしている。
自分の境遇が厳しかったのは、分かる。リンもリンなりに、想像を絶する辛さもあったろう。
…何も聞かせてはくれないけれど。
でも、だからこそ、他人には優しくすべきなんだ。
女「…」ポフポフ
コマリは涙を流し続けた。
リン「…」
リンは秋風に髪をなびかせながら、だんまりを決め込んでいる。
と。
リン「おい」
肩越しに声をかけられた。
女「…」
無視する。
リン「おいって」
リンの手が肩に触れた。
女「何。触んないで冷血人間」
リン「…様子がおかしい」
女「え?」
リン「クリアの動きがおかしい。…集まっている」


221 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:25:26 ID:1mE
女「本当に」
コマリを抱いたまま振り向くと、リンはすでに立ち上がっていた。
リン「…まずいな」
女「リン。…どうなってるの」
リン「こっちに来る」
月が高い。夜明けまでは長い。
私は唾を飲み下した。
リン「…多分そのガキの泣き声を聞きつけたな」
コマリ「…っ」
女「そん、な」
リン「もうバレてる。確実だ」
コマリ「ごめんな、…さい」
リン「謝られても遅いし、何の解決にもならない」
リンがポケットから黒い手袋を取り出し、両手にはめた。
リン「迎え撃つ。お前らは邪魔だから後ろの部屋に入っておけ」
女「…でも」
リン「ぐずぐずするな」
女「4体だよ?リン一人じゃ」
リン「いいから。…さっさとしろ」

222 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:31:25 ID:1mE
唇を引き結んだ。警棒を伸ばして立つリンの背中を、見つめる。
リン「…」
しっしっと、犬でも追い払うように後ろ手を払うリン。
女「私がやる」
背中に声をかけた。
リン「いい」
女「…私だって戦えるよ」
リン「この間だって俺に助けられてた」
女「確かに、トウメイに武器を振るうのは抵抗があるよ。人間だったものだもん。でも」
リン「記憶を読めば助けてやれる、っていうことか?」
はん、とリンが冷たく笑った。
リン「何の正義感なんだ、それ?誰が頼んだ?もうアレは人じゃない。処分するだけだ」
女「でも、何かを伝えたくてさ迷ってるんだよ」
リン「それはお前の主観だ。資料でも読んだだろ。あいつらは、仲間を増やしたいんだ」
リン「お前のお人よしに付き合う義理はない。下がれ」
女「…っ」
胸が痛かった。
リンは、トウメイを障害物としか考えてなくて。
それに、私の事は…
女「信用してないんだね」
リン「…」
女「…ねえ、会って数日だけど、信用してって言うのは、駄目なことかな」

223 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:36:22 ID:1mE
ぴしゃ、と水音がした。
リンはトウメイから目を離さない。
女「…コマリ、部屋に入ってて」
コマリ「でも」
女「大丈夫だから」
リン「ふざけるな、お前も」
バタン
リン「…馬鹿。何がしたいんだ」
女「私もやるって、言ってるの」
リン「いい加減にしろよ。あのな、信用するとかしないとか、そういう問題ですらない」
リン「俺が処理するのが一番現実的で安全だからだ。わざわざお前を危険にさらす意味は無い」
女「でも、私お荷物は嫌だもん」
リンのほうへ近づき、同じ位置に立つ。
リン「最後の警告だ。下がれ」
女「うるさい。リンの馬鹿。友達を助けるのは当たり前でしょ」
リンの口が、開いた。
リン「ともだ、ち?」
女「ん」
トウメイが、金網からにじみ出るようにこちらへ向かってきている。
私は警棒を抜いた。
使わなくても、握っていると安心する。

224 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:41:40 ID:1mE
リン「…」
リンの表情が、ぽかんとしたまま固まっている。
女「何か変なこと、言った?」
リン「…俺とお前は友達なのか?」
女「うん」
リン「いつから」
女「会った時から」
ぴしゃ、 ばしゃ。
トウメイが軟体を伸ばし、階段を登ってくる。
リン「…」
リン「お前さ」
女「うん」
リン「…」
リン「…一緒に、…してくれるのか」
女「うん」
リン「俺のせいでケガするかもしれないぞ。守ってやれないかもしれないぞ」
女「大丈夫。そんなことより、私が何もしないでリンが傷つくほうが嫌だ」
リン「…」
女「私、変かなあ。会って3日のリンに、ここまでするって」
リン「変だ」
ぱしゃ、ぴしゃ。
女「そっか、変か」
女「…でも、リンだって。私を守ってくれたし、危険から遠ざけようとしてくれてるじゃない。会って3日なのに」
彼は、優しいのだ。

225 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:46:04 ID:1mE
リン「…」
青い液状の体が、私達へと手を伸ばす。
リン「…左の1体」
女「え?」
リン「左の1体だけなら、やらせてやる」
女「分かった」
リンが堅く警棒を握り締めた。
リン「3,2,1で突っ込む。いいか」
女「オッケー」
リンの唇が一瞬、戦慄いた。
リン「…3,2」
いち。
リンと私は、同時に地面を蹴った。

226 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:50:08 ID:1mE
リンが目一杯広げた警棒で、右の2体をなぎ倒す。
倒せてはいない。横に傾いだだけだ。
リン「…気をつけろ!固い!」
叫んだが、関係はないのだ。
私に、トウメイの固さや大きさや、速さなんて。
女「…」
ただ、手をふれてやるだけでいい。
細長い形をしたトウメイに向き合い、私はそっと手を伸ばした。
人差し指が青いトウメイの体に触れ、
…言いつけを破ることにはなるが、私は傍にいた大き目のトウメイにも手を触れた。
目の前に、青が広がった。

227 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)14:56:15 ID:1mE
彼女のことは、出会ったときから好きだった。
まあ、率直に言うとタイプだったのだ。
家計を支えるためにアルバイトを転々とし、ついにここにたどり着いた、彼女。
「実は、5歳になる息子がいまして」
面接の時、はにかむようにして言った。
既婚、か。
それに子持ち。
少しばかり残念だった。
一児の母とは思えないほどの美しさが、彼女にはあった。
それだけじゃない。
彼女の優しさ、仕事に対する熱心さ、子どもへの愛情、
全てを知るたびに、私の心は揺れ動いた。
しかし、揺れるだけだった。彼女には彼女の幸せがある。それで十分だった。

228 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:04:08 ID:1mE
彼女の夫が、彼女と子どもに暴力を振るっていると知ったのは
…いつだったか。
恐らく、彼女を雇ってから半年が経とうとしていたとき。
走ってきたコマリくんを抱きとめたときに、ちらりと見えた彼女の背中。
醜い痣があった。
「ぶつけたんです」
彼女は息子を抱いたまま、ぎこちなく笑った。
「イイジマ社長、ハタノさんのことなんですが」
夏限定の短期で雇っていた女子大生が、言った。
「私ぃ、見ちゃったんですよ。ハタノさんの旦那さん」
詳しく聞くつもりはなかったが、嫌な予感がした。
「…駐車場で、何か揉め事してたんです。車の前で」
「それで、…旦那さん、ハタノさんの頬を二発」
息が止まった。
「…殴ったんですよね。ハタノさん、黙って車に乗り込んで、旦那さんと一緒に帰っちゃいましたけど」
「私、びっくりしすぎて動けなくて。前々から、ハタノさんの体に痣があるの、見てたんですけど」
DVか。
小さな独り言を拾い上げ、女子大生は大きく頷いた。
心根の優しい子だった。化粧は濃すぎるが。

229 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:08:20 ID:1mE
色々な話を聞いて分かった。
彼女はまだ未成年の頃に、5つ年上の男と結婚した。
男は最初こそ真面目に家庭を守っていたが、ある日その仮面がはがれた。
会社でミスをした。
上司に怒られた。
自分は落ち込んで帰ってきているのに、妻は気が利かず、飯は俺の気分好みでない。
殴った。
気持ちよかったのだろうか。
抵抗しない妻を、難癖つけては何度も何度も。
お前、パート先の大学生と親しくしているんだってな。
変えろ。
おい、帰りが遅い。
変えろ。
妻は自分の所有物だという考えが、腐った頭に繁殖していった。

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