女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
Part14
230 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:13:57 ID:1mE
ある日、一度たりとも休まなかった彼女が、3日間の暇を申し出てきた。
「風邪をひいてしまって」
そういう彼女の声は、全くかすれていなかった。
言うべきかどうか、迷った。
自分が彼女の救いになろうなんて、おこがましい。
けど、
けど、俺がやれるのに、やらないのは酷く傲慢な気がした。
下心でも何でも、どうとでも言え。
俺は彼女を救ってやりたい。
電話口で女子大生から聞いた話や、社員の噂を全て伝えた。
彼女は沈黙の後
「…イイジマ、さん」
声がかすれた。
風邪ではない。
「助けて、ください…」
分かった。なんとかしよう。俺を含め、皆が君の味方だ。
俺は大きく、頷いた。
231 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:15:25 ID:1mE
…
青が、切り替わる。
…
232 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:20:25 ID:1mE
あ、しまった。
コマリを車に乗せてから、気づいた。
「イイジマさん、事務室の鍵閉めましたっけ」
「あ」
社長の大きな体が一瞬、のけぞる。
「うわあ、忘れてた。ごめん、ハタノさん」
「いえ、急いでかけて来ましょう。マリちゃんたちももう、外に出るだろうし」
「俺も行くよ」
「すみません」
ガチャ。
「よし、これでいい」
「ええと、他にかけ忘れ、ありませんよね?」
「ないない。大丈夫だよ」
「じゃあ、戻りましょうか」
「ああ」
イイジマさんと二人で、暗い廊下を歩く。
「…あのさ」
イイジマさんは、私に話しかけるとき、いつも「あのさ」ではじめる。
233 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:25:45 ID:1mE
「なんですか?」
「…ハタノさんは、離島のお父さんの家に避難するんだったよね」
「そうです」
「いや、本当。参ったよね、このパンデミック」
「まだ実感ないですよね…。私も、ニュースで言われるまで関係ないことだと思ってました」
「折角社員たちとの食事会も企画してたのになあ」
「残念ですね」
「…また治まって、ここに戻ってこれたら。そのときは」
「ええ、飲み明かしましょう」
「…えーと、ハタノさん」
「はい?」
「その、…。前メールで、コマリくんと一緒に行こうって言ってた…」
「ああ、あの焼肉屋さんですか」
「うん。それも、また落ち着いたら行こう」
「はい」
眼鏡の奥で、私の恩人の目が細められた。
234 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:29:13 ID:1mE
恩人、だ。
彼は私を、あの人から救ってくれた。
最近、マリちゃんに言われた。
「ハタノさんってぇ、社長の気持ちに気づいてるんですかぁ?」
気づいてる。
でも、距離を測りかねている。
彼は、成功した部類の企業家であり、私は、バツが一つ付いた子持ちの女。
彼の人生に、私が近づくことで暗い影がさしたらどうしよう。
「ハタノさん」
「はい?」
「その、また会える日を楽しみにしています」
「私もです」
「…コマリくんも、お元気で」
「ええ」
「…」
「ハタノさん」
「はい」
「あの、結婚しませんか?」
うん?
235 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:35:15 ID:1mE
見上げると、私より30センチも背が高い大男がだらだらと汗をかいていた。
「今、何と」
「いえ、結婚しませんかと」
「…今ですか」
「い、いえ。ここにまた戻って来たらです」
「…何でこのタイミングで言うのですか」
「あ、いえ、その」
「…すみません。あの、映画で。…こういうシーンがあったんですよね」
「はあ」
「戻ってきたら、結婚しよう、っていう」
「よくありますね」
「…あこがれてまして」
「…ぶっ」
笑った。
彼の真剣なまなざしと、もうお馬鹿としか言いようの無い臭すぎるタイミング。
「イ、イイジマさん…。あはは…」
「お、おかしいですか」
「はい、おかしいです」
「……す、すみません。空気を読まず」
ああ、彼は私の希望だ。
いつだって救ってくれる。笑わせてくれる。
暗い底にいる私に、リスクを犯すのも構わず網を投げかけてくれるのだ。
どうとでも言え。
周りにどういわれたって、構わない。
私の添い遂げる人は、あの人ではなかった。 この人だ。
236 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:39:56 ID:1mE
「イイジマさん」
「…はい」
もう振られただろうと目の下に隈まで作り始めた彼に、向き直る。
「しましょう」
「え」
「でも、今のプロポーズは聞かなかったことにします」
「え、え」
「またここで会いましょう」
「社員の食事会も、焼肉屋さんも、行きましょう」
「私達が落ち着いて、それからこの国も落ち着いたら」
「…また、プロポーズしてください。しかるべき手順を踏んで」
「ハ、ハタノさん」
そうだ。私たちまだ、付き合ってすらいないというのに。
順序を飛ばしすぎなのだ、この人は。
「もしまたプロポーズしてくれたら、そのときは喜んでお受けします」
「…こんな私でよければ」
イイジマさんが、ぽかんと口を開けた。
「あ、…ありがとう、ございます!」
彼の歓喜の叫びに被せるように、女性の悲鳴が響き渡った。
237 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:43:11 ID:1mE
…。
アイちゃんの頭が破裂した。
イイジマさんの頭が破裂した。
かつて私に結婚を申し込んだ男の残骸が、私を殴りつけた。
眩暈がする。
「ママ?」
ああ、コマリ。
「なに、これ?」
それ、…触っちゃ、だめ。
「コマ、…リ」
238 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:45:37 ID:1mE
「ママ、大丈夫?」
コマリ、大丈夫じゃないよ。
「泣かないで」
泣きたくないよ。
けど、勝手に涙が出るんだよ。
どうして。
どうしてよ。
やっと幸せになれると思ったのに。
私と、コマリと、…彼とで。
何でなのよ。
誰がこんなひどいことを、するの。
コマリ。
せめて、この子だけは。
この子だけは、守らないと。
頭が痛い。
どこかで水音がする。
だんだん大きくなっていく。
違う。
あたまのなかで、おとがする。
「コマリ」
239 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:51:17 ID:1mE
女「…っ!!」ズシャッ
思わず膝をついた。
コマリのお母さんと、それからここの社長。
二人の記憶を受け入れた私の体が、小さく痙攣した。
変な感じだ。 自分が、自分じゃ、ないみたいで。
手足と頭が、妙に痺れて。
リン「…女っ!!」
すぐ横で、破裂音がした。
リンの振るった警棒が、的確に2体の頭部を砕いた。
女「…リン、離れて。破裂するよ」
「ああ、あ」
「ぶじ、で、いて」
イイジマさんと思われるトウメイが、揺らぐ。
女「…大丈夫。またすぐ会える」
パン。
「…コマ、リ」
間髪入れず揺れ始める、コマリの母親のトウメイ。
女「…コマリくんのこと、私が引き受けます。安心して、…さよなら」
「…ママ?」
上から、声がした。
コマリが、セーラーシャツの裾を握り締め、立っている。
「コマ…」
コマリ「…ママ!!」
240 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:55:07 ID:1mE
コマリが、トウメイに駆け寄った。
コマリ「ママ、ママ!!」
掠れる腕を伸ばし、膨張しはじめた液体に抱きつく。
「…あ」
コマリ「ごめんね、ママ。助けて、あげられなくて」
「ううん」
コマリ「…ママ」
コマリ「僕もすぐ、行くからね」
私は静かに立ち上がった。
リンが、そばにいた。
リン「…」
黙って、私の肩を支えた。
「…あのね、ママね」
「イイジマさんの、奥さんになろうと思うんだ」
コマリ「うん」
「いいかな?」
コマリ「うん!」
「…ありがと。コマリ。三人で、」
しあわせになろうね。
パン。
青い水が、コマリの体をすり抜け、散った。
241 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:59:29 ID:1mE
コマリ「…」
女「コマリ」
リン「…」
先に動いたのは、リンだった。
水を手のひらで救い、座り込んだコマリに歩み寄る。
リン「お前の母さん、立派だったな」
コマリ「え、…?」
リン「イイジマさん、だっけ?あの人もいい奴だ。安心しろ、未来は安泰だぞ」
そういいながら、コマリの脇に手を入れ、抱き上げる。
リン「行こう」
女「…うん」
だんだんと色が抜け始めたコマリを、しっかりした腕に抱きしめ。
リンは駐車場に入った。
リン「お前、どこにいるかな」
歌うように、あやすように、リンは車を覗き込んでいく。
コマリ「…」
コマリはもう、喋らなかった。
242 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:05:36 ID:1mE
リン「女」
女「…何」
リン「来てみろ」
手前にあった軽自動車の前で、リンは立ち止まった。
リン「…見つけた」
顎で、助手席を示す。
私は、深呼吸をしてから、ガラスを覗きこんだ。
コマリは、そこにいた。
狭い車の助手席に、膝を抱えて眠る少年。
呼吸は、していない。
リン「開けてくれないか」
頷いて、ドアを開ける。
コマリの体はびくともしなかった。
女「…生きてる、みたい」
リン「…首を見てみろ」
コマリの白いうなじに、薔薇のような痣があった。
女「これ。…」
リン「どういう仕組みかは知らない。けど、…こいつの死体はこのままの形で、残ってる」
そんなことが。
コマリの体からは、お日様のような匂いがした。
たった一部分の腐敗もない、生前そのままの姿。
243 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:10:07 ID:1mE
リン「おい、聞こえるか」
リンが腕の中のコマリを軽く揺さぶった。
リン「お前、いたぞ。こんな所で、一人でずっといたんだな」
コマリ「…うん」
リン「寂しかったな」
コマリ「…うん」
リン「もう、休め」
コマリ「…」
コマリの瞬きが、緩慢になっていく。
コマリ「…リン」
リン「何だ」
コマリ「彼は。…海に行くって、言ってたよ」
リン「ああ」
コマリ「…あのね。…僕だけじゃ、ないんだ」
リン「そうか」
コマリ「ユウレイにね、…なってる、人。僕、知ってる。…黙ってて、ごめん」
リン「構わない」
女「…」
コマリ「女」
女「なに」
コマリ「…ありがと。リンも」
リン「俺はついでか」
コマリは、柔らかく笑った。 目を閉じた。
二度と再開することのない、最後の瞬きを、終えた。
244 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:13:27 ID:1mE
さらり、と
シーツのこすれあうような、綺麗な音がした。
女「あ、…」
リン「…」
全てを終えて眠りについた、煙のコマリが
そして、助手席で眠るコマリが
まるで魔法のように、消えた。
リン「…」
女「…」
空が白み始めている。
朝が来た。
私達の間に、コマリのあの、お日様のような匂いが漂っていた。
ある日、一度たりとも休まなかった彼女が、3日間の暇を申し出てきた。
「風邪をひいてしまって」
そういう彼女の声は、全くかすれていなかった。
言うべきかどうか、迷った。
自分が彼女の救いになろうなんて、おこがましい。
けど、
けど、俺がやれるのに、やらないのは酷く傲慢な気がした。
下心でも何でも、どうとでも言え。
俺は彼女を救ってやりたい。
電話口で女子大生から聞いた話や、社員の噂を全て伝えた。
彼女は沈黙の後
「…イイジマ、さん」
声がかすれた。
風邪ではない。
「助けて、ください…」
分かった。なんとかしよう。俺を含め、皆が君の味方だ。
俺は大きく、頷いた。
231 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:15:25 ID:1mE
…
青が、切り替わる。
…
232 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:20:25 ID:1mE
あ、しまった。
コマリを車に乗せてから、気づいた。
「イイジマさん、事務室の鍵閉めましたっけ」
「あ」
社長の大きな体が一瞬、のけぞる。
「うわあ、忘れてた。ごめん、ハタノさん」
「いえ、急いでかけて来ましょう。マリちゃんたちももう、外に出るだろうし」
「俺も行くよ」
「すみません」
ガチャ。
「よし、これでいい」
「ええと、他にかけ忘れ、ありませんよね?」
「ないない。大丈夫だよ」
「じゃあ、戻りましょうか」
「ああ」
イイジマさんと二人で、暗い廊下を歩く。
「…あのさ」
イイジマさんは、私に話しかけるとき、いつも「あのさ」ではじめる。
233 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:25:45 ID:1mE
「なんですか?」
「…ハタノさんは、離島のお父さんの家に避難するんだったよね」
「そうです」
「いや、本当。参ったよね、このパンデミック」
「まだ実感ないですよね…。私も、ニュースで言われるまで関係ないことだと思ってました」
「折角社員たちとの食事会も企画してたのになあ」
「残念ですね」
「…また治まって、ここに戻ってこれたら。そのときは」
「ええ、飲み明かしましょう」
「…えーと、ハタノさん」
「はい?」
「その、…。前メールで、コマリくんと一緒に行こうって言ってた…」
「ああ、あの焼肉屋さんですか」
「うん。それも、また落ち着いたら行こう」
「はい」
眼鏡の奥で、私の恩人の目が細められた。
234 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:29:13 ID:1mE
恩人、だ。
彼は私を、あの人から救ってくれた。
最近、マリちゃんに言われた。
「ハタノさんってぇ、社長の気持ちに気づいてるんですかぁ?」
気づいてる。
でも、距離を測りかねている。
彼は、成功した部類の企業家であり、私は、バツが一つ付いた子持ちの女。
彼の人生に、私が近づくことで暗い影がさしたらどうしよう。
「ハタノさん」
「はい?」
「その、また会える日を楽しみにしています」
「私もです」
「…コマリくんも、お元気で」
「ええ」
「…」
「ハタノさん」
「はい」
「あの、結婚しませんか?」
うん?
見上げると、私より30センチも背が高い大男がだらだらと汗をかいていた。
「今、何と」
「いえ、結婚しませんかと」
「…今ですか」
「い、いえ。ここにまた戻って来たらです」
「…何でこのタイミングで言うのですか」
「あ、いえ、その」
「…すみません。あの、映画で。…こういうシーンがあったんですよね」
「はあ」
「戻ってきたら、結婚しよう、っていう」
「よくありますね」
「…あこがれてまして」
「…ぶっ」
笑った。
彼の真剣なまなざしと、もうお馬鹿としか言いようの無い臭すぎるタイミング。
「イ、イイジマさん…。あはは…」
「お、おかしいですか」
「はい、おかしいです」
「……す、すみません。空気を読まず」
ああ、彼は私の希望だ。
いつだって救ってくれる。笑わせてくれる。
暗い底にいる私に、リスクを犯すのも構わず網を投げかけてくれるのだ。
どうとでも言え。
周りにどういわれたって、構わない。
私の添い遂げる人は、あの人ではなかった。 この人だ。
236 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:39:56 ID:1mE
「イイジマさん」
「…はい」
もう振られただろうと目の下に隈まで作り始めた彼に、向き直る。
「しましょう」
「え」
「でも、今のプロポーズは聞かなかったことにします」
「え、え」
「またここで会いましょう」
「社員の食事会も、焼肉屋さんも、行きましょう」
「私達が落ち着いて、それからこの国も落ち着いたら」
「…また、プロポーズしてください。しかるべき手順を踏んで」
「ハ、ハタノさん」
そうだ。私たちまだ、付き合ってすらいないというのに。
順序を飛ばしすぎなのだ、この人は。
「もしまたプロポーズしてくれたら、そのときは喜んでお受けします」
「…こんな私でよければ」
イイジマさんが、ぽかんと口を開けた。
「あ、…ありがとう、ございます!」
彼の歓喜の叫びに被せるように、女性の悲鳴が響き渡った。
237 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:43:11 ID:1mE
…。
アイちゃんの頭が破裂した。
イイジマさんの頭が破裂した。
かつて私に結婚を申し込んだ男の残骸が、私を殴りつけた。
眩暈がする。
「ママ?」
ああ、コマリ。
「なに、これ?」
それ、…触っちゃ、だめ。
「コマ、…リ」
238 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:45:37 ID:1mE
「ママ、大丈夫?」
コマリ、大丈夫じゃないよ。
「泣かないで」
泣きたくないよ。
けど、勝手に涙が出るんだよ。
どうして。
どうしてよ。
やっと幸せになれると思ったのに。
私と、コマリと、…彼とで。
何でなのよ。
誰がこんなひどいことを、するの。
コマリ。
せめて、この子だけは。
この子だけは、守らないと。
頭が痛い。
どこかで水音がする。
だんだん大きくなっていく。
違う。
あたまのなかで、おとがする。
「コマリ」
239 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:51:17 ID:1mE
女「…っ!!」ズシャッ
思わず膝をついた。
コマリのお母さんと、それからここの社長。
二人の記憶を受け入れた私の体が、小さく痙攣した。
変な感じだ。 自分が、自分じゃ、ないみたいで。
手足と頭が、妙に痺れて。
リン「…女っ!!」
すぐ横で、破裂音がした。
リンの振るった警棒が、的確に2体の頭部を砕いた。
女「…リン、離れて。破裂するよ」
「ああ、あ」
「ぶじ、で、いて」
イイジマさんと思われるトウメイが、揺らぐ。
女「…大丈夫。またすぐ会える」
パン。
「…コマ、リ」
間髪入れず揺れ始める、コマリの母親のトウメイ。
女「…コマリくんのこと、私が引き受けます。安心して、…さよなら」
「…ママ?」
上から、声がした。
コマリが、セーラーシャツの裾を握り締め、立っている。
「コマ…」
コマリ「…ママ!!」
240 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:55:07 ID:1mE
コマリが、トウメイに駆け寄った。
コマリ「ママ、ママ!!」
掠れる腕を伸ばし、膨張しはじめた液体に抱きつく。
「…あ」
コマリ「ごめんね、ママ。助けて、あげられなくて」
「ううん」
コマリ「…ママ」
コマリ「僕もすぐ、行くからね」
私は静かに立ち上がった。
リンが、そばにいた。
リン「…」
黙って、私の肩を支えた。
「…あのね、ママね」
「イイジマさんの、奥さんになろうと思うんだ」
コマリ「うん」
「いいかな?」
コマリ「うん!」
「…ありがと。コマリ。三人で、」
しあわせになろうね。
パン。
青い水が、コマリの体をすり抜け、散った。
241 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)15:59:29 ID:1mE
コマリ「…」
女「コマリ」
リン「…」
先に動いたのは、リンだった。
水を手のひらで救い、座り込んだコマリに歩み寄る。
リン「お前の母さん、立派だったな」
コマリ「え、…?」
リン「イイジマさん、だっけ?あの人もいい奴だ。安心しろ、未来は安泰だぞ」
そういいながら、コマリの脇に手を入れ、抱き上げる。
リン「行こう」
女「…うん」
だんだんと色が抜け始めたコマリを、しっかりした腕に抱きしめ。
リンは駐車場に入った。
リン「お前、どこにいるかな」
歌うように、あやすように、リンは車を覗き込んでいく。
コマリ「…」
コマリはもう、喋らなかった。
242 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:05:36 ID:1mE
リン「女」
女「…何」
リン「来てみろ」
手前にあった軽自動車の前で、リンは立ち止まった。
リン「…見つけた」
顎で、助手席を示す。
私は、深呼吸をしてから、ガラスを覗きこんだ。
コマリは、そこにいた。
狭い車の助手席に、膝を抱えて眠る少年。
呼吸は、していない。
リン「開けてくれないか」
頷いて、ドアを開ける。
コマリの体はびくともしなかった。
女「…生きてる、みたい」
リン「…首を見てみろ」
コマリの白いうなじに、薔薇のような痣があった。
女「これ。…」
リン「どういう仕組みかは知らない。けど、…こいつの死体はこのままの形で、残ってる」
そんなことが。
コマリの体からは、お日様のような匂いがした。
たった一部分の腐敗もない、生前そのままの姿。
243 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:10:07 ID:1mE
リン「おい、聞こえるか」
リンが腕の中のコマリを軽く揺さぶった。
リン「お前、いたぞ。こんな所で、一人でずっといたんだな」
コマリ「…うん」
リン「寂しかったな」
コマリ「…うん」
リン「もう、休め」
コマリ「…」
コマリの瞬きが、緩慢になっていく。
コマリ「…リン」
リン「何だ」
コマリ「彼は。…海に行くって、言ってたよ」
リン「ああ」
コマリ「…あのね。…僕だけじゃ、ないんだ」
リン「そうか」
コマリ「ユウレイにね、…なってる、人。僕、知ってる。…黙ってて、ごめん」
リン「構わない」
女「…」
コマリ「女」
女「なに」
コマリ「…ありがと。リンも」
リン「俺はついでか」
コマリは、柔らかく笑った。 目を閉じた。
二度と再開することのない、最後の瞬きを、終えた。
244 :名無しさん@おーぷん :2015/09/14(月)16:13:27 ID:1mE
さらり、と
シーツのこすれあうような、綺麗な音がした。
女「あ、…」
リン「…」
全てを終えて眠りについた、煙のコマリが
そして、助手席で眠るコマリが
まるで魔法のように、消えた。
リン「…」
女「…」
空が白み始めている。
朝が来た。
私達の間に、コマリのあの、お日様のような匂いが漂っていた。
女「ハローハロー。誰かいませんか?どうぞ」
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