神様にねがったら、幼馴染が二人に増えてしまった
Part3
64 :名無しさん :2014/03/29(土)21:39:03 ID:J5d5qY0X8
それから僕らは海をあとにして、また歩きはじめた。
とちゅうで喫茶店によって、コーヒーとランチをてきとうに楽しんで。
それが終わったらまた散歩して。
ハヅキはずっと歩き回って疲れたのか、家に戻ると僕のベッドで寝てしまった。
それから僕は大学の課題をやって、ハヅキが起きるまで時間をつぶした。
課題にあきたらハヅキの寝顔を眺めて休憩して、また課題をやる。
ハヅキが起きたら、今度はスーパーに行って買い物して。
また家に帰ったらふたりで料理して、それを食べて。
冬の海のような穏やかな時間は心地よかった。
久々にハヅキと過ごした時間は、あまりにも短かくて。
ハヅキが寝てからも、しばらく僕は眠れなかった。
65 :名無しさん :2014/03/29(土)21:41:16 ID:J5d5qY0X8
背中の痛みで目が覚めた。
ハヅキの寝姿を確認して、僕は顔を洗いに行った。
ハヅキの寝顔を見るのも、すごい久しぶりなんだよな。
この日は、ひとつだけ用事があった。
ハヅキが起きたあと、簡単な朝食をとった。
朝ごはんは簡単なものだったけど、ハヅキが作ってくれた。
ハヅキの作る料理は味が薄いのが特徴で、濃い味が好きな僕の好みとは真逆なんだ。
だけど、朝ごはんにはちょうどよかった。
66 :名無しさん :2014/03/29(土)21:43:02 ID:J5d5qY0X8
「病院に行くって……再発したの!?」
相変わらず駅のホームは閑散としていて、ハヅキの声はよく響いた。
僕は首を横にふった。
「病気が治った今でも、検査だけは受けてるんだよ」
「いきなり病院行くって言うんだもん。心臓がドラムになるかと思った」
かなりびみょうな比喩に、僕は苦笑いした。
67 :名無しさん :2014/03/29(土)21:44:06 ID:J5d5qY0X8
病院に行って、血液検査を受けて担当医の診察を受ける。
ハヅキには外で待ってもらっていた。
担当の医者は、かっぷくのいい中年のおじさんで、あなたが病院に行けと言いたくなる体型をしている。
その医者が血液検査の記録を指差す。
「因子もインヒビターも完全に正常です。それから肝臓にも問題なしだね。この三ヶ月で出血はあった?」
「いえ、まったくないです」
「今回の記録はまだ完全には出てないけど、まあ間違いなく問題はないでしょ」
医者は感心したように言った。
68 :名無しさん :2014/03/29(土)21:44:33 ID:J5d5qY0X8
「本来治らないはずの病気が治った、これはほとんど奇跡だ」
「ボクもそう思います」
「神様がきみの日頃の行いを見ていたのかもね」
医者がカルテになにかよくわからない文字を書く。
おそらくこの人も、ある可能性を考えているんだろう。
69 :名無しさん :2014/03/29(土)21:45:04 ID:J5d5qY0X8
「製剤はまだ家にあるんだっけ?」
「四回分だけ残ってます。半年前にもらったやつですけど」
「半年前だと、まだ小型化されてないタイプかな」
「たぶん」
「今は薬の小型化が進んでてね。つくりやすくなったし、持ち運びも便利になった」
「そうらしいですね。あとすみません、これおねがいします」
「小児慢性の書類ね、書いておくよ。ちなみに来年からはどうするの?」
「……えっと、どうしたらいいんでしょう?」
「まあ、この病気が治るってことが前代未聞だからね。
今後のことはまた今度来たときに話そう」
「はい。今日はありがとうございました」
70 :名無しさん :2014/03/29(土)21:46:20 ID:J5d5qY0X8
病院を出て、僕は大きく伸びをした。
病院を出ると、ついついやってしまうクセのようなものだった。
「本当に病気のことは大丈夫なんだよね?」
不安そうに聞いてくるハヅキに、僕は笑ってみせた。
「だーかーら、大丈夫だって。今ならフルマラソンにだって出られるよ」
「それ本当?」
ハヅキが目を丸くする。
どうも本気で信じてるっぽい。
「冗談だよ」と言うと、ハヅキは頬をふくらませた。
高校一年の夏、僕の持病はなんの前触れもなく治った。
僕の治らないはずの病が、どうして治ったのか。
どんなに血液検査をしても、その答えは結局判明していない。
でも僕は知ってるんだ。
ハヅキが僕の病気を治してくれたってことを。
71 :名無しさん :2014/03/29(土)21:47:46 ID:J5d5qY0X8
僕の病気が治ったと判明した前日の朝。
ハヅキから電話があったんだ。
病院へ行く日を聞いてきてさ。
一週間後だって答えると、明日にしてとか急に言い出して。
わけがわからなかったけど、ハヅキの口調は真剣そのものだったから。
僕は病院に連絡して、定期検診の日を変えてもらった。
それで、病院で血液検査を受けたら僕の病が治っていることが判明した。
僕以上に、医者や看護師のほうが驚いていた。
そのあともう一度採血を受けて、尿検査とかもやって、
僕のからだが完全に健常者のそれと変わらないことが証明されたんだ。
いったいなにが起きたのか、よくわからなかった。
ハヅキが電話してきて、はじめて僕はある可能性に気づいた。
ハヅキが『ねがい』を使って、僕の病気を治したっていう可能性に。
72 :名無しさん :2014/03/29(土)21:49:59 ID:J5d5qY0X8
思い返してみると、ハヅキからの電話があった三日前ぐらいから妹の様子もおかしかったな。
どこか落ち着きがなかったというか。
僕のほうをチラチラうかがっていたというか。
もしかしたら妹は、ハヅキから相談を受けていたのかもしれない。
一週間前あたりから、妹は『ねがい』をもらっていたらしいので、
そわそわしていたのは、僕のこととは全然関係ないのかもしれないけど。
ハヅキにはその場で結果を伝えなかった。
会いたいとケータイ越しに言って、直接会ってから病気が治ったことを伝えた。
僕がお礼を言ったら、ハヅキは泣き出してしまったんだよ。
それでようやくハヅキが『ねがい』を使ったことを確信できた。
正直病気が治ったこと以上に、ハヅキが僕のために泣いてくれたことのほうが嬉しかったな。
その日は病気が治ったってことで、親も奮発してくれてすごい豪華な夕食になったんだよ。
僕の家族とハヅキで、派手にお祝いしたんだ。
『ねがい』を口にするわけにはいかなかったから、事情を説明するのには少し苦労したけどね。
73 :名無しさん :2014/03/29(土)21:51:37 ID:J5d5qY0X8
病院が終わると、僕らは電車に乗って街へ繰り出した。
さすがにあの町で、二日目を楽しむのは無理だろうと思ったからだ。
あまりお金に余裕はなかったから、そんなに派手には遊べなかった。
でもやっぱりハヅキがとなりにいるってだけで、僕はむだにはしゃいでいた気がする。
ハヅキも、子どものようにはしゃぐことがあった。
「そういや、電話の電源ずっと切ったままだったな」
ふと、家族に無断でアパートに戻ったことを思い出した。
ハヅキといる時間を誰にもジャマされたくないと思って、そうしたんだ。
電源を入れると案の定、妹から大量のメールが送られていた。
最後に来たメールを開く。
『今すぐ電話しろ!』と非常に簡潔な文面がディスプレイに表示される。
妹が電話をよこせと言うときは、そこそこ重要なイベントがあるときだった。
74 :名無しさん :2014/03/29(土)21:53:00 ID:J5d5qY0X8
「兄ちゃん、なに勝手に帰ってんだよ!」
電話をすると、いきなり耳をつんざくような怒鳴り声が出た。
よほど大きい声だったのか、となりのハヅキがくすくすと笑った。
明日の僕の誕生日パーティーを今日にやるから、今すぐ帰ってこいとのことだった。
僕ら兄妹はけっこう仲がいいのだけど、立場的には僕のほうが下。
「絶対に帰ってきてよ。ぜぇったいにね!」
僕が詳しい事情を聞く前にそれだけ言うと、妹は電話を切ってしまった。
日もかたむいてきたので、僕らはいったんアパートに戻ることにした。
「レミちゃんが帰ってこいって言ってるんでしょ?
だったら帰ったほうがいいよ」
アパートに戻ると、ハヅキはそう言ってくれた。
75 :名無しさん :2014/03/29(土)21:54:06 ID:J5d5qY0X8
レミ、というのは僕の妹の名前。
ハヅキと妹は大の仲良しだった。
「でも……」と渋る僕は、
「遅くても、明日には帰って来れるんでしょ?
レミちゃんが帰ってきてって言ってるんだから戻ってあげなよ」
そう説得されて結局実家に帰ることになった。
「行ってきます」とハヅキに言ってアパートを出る。
ボロアパートのドアがバタンとしまると、同時に定時サイレンの音が町中に響きわたる。
『遠くで響いてる鐘は何かの終わりと始まりを告げている』
その歌詞がなぜか脳裏をよぎった。
76 :名無しさん :2014/03/29(土)21:55:08 ID:J5d5qY0X8
実家の玄関ドアを開くと、妹が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
もとからパーティーとかイベントごとが好きな妹だ。
だけど、笑顔の理由はそれだけではないと僕は直感した。
「ったく。急にいなくなったから心配したんだよ」
「ごめんごめん、どうしても外せない用事があってさ」
「そうだとしても。連絡はきちんとしなさいっ」
そう僕を注意する妹の口調は、内容とは裏腹にとても愉快そうだった。
なにがそんなに楽しいんだろ。
その疑問の答えは、リビングに入ってすぐわかった。
ハヅキがいた。
77 :名無しさん :2014/03/29(土)22:04:56 ID:J5d5qY0X8
今のハヅキだ。
台所で母親といっしょに料理を作っているその姿は。
さっきまで僕のとなりにいたハヅキよりも、大人びて見えた。
ハヅキは僕に気づくと、
「おかえり」
と言ったあとで「その前に久しぶり、が先だったね」とほほえんだ。
さっきまでいっしょにいたハヅキの笑顔と、
目の前の笑顔はまったく同じだったのに、なにかがちがうと思った。
78 :名無しさん :2014/03/29(土)22:05:10 ID:J5d5qY0X8
すまん今日中に終わるのは無理だ
いったんここまで
79 :名無しさん :2014/03/29(土)22:05:26 ID:AgiupZBI2
焦らすねええええww
80 :名無しさん :2014/03/29(土)22:08:50 ID:AvGxJ1Bqc
この雰囲気たまらんな
84 :名無しさん :2014/03/30(日)01:39:47 ID:zCwQUDZi5
そのあとの記憶はひどくあいまいだった。
誕生日ケーキがチョコケーキだったってこと。
父が仕事でいなかったってこと。
妹がつくったピカタが、塩辛かったってこと。
それぐらいしか覚えていなかった。
母に「ハヅキちゃんを送ってあげなさい」と言われたので、
僕はハヅキを今で送っていくことになった。
家を出たとき、「ふたり乗りしてくか?」と聞いたけど、彼女は首をふった。
僕も無理強いはしなかった。
「久しぶりだね、こうやってふたりで歩くの」
「そうだな」
気づいたら、僕は少しだけハヅキのうしろを歩いていた。
85 :名無しさん :2014/03/30(日)01:40:16 ID:pzvkAWWYg
しえん
86 :名無しさん :2014/03/30(日)01:41:17 ID:zCwQUDZi5
「大学はどう? サークルとか入ってるの?」
ハヅキが僕をふりかえる。
ハヅキに質問されると、僕の口は勝手に動き出した。
言葉があふれてくる。
いろいろなことを話した。
聞かれたことから、聞かれてないことまで。
ハヅキはそんな僕の言葉に相槌をうってくれた。
「からだのほうはいいの?」
「病気のこと?」
「うん。今でも病院には行ってるんでしょ」
「検査のためにな。今はおかげさまで、なにもないよ」
「じゃあもう、おまじないはいらないね」とハヅキがちいさくつぶやく。
冷たい風が僕とハヅキの間をすっとすり抜けた。
87 :名無しさん :2014/03/30(日)01:42:08 ID:zCwQUDZi5
「ここまででいいよ」
ハヅキがちょうど街灯のあたりで立ち止まった。
頼りなく揺れる灯に照らされるハヅキ。
今のハヅキはやはり『彼女』とはちがった。
化粧そしているとか、髪を染めたとかそういうことではなくて。
身にまとう雰囲気が全然ちがったんだ。
気づいたら声が出せなくなっていた。
喉の奥で言葉がつかえて出てこなくなってしまった。
なにか言わなければいけない。
そう思えばそう思うほど、喉と胸が痛いほど締めつけられた。
ハヅキはハヅキでなにも言わなかった。
88 :名無しさん :2014/03/30(日)01:42:56 ID:zCwQUDZi5
とまどいが沈黙にかわって、僕らに重くのしかかる。
「今日はありがと」とようやく言葉を搾り出せた。
ハヅキはひかえめにわらった。
「どういたしまして。今日はたのしかった」
結局僕は、言わなければいけない言葉を見つけることができなかった。
ハヅキの影を見送って、僕は自分の家に帰った。
89 :名無しさん :2014/03/30(日)01:43:53 ID:zCwQUDZi5
「久々にハヅキちゃんといっしょに過ごせた感想は?」
家に帰ると妹がニコニコして聞いてた。
僕は感謝の言葉を言ったけど、やっぱり気持ちって顔に出るんだな。
レミはため息をついた。
「やっぱりあたしもついてくべきだったかな」
「お前が来たら、よけいに台無しになるだろ」
そう言ったけど、正直そうしてもらえばよかったと後悔していた。
「いいんだよ。今日はひさびさにみんなで過ごせたんだ。楽しかったよ」
「あたしの誕生日のときは期待してるよ」
レミがウインクしてきたので、僕は軽く小突いてやった。
90 :名無しさん :2014/03/30(日)01:44:51 ID:zCwQUDZi5
ふと僕は気になったことを聞いてみた。
「お前って『ねがい』、使ったの?」
僕の妹は天真爛漫な性格をしているけど、バカじゃない。
だからあえて聞いてみた。
「んー、なんで今そんなことを聞く?」
「なんとなく」
少しだけレミは考えたようだけど、
「秘密」とだけ言って、リビングにひっこんでしまった。
どうしてレミに『ねがい』について聞いたんだろ。
自分でもよくわからなかった。
91 :名無しさん :2014/03/30(日)01:46:26 ID:4vjJCVkVU
この文章はきっと例のあの人
92 :名無しさん :2014/03/30(日)01:48:40 ID:pzvkAWWYg
しえん
93 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:15 ID:zCwQUDZi5
次の日、僕は始発でアパートに戻った。
昨日のハヅキのことは頭のかたすみに残っていたけど、極力考えないようにした。
「ハヅキ?」
てっきり眠っているだろうと思ったハヅキは、テレビを見ていた。
ハヅキの首がゆっくりとこちらを向く。
彼女の目は赤く充血していた。
ここにきて、僕はようやくハヅキの様子がおかしいことに気づいたんだ。
「どういうことなの?」
ハヅキの声はふるえていた。
「わたし、どうなってるの?」
94 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:28 ID:zCwQUDZi5
今日はここまで
95 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:52 ID:jHapMJHoa
超こわい
96 :名無しさん :2014/03/30(日)01:53:30 ID:KBe16yfgt
気になる
97 :名無しさん :2014/03/30(日)01:55:46 ID:GjQNkwMUa
げんふうけいの人っぽいと思ったがちがうのか
99 :名無しさん :2014/03/30(日)02:09:22 ID:mRnFjdYQl
文章はすごいうまいんだけど2人のハヅキを同じ「ハヅキ」と表しているから
時々どっちのハヅキなのかわかりにくい
まあ俺の読解力がないのが悪いんだろうけど
100 :名無しさん :2014/03/30(日)02:17:12 ID:4wtEWVMgn
二人のハヅキの違いがきっちり現れてるな
101 :名無しさん :2014/03/30(日)11:52:13 ID:MKcMyiUJL
主人公の病気って何なんだろうな
実在してる病気みたいだが
それから僕らは海をあとにして、また歩きはじめた。
とちゅうで喫茶店によって、コーヒーとランチをてきとうに楽しんで。
それが終わったらまた散歩して。
ハヅキはずっと歩き回って疲れたのか、家に戻ると僕のベッドで寝てしまった。
それから僕は大学の課題をやって、ハヅキが起きるまで時間をつぶした。
課題にあきたらハヅキの寝顔を眺めて休憩して、また課題をやる。
ハヅキが起きたら、今度はスーパーに行って買い物して。
また家に帰ったらふたりで料理して、それを食べて。
冬の海のような穏やかな時間は心地よかった。
久々にハヅキと過ごした時間は、あまりにも短かくて。
ハヅキが寝てからも、しばらく僕は眠れなかった。
65 :名無しさん :2014/03/29(土)21:41:16 ID:J5d5qY0X8
背中の痛みで目が覚めた。
ハヅキの寝姿を確認して、僕は顔を洗いに行った。
ハヅキの寝顔を見るのも、すごい久しぶりなんだよな。
この日は、ひとつだけ用事があった。
ハヅキが起きたあと、簡単な朝食をとった。
朝ごはんは簡単なものだったけど、ハヅキが作ってくれた。
ハヅキの作る料理は味が薄いのが特徴で、濃い味が好きな僕の好みとは真逆なんだ。
だけど、朝ごはんにはちょうどよかった。
66 :名無しさん :2014/03/29(土)21:43:02 ID:J5d5qY0X8
「病院に行くって……再発したの!?」
相変わらず駅のホームは閑散としていて、ハヅキの声はよく響いた。
僕は首を横にふった。
「病気が治った今でも、検査だけは受けてるんだよ」
「いきなり病院行くって言うんだもん。心臓がドラムになるかと思った」
かなりびみょうな比喩に、僕は苦笑いした。
67 :名無しさん :2014/03/29(土)21:44:06 ID:J5d5qY0X8
病院に行って、血液検査を受けて担当医の診察を受ける。
ハヅキには外で待ってもらっていた。
担当の医者は、かっぷくのいい中年のおじさんで、あなたが病院に行けと言いたくなる体型をしている。
その医者が血液検査の記録を指差す。
「因子もインヒビターも完全に正常です。それから肝臓にも問題なしだね。この三ヶ月で出血はあった?」
「いえ、まったくないです」
「今回の記録はまだ完全には出てないけど、まあ間違いなく問題はないでしょ」
医者は感心したように言った。
68 :名無しさん :2014/03/29(土)21:44:33 ID:J5d5qY0X8
「本来治らないはずの病気が治った、これはほとんど奇跡だ」
「ボクもそう思います」
「神様がきみの日頃の行いを見ていたのかもね」
医者がカルテになにかよくわからない文字を書く。
おそらくこの人も、ある可能性を考えているんだろう。
「製剤はまだ家にあるんだっけ?」
「四回分だけ残ってます。半年前にもらったやつですけど」
「半年前だと、まだ小型化されてないタイプかな」
「たぶん」
「今は薬の小型化が進んでてね。つくりやすくなったし、持ち運びも便利になった」
「そうらしいですね。あとすみません、これおねがいします」
「小児慢性の書類ね、書いておくよ。ちなみに来年からはどうするの?」
「……えっと、どうしたらいいんでしょう?」
「まあ、この病気が治るってことが前代未聞だからね。
今後のことはまた今度来たときに話そう」
「はい。今日はありがとうございました」
70 :名無しさん :2014/03/29(土)21:46:20 ID:J5d5qY0X8
病院を出て、僕は大きく伸びをした。
病院を出ると、ついついやってしまうクセのようなものだった。
「本当に病気のことは大丈夫なんだよね?」
不安そうに聞いてくるハヅキに、僕は笑ってみせた。
「だーかーら、大丈夫だって。今ならフルマラソンにだって出られるよ」
「それ本当?」
ハヅキが目を丸くする。
どうも本気で信じてるっぽい。
「冗談だよ」と言うと、ハヅキは頬をふくらませた。
高校一年の夏、僕の持病はなんの前触れもなく治った。
僕の治らないはずの病が、どうして治ったのか。
どんなに血液検査をしても、その答えは結局判明していない。
でも僕は知ってるんだ。
ハヅキが僕の病気を治してくれたってことを。
71 :名無しさん :2014/03/29(土)21:47:46 ID:J5d5qY0X8
僕の病気が治ったと判明した前日の朝。
ハヅキから電話があったんだ。
病院へ行く日を聞いてきてさ。
一週間後だって答えると、明日にしてとか急に言い出して。
わけがわからなかったけど、ハヅキの口調は真剣そのものだったから。
僕は病院に連絡して、定期検診の日を変えてもらった。
それで、病院で血液検査を受けたら僕の病が治っていることが判明した。
僕以上に、医者や看護師のほうが驚いていた。
そのあともう一度採血を受けて、尿検査とかもやって、
僕のからだが完全に健常者のそれと変わらないことが証明されたんだ。
いったいなにが起きたのか、よくわからなかった。
ハヅキが電話してきて、はじめて僕はある可能性に気づいた。
ハヅキが『ねがい』を使って、僕の病気を治したっていう可能性に。
72 :名無しさん :2014/03/29(土)21:49:59 ID:J5d5qY0X8
思い返してみると、ハヅキからの電話があった三日前ぐらいから妹の様子もおかしかったな。
どこか落ち着きがなかったというか。
僕のほうをチラチラうかがっていたというか。
もしかしたら妹は、ハヅキから相談を受けていたのかもしれない。
一週間前あたりから、妹は『ねがい』をもらっていたらしいので、
そわそわしていたのは、僕のこととは全然関係ないのかもしれないけど。
ハヅキにはその場で結果を伝えなかった。
会いたいとケータイ越しに言って、直接会ってから病気が治ったことを伝えた。
僕がお礼を言ったら、ハヅキは泣き出してしまったんだよ。
それでようやくハヅキが『ねがい』を使ったことを確信できた。
正直病気が治ったこと以上に、ハヅキが僕のために泣いてくれたことのほうが嬉しかったな。
その日は病気が治ったってことで、親も奮発してくれてすごい豪華な夕食になったんだよ。
僕の家族とハヅキで、派手にお祝いしたんだ。
『ねがい』を口にするわけにはいかなかったから、事情を説明するのには少し苦労したけどね。
73 :名無しさん :2014/03/29(土)21:51:37 ID:J5d5qY0X8
病院が終わると、僕らは電車に乗って街へ繰り出した。
さすがにあの町で、二日目を楽しむのは無理だろうと思ったからだ。
あまりお金に余裕はなかったから、そんなに派手には遊べなかった。
でもやっぱりハヅキがとなりにいるってだけで、僕はむだにはしゃいでいた気がする。
ハヅキも、子どものようにはしゃぐことがあった。
「そういや、電話の電源ずっと切ったままだったな」
ふと、家族に無断でアパートに戻ったことを思い出した。
ハヅキといる時間を誰にもジャマされたくないと思って、そうしたんだ。
電源を入れると案の定、妹から大量のメールが送られていた。
最後に来たメールを開く。
『今すぐ電話しろ!』と非常に簡潔な文面がディスプレイに表示される。
妹が電話をよこせと言うときは、そこそこ重要なイベントがあるときだった。
74 :名無しさん :2014/03/29(土)21:53:00 ID:J5d5qY0X8
「兄ちゃん、なに勝手に帰ってんだよ!」
電話をすると、いきなり耳をつんざくような怒鳴り声が出た。
よほど大きい声だったのか、となりのハヅキがくすくすと笑った。
明日の僕の誕生日パーティーを今日にやるから、今すぐ帰ってこいとのことだった。
僕ら兄妹はけっこう仲がいいのだけど、立場的には僕のほうが下。
「絶対に帰ってきてよ。ぜぇったいにね!」
僕が詳しい事情を聞く前にそれだけ言うと、妹は電話を切ってしまった。
日もかたむいてきたので、僕らはいったんアパートに戻ることにした。
「レミちゃんが帰ってこいって言ってるんでしょ?
だったら帰ったほうがいいよ」
アパートに戻ると、ハヅキはそう言ってくれた。
75 :名無しさん :2014/03/29(土)21:54:06 ID:J5d5qY0X8
レミ、というのは僕の妹の名前。
ハヅキと妹は大の仲良しだった。
「でも……」と渋る僕は、
「遅くても、明日には帰って来れるんでしょ?
レミちゃんが帰ってきてって言ってるんだから戻ってあげなよ」
そう説得されて結局実家に帰ることになった。
「行ってきます」とハヅキに言ってアパートを出る。
ボロアパートのドアがバタンとしまると、同時に定時サイレンの音が町中に響きわたる。
『遠くで響いてる鐘は何かの終わりと始まりを告げている』
その歌詞がなぜか脳裏をよぎった。
76 :名無しさん :2014/03/29(土)21:55:08 ID:J5d5qY0X8
実家の玄関ドアを開くと、妹が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
もとからパーティーとかイベントごとが好きな妹だ。
だけど、笑顔の理由はそれだけではないと僕は直感した。
「ったく。急にいなくなったから心配したんだよ」
「ごめんごめん、どうしても外せない用事があってさ」
「そうだとしても。連絡はきちんとしなさいっ」
そう僕を注意する妹の口調は、内容とは裏腹にとても愉快そうだった。
なにがそんなに楽しいんだろ。
その疑問の答えは、リビングに入ってすぐわかった。
ハヅキがいた。
77 :名無しさん :2014/03/29(土)22:04:56 ID:J5d5qY0X8
今のハヅキだ。
台所で母親といっしょに料理を作っているその姿は。
さっきまで僕のとなりにいたハヅキよりも、大人びて見えた。
ハヅキは僕に気づくと、
「おかえり」
と言ったあとで「その前に久しぶり、が先だったね」とほほえんだ。
さっきまでいっしょにいたハヅキの笑顔と、
目の前の笑顔はまったく同じだったのに、なにかがちがうと思った。
78 :名無しさん :2014/03/29(土)22:05:10 ID:J5d5qY0X8
すまん今日中に終わるのは無理だ
いったんここまで
79 :名無しさん :2014/03/29(土)22:05:26 ID:AgiupZBI2
焦らすねええええww
80 :名無しさん :2014/03/29(土)22:08:50 ID:AvGxJ1Bqc
この雰囲気たまらんな
84 :名無しさん :2014/03/30(日)01:39:47 ID:zCwQUDZi5
そのあとの記憶はひどくあいまいだった。
誕生日ケーキがチョコケーキだったってこと。
父が仕事でいなかったってこと。
妹がつくったピカタが、塩辛かったってこと。
それぐらいしか覚えていなかった。
母に「ハヅキちゃんを送ってあげなさい」と言われたので、
僕はハヅキを今で送っていくことになった。
家を出たとき、「ふたり乗りしてくか?」と聞いたけど、彼女は首をふった。
僕も無理強いはしなかった。
「久しぶりだね、こうやってふたりで歩くの」
「そうだな」
気づいたら、僕は少しだけハヅキのうしろを歩いていた。
85 :名無しさん :2014/03/30(日)01:40:16 ID:pzvkAWWYg
しえん
86 :名無しさん :2014/03/30(日)01:41:17 ID:zCwQUDZi5
「大学はどう? サークルとか入ってるの?」
ハヅキが僕をふりかえる。
ハヅキに質問されると、僕の口は勝手に動き出した。
言葉があふれてくる。
いろいろなことを話した。
聞かれたことから、聞かれてないことまで。
ハヅキはそんな僕の言葉に相槌をうってくれた。
「からだのほうはいいの?」
「病気のこと?」
「うん。今でも病院には行ってるんでしょ」
「検査のためにな。今はおかげさまで、なにもないよ」
「じゃあもう、おまじないはいらないね」とハヅキがちいさくつぶやく。
冷たい風が僕とハヅキの間をすっとすり抜けた。
「ここまででいいよ」
ハヅキがちょうど街灯のあたりで立ち止まった。
頼りなく揺れる灯に照らされるハヅキ。
今のハヅキはやはり『彼女』とはちがった。
化粧そしているとか、髪を染めたとかそういうことではなくて。
身にまとう雰囲気が全然ちがったんだ。
気づいたら声が出せなくなっていた。
喉の奥で言葉がつかえて出てこなくなってしまった。
なにか言わなければいけない。
そう思えばそう思うほど、喉と胸が痛いほど締めつけられた。
ハヅキはハヅキでなにも言わなかった。
88 :名無しさん :2014/03/30(日)01:42:56 ID:zCwQUDZi5
とまどいが沈黙にかわって、僕らに重くのしかかる。
「今日はありがと」とようやく言葉を搾り出せた。
ハヅキはひかえめにわらった。
「どういたしまして。今日はたのしかった」
結局僕は、言わなければいけない言葉を見つけることができなかった。
ハヅキの影を見送って、僕は自分の家に帰った。
89 :名無しさん :2014/03/30(日)01:43:53 ID:zCwQUDZi5
「久々にハヅキちゃんといっしょに過ごせた感想は?」
家に帰ると妹がニコニコして聞いてた。
僕は感謝の言葉を言ったけど、やっぱり気持ちって顔に出るんだな。
レミはため息をついた。
「やっぱりあたしもついてくべきだったかな」
「お前が来たら、よけいに台無しになるだろ」
そう言ったけど、正直そうしてもらえばよかったと後悔していた。
「いいんだよ。今日はひさびさにみんなで過ごせたんだ。楽しかったよ」
「あたしの誕生日のときは期待してるよ」
レミがウインクしてきたので、僕は軽く小突いてやった。
90 :名無しさん :2014/03/30(日)01:44:51 ID:zCwQUDZi5
ふと僕は気になったことを聞いてみた。
「お前って『ねがい』、使ったの?」
僕の妹は天真爛漫な性格をしているけど、バカじゃない。
だからあえて聞いてみた。
「んー、なんで今そんなことを聞く?」
「なんとなく」
少しだけレミは考えたようだけど、
「秘密」とだけ言って、リビングにひっこんでしまった。
どうしてレミに『ねがい』について聞いたんだろ。
自分でもよくわからなかった。
91 :名無しさん :2014/03/30(日)01:46:26 ID:4vjJCVkVU
この文章はきっと例のあの人
92 :名無しさん :2014/03/30(日)01:48:40 ID:pzvkAWWYg
しえん
93 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:15 ID:zCwQUDZi5
次の日、僕は始発でアパートに戻った。
昨日のハヅキのことは頭のかたすみに残っていたけど、極力考えないようにした。
「ハヅキ?」
てっきり眠っているだろうと思ったハヅキは、テレビを見ていた。
ハヅキの首がゆっくりとこちらを向く。
彼女の目は赤く充血していた。
ここにきて、僕はようやくハヅキの様子がおかしいことに気づいたんだ。
「どういうことなの?」
ハヅキの声はふるえていた。
「わたし、どうなってるの?」
94 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:28 ID:zCwQUDZi5
今日はここまで
95 :名無しさん :2014/03/30(日)01:52:52 ID:jHapMJHoa
超こわい
96 :名無しさん :2014/03/30(日)01:53:30 ID:KBe16yfgt
気になる
97 :名無しさん :2014/03/30(日)01:55:46 ID:GjQNkwMUa
げんふうけいの人っぽいと思ったがちがうのか
99 :名無しさん :2014/03/30(日)02:09:22 ID:mRnFjdYQl
文章はすごいうまいんだけど2人のハヅキを同じ「ハヅキ」と表しているから
時々どっちのハヅキなのかわかりにくい
まあ俺の読解力がないのが悪いんだろうけど
100 :名無しさん :2014/03/30(日)02:17:12 ID:4wtEWVMgn
二人のハヅキの違いがきっちり現れてるな
101 :名無しさん :2014/03/30(日)11:52:13 ID:MKcMyiUJL
主人公の病気って何なんだろうな
実在してる病気みたいだが
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