神様にねがったら、幼馴染が二人に増えてしまった
Part8
240 :名無しさん :2014/04/03(木)01:35:17 ID:Qmf6OIHRQ
海のそばのベンチに腰をおろすと、『ハヅキ』は僕にお礼を言った。
「わたしのわがままを聞いてくれて、ありがとね」
「『ハヅキ』のわがままなんて、そう聞けないからな。特別だよ」
骨まで染みるような冷たい風に、僕と『ハヅキ』は自然と寄りそった。
「でも、本当にめずらしいよな。
お前がこんなこと言うなんて。
夜の海のそばに行くなんて危ないって言いそうなのに」
「べつに海に入るわけじゃないからね。
それに、冬の夜の海なんて、ロマンチックでしょ?」
ハヅキは目の前の真っ黒な海に目を細めた。
今までふたりで見てきた海とちがい、
黒いそれは、月をぼんやりと浮かび上がらせて、しずかに広がっていた。
241 :名無しさん :2014/04/03(木)01:36:11 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』は自分の手に白くなった息をかけて、
「寒いね」と僕の右手に左手をそえて笑った。
『ハヅキ』の左手はやっぱり冷たかったけど、僕の右手は少しだけあったまった。
「ロマンチックと言えばさ」と『ハヅキ』は前置きする。
「仮に、これから世界が終わるとしたらどうする?」
「急になんの話だよ」
「いいから、答えてよ。
……そうだね、これから日の出とともに世界が終わるってなったら、どうする?」
波の音が遠くなった気がした。
世界が終わるとき、人はどうするんだろ。
そして、僕は……。
242 :名無しさん :2014/04/03(木)01:37:34 ID:Qmf6OIHRQ
想像してみた。
世界が終わる光景は頭に浮かばなかったけど、
自分がどうするのかは、なんとなく想像がついた。
「たぶん、世界が終わる前になったらさ。
最期の五分ぐらい前までは、こんなふうに落ち着いていられると思うんだ、オレ」
『ハヅキ』が先を促したので、僕は続けた。
「でも四分前になったら、今までのことをふりかえってさ。
で、三分前になったら、急に泣き出すと思うんだ。
二分前になったら、もう来世のことなんて考え出してさ。
そんでもって、一分前になったら来世の来世のことまで考えて。
最期の三秒で、『もっと生きてえ!』って海に向かって叫んでると思う」
『ハヅキ』は「ぽいね」と言って、ちょっとだけ吹きだした。
243 :名無しさん :2014/04/03(木)01:38:46 ID:Qmf6OIHRQ
僕によりかかっていた『ハヅキ』が、
からだを起こして、雲ひとつない空を見あげる。
僕は『ハヅキ』の横顔を見た。
群青を吸いこんだ瞳は、星を散りばめたみたいに輝いていて、
気づいたら、僕は彼女の左手を握っていた。
『ハヅキ』は言った。
「どっちがいいんだろうね。
もう思い残すことがないって思える人生と。
もっと生きたいって思える人生って」
目の前の海のように、答えが無限にある疑問。
『ハヅキ』はどっちと答えるのか気になったけど、
僕は聞くことができなかった。
244 :名無しさん :2014/04/03(木)01:39:57 ID:Qmf6OIHRQ
「オレは、もっと生きたいって思える人生がいいなって。
みっともなくても、見苦しくてもいいからさ」
「生きることに貪欲なんだよね、きっと」
「うん、流れてる血のせいだろうな」
「それに、石みたいにすごいガンコだし」
「オレが石だったら、そっちはなんだよ?」
「水、かな」
僕が石で、ハヅキが水。
わかるようで、わからない彼女の言葉。
いや、本当にわからないのは言葉じゃない。気持ちだ。
僕はいつだってハヅキの気持ちの半分も理解できてなかったんだ。
今だってそうだ。
245 :名無しさん :2014/04/03(木)01:44:17 ID:Qmf6OIHRQ
僕と『ハヅキ』は顔を見合わせた。
腹をかかえて笑いたい気分だったのに、同時に声をあげて泣きたくなった。
「ひとつ聞いていい?」と僕は右隣にいる『ハヅキ』に訊ねる。
『ハヅキ』が小さくうなずく気配がしたので、僕は口を開いた。
「公園でなにを話したんだ? ……もうひとりのハヅキと」
「わたしたちふたりでしか、話せないことかな。
わたしが知らないこと、わたしが知ってたこと。
とにかく、いろんなことを話したんだよ」
「いろんなことって?」
「いろんなことだよ。教えてほしい?」
「全部じゃなくていいから、少しだけ教えてほしいな」
そう言うと、『ハヅキ』は身を乗り出して僕をふりかえった。
246 :名無しさん :2014/04/03(木)01:44:51 ID:Qmf6OIHRQ
「でもそれって、べつにわたしから聞かなくてもいいよね?」
「ほかに誰が教えてくれるんだよ」と僕。
「未来のわたし」と『ハヅキ』に言われて僕は、彼女の顔を見た。
『ハヅキ』は少しだけ悲しそうにつぶやく。
「あの公園でふたりを見たとき、なんとなくわかっちゃったの」
僕はそうか、としか言えなかった。
波の音が僕を笑ってる気がした。
247 :名無しさん :2014/04/03(木)01:45:59 ID:Qmf6OIHRQ
「オレのせいなんだ。
オレのせいで、ハヅキとは今みたいになっちゃったんだよ」
僕の声はふるえていた。
「オレがハヅキに、あんなこと言ったから……」
「『おまえの世話はもういらない』……だったよね?」
思わず目を見開いてしまう。
そうだ、目の前の『ハヅキ』も僕に同じことを言われていたんだ。
気づいたら、言葉が勝手にあふれていた。
「ずっと認めてほしかったんだ。
オレって、いつもハヅキに頼ってばかりで……そんな自分がなさけなくて。
病気が治ってさ。ハヅキを頼る自分から。
ハヅキに頼られる自分になろうと思ったんだよ」
目頭が熱くなって、僕はまぶたをきつく閉じた。
まぶたの裏にあらわれたのは、僕がずっと追っている後ろ姿だった。
248 :名無しさん :2014/04/03(木)01:48:01 ID:Qmf6OIHRQ
とちゅうから、自分でもなにを話しているのか、わからなくなる。
あふれでる想いを、断片的に言葉にしていく。
「本当に言いたかったのは、もっとちがうことだったんだよ。
本当にハヅキに言わなきゃいけないのは、あんな言葉じゃなかった。
ずっと前に見つけてたんだよ、オレ。
あいつに言わなきゃいけない、本当の言葉を」
ずっと言わなきゃいけない。
そう思ってたのにすれちがったまま、ここまで来てしまった。
「知ってたよ、わたし」と彼女は、僕に微笑んでみせた。
「なにを考えてたのかも。
なにを思って、あんなことを言ったのかも。
全部知ってたよ。
わたしのことを鬱陶しいと思って、あんなこと言ったんじゃないって」
波の音が聞こえなくなっていた。
249 :名無しさん :2014/04/03(木)01:48:59 ID:Qmf6OIHRQ
「でもね、できればその言葉を口にだして言ってほしいんだ」
僕の開きかけたくちびるに、『ハヅキ』は指をあてて、首をふった。
「わたし、じゃない。みらいのわたしに、ね」
『ハヅキ』の瞳が潤んで見えるのは、僕の思いこみなのか。
ふたりのハヅキの表情が重なる。
「どんな想いも自信も、時間がたてば絵の具みたいに色あせちゃうし、いつかは消える。
だけど、わたしたちはまだ間に合うよ」
『ハヅキ』の言葉のひとつひとつが白い息になって、僕の胸に染みこんでいく。
僕は『ハヅキ』がどうして、
ハヅキとふたりだけで話をしたのか、唐突にわかってしまった。
250 :名無しさん :2014/04/03(木)01:50:10 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』の左手が、僕の右手からはなれる。
僕がなにかを言う前に『ハヅキ』は、僕の頬を両手で包んだ。
そして、僕のおでこにじぶんのそれをくっつけた。
それは。
子どものころ、ハヅキが僕にやってくれた『おまじない』だった。
「すれちがっちゃったんだよね。神様にねがったせいで。
でも会おうって思えば、また会えるからーー」
『ハヅキ』の手が僕の耳をふさぐ。
なにも聞こえなくなる。
僕の鼻のしたで、『ハヅキ』の唇が動く。
なにを言ったかはわからなかった。
251 :名無しさん :2014/04/03(木)01:58:59 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』が僕からはなれる。
呆然とする僕に向かって、彼女は舌をだして笑ってみせた。
なにかを言おうと思ったのに、出てくるのは声じゃなかった。
頬を伝う涙を止められなかった。
「なんで泣いてるの?」
「だって……!」
声を詰まらせる僕の頭を『ハヅキ』は撫でる。
「これからまた、はじまるんだよ」
「ほら」と言って、彼女は海を見た。
252 :名無しさん :2014/04/03(木)02:03:01 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』の白い頬があわく染まる。
僕も彼女にならう。
空にかがやく星を、水平線から顔をだした太陽が呑みこんでいく。
空が白みはじめていることに、僕はようやく気づいた。
風が吹きはじめた。
世界は終わらない。
新しい一日がはじまる。
でも。
僕の右隣にはもう『ハヅキ』はいなかった。
253 :名無しさん :2014/04/03(木)02:04:09 ID:ZZk9KVjhv
え?
254 :名無しさん :2014/04/03(木)02:12:05 ID:Qmf6OIHRQ
道路から海を見おろすと、ハヅキが僕の左隣で遠慮がちに言った。
「海だ」
僕とハヅキはふたりで海に来ていた。
ふりそそぐ太陽をあびて、鈍くかがやく海が目の前に広がっていた。
僕はふと、右隣を見た。
もちろん、誰もいるわけがなかった。
僕は無意識に右腕をおさえてしまった。
世界は『ハヅキ』を忘れた。
彼女のことを覚えているのは、僕だけになったんだ。
「冬に見る海って少し変わってるかも」
ハヅキが彼女と同じことを言ったから、僕は思わず笑ってしまった。
255 :名無しさん :2014/04/03(木)02:15:03 ID:Qmf6OIHRQ
ふたりのハヅキがどのような会話を交わして、
『ねがい』について話し合ったのかはわからない。
でも、ハヅキもレミも、彼女のことは完全に忘れてしまっていた。
ハヅキの『ねがい』は、なにかひとつを消すことができるというものだった。
これは僕の完全な推測だけど、おそらく彼女は存在ごと消したんじゃないかな。
どうして彼女がそんな選択をしたのかって?
すれちがった僕たちのため。
そして、ガンコな僕のためだったんだろうな。
そして、もうひとつ。
僕の血友病はまた、完全に治ったんだ。
257 :名無しさん :2014/04/03(木)02:29:59 ID:xSHX0minS
そう、僕は『ねがい』を使えるのはハヅキしか無理だって思ってた。
でもそんなことはないんだよな。
だって『ハヅキ』だって『ねがい』をもらって、
そしてそれは使ってなかったんだから。
どうして僕だけが、彼女のことを覚えているのか。
それはわからない。
『ねがい』のおまけのようなものかもしれない。
もしくは、小さなほころびのようなものなのかも。
あるいは……。
ふと、右腕の関節が針に刺されたようにチクリと痛んだ。
258 :名無しさん :2014/04/03(木)02:37:17 ID:xSHX0minS
風が強く吹いて、ハヅキが僕によりかかる。
でもすぐにハヅキは僕からはなれた。
相変わらず僕とハヅキの間には、溝のようなものがあるらしい。
ハヅキはどうしていいか、わからないといった感じで、
「そろそろ行こっか、寒いし」と言った。
それから僕たちはしばらく、海をあとにしてひたすら歩いた。
お互いになにも話さなかった。
「病気は、大丈夫なんだよね?」
ふと、ハヅキが思い出したように言った。
言ったあとで、「あっ」と口もとをおさえた。
僕はかわいたくちびるを舐めた。
少しだけ緊張しているみたいだ。
でも、彼女との約束だし、僕はずっと前から言うって決めていた。
僕はうなずいた。
259 :名無しさん :2014/04/03(木)02:43:31 ID:xSHX0minS
「もうひとりで大丈夫だから」
たったこれだけの言葉を言うのに、何年かかったんだろう。
ハヅキはわずかに目を見開いて、それからほほえんだ。
ずっと見たかった笑顔がそこにはあった。
「知ってるよ。ずっと前から」
僕とハヅキはいつのまにか並んで歩いていた。
やっぱり僕とハヅキの肩が触れることはないし、
僕らの間をすり抜ける風は、冷たいままだ。
260 :名無しさん :2014/04/03(木)02:45:15 ID:xSHX0minS
それでも僕たちは、並んで歩く。
神様にねがったせいで、僕たちはすれちがった。
でも、僕たちはまためぐりあえた。
「なんか、ひさびさにハヅキの顔を見た気がするよ」
僕がそう言うと、「わたしも」とハヅキは笑って僕を見あげた。
おわり
261 :名無しさん :2014/04/03(木)02:47:17 ID:xSHX0minS
ここまで読んでくださってありがとうございました
262 :名無しさん :2014/04/03(木)02:53:12 ID:lkfgkveIG
分からん部分もあるけどよかった
ちょっとうるっと来てまったわww
263 :名無しさん :2014/04/03(木)02:58:12 ID:xuRcHJn3U
久々にいい文を見た気がする
二人は結ばれるんかね
あの歌詞通りだとすると…
乙
267 :名無しさん :2014/04/03(木)17:04:23 ID:8cvzztljE
乙
もう一人のハヅキは死ななくてもよかったんじゃね?
生存エンドも見てみたい
268 :名無しさん :2014/04/03(木)18:08:44 ID:8E9QT43OP
乙
何故に過去ハヅキは死ぬことを選んだんや・・・
切ねえ
269 :名無しさん :2014/04/03(木)19:07:56 ID:C38KFwna8
>>268
死ぬというかきえたんだろ
270 :名無しさん :2014/04/03(木)19:28:42 ID:V7qlJ99zp
主人公の女々しい感じとかハヅキとの距離感がよかったな
>>1はげんふうけいの人なの?
146 :名無しさん :2014/03/31(月)19:50:59 ID:LNqW1PD59
もしかして前に女が「怖い話をしましょう」とかいうss書いてた人?
271 :名無しさん :2014/04/03(木)20:02:13 ID:kd0xMeLBL
>>1です
自分はげんふうけいの人とはまったく関係ないです
ああいう素敵なssは書けないんで
首だけになってしゃべる女の子の話や
似すぎた姉妹が入れ替わる話とか
>>146の人のレスにあるssを書いたりしました
ここまで読んでくれてありがとうございました
273 :名無しさん :2014/04/03(木)20:25:36 ID:HhddHvbD0
十分素敵だったよ乙
海のそばのベンチに腰をおろすと、『ハヅキ』は僕にお礼を言った。
「わたしのわがままを聞いてくれて、ありがとね」
「『ハヅキ』のわがままなんて、そう聞けないからな。特別だよ」
骨まで染みるような冷たい風に、僕と『ハヅキ』は自然と寄りそった。
「でも、本当にめずらしいよな。
お前がこんなこと言うなんて。
夜の海のそばに行くなんて危ないって言いそうなのに」
「べつに海に入るわけじゃないからね。
それに、冬の夜の海なんて、ロマンチックでしょ?」
ハヅキは目の前の真っ黒な海に目を細めた。
今までふたりで見てきた海とちがい、
黒いそれは、月をぼんやりと浮かび上がらせて、しずかに広がっていた。
241 :名無しさん :2014/04/03(木)01:36:11 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』は自分の手に白くなった息をかけて、
「寒いね」と僕の右手に左手をそえて笑った。
『ハヅキ』の左手はやっぱり冷たかったけど、僕の右手は少しだけあったまった。
「ロマンチックと言えばさ」と『ハヅキ』は前置きする。
「仮に、これから世界が終わるとしたらどうする?」
「急になんの話だよ」
「いいから、答えてよ。
……そうだね、これから日の出とともに世界が終わるってなったら、どうする?」
波の音が遠くなった気がした。
世界が終わるとき、人はどうするんだろ。
そして、僕は……。
242 :名無しさん :2014/04/03(木)01:37:34 ID:Qmf6OIHRQ
想像してみた。
世界が終わる光景は頭に浮かばなかったけど、
自分がどうするのかは、なんとなく想像がついた。
「たぶん、世界が終わる前になったらさ。
最期の五分ぐらい前までは、こんなふうに落ち着いていられると思うんだ、オレ」
『ハヅキ』が先を促したので、僕は続けた。
「でも四分前になったら、今までのことをふりかえってさ。
で、三分前になったら、急に泣き出すと思うんだ。
二分前になったら、もう来世のことなんて考え出してさ。
そんでもって、一分前になったら来世の来世のことまで考えて。
最期の三秒で、『もっと生きてえ!』って海に向かって叫んでると思う」
『ハヅキ』は「ぽいね」と言って、ちょっとだけ吹きだした。
243 :名無しさん :2014/04/03(木)01:38:46 ID:Qmf6OIHRQ
僕によりかかっていた『ハヅキ』が、
からだを起こして、雲ひとつない空を見あげる。
僕は『ハヅキ』の横顔を見た。
群青を吸いこんだ瞳は、星を散りばめたみたいに輝いていて、
気づいたら、僕は彼女の左手を握っていた。
『ハヅキ』は言った。
「どっちがいいんだろうね。
もう思い残すことがないって思える人生と。
もっと生きたいって思える人生って」
目の前の海のように、答えが無限にある疑問。
『ハヅキ』はどっちと答えるのか気になったけど、
僕は聞くことができなかった。
244 :名無しさん :2014/04/03(木)01:39:57 ID:Qmf6OIHRQ
「オレは、もっと生きたいって思える人生がいいなって。
みっともなくても、見苦しくてもいいからさ」
「生きることに貪欲なんだよね、きっと」
「うん、流れてる血のせいだろうな」
「それに、石みたいにすごいガンコだし」
「オレが石だったら、そっちはなんだよ?」
「水、かな」
僕が石で、ハヅキが水。
わかるようで、わからない彼女の言葉。
いや、本当にわからないのは言葉じゃない。気持ちだ。
僕はいつだってハヅキの気持ちの半分も理解できてなかったんだ。
今だってそうだ。
僕と『ハヅキ』は顔を見合わせた。
腹をかかえて笑いたい気分だったのに、同時に声をあげて泣きたくなった。
「ひとつ聞いていい?」と僕は右隣にいる『ハヅキ』に訊ねる。
『ハヅキ』が小さくうなずく気配がしたので、僕は口を開いた。
「公園でなにを話したんだ? ……もうひとりのハヅキと」
「わたしたちふたりでしか、話せないことかな。
わたしが知らないこと、わたしが知ってたこと。
とにかく、いろんなことを話したんだよ」
「いろんなことって?」
「いろんなことだよ。教えてほしい?」
「全部じゃなくていいから、少しだけ教えてほしいな」
そう言うと、『ハヅキ』は身を乗り出して僕をふりかえった。
246 :名無しさん :2014/04/03(木)01:44:51 ID:Qmf6OIHRQ
「でもそれって、べつにわたしから聞かなくてもいいよね?」
「ほかに誰が教えてくれるんだよ」と僕。
「未来のわたし」と『ハヅキ』に言われて僕は、彼女の顔を見た。
『ハヅキ』は少しだけ悲しそうにつぶやく。
「あの公園でふたりを見たとき、なんとなくわかっちゃったの」
僕はそうか、としか言えなかった。
波の音が僕を笑ってる気がした。
247 :名無しさん :2014/04/03(木)01:45:59 ID:Qmf6OIHRQ
「オレのせいなんだ。
オレのせいで、ハヅキとは今みたいになっちゃったんだよ」
僕の声はふるえていた。
「オレがハヅキに、あんなこと言ったから……」
「『おまえの世話はもういらない』……だったよね?」
思わず目を見開いてしまう。
そうだ、目の前の『ハヅキ』も僕に同じことを言われていたんだ。
気づいたら、言葉が勝手にあふれていた。
「ずっと認めてほしかったんだ。
オレって、いつもハヅキに頼ってばかりで……そんな自分がなさけなくて。
病気が治ってさ。ハヅキを頼る自分から。
ハヅキに頼られる自分になろうと思ったんだよ」
目頭が熱くなって、僕はまぶたをきつく閉じた。
まぶたの裏にあらわれたのは、僕がずっと追っている後ろ姿だった。
248 :名無しさん :2014/04/03(木)01:48:01 ID:Qmf6OIHRQ
とちゅうから、自分でもなにを話しているのか、わからなくなる。
あふれでる想いを、断片的に言葉にしていく。
「本当に言いたかったのは、もっとちがうことだったんだよ。
本当にハヅキに言わなきゃいけないのは、あんな言葉じゃなかった。
ずっと前に見つけてたんだよ、オレ。
あいつに言わなきゃいけない、本当の言葉を」
ずっと言わなきゃいけない。
そう思ってたのにすれちがったまま、ここまで来てしまった。
「知ってたよ、わたし」と彼女は、僕に微笑んでみせた。
「なにを考えてたのかも。
なにを思って、あんなことを言ったのかも。
全部知ってたよ。
わたしのことを鬱陶しいと思って、あんなこと言ったんじゃないって」
波の音が聞こえなくなっていた。
249 :名無しさん :2014/04/03(木)01:48:59 ID:Qmf6OIHRQ
「でもね、できればその言葉を口にだして言ってほしいんだ」
僕の開きかけたくちびるに、『ハヅキ』は指をあてて、首をふった。
「わたし、じゃない。みらいのわたしに、ね」
『ハヅキ』の瞳が潤んで見えるのは、僕の思いこみなのか。
ふたりのハヅキの表情が重なる。
「どんな想いも自信も、時間がたてば絵の具みたいに色あせちゃうし、いつかは消える。
だけど、わたしたちはまだ間に合うよ」
『ハヅキ』の言葉のひとつひとつが白い息になって、僕の胸に染みこんでいく。
僕は『ハヅキ』がどうして、
ハヅキとふたりだけで話をしたのか、唐突にわかってしまった。
250 :名無しさん :2014/04/03(木)01:50:10 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』の左手が、僕の右手からはなれる。
僕がなにかを言う前に『ハヅキ』は、僕の頬を両手で包んだ。
そして、僕のおでこにじぶんのそれをくっつけた。
それは。
子どものころ、ハヅキが僕にやってくれた『おまじない』だった。
「すれちがっちゃったんだよね。神様にねがったせいで。
でも会おうって思えば、また会えるからーー」
『ハヅキ』の手が僕の耳をふさぐ。
なにも聞こえなくなる。
僕の鼻のしたで、『ハヅキ』の唇が動く。
なにを言ったかはわからなかった。
251 :名無しさん :2014/04/03(木)01:58:59 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』が僕からはなれる。
呆然とする僕に向かって、彼女は舌をだして笑ってみせた。
なにかを言おうと思ったのに、出てくるのは声じゃなかった。
頬を伝う涙を止められなかった。
「なんで泣いてるの?」
「だって……!」
声を詰まらせる僕の頭を『ハヅキ』は撫でる。
「これからまた、はじまるんだよ」
「ほら」と言って、彼女は海を見た。
252 :名無しさん :2014/04/03(木)02:03:01 ID:Qmf6OIHRQ
『ハヅキ』の白い頬があわく染まる。
僕も彼女にならう。
空にかがやく星を、水平線から顔をだした太陽が呑みこんでいく。
空が白みはじめていることに、僕はようやく気づいた。
風が吹きはじめた。
世界は終わらない。
新しい一日がはじまる。
でも。
僕の右隣にはもう『ハヅキ』はいなかった。
253 :名無しさん :2014/04/03(木)02:04:09 ID:ZZk9KVjhv
え?
254 :名無しさん :2014/04/03(木)02:12:05 ID:Qmf6OIHRQ
道路から海を見おろすと、ハヅキが僕の左隣で遠慮がちに言った。
「海だ」
僕とハヅキはふたりで海に来ていた。
ふりそそぐ太陽をあびて、鈍くかがやく海が目の前に広がっていた。
僕はふと、右隣を見た。
もちろん、誰もいるわけがなかった。
僕は無意識に右腕をおさえてしまった。
世界は『ハヅキ』を忘れた。
彼女のことを覚えているのは、僕だけになったんだ。
「冬に見る海って少し変わってるかも」
ハヅキが彼女と同じことを言ったから、僕は思わず笑ってしまった。
255 :名無しさん :2014/04/03(木)02:15:03 ID:Qmf6OIHRQ
ふたりのハヅキがどのような会話を交わして、
『ねがい』について話し合ったのかはわからない。
でも、ハヅキもレミも、彼女のことは完全に忘れてしまっていた。
ハヅキの『ねがい』は、なにかひとつを消すことができるというものだった。
これは僕の完全な推測だけど、おそらく彼女は存在ごと消したんじゃないかな。
どうして彼女がそんな選択をしたのかって?
すれちがった僕たちのため。
そして、ガンコな僕のためだったんだろうな。
そして、もうひとつ。
僕の血友病はまた、完全に治ったんだ。
257 :名無しさん :2014/04/03(木)02:29:59 ID:xSHX0minS
そう、僕は『ねがい』を使えるのはハヅキしか無理だって思ってた。
でもそんなことはないんだよな。
だって『ハヅキ』だって『ねがい』をもらって、
そしてそれは使ってなかったんだから。
どうして僕だけが、彼女のことを覚えているのか。
それはわからない。
『ねがい』のおまけのようなものかもしれない。
もしくは、小さなほころびのようなものなのかも。
あるいは……。
ふと、右腕の関節が針に刺されたようにチクリと痛んだ。
258 :名無しさん :2014/04/03(木)02:37:17 ID:xSHX0minS
風が強く吹いて、ハヅキが僕によりかかる。
でもすぐにハヅキは僕からはなれた。
相変わらず僕とハヅキの間には、溝のようなものがあるらしい。
ハヅキはどうしていいか、わからないといった感じで、
「そろそろ行こっか、寒いし」と言った。
それから僕たちはしばらく、海をあとにしてひたすら歩いた。
お互いになにも話さなかった。
「病気は、大丈夫なんだよね?」
ふと、ハヅキが思い出したように言った。
言ったあとで、「あっ」と口もとをおさえた。
僕はかわいたくちびるを舐めた。
少しだけ緊張しているみたいだ。
でも、彼女との約束だし、僕はずっと前から言うって決めていた。
僕はうなずいた。
259 :名無しさん :2014/04/03(木)02:43:31 ID:xSHX0minS
「もうひとりで大丈夫だから」
たったこれだけの言葉を言うのに、何年かかったんだろう。
ハヅキはわずかに目を見開いて、それからほほえんだ。
ずっと見たかった笑顔がそこにはあった。
「知ってるよ。ずっと前から」
僕とハヅキはいつのまにか並んで歩いていた。
やっぱり僕とハヅキの肩が触れることはないし、
僕らの間をすり抜ける風は、冷たいままだ。
260 :名無しさん :2014/04/03(木)02:45:15 ID:xSHX0minS
それでも僕たちは、並んで歩く。
神様にねがったせいで、僕たちはすれちがった。
でも、僕たちはまためぐりあえた。
「なんか、ひさびさにハヅキの顔を見た気がするよ」
僕がそう言うと、「わたしも」とハヅキは笑って僕を見あげた。
おわり
ここまで読んでくださってありがとうございました
262 :名無しさん :2014/04/03(木)02:53:12 ID:lkfgkveIG
分からん部分もあるけどよかった
ちょっとうるっと来てまったわww
263 :名無しさん :2014/04/03(木)02:58:12 ID:xuRcHJn3U
久々にいい文を見た気がする
二人は結ばれるんかね
あの歌詞通りだとすると…
乙
267 :名無しさん :2014/04/03(木)17:04:23 ID:8cvzztljE
乙
もう一人のハヅキは死ななくてもよかったんじゃね?
生存エンドも見てみたい
268 :名無しさん :2014/04/03(木)18:08:44 ID:8E9QT43OP
乙
何故に過去ハヅキは死ぬことを選んだんや・・・
切ねえ
269 :名無しさん :2014/04/03(木)19:07:56 ID:C38KFwna8
>>268
死ぬというかきえたんだろ
270 :名無しさん :2014/04/03(木)19:28:42 ID:V7qlJ99zp
主人公の女々しい感じとかハヅキとの距離感がよかったな
>>1はげんふうけいの人なの?
146 :名無しさん :2014/03/31(月)19:50:59 ID:LNqW1PD59
もしかして前に女が「怖い話をしましょう」とかいうss書いてた人?
271 :名無しさん :2014/04/03(木)20:02:13 ID:kd0xMeLBL
>>1です
自分はげんふうけいの人とはまったく関係ないです
ああいう素敵なssは書けないんで
首だけになってしゃべる女の子の話や
似すぎた姉妹が入れ替わる話とか
>>146の人のレスにあるssを書いたりしました
ここまで読んでくれてありがとうございました
273 :名無しさん :2014/04/03(木)20:25:36 ID:HhddHvbD0
十分素敵だったよ乙
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