堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
Part5
93 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:47:30.62 ID:LNQCQUA8o
――――――――
村娘「い、いや……やめて…近寄らないで……!」
オーク「……ブヒッ! ブギィィィ!!」
村娘「嫌ぁっ! 来ないで! 来ないでぇぇ!!」
ガバッ……ギリ、ギリギリ……
村娘「い、痛いっ……折れ、ちゃ…う……!」
オーク「プギィィィィ!!」
村娘「な、何するの……?」
オーク「……ギヒッ」
ビリ、ビリビリ……
村娘「やっ…そんな……まさか……!」
ピトッ……ズッ…メリ、メリメリ……ゴリュンッ! ブチブチブチィ!!
村娘「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
オーク「ブヒィ! ブヒ、ブヒ……」
村娘「痛っ……痛いぃぃ! やめてぇぇぇぇ!」
――――――――
94 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:48:06.49 ID:LNQCQUA8o
勇者「…………おい」
サキュバスA「はい?」
勇者「何、これ?」
サキュバスA「何って、私が陛下のポーンを取っている『最中』ですわ」
白黒二色の盤上で、黒のポーン……オークが、農民の娘の姿をした白のポーンを激しく凌辱していた。
継ぎ接ぎだらけの衣服を剥ぎ取り、組み伏せ、ばたつかせる手足を押さえつけ、正面から。
素朴な少女の姿をした『小人』は、小さな『オーク』に為す術なく、その身を貪られる。
よく目を凝らせばことさらに小さな結合部からは、血の筋までもが流れていた。
盤上の凄惨な凌辱劇をそれでも食い入るように眺めながら、勇者が言葉を続ける。
勇者「………つまり、駒を取る度に『これ』があるのか?」
サキュバスA「ええ、そうです。……ポーン同士の場合は、10分ほどかかりますわね」
勇者「…………長くね?」
サキュバスA「そうでもありませんわ。これを見ながらティータイムを愉しむのが、私達の嗜みですもの」
勇者「……ま、いい。正直、予想できてた。……茶をくれ」
サキュバスA「はい、陛下」
95 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:48:46.17 ID:LNQCQUA8o
勇者「……ついでに、ずっと気になってたんだけどさ」
サキュバスA「何でしょう?」
勇者「そっちのビショップ。いったい、何がモチーフなんだ?」
サキュバスA「魔族の術師ですわ。ちなみに、この駒でそちらのナイトを取るとかなり見ごたえがありますわよ」
勇者「一体何がどうなるんだ」
サキュバスA「……ふふ、それはお楽しみに」
勇者「……その場合、いったい何分かかる」
サキュバスA「たっぷり二時間」
勇者「長ぇよ!」
サキュバスA「ですから、基本……このルールは、たっぷり丸三日ほどかけて楽しむものですわ」
勇者「だから、長いってば!!」
サキュバスA「あ、それと……各駒には、低確率の追加演出がありまして」
勇者「今度は何!?」
サキュバスA「例えば黒のクイーン、つまり『サキュバス』の場合……取った駒が、魔族の刻印に支配され、転化して『淫魔』となる演出が」
勇者「…………(ちょっと見たい)」
サキュバスA「毎回プレイ内容も変わりますし、私達『淫魔』でさえも飽きません」
96 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:49:27.88 ID:LNQCQUA8o
勇者「………さて、そんな事を話してる間に」
サキュバスA「あら」
村娘(ポーン)『…ぁ……うぅ…』
勇者「レイプ目でこっち見んなっ!」
サキュバスA「あらあら、陛下ったら……」
勇者「で、取られた駒はどうなる?」
サキュバスA「盤上から消えて、盤外に出現します。犯された状態のまま。ほら」
勇者「……それで」
村娘(ポーン)『うっ……ひぐっ……う、うぇぇぇぇ……』
サキュバスA「そして通常のチェスと同様に、私の駒は、そのコがいたマスへと移動します」
勇者(やりづれぇ……)
サキュバスA「純潔を奪われて、あそこからオークの精液を泡立たせて吐き出しながら泣きじゃくるなんて……ああ、素敵」
勇者「……ドMが」
サキュバスA「へっ!?」
勇者「……何でも。それより、続けるぞ」
サキュバスA「は、はい…」
村娘(ポーン)『う、ぅ……酷いぃ……酷いよぉ……こんなの……』
97 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:49:57.53 ID:LNQCQUA8o
そして、夕方少し前
勇者「…………これ、いつ終わんだよ………」
サキュバスA「ですから、投了かキングが取られるまで」
勇者「……あれから、全然進んでないんだけど」
サキュバスA「陛下が、うかつな場所にナイトを置くからですわ」
勇者「だからって……これは……いつ終わるんだ」
――――――――
女騎士(ナイト)『う……ふ、ぁぁ……やめ……ろぉ…そんな、ところ……』
サキュバス(クイーン)『ふふふ……ここ? 本当に、やめちゃっていいのかしらねぇ?』
女騎士(ナイト)『ひっ……! 嫌、だ……そんなに、した……ら……!』
サキュバス(クイーン)『ほぉら、気持ちいいでしょう? ……大丈夫、時間はまだたっぷりあるわよ』
――――――――
98 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:50:38.39 ID:LNQCQUA8o
勇者「……終わる気配が無い」
サキュバスA「確かに、これほど長引くのは久しぶりですわ。きっと、私のクイーンも陛下を歓迎していらっしゃるのです」
勇者「かれこれ一時間は経ってる」
サキュバスA「……でも、見応えはありますでしょう?」
勇者「まぁ、そうだけど」
サキュバスA「ちなみに、私の知る限りで一番長いパターンだったのは」
勇者「何だ」
サキュバスA「何十年か前、黒のクイーンが、白のクイーンを取った時です。あの時は、七十六時間もひたすらネチネチと」
勇者「途中で飽きない?」
サキュバスA「いえ、全然」
勇者「流石は淫魔」
サキュバスA「それよりも。……出てきたら?」
勇者「……え?」
サキュバスA「影が見えてるのだけれど?」
99 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:51:15.10 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「……見えてた?」
サキュバスA「ええ。それで、何をしていたの」
サキュバスB「……何となく、気になっちゃって。それに……いい匂いがしたから……」
サキュバスA「サボりかしら? ……いけない子ね」
勇者「お前はどうなんだお前は」
サキュバスA「私はいいのです。陛下の御為に、淫魔の国のゲームを――――」
サキュバスB「………」
きゅるる、と場に沿わぬ音がかすかに、それでいて確かに聞こえる。
勇者「?」
サキュバスB「はぅっ……ち、違います! わたしじゃ……」
勇者「……腹が空いてるのか?」
サキュバスB「え、えっと……」
勇者「座れよ。……この大量の菓子を何とか減らそう。手伝ってくれ」
100 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:51:46.46 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「そういえば、全然手をつけていませんでしたわね」
サキュバスB「それじゃ、失礼しますっ」
勇者「どの道、…………まだ、『こっち』はかかりそうだからな」
――――――――
サキュバス(クイーン)「うふふ……貴女ってば、お胸が弱かったのねえ。ほら、こうかしら?」
女騎士(ナイト)「や……! ちく…び……抓っ……ちゃ……!」
サキュバス(クイーン)「ずいぶん可愛い声ねぇ。『殺してやる』なんて言ってたのは誰だったかしら?」
女騎士(ナイト)「ひぃぁぁぁぁ! 取れ、る……ちくび……取れ、ちゃうぅ……!」
――――――――
サキュバスA「おやおや。絶好調ですわね」
勇者「そもそも、この場合どこまでやれば『終わり』なのかが分からん」
サキュバスA「…少なくとも、まだせいぜい折り返し点ですわ」
勇者「……スキップできないのか、これ」
サキュバスB「…………♪」
101 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:53:15.02 ID:LNQCQUA8o
その後、すっかり日が暮れて、晩餐の準備が整うまで―――結局、勝負は進む事はなかった。
最終的に、ナイトへ対する凌辱をスキップし――手番を一つ進めてから、勝負は次回に持ち越された。
用意された菓子の大半はサキュバスBが処理し、残ったものは、二人に分け与えた。
勇者「……しかし、すごいゲームだったな」
大きすぎる食卓で、食前酒を傾けながら、「淫魔のチェス」を思い出す。
魔物を模した駒が、人類を模した駒を激しく凌辱する、歪んだゲーム。
まっとうに考えれば、確かにおぞましく悪趣味には違いない。
泣き叫ぶ農民の少女を、凛とした女騎士を、楚々としたシスターを、勇敢な女戦士を、気品ある女王を。
低劣なオークが、暗黒の魔騎士が、魔族の僧正が、醜いローパーが、妖艶なサキュバスが――――穢す。
それなのに―――楽しかった。
勇者「…………もしかして、俺……人間、嫌いなのかな」
食前酒が半ばほどまで残った細長いグラスを持ち上げ、燭台の火に透かし見る。
薄く黄金に色づいた液体の中を細かな泡が上っていき、液面にしばし留まった後、弾けた。
勇者「……イヤ、違うか」
言って、グラスに口をつけ――視線を自らの身体の下方まで滑らせる。
勇者「……三日目だしなぁ」
102 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:53:49.79 ID:LNQCQUA8o
夕食を終えた後、いつものように城内を散歩する。
なんとなしに身についた習慣は、腹ごなしの意味もあるが、何より―――身体が、鈍るのだ。
死闘に次ぐ死闘、危険に次ぐ危険、無限の業にさえ感じた日々を潜り抜け、務めを果たした彼にとっては。
危険も無く、死の恐怖も無い日々は、逆に居心地が悪い。
あの「七日間」は全てが新鮮であり、そういった体の心地悪さは感じなかった。
今はなまじ慣れてしまっているために、どうしようもなく体が鈍る感覚が、強い。
彷徨う内に夜も深くなり、勇者は寝室へと戻った。
庭園には、行けなかった。
もしも―――もしもまた、「彼女」の涙を見てしまったら。
どうすればよいのか、分からなかったからだ。
彼は、恐れたのだ。
昨夜だけならば、「彼女」の涙は偶然だという事になる。
だが、もしも今夜もまた、人知れず涙を零していたとしたら。
自分に、一体何ができるのだろうかと。
彼女の涙を、はたして拭ってやれる言葉が見つかったのだろうかと。
彼女にかける言葉を見つけてやれない事が、たまらなく恐ろしかったからだ。
昼にも、涙の理由を問う事ができなかった。
未だに距離を縮めきれず、よそよそしさを残したままの彼女が、答えてくれるかは分からないから。
答えてくれたとして―――それは、癒せるものなのか。
103 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:54:40.38 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「あ、陛下!」
溜息とともに寝室の扉を開けると、待ちかねたような歓声が聞こえた。
勇者「え……? 何でここに?」
サキュバスB「何でって……え? 陛下が……昨日……」
勇者「…………あぁ」
サキュバスB「わ、忘れてたんですか!?」
勇者「いや……うん、軽く」
サキュバスB「…酷いです」
勇者「……悪かったってば」
サキュバスB「…………」
勇者「まぁ、楽にしてくれ。何か飲むか?」
サキュバスB「……ミルクを」
勇者「………………『隠語』? いや、『淫語』か?」
サキュバスB「ち、違いますからね!? 『熱々のたんぱく質』じゃなくて『カルシウム』ですからね!?」
勇者「変な言い回しをするな!」
サキュバスB「へ、陛下こそっ!?」
104 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:55:07.78 ID:LNQCQUA8o
勇者「……全く、ほら。適当に座れ」
サキュバスB「ありがとうございます」
勇者「……酒は飲めないのか?」
サキュバスB「えっと……飲めなくはないですけど……」
勇者「嫌いなのか」
サキュバスB「ワインは好きですけどあまり飲めなくて……ビールは苦いし……」
勇者「お子様」
サキュバスB「こ、これでも三千歳超えてるんですからねっ!」
勇者「牛乳飲みながら言う台詞か?」
サキュバスB「………」
勇者「……ごめん、からかい過ぎた」
サキュバスB「……意地悪です」
105 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:55:37.75 ID:LNQCQUA8o
勇者「それで、何の話だったかな」
サキュバスB「……『どうして、人間は互いを殺し合えるのか』です」
勇者「…昨日は立ち話だったからな。どうして、そういう疑問を持ったのか……話してくれるか?」
サキュバスB「……わたし、人間の世界に長くいたんですけど、不思議だったんですよ」
勇者「…………」
サキュバスB「……人が人に命令して、違う国の人を、まるでモンスターを狩るみたいに殺しちゃうんです」
勇者「……モンスター」
サキュバスB「殺された人は、もう家族に会えなくなっちゃって。殺した人は、生きて家族に会えて。……帰って、また子どもを抱いて」
サキュバスB「赤ちゃんを抱いて、幸せそうに笑って、……でもまた、時が来たら人を殺しに行って」
サキュバスB「……王さまの命令で、何千人の兵隊さんが……大好きな人たちと、会えなくなっちゃうんです」
サキュバスB「…………だから、わたしは……その……」
106 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:56:22.67 ID:LNQCQUA8o
彼女の声は、震えていた。
彼女が人間界で目にしたのは、人の王が戦を命じ、人を人とも思わず殺し合う無限の連鎖。
勇者が人間界で見たものより、更に長く密度の濃い、人類の罪。
勇者もまた、彼女の言葉で思い出せた。
過ぎ去りし日々、自らの国をさえ省みず、民を無碍に死なせた愚かな王達の姿を。
砂漠の国の王は、魔王軍との戦いの次は、その勢いのまま隣国へ攻め寄せる事を決意し―――国を、亡くした。
エルフの王は、古い戒律に縛られて、ダークエルフの存亡の危機を知りながら―――見捨てた。
―――ある国の王は、世界の危機に直面しながら、世界が救われた後に、再び隣国と殺し合うための準備をしていた。
それでも、戦そのものを好んで行う王など、存在しないのかも知れなかった。
領土を拡張する為、資源の為、ひいては、自国民の為なのかも知れなかった。
勇者「…………民の為に、民を死なせる、か」
「国民の為」に、国民に危険を強いる。
家族を護る為と言って、「家族を護っている」敵兵を死なせる。
まるで―――人類は、この世界にひとつしか椅子が存在しないかのように、殺し合う。
勇者「……確かに、怖いよな。……そんな『人間』が、『王』になったんだから」
107 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:57:11.83 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「い、え……そんな事、ない……です…」
勇者「……もしも俺が、逆の立場だったのなら……やはり、怖いよ」
言葉を続けて、サイドテーブルから水差しを取り、銀製の杯に注ぎ、口を湿らせるように傾ける。
勇者「見てきてしまったんだろ? ……そういう、莫迦らしい行いを」
不思議な程に冷たく保たれた水が、喉を滑り降りるのを感じた。
喉から胃までを冷まし、頭の先までも染み入るような冷たさが、勇者の思考を更に鮮明にする。
そして、立て続けに思い出したのは――――
勇者「……俺にも……そんな未来が、あったんだよ」
サキュバスB「え……?」
暴君と化した、未来であり、過去でもある、七日間の追憶。
淫魔の王であるという権威に酔い、淫魔達の肢体を食い漁り、堕ちし女神を甚振り、思いのままに生きる。
そんな唾棄すべき「王」になってしまう未来さえも、勇者は見ていた。
勇者「…………頼みが、ある」
サキュバスB「はい、何でしょうか……陛下」
彼女は、飲み干したグラスをスカートの布越しに腿の間に挟むようにして、隣に座る勇者の顔を見た。
勇者「……三年後。もしも、俺が……『ダメな王様』になっていたら、殺してくれ」
108 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:57:38.56 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「えっ……!?」
勇者「……淫欲に溺れて、そして……『堕女神』を傷付けて憂さを晴らすようになっていたら」
サキュバスB「へ、陛下……!?」
勇者「頼むから……殺して、くれよ」
勇者が伸ばした左手は、彼女がベッドに置いた右手を、がっちりと掴まえていた。
奇妙な程低く落ち着いた声は、彼女の異議を差し挟む余地さえも備えてはいない。
ただ―――彼女へ、力強く願うだけだった。
サキュバスB「陛…下……痛い、ですっ……」
勇者「……ごめん」
小さな抗議で解かれた彼女の右手には、赤く痕が残っていた。
彼女は、その手の痛みで―――「王」の言葉の重さと、本気を知った。
サキュバスB「……どうして……そんな事、言うんですか」
勇者「……どうしても、そんな未来だけは避けたいんだ。………心配しなくてもいい。遺言は残して、お前に咎が及ばないようにする」
サキュバスB「……説明になってませんよっ!!」
彼女は、叫ぶ。
茫洋とした一方的な懇願を受けて、耐えきれないとばかりに。
大声を張り上げたためか、部屋の扉を、メイドが叩く。
何事も無い、と勇者が返してメイドを仕事に戻らせるまで、ほんの数秒。
その間――――彼女は、顔を紅くして、じっと勇者を見つめていた。
109 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:58:30.97 ID:LNQCQUA8o
勇者は、試みても苦笑すらできなかった。
一方的な、酷薄な頼みをして―――相手は、取り乱して叫ぶ。
ほんの数日前に起こった、『今生の別れ』を、胸中に再生させた。
勇者「…………俺には、間違いなくその未来も存在した……いや、今も存在するんだ」
サキュバスB「…………」
勇者「だから……もしそうなっていたら、俺を殺してほしい。……『暴君』と化した未来を、終わらせてほしいだけなんだ」
サキュバスB「……約束、します」
彼女が呟き、それに対して礼を言おうとした時――続く言葉が、告げられる。
サキュバスB「……陛下も、約束してください」
勇者の顔を覗き込むその瞳は、一切の曇りなく、黄金に輝いていた。
魔族である事を疑うような、至上の輝きと、はにかんだ笑顔を湛えて。
サキュバスB「……優しくて、カッコよくて、みんなが大好きな『王様』になるって。約束してください」
勇者「…………」
サキュバスB「……約束、し合いましょうよ」
すっ、と彼女が小指を立てた右手を、勇者の胸の前に突き出す。
いかにも子供じみた約束の所作が、羊皮紙の血判よりも重く、そして厳かで、優しいものに勇者には思えた。
しばしの逡巡の後、勇者は、その小指へ、自らの小指も絡める。
「約束」を交わす文句の代わりとして―――時間にして数十秒ほど、互いの目を見つめ合って。
110 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:59:03.23 ID:LNQCQUA8o
勇者「……俺が、良い『王様』になれなかったら……頼む」
サキュバスB「その時は針千本、飲んでくださいね?」
勇者「分かった、飲むよ」
サキュバスB「じゃ、……指切ーったっ、と」
勇者「……ところで、眠くないのか?」
サキュバスB「やだなぁ、もう。サキュバスは夜型ですよ?」
勇者「……早寝早起きする淫魔の方がおかしいよな、そりゃ」
サキュバスB「堕女神様は規則正しいですよ」
勇者「『淫魔』じゃないからか?」
サキュバスB「はい。……きちんと夜寝て、朝早く起きてお仕事してますー」
勇者「……なぁ」
サキュバスB「はい?」
勇者「……その、堕女神について、何か知らないか?」
サキュバスB「何か?」
――――――――
村娘「い、いや……やめて…近寄らないで……!」
オーク「……ブヒッ! ブギィィィ!!」
村娘「嫌ぁっ! 来ないで! 来ないでぇぇ!!」
ガバッ……ギリ、ギリギリ……
村娘「い、痛いっ……折れ、ちゃ…う……!」
オーク「プギィィィィ!!」
村娘「な、何するの……?」
オーク「……ギヒッ」
ビリ、ビリビリ……
村娘「やっ…そんな……まさか……!」
ピトッ……ズッ…メリ、メリメリ……ゴリュンッ! ブチブチブチィ!!
村娘「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
オーク「ブヒィ! ブヒ、ブヒ……」
村娘「痛っ……痛いぃぃ! やめてぇぇぇぇ!」
――――――――
94 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:48:06.49 ID:LNQCQUA8o
勇者「…………おい」
サキュバスA「はい?」
勇者「何、これ?」
サキュバスA「何って、私が陛下のポーンを取っている『最中』ですわ」
白黒二色の盤上で、黒のポーン……オークが、農民の娘の姿をした白のポーンを激しく凌辱していた。
継ぎ接ぎだらけの衣服を剥ぎ取り、組み伏せ、ばたつかせる手足を押さえつけ、正面から。
素朴な少女の姿をした『小人』は、小さな『オーク』に為す術なく、その身を貪られる。
よく目を凝らせばことさらに小さな結合部からは、血の筋までもが流れていた。
盤上の凄惨な凌辱劇をそれでも食い入るように眺めながら、勇者が言葉を続ける。
勇者「………つまり、駒を取る度に『これ』があるのか?」
サキュバスA「ええ、そうです。……ポーン同士の場合は、10分ほどかかりますわね」
勇者「…………長くね?」
サキュバスA「そうでもありませんわ。これを見ながらティータイムを愉しむのが、私達の嗜みですもの」
勇者「……ま、いい。正直、予想できてた。……茶をくれ」
サキュバスA「はい、陛下」
95 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:48:46.17 ID:LNQCQUA8o
勇者「……ついでに、ずっと気になってたんだけどさ」
サキュバスA「何でしょう?」
勇者「そっちのビショップ。いったい、何がモチーフなんだ?」
サキュバスA「魔族の術師ですわ。ちなみに、この駒でそちらのナイトを取るとかなり見ごたえがありますわよ」
勇者「一体何がどうなるんだ」
サキュバスA「……ふふ、それはお楽しみに」
勇者「……その場合、いったい何分かかる」
サキュバスA「たっぷり二時間」
勇者「長ぇよ!」
サキュバスA「ですから、基本……このルールは、たっぷり丸三日ほどかけて楽しむものですわ」
勇者「だから、長いってば!!」
サキュバスA「あ、それと……各駒には、低確率の追加演出がありまして」
勇者「今度は何!?」
サキュバスA「例えば黒のクイーン、つまり『サキュバス』の場合……取った駒が、魔族の刻印に支配され、転化して『淫魔』となる演出が」
勇者「…………(ちょっと見たい)」
サキュバスA「毎回プレイ内容も変わりますし、私達『淫魔』でさえも飽きません」
96 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:49:27.88 ID:LNQCQUA8o
勇者「………さて、そんな事を話してる間に」
サキュバスA「あら」
村娘(ポーン)『…ぁ……うぅ…』
勇者「レイプ目でこっち見んなっ!」
サキュバスA「あらあら、陛下ったら……」
勇者「で、取られた駒はどうなる?」
サキュバスA「盤上から消えて、盤外に出現します。犯された状態のまま。ほら」
勇者「……それで」
村娘(ポーン)『うっ……ひぐっ……う、うぇぇぇぇ……』
サキュバスA「そして通常のチェスと同様に、私の駒は、そのコがいたマスへと移動します」
勇者(やりづれぇ……)
サキュバスA「純潔を奪われて、あそこからオークの精液を泡立たせて吐き出しながら泣きじゃくるなんて……ああ、素敵」
勇者「……ドMが」
サキュバスA「へっ!?」
勇者「……何でも。それより、続けるぞ」
サキュバスA「は、はい…」
村娘(ポーン)『う、ぅ……酷いぃ……酷いよぉ……こんなの……』
97 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:49:57.53 ID:LNQCQUA8o
そして、夕方少し前
勇者「…………これ、いつ終わんだよ………」
サキュバスA「ですから、投了かキングが取られるまで」
勇者「……あれから、全然進んでないんだけど」
サキュバスA「陛下が、うかつな場所にナイトを置くからですわ」
勇者「だからって……これは……いつ終わるんだ」
――――――――
女騎士(ナイト)『う……ふ、ぁぁ……やめ……ろぉ…そんな、ところ……』
サキュバス(クイーン)『ふふふ……ここ? 本当に、やめちゃっていいのかしらねぇ?』
女騎士(ナイト)『ひっ……! 嫌、だ……そんなに、した……ら……!』
サキュバス(クイーン)『ほぉら、気持ちいいでしょう? ……大丈夫、時間はまだたっぷりあるわよ』
――――――――
勇者「……終わる気配が無い」
サキュバスA「確かに、これほど長引くのは久しぶりですわ。きっと、私のクイーンも陛下を歓迎していらっしゃるのです」
勇者「かれこれ一時間は経ってる」
サキュバスA「……でも、見応えはありますでしょう?」
勇者「まぁ、そうだけど」
サキュバスA「ちなみに、私の知る限りで一番長いパターンだったのは」
勇者「何だ」
サキュバスA「何十年か前、黒のクイーンが、白のクイーンを取った時です。あの時は、七十六時間もひたすらネチネチと」
勇者「途中で飽きない?」
サキュバスA「いえ、全然」
勇者「流石は淫魔」
サキュバスA「それよりも。……出てきたら?」
勇者「……え?」
サキュバスA「影が見えてるのだけれど?」
99 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:51:15.10 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「……見えてた?」
サキュバスA「ええ。それで、何をしていたの」
サキュバスB「……何となく、気になっちゃって。それに……いい匂いがしたから……」
サキュバスA「サボりかしら? ……いけない子ね」
勇者「お前はどうなんだお前は」
サキュバスA「私はいいのです。陛下の御為に、淫魔の国のゲームを――――」
サキュバスB「………」
きゅるる、と場に沿わぬ音がかすかに、それでいて確かに聞こえる。
勇者「?」
サキュバスB「はぅっ……ち、違います! わたしじゃ……」
勇者「……腹が空いてるのか?」
サキュバスB「え、えっと……」
勇者「座れよ。……この大量の菓子を何とか減らそう。手伝ってくれ」
100 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:51:46.46 ID:LNQCQUA8o
サキュバスA「そういえば、全然手をつけていませんでしたわね」
サキュバスB「それじゃ、失礼しますっ」
勇者「どの道、…………まだ、『こっち』はかかりそうだからな」
――――――――
サキュバス(クイーン)「うふふ……貴女ってば、お胸が弱かったのねえ。ほら、こうかしら?」
女騎士(ナイト)「や……! ちく…び……抓っ……ちゃ……!」
サキュバス(クイーン)「ずいぶん可愛い声ねぇ。『殺してやる』なんて言ってたのは誰だったかしら?」
女騎士(ナイト)「ひぃぁぁぁぁ! 取れ、る……ちくび……取れ、ちゃうぅ……!」
――――――――
サキュバスA「おやおや。絶好調ですわね」
勇者「そもそも、この場合どこまでやれば『終わり』なのかが分からん」
サキュバスA「…少なくとも、まだせいぜい折り返し点ですわ」
勇者「……スキップできないのか、これ」
サキュバスB「…………♪」
101 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:53:15.02 ID:LNQCQUA8o
その後、すっかり日が暮れて、晩餐の準備が整うまで―――結局、勝負は進む事はなかった。
最終的に、ナイトへ対する凌辱をスキップし――手番を一つ進めてから、勝負は次回に持ち越された。
用意された菓子の大半はサキュバスBが処理し、残ったものは、二人に分け与えた。
勇者「……しかし、すごいゲームだったな」
大きすぎる食卓で、食前酒を傾けながら、「淫魔のチェス」を思い出す。
魔物を模した駒が、人類を模した駒を激しく凌辱する、歪んだゲーム。
まっとうに考えれば、確かにおぞましく悪趣味には違いない。
泣き叫ぶ農民の少女を、凛とした女騎士を、楚々としたシスターを、勇敢な女戦士を、気品ある女王を。
低劣なオークが、暗黒の魔騎士が、魔族の僧正が、醜いローパーが、妖艶なサキュバスが――――穢す。
それなのに―――楽しかった。
勇者「…………もしかして、俺……人間、嫌いなのかな」
食前酒が半ばほどまで残った細長いグラスを持ち上げ、燭台の火に透かし見る。
薄く黄金に色づいた液体の中を細かな泡が上っていき、液面にしばし留まった後、弾けた。
勇者「……イヤ、違うか」
言って、グラスに口をつけ――視線を自らの身体の下方まで滑らせる。
勇者「……三日目だしなぁ」
102 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:53:49.79 ID:LNQCQUA8o
夕食を終えた後、いつものように城内を散歩する。
なんとなしに身についた習慣は、腹ごなしの意味もあるが、何より―――身体が、鈍るのだ。
死闘に次ぐ死闘、危険に次ぐ危険、無限の業にさえ感じた日々を潜り抜け、務めを果たした彼にとっては。
危険も無く、死の恐怖も無い日々は、逆に居心地が悪い。
あの「七日間」は全てが新鮮であり、そういった体の心地悪さは感じなかった。
今はなまじ慣れてしまっているために、どうしようもなく体が鈍る感覚が、強い。
彷徨う内に夜も深くなり、勇者は寝室へと戻った。
庭園には、行けなかった。
もしも―――もしもまた、「彼女」の涙を見てしまったら。
どうすればよいのか、分からなかったからだ。
彼は、恐れたのだ。
昨夜だけならば、「彼女」の涙は偶然だという事になる。
だが、もしも今夜もまた、人知れず涙を零していたとしたら。
自分に、一体何ができるのだろうかと。
彼女の涙を、はたして拭ってやれる言葉が見つかったのだろうかと。
彼女にかける言葉を見つけてやれない事が、たまらなく恐ろしかったからだ。
昼にも、涙の理由を問う事ができなかった。
未だに距離を縮めきれず、よそよそしさを残したままの彼女が、答えてくれるかは分からないから。
答えてくれたとして―――それは、癒せるものなのか。
103 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:54:40.38 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「あ、陛下!」
溜息とともに寝室の扉を開けると、待ちかねたような歓声が聞こえた。
勇者「え……? 何でここに?」
サキュバスB「何でって……え? 陛下が……昨日……」
勇者「…………あぁ」
サキュバスB「わ、忘れてたんですか!?」
勇者「いや……うん、軽く」
サキュバスB「…酷いです」
勇者「……悪かったってば」
サキュバスB「…………」
勇者「まぁ、楽にしてくれ。何か飲むか?」
サキュバスB「……ミルクを」
勇者「………………『隠語』? いや、『淫語』か?」
サキュバスB「ち、違いますからね!? 『熱々のたんぱく質』じゃなくて『カルシウム』ですからね!?」
勇者「変な言い回しをするな!」
サキュバスB「へ、陛下こそっ!?」
104 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:55:07.78 ID:LNQCQUA8o
勇者「……全く、ほら。適当に座れ」
サキュバスB「ありがとうございます」
勇者「……酒は飲めないのか?」
サキュバスB「えっと……飲めなくはないですけど……」
勇者「嫌いなのか」
サキュバスB「ワインは好きですけどあまり飲めなくて……ビールは苦いし……」
勇者「お子様」
サキュバスB「こ、これでも三千歳超えてるんですからねっ!」
勇者「牛乳飲みながら言う台詞か?」
サキュバスB「………」
勇者「……ごめん、からかい過ぎた」
サキュバスB「……意地悪です」
105 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:55:37.75 ID:LNQCQUA8o
勇者「それで、何の話だったかな」
サキュバスB「……『どうして、人間は互いを殺し合えるのか』です」
勇者「…昨日は立ち話だったからな。どうして、そういう疑問を持ったのか……話してくれるか?」
サキュバスB「……わたし、人間の世界に長くいたんですけど、不思議だったんですよ」
勇者「…………」
サキュバスB「……人が人に命令して、違う国の人を、まるでモンスターを狩るみたいに殺しちゃうんです」
勇者「……モンスター」
サキュバスB「殺された人は、もう家族に会えなくなっちゃって。殺した人は、生きて家族に会えて。……帰って、また子どもを抱いて」
サキュバスB「赤ちゃんを抱いて、幸せそうに笑って、……でもまた、時が来たら人を殺しに行って」
サキュバスB「……王さまの命令で、何千人の兵隊さんが……大好きな人たちと、会えなくなっちゃうんです」
サキュバスB「…………だから、わたしは……その……」
106 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:56:22.67 ID:LNQCQUA8o
彼女の声は、震えていた。
彼女が人間界で目にしたのは、人の王が戦を命じ、人を人とも思わず殺し合う無限の連鎖。
勇者が人間界で見たものより、更に長く密度の濃い、人類の罪。
勇者もまた、彼女の言葉で思い出せた。
過ぎ去りし日々、自らの国をさえ省みず、民を無碍に死なせた愚かな王達の姿を。
砂漠の国の王は、魔王軍との戦いの次は、その勢いのまま隣国へ攻め寄せる事を決意し―――国を、亡くした。
エルフの王は、古い戒律に縛られて、ダークエルフの存亡の危機を知りながら―――見捨てた。
―――ある国の王は、世界の危機に直面しながら、世界が救われた後に、再び隣国と殺し合うための準備をしていた。
それでも、戦そのものを好んで行う王など、存在しないのかも知れなかった。
領土を拡張する為、資源の為、ひいては、自国民の為なのかも知れなかった。
勇者「…………民の為に、民を死なせる、か」
「国民の為」に、国民に危険を強いる。
家族を護る為と言って、「家族を護っている」敵兵を死なせる。
まるで―――人類は、この世界にひとつしか椅子が存在しないかのように、殺し合う。
勇者「……確かに、怖いよな。……そんな『人間』が、『王』になったんだから」
107 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:57:11.83 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「い、え……そんな事、ない……です…」
勇者「……もしも俺が、逆の立場だったのなら……やはり、怖いよ」
言葉を続けて、サイドテーブルから水差しを取り、銀製の杯に注ぎ、口を湿らせるように傾ける。
勇者「見てきてしまったんだろ? ……そういう、莫迦らしい行いを」
不思議な程に冷たく保たれた水が、喉を滑り降りるのを感じた。
喉から胃までを冷まし、頭の先までも染み入るような冷たさが、勇者の思考を更に鮮明にする。
そして、立て続けに思い出したのは――――
勇者「……俺にも……そんな未来が、あったんだよ」
サキュバスB「え……?」
暴君と化した、未来であり、過去でもある、七日間の追憶。
淫魔の王であるという権威に酔い、淫魔達の肢体を食い漁り、堕ちし女神を甚振り、思いのままに生きる。
そんな唾棄すべき「王」になってしまう未来さえも、勇者は見ていた。
勇者「…………頼みが、ある」
サキュバスB「はい、何でしょうか……陛下」
彼女は、飲み干したグラスをスカートの布越しに腿の間に挟むようにして、隣に座る勇者の顔を見た。
勇者「……三年後。もしも、俺が……『ダメな王様』になっていたら、殺してくれ」
108 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:57:38.56 ID:LNQCQUA8o
サキュバスB「えっ……!?」
勇者「……淫欲に溺れて、そして……『堕女神』を傷付けて憂さを晴らすようになっていたら」
サキュバスB「へ、陛下……!?」
勇者「頼むから……殺して、くれよ」
勇者が伸ばした左手は、彼女がベッドに置いた右手を、がっちりと掴まえていた。
奇妙な程低く落ち着いた声は、彼女の異議を差し挟む余地さえも備えてはいない。
ただ―――彼女へ、力強く願うだけだった。
サキュバスB「陛…下……痛い、ですっ……」
勇者「……ごめん」
小さな抗議で解かれた彼女の右手には、赤く痕が残っていた。
彼女は、その手の痛みで―――「王」の言葉の重さと、本気を知った。
サキュバスB「……どうして……そんな事、言うんですか」
勇者「……どうしても、そんな未来だけは避けたいんだ。………心配しなくてもいい。遺言は残して、お前に咎が及ばないようにする」
サキュバスB「……説明になってませんよっ!!」
彼女は、叫ぶ。
茫洋とした一方的な懇願を受けて、耐えきれないとばかりに。
大声を張り上げたためか、部屋の扉を、メイドが叩く。
何事も無い、と勇者が返してメイドを仕事に戻らせるまで、ほんの数秒。
その間――――彼女は、顔を紅くして、じっと勇者を見つめていた。
109 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:58:30.97 ID:LNQCQUA8o
勇者は、試みても苦笑すらできなかった。
一方的な、酷薄な頼みをして―――相手は、取り乱して叫ぶ。
ほんの数日前に起こった、『今生の別れ』を、胸中に再生させた。
勇者「…………俺には、間違いなくその未来も存在した……いや、今も存在するんだ」
サキュバスB「…………」
勇者「だから……もしそうなっていたら、俺を殺してほしい。……『暴君』と化した未来を、終わらせてほしいだけなんだ」
サキュバスB「……約束、します」
彼女が呟き、それに対して礼を言おうとした時――続く言葉が、告げられる。
サキュバスB「……陛下も、約束してください」
勇者の顔を覗き込むその瞳は、一切の曇りなく、黄金に輝いていた。
魔族である事を疑うような、至上の輝きと、はにかんだ笑顔を湛えて。
サキュバスB「……優しくて、カッコよくて、みんなが大好きな『王様』になるって。約束してください」
勇者「…………」
サキュバスB「……約束、し合いましょうよ」
すっ、と彼女が小指を立てた右手を、勇者の胸の前に突き出す。
いかにも子供じみた約束の所作が、羊皮紙の血判よりも重く、そして厳かで、優しいものに勇者には思えた。
しばしの逡巡の後、勇者は、その小指へ、自らの小指も絡める。
「約束」を交わす文句の代わりとして―――時間にして数十秒ほど、互いの目を見つめ合って。
110 : ◆1UOAiS.xYWtC :2012/12/20(木) 01:59:03.23 ID:LNQCQUA8o
勇者「……俺が、良い『王様』になれなかったら……頼む」
サキュバスB「その時は針千本、飲んでくださいね?」
勇者「分かった、飲むよ」
サキュバスB「じゃ、……指切ーったっ、と」
勇者「……ところで、眠くないのか?」
サキュバスB「やだなぁ、もう。サキュバスは夜型ですよ?」
勇者「……早寝早起きする淫魔の方がおかしいよな、そりゃ」
サキュバスB「堕女神様は規則正しいですよ」
勇者「『淫魔』じゃないからか?」
サキュバスB「はい。……きちんと夜寝て、朝早く起きてお仕事してますー」
勇者「……なぁ」
サキュバスB「はい?」
勇者「……その、堕女神について、何か知らないか?」
サキュバスB「何か?」
堕女神「私を、『淫魔』にしてください」
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