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魔女「果ても無き世界の果てならば」

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Part9
515 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/04/26(金) 13:22:28 ID:TQdsyaNI
勇者「僧侶っ!?」
 勇者が僧侶の肩を掴む。
 普段なら勇者に肩を掴まれたら、赤面して俯くのに。
僧侶「嫌ぁ……」
 僧侶が勇者の手を振り払う。
 勇者はぼろ切れのように吹き飛ぶ。
魔法使い「僧侶!!」
 思わず指先に魔力を込め、僧侶に狙いをつけた。
勇者「待て、魔法使い…」

521 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/04/30(火) 19:49:39 ID:XKMo23pc
 勇者の声で思いとどまる。
勇者「……駄目だろ、仲間同士でこ……んなのは」
 勇者は打ち所が悪かったのか、ふらつきながらも立ち上がる。
勇者「だって見て見ろよ、僧侶の顔を……」
 幽鬼のように立ち尽くす僧侶。
 純白の法衣を返り血で染め、空を仰ぐ僧侶。
 彼女は――。
魔法使い「なんて顔で泣いてるんだよ君は……」

522 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/04/30(火) 19:50:05 ID:XKMo23pc
 喋る度にころころと表情を変える君が……。
 まるで仮面みたいな無表情で、ただ涙だけを流している。
魔法使い「どうしちゃったんだよ……君にそんな顔をして欲しくないよ……」
 見たくないよ、そんな顔。

523 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/04/30(火) 19:50:45 ID:XKMo23pc
僧侶「あぁ……あ」
 僧侶が僕に向けて手を振りかざす。
魔法使い「んぅ……あ、ぐぅ」
 喉が見えない手に絞められているみたいに苦しい。
 視界が歪む。
 苦しさで涙が滲んできた。
 いや、苦しさだけじゃないや。
 僧侶、君がつらそうな姿は見たくないよ。
 仲間だから。
 大切な、誰にも代え難い仲間だから。
 誰かの為に流す涙はこんなにも胸を痛ませるのか。
 そんな事を考えている内にどんどんと意識は薄れていく。

524 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/04/30(火) 19:51:23 ID:XKMo23pc
魔法使い「ごめんね」
 結局僕は誰にも救えないのかな……。
魔法使い「ごめんね」
 いくら強くなれても、魔法を覚えても。
魔法使い「ごめ……んね」
 パパを救えなくて泣いていた子供の頃と変わらないじゃないか……。
魔法使い「……め……んね」
 違う……。
魔法使い「救ってみせるよ、今度は」
 心に誓いを立てる。
 無力を原因にして諦めるのはもうまっぴらだ。


533 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:50:12 ID:tDlbi7FQ
勇者「ふりゃあッ!!」
 勇者が僧侶と僕の間の空間に向け、剣を振るう。
僧侶「……く」
 喉を締め付ける感覚が解けた。
 その隙に距離をとる。
魔法使い「あぐぁ……げほっ」
 新鮮な酸素が肺に流れ込む。
 薄れていた意識は徐々に鮮明になっていく。
魔法使い「はぁ、はぁ。 勇者、見えたの?」
 僕を襲っていた不可視の腕。
 勇者は見えていたのだろうか?

534 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:50:42 ID:tDlbi7FQ
勇者「いや、見えたっていうか、感じた?っていうか」
 なる程ね。
 存在はする訳だ。
 なら――。
魔法使い「僧侶に当てないように周りを攻撃しまくれば」
魔法使い「~~」
 大気中の水分を集め、研ぎ澄まし幾つもの杭を作り出す。
魔法使い「意味はあるんじゃないか?」

535 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:51:20 ID:tDlbi7FQ
 一斉にその杭を撃ち出す。
 少しでも操作を誤れば僧侶に傷を負わせてしまう、が。
僧侶「ガアァッ!」
 風切り音を立てて飛翔する氷杭が僧侶の髪を掠める。
 問題ないね、絶対に当てないから。
勇者「手応えは?」
少女「ないんじゃないか?」
魔法使い「え?」
 いつの間に現れたんだこの女狐。

536 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:52:10 ID:tDlbi7FQ
魔法使い「いつから居たんだい?」
 確かに手応えはなかったけれど。
少女「今し方着いたところさ」
 どうやら戦士とは別行動をしていたらしい。
魔法使い「で? 聡明な、それはそれは聡明な空虚の魔女様なら、僧侶がどんな状況なのか勿論ご説明いただけるんだよね?」
少女「君にそんなに褒められるとは光栄だな」
 皮肉だよ、本当に嫌らしい性格だ。
 ただ、こいつが来たってだけで妙な安心感があるのも事実だ。
 腹立たしいことに、この黒髪の魔女は僕の信頼に当たる程の実力を有している。

537 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:53:28 ID:tDlbi7FQ
少女「まぁ、聡明で可憐で儚げな私は僧侶に起きた事態も理解しているし対策も練ってきた」
 本当に腹立たしいことに、だけどね。
魔法使い「で、方法は?」
 少女は少し悩みながら、口を開いた。
少女「命をかけて、成功するかしないかわからない方法と、安全かつ最小限の被害で確実に成功する方法があるけどどっちにする?」
 少女は無表情だ。
 視界の端に先程から映っている勇者が吹き飛ばされて宙を舞っていた。 通算五回目だ。

538 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:54:20 ID:tDlbi7FQ
勇者「話し込んでいるのもいーけど、早く何とかしないと俺がやばいって……ぐほぉっ!?」
 六回目。 今気づいたけれど、彼は異様に受け身がうまい。
 恋愛に対しても受け身だからかな。 取りあえず死なない程度に痛めつけられちまえ。
少女「まぁそう急がないで、まずは今僧侶に起きている現象なんだけど」
 少女が無表情に言葉を紡ぐ。
少女「かなり高位の精霊に憑かれた状態だ」
魔法使い「精霊?」

539 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:55:14 ID:tDlbi7FQ
少女「精霊と言っても、邪悪さから封印されていた類の奴が魔王に追従して復活したのさ」
 僧侶もやっかいな物に憑かれたね。
少女「で、それだけ力のある精霊、便宜上邪精とでも呼ぼうか。 だからこそ結界をすり抜けてここまできた」
魔法使い「そこにふらふらしてた僧侶が居たから取り憑いたってことか、でもおかしいね、僧侶は神の洗礼を受けている身だ。 そういった類に対しては耐性がある筈じゃ?」
少女「……それは」
 少女が若草色の外套の端を握り締め、小さく洩らした声は震えていた。
少女「私の所為……だと思う……」
 なんとなく、僧侶が邪精に魅入られた理由が分かってしまった。

540 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:55:59 ID:tDlbi7FQ
少女「邪精は……人の負の感情を糧にするんだ……」
少女「……勇者に対しての想いを閉じ込めようとして……生まれた嫉妬、後悔」
 軽率だった。
 昨夜の出来事が原因なら僕にも責任がある。
 安易に僧侶の心に踏み込んだから。

541 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:56:41 ID:tDlbi7FQ
魔法使い「でも、あのまま吐き出さずに涙を我慢したままの僧侶なんて嫌だよ」
 我ながら自分勝手な理由だと思う。
魔法使い「だから、さっさと治して謝って、僧侶は勇者に話して全部すっきりしよう」
少女「ずいぶん前向きになったね」
魔法使い「後ろ向きじゃあ未来は見えないよ、過去なら十分見たしね」
少女「違いない」

542 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:57:48 ID:tDlbi7FQ
魔法使い「で? さっき言ってた二通りの方法って?」
少女「君の意志を尊重するのであれば、方法は一つしかないよ?」
 なる程、一つは現状を打開するにあたって最悪の方法な訳だ。
少女「じゃあまずは、そこに転がっている二人を回復してあげなきゃね」
戦士「すまん」
勇者「助かるよ」
 僧侶に聞いていた回復魔法の原理を自分なりに解釈して発動を試みる。
魔法使い「~~」
 あまり時間はない。
 そこに立ち尽くしている僧侶がいつまた攻撃してくるかもわからない。 それに、早く僧侶を助けなくちゃ、戻ってこれなくなる。

543 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:58:25 ID:tDlbi7FQ
勇者「痛ぅッ!?」
戦士「ぬおっ!?」
 ん? 何か失敗したかな?
 二人が活きの良い魚みたいに跳ね回ってる。
少女「肉体再生には激痛が伴うからね、僧侶は痛みを和らげる魔法と回復魔法を同時にこなしていたから大丈夫だったんだろうけど」
 僧侶って割と凄かったんだ。

544 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 11:59:51 ID:tDlbi7FQ
 勇者と戦士の回復も済んだ。
 さぁ助けようか。
勇者「いくぞぉっ!!」
戦士「むっ!!」
 戦士と勇者が僧侶の元へ駆けていく。
少女「来る、勇者の方向に触手、足元から二本、正面から三本」
勇者「おう」
 勇者は剣を下段に構え振り抜く。
僧侶「あぁあぁっっ!!」
 勇者が不可視の触手を切り裂き、更に前進。

545 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:00:28 ID:tDlbi7FQ
 接近された僧侶が二人を薙ぎ払うように右手を振るう。
戦士「重いな」
 戦士がそれを受け止める。
 一撃を受け止めた戦士の、踏みしめた大地が陥没する程の威力。
 僧侶の動きが止まる。
 次の瞬間、僧侶の身体が一瞬浮いたかと思うと、戦士によって組み伏せられていた。
少女「第一段階は成功だ、魔法使い、君の出番だよ」
 さて、次は僕の役割を果たそうか。

546 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:01:23 ID:tDlbi7FQ
 少女の練った策。
 魔力に対して鋭敏な感覚を持つ少女が全体の指揮を執り、勇者が不可視の触手に対応。
 触手を封じ距離を詰め、体術、身体能力に優れた戦士が、僧侶の直接攻撃に対応し、無力化する。
 隙を作り出した所で、僕の出番。
魔法使い「僧侶に憑いた精霊と交渉、場合によっては隷属し、使役する術式を叩き込む、か。 無茶を言うよ、全く」
 やるしか、無いけどね。

547 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:02:14 ID:tDlbi7FQ
 腕を掴まれ、押さえ込まれた僧侶の前に立つ。
少女「勇者、気を抜かないでくれよ、僧侶の触手はまだ来るぞ」
勇者「任せろ、魔法使いにも、戦士にも、お前にも、勿論僧侶にも」
 勇者の剣が、大型の猛禽類の滑空を思わせる風切り音を立て、翻る。
勇者「おぉぉッ!!」
 疾風の如き剣技。
 隼の名を冠する超高速の剣が迫る触手を次々と斬り伏せていく。
 頼もしい。
 きっと彼ならば、僕に触手を触れさせすらせず守り抜いてくれるであろう。
 そんな、安心感さえ覚える。


548 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:04:05 ID:tDlbi7FQ
 僧侶の額に指で触れる。
 ふれた箇所が火傷したのかと錯覚する程、攻撃的な魔力に渦巻いている。
魔法使い「~~~~~~~~」
 優しさの固まりみたいな僧侶の事だ。 きっと、苦しんでいる。
魔法使い「~~~~」
 気を抜けば逆に引きずり込まれそうな程の魔力の奔流。
 こちらの言葉に耳すら傾けない邪精。
 さぞかし高位の力を持つ精霊なのであろう、それこそ、異教では神と崇められる程の。
魔法使い「~~~~」
 でも、だからどうした?

549 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:05:28 ID:tDlbi7FQ
 魔力の奔流を辿り、邪精の本体を探す。
 身を灼き尽くす程の怨嗟の声が頭に響いてくる。
魔法使い「世界の何もかもが憎くて、恨めしくて、仕方がないみたいだね」
 交渉には応じないか。
 なら、実力行使だ。
僧侶「うぅぁあああぁぁぁっっ!!!!」
 僧侶の顔で、僧侶の声でそんな声を出すな、そんな顔をするな!!
魔法使い「世界の何もかもを愛して、慈しんでいる、優しすぎる馬鹿な奴なんだ、僧侶は」
 邪精を探していた僕の魔力が本体に触れる。
魔法使い「お前なんかには不釣り合いだ、今すぐ僧侶の身体から出ていけぇっ!!」

550 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:06:23 ID:tDlbi7FQ
 強引に引きずり出そうと魔力を更に込める。
少女「まずいっ!?」
 今までとは比べ物にならない程の魔力の激流が僧侶から迸る。
魔法使い「うわっ!?」
 風の大槌で殴られたような衝撃。
 踏ん張ってはみた物の、吹き飛ばされてしまう。
 それをみた戦士が手を伸ばす。
勇者「危ねぇっ!!」
 勇者が吹き飛ばされた僕と、地面との衝突の際に緩衝材の役割を果たそうとしてくれた戦士を受け止めてくれた。

551 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:08:01 ID:tDlbi7FQ
魔法使い「あ……あぁ」
 僧侶が。
少女「魔力の触手が視認できる程の濃度に……完全に相手の力量を見誤ってしまったみたいだ、みんな、すまない」
戦士「厄介な事になってきやがったな」
 僧侶がこちらを見た。
 諦めと絶望に伏した表情で彼女は言った。
僧侶「お願い……みないで」
,

552 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:09:02 ID:tDlbi7FQ
 触手が僧侶を包み込む。
 絡み合い、混じり合い、粘性の水音を立てながら、別の形に成っていく。
勇者「お……おい、どーいう事なんだよこれ?」
戦士「なんと禍しき……」
 形成されていく、肉色の大樹。
 その頂には出来の良い胸像のように、僧侶の胸から上が露出している。

553 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 12:09:51 ID:tDlbi7FQ
 そして、僧侶が笑った。
 まるで天使のような笑み。
魔法使い「僧……侶?」
僧侶「……」
 もう一度、僧侶が笑う。 いや、嗤う。
僧侶「~~、~」
 悪魔のような笑みを浮かべて彼女は言った。
 呪文に使われている高位精霊言語で。
 聞き取れた言葉は。
 まるで何かお願いするみたいな軽い口調で。
――じゃあ、みんな死んでね?――
 止めてよ、僧侶の顔と声で……。

558 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 19:51:25 ID:tDlbi7FQ
 肉色の大樹の枝が、螺旋状に絡まり、その先端に魔力の塊が形成されていく。
僧侶「~~~~~~~~ぎゃは、アハはハハハは」
 僧侶の声で下品な笑い声をあげるなよ。
 心はまだ折れていないんだ、まだやれるんだ。
 なのに、立ち上がれない。
 なぜか、視界が歪む。
 もう戻せない。 そんな不安がよぎる。
僧侶「~~~~。 シネ」
 枝先から絶望的な威力を持った魔力の塊が放たれた。

559 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 19:52:52 ID:tDlbi7FQ
 ゆっくりと、しかし回避できないほどの大きさの閃光。
 せめて、戻せないなら一緒に。
 少女から聞いた三つの禁術の一つ。
魔法使い「~~~~~~っ」
 魂に宿る魔力を一滴残さず使い切る事で全てを破壊する禁術。
魔法使い「せめて、一緒に逝ってあげ……きゃっ!?」
 頭に鈍い衝撃。
勇者「そんな事しなくたって良い」
 僕の魔法を妨害したのは勇者。
 閃光を真っ直ぐ見据えて。
 最上段に剣を構え、僕の前に立っている。

560 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 19:53:49 ID:tDlbi7FQ
勇者「誰一人だって救いもらさねぇぞ、俺は」
 あぁ、この男はこんな時まで。
 だからこそ、勇者なんだろうな。
 幾千、幾万の諦観や絶望を斬り伏せ、その先を見据え続ける。
勇者「本当は、やりたかねぇけど。 僧侶、痛かったらごめんな」
 勇者の剣が軋むような音をたてて淡い光を纏う。
少女「待て!! 今ソレを使っては魔王が――」
勇者「何とかするから心配すんな」
 勇者はそう言って、剣を振るった。

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