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魔女「果ても無き世界の果てならば」

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Part10
561 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 19:54:19 ID:tDlbi7FQ
 閃光を切り裂いて、肉色の大樹に真っ直ぐに飛ぶ一刃。
少女「馬鹿者が!!」
 彼が使った剣技。
 伝承にのみある記され、実在しないと言われた幻の剣技。
 勇者のみが使えると言われ、悪しき物を切り裂く聖なる一刃。
 その名を形容する物はなく、その剣技はただ――。
 <強き一裂き>
 そう呼ばれていた。

562 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/13(月) 19:54:51 ID:tDlbi7FQ
 それは、肉色の大樹に触れるやいなや、金属の共振音に似た、澄んだ音をたてて消えた。
 呆気ない幕切れだった。
 大樹は枝先から光の花びらとなって消えていく。
 全て消えるとそこには意識を失った僧侶が倒れていた。

572 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:35:40 ID:kJFMtZTo
 今すぐ駆けつけたい。
 地に伏した僧侶を抱きしめたい。
 謝りたい、叱りたい。
 でもそれは――。
魔法使い「君の役目だ、勇者」
勇者「あぁ、分かってる」
 勇者が僧侶の下へ駆け寄っていく。

573 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:36:17 ID:kJFMtZTo
少女「まったく、彼は後先という物をもう少し考えるべきだ」
戦士「あの技にはそこまでの代償があるのか?」
少女「とびきり大きい代償だ、ほかに方法が無かったから仕方ないかもしれないが……」
 こちらでは不満げな顔をした少女と、深刻な顔をした戦士が話し込んでいる。
 僕は。
 何だか居心地が悪いので、その辺をふらつく事にした。

574 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:37:03 ID:kJFMtZTo
魔法使い「結局僕はまた何にもできなかったな」
 居心地の悪さの正体は自己嫌悪。
 仲間を助ける為に張り切ったは良いけど、結局失敗したのと変わらない。
 勇者の‘アレ’も、少女の反応からすると、大きな代償を必要としたのだろう。
 僕に邪精をどうにかできる力があれば使わなくて良かった物なのに……。


575 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:37:42 ID:kJFMtZTo
 ある程度歩くと、大きな樹木があった。
 木の幹に寄りかかると、枝の合間から蒼い空が見える。
魔法使い「僧侶に謝らなきゃな」
 そんな事を考えている内に、段々と微睡んでいく。
 色々あったしな。 駄目だ、疲れてうまく考えられないや。

576 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:39:15 ID:kJFMtZTo
 「起きて? 風邪引いちゃうよ?」
 優しげな声が聞こえる。
 どうやら結構寝ちゃったみたいだ。
 この声は……。
魔法使い「僧侶?」
僧侶「えへへ、おはようございます」
 なんか可愛い生き物がこっちを見て照れ笑いしてるや。

577 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:40:29 ID:kJFMtZTo
僧侶「みんななんか優しすぎて居づらくてね、逃げてきちゃった」
 何だか落ち着きがないな。
 いや、落ち着きがないのはいつも通りか?
僧侶「魔法使いちゃんなら、叱ってくれるよね。 馬鹿だって、考えなしの性悪女だって」
 成る程、罪悪感でみんなと居れない訳ね。
魔法使い「やれやれ、仕方ないな」
 右手に力を込めて振りかぶる。
僧侶「っ」
 身をすくめる僧侶。 その頭上に手刀を打ち下ろす。
僧侶「……痛いです」
魔法使い「割と本気でチョップしたからね」
 こっちの手も痛い。 石頭め。

578 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:41:22 ID:kJFMtZTo
魔法使い「次は僕にビンタなりなんなりしてくれ、僕の所為で……」
僧侶「なんのことか分かりませんが……」
 両手を広げて僧侶が近づいてくる。
魔法使い「きゃっ!?」
 僧侶に抱きしめられた。

579 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:42:14 ID:kJFMtZTo
魔法使い「何?」
僧侶「失恋……しちゃってるんですよ? 私」
 だからって僕の胸に顔を押しつけなくたって……。
 小さいから抱き心地も、なんて頭に過ぎったので腹が立ったからもう一発チョップをお見舞いする。
僧侶「ふぎゅ!?」
魔法使い「まぁ、勇者はきっと今回の事を理解はしてないから」
 たちの悪い魔物に襲われた程度の認識だろう。
僧侶「違うんです」
 吐く息は震えていた。

580 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:42:59 ID:kJFMtZTo
僧侶「先日、少女さんは勇者様は世界と同義だと仰っていました。 邪精に飲み込まれた意識の中、私にとって勇者様とは何なのか、考えました」
 僧侶立ち上がりあたりを見渡しながら言葉を続ける。
僧侶「勇者様は世界と同義です」
僧侶は穏やかな笑みで言った。

581 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/17(金) 00:43:56 ID:kJFMtZTo
僧侶「私は、この世界が堪らなく愛おしいです。 魔法使いちゃんや、戦士さん、少女さんが居て、様々な命芽吹くこの世界が。 そして、勇者様が命を懸けて護ろうとしているこの世界が、大好きです」
 夕陽の中、慈しむような微笑み。
 僧侶の宗教の、運命を司る天使を思わせる。
 運命を受け入れた者を祝福し、運命に抗う者を守護する慈愛の天使。
僧侶「私は、この世界を愛し続けます。 それが、私の勇者様へ対する気持ちの結論です」
魔法使い「強いね」
 優しさはこうも人を強くするんだね。
――――――――――――――――――――――――――

589 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:27:39 ID:V4JBu9gQ
―――――――――――――――――――――――――
少年「…………」
魔女「ん……? どうしたんだい」
 気付いていないのなら、言う必要は無いですよね。
 安楽椅子に身体を預けた魔女が、今にも泣き出しそうだなんて。

590 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:28:25 ID:V4JBu9gQ
少年「いや、なんでもないよ」
魔女「自分でも、よくここまで覚えて居るもんだと感心するよ」
 塔の窓から射す夕陽が魔女を柔らかく包んでいます。
 僧侶が照らされていた、ていう夕陽もこんな夕陽だったのでしょうか。
魔女「さて、僕の思い出話もそろそろ終わりだね」
少年「魔女、ごめん」
 きっと、この思い出は魔女の一番奥に、大切に、傷つかないように、風化しないようにしまっていたんでしょうから。

591 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:29:19 ID:V4JBu9gQ
魔女「少年、君が何を謝っているかはだいたい分かる、でも良いんだ」
 魔女は立ち上がり僕を見ます。
 魔女の、夜空みたいに深い紫色の瞳には僕が写っています。
魔女「ほら、君の瞳に僕が写っている」
魔女「僕は君の一部だ、君が僕の一部であるように」
魔女「すべてを分かち合う事に謝罪も謝礼も存在しなくて良いだろう?」
 魔女の声は、優しくて。
魔女「さぁ、長い長い思い出話もそろそろ終わりだ」
少年「うん」
――――――――――――――――――――

592 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:30:11 ID:V4JBu9gQ
 僧侶の出来事から数日がたったある日。
 それは、突然だった。
 頭上に広がる美しい青空が、塗りつぶされていくみたいに鈍色の雲に覆われていく。
少女「本気みたいだね。 兄さん……いや、魔王」
 あっという間に青空は消え失せた。
 鈍色の空を仰いで呟いた少女の顔は、その空を映したかのように暗く曇っている。

593 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:30:52 ID:V4JBu9gQ
戦士「これで、長かった俺達の終わるな」
 戦士は巨大な白金の戦斧を背負うと城を出ていく。
勇者「待てよ、独りで行くつもりか?」
 勇者の問いに、戦士は応えない。
少女「戦士、君なら気づいていると思うんだが?」
 少女は不満げに言った。
戦士「だからこそ、だ」
 外の気配に気づいた。 まだ遠い、街の外だけど。

594 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:31:32 ID:V4JBu9gQ
魔法使い「大体八百体くらい? 竜種も何体か居るみたいだね」
 魔王の配下の魔物だろう。
城を落とす為、勇者を殺す為、既存兵力の中でも強力な個体を引き連れて本気で僕たちを駆逐しに来たんだ。
魔法使い「上等だ。 城にたどり着く前に魔王ごと消し炭にしてやる」
少女「その中に魔王が居るならね」
 確かに、抜きん出た魔力の個体は感じられない。

595 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:32:30 ID:V4JBu9gQ
戦士「そー言う事だ。 アレは恐らく捨て駒、殺し切れれば良し、殺しきれずとも俺達が疲弊しきった所で楽々叩く算段だ」
勇者「あれくらいみんなで戦えばすぐに……ぐはっ」
 勇者の鳩尾に戦士の拳がめり込む。
戦士「勇者を、頼む」
 戦士はもう振り返らない。
魔法使い「死ぬ気なの?」
戦士「死ぬ気は無い、お前達がこの場から離れたら適当に合流させてもらうつもりだ。 だがもしも合流せずとも、気にせず魔王を討て」
 戦士が扉に手をかけた。

596 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:33:39 ID:V4JBu9gQ
僧侶「~~~~、~~~~、~~~~」
 僧侶が詠唱を始める。
 鮮やかな七色の光が戦士を包んだ。
僧侶「振り向かずとも、良いです。 言葉だけでも聞いていってください」
戦士「……」


597 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/19(日) 13:34:12 ID:V4JBu9gQ
僧侶「今貴方にかけた呪文は、今私ができ得る全ての補助魔法です。 、大地を砕く魔獣の牙からも、鉄をも溶かす竜種の息吹からも貴方を護り、比類無き堅固なゴーレムの外皮さえも薄衣となす膂力を与える、戦女神の祝福です」
僧侶「ただ、どれだけの祝福であろうと神の与えた命を増やす理など存在しません、だから、どうか……」
 戦士の背にそっと僧侶が触れた。
僧侶「どうか死なないで戦士さん」
 戦士は何も答えず、扉から出て行った。

603 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:28:16 ID:C24lIu1M
―――――――――――――――――――
 扉を背にして改めて実感する。
 この背にあるのはいつの間にか大切な物になっていたのだと。
 意味の無くなってしまった人生にもう一度意味を持たせてくれたかけがえの無いものだと。

604 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:28:47 ID:C24lIu1M
 命を増やす理など無いと、僧侶は言っていたな。
 俺は……。
 この旅でもう一度、命を貰ったんだ。
 死人同然だった俺に。
 戦う意味をくれた。
戦士「貰った命だ、無駄にはせん、が。 使うに値する場面だ」

606 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:30:10 ID:C24lIu1M
 街の外に辿り着く。
 眼前にはオーガを主に、高位の悪魔、巨人、竜種まで居る。
 地響きを立て近づいて来る人外の群れ。
 背筋が灼け付く。 同時に冷や汗が頬を伝う。
 相手に不足は無い。
 余計な思考が薄れ、研ぎ澄まされていく。
戦士「オオォォォォァァッッ!!」

607 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:30:41 ID:C24lIu1M
 オーガの群れに飛び込む。
 それと同時に戦斧で薙払う。
 刃先に確かな手応えを感じ間合いの中にいる魔物を両断。
 その勢いを殺さぬようにもう一度。
 オーガの群れを引き裂きながら、目指すはこの群を指揮している高位の悪魔、竜種の居る最後尾を目指す。
戦士「どけぇっ!!」
 俺の最後の仕事には上等すぎるな。

608 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:31:13 ID:C24lIu1M
 何時間斬り続けた?
 分厚い雲の所為で正確な時間は分からないが、それでもそれなりの時間はたっているはずだ。
 さすがに一筋縄では行かない。
 だが、身体が軽い、力が漲ってくる。
 僧侶の呪文がここまでとは予想外だ。
戦士「これならば、殺しきれるぞ」
 群れがバラけて来た。
 オーガは粗方片づいたか。
悪魔「ギャハハハハ~~~~」
 まずい――。

609 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:32:37 ID:C24lIu1M
戦士「ぬぐぅぅっ」
 悪魔の放ったの漆黒の稲妻。
 後頭部を鈍器で殴られた時に似た衝撃。
 全身を駆け巡る激痛。
巨人群「グギャギャ」
 膝をついた所で止めを刺しに巨人の群れが殺到する。
 なめるな、デカ物どもが。
 戦斧を持つ手に力を込める。
戦士「オオォッッ!!」
 片手で戦斧を振り上げ、飛びかかってきた巨人を両断。
 更に開いた手で左方向から迫るオーガを殴りつける。
 右方向から迫る巨人には、蹴りをお見舞いしてやる。
 体勢を立て直し、悪魔を見据えて戦斧を構え直す。
戦士「楽しいなぁ、おい」

610 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:33:41 ID:C24lIu1M
 群も残りは三分の一程度だ。
悪魔「アハ、ギャヒヒ~~~~」
戦士「二度も喰らうかよ」
 地を灼く稲妻を走り抜け回避。 地面に戦斧を擦らせながら魔力を込める。
 戦斧の刃が蒼く揺らめく。
 髑髏が、天魔が、嘲笑う。 
悪魔「~~~!?」
戦士「遅ぇ、どうした? 笑えよ」
 天高く戦斧を振り上げる。
戦士「ふんッッ」
悪魔「ギャヒャ」
 刃と共に振り下ろされた蒼焔の髑髏が悪魔を喰い千切る。

611 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:34:15 ID:C24lIu1M
オーガ群「ガガギャギャ」
戦士「次に死にたい奴は何奴だ、殺してやるから、かかってこい」
 統率していた悪魔を殺した事によりそれより下位の、群の主軸が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していく。
戦士「口程にも無いぞ化け者共が……そう簡単に人間は負けん」

612 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:35:22 ID:C24lIu1M
 木々を根こそぎへし折る程の豪風。
 深紅の巨影。
 真打ちが来た。
竜種「強き者だな、人間」
 鼓膜がビリビリと震える。
 本能が告げる。
絶対的な上位種。 捕食者と、被捕食者。
 魂が震える。
 眼前に居るこの紅蓮の鱗を持つ竜種は、それこそ神代から生きる最高位の竜種だ。
 神に喧嘩を売る種族のてっぺんだ。
戦士「滾るな、竜殺しは戦士職の最高の名誉だ」

613 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 17:35:56 ID:C24lIu1M
竜種「ほう、強き者よ。 我と相対してなおその心を滾らせるか」
 天地を呑むその巨大な口から煉獄の炎が漏れ出している。
竜種「ならば、他の者は無粋だな」
 竜種はその巨大を翻し上昇。
 太陽が降ってきたかと錯覚する程の熱量。
竜種「これで、この場に主と我の二体のみだ。 神すら討ち漏らした我が首標」
 辺りは焼け野原。 魔物の残党は骨すら残っていない。
竜種「見事討ち取って末代までの誉としてみせよッッ」
戦士「されば、いざ参るッッ」

618 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 22:01:24 ID:C24lIu1M
――――――――――――――――――――――――
 遠くの方で地響きが聞こえる。
 凄い勢いで敵の数が減っていくのが感じ取れる。
魔法使い「本当に、強いね」
 魔法も使えない筈の彼が。
 地を埋め尽くす大群を戦斧一本で駆逐していく。

619 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/05/20(月) 22:01:53 ID:C24lIu1M
勇者「納得いかない」
 勇者は浮かない顔をしていた。
 誰よりも仲間想いの勇者だ。
 気持ちは分かる。
少女「そうする他、どんな方法をとったとしても、魔王に対して不利になるんだ。 仕方のない事だ……」
勇者「んなもん知るかっ!! 戦士一人の犠牲を良しにして、それで……それで!!」
 ………。
 勇者と戦士はどんな出会いで、どんな絆があったかは分からないけど、それでも、勇者にとって掛け替えのない支えであったように思う。
 それこそ、年の離れた兄や、父のように。

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