乗客Yx1
戸野 千織(トノ チオリ)
目が覚めたらそこは、走る列車の中だった
11:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 23:58:18 ID:8vQGUW9sCM
――今朝
気がついたら、私は荒川区にある公園のベンチで寝ていた
胸まであった長い黒髪はばっさりと切られ、無造作なショートヘアになっていた
切られた髪は、どこにも見当たらない
千織(・・・あれは、夢じゃなかった・・・)
髪に触れ、車掌服を着た男の言葉を思い出す
『今回は、乗車賃としてこれを頂きます』
千織(・・・こんなのってアリ・・・?)
12:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:05:39 ID:spmolqlGjY
――どうやら私は高校が終わってから半日、夕方〜朝方の間行方不明になっていたらしい
親が帰宅しない私を心配し、捜索願を出すかどうかというところで帰ることができた
髪のことを含め散々問いただされたが、曖昧にごまかすしか術がなく、美容院で髪を整えてもらい午後から登校する次第となった
恭太「っていうかさー、昨日なんでLINE返してくれなかったんだよぉ。宿題教えてもらいたかったのにー」
千織「ごめんごめん。気づいたら寝ちゃってて」
どうやら、私が行方不明になっていたことを知らないらしい
13:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:11:41 ID:spmolqlGjY
恭太「確かに、昨日の帰り道でなんか疲れてるっぽかったもんねー」
千織(昨日の帰り道・・・)
千織「ねぇ沖くん、私昨日・・・」
恭太「ん?」
千織「ふ、普通に帰ってた?」
恭太「? どゆこと?」
千織「だからその、沖くんと別れるまで・・・」
恭太と途中まで一緒に帰り、別れるところまでは記憶がある
だが、帰り道を分岐してからは、断片的で、曖昧な記憶しかない
14:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:18:12 ID:spmolqlGjY
恭太「普通だったよ?なんで?」
千織「な、なんでもない。そうだよね、うん。なんでもない」
恭太「え、なに、気になるじゃーん!」
恭太「…あ!もしかして変質者がいたとか!?今日は俺が家まで送ったほうがいい!?」
千織「だ、大丈夫。大丈夫だから」
15:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:21:28 ID:spmolqlGjY
帰り道
恭太「−じゃあ、ちおちゃんまたね!」
千織「うん、またね」
手を振り、2人はT字路で左右の道へ分かれた
すぅっと息を吸う
別に怖くなんかない
いつも通り、普通に帰ればいいのだ
いつものように、人がまばらなマンション街を歩く
何もない 何も思い出さない
何も――
16:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:25:01 ID:spmolqlGjY
『お客さま』
ふっと、あの車掌の声が脳裏によぎる
最後に見た漆黒の瞳
千織(・・・あの人は)
千織(あの人は、誰なんだろう)
わからない でも、別にわからなくてもいい
気がつけば、自分の住むマンションの前に来ていた
千織(・・・何も、なかった)
千織は安堵すると、勢いよく階段を駆け上がった
17:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 21:54:52 ID:spmolqlGjY
――あれから、1か月たった
ショートヘアの違和感にも慣れ、あの時のことは忘れつつあった
自分の髪を見るたびふと思い出すこともあるが、あれは現実のような夢だったのだ
そう、夢だったのだ そう思うことにしていた
恭太「――ちおちゃん!」
千織「あ、沖くん」
恭太「待たせてごめんねー、先生の説教長くってさぁ。さぁ、かえろー!」
千織「ちゃんと宿題出さなきゃだめだよ?」
恭太「今回は家に忘れちゃっただけなんだよ〜」
千織「もう、それ何回目?」 クスクス
18:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 21:58:36 ID:spmolqlGjY
恭太「・・・あ!そうだ、大事なこと思い出した」
千織「大事なこと?」
恭太「はい、これ!」 スッ
カバンの中から、ピンク色の包装紙に包まれた小さな箱を取りだす
恭太「きょう、ホワイトデーでしょ!」
千織「あ・・・」
19:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:00:14 ID:spmolqlGjY
恭太「ちおちゃんには、バレンタインデーにおいしいクッキーもらったからね〜」 ニコニコ
千織「で、でも、沖くんもバレンタインにチョコくれたじゃない。私てっきり交換だと思って・・・」
恭太「いいのいいの!俺がホワイトデーにお返しあげたいだけなんだから!」
千織「あ、ありがとう・・・。また手作りしてくれたの?」
恭太「もち!愛情100%!」
千織「沖くんの女子力にはかなわないなぁ〜」
20:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:07:24 ID:spmolqlGjY
恭太「あーあ、ちおちゃんと帰ってると帰り道があっという間だなぁ」
千織「またすぐ明日会えるでしょ」
恭太「そうだけどさー、寂しいっていうか・・・」
千織「寂しい?」
恭太「うん」
千織「変なのー」クスクス
恭太「ほんとだよ、俺ちおちゃんがいないと…」
千織「あ、いけない!今日お母さんに夕飯の買い出し頼まれてたんだった!」
千織「じゃあ、沖くんまたね!チョコほんとにありがと!」 タタタッ
恭太「あっ・・・!」
21:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:14:05 ID:spmolqlGjY
恭太と別れてからいつも1人で帰る道を、今日は少し早足で歩いていく
千織(えっと…ネギと人参だっけ?も〜、お母さん、学校帰りに買い出し頼むのやめてほしいな〜)
少し閑散とした通りに出ると、小さな池が見えた
あの池を過ぎれば、自宅からもっとも近いスーパーがある
千織(・・・?)
1人の男の子が池の前でしゃがみこみ、じっと何かを見つめている
千織「ぼく、この池はけっこう深いから危ないよ」
なんとなく声をかける
そう、声をかけてしまった
22:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:23:29 ID:spmolqlGjY
男の子はゆっくりと立ち上がり、千織を見た
10歳にも満たないだろうか、まだ肌寒い時期だというのに半袖を着て半ズボンをはいている
眠そうな表情と、ぼさぼさの栗色の髪
男の子「――おねえちゃん」
男の子「おねえちゃん、ぼく、おなかすいたよ」
ぼそりと、かすれた声で言う
千織(もしかして、貧乏な子なのかな・・・上着着てないし)
千織「ぼく、おうちはどこ?お母さんは?」
男の子「・・・」
男の子「・・・ねぇおねえちゃん、おなか、すいた」
千織「・・・」
23:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:26:15 ID:spmolqlGjY
千織「ご、ごめんね、今おねえちゃん何も食べ物持ってなくて・・・」
男の子「うそ。持ってる」
千織「え?」
男の子「そこに入ってる」
千織のカバンを指さす
千織(・・・もしかして)
カバンから、恭太からもらったチョコを取りだす
千織「こ、これはね、友だちからもらったものだから・・・」
そのとき
ふっと、脳内に記憶がよみがえった
24:🎍 名無しさん@読者の声:2017/5/1(月) 22:33:43 ID:spmolqlGjY
千織(あれ・・・?こんなこと、前にもどっかで・・・)
男の子「・・・おねえちゃん、前はぼくに、それくれたよ」
千織「え?」
男の子「ぼく、それ好きなんだ。だから、今日ももらいにきたの」
千織「・・・!」
男の子の生気のない眼を見つめていると、ぞわぞわと忘れていたものが視界に、耳に、背筋にかけめぐる
1か月前、2月14日
あの日、私は同じように沖くんからもらったチョコを――
25:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:37:56 ID:spmolqlGjY
「ちおちゃん!!」
はっとして振り向くと、恭太が息を切らしながら走ってきていた
千織「沖くん・・・!?」
恭太「あのねちおちゃん!俺、どうしても今日伝えたいことがあって」
千織「だめ、沖くん来ちゃだめ!!」
恭太「ホワイトデーだから、どうしても伝えたくて!俺、ちおちゃんのことが――」
千織「来ちゃだめ、戻って!!!」
次の瞬間
男の子が、千織の手からチョコをもぎとった
男の子「えへへ、またもらっちゃった・・・」
千織「・・・!」
男の子「お礼に、また、連れてってあげるね」
視界から、色が消えた
26:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/2(火) 18:59:58 ID:spmolqlGjY
――ガタンゴトン ガタンゴトン
――ガタンゴトン ガタンゴトン
千織(・・・・また・・・・)
ガタンゴトン
千織(・・・・来て、・・・・)
ガタン、
「お客さま」
千織「!」 ハッ
27:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/2(火) 19:02:30 ID:spmolqlGjY
目を開けると、そこは、”あの”列車のなかだった
目の前には、帽子を目深にかぶった、”あの”車掌
1か月前となんら変わりなく、背筋をのばし、手を後ろで組んで、千織を見下ろしている
車掌「・・・お客さま」
車掌「乗車券を、拝見いたします」
千織「っ・・・」
間違いない
また、あのよくわからない列車
現金も、suicaも使えない列車
28:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/2(火) 19:05:45 ID:spmolqlGjY
千織「・・・・・」
心臓がバクバクと音をたて、何も喋ることができない
車掌「・・・」
千織「・・・」
車掌「・・・お客さま」
千織「・・・・まっ・・・」
なんとか声をしぼりだす
千織「っま、また、髪をあげます!だから、元の世界へかっ、帰してください!」
車掌「・・・」
29:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/2(火) 19:12:19 ID:spmolqlGjY
千織「私、ほんとに何も知らないんです!知らなくて、乗ってしまって・・・」
千織「だから、乗車券とか持ってなく、て・・・」
車掌「・・・」
車掌「あなたの今の髪の長さでは、足りません」
千織「・・・!?」
車掌「毛根から根こそぎ頂くことになりますがよろしいでしょうか?」
千織「もっ、毛根!?」
車掌「・・・はい」
ゆっくりと、千織の髪に手を伸ばす――
そのときだった
30:🎍 ◆e.A1wZTEY.:2017/5/2(火) 19:14:32 ID:spmolqlGjY
恭太「てめぇっ、ちおちゃんから離れろ!!」
ドゴッ!!
千織「!?」
突如視界に恭太が現れ、車掌を殴りとばした
車掌は勢いよく近くの座席シートに激突した
千織「おっ、沖くん・・・!?」
恭太「ちおちゃん、気をつけろ!こいつはさっき、俺を奥の車両に閉じ込めやがった!!」
千織「え・・・!?」
恭太「これは普通の列車じゃない!俺たちをどっかへさらおうとしてるんだ!!」
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