ーむか〜しむかし、とある場所で
128: ◆WjgYlacz.c:2016/4/11(月) 23:11:43 ID:o2opobT8.M
山神「……」
神娘「どうした?山神殿」
山神「そっけない態度取っちゃって。少しは感謝してあげなさいよ」
神娘「いいのだ。あやつはそうするとすぐ付け上がるからな」
山神「あら、よく心得ていること」
神娘「…何が言いたい?」
山神「どうやら思った以上にあの人間の事、信用している様ねぇ?」
神娘「な、なにっ?」
山神「じゃあ何故ここまであの人間と一緒に来たの?」
神娘「それは…今、私は一人では歩くこともできないし、他に頼る者もいない。それに…」
山神「…あの人間なら、必ずここまで連れて来てくれるって思ったから?」
神娘「!」
山神「普通頼まないわよ、こんな無茶な長旅のお供なんて」
山神「よっぽど信頼できる者にしか…ねぇ」クス
神娘「…なあ、私はそんな話をしに来たわけではないのだ」
山神「うふふ、分かってるわよ〜。ちょっとからかってみただけ」
神娘「この性悪め」
129: ◆WjgYlacz.c:2016/4/11(月) 23:12:34 ID:o2opobT8.M
山神「あなたがまた来ることは分かってたわ。予想よりずっと早かったけど」
神娘「何故だ?」
山神「迷っているんでしょ?人間の村に戻るべきか否かを」
神娘「!」
山神「図星って顔してるわね」クスッ
神娘「山神殿はいつも、そうやって私を見透かす」
山神「ふふっ、あなたの思いつめた顔を見れば一目瞭然よ」
神娘「……」
神娘「…あの日の事は何度も夢に出てきた。そのたびに人間への恨みも重なっていった」
神娘「しかし、最近は別の夢も見るようになった」
山神「?」
神娘「あの村で…人間たちと田畑を耕し、井戸を掘り、子どもたちと遊び、飯を食い、笑い合っている夢だ」
山神「……」
神娘「忘れていたのだ。あの村にいた頃は、そういった日々を積み重ねていたことを」
神娘「確かに毎日、楽しいと感じて生きていたことを…な」
山神「そう…」
130: ◆WjgYlacz.c:2016/4/11(月) 23:13:03 ID:o2opobT8.M
神娘「しかし人間への恨みも消えるはずがない。今までその思いが私を生かしていたようなものだしな」
神娘「さっきもそうだ。あの村の者と会って…それだけで怒りがこみ上げてきてしまう有様だ」
神娘「近頃はその二つの思いが私の中でぶつかり合い、頭が割れそうになる」
山神「……」
神娘「私がこれからどうすべきか…山神殿に尋ねたい」
山神「……」
山神「…私から言えることは一つよ」
山神「あなたは人間の村に入って信仰を集める必要があるの」
山神「いずれ本神としての役割を持つために…それがあなたに課せられた修行でしょう?」
神娘「…やはり、それしかないだろうか」
山神「修行を放棄することは許されないわ。何をためらう必要があるの」
山神「このままではあなたは消滅を待つだけの身よ」
神娘「…分かっている。本当はそうしなければならない事は」
神娘「しかし、どうにも気が進まぬのだ」
山神「どうして?」
神娘「…恐らく、私はどうしようもない弱虫なのだろう」
山神「恐れているのね。繰り返される事を」
神娘「…」コクン
131: ◆WjgYlacz.c:2016/4/11(月) 23:13:37 ID:o2opobT8.M
神娘「信じていたのだ。あの村の者たちを心から…」
神娘「なのに…何故ああなってしまったのか分からぬ」
山神「欲というものは、人間を変えるわ。あの人間たちも…そうだったのよ」
神娘「忘れられぬ。私を追いかける松明の灯、振り下ろされる鍬や鎌…」
神娘「そして何より、あの狂気に満ちた村人たちの目…」
山神「…辛かったわね。力になれなくて本当にごめんなさい」
神娘「山神殿は不在だったのだ。仕方あるまい」
山神「とにかく、私としては以前のような生活に戻れる事を願ってる」
山神「そのためにもその恐怖心を乗り越えないと…」
神娘「これも修行の内だろうか」
山神「そうかもしれないわね」
神娘「…考えてみる」
山神「ふふっ、そうしなさい」
132: ◆WjgYlacz.c:2016/4/11(月) 23:14:40 ID:o2opobT8.M
神娘「それにしても、久しぶりに来てみればここの空気は気が安らぐな」
山神「そりゃあ私の敷地ですもの。神力で満ちているわよ」
神娘「ここにいれば、私の回復も早まるだろうか」
山神「…まあ、あの辺鄙な洞窟よりは遥かに良いでしょうね」
神娘「そうか…」
山神「ふふ、戻ってくる気になった?」
神娘「…さあな」
山神「そう」
山神「…さて、湿っぽい話はおしまい。ちょっと私は出かけてくるわ」
神娘「分かった」
山神「悩みなさい、若者!」
神娘「やかましい」
バサアッ
山神(もうひと押し、何か必要ね)
山神(さ〜て、次は男さんでも突っついてみようかしら?)
バサッ、バサッ…
133: 名無しさん@読者の声:2016/4/15(金) 21:16:06 ID:CHHmrRAsEw
支援だぜ☆彡
134: 支援ありがとだぜ ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:00:02 ID:Cu6x.Ta2oE
鳥居の外ー
男「よしよし、お疲れさんだね」ナデナデ
牛「ンモー…」
バササッ
牛「モッ?」クイッ
男「どうかした?」
山神「カァー」バサッ
男「あっ」
山神「カー、カァーッ」
男「山神様ですか」
山神「んもう、どうしてこう皆に見破られるのかしらね」
男「せめてそこは名前をカラスにしませんと」
山神「メタな話は止めて」
男「話はもうお済みでしょうか」
山神「ええ」
男「そうですか。では、私は神様の所へ」
山神「あ、ちょっと待って」
男「?」
山神「少し私とお喋りしない?」
男「…分かりました」
135: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:01:05 ID:Cu6x.Ta2oE
山神「あなた、あの洞窟の山の麓に住んでいるのよね」
男「はい」
山神「大変だったでしょう?ここまで来るのは」
男「いえいえ。道は神様が示してくださいましたし、頑張ったのはこの牛です」
牛「モーッ」
山神「そう。ふふっ、お利口さんね」
男「…山神様は神様の古い御友人だとお聞きしております」
山神「そうね。あの子が修行を始めて一番最初に来たのがこの山だったわ」
山神「麓にある村で暮らし始めて、その時から色々と世話を焼いているのよ」
男「やはり、神様はこの近くの村におられたのですね」
山神「あら、初耳なの?あなた、神娘からどのくらい話を聞いているのかしら?」
男「神様は何も話してくださいません」
山神「…何も?」
男「何となく言動の節々から、以前は人間の村に住んでいた事は察していました」
男「しかし、ご自分から昔のことを話そうとはしませんし、尋ねても答えてくださいません」
山神「そう…」
136: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:01:52 ID:Cu6x.Ta2oE
山神「聞きたくないかしら?あの子の事…」
男「…聞きたいですが、できれば神様御自身からお聞きしたいです」
山神「ふ〜ん」
男「まあ、私の事を厄介者だと思っていますし無理でしょうが」
山神「厄介者?」
男「神様の元へは半ばお節介で様子を伺いに行っているようなものですから」
山神「…本当にあなたはただの厄介者かしらね」
男「え?」
山神「あなたと神娘の間でどんなやり取りがあったかは知らないけど」
男「普通に食べ物を食べたりお話をしたり…それだけですよ」
山神「その普通が今のあの子にとってはとても重要よ」
山神「あの子自身ですら気付いていないみたいだけどね」
男「…そうでしょうか」
山神「あの子は心に大きな傷を抱えている。人間のせいでね」
山神「でも、その傷を癒せるのも…あなたのような人間なのかもしれないわ」
男「……」
137: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:05:44 ID:Cu6x.Ta2oE
男「…神様は常々、人間が嫌いだと仰ります」
山神「そうなの…」
男「ですが、その時の神様はとても悲しい目をされている」
男「まるで無理に嫌っているような…そんな雰囲気を感じるのです」
山神「……」
男「私が嫌われているのは一向に構いません。しかし…」
男「神様がこのまま心を閉ざしたまま過ごされるのは忍びなく思います」
山神「…あなたは」
男「はい」
山神「あの子の過去を受け入れる覚悟はある?」
男「…もちろんです」
山神「あの子の力になりたいと思ってくれてる?」
男「私に出来る事があるか分かりませんが…」
男「お力になれればと思っております」
山神「ふふ、その思いを伝えてあげて。そうすればきっと事は良い方向へ運ぶでしょう」
男「おお、まるで神様の啓示のようです」
山神「私は神なんだけど」
138: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:06:27 ID:Cu6x.Ta2oE
男「…では、そろそろ私は」
山神「あ、待って。もう一つだけ」
男「はい」
山神「あなたが神娘の世話を焼いていたのは…本当にただのお節介だけ?」
男「そうですが」
山神「他に何か意図はないのかしら?」クスッ
男「…いえ、ただのお節介です」
山神「ふ〜ん?」
男「自分で言うのも何ですが…弱っている者や困っている者を放っておけない性格なのですよ」
山神「そう」
男「…それでは、失礼します」
山神「ええ。あ、この牛も中へ入れてしまっていいわよ。私の神力で安全だから」
男「よろしいのですか?ありがとうございます」
牛「モーッ」
山神「……」
139: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:07:31 ID:Cu6x.Ta2oE
ザッ
男「神様」
神娘「…ん」
男「少し散策にでも参りませんか」
神娘「なんだ、藪から棒に。生憎だが今はそんな気分ではない」
男「思案ばかりでは禿げますよ」
神娘「何を言っとるか」
男「気付いた頃には手遅れな事が多いのです」
神娘「禿げについて何を悟っておる。要はお前が暇なだけだろう」
男「流石は神様。何でもお見通しですね」
神娘「こんな事で褒められてもなぁ」
男「さあ、共に参りましょう」
神娘「お前一人で行けばいいだろうが」
男「それこそ退屈です」
神娘「…はあ、分かったよ。このままではお前がやかましいだけだ」
男「ははは、それでは行きましょう」
神娘「おぶって行け」
男「勿論ですとも」ヨイショ
140: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:08:50 ID:Cu6x.Ta2oE
ザッザッ
男「いや〜、林の中は涼しいですね」
神娘「悪くないな」
男「不思議とこの場所は心が休まります」
神娘「山神殿の敷地だからな。空気そのものが癒しの力だ」
男「山神様は名の通り、この山の主なのですか?」
神娘「ああ」
男「高名な神様なのですね」
神娘「うむ、まあそうなるかな」
神娘「もっとも、この地に慣れ親しみ過ぎて修行を終えても天に昇らずにいる変わり者だが」
男「なるほど…」
神娘「神の中にはそういった者も沢山おる。人間と子を為す神までいるくらいだからな」
男「それは驚きです」
神娘「何を考えているのか…そういう奴等の気は知れんよ」
141: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:09:37 ID:Cu6x.Ta2oE
男「…今日は神様、よくお話しされますね」
神娘「ん?」
男「いつもはそういった神の事情など話したがらないではないですか」
神娘「…別に話すこと自体は都合の悪い事ではない」
神娘「ただ、人間の間で言いふらされると困るだけだ」
男「そうなのですか」
神娘「お前はそういった事をしなそうだし、別にもう構わん」
男「おお、少しは信用されてきたようですね」
神娘「……」
『思った以上にあの人間の事、信用しているようねぇ?』
神娘「……そうかもな」ボソッ
男「えっ」
神娘「ん?」
神娘「……あっ、ち、違う!今のはお前に返事したのではなくてだな…!」アセッ
男「ははは、これは驚きました。嬉しいですねえ」
神娘「うぅ…また調子に乗り出すぞこやつ…」
142: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:10:25 ID:Cu6x.Ta2oE
男「では、信用されついでに教えていただきたい事が」
神娘「…早速か。なんだ」
男「山神様より、神様は昔ここにおられたと聞きました」
神娘「!」
男「この麓にある村に住んでおられたとも」
神娘「また余計な事を…」
男「それなのに何故、神様は人間をお嫌いに?」
神娘「……」
男「お聞きしとうございます」
神娘「聞いてどうする。また興味本意か」
男「確かにそれもあります」
神娘「正直か」
男「しかしそれ以上に…悔しいのです」
神娘「悔しい…?」
男「神様がこれほど悩んでおられるのに、事情を知らぬ私は力になる事ができない」
男「私は神様のお役に立ちたいと思っていますが…それができず歯がゆい」
神娘「……」
男「せめてその悩みに寄り添う事ができれば…と思っております」
神娘「…呆れた奴だな」
男「……」
神娘「お前に話したところで…どうする事もできん」
男「…そうですか」
143: ◆WjgYlacz.c:2016/4/16(土) 21:11:49 ID:Cu6x.Ta2oE
神娘「…だが、久しぶりだ」
男「え?」
神娘「この十年あまり…誰とも関わらなくなっていたからな」
神娘「誰かにそんな言葉をかけてもらえる事もなかった」
男「神様…」
神娘「もっとも、お前の場合は半分程がお節介だが」
男「感激が台無しです」
神娘「わはは、まあ正直少し嬉しかったぞ」ケラケラ
男「それは何より」
神娘「分かったよ。お前の気持ちに免じて話してやろう」
男「なんと。本当ですか」
神娘「今となってはそう意地になって隠すものでも無いしな」
男「ありがたや」
神娘「最初に言った通り、話したところで何もない」
神娘「それでも…寄り添ってくれるのだな?」
男「勿論です」
神娘「そうか…うむ」
144: ◆WjgYlacz.c:2016/4/19(火) 13:39:52 ID:hBCJ2uwvuc
「そうさなぁ…どこから話すか」
「ああ、歩きながらで良い。その方が気も紛れるやもしれんし」
ザッザッ…
「お前も聞いた通り…私は修行の一環としてこの山の麓にある村に滞在した」
「村人たちは気の良い者たちでな。すぐに私を迎え入れてくれたぞ」
「何年も何年も、私は村人たちと過ごした」
「無論、ただふんぞり返っていたわけではないぞ。共に畑仕事も行ったし、病が流行った時も治して回った」
「私も村人たちから様々な恩を貰ったしな。互いに助け合っていたのだ」
「修行は村人からの信仰を集める事が目的だ。そうして集めた信仰は私の神力を強化する」
「そうしていずれは本神…つまり天界での役割を持つ神となる」
「しかし、あの村人たちとは信仰だけではない。もっと確かな信頼で繋がっていたと思う」
「そうだ。確かに私はあの頃は人間を好いていた」
「ああ、先ほど会った巫女…あやつはあの村にいた子だ」
「ん?…うぅむ、まあ、あのような態度をとってしまったのは…少し後悔している」
145: ◆WjgYlacz.c:2016/4/19(火) 13:40:59 ID:hBCJ2uwvuc
「しかしある日の夜に、事件が起きた」
「村の者たちが私を捕縛しようと襲撃してきたのだ」
「武器?ああ、農具や竹槍なんかを持ち出していたな」
「当然そんなもので私を殺す事はできぬ。しかし…私は油断していた」
「皆、話をしようにも全く聞く耳を持たない。挙句、不覚を取り足を傷付けられる始末」
「ん?ああ、今は何ともないが…跡が残ったな。これだ」スッ
「恐ろしかった…その日まで普通に接していた村人たちが急に牙を向けてきたのだから…」
「情けない事よ。それでも私は反撃せず、村人たちを傷付ける事ができなかった」
「相手は本気で殺す気で向かってきていたというのに…」
「……」
「…ああ、すまんな。大丈夫だ」
「今でも思い出すと冷や汗が止まらぬ。時折夢にも出てくるしな」
「……そんな顔するな。大丈夫だと言っておろう」
「え〜と、どこまで話したか。ああ、そうだったな」
146: ◆WjgYlacz.c:2016/4/19(火) 13:41:32 ID:hBCJ2uwvuc
「結局、私は命からがら村から逃げ出した」
「村で集めた信仰も…全部失うまで山の中を逃げ回った」
「この山を抜け出した後は、遠くへ離れる事だけを考えた。とにかく遠くへ」
「逃げて逃げて…辿り着いた先があの洞窟だ」
「あそこに辿り着いた時、私は全ての力を失っていた。疲弊し、足の傷も痛み、動く事さえままならぬ状態だったな」
「そこから現在に至る。お前が来るまで誰にも見つからなかったぞ」
「…ん?ああ、そうだな。肝心な事を忘れていた」
「何故村人たちがそんな事をしたのか…これは私も逃亡中に小耳に挟んだ話なのだが」
「実はな、向こうの山を越えた先に京の都があるのだ。名前くらい聞いた事あるだろう」
「その時期、都の貴族たちの間でとある噂が立ったのだ」
「…神の肉を食らった者は神の力を得る、とな」
「もちろんそんなもの迷信だ。しかし、真に受けた者は多かったらしい」
「貴族たちはこぞって各地にいる神を捕えようと画策したようだ」
147: ◆WjgYlacz.c:2016/4/19(火) 13:42:53 ID:hBCJ2uwvuc
「愚かしい事だ。しかし、その話は広まった。近隣の村にも届いていたらしい」
「…もちろん、私が滞在していた村にもな」
「そして、神の肉を届けた村には莫大な恩賞を出すとも……」
「……」
「…ちょうどその年、村が不作だったのも重なっていた」
「結局、村人たちはその恩賞に目がくらみ…私を捕らえようと、殺そうとしたようだ」
「……」
「今まで私が積み重ねてきた信頼は何だったのか…あの日々は幻だったのか…」
「そう考えるともう止められなかった」
「村の者たちを恨む事しか考えられなかった」
「そうなった原因を作った都の者たちも…全てが憎かった」
「…気付けば、もう人間そのものを憎悪するようになっていたよ」
「もし私がこれほど弱っていなくとも…人間には会わないようにしていただろうな」
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