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料理人と薬学士

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Part12
149 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:06:28.67 ID:Fga/dJyAO
南港「そんなもんお主を狙ったのかも分からんじゃろ?」
剣士「……見た目はガキの癖に頭は働くんだな」
試しのネタも尽きて剣士が黙ると次に暗殺者が喋り出す
暗殺者A「そいつは悪党なんだ、信じてくれ!」
真っ向から南港とやり合う剣士に比べ、信じてくれ、とは
情けないセリフである
南港の心の中の天秤がもう少し剣士の側に傾いた
暗殺者B「俺は悪くねえっ」
もう一人の暗殺者が逃げ出す
しかし足を縫い付ける重力
南港「バカか、逃がすわけ無かろう」
料理人「くっ、いつつ……」
南港「おお、料理人、大丈夫か?」
料理人「戦えたのか……いや、力があるのは知ってたけど」
南港「昔の話じゃ、今夜にでも話してやるわい」
南港「料理人、動けるなら薬学士に薬とロープをもらってくるのじゃ」
料理人「分かった」
料理人は肩に刺さったナイフを抜き、流れる血を押さえつつ呟く
料理人「……ちょうど良いからアレを試そうかな」
南港「ん?」
二階に登った料理人は既に準備していた薬学士からポーションと毒消しを受け取る

150 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:08:21.81 ID:Fga/dJyAO
薬学士の薬に即効性があるのは魔晶石の力を使って回復魔法を発動させるためだ
ポーションを飲むと料理人の怪我もたちまち光の粒子に包まれる
出血は止まり、筋肉や皮膚の構造も怪我を負う前の状態に回復していく
料理人「よし、ロープちょうだい?」
薬学士「無理はしないでね?」
料理人「うん」
料理人は南港の所に戻ると、油断無く三人を縛り上げる
そして南港に小さい声で語りかけた
料理人「三人にスープをご馳走していい?」
南港「はあ?」
南港「儂も飲んでいい?」
料理人「やめておいた方がいいかな?」
料理人は冷蔵庫を開けると、厳重に紙で包まれた物を取り出す
更にその中にある小さなビンを取り出す
如何にも物々しいビンの中に入っているのは何やらキノコのようである
料理人は前回うっかり焼け焦がした鍋を取り出すと、焜炉にかけ、水を沸かせる
この世界で使われている焜炉は炭を使う物が多いが、料理人は調理専用の火の精霊の石を使った焜炉を使っている
魔力量を調整し、石が強い熱を放ったのを確認するとその場を離れ、着替え終わった南港に話しかける
料理人「南港、疲れてない?」
南港「ぐったりじゃ」

151 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:10:19.30 ID:Fga/dJyAO
料理人「よし、なんかおやつ作ろう」
南港「ホットケーキがいいのじゃ!」
料理人「了解」
料理人はさっきまで戦っていた南港がやっぱり子供らしい主張をしたのにホッとした
それと同時に少し考えることがある
南港のこの性格は果たして本当に演技をしているようなものだろうか?
血を見て泣くだろうか?
ひょっとしたら感情までこの姿のまま固定されているのだとしたら
秋風峡谷で魔王と会ってから
いや、もっと前から
料理人は『寂しい』という気持ちに常に心を支配されている
だから魔王たちの寂しさを、本当に強く感じてしまう
そうだ、寂しかったのだ
愛しているなら一緒にいて欲しかった
だから薬学士を始め、新しい家族と出会ってから
もう離れたくない
そんな気持ちがどんどん膨らんでいく
だからだろう、あの時薬学士にあんな提案をしたのも
魔王たちの寂しさを少しでも埋めてあげたい
いつか魔王が居なくなる、その日まで
…………
南港「ふむ、こっちの二人……一撃で死んどるな」
南港「見事な太刀筋じゃのう」
南港「……」グスッ
南港「街の者で丁重に弔ってやってくれ」
薬学士「うん……」

152 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:12:42.80 ID:Fga/dJyAO
…………
料理人はなりふり構っていられなかった
実際に襲われ
自分の無力を味わった
自分には戦闘は出来ないのだ
なら、違う戦い方をするしかない
料理で戦う、それは必然の選択だった
料理人「さて、気持ちが落ち着いたら話す気にもなるでしょ」
料理人「三人はそのスープを食べてね」
料理人「薬学士と南港にはホットケーキを用意してるからね」
料理人「メープルシロップかけ放題!」
薬学士「!」
南港「!」
何故か二人から殺気が迸った
剣士「いいのか? ロープ解いて」
料理人「ああ、だって」
料理人「魔王を素手で倒せる人がいる?」
料理人「その上で、もし剣士さんが魔晶石狩りならこちらの戦力は三人、逆でも2対2」
料理人「仮に両方が魔晶石狩りでも、誰かが襲われた時点で、この包丁の魔晶石を砕くこともできる」
料理人「少なくとも君らは魔王じゃない」
料理人「私よりは強いだろうが、弱い人間だからね」
料理人「この場で魔王や破壊神と素手で立ち回りなんかやりたくないでしょ?」
剣士「……食えないお嬢ちゃんだな」
料理人「そのスープは食えるよ」
暗殺者B「怪しいもんだ」

153 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:14:32.99 ID:Fga/dJyAO
暗殺者A「まあいい、毒を盛ってるとしても殺す意味はないだろ」
暗殺者B「そんな覚悟があるふうにも見えんしな」
剣士「なにより美味そうだ、香りがいい」
料理人「いろいろ出汁に拘ってるからね」
剣士「出汁か、東果ての料理が好きなのか?」
料理人「師匠が東果てオタクだったんでね、でも基本は酒場料理だけど、ね」
まず剣士が口をつけた
それを見て暗殺者たちも口をつける
剣士「うん、美味い……」
暗殺者A「ああ、なかなかいける」
暗殺者B「キノコだけでこんなに美味くなるのか」
料理人「だからそれが出汁だよ、具はないがいろんなエキスが入ってる」
三人がスープを飲み干したのを確認して、料理人は話し始める
料理人「で、当然それは毒が入ってるわけだけど」
剣士「だろうな」
暗殺者A「やっぱりか」
暗殺者B「うえっ?」
料理人「師匠にはすぐに死ぬことはないと聞いているけど」
料理人「ドクササコって言う東果てのキノコなんだけど」
剣士「ぶっ!」
剣士はどうやら知っていたらしい
その狼狽ぶりに残る二人にも動揺が広がる
暗殺者A「え、なに?」
暗殺者B「そんなにひどい毒なのか?」


154 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:16:32.65 ID:Fga/dJyAO
料理人「まあこれくらいは許してよ」
料理人「あんた達のせいで私はナイフで刺される痛みを知ってしまったんだからね」
料理人が睨み付けると流石に三者は黙った
なにより毒の内容が分からないのが不気味だ
料理人「さて、洗いざらい話してもらいたいな」
料理人「抵抗しようなんて考えないで、今私が毒消しを飲んだから薬学士が次の毒消しを作るまで一週間かかる」
料理人「君たちが飲んだ毒は特異で、発症までにちょうどそれくらい時間がかかる」
料理人「運が悪いと明日発症するけど」
暗殺者A「はっ、発症するとどうなる?」
剣士「……体の末端、つまり手足の指先や鼻に」
剣士「焼いた鉄串を突き刺すような痛みが起こり」
剣士「それが1ヶ月ほど続く」
剣士「男の場合……アレもおんなじくらい痛むそうだ」
暗殺者A「……」
暗殺者B「……」
剣士「……とんでもない糞ガキだった」
聞いていただけの薬学士と南港もホットケーキを食べる手を止めて青ざめる
暗殺者A「俺らは無実だああああ!!」
暗殺者B「うわあああああっ!!」
二人が悶えだした時、学者が屋敷を訪れた
学者「騒がしいですにぃ」

155 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:18:40.25 ID:Fga/dJyAO
料理人「いらっしゃい、晩御飯まだだよ」
学者「いえいえ、ちょっと騒がしかったから気になって寄ってみただけどすえ」
そういうと、学者はちらりと部屋の中を覗く
学者「騎士さん、ちょいとこちらへ」
騎士「妙な喋り方だけでも止めていただけないでしょうか」
料理人「こっちの人は?」
学者「旅の騎士様だそうでござる」
騎士「!」
騎士「旅の騎士です」
学者が料理人たちに身分を告げていないことを察し、騎士は学者に発言を合わせた
学者「騎士さん、あの方たちに心当たりありやーせんか?」
学者に促されて、騎士は部屋を覗く
騎士「……知り合いがいますね」
学者「この騎士さんは魔晶石狩りを追いかけて友達と旅をしていたらしいでやす」
学者「どちらの方か分かりゃせんがそのお友達のようでござるなあ」
騎士「……」
騎士は学者が言葉を発する度、顔をそらしプルプル震えている
南港「なんか怪しいのう」
学者「怪しいことなどありゃしませんぜ旦那!」
南港「お前の話し方から怪しさ満点なのじゃ!」
学者「へへぇ〜!」
何故か土下座する学者

156 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:21:12.46 ID:Fga/dJyAO
料理人「じゃあ入って」
料理人「三人ともおとなしくて困ってたんだ」
剣士「……」
暗殺者A「……」
暗殺者B「……」
料理人「とりあえずまた暴れたら困るし、縄をかけなおさせてもらうよ?」
南港「任せよ!」
南港はするすると器用に三人を縛っていく
そして騎士の裁定を待った
騎士「こちらの剣士殿は我が同胞です」
料理人「なるほど、では、そっち二人は?」
暗殺者B「ただの傭兵だよ……」
暗殺者B「……魔晶石狩りのな」
南港「儂の読み通りなのじゃ!」
薬学士「じゃあ毒消し持ってくるね!」
剣士「は?」
暗殺者A「毒消しあったのか」
暗殺者B「……」
料理人「ああ、毒消しいらないよ、さっきの毒キノコじゃないから」
剣士「!」
剣士「そこからハッタリか……」
暗殺者A「くそっ、くそっ!」
暗殺者B「はあぁ……」
料理人「で、どうする?」
暗殺者A「……」
暗殺者B「いいよ、全部話してやるよ」
暗殺者A「おい」
暗殺者B「元から野郎に金以上の義理はねえ」
暗殺者B「暗殺者の仕事としては最低だが、シビレるスープの駄賃だ」
料理人「シビレないけどね」

157 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:23:09.36 ID:Fga/dJyAO
暗殺者A「それよりそっちの二人は信用できるのかよ?」
暗殺者A「そっちの剣士にうちの仲間はだいぶ斬られてるんだぜ?」
剣士「悪党を斬るのに理由などいらん」
騎士「お嬢様、もう話してしまわれたら如何でしょう?」
学者「ふみぃ……仕方ありゃーせん」
学者「……この方達は高塔の王に仕える騎士と剣士でやす」
料理人「!」
薬学士「ええっ!?」
南港「ほほう」
剣士「証拠になるものは持ってないがな……」
学者「……もー、正体バレたらつまんないでやす……なんかパパさんの書簡でも持ってたら良かったのに……」
学者は渋々と帽子を取り、そこからメダルのような物を取り出す
学者「ほれ、これだってたぶん誰も見たことないだろうけど、高塔王国第三王女の証しですだ」
料理人「マジか」
薬学士「すごぉい……」
南港「どれ、儂が鑑定してやろうかの」
南港「高塔の鷲と塔のエンブレムに見事な彫刻……小さな魔晶石が幾つか……、それに裏側に国王のサインがあるのう」
南港「金属自体がレアで加工が難しいオリハルコン……サインの真贋は抜きにしても二つとはない品じゃろうな」

158 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 19:26:03.27 ID:Fga/dJyAO
南港「ほれ、お前等も見てみるが良いぞ」
暗殺者A「むう……」
暗殺者B「虹色の金属なんて初めて見た……」
南港「身分証じゃから当然じゃが、簡単には偽造出来んように出来ておる」
南港「殆ど疑う余地が無いと思うが?」
暗殺者A「珍しいもんが見れたわ」
暗殺者B「降参だ」
料理人「……疑ってすまない、剣士さん」
剣士「いや、身を守るためには必要な判断だったと思う……気にするな」
料理人の謝罪を受けると、改めて剣士は学者に向き直る
剣士「……調査結果は出ています、この者達は連行してしまいましょう」
剣士「報告は後程」
学者「あと、拙者まだまだ研究を続けたい故、皆さん内密に頼みますぞえ」
料理人「あ、ああ、もちろん」
薬学士「ほわわっ、はいっ」
学者「普通に学者ちゃんとして接してくだせえ」
薬学士「ええっ……でも……」
学者「普通に接してくんなきゃオラやんだなぁ……」
料理人(普通に喋ってくれ)
薬学士「わ、分かったよ、学者ちゃん!」
薬学士「家族だもんね!」
学者「ふひひ」
学者の話し方に疲れたのか剣士と騎士は眉間を押さえている
剣士「……やれやれ」

161 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 20:14:19.30 ID:Fga/dJyAO
騎士達は4人で高塔へ帰ることになった
南港が移送出来れば早かったが、残念ながら長い時間が経つと帰還魔法が使えなくなるようで、結局彼らは歩いて帰って行った
料理人はいろいろと考えることがあった
いろいろな情報が飛び込んでくる中で、考えはまとまらない
こういう時は料理だ
まず晩御飯は変わった物を作りたい
秋風が残してくれた火精のオーブンがある
メインはグラタンにしよう
作り慣れないメニューを作ると色々頭が働く気がする
他にはマスのカルパッチョとか
うん、新鮮なマスを狩人君に頼んでこよう
猪肉や魚を燻製してみよう
木のチップも狩人君に頼めば良いかな
まず、今後のことだ
兎に角、秋風には言いたい文句が山ほどある
秋風と再会するには、第一に秋風がどう動いているか知る必要がある
学者が王女なら彼女の情報網は現状一番信用が置ける
まずは高塔に行くべきだろう
それからどうするか
秋風に美味い料理を食べさせたい
何かソースを工夫しようか
どちらにしろ何かを思い出させるような料理がいい

162 :いかやき ◆J9pjHtW.ylNB :2014/03/16(日) 20:17:30.25 ID:Fga/dJyAO
いくつか料理のアイデアをまとめたら、後は行動あるのみ
それが酒場料理、包丁一刀流の女将さん直伝の、無骨だが美味い料理を作る方法
それを目指すのが料理人だ
料理人「やるぞ!」
…………
薬学士は一人でうにうにダンシングしながら悩んでいたが、南港に相談を持ちかける事にした
魔王化については経験者に話を聞くのが一番いい
料理人が刺された事は、料理人自身より薬学士に強いショックを与えた
死なれたくない
傷付いて欲しくない
でも決断できない
止めるべきかも知れない
でも……
薬学士はなんだかお腹が空いてきた
とりあえずポーションや毒消しを作り足して時間を潰した
やがて、良い香りが屋敷を包んでいく
ふわふわした物体が涎を垂らしてゆらゆらゆれ始める
料理人の料理は旨味と香りが強いのがポイントだ
このままずっと彼女と過ごしていたら確実に……太る……!
薬学士の抱える問題がまた一つ増えた