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のび太(31)「いらっしゃいませ。」

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Part6
131 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:22:12.73 ID:yyKHaLZAO


翌日 東京某所の靴屋

のび太「え、えっと新人さん!」ソワソワ

新人「はいっ。」

のび太「そのパンプス、店頭の棚に移動しようか。」ソワソワ

新人「えっ? 良いですけど、これ昨日店頭の棚から移動したばかりですよ?」

のび太「い、いやぁ、やっぱりさぁ、季節感って大事だと思うんだ。今うちにある商品の中で一番季節感があるパンプスって、やっぱりそれだと思うんだよね。」ソワソワ

新人「はぁ・・・」

のび太「ほら、店頭ってお店の顔だしね。やっぱり店頭こそ一番オシャレにするべきだと思ったんだ。」ソワソワ


132 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:23:01.43 ID:yyKHaLZAO


新人「わ、分かりました。移動します。じゃあ、店頭のスニーカーと入れ替えるって事で良いですよね?」

のび太「うん。それで良いよ。あっ、それからバイト君。」ソワソワ

バイト「はい?」

のび太「倉庫から脚立持ってきて。このスポットライトの向きが微妙にズレてる。」ソワソワ

バイト「えっ? あぁ、はい。」

バイト(そんなにズレてるかなぁ? 靴にバッチリ光当たってるし問題ないと思うけど・・・)

のび太「後は・・・あれ? この植木、ちゃんと水あげた?」ソワソワ

バイト「はい。さっきあげましたよ。」


133 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:27:33.33 ID:yyKHaLZAO


のび太「ん~、ちょっと葉っぱにハリがないなぁ。もうちょっとあげてみようか。」ソワソワ

新人「だ、ダメですよ! 根腐れしちゃいますから!」

のび太「えっ? そうなの? でも・・・」ソワソワ

新人「『でも』じゃないですよ! ホラ、土が十分濡れてるじゃないですか! この子はこれからちょっとずつ水を飲むんです! これ以上あげたら枯れちゃいますよ!」

のび太「あっ、そ、そうなの? うん、分かった。」ソワソワ

新人「もう!『植物だって生きてるんだから大切にしよう』っておっしゃったの、店長じゃないですか!」


134 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:28:16.31 ID:yyKHaLZAO


のび太「ご、ごめんごめん・・・・・・あれ?」ソワソワ

新人「今度は何ですか!?」

のび太「この鏡、よく見たら指紋が付いてるなぁ。多分さっきの親子連れだな。子供さんがベタベタ触ってたから。ごめん、ちょっと乾拭き用の雑巾取って。」ソワソワ

バイト「どうぞ。」サッ

のび太「ありがとう。こういう些細な汚れに気付くか気付かないかでショップの命運は別れるんだよねぇ。」ソワソワ フキフキ

バイト・新人「「・・・・・・」」



135 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:29:13.78 ID:yyKHaLZAO


のび太は朝から落ち着かない1日を過ごしていた。

普段から店長として店内の演出や清掃には最大限の注意を払っているつもりだが、今日はその何倍も気合いが入っている。

ほんの微細な汚れ、微妙なズレ。

その一つ一つが目につき、気になって仕方がなかった。

理由は言うまでもなく、しずかが来店するからである。

今までにも何度かしずかが来店した事はあるが、それらは当然ながら全てアポ無しだった。

しずかの接客に就く度、のび太は店内の様々なアラが目につき歯痒い思いをしてきた。



136 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:30:06.67 ID:yyKHaLZAO


来るって分かってたらもっと念入りに掃除したのに。

だが今日は来る事が分かっている。

その為、いつしずかが来ても良いように、のび太は朝からフル回転で店内美化に従事していた。



のび太「ふぅ。こんなところかな。後は・・・」

新人「いらっしゃいませ。」

バイト「いらっしゃいませ。」

のび太「!!」クルッ



弾かれたように振り返るのび太。

その視線の先にはしずかが立っていた。

わずか2日間会わなかっただけだが、まるで数十年ぶりの再会であるかのような感覚がのび太を襲った。

しずか「こんにちは。」


137 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:32:12.12 ID:yyKHaLZAO


のび太「し、しずかちゃん! いらっしゃい・・・あれ?」

のび太は気が付いた。

しずかの後ろに一人、初老の男性が立っている。

のび太は一見してその人物がしずかの連れ合いだと分かった。

何故ならその人物とは、



?「のび太くん。久しぶりだね。」

のび太「おじさん! ご無沙汰しております!」



しずかの父、源義雄氏だったからである。



義雄「覚えていてくれたのかい。嬉しいなぁ。」

のび太「もちろんですよ! 子供の頃、あんなに何度もご自宅にお邪魔させてもらったんですから! 忘れませんよ!」


138 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:33:13.85 ID:yyKHaLZAO


義雄「はははっ。そうだね。のび太くんは本当にしずかと仲良くしてくれていたね。」

のび太「僕の方こそ、しずかさんには本当に良くしてもらって・・・・・・ところで、今日はどうされたんですか?」

義雄「あぁ。今日はね、僕の礼服用の靴を選んでもらいたくて来たんだ。」

のび太「礼服用ですか。」

義雄「あぁ。」

のび太(礼服用って・・・・・・まさか・・・)

のび太「どなたかご結婚なさるんですか?」

義雄「いや。そうじゃなくてね・・・・・・。」

のび太「???」


139 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:34:40.16 ID:yyKHaLZAO


義雄「実はね・・・・・・僕の父が、もうあまり長くないみたいなんだ。」

のび太「えっ?」

しずか「のび太さん。私のお店の事で心配かけてごめんなさい。実は一昨日、祖父が危篤になったの。」

のび太「あっ、そ、そう・・・なんだ・・・ 」

しずか「ここ最近、ずっと体調が悪かったのよ。自宅にいても、ほとんどベッドから起きない日が続いて・・・」



しずかの店の臨時休業。

急ごしらえの張り紙。

丸一日返事のなかったメール。

礼服用の紳士靴。

当面の予定が埋まっているというしずかの発言。

のび太の中で、全てのピースが合致した。


140 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:38:07.33 ID:yyKHaLZAO


体調の悪化した祖父との別れがいつ訪れるか分からない。

だから当面の予定が埋まっていると言ったのだ。

危篤ともなれば尚更だろう。

そんな状況下にあっては、凝ったな張り紙を用意する事はおろか、メールの返事を打つ暇さえあったハズはない。

そして、来るべき別れの日に備えて、礼服用の靴を新調しようとしている父親の為に、のび太に件の質問をぶつけたのだ。



義雄「前々から父は『こんな先のない命の為に無駄なお金は使わせられない。自分に何かあっても延命治療はするな。』と口癖のように言っていてね。だから今回、危篤となってからも言い付け通り、延命治療はしていないんだ。おそらく、もってあと2日だろう。」

のび太「2日・・・ですか・・・・・・」


141 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:40:07.92 ID:yyKHaLZAO


義雄「厳しい父でね、子供の頃はそれはそれは怖かったものさ。だけど、一人の人間として尊敬できる人でもあった。」

義雄「そんな父がいよいよ旅立つからには、僕もできるだけ最良の形で見送りたいと思っているんだ。その為にはまず、僕自身の身だしなみを整えないとね。」

のび太「だから、しずかさんに・・・」

義雄「あぁ。お恥ずかしながら、冠婚葬祭の靴のマナーの事には全く無知でね。黒の革靴なら何でも良いと思っていたんだ。だけど、ふと気になってね。のび太くんに訊いてくれるよう、しずかに頼んだんだよ。」


142 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:45:16.17 ID:yyKHaLZAO


しずか「黙っててごめんなさい。でも、祖父の事を話したら、きっとのび太さんは気を遣うと思ったの。」



肉親との別れがいつ訪れるか分からない。

そんな状況の中、笑顔を絶やさず働くというのは、一体どんな気持ちだろう。

前々から体調が悪かったというからには、多少の心づもりはできていた事とは思う。

だがそれにしたって、決して明るい気分でいられたハズはない。

それでもしずかは笑顔を絶やさなかった。

のび太の事を気遣い、悲しみの片鱗すら覗かせなかった。


143 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:49:27.54 ID:yyKHaLZAO


それに比べて、自分のなんと小さい事か。

一瞬でもしずかの結婚を懸念し、不安にに取り憑かれていた自分が情けなくて仕方なかった。

本当に結婚であったなら、それはしずかにとっては喜ばしき事である。

それを自分の目線からのみ捉え、さも悲劇的な出来事であるかのように受け止めていた。

実際、しずかを襲っていた事態はそれとは全くの真逆の内容であったというのに。

何なんだ、僕は。

利己的にも程がある。



のび太「ごめんね・・・・・・何も気付いてあげられなくて・・・一番辛いのはしずかちゃんなのに、こんな僕の為に気まで遣わせて・・・」

しずか「気にしないで。私はただ、のび太さんには笑顔でいて欲しいの。のび太さんがお店に来てくれたら、すっごく嬉しいし楽しいの。だから暗い話題はあえて出さなかったのよ。」



144 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:52:16.88 ID:yyKHaLZAO


返す言葉もなかった。

ますます自分が嫌になる。

だが、いつまでも自己嫌悪にばかり浸ってはいられない。

二人は靴を必要としている。

大切な人を見送る為の靴を。

そしてその為に、のび太の店を選んだ。

のび太が数ある飲み屋の中からしずかの店を選んだように、二人もまた、数ある靴屋の中からのび太の店を選んだ。

選んでくれた。

ならば、なすべき事は一つだ。



義雄「のび太くん。靴を、選んでもらえるかい?」

のび太「・・・・・・はい。お任せ下さい。」



145 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:53:45.75 ID:yyKHaLZAO


のび太は義雄の手をチラリと見やると、踵を返して倉庫へと駆け込んだ。

義雄はスポーツブランドのウォーキングシューズを履いていた。

ソールが分厚く、ライニング(内張り)にも潤沢にクッションがあしらわれているウォーキングシューズは、全体的にゴツゴツしたシルエットになりやすく、外観からはどうしても足の正確なサイズを推測しかねる。

そんな時は手を見るのだ。

人の手の大きさは足の大きさと比例している。

例えば手が大きい人は足も大きく、手の甲が高ければ足の甲も高い。

入社初日に先代店長から教わった事だ。


146 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:55:20.98 ID:yyKHaLZAO


あの手を見る限り、義雄の足のサイズは24.5センチだ。

加えて幅が細く、男性としては比較的スマートで華奢な足つきをしていると思われる。

その足の形に対応でき、その上で最高の身だしなみ、すなわちフォーマルを極めたデザインの靴。

のび太には既に答えが出ていた。

自店のドレスシューズのラインナップは百数十。

そして、それらにそれぞれ23.5~27までのサイズストックがある。

故に、倉庫に眠る在庫の総数は千をゆうに超える。

だが迷う事などあり得ない。

その一つ一つの特徴や履き心地は全て完璧に把握している。


147 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/18(月) 23:57:07.37 ID:yyKHaLZAO


のび太は脇目も振らず、その一足を棚から抜き取った。

両手でしっかりと抱え、義雄の元へと駆け戻る。



のび太「おじさん。お待たせしました。」

義雄「これは?」

のび太「黒のストレートチップです。しずかさんからお聞き及びかと思いますが、昨今、冠婚葬祭における靴の制約はほぼ無くなりつつあります。黒のドレスシューズであれば何でも良いというおじさんの解釈は、決して間違ってはいません。」

のび太「ですが、おじさんは大切なお父様をお見送りなさる上で最もふさわしいお靴を求めておいでです。となれば、やはりストレートチップ以外はないと判断いたしました。」

義雄「ありがとう。僕もしずかから話を聞いて、是非ともそのデザインの靴が欲しいと思っていたんだ。」


148 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:02:44.61 ID:6oDeqyfAO


のび太「本当ですか? なら、ご期待に沿えて何よりです。」

のび太「ですが、一口にストレートチップと言っても、実はその中にも更にフォーマルの序列があるんです。」

義雄「そうなのかい?」

のび太「えぇ。その基準となるのがソールとライニングの色です。」

義雄「ライニング?」

のび太「あっ、失礼しました。靴の内張りの事です。ドレスシューズのライニングの色は通常、色落ちによって靴下が汚れないようベージュが使用される事が多いんですが、黒いライニングを使用したドレスシューズもあります。」


149 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:04:43.43 ID:6oDeqyfAO


のび太「この黒いライニングの方がベージュよりもフォーマルの度合いが高いんです。そして、ソールも同じく黒い物の方がよりフォーマルとなります。ですので、黒のストレートチップでライニングも黒、ソールも黒。そういったお靴こそ、本当に完璧なフォーマルシューズなんです。」

義雄「なるほど。」

のび太「当店のラインナップの中で、いま申し上げた条件に該当する靴は3つあるんですが、その中でも特にこちらのお靴は幅が狭く、また甲も低い構造となってますので、おじさんの細いお足をしっかり固定するには最適だと思いました。どうぞ、ご試着下さい。」


150 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:05:45.07 ID:6oDeqyfAO


義雄「ありがとう。しずかから、のび太くんは人の手を見ただけで足のサイズや形が分かると聞いていたが、本当だったんだね。」スポッ スポッ

のび太「恐縮です。毎日意識して見る癖をつけてると、何となく分かるようになってくるんですよ。履き心地はいかがですか?」

義雄「・・・・・・うん。良いね。靴全体が足に寄り添って来る感じだ。少しキツい気がしないでもないけど、革靴は後で伸びるよね?」



151 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:07:00.65 ID:6oDeqyfAO


のび太「よくご存知で。おっしゃる通り、革は持ち主の足の形に合わせて伸びます。伸びるという事はサイズが大きくなるという事です。ですので、最初は少しキツいぐらいでないといけません。痛くない程度にほどよく締まっている感触が理想的です。そのお靴なら、まさにそのような感触ではないかと思うんですが。」

義雄「あぁ。まさにその通りだよ。歩いてみても・・・」スタスタ

義雄「うん。靴と足が一緒になって動いてくれる。これは良いよ。僕が今まで履いてきたどの革靴より履き心地が良いかも知れない。」


152 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:08:45.66 ID:6oDeqyfAO


のび太「光栄です。お足の形としっかり合っているお靴は歩きやすいだけでなく、無駄なシワも入りませんので見た目もすごくキレイなまま履いていただけます。フォーマルの要素を全て押さえていて、尚且つ見た目にも美しい。これが僕のお勧めできる、最高のお靴です。」



そう言ってのび太は言葉を切った。

もうこれ以上何か付け足しても蛇足になる。

先ほどの倉庫へ駆け込むまでの数秒間で、頭の中に自店のドレスシューズの全ラインナップを思い浮かべ、取捨選択と吟味を重ねた結果、この靴を選んだ。


153 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:09:40.65 ID:6oDeqyfAO


今までに学んだ知識、経験、そして二人の期待に応えたいという想い。

全てを詰め込んだ末の選択だ。

この靴以外にありえない。

あとは、二人の判断に委ねよう。



義雄「しずか。どうだね?」

しずか「素敵だと思うわ。サイズが合っていれば見映えも良いっていう、のび太さんの言葉の意味がよく分かるもの。それに・・・」

義雄「それに?」

しずか「のび太さんが選んでくれた靴だもの。何の心配もいらないわ。」

のび太「しずかちゃん・・・」


154 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:10:09.74 ID:6oDeqyfAO


義雄「そうだね。同感だ。のび太くんは本当に良い物を選んでくれた。のび太くん、この靴をいただくよ。」

のび太「ありがとうございます。では、22680円です。」







155 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:11:52.90 ID:6oDeqyfAO


のび太「はい。では、320円のお返しです。」チャリン

のび太「すみません、おじさん。今、レジの調子が悪くてレシートが出せないんです。この手書きの領収証をレシートの代わりとさせて下さい。」

義雄「ありがとう。それで構わないよ。」

のび太「恐れ入ります。」

義雄「のび太くん、ありがとう。本当に良い靴を選んでくれたね。」

のび太「いえ、それは靴屋として当然の事ですから。」

義雄「これで胸を張って父を見送る事ができる。葬儀の後も、一生大切にさせてもらうよ。」

のび太「光栄です・・・・・・あの・・・」


156 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:13:09.02 ID:6oDeqyfAO


義雄「ん?」

のび太「その・・・お悔やみ申し上げます・・・って、いま言うのは失礼ですよね。まだ亡くなってないのに・・・えっと・・・」

義雄「ふふふっ。ありがとう。その気持ちだけでも十分だよ。」

のび太「・・・・・・すいません。勉強不足で・・・」

義雄「やはり君は、他人を思いやる心をもった素晴らしい人物のようだね。」

のび太「いやいやいや、そんな! 滅相もないですよ! 僕なんて・・・」

しずか「のび太さん。」

のび太「なに?」

しずか「本当にありがとう。それとね・・・」

のび太「???」


157 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:14:01.53 ID:6oDeqyfAO


しずか「さっきののび太さん、すっごくかっこよかったわ。」

のび太「!!!?」ドキッ

義雄「そうだね。やはり、プロが仕事をしている姿はかっこいい物だ。それに、営利目的ではなく、一個人として僕の為に真剣に選んでくれた真心が伝わってきた。それが何よりも嬉しかったよ。」

のび太「・・・・・・。」

義雄「さて、しずか。そろそろ行こうか。」

しずか「そうね。」

のび太「あっ、お出口までご一緒します。」

義雄「いや、ここで良いよ。のび太くん、重ね重ね、今日はありがとう。」


158 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:14:41.28 ID:6oDeqyfAO


のび太「いえ、こちらこそ。ありがとうございました。」

しずか「またお店を再開したら連絡するわね。」

のび太「うん。待ってるよ。」

しずか「それじゃ。」

義雄「失礼するよ。」

のび太「ありがとうございました。」ペコッ



二人の姿が見えなくなるまでのび太は見送った。



のび太「ふぅ~。」



充足感に満ちた深い溜め息をつく。







上手くいった。

気付かれずに済んだ。







159 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:20:50.75 ID:6oDeqyfAO


先ほどの接客の中で、のび太は一つウソをつき、そして一つ隠し事をしていた。

レジは不調などきたしておらず、レシートは普通に出てくる。

そして金額。

あの靴は確かに22680円である。

ただし、それは正規価格ではない。

のび太の社員割引を使った場合の価格だ。

あの靴の正規価格は37800円なのである。


160 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:22:40.06 ID:6oDeqyfAO


あの靴は皮の腐敗や乾燥を防ぐ為のなめしと呼ばれる工程において、広く一般に流通している塩基性硫酸クロムを用いたクロムなめしではなく、植物から抽出したタンニンによるタンニンなめしを採用している。

そうする事によって型崩れしにくい頑丈さと、深みのある風合いが得られるのである。

しかし、タンニンは皮に浸透させづらい為、その工程には長い作業時間と高い技術が求められる。

当然、価格はクロムなめしの製品よりも高い。

だが、その事は二人には伏せておいた。


161 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:23:34.13 ID:6oDeqyfAO


今後、葬儀の準備で何かと出費が嵩むであろう源家から、そんな金額を貰い受ける気にはなれなかった。

何より、この接客は利益目的のそれではない。

二人に要らぬ気を遣わせないよう、倉庫から持って来る際に箱の値札シールも剥がしておいた。

だが、そこまでしておきながらレジを打ったのでは、本来の価格が表示されてしまう。

だからレジの調子が悪いなどとウソをついたのである。

のび太は思った。

我ながら甘いな。

商売人の風上にも置けない甘っちょろさである。

だがそれで良い。


162 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:24:59.54 ID:6oDeqyfAO


いつだったか、小学校の頃に担任の先生(せんじょう)先生に向かって『テストをして誰かが最下位の憂き目に遭うのなら、その役目は自分が引き受ける。』といった旨の発言をした事があった。

あの時は例によって自身の怠惰な学習態度を咎められた際の咄嗟の言い訳だったが、今になって振り返ってみると、あながち間違ってはいないように思える。

自動化、マニュアル化が高収益への近道とされている昨今にあって、靴屋はわざわざ対面接客で物を売らなければいけない難儀な職種だ。

人間が行う仕事だ。


163 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:26:52.29 ID:6oDeqyfAO


ならば、そこに人情を差し挟んだって良いじゃないか。

他人の喜びを自身の喜びとする、そんな暑苦しい店が一件ぐらいあったって良いじゃないか。

引き込もっていた当時ののび太が、今のこんな自分を見たらどう思うだろう。

きっと『社畜だ』『オワコンだ』と嘲笑するに決まっていると思った。

いくらでも笑えば良い。

僕は未来の君だ。

君は遅かれ早かれ僕になるんだ。

そして君は知る事になる。

自分は所詮、こうやって誰かを喜ばせる事が大好きな面倒くさい人間なのだと。

だからこの仕事が合っている。


164 : ◆51UnYd7yHM [saga]:2013/03/19(火) 00:27:47.83 ID:6oDeqyfAO


それは決してオワコンなんかじゃない。

何故ならその心を、優しさを教えてくれたのはドラえもんなのだから。

未来の高性能ロボットが教えてくれた事を、過去の世界の自分がどうしてオワコンだなんて言えよう。

ドラえもんが生まれた未来にも、こんな不器用で面倒くさい職業は残っているのだろうか?

残っていたら嬉しいな。

のび太はそう思った。



のび太「新人さん。バイトくん。」

新人・バイト「「はい。」」

のび太「今のお客様に社割り使った事、お願いだから他の人には」

新人「分かってますよ。」

バイト「ここだけの秘密にしときます。」

のび太「ごめんね。助かるよ。」


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