乗客Yx1
戸野 千織(トノ チオリ)
目が覚めたらそこは、走る列車の中だった
4: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 20:34:44 ID:4iSJ1d7xp2
ピーッ
千織「!?」
前方のドアが開き、奥から1人の男性が姿を現した
帽子を目深にかぶり、手を後ろに組んだままこちらに歩み寄ってくる
千織(車掌さんだ・・・!)
風貌をみるに、車掌のようである
無意識に安堵し、保護されたような気分になった
5: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 20:38:39 ID:4iSJ1d7xp2
千織「あっ、あのっ」
思わず話しかける
千織「これってなんていう電車ですか?すみません、知らないうちに乗ってしまっていて・・・」
車掌「・・・」
千織「あ、あの・・・?」
車掌「・・・電車ではありません」
千織「え?」
6: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 20:41:50 ID:4iSJ1d7xp2
車掌「電気で動いておりません。この列車は、全て精力を燃料にしております」
千織「せ、せいりょく・・・?」
車掌「お客さま、乗車券を拝見いたします」
男はすっと手を差し出した
千織「あっ、えっ、えっと・・・」
あわててポケットに手をつっこむと、乗車券らしきものはなかったが、財布があるのを確認できた
7: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 20:46:09 ID:4iSJ1d7xp2
千織「あの、乗車券持ってなくて・・・。現金でもいいですか?」
車掌「現金でのお支払いはお受けしておりません」
千織「そ、そうなんですか!?どうしよう・・・suicaならあるんですけど」
車掌「・・・」
男は小さく息を吐いた
車掌「お客さま、どこからお乗りですか?」
千織「ご、ごめんなさい、覚えてないんです・・・。住んでるところは東京の荒川区なんですけど・・・」
車掌「・・・わかりました」
8: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 20:50:25 ID:4iSJ1d7xp2
男は白い手袋をはめた手を伸ばし、優しく千織の髪にふれた
千織「え・・・?」
車掌「今回は、乗車賃としてこれを頂きます」
千織「へ・・・?あ、あの」
車掌「もう二度と、この列車に乗ることがありませんように。その時は、お送りできる保証はありませんので」
千織「・・・!?」
ふわりと風が吹き、一瞬、帽子の奥から男の瞳が見えた
――それと同時に、千織は気を失った
9: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 23:51:44 ID:8vQGUW9sCM
乗客Yx2
沖 恭太(オキ キョウタ)
10: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 23:53:44 ID:8vQGUW9sCM
恭太「――ちおちゃん!?!?」
千織「お、おはよう」
恭太「か、か、髪どうしたの!?なんか嫌なことでもあった!?」
千織「ううん、何もないよ。イメチェンしたかっただけ」
恭太「だ、だって、小学校のころからずっとロングだったのに」
千織「どうせ似合ってないですよーだ」
恭太「そんなことないよ!ボブのちおちゃんも超カワイイ!!」
千織「もー恥ずかしいからやめて」
11: ◆e.A1wZTEY.:2017/4/30(日) 23:58:18 ID:8vQGUW9sCM
――今朝
気がついたら、私は荒川区にある公園のベンチで寝ていた
胸まであった長い黒髪はばっさりと切られ、無造作なショートヘアになっていた
切られた髪は、どこにも見当たらない
千織(・・・あれは、夢じゃなかった・・・)
髪に触れ、車掌服を着た男の言葉を思い出す
『今回は、乗車賃としてこれを頂きます』
千織(・・・こんなのってアリ・・・?)
12: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:05:39 ID:spmolqlGjY
――どうやら私は高校が終わってから半日、夕方〜朝方の間行方不明になっていたらしい
親が帰宅しない私を心配し、捜索願を出すかどうかというところで帰ることができた
髪のことを含め散々問いただされたが、曖昧にごまかすしか術がなく、美容院で髪を整えてもらい午後から登校する次第となった
恭太「っていうかさー、昨日なんでLINE返してくれなかったんだよぉ。宿題教えてもらいたかったのにー」
千織「ごめんごめん。気づいたら寝ちゃってて」
どうやら、私が行方不明になっていたことを知らないらしい
13: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:11:41 ID:spmolqlGjY
恭太「確かに、昨日の帰り道でなんか疲れてるっぽかったもんねー」
千織(昨日の帰り道・・・)
千織「ねぇ沖くん、私昨日・・・」
恭太「ん?」
千織「ふ、普通に帰ってた?」
恭太「? どゆこと?」
千織「だからその、沖くんと別れるまで・・・」
恭太と途中まで一緒に帰り、別れるところまでは記憶がある
だが、帰り道を分岐してからは、断片的で、曖昧な記憶しかない
14: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:18:12 ID:spmolqlGjY
恭太「普通だったよ?なんで?」
千織「な、なんでもない。そうだよね、うん。なんでもない」
恭太「え、なに、気になるじゃーん!」
恭太「…あ!もしかして変質者がいたとか!?今日は俺が家まで送ったほうがいい!?」
千織「だ、大丈夫。大丈夫だから」
15: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:21:28 ID:spmolqlGjY
帰り道
恭太「−じゃあ、ちおちゃんまたね!」
千織「うん、またね」
手を振り、2人はT字路で左右の道へ分かれた
すぅっと息を吸う
別に怖くなんかない
いつも通り、普通に帰ればいいのだ
いつものように、人がまばらなマンション街を歩く
何もない 何も思い出さない
何も――
16: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 00:25:01 ID:spmolqlGjY
『お客さま』
ふっと、あの車掌の声が脳裏によぎる
最後に見た漆黒の瞳
千織(・・・あの人は)
千織(あの人は、誰なんだろう)
わからない でも、別にわからなくてもいい
気がつけば、自分の住むマンションの前に来ていた
千織(・・・何も、なかった)
千織は安堵すると、勢いよく階段を駆け上がった
17: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 21:54:52 ID:spmolqlGjY
――あれから、1か月たった
ショートヘアの違和感にも慣れ、あの時のことは忘れつつあった
自分の髪を見るたびふと思い出すこともあるが、あれは現実のような夢だったのだ
そう、夢だったのだ そう思うことにしていた
恭太「――ちおちゃん!」
千織「あ、沖くん」
恭太「待たせてごめんねー、先生の説教長くってさぁ。さぁ、かえろー!」
千織「ちゃんと宿題出さなきゃだめだよ?」
恭太「今回は家に忘れちゃっただけなんだよ〜」
千織「もう、それ何回目?」 クスクス
18: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 21:58:36 ID:spmolqlGjY
恭太「・・・あ!そうだ、大事なこと思い出した」
千織「大事なこと?」
恭太「はい、これ!」 スッ
カバンの中から、ピンク色の包装紙に包まれた小さな箱を取りだす
恭太「きょう、ホワイトデーでしょ!」
千織「あ・・・」
19: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:00:14 ID:spmolqlGjY
恭太「ちおちゃんには、バレンタインデーにおいしいクッキーもらったからね〜」 ニコニコ
千織「で、でも、沖くんもバレンタインにチョコくれたじゃない。私てっきり交換だと思って・・・」
恭太「いいのいいの!俺がホワイトデーにお返しあげたいだけなんだから!」
千織「あ、ありがとう・・・。また手作りしてくれたの?」
恭太「もち!愛情100%!」
千織「沖くんの女子力にはかなわないなぁ〜」
20: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:07:24 ID:spmolqlGjY
恭太「あーあ、ちおちゃんと帰ってると帰り道があっという間だなぁ」
千織「またすぐ明日会えるでしょ」
恭太「そうだけどさー、寂しいっていうか・・・」
千織「寂しい?」
恭太「うん」
千織「変なのー」クスクス
恭太「ほんとだよ、俺ちおちゃんがいないと…」
千織「あ、いけない!今日お母さんに夕飯の買い出し頼まれてたんだった!」
千織「じゃあ、沖くんまたね!チョコほんとにありがと!」 タタタッ
恭太「あっ・・・!」
21: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:14:05 ID:spmolqlGjY
恭太と別れてからいつも1人で帰る道を、今日は少し早足で歩いていく
千織(えっと…ネギと人参だっけ?も〜、お母さん、学校帰りに買い出し頼むのやめてほしいな〜)
少し閑散とした通りに出ると、小さな池が見えた
あの池を過ぎれば、自宅からもっとも近いスーパーがある
千織(・・・?)
1人の男の子が池の前でしゃがみこみ、じっと何かを見つめている
千織「ぼく、この池はけっこう深いから危ないよ」
なんとなく声をかける
そう、声をかけてしまった
22: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:23:29 ID:spmolqlGjY
男の子はゆっくりと立ち上がり、千織を見た
10歳にも満たないだろうか、まだ肌寒い時期だというのに半袖を着て半ズボンをはいている
眠そうな表情と、ぼさぼさの栗色の髪
男の子「――おねえちゃん」
男の子「おねえちゃん、ぼく、おなかすいたよ」
ぼそりと、かすれた声で言う
千織(もしかして、貧乏な子なのかな・・・上着着てないし)
千織「ぼく、おうちはどこ?お母さんは?」
男の子「・・・」
男の子「・・・ねぇおねえちゃん、おなか、すいた」
千織「・・・」
23: ◆e.A1wZTEY.:2017/5/1(月) 22:26:15 ID:spmolqlGjY
千織「ご、ごめんね、今おねえちゃん何も食べ物持ってなくて・・・」
男の子「うそ。持ってる」
千織「え?」
男の子「そこに入ってる」
千織のカバンを指さす
千織(・・・もしかして)
カバンから、恭太からもらったチョコを取りだす
千織「こ、これはね、友だちからもらったものだから・・・」
そのとき
ふっと、脳内に記憶がよみがえった
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