『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
152: ◆bEw.9iwJh2:2017/4/27(木) 04:16:06 ID:L7gV6e5ZO6
ガタガタ、とドアが揺れる。
−−開かない、のだろうか?変だ、私は鍵などかけていないし、そもそも持ってもいないのに。
「あれ、おっかしいなー」
不思議そうに呟く声。
その間も私はひたすらにお帰り下さいと願い続ける。鈴はやはり動かない。あれほどに素早く動いて、こちらの質問に答えていたくせに、どうして。
ばん、とドアを叩く音に、びくりと体が震えた。忘れ物を取りに来たクラスメイトの苛立ち混じりの困り声がする。
動かない鈴。
開かない教室のドア。
153: ◆bEw.9iwJh2:2017/4/27(木) 04:46:38 ID:.oby9THsoA
(こうなったら−−)
鈴を『はい』の方向に動かそうと指に力を込める。潰れた鈴は酷く歪で、紙がぐしゃりと引き攣れた。
けれど、鈴は。
びり、と紙が破けた。
反射的に指が鈴から離れる。ああ不味い、終わるまで指を離してはいけないのに。
「ひっ」
破けた紙の隙間から、真っ黒な瞳が覗いている。誰かが私の足を掴んでいる。
誰、誰の手だ、誰か隠れていたとでもいうのか。そんな訳はない、ちゃんと『りょうじんさま』を始める前に確認したのだ。
では、誰の手だというのか。
154: ◆bEw.9iwJh2:2017/4/27(木) 05:26:16 ID:XN1gQfBILc
「**さん?まだ残ってるの?」
こちらの声が聞こえたのだろう、廊下の向こうでドアを揺さぶりながら私の名を呼ぶ。
『りょうじんさまには名前を教えちゃダメなんだって』
−−ああ、もうだめだ。
紙の破れ目から覗いていた瞳が消え、代わりに青白い腕がずるりと伸びてくる。私の首を物凄い力で掴む腕を振り払おうとするが、僅かも動かず息が出来ない。
霞んでいく意識と視界の中、
《よりわらがおみなこならば、われのひめにいたそうか》
…………そんな声が聞こえた。
155: ◆bEw.9iwJh2:2017/4/27(木) 05:43:24 ID:XN1gQfBILc
漸く開いたドアの向こう、クラスメイトの声が聞こえたはずの教室の中。
そこには誰の姿もなく、ただ机の上に破れてぐちゃぐちゃになった紙一枚と、壊れた鈴があるだけだった。
「『りょうじんさま』って知ってる?」
「一人でやらないといけないんだって」
「名前を知られちゃいけないんだって」
「もしやってみたいなら、気を付けた方がいいよ」
「名前を知られると、女の子は『りょうじんさま』に連れて行かれちゃうから」
156: ◆bEw.9iwJh2:2017/5/24(水) 22:13:26 ID:1fPQQ0J6mM
『たくさんのからっぽ』
計測した体温を手帳に書き込み、ゆっくりとベッドから起き上がって欠伸を一つ。
まだ夢の中だろう彼を起こさないように、静かに寝室のドアを開けて洗面所へと、少し寒い廊下をぺたぺた歩く。
夜明けの光が洗面所の小窓から差し込む。太陽の黄金色が、瞼越しでも眩しい。
楽しくてちょっとだけ憂鬱な、一日の始まりだ。
157: ◆bEw.9iwJh2:2017/5/24(水) 23:08:33 ID:Gv09HI1T.U
「…うん、分かってるって。次の休みにはそっち行くから」
お弁当を作っている最中、電話に出てみると母からだった。
姓が変わってからずっと、実家にはお盆だの正月だのしか帰っていないから、最近はこうして掛けてくる電話の数が増えている。
別に姑や舅の方を優先している訳ではない。ただ、聞きたくない言葉を避けているだけだ。
「今、長電話出来ないから。じゃあね」
受話器を置き、台所に戻ってコンロの火を点ける。鮭の切り身が焼けていく匂いが空腹を刺激する。
「おはよー、朝ご飯は…魚かあ」
「おはよう。寝癖ちゃんと直した?」
158: ◆bEw.9iwJh2:2017/5/25(木) 00:06:46 ID:eONCqHXpI6
昼過ぎ。予約していた病院の待合室で、持参した小説のページをめくりながら呼ばれるのを待つ。
大きなお腹に幸せそうに手をやりながら歩いている女性が視界の端に映り、途端に気分が重くなった。
………どうして、
同じ女なのに、どうして私は、
こんなにも待ち望んで、頑張って苦痛に耐えて治療している、のに。
叫び出したい思いを、目を閉じて沈めた。
159: ◆bEw.9iwJh2:2017/5/25(木) 00:24:22 ID:Gv09HI1T.U
夜。ご飯もお風呂も終わって、あとは。
−−けれど、そんな気分にはなれなくて。
「疲れてるみたいだから、今日は早めに眠ろうか」
優しい声と一緒に明かりが落ちる。丸い光の残像が、溶けるように消えていく。
この人は、優しい。
私の所為なのに、責めない。
お義母さんもお義父さんも、仕方がないと、こればかりは授かり物だから、と。
私の両親とは反対に。
「……ごめんなさい」
いつか。
からっぽの私に、このたくさんの優しさが、宿ってくれるようにと。
平らな自らの腹を撫で、眠りについた。
160: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 01:35:25 ID:AU/oBEF7ww
『入らずの間』
「この部屋には、決して入ってはいけないよ」
幼い頃、初めて祖父母の家に両親と一緒に訪れた時、飴色の襖の引き手を撫でながら祖母がそう言った。
どうして?と首を傾げながら尋ねると、
「この部屋に住んでる人がね、たいそう気難しくてね。知らない人が部屋に入ろうとすると、怒ってしまうんだよ」
だから、お前はこの部屋には入ってはいけないよ、と祖母は厳しい顔で言った。
161: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 01:57:50 ID:pw.yP2yUHA
あれ、この家は祖父母だけが住んでいるのではなかったのか、と不思議に思ったが、きっとテレビドラマで見た居候とかいう人がそこにいるのだろうと私は納得した。
古くて大きな家を探検してみたかったけれど、すぐに私は川遊びや野草の押し花作りに夢中になり−−結局その部屋には近付く事すらなく、自分の家に帰ったのだった。
それから何度か遊びには行ったけれど、私は祖母の言い付けを守り続けた。
怒られるのが嫌というのもあったが、その部屋の近くを通ると訳の分からない苦しさがして、禁を破る気にはなれなかったのだ。
そうして、何年過ぎた頃だったか。
祖母が亡くなった。
162: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:16:10 ID:xw6rP73Pa2
喪主を務める母が親戚の女性達と忙しそうに家中を歩き回り、弔問客に挨拶をして食事を出す。
「父さん達は手伝わないの?」
ご飯の準備や後片付けをしている母達とは対照的に、父や祖父達はただ座敷に座っていた。
そういえば、何故喪主は母なのだろう。
祖父はまだ頭もしっかりしていて、体の何処も悪くないというのに。
疑問が顔に出ていたのだろう、父は決まり悪げに微笑して、
「この家は男があまり好きじゃないからな。お義母さんが亡くなって機嫌も悪いだろうから、これ以上損ねないようにしないといけないんだ」
そう言った。
163: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:28:11 ID:Ns7pzH0A7A
この家。
この家とは、どういう意味だろうか。
ますます疑問が増えたけれど、誰に問い掛けてもきっとちゃんとした答えは返らない気がして、私は顔を伏せた。
祖母の遺言には、叔母が次の家持としてこの家に入るように、と奇妙な文言があった。
164: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 02:41:15 ID:Ns7pzH0A7A
叔母とはあまり話した記憶はないが、物静かな人だったと思う。
祖母の四十九日を終えたその夜、叔母はそれまで住んでいた家を引き払い仕事も辞めて、あの大きな屋敷に移り住んだそうだ。
「すまんなぁ、わしには何も出来ん」
「いえ……お母さんも、ずっと頑張ってたから。それに、誰かがやらないと」
そう叔母と祖父が話す声が、耳に残った。
165: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:01:03 ID:xw6rP73Pa2
……………
あれは何年前の事だったろう。今、私は叔母の葬式に参列している。
やはり男連中は座敷から動かず、動けず、私を含めた女性陣が葬儀の手配やら弔問客への挨拶や食事やらをしている。
そんな中、先日結納を済ませたばかりの彼が、居心地悪そうに正座した足をもぞもぞと動かしているのが台所から僅かに見えた。
ああ、式の日取りをこれから決めるところだったのに、と申し訳ない気分になった。
「次の家持は誰になるんだろうね」
「可哀相に、こんな家に生まれさえしなければ」
「しっ、そんな事言うもんじゃないよ。《あれ》に聞かれたらどうするんだい」
漆器に料理を盛りながら、母と遠縁の女性がそんな会話をしている。
166: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:19:01 ID:xw6rP73Pa2
「あら、器が足りないわ」
「あ、じゃあ私が取ってきます。三番目の棚ですよね」
「ごめんね、お願い」
歩く度に軋む廊下を進みながら、私は亡くなった祖母と叔母の事を思い出す。
この家に縛られて亡くなった二人。
いや、そもそもどれほどの女性がこの家に飲み込まれたのだろうか。棄てようとは思わなかったのだろうか。
「…馬鹿だ、私」
−−それが出来ていれば、みんなとうの昔にしていただろうに。
167: ◆bEw.9iwJh2:2017/6/23(金) 03:39:30 ID:xw6rP73Pa2
棚から漆器を出し、台所へと戻る途中。
あの部屋の襖が僅かに開いているのが見えて、驚きに危うく漆器を取り落としそうになった。
誰だ、開けたのは。
いや、それとも、中からか。
入りさえしなければ大丈夫なはず、と器を床に置いて恐る恐る部屋へと足を進める。
今までぴったりと閉ざされていた襖の向こう、僅かに覗く部屋の中から、
《次は、貴女》
《可愛い子、これで寂しくない》
《一緒にいるあれは、我慢してあげる》
《おいで、こっちに》
そんな幾つもの声と共に、たくさんの瞳が私をじぃっと見つめて笑っていた。
168: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 01:34:36 ID:ky0ZuqYOrA
『繰り返す夢』
「違う、あの人はそんな事言わない」
そう言って少女はざくり、と心臓を抉る。
鼓動が完全に停止する前に『彼』は白衣を着たスタッフに取り囲まれ、焼却炉へと運ばれて投げ込まれた。
血塗れのナイフを握り締め、だんっ、だんっ、と床を踏み鳴らして少女は苛立った声を上げる。
「違う!あの人じゃない!どうして、何で違うの!何が違うの!」
169: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 01:58:27 ID:SA2aCmnvZw
何名かのスタッフが少女に駆け寄り、ナイフを取り上げてから宥める為の言葉を繰り返し口にする。
床に広がった血溜まりを、清掃ロボットが無感情に無感動に掃き清めてゆく。
ぜえぜえと息を荒くしながら、
「次は、次の次は、あの人なのよね…?」
幾つものクローンの眠るカプセルを前に、懇願するような諦念のような言葉。
170: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/5(水) 02:07:53 ID:CBHiyoo4lc
そんな『彼女』の姿を見ながら、
(………みんな、僕なのに)
好き嫌いも趣味趣向も、永遠に変わらないものだと信じて疑わず。
少しでも己の求める存在と違うと思えば凶刃を振るい、目的を見失った少女の姿に、
−−次の僕も殺されるのだろうな、と思いながら、少年は『次』の体の瞳を開いた。
171: ◆bEw.9iwJh2:2017/7/24(月) 00:34:27 ID:CBHiyoo4lc
『優先順位』
×月×日
主人がケーキ屋に私の誕生日ケーキを特別注文したと言う。
私は主人とは違って食べられない物が色々あるから、大切にされているのだと実感して嬉しくなった。
×月×日
うっかり主人の机の上の本を床にぶちまけてしまった。
さすがに温厚な主人も怒るだろうと叱られるのを覚悟していたが、仕方がない、倒れるまで積んでいた自分がいけないんだ、と優しく頭を撫でられた。
怒られるよりつらくなった。
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