『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
2: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:39:13 ID:HhoWsFjMjM
「手紙…誰からだ…?」
僕は封筒を裏返して差出人の名を確認しようとする。けれど、名前どころか住所も記されてはいなかった。
「…………」
こういった手紙には、ろくなものがない。
けれど、宛名の字になぜだか懐かしさを覚えて僕は封を切った。
3: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:45:58 ID:VTSHWpWAVQ
錆びたカッターナイフがざりざりと封筒を開いていく。
鉄錆の臭いが鼻先に届き、ふと頭の片隅をがりがりと引っ掻かれるような感覚に戸惑う。
青いインクにところどころ染まった便箋が一枚、あった。
4: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:56:51 ID:2SmBjDZddk
『元気ですか?
もうすぐ私は、むこうに行くようです。
覚えていますか、私のこと。
忘れていても構いません。
ただ、君にだけはほんとうのことを話しておきたかった。
あの日、君に悪戯をしたのは私。
5: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:03:31 ID:HhoWsFjMjM
楽しかったね、あの夏。
花火をして虫取りをして、私は君が捕まえたカマキリに悲鳴を上げました。
だから、仕返しに君が驚くところをほんの少し見たかっただけなのです。
ごめんね、あの肝試しの夜、』
6: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:09:36 ID:HhoWsFjMjM
…そこで文は終わっていた。
蝉の鳴き声が耳にうるさい。
買ってきたカップアイスが溶けていく。
「…お姉ちゃん?」
そう呟いた時、電話がけたたましい音を立てて鳴り響いた。
7: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:23:13 ID:2SmBjDZddk
電話は母からだった。
親戚の**が亡くなったと、そう告げる電話だった。
半ば上の空で言葉を交わし、受話器を置いて振り向いた先には。
封筒も便箋も、何もなかったかのように、インクの匂いとカッターナイフの鉄錆の臭いだけ残して。
「…お姉ちゃん」
ごめんね。
僕は、お姉ちゃんが驚く顔が見たかっただけだったんだよ。
あの夏、あの夜、僕が喘息で倒れたのはお姉ちゃんのせいじゃないんだ。
ただ、僕は。
8: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 04:29:42 ID:VTSHWpWAVQ
「…お姉ちゃん、ごめんね」
大好きな、でも手の届かない年上のあなたに、僕のことを少しでも覚えていてほしかったんだ。
溶けたアイスの甘い匂いが、過ぎ去った夏の日を忘れるなと、僕を責めていた。
9: 名無しさん@読者の声:2016/10/18(火) 23:20:58 ID:0zNVw1D.MU
支援
10: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 01:00:13 ID:VTSHWpWAVQ
短編を思い付くままに書き綴るSSです。
書きためせずに考えながら書いてますので、投稿時間のばらつきはご容赦下さい。
支援、ありがとうございます。
11: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 01:17:35 ID:.YQl3liASQ
『放課後デビュー』
めでたく高校に合格、入学した。
どの部活に入ろうかと廊下に張り出されている勧誘チラシを凝視し、僕は腕組みをする。
やはり内申書に有利なものがいいだろうか…でも、運動神経悪いからなあ、なんて考えながら文化部のチラシを順繰りに読み進めていく。
「…何だ、これ」
カラフルで趣向を凝らしたチラシの中、藁半紙にマジックで書き殴られただけの、酷く簡素なものがあった。
12: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 01:30:22 ID:HhoWsFjMjM
【放課後有効無為活用倶楽部】
字面からは何の部活−−部活なのか?−−をしているのか、さっぱり読み取れない。
活動内容の説明もなく、入部希望者は以下の場所か部長のクラスまで、とだけしか書かれてはいなかった。
いったい何なのだ、これは。
怪しさしか感じられないその藁半紙に顔を近付け、何度も読み返してみたが、やはり活動内容の推測は出来なかった。
13: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 01:39:35 ID:HhoWsFjMjM
「君、入部希望者かい?」
背後からそんな声と共に肩に手を置かれ、僕は驚きのあまり飛び上がった。
振り返ると、ネクタイの色からして二年生らしい眼鏡をかけた男子生徒が立っている。
藁半紙を読むのに集中していたせいだろうか、足音に気付けなかったみたいだ。その二年生は僕の顔とネクタイを交互に見、
「で、入部するかい?」
そう言ってポケットから入部届だろう紙を寄越してきた。
14: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 01:51:35 ID:.YQl3liASQ
つい反射的に受け取ってしまう。
受け取ってしまった手前、いいえ違います、とは言いづらい。陽が暮れてきたのか、廊下の床板が少し朱く染まり始めているのに気付く。
「あ、あの、」
「何かな」
二年生は柔和な表情で、少し首を傾けた。
「…この、放課後…なんとかって部活、何の部活なんですか」
早口言葉のような部活名だな、と思った。
15: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 02:00:27 ID:2SmBjDZddk
「何の部活…か。うん、まあ、もっともな質問だね」
「文化部、ですよね?」
「一応ね。まあ、たまには運動部並に体を酷使する日もあるけど、滅多にないから安心していいよ」
いや、安心ポイントはそこじゃない。
二年生は、うーん、と唸りながらこめかみに人差し指を当てて、
「まあ、簡単に言うと、『退屈な日常を打破する為の部活』かな」
更に訳の分からないことをのたまった。
16: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 02:12:40 ID:.YQl3liASQ
何なのだ、その活動内容は。
どうして学校がそんな得体の知れない部活動を許可しているんだ。
疑問が次々と湧き上がる。
−−だが、
「楽しい、ですか?」
「勿論。でなきゃ部活が存続出来やしないだろう?幽霊部員もうちにはいないしね」
これでも学校創立時からの歴史ある倶楽部なんだよ、と。
二年生はそれは愉しげな顔で言う。
17: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/19(水) 02:34:36 ID:2SmBjDZddk
……………。
僕は、
(何を考えてるんだ)
鞄から筆記具を取り出し、入部届にがりがりと学年氏名を記入し、
書き終えたそれを二年生、いや先輩に差し出して、
「−−宜しくお願いします」
何だかよく分からない、訳が分からない不明瞭な部活に入ることを決めた。
先輩は入部届を受け取ると、
「ようこそ、【放課後有効無為活用倶楽部】へ」
そう言って、片目を細めて笑った。
18: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/20(木) 13:19:50 ID:.YQl3liASQ
『月に吠える』
自室の壁にもたれかかり、煙草に火を点ける。メンソールの冷たさが、吸い込む冬の空気を更に冷却していく。
ストーブの燃料は今朝方に尽きてしまい、新しく注文しようにも懐には冬将軍が頑固に居座っていた。
バイト代が入るのは、来週である。
じゃあ布団に潜って暖を取ればいいじゃないかという話なのだが、灰を落としてしまった時に焦げ跡を作った事があったので、彼女が置いていった膝掛けで何とかしのいでいる。
部屋には、俺以外に誰もいない。
19: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/20(木) 13:30:37 ID:HhoWsFjMjM
いったい直接の原因は何だったのか、未だに俺には飲み込めていない。
ただ、去り際に彼女が吐き捨てた言葉が、独りになるとぐるぐると頭の中を巡るのだ。
カチリ。二本目に火を点す。
指先が冷たい。
《結局あなたは、自分が一番大事なんじゃない。二番目だって、私じゃないじゃないの》
「……………」
大切にしていたつもりだったのに。
記念日だって忘れないように祝ったし、家事だって出来るだけ頑張っていたつもりだったのに。
20: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/20(木) 13:37:39 ID:2SmBjDZddk
つもり、つもり。
浮かぶ自己弁護は、つもり、だらけだ。
《あなた、何にも分かってないのよ》
じゃあ、どうすればよかったんだろうか。
尋ねたい相手は、合い鍵を俺に投げつけて先週に部屋を出て行った。
口の中が煙草とは違う苦さで満たされていく。半分まで灰になった煙草をくわえたまま、俺は立ち上がった。
21: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/20(木) 13:52:21 ID:HhoWsFjMjM
安普請のアパートの窓を開け、室内に飛び込んでくる冷気に構わず空を見上げた。
月が、出ている。
かつて彼女にプレゼントしたピアスの色によく似た青白い月が、街を静かに照らしている。
静かな夜に似合いの、冷たい月だ。
「…あー、」
怒りでも未練でも悲しみでもないこの感情のやり場をどうしたらいいのか、少し考えてから、
俺は夜の街に、言葉にならない叫び声をあげた。
くわえていた煙草が、窓の下に積もっていた雪に落ちて埋もれて、消えた。
22: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 16:40:32 ID:HhoWsFjMjM
『ほしいもの』
「知ってる?放送室の話」
「知ってる?夕方に出るんだって」
「知ってる?まゆこさんのお話」
「知ってる?願い事を叶えてくれるらしいよ」
「でも、絶対に」
「まゆこさんのお願いは、聞いちゃ駄目なんだって」
見付からない。私のケータイのストラップが見付からない。
紐が切れちゃったのかな。古い物だから、もう塗装も半分剥がれちゃってるし。
でも、あれは大事な物なんだ。
23: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 16:50:43 ID:.YQl3liASQ
教室の中、移動教室で行った先、今日は体育はなかったから、あとはどこだろう。
思い付く場所は全部探して、最後に辿り着いたのは放送室だった。
放送部の友達に頼んで借りた鍵を差し込む。がちゃりと横に捻ってドアを開けた。
「えー、夕方に放送室行くの?勇気あるね、まゆこさんの話知らないの?」
知ってる。
夕方、放送室に出るっていう、願い事を叶えてくれる幽霊のお話。
でも、私はそんなの信じてないもの。
24: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 17:00:46 ID:HhoWsFjMjM
壁に並べられたパイプ椅子やマイクやよく分からないスイッチ類をちらりと見てから、私は床に這いつくばってストラップを探し始めた。
とても大事な物。大切な物。
私の、幸せだった頃の家族の思い出。
「どこ…どこに行ったの…?」
狭い部屋の中、ぶつぶつ呟きながらひたすら探す私の姿は、端から見るとさぞかし気味が悪いんだろうな。
でも、ここには私しかいないから。
25: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 17:14:04 ID:.YQl3liASQ
どれくらいの時間、探したんだろう。
やっと見付けたストラップ−−ほとんど目鼻立ちが分からなくなっている小さなウサギ−−は、やっぱり紐の部分がぷつりと切れてしまっていた。
家に帰ったら、どうやって直そうか。
そう思いながら立ち上がり、さて教室に戻らないと、とドアの方を向くと。
−−−いつの間に入ってきたのだろう、長い髪の女の子が立っていた。
(あれ…ドアの開く音、したっけ…)
夢中で探していたから、そんなの覚えてないし気付かなかったかも知れない。
女の子は、長い髪を揺らして、ゆっくりとこちらに向かってくる。
26: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 17:23:51 ID:VTSHWpWAVQ
てっきり、私と同じように探し物を取りに来たのだろうと思い、放送室を出ようと歩きかけた時、
《おねがいは、なぁに?》
耳元で透き通った声が響いた。
がしり、と。
ストラップを持っていない方の腕を掴まれる。なに、この子の手、凄く冷たい。
日本人形みたいに整った顔立ちの女の子。その顔がぐぅっと近付き、
《おねがいは、なぁに?》
確かに、そう囁いた。
27: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 17:35:52 ID:HhoWsFjMjM
まさか。嘘だ。
だってあんなのはただの噂、よくある学校の怪談。
でも、今、夕方の放送室で、私の目の前にいるこの女の子は、
「………まゆこさん?」
私が掠れた声で呟くと、女の子は−−まゆこさんは、口元を三日月のように歪めて笑った。
背筋がぞわっと怖気立つ。
掴まれた腕を振り払い、ドアに駆け寄る。けど、幾らガチャガチャ動かしても、ドアはびくともしなかった。
鍵は掛けなかったはずなのに。
友達から借りた鍵を試しに差し込もうとしても、それは途中で詰まったかのように入らなかった。
カツン、カツン、と。
背後から足音が迫ってくる。
28: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 17:49:42 ID:2SmBjDZddk
他に出口は−−そう考える暇もなく、また同じ腕を掴まれた。
「ひっ…!」
《おねがい、なんでもかなえてあげる。かなえてあげるよ?》
たとえば。
たとえば、あなたの死んだ妹だって、連れてきてあげるよ。
まゆこさんの口が、そう動いた。
妹。私の大切な、大切だったあの子。
このストラップをくれた、優しくて明るくて、宝石みたいにキラキラしてたあの子。
今はもういない、私の妹。
29: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 18:03:29 ID:.YQl3liASQ
「…ほんとに、何でも叶えてくれるの?」
まゆこさんは、こくりと頷いた。
なら、あの子に会いたい。妹に会いたい。
《それがあなたのおねがいなのね》
ぎちり。
掴まれている腕に、指が食い込む。
《じゃあ、わたしのおねがいも、きいてくれる?》
まゆこさんのお願い?何だろう。私に叶えられる事なんだろうか?
《うん、あなたにしかかなえられないことだよ》
いいよ、あの子に会えるのなら。
……………………。
30: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/21(金) 18:11:37 ID:2SmBjDZddk
「−−続いてのニュースです」
「××県公立××高校内で女子高生の遺体が発見されました」
「遺体の腕は片方が切断、行方不明になっており、警察では殺人事件の可能性もあると−−」
《うふふ、うふふ》
《きれいなうで、わたしのうで》
《おねがいきいてくれてありがとう》
《むこうでいもうとにあえるんだから、わたし、うそはついてないよね》
「知ってる?放送室の話」
「知ってる?夕方に出るんだって」
「知ってる?まゆこさんのお話」
「知ってる?願い事を叶えてくれるらしいよ」
「でも、絶対に」
「まゆこさんのお願いは、聞いちゃ駄目なんだって」
「まゆこさんに、体のどこかを取られて死んじゃうからなんだって」
31: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 16:03:25 ID:2SmBjDZddk
『トンネルの中』
「何度も言いますが、ここは私の住処なんです、新参者め」
「だから他にいい場所紹介するって言ってんだろーが、ババア」
「女性にババア呼ばわりとは…あなた、童貞で人生終わったんですね、惨めな」
「童貞ちゃうわ、大人の店くらい何遍も行っとるわ」
「あらあら、素人童貞というヤツですか、プークスクス」
「ぐっ…言い返せない…」
32: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 16:29:51 ID:HhoWsFjMjM
「大体、工事予定もなく肝試しに来るような愚か者は滅多に来ない、こんな素敵な場所を、どうしてたかだか死んで数年っぽっちの餓鬼に私が譲らねばならないのですか。年上を敬えと教育されなかったのですか」
「見た目ガキはあんたの方だからな!?生きた年数なら俺の方が上だぞ!?」
「ふっ、ならば幼女に地上げを迫る穀潰しと言い換えましょうか」
「こんな性格悪い幼女嫌だ」
「あなた、女に幻想を抱いて童貞をこじらせたのですね…哀れな…」
「童貞言うな!しつこいわ!なら、そっちこそ処女じゃねーのかよ」
「当たり前ではないですか、ようやく禿を終える頃でしたのに」
「禿…はげ?」
「禿(かむろ)です。色街も知らないとは」
33: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 16:44:51 ID:VTSHWpWAVQ
「おいやめろ、その可哀相なものを見る目をやめてくれ、心に刺さる」
「近代の若者は学び舎にて学問を修める好機を自ら捨てる者も多いと聞きましたが…嘆かわしい…」
「今の学校で遊廓の仕組み教える先生いたら、PTAから苦情きてクビだっつうの」
「人の世の明暗を知らずして成長など片腹痛し。…まあ、私のような子供がいないのならばよいのですがね」
「…ん、まあ、確かにな…」
「飯盛り女で童貞捨てた男に同意されたくはないですけどね」
「だから童貞うるせえよババア」
34: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 17:00:55 ID:VTSHWpWAVQ
「−−さて、下らぬ事を話しましたが」
「何だよ、ようやく場所譲ってくれんのかよババア」
「誰が譲るか童貞」
「じゃあ何だよババア」
「久し振りに愚か者共がやってきたようですよ、童貞」
「−−お。マジだわ、めんどくせぇ」
「では、一時休戦と参りましょうか」
……………
35: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 17:33:57 ID:2SmBjDZddk
車の止まる音と共にヘッドライトが消え、懐中電灯を手にした若者が数人、車から下りてくる。
「マジでこのトンネル出るの?すっげーボロいじゃん」
「ばっか、新築に幽霊出る訳ねーだろ?しっかし汚ぇなあ」
「女の子の幽霊ってネットには書いてあったけど、事故とか殺人事件とかソースないし。ビミョー」
あまり怖がる風でもないその集団は、古いトンネルの入り口に立つと懐中電灯を中に向けた。
照らし出された壁には落書きの数々や染み、路面には雑草がぼうぼうに生えている。
昼でもたいそう薄気味悪いだろう場所だ。
「ね、ねえ、トンネルの向こう行って戻ってくればいいんだよね?」
さすがに少しは怖じ気づいたらしい女性が僅かに震えた声で言う。
「ああ、それで−−」
「きゃああっ!」
36: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 17:52:47 ID:2SmBjDZddk
突然背後から悲鳴が上がる。
トンネルの方を見ていた数人が振り返ると、その視界の先には、
《私と遊びにきたの…?》
《何で遊ぼっか、お姉ちゃん達》
《そうだ、お手玉しようよお手玉》
《お姉ちゃん達が負けたら、新しいお手玉、頂戴?》
真っ黒な眼窩からぼたぼたと血を滴らせ、片手に目玉を二つ載せた少女が立っていた。
「うわあああっ!」
「やだ、こっちこないで、こないで、」
集団は手近な逃げ場−−トンネルの中に走り出そうとする。
だが、しかし。
37: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 18:09:37 ID:VTSHWpWAVQ
ずるり、ずるり、と。
トンネルの中から何かが這いずってくるような音がした。
「こ、今度は何なんだよっ!?」
男が懐中電灯の光を向ける。
そこには体の半分が削れて内臓が零れ落ち、全身血塗れの男性が路面を片腕だけで這いずっていた。
《車…俺を、轢いた、車、どれだ…?》
《誰、誰、誰、誰》
《お前かお前かお前かお前かお前か》
血塗れの男性は半分だけの顔で嗤いながら、物凄い速さで近付いてくる。
「やだやだ、来なきゃよかった、いやああああ!」
「早く逃げるぞ!」
肝試しに訪れた集団は這々の体で車に飛び乗り、猛スピードで廃トンネルをあとにした−−。
38: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 18:30:41 ID:2SmBjDZddk
……………
「目を填めるのが面倒臭いです」
「あれ、内臓ってこの並び順でいいんだっけか」
「その豆のような部分はもう少し下ですよ。…そうです、そのまま閉じて下さい」
「お、どーも。くそ、肝試しに来るとはリア充め爆発しろ」
「呪わずとも、どうせ今頃は車とやらの中で醜い争いになっている事でしょう」
「そっか。ひひ、ざまーみろリア充」
「これがおなごに袖にされ続けた男の怨嗟…恐ろしや…」
「うるせえババア。顎に血ぃ付いてんぞ、拭くからじっとしてろ」
「…ありがとう、ございます」
39: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/23(日) 18:45:03 ID:2SmBjDZddk
「さて、今宵は如何しましょうか」
「馬鹿共の相手したら疲れたなー」
「私も生きている人間の相手は久し振りでしたから、些か疲れたやも知れません」
「そうだろそうだろ。寝ようぜ」
「…眠る事が、出来るのですか。初めて知りました」
「ババアのくせに知らない事あんのか」
「童貞が生意気な。…新造様から習った、子守歌でも歌ってあげましょうか」
「ああ、宜しく、ババア」
「ええ、おやすみなさい、童貞」
40: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/25(火) 15:21:59 ID:HhoWsFjMjM
『一人酒、手酌酒』
恋をすると綺麗になるらしい。
女性ホルモンがどうとか異性を意識するから外見に気を配るし生活に張りが出るとか、そういう事で綺麗になるらしい。
何だそれ、随分とお手軽な美容法だよな。
「あー…今日も疲れたぁ…」
お肌の曲がり角を過ぎてすぐ、昔は安けりゃで選んでいた化粧水を厳選するようになった。
空気の乾燥は大敵、肌の手入れは念入りに、余計な肉は付けずに大切な肉は落ちないように。
でも、そんなもの、
「お酒お酒…あとおつまみ」
数年経ったら面倒臭くなってやめていた。
41: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/25(火) 15:33:22 ID:2SmBjDZddk
だってしょうがない。
面倒臭いのは大嫌い。頑張って作れるようになった和食洋食も、自分以外に食べる人がいない。
女子会?傷の舐め合いしながら牽制するような空気も面倒臭い。
なので、今の私は。
「やっば、大吟醸やっば。マジうまい」
お酒と煙草とアニメとゲームと−−まあ、嗜好品と二次元世界に生きている。
42: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/25(火) 15:53:24 ID:VTSHWpWAVQ
「あー、煙草我慢だわ、この味を濁らせちゃ勿体ない」
半額シールが付いたお惣菜の揚げ出し豆腐を一口。そして日本酒。
何この幸せ。
残業でくたくたになった体に染み渡って、スライムみたいに溶けちゃいそう。
…まあ、夕食すっ飛ばしてお酒呑んでるから、回りが早いのもあるだろうけど。
予約限定版で購入したアニメのBOXセット、これの包装を丁寧に解きながらセットして再生する。
「やっぱりバトル物はいいなー」
こないだ同僚にお勧めされた恋愛ドラマなんて、食堂で使い回されたパセリより無味乾燥だったしなあ。
43: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/25(火) 16:11:49 ID:.YQl3liASQ
テレビと私以外は静かな夜。
お酒のコップを傾けながら、ちょっとだけ考えてみる。
−−いつか。
いつか私が恋をして、付き合ったりなんかしちゃったりする日が来るとして。
自室に上げたら、やっぱりたちまちドン引きされてしまうんだろうか。
ゲームとアニメとフィギュアだらけだし、この部屋。
まあ、だとしても。
「…そんな男、こっちから願い下げだわ」
筋金入りのオタク部屋の真ん中。
私はお酒を喉に流し込み、ぷはっと大きく息を吐いた。
44: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 17:10:25 ID:2SmBjDZddk
『毒を食らわば』
消費した数は三発。
ポケットに突っ込んだ空薬莢の数を左手で確かめて、さてどうするかと考える。
(向こうさんが同業なんて聞いてねえぞ)
知らず眉間に力がこもるのを抑えて、深呼吸をした。
45: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 17:22:36 ID:HhoWsFjMjM
どうするかもなにも、受けてしまった依頼は今更反故には出来ない。
ましてや、すでに撃ち合いをした今なら尚更だ。くそ、調査の手抜きしやがって。あの情報屋は金輪際使わねえ。
(どうする、どう動く)
サイレンサー付きとはいえ、いつまでも一つ所でドンパチやってる訳にはいかない。
民間人に被害を出したら、その瞬間に全ては終わるのだから。
自分の呼吸音が酷く耳障りに思えた。
46: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 17:49:22 ID:.YQl3liASQ
互いに見えない睨み合いをする。
俺は向こうが動くのを待っているが、それは向こうも同じだろう。じりじりと時間だけが過ぎてゆく。影の形が、僅かに傾いていく。
…消耗戦は苦手だ。
苛々する。いい加減、煙草が吸いたい。
「−−クソが」
小さく呟いて、足を踏み出した。
47: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 18:06:19 ID:HhoWsFjMjM
向こうの気配が動くのを感じると同時にルガーをその方向に撃つ。
コンクリートにめり込む音がしたが、距離と位置を測る為の捨て弾だ、目標以外の人間に当たらなければ構わない。
…あとで薬莢と弾の回収はするけれども。
「めんどくせえ、マジめんどくせえ」
苛々が加速する。つくづく、この稼業に自分は向いていないな、と自嘲して。
「…見付けた」
僅かに見えた影の先に、もう一発撃ち込んだ。
48: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 18:23:35 ID:HhoWsFjMjM
「わー、美人。勿体ない。あー勿体ない」
でも依頼だからね、しょうがないね。
苦痛に歪む顔を見下ろしながら、両手にそれぞれ一発ずつ。薬莢は拾って、ポケットに。
消費した弾薬に見合う美人…で納得出来るかクソが。手の掛かる相手なんざ二度とゴメンだ、クソが。
ああもう、苛々してしょうがない。
49: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 18:31:28 ID:2SmBjDZddk
ルガーを収め、別のポケットから取り出したものを見た標的は、目を大きく見開いた。
うん、さっきの銃で撃たれて終わりだと思ってたんだろう。俺だって最初はそのつもりだったし。
でも、これだけ手間取らせてくれた相手だ。
今日は特別、ってヤツである。
どうせやるなら最後まで。俺の気の済む最期をあげようじゃないか。
50: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 18:50:46 ID:VTSHWpWAVQ
脇腹を爪先で転がして仰向けにし、角度を付けて口内に突っ込む。
こんな状況じゃなきゃエロい構図なんだがなあ。
「じゃあな、次はこんな人生選ぶなよ」
ガチリ、と撃鉄を起こして。
俺はブラックホークの引き金を引いた。
「…あーあ、勢いって怖いねー」
宿の階段を上がりながら、遠くで鳴り響くサイレンの音に俺は大きな溜め息をついた。
51: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/30(日) 19:00:27 ID:.YQl3liASQ
※ちょっと解説
ルガー(スターム・ルガーMk1)にはサイレンサー装着の為の専用パーツがあります。
こちらはオートマチックの銃。
ブラックホークはシングルアクション(自分で撃鉄を起こして引き金を引く)の銃。
リボルバーでマグナム弾を装填出来ます。
こちらもスターム・ルガーです。
52: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 20:05:44 ID:SaPfFQhN5M
『××ぼっち』
「寂しい?」
「別に」
「おなか空いた?」
「…多分、そうかも」
「じゃあ何か食べなよ」
「お菓子でいい?」
「駄目だよそんなの…ほら、部屋から出よう?」
空間に、声が響く。
53: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 20:17:13 ID:kvZJ1c/69U
「嫌よ。あの人達、嫌いだもの」
「でも、食べなかったらまた、大騒ぎされちゃうよ」
「…分かった。ちょっとだけね」
二階の部屋の扉が軋んだ音を立てて開く。
そこから出てきたぼさぼさ髪の女の子は、古びたうさぎのぬいぐるみを抱えて、階段をそろそろと降りていく。
時折、きょろきょろと周囲を窺いながら。
階下は彼女以外に誰もおらず、少女は冷蔵庫からラップのかかったおかずとおにぎりを取り出してレンジに入れた。
54: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 20:27:37 ID:kvZJ1c/69U
温まるまでの数分間、少女は落ち着きなく腕の中のぬいぐるみを何度も抱え直す。
温め終了のレンジ音を聞くや否や、少女はお盆に皿を載せて二階の自室にばたばたと帰還した。
「誰もいなくてよかったね」
「そうね。さ、食べましょ」
ぬいぐるみを隣に座らせ、箸を取って
「ね、ほら」
「…分かってる。…イタダキマス」
仏頂面で少女はそう呟き、食事を始めた。
55: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 20:48:47 ID:MS1/qmWxlE
食べ終えた食器を台所に持って行き、流しに置いて水に浸す。
テレビで見様見真似で覚えた歯磨きをし、少女はまた二階の部屋に戻った。
「ミントの匂いだ」
「イチゴ味は卒業したの」
「ちょっと大人だね」
「…口がすーすーして、水が冷たかったけどね。でもガマンしたわ、えらいでしょ」
「うん、凄いね、大人だ」
56: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 20:58:07 ID:KTecCmgJ/E
誉められて少女は少しだけ口元を緩めた。
それからうさぎのぬいぐるみを抱え、布団の上にごろりと寝転がる。
窓から差し込む光が眩しくて、少女は目をつむった。
「お外、行ってみたいな」
「あたしは嫌。このお部屋がいい」
「あの人達がうるさいから?」
「うん。変なにおいさせて、べたべた触ってくるんだもの。きもちわるい」
「嫌な触り方してくるのは、あいつだけだよ。他の人達は、心配してるだけ」
「でも、ママの悪口言ってた」
57: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 21:06:16 ID:SaPfFQhN5M
少女の言葉に、声の片方が押し黙る。
「ママの焼きそば食べたいなあ。あの四角いお肉、おいしいもの。ラーメンも好き。あっちの方が今のご飯よりおいしいのに」
「…でも、それは、」
「ママだけ帰ってくればいいのになあ…」
小さく溜め息をついて呟いたあと、少女はやがて静かな寝息を立て始めた。
58: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 21:37:39 ID:kvZJ1c/69U
……………
「本日未明、××県××市のアパートで傷害事件が起きました」
「被害者とはここ数年内縁関係にあったらしく、事件が起きた時刻に子供を性的虐待しているところを発見し逆上したとの事で−−」
「保護された××ちゃん(6歳)が育児放棄されているのではと、これまでに何度か児童相談所に通報がありましたが−−」
「ねえ、ママはいつ帰ってくるの?」
「お母さんはあいつをやっつけてくれたんだから、酷い事言わないで」
「あたしたち、ママ大好きだもの」
「お母さんは、駄目な大人に騙されてただけなんだから。…僕達は、家にいるのが好きなんだから」
59: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/5(土) 22:05:47 ID:KTecCmgJ/E
古ぼけたうさぎのぬいぐるみを抱き締めている一人の少女を前に、医師は相槌を打ちながらパソコンに症状を入力していく。
(イマジナリーフレンド…いや、統合失調症の対話性幻聴の可能性もあるな)
「先生、聞いてる?」
「パソコン使ってるから、忙しいの?」
「ああ、ごめんね。…その、お母さんがやっつけてくれたって、どうして?」
「え、ママがやっつけたの?ママはあたしをぎゅーってしてくれてただけだよ」
「…あいつ、お母さんに内緒で、いつも変なところ触ってくるから。だからお母さんが怒って、やっつけてくれたんだよ」
「………そうか、うん」
だが保護された状況と状態を鑑みるに、DID−−解離性同一性障害−−の疑いが濃厚だ。
医師はこれから準備しなければならない問診内容と、少女が置かれてきた環境に思いを馳せて、密やかに嘆息した。
60: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 21:30:45 ID:kvZJ1c/69U
『旧校舎の司書さん』
えーと、いつだったかな。
中間テスト終わった辺りだったかな。
購買で買ったメロンパン食べながら、何かいい暇潰しないか考えてた訳よ。
うん、あのクリーム入りのヤツ。
で、誰が言い出したか忘れたけど、旧校舎の探検しようってなったんだよね。
61: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 21:42:21 ID:SaPfFQhN5M
立ち入り禁止なわりにはロープしか張られてないし、玄関の鍵以外はガラッガラだしさ、これはもう忍び込まない方が馬鹿じゃね?って感じで。
で、夜の…七時は過ぎてたと思うよ。
みんなで懐中電灯とかキャンプ用のランタン持ち寄ってさ、旧校舎に肝試しに行った訳。
今考えると、馬鹿の極みだけどさ。
62: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 22:05:32 ID:KTecCmgJ/E
鍵の掛かってない窓から中に入って。
ちゃんと上履きを本校舎から持ってきて履き替える辺り、まだまだ小心者だったなぁ。
いや、床を汚してあとあとバレたらヤバい、ってのもあったけどね?
一階の教室から見て回ったんだけど、まあ、木造なのと机や椅子がない事以外は大差なかったっけな。
あ、掃除されてないから汚い、ってのがあったか。あとギシギシうるせーの。忍者屋敷の廊下みたいにさ。
63: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 22:13:18 ID:kvZJ1c/69U
ばあちゃんが「人の住まない家は傷みが早い」って言ってたけど、意味が分かった気がしたっけ。
…なに、前置き長い?
いやいや、ちゃんとどうしてそうなったかの説明しなきゃ分かりにくいと思ったんだけど。
あと、何で布団被ってんだよお前。
64: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 22:33:02 ID:KTecCmgJ/E
…まあとにかく、教室には変わった部分が見付からなかったから、じゃあ特別教室行こう、と。
音楽室とか化学室とか工作室とか−−そっちに進んだ訳さ。
けど、何にもねーの。
立ち入り禁止の旧校舎だよ?
ロマンの塊じゃん、幽霊の一つや二つ出ねえかなってみんな期待してたんだよ。
けど、何もねえんだよ。
音楽室の肖像画なんて、画鋲で目を光らせるイタズラだったし。何それっつーか。
65: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 22:39:36 ID:kvZJ1c/69U
みんなテンションがた落ちでさー…、それでも忍び込んだからにはコンプリートしようって変な意地張ってさ。
で、三階だったかな…図書室に入った。
うん、オチは読めるよな?
何もなかった。
俺以外にはな。
66: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 23:00:54 ID:MS1/qmWxlE
さっき、教室の机とか椅子がないっつったじゃん。でも、図書室には本が全部…かな?多分、全部だろ。棚に残ってたんだよ。
で、床が綺麗な訳。
こりゃ古い図書の保管場所にしてんだろな、って思ってさ、だから玄関しか鍵掛かってないんだな、と納得もしてさ。
じゃあ次行こうぜーとなったんだ。
俺は懐かしいラノベ発見したから、ちょっと借りてあとで戻せばいいか、って最後に図書室出ようとしたんだ。
67: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 23:13:16 ID:SaPfFQhN5M
そしたら、後ろから
《本をお借りでしたら、こちらで手続きをお願いします》
女の人の声がした。
肝試しのメンバーは男ばかりだったからな。やべ、とうとう出たかマジモンの幽霊、と。
とんとん、と肩を叩く手の感覚もする。
なのにさ、他の奴らは何も聞こえたり見えたりしてない感じに図書室出てっちゃう訳よ。
《貸し出しの手続きを》
俺の真後ろからはっきり声がしてんのに。
68: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 23:25:36 ID:MS1/qmWxlE
仕方ないから腹を括って振り向いたんだ。
すげー美人の女の人が立ってて、困ったような笑顔っていうのかな、そんな顔をしてた。
透けてたけどな。
そのあとはもう、場の空気に飲まれちまってさー…。
《期間はどれくらいですか?》
「あ、えーと、一週間…で」
《はい、ここにクラスと名前を》
自分でも何やってんだろうと思いながら図書貸し出しの手続きしてたね。
69: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 23:35:25 ID:kvZJ1c/69U
ひらひら手を振ってる女の人に反射的に礼をしながら、俺は旧校舎の図書室を出た。
先に探検してた奴らがお前何してたんだよって聞いてきたけど、何か秘密にしておきたくてさ、懐かしい本見付けて読んでたって嘘ついたんだ。
−−そんで、結局図書室以外には何も起こらずに、旧校舎の肝試しは終了した訳。
これが、俺が高校の夏に体験した話。
70: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/8(火) 23:46:23 ID:MS1/qmWxlE
あの女の人…司書さんって言うんだっけ?何者だったんだろうな。
幽霊がフツーに本の貸し出ししてるって、今思い出しても不思議だよな。
まあ、あの司書さんのおかげで本読むのが面白くなって、受験勉強とか少し楽になったけどさ。
……ん、旧校舎?
もうずっと昔に取り壊されたよ。
司書さんが成仏したのかどっか行ったのかは分からない。本校舎には出なかったし。
でも…
どこかの廃校で、今でも司書さんやってるんじゃないか、って。
俺はそう思ってるよ。
71: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/11(金) 06:26:59 ID:kvZJ1c/69U
『その名前は』
ぺたり、ぺたり、と鮮やかな色が丁寧にカンバスに載せられていく。
夕陽の射し込む教室、少女が独り。
同じ色を塗りたくられたカンバスは、布が少しくたびれてきたのか、少女が筆を置く度に僅かにその場所が窪んだ。
一心に、時に重ねて、載せられていく色。
72: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/11(金) 06:48:09 ID:SaPfFQhN5M
少女は筆を置き、ペットボトルの中身を呷る。ぬるい紅茶が喉を滑り落ちる。
ふう、と小さく洩れる息。
それから少女は使い込まれたペインティングナイフを手に取って、刃先を滑らせた。
73: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/11(金) 06:59:15 ID:MS1/qmWxlE
ぽたり、ぽたり、雫が緩やかに皮膚を伝い落ちていく。
落ちた先は、パレットの上だ。
赤い朱い紅いそれを、少女は持ち替えた筆先に含ませて、カンバスに載せた。
数日前に塗られた場所の色は朱を帯びた褐色に変化しつつあるが、今日筆を走らせた場所は、鮮やかな光沢を放っている。
74: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/11(金) 07:08:48 ID:kvZJ1c/69U
いったいどれくらいの色を載せたのだろう、ほぼすべてを同じ《絵の具》で塗り込められたカンバス。
それに尚も筆を走らせながら、
「ああ、なんて綺麗」
夕暮れの教室にたった独りで。
少女はうっすらと笑みを浮かべていた。
75: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 02:14:12 ID:kvZJ1c/69U
『本日も待ちぼうけ』
また失敗した。
オーブンの中から漂ってくる焦げた臭いに、思わず顔をしかめる。
これで何度目だろう、スポンジケーキはべしゃりと潰れて焦げ茶色になっていた。
冷めた頃合いを見計らって包丁を入れる。
………固い。
典型的な失敗作、だ。
76: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 02:35:40 ID:SaPfFQhN5M
仕方ないので焦げた部分は取り除いて細かく寸断し、冷蔵庫から取り出したヨーグルトの中に苺ジャムと一緒に入れてかき混ぜる。
苺ジャムの赤に染まっていくヨーグルトを見つめ、もうケーキ作りはやめようかと溜め息をついた。
飲みかけだった紅茶は温くなっていて、あまり美味しくない。
77: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 02:50:41 ID:kvZJ1c/69U
どうしてだろう、レシピ通りにしているのに。ネットで失敗しない作り方も検索しまくって、それなのに。
「…諦めろ、って事かな」
世の中、頑張っても出来ない事があるというけれど、それにしたってあんまりだ。
また溜め息をついて、ヨーグルトを一口。
78: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 03:14:32 ID:kvZJ1c/69U
最初はゼリー、次はクッキー。その次はなぜか白玉。羊羹や生チョコも作った。
全部美味しく作れたのに、この課題だけがどうしてもクリア出来ない。
この課題をクリアしないと、先生は現れてくれないのに。
「市販品じゃ駄目だしなあ」
市販のスポンジでショートケーキを作った時は、声だけのお叱りが飛んできたし。
79: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 03:29:11 ID:KTecCmgJ/E
…でも。
これが最後の課題なのだから、クリアしないと。やり遂げないと。
でないと先生はいつまで経っても私の卒業を認めてくれない。
いつまで経っても私のところに来てくれない。誉めてくれない。
「…せんせい」
いつまで経っても、向こう側にいけない。
80: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/18(金) 03:41:26 ID:KTecCmgJ/E
生徒が残らず課題をクリアしない限り、料理教室の扉は閉まらないのだから。
「不出来な生徒でごめんなさい、先生」
カラン、とスプーンを置いて容器を端に寄せ、テーブルにべたりと伏せる。
−−もうすぐで、先生が亡くなってから六年目の秋が来ようとしていた。
81: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 01:21:10 ID:kvZJ1c/69U
『恋愛を探偵する』
ノックスの十戒。
ヴァン・ダインの二十則。
ミステリの基本的ルールであり、時にミステリを縛り付け不自由にする約定。
でも、僕は叙述トリックも探偵が犯人でした、なんてラストも好きだったりする。
だがしかし。
82: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 01:32:20 ID:MS1/qmWxlE
僕の所属する部活の麗しい部長殿は、がちがちの古典派なのであった。
古典、本格、アンチミステリ何でも美味しく頂く僕とは正反対だ。
なので、部長と話しているといつの間にかミステリの定義についての論争が始まってしまい、よく他の部員達に呆れられてしまうのである。
83: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 01:48:16 ID:SaPfFQhN5M
「よくあんなに毎回討論出来るよなあ」
「内容も毎回違うしな」
「今日は部長が論破される方にポテトを賭けるわ」
「んじゃ、俺はその逆にシェイクを」
熱弁をふるう僕らの周囲で交わされる会話もまた、いつもの事で。
84: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 02:16:12 ID:MS1/qmWxlE
討論の途中で喉が渇き、手探りで飲み物を取ろうとすると、同じクラスの部員にコーラの缶を渡された。
部長も同じようにイチゴミルクの紙パックを副部長に渡されている。
………ボクシングのセコンドみたいだ。
そうして、下校のチャイムが鳴る頃。
本日のミステリ論議は僕の勝ちで終了した。
85: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 02:33:49 ID:KTecCmgJ/E
「…全く、推理小説の事となると君は頑固なんだから」
「その言葉そっくり返しますよ部長」
「可愛くない後輩だなあ」
「部長は可愛いですけどね」
そんな会話を交わしながら僕達はすっかり暗くなった帰り道を歩く。
部長はほんのり頬と耳を赤くしていて、つい十数分前までの凜とした姿とは別人のようだった。
86: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/24(木) 02:49:53 ID:kvZJ1c/69U
「日曜、部長の家行ってもいいですか」
「わっ、私の家!?いいいいけど、まだ、その、早いんじゃないかな!?」
「……じゃあ、映画とか買い物とかにしましょうか」
「う、うん、そうだねそれがいいよ私の部屋掃除してないし!」
別に掃除してなかろうが汚かろうが、僕は一向に構わないんだけど…。
恋愛に奥手すぎる部長の部屋への道は、どんな難事件を解決するより難しそうだ。
87: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 02:47:19 ID:MS1/qmWxlE
『つながらない言葉』
着信拒否の設定をして、アドレス帳から電話番号とメルアドを削除する。
これでもう、終わりだ。
いや、私の中ではとっくの昔に終わっていたのだ。あの人とは。
「…呆気ないなあ」
ケータイを手にしたまま床に寝転がる。
88: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 03:01:08 ID:SaPfFQhN5M
点けっぱなしのテレビはちっとも笑えないお笑い番組を垂れ流していて、でもチャンネルを変える為に起き上がるのはめんどくさかった。
蛍光灯が眩しくて、目を閉じる。
あの人が私に電話もメールも届かない事に気付くのはどれくらい先になるだろう。
忙しいのが言い訳か本当かは最後まで分からなかったから、考えるだけ無駄なんだろうな。
89: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 03:13:53 ID:kvZJ1c/69U
いったいどこで間違えたんだろう。
デートは割り勘にしてたし高いプレゼントもねだらなかったし、金銭面での負担じゃないはずだ。
奢るのが男のプライド、とかだったら別だけど、そんなのは最初に言えという話だし違うよね。
服のセンス、趣味の違い、好きなもの嫌いなもの…あと、何があるだろうか。
…色々原因を考えてみたけれど、自分に都合のいいようにしか思考が働かなさそうだから、やめた。
90: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 03:19:25 ID:KTecCmgJ/E
確かな事は、もう私からあの人に電話もメールもしないという事だけ。
それだけは確かだ。
………でも、それにしても。
恋愛の終わりって、こんなあっさりしたものだったかなあ…。
91: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 03:29:58 ID:kvZJ1c/69U
学生の頃は相手の挙動に一喜一憂して、泣いて笑って。
そんな恋愛をしていたのに。
大人になってした恋は、ついさっき完全に終わらせた恋は、
「…全然、悲しくないや」
ただ妙な空虚感を残しただけだった。
92: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 04:06:13 ID:kvZJ1c/69U
ごろごろ床を転がって冷蔵庫に辿り着く。部屋着だしこないだ掃除したし、まあ多分埃とか大丈夫だろう。
安い缶酎ハイを数本出して、のそりと上半身だけ起き上がった。
ぷし、と気の抜ける音と共にプルタブを引き起こして中身を呷る。
炭酸が喉に痛くてレモンが酸っぱかった。
93: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 04:23:05 ID:MS1/qmWxlE
缶の中身を半分くらい空けて、思う。
好きだと勘違いしていたのかも知れない。もしくは、途中から惰性になってしまったのを認めたくなかったのかも知れない。
色々楽しかったけど、でもそれだけだったら、二人でいる意味が違うのにね。
94: ◆bEw.9iwJh2:2016/11/29(火) 04:38:27 ID:kvZJ1c/69U
…酔った思考と感情が、つながらない言葉の羅列を頭の中に作り始める。
ああ、酒に弱いなあ、私。
「これが自然消滅ってヤツなのかな」
次の缶のプルタブを引いて。
この終わりを確実なものにする為に、電源を切ったケータイを床に放り投げた。
95: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 13:44:23 ID:FkjJxh.xuM
『花咲く頃に』
新しい鉢植えと苗を買った。
多肉植物は初めてだけど、日当たりの良い場所に置いているとすぐ光の方向に葉っぱが傾くので、何だか分かりやすい。
鉢植え…ユッカの方は葉っぱの縁がざりざりしている。乾燥に強いらしい。うっかり水やりを忘れても大丈夫、だろうか。
最後、クレマチスの苗。これは乾燥に弱いが初心者向けだそうだ。
さて、うまく育てられるだろうか。
96: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 13:56:12 ID:FkjJxh.xuM
ネットでユッカについて調べてみた。
…十数メートルに成長したユッカの画像が出てきた。何じゃこりゃあ!
…どうやら種類によって違うらしい。
成る程、だから幹がチョンパされた状態で鉢植えで売られていたのか、と納得。
白い花を咲かせるらしいが、果たして我が家のは咲いてくれるのだろうか?
97: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 14:10:01 ID:2X7Sn7osMQ
多肉植物について調べようと思ったが、品種名が書かれた札をなくしてしまった。
やっちまったぜ…。
仕方ないので多肉植物、でググる。文明社会は偉大だ。すぐ情報が出てくる。
ふむふむ、栄養のあげすぎにも栄養不足にも日光不足にも注意とな…。
「……………」
意外とめんどくさい植物だな!
98: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 14:31:14 ID:FkjJxh.xuM
最後にクレマチスでググった。
何々、最初は鉢植えにしてしばらく育てた方が枯れる危険性が少ない、と。
ふむ、虚弱なのか。でも成長すると繁殖力が旺盛で他の植物を駆逐するほど…。
脳内で擬人化してみた。虚弱ヤンデレに萌えたので、育成頑張ろう。
だが、我が家のクレマチスは種から発芽してあまり時間が経ってないヤツだ。
種から育てると花が咲くまで四、五年…。
先が長過ぎる。
99: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 14:57:00 ID:g/tnjEI7V2
……………。
「受付番号103番の方、お薬出来ました」
受付で診察料を支払ったあと、今月分の処方薬を受け取った。
「先月と同じお薬ですので」
症状はまだ快方には向かってくれていないらしい。お薬手帳も今ので何冊目になっただろうか。
「…なんか、美味いモンでも買うかな」
そろそろ昼時なので腹が鳴りっぱなしだ。
100: ◆bEw.9iwJh2:2016/12/3(土) 15:18:28 ID:FkjJxh.xuM
スーパーでセール品やら惣菜やらをかごに入れながら、考える。
我が家の植物のどれかが花咲く頃には、自分の症状も良くなっているだろうか。
もしくは、逆に、………。
「あー、腹減った」
早く帰って、朝やり忘れた水やりをしないといけないな。
さて、自分が生きていく理由を作る為に迎え入れたあれらは、この先どれくらいの効果をもたらしてくれるだろうか?
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