ーむか〜しむかし、とある場所で
234: ◆WjgYlacz.c:2016/7/14(木) 20:52:08 ID:QQwVJeRR3s
神娘「その口ぶりからするに…修行の定めを山神殿から聞いたな?」
村娘「はい…」
神娘「ならばこうも聞いているはずだ。『定めは絶対のものだ』と」
村娘「……」
神娘「駄目なのだ。この地を離れる選択をする事は私にはできぬ」
村娘「でも…」
神娘「本神になれなければ、私は消滅する!!」
村娘「…っ!」
神娘「修行にも時間の限りがあるのだ!そうなれば今までに重ねてきた全てが無駄となる!」
神娘「このような一時の感情で目的を見失うわけにはいかんのだ!」
村娘「か、神娘様…」
神娘「……すまん」
神娘「お前が私のためを思い、言ってくれているのは分かる」
神娘「だが、定めを破る事はできん。この感情も封じなければならんのだ」
村娘「そ、そんな…」
神娘「私はもうあやつに会わない方がいいだろう」
村娘「!」
神娘「達者で暮らせと…伝えておいてくれ」
235: ◆WjgYlacz.c:2016/7/14(木) 20:52:43 ID:QQwVJeRR3s
村娘「だ、駄目です神娘様!せめて、せめて最後くらい…」
神娘「ならぬ。会えばきっと、寂しくなるだけだ」
村娘「あっ、そうだ!男さんにこちらに来てもらうようお願いしてみるのは…」
神娘「それもならぬ。あやつの村はまだ開拓したばかりと聞いた」
神娘「男手が必要な時期だ。村を抜ける事はできないだろう」
村娘「…」
神娘「私の都合であやつをこれ以上振り回すわけにはいかん」
村娘「本当に…どうにもならないのですか…?」
村娘「このまま神娘様は自分の想いを封じて、生きていくのですか…?」
神娘「元々、私たちは離れ離れだったのだ」
神娘「私は私の、男は男の生きるべき場所で暮らす。元通りになるだけの事だよ」
村娘「……」
神娘「では、村娘。男のこと、しっかり見送ってやってくれ」
村娘「ま、待って…」
神娘「頼んだぞ」ザッ
村娘「待ってください!神娘様!」
神娘「…」スッ
タタンッ!
村娘「あっ…」
村娘「神娘様…」
村娘「うっ……うぅ…」
236: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:55:07 ID:KD3d6echOg
――――
―――
――
―
男「なんと…」
村娘「それで、あっという間に姿が見えなくなってしまって…」
山神「……」
村娘「私はこのままだなんて嫌です!」
男「もちろんです。探しに行きましょう」
村娘「はい!」
山神「…待ちなさい、二人とも」
村娘「山神様…?」
山神「あの子の気持ちも考えてあげて」
山神「目的のために自分の心を隠す事を神娘は選んだわ」
山神「今、あの子に会ってその選択を揺らがせて…どうするつもり?」
男「……」
山神「その事には何の意味もない。定めには逆らえないのだから」
山神「ただ神娘を苦しめるだけになるのよ」
山神「それでも行くと言うのなら…私は神として許すわけにはいかないわ」
村娘「ひ、ひどいです、山神様!」
山神「さて、どうするかしら?男さん」
男「……」
237: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:55:55 ID:KD3d6echOg
男「…山神様の仰る通りです」
村娘「お、男さん…!」
男「村娘さん。神様には神様の生き方というものがあります」
男「私の我がままでそれを邪魔だてするわけにはいきません」
村娘「そんな…」
山神「分かってくれたのね」
男「しかし…このまま別れる気もないです」
山神「何ですって?」
男「神様には恩があります」
男「神様がいなければ見ることも、感じることもできなかった事をたくさん受け取りました」
男「それに対して、私はまだ何のお礼も言えておりません」
山神「……」
男「山神様、もしこのまま神様と別れる事となれば」
男「私は死ぬまで後悔する事となるでしょう」
山神「……」
男「もし、山神様が本当に私に恩を感じていらっしゃるのでしたら…」
男「ほんの少しで良いです。神様とお話しをさせてくださいませんか」
村娘「男さん…」
山神「……」
山神「…なるほどね」
男「?」
238: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:56:47 ID:KD3d6echOg
山神「神娘が言っていた意味が分かったわ」
男「何ですか?」
山神「面倒な人間だこと」
男「…」
山神「この私が駄目だと言っているのに反抗してくるなんてねぇ」
男「いくら山神様の仰る事でも譲れないことはあります」
山神「そう」
男「山神様、お願いいたします」
男「神娘様の後ろ髪を引くような真似は致しません」
山神「…」
男「どうか、神娘様の居場所を教えてください」
山神「…」
男「…」ジリッ
村娘「…」アセアセ
山神「…うふふっ」
男「?」
山神「分かったわ。私の負けね」
男「山神様…」
239: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:57:33 ID:KD3d6echOg
山神「ごめんなさいね。脅かすようなことを言って」
村娘「や、山神様?」
山神「あなたの覚悟を聞きたかったのよ」
山神「私の事を押し退けてでも行くほど、伝えたい事があったのかどうか探りたかった」
男「そうだったのですか…」
山神「あそこにひときわ大きな木が見えるかしら?」
男「はい」
山神「あれはこの山で一番大きな杉の木」
山神「神娘はあそこにいるはずよ」
男「あそこに…」
山神「いい?さっきあなた自身が言った事は守ってね」
男「はい」
山神「長居しては駄目。言うべき事だけ言いなさい」
男「分かっております」
山神「私はあなたのこと信用する。だから…見張ったりはしない」
山神「しっかりと話してきなさい」
男「ありがとうございます。では…」タタッ
山神「行ってらっしゃい」
村娘「男さん、お気を付けて!」
240: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:58:33 ID:KD3d6echOg
タタタ…
山神「……」
村娘「…山神様」
山神「驚いた?」
村娘「当たり前ですよっ!」
山神「ふふっ、ごめんなさいね」
村娘「本当に山神様が向かってきたら勝てるわけないんですから」
山神「まあいざという時は…ね?」ニコッ
村娘「怖いです…」ゾクッ
山神「…でも、これで良かったかしら?」
村娘「?」
山神「結局、男さんと神娘は一緒には生きられない」
山神「そこはどうしても、私も譲るわけには行かなかった…」
村娘「…男さんも神娘様もそれで納得しているんでしたら、私に口出しできません」
村娘「本当は、一緒にいてほしかったんですけど…」
山神「あなたは本当に優しいわね」
山神「他人の幸せを心から願ってあんなに必死になれるのだから」
村娘「空回ってただけです…」
山神「うふふ、でもあなたのおかげで男さんに神娘の決意が伝わったのだから」
山神「決して無駄な空回りではなかったんじゃない?」
村娘「…そうでしょうか」
241: ◆WjgYlacz.c:2016/7/19(火) 20:59:17 ID:KD3d6echOg
村娘「…でも私、反省しなきゃ」
山神「?」
村娘「自分の感情だけで一人相撲して…神娘様の気持ち、少しも考えてなかった…」
山神「……」
村娘「いろいろ滅茶苦茶にしちゃうところでしたね…」
村娘「こんなので巫女なんてできるのかなぁ…」シュン
山神「…巫女。そうやって反省して改めていくのが人間よ」
村娘「山神様…」
山神「まだまだ未熟なのは当然。少しづつ成長していきなさい」
山神「大丈夫よ。あなたはちゃんと分かってる」
村娘「…ありがとうございます」
山神「ほら、あなたに湿っぽいのは似合わないわ!元気出しなさい!」バシッ
村娘「わっ!羽根で叩かないでくださいよ!」
山神「さて、転移の準備を進めるわ。巫女も手伝って」
村娘「は、はいっ!」
242: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:22:57 ID:Ist3L1G472
・・・・・・・・・
243: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:24:02 ID:Ist3L1G472
ヒュウウウ…
神娘「……」ボケーッ
神娘(やはりこの木の上は気持ちが休まるな)
神娘(昔も気疲れした時はよくここへ来たものだ)
神娘(それに、ここにいればあやつも見つける事はできまい)
神娘(…まあ、探しに来る事もないだろうがな)シュン
神娘(いや、寂しがってはいかん!寂しがっては…)ブンブン
「神様ーっ!!」
神娘「っ!?」ビクッ
男「神様ー!出てきてくださーい!」
神娘(なっ、なっ……)コソッ
神娘(なんであやつ、ここに…!?)
男「神様ー!」
神娘(…ま、まあいい。会わぬと決めたからには会わぬ)
神娘(このまま黙っておればあやつも諦めるだろう)
男「しかし高い木だ。この上にでもいらっしゃるのだろうか」
男「そうだとしたら…馬鹿と煙は高いところが好きだとはよく言ったものだ」
神娘「誰が馬鹿だ!」ガサッ
男「あっ」
神娘「あっ」
244: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:24:45 ID:Ist3L1G472
神娘(し、しまった…つい乗せられてしまった)
男「やはりいらっしゃいましたか!」
神娘「ぐぬぬ…」
男「神様、お話ししたい事があります!降りてきてください!」
神娘「は、話す事などない!さっさと立ち去れ!」
男「そんな事仰らずに!お願いです!」
神娘「やかましい!早く自分の村へ帰れ!」
男「このままでは帰れません!」
神娘「ふ、ふん!ならばそこでいつまでもそうしていろ!」ガササッ
神娘(…ほだされるな。このまま相手にしなければよい)
男「…隠れてしまった」
男「ふむ、降りてきてくださらないなら仕方ない」
神娘(…?何をする気…)コソッ
男「よっと」ガシッ
神娘「!?」
男「せいっ!」パシッ
神娘(あ、あやつ…この木を登っているだと!?)
神娘「ば、馬鹿!そんな事して、落ちたら死ぬぞっ!」アワワ
男「大丈夫ですよ…っと!」ギシッ
男「木登りなら昔から大の得意でしたから」ググッ
神娘「子どもの遊びと一緒にするな!」
245: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:26:41 ID:Ist3L1G472
男「要領は同じですって」
神娘「同じではない!すぐに降りるのだ!」
男「でしたら神様がこちらへ来てくださいよ」
神娘「ぐっ…そ、それは断るっ!」
男「では私の方から参るまでです」
神娘「あっ、あっ!そこの枝は脆くなっているぞ!」ハラハラ
男「おっと、ありがとうございます」スタッ
男「さて、そんな事を言ってる間に…あと少しですが」
神娘「……」ポカーン
神娘(あっという間にこんな高くまで…)
神娘「この化け物め」
男「はっはっは。何とでも仰って…」
ズルッ
男「うわっ!」ガシイッ
神娘「おい!」アセッ
男「お、落ちる…!神様、手をお貸しください…!」
神娘「……」
男「落ちたら死んでしまいます〜」バタバタ
神娘「…お前、わざとだろ」
男「ばれましたか」
神娘「本当にうっとおしい奴だ…」
246: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:27:20 ID:Ist3L1G472
男「…ふう〜、なかなかに良い運動でした」ヨイショット
神娘「はぁ…帰れと言ったのに」
男「無理やり帰らせようとすればできたと思うのですが」
神娘「うるさい黙れ」
男「いや〜良い眺めですね。このような大きな木に初めて登りました」
神娘「…何故ここにいると分かった」
男「山神様からお教えいただきました」
神娘「やはりか。まったく余計な事を…」
男「山神様に罪はありません。私が無理やり聞き出したのです」
神娘「…村娘からいろいろ聞いただろう」
男「はい」
神娘「私の気持ちはあの時言った通りだ」
神娘「お前には…来てほしくなかった」
男「申し訳ありません」
男「しかし、どうしても神様とお話しさせていただきたくて」
神娘「……」
神娘(どうせ、共に来てほしいとか言うに決まっ…)
男「神様、お別れの挨拶にあがりました」ザッ
神娘「えっ」
247: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:28:01 ID:Ist3L1G472
男「えって何ですか」
神娘「な、何でもないぞ。続けよ」
男「おほん、では…」
男「私は神様のおかげでこの数日、貴重な体験をする事ができました」
男「村の外へ出て旅をしたこと」
男「月を見上げながら野宿をしたこと」
男「幻影の村の中を歩き回ったこと」
男「何もかもが私にとって感慨深いことばかり」
神娘「……」
男「私はこの数日間の事、生涯忘れません」
神娘「…うむ」
男「いえ、この数日間の事ばかりではありません」
男「神様とお会いしてからの日々全て、忘れる事はないでしょう」
神娘「なかなかに濃い日々だったからな」
神娘「お前が頼みもしないのに漬物や猪肉を持ってきたこと」
神娘「採ってきた茸でひどい目にあったこと」
神娘「鰻を踊り食いさせられそうになったこと」
神娘「私も忘れられそうにないぞ」
男「割とひどい思い出ですね」
神娘「ほとんどお前のせいだな、うん」
248: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:28:30 ID:Ist3L1G472
男「神様、今日この日まで…」
男「本当に、本当にありがとうございました」ペコッ
神娘「…」
神娘「…お前に頭を下げられるような事、私は何もしておらぬ」
男「……」
神娘「以前も言ったが…お前から貰ったものが多すぎる」
神娘「このままお前に何の恩も返せず別れるのが心苦しいほどだ」
男「いえ、そのような…」
神娘「ここは素直に受け取れ。本当に感謝しておる」
男「ははっ」
神娘「お前とお前の村の多幸、心から祈っておるぞ」
男「ありがとうございます」
男「…では神様、名残惜しくなります故」
神娘「ああ。もう行くがいい」
男「失礼致します」スクッ
ギシッ
ギシッ…
神娘「…」
神娘「……」
神娘「…っ」
249: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:29:04 ID:Ist3L1G472
男「よっと」スタッ
男「さて、では社へ戻…」
「待て、男!」
男「!」
スタッ
神娘「ふぅ」
男「神様?どうかされましたか?」
神娘「気が変わった」
男「え?」
神娘「私はこの地で生き、修行する。それは動かせん」
神娘「だが、私はお前の事が……」
男「…!」
神娘「…え〜…その、気に入っておる」
男「……」
神娘「だから、ここで今生の別れとするのは止めだ」
神娘「またお前に会いに行くことにしよう」
男「本当ですか!」
神娘「修行が一段落し、落ち着いたら…会いに行く」
250: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:29:38 ID:Ist3L1G472
神娘「お前が待っていてくれるのなら…約束しよう」
男「当然、お待ちしております」
神娘「…良かった」
男「しかし、ここから私の村まではかなり距離がありますが」
神娘「私は神だぞ?この程度の距離、短いものだ」
男「流石です」
神娘「地は続いておる。どうという事はない」
神娘「距離は遠くとも所詮、同じ地上に生きる者同士だ」
男「はは、そうですね」
神娘「その時はまたくだらない話を聞かせてくれるか?」
男「いくらでも」
男「漬物もたくさん用意しておきますし」
男「肉や魚もたくさん獲っておきますよ」
神娘「餅米も作っていると言っていたな」
男「はい。その折には餅を搗きましょう」
神娘「わはは」
男「その日までに、神様が驚かれるような立派な村にしますよ」
神娘「うむ、楽しみにしておくぞ」
251: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:30:59 ID:Ist3L1G472
神娘「…ん、そうだ。これを」チリッ
男「それはあの鈴ですか」
神娘「えいやっ」プチッ
男「か、神様?」
神娘「さて、二つに結えてあった鈴を再びちぎったわけだが…」
神娘「この片割れをお前に託す」スッ
男「何故ですか」
神娘「再会の約束の証だ」
男「しかし、これは大切なものなのでは?」
神娘「そうだな。よく分からぬが大切なものだろう」
神娘「だからこそお前に託すのだ。また取りに行かねばならんからな」
男「それで再会の約束と…」
神娘「そういう事だ。必ずお前の元へ参る」
男「このような品…私が持っていても大丈夫でしょうか」
神娘「神力が宿っているのは間違いないが…お前が持っていて危険な物ではない」
男「もしや、これを使えば私も神力が使えるように…」
神娘「ならん」
男「あ、はい」
252: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:31:30 ID:Ist3L1G472
神娘「その鈴の音が最初に私たちを引き合わせた」
神娘「そして、必ずこの鈴がまたお前と私を引き合わせる」
神娘「…ような気がする」
男「そうですね。私もそのような気が致します」
神娘「無くすなよ?」
男「分かっております。肌身離さず、大事に預かっておきます」
男「そうでないと神様の気が変わりかねませんからね」
神娘「信用ないのか?私は」
男「滅相もございません」
男「しかし少々面倒くさがりなところがありますから」
神娘「やかましい……ん?」ピクッ
男「どうかされましたか?」
神娘「社の方から強大な神力を感じる。恐らく準備が出来たのだろう」
男「そうですか。何だか緊張致します」
神娘「転移など一瞬だ。大したことはない」
神娘「ちょっと胃が引っくり返るような感覚になるだけだ」
男「よく分かりませんが怖い」
神娘「わはは、楽しみにしておけ」
男「はあ」
神娘「言っておくが見送りには行かぬぞ」
男「大丈夫ですよ。また会えるのですから」
253: ◆WjgYlacz.c:2016/7/24(日) 11:33:46 ID:Ist3L1G472
神娘「じゃあその日まで、達者でな」
男「はい、神様。またお会いしましょう」
ザッ…
男「…」フリフリ
神娘「…」フリフリ
神娘「……」フリ…
神娘「…ふっ、気に入っているか。上手く誤魔化したものだ」
神娘「頑張って生きろ…男」
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