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勇者「真夏の昼の淫魔の国」

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Part2
52 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:06:02.71 ID:v0w+SWf5o
そして昼下がり、『王』は、城下町を一人、流していた。
まず、大通りに出ると――――いつか訪れた、淫魔の経営する、淫具専門店があった。
開け放してあった扉をくぐれば棚の整理をしていた店主と目が合い、
懇ろに挨拶を述べようとした彼女を制して、店内に目をやった。
「邪魔するよ」
「おやおや、陛下? どうなさいました」
「城下の散歩でもしようと思って。堕女神の許可は取ってある」
「それはそれは。しかし、陛下に楽しんでいただけるものがあるかどうか……」
「楽しいさ。歩くたびに……いや、ただ城にいるだけでも驚きの連続だよ」
淫魔の国で、初めて交わした『夜』から二ヶ月ほどが経つ。
夏の気配があちこちで立ち上り、城の窓から望む緑と青が、いよいよ濃くなってきた。
彼方には積み重なったような大きな白雲が見える日が、増えてきた。
それと同時に――――日差しもギラついてくる。
歩いてここに来るだけでも、背中に汗がじっとりと滲んだ。
「今日も暑いですねぇ。スライム浴がしたくてたまりません」
「…………」
「あ、ちなみにですね。スライム浴というのは――――」
「訊いてないよ! 想像できるから説明しなくていい!」
「まっ……! 日ごとにそういった想像をしてらっしゃるのですか!?」
「揚げ足を取るな、揚げ足を!」
「……す、すみません。サキュバスなので……つい……」
「それはともかく……まだ、これ飾ってるのか」

53 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:07:36.12 ID:v0w+SWf5o
視線は、店の中心に鳥籠のように吊るしてある大きなビンへとどうしても吸い寄せられる。
その中には親指ほどの小さな肉片がのたうち、芋虫のように這い回っていた。
「それが……どうも、妙なのですよ」
「とは?」
「ええ、前にも言った通り……人間界の護符で魔力を吸い取っていて、最近ようやく尽きたか、休眠したのです」
「してないじゃないか」
「ほんの数日前から再び活性化して。確かに護符の効果はあるはずなのですが」
「確かに妙だな。……ところで、そのカウンターに置いてあるのは?」
カウンターの上、斜めに切った木箱にぎっしり詰め込まれた袋を見つけた。
そこそこの厚みがあり、中身の大きさはちょうど、トランプと同程度に見える。
「ああ、トレーディングカードですよ。『新国王就任記念ブースターパック』です」
「そんなの出てるのか。初めて聞いた」
「復刻版の名カードがぎっしり。特に『邪淫の多頭竜』レリーフ版の復刻には、コレクターも感涙だとか。
 売れ行きも極めて好調ですよ。陛下のおかげです」
「今一つ、ダシにされてる感があるけど……まぁ、いいか」
「それはそうと、何故わざわざ当店へ? あ、もしかして……私を……」
「違う、脱ぐな!」
「それは残念です」

54 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:08:41.66 ID:v0w+SWf5o
言葉こそ軽くも、口を尖らせながら、彼女は下ろしかけた肩紐を上げ直した。
次いで――――何かを思い出したように、口を開いた。
「ところで、陛下は避暑へ行かれるのですか?」
「避暑……? 何の話だ」
「ちょうど、もう少しすると……先代女王陛下は毎年、地方へ避暑と視察等……まぁ、色々と。聞いておられませんか?」
「……いや、初耳だな」
そういう慣習があるのなら、彼女が教えてくれない筈がない。
「それでしたら、今晩にでも堕女神様にお訊ねになられては?」
「わかった。だけど……いいのか? 城を空けて」
「特に問題は無いのでは? 私にはよく分かりませんけれど。私の生業は……コレ、なので」
言うと、彼女は手近な陳列台から、いつかに見せてくれた『人形』を取り、目線の高さに掲げて、にっこりと笑ってみせた。
「どこへお行きなさるにしても、どうかお体にお気を付けください。淫魔の国で過ごす、初めての『夏』なのですから。」
「ありがとう。君も体に気を付けてくれ」
失笑し、店内をもう一度見回して、再び視線を店主に向けると、挨拶を交わして店を出る。
日の当たらなかった淫具店から一歩出れば、むっとした暑気が身体を包み、思わず口元を辟易したように弛ませてしまう。
日差しも空気も、青く抜けた空も、かつていた世界と、まるで同じだった。

55 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:10:39.24 ID:v0w+SWf5o
その後、市場を回ったり、いつかの蛇の双子に文字通りまとわりつかれたり、数えきれないほどの誘惑を受け流して城へと帰り着いた時には、
すっかり夕暮れを背負って帰る事になってしまった。
「あ、陛下ーっ! どこに行ってたんですか?」
エントランス前にさしかかると、あの子供じみた声が聴こえた。
黄昏の空に吸い込まれていく響きは、りんりんと鳴る鈴にも似ていた。
「少し、城下の風に当たってた。……俺を探してたのか? サキュバスB」
「お探ししていた、ってほどでも……ないん、ですけど」
サキュバスBは、もう、メイドのなりをしていない。
活発そうなショートパンツと、腹から胸までを覆うビスチェを涼しく着こなしていた。
ある程度城内には服装の自由があり、それでも客人――――といっても隣国の淫魔達しかいないが、
客人の訪れる際には、礼装が義務付けられる。
城内で奉公を初めて日が浅い者も同じく義務付けられるが、ある程度の期間を過ぎて、経験を積めば、その義務も外される。
極端に言えば、裸で歩いていても問題ないし、彼女たちは、『恥ずかしい』とも思わない。
それでも彼女が服を着ているのは、堕女神が厳しく締めた所があるからだ。
「うわっ……御召し物、汗でびしょびしょじゃないですか! 乳首透けますよ? 恥ずかしいですよ?」
「裸で歩いてたヤツに言われると、猛烈に不本意なんだが……」
「と、とりあえずお部屋でお着替えしましょー。行きますよ、陛下!」
手を引かれるようにして、玄関をくぐった。
まだ日は沈みきっていないとはいえ、日中と比べると格別に涼しく感じる。

56 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:12:40.26 ID:v0w+SWf5o
「あ、それとも……お風呂に入ってからにしますか? お着替え」
「んー……どうしようか」
「それとも、……わ・た・し?」
「…………」
つい、握る手に力が籠もった。
「いたい、いたい! 手、そんな……強く、握らないで……!」
「ごめん、つい……」
「もう、冗談ですってば。それは夜ですもんねー?」
「……その事、なんだが……その。仕事が残っていてな」
寝る前に、昼に棚上げした分の仕事を片付けなければならない。
暑さが無い分捗るだろうが、夕餉を終えて入浴した後の身体が、果たして能率を生み出してくれるかは怪しい。
そうこうしているうちに私室に到着して、無意識のうちにサキュバスBの前に出て、自分でドアを開けて入る。
すぐ後ろを、続いて彼女が入った。
「……それにしても、陛下って……」
「何だ?」
「なんか……お部屋、飾らないですよね。豪華といえば豪華なんですけどねー」
「そうか?」
ドレッサーを開けて、予備のシャツを取り出しながら、彼女は何となく口にした。
それを受けて、部屋を眺めてみる。
大人が四人は寝転がれそうな天蓋付きの、装飾のある寝台。
重厚ではあるがどこか素朴な木の机、その上に羽ペンとインク壺。
鏡台に、サイドテーブル、棚の数々。
どれも間違いなく逸品には違い無いが――――彼女の言うのは、そういう事ではないのだろう。


57 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:14:22.67 ID:v0w+SWf5o
「なんか、陛下の御趣味で……『これを置きたい』って思ったもの、あります?」
「言われてみると……確かに、無い」
確かに、部屋の内装に口を出した事は一度もなかった。
鏡台の前で身支度して、机の上で手記をしたため、寝台で夜を過ごす。
どれも特に不足を感じていなかったが、それ故に、何も求めていなかった。
飾りたいものも特に無く、花瓶に生けた花さえ、変わっている事は分かっても、深く見てはいない。
恐らく、この部屋は――――前女王の時代から、変わっていないのだ。
「もっと色々置きましょうよ。ドラゴンの頭の剥製とか、絵とか」
「もうドラゴンはいい。軽くトラウマだ」
「え、見た事あります?」
「見た事、どころか……手ばかりか、全身焼けるかと思ったさ」
「魔界には結構生息してますよ? 海に棲んでるタイプのは、たまーに海岸に打ち上げられて死んでるんですけど」
「…………」
「ほっといたらガスが溜まって爆発しちゃったりするらしいですよ。
 辺り一面、肉片まみれで……うー、気持ち悪くなってきちゃった……あ、あったあった」
ひどく幻滅させられるような話を終えると、サキュバスBが一着のシャツを見つけて取り出した。
鏝で皺の一本一本まで伸ばされた、気持ちの良い薄い水色の逸品だ。
前は紐で閉じるようになっていて、上腕の部分に、模様に織り込まれた孔が開けられている。

58 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:16:57.35 ID:v0w+SWf5o
「はぁい、脱ぎ脱ぎしましょーね?」
子供をあやすような口調で彼女に後ろに回られて、ボタンを外していたシャツを脱ぐ手助けを任せた。
その間、少しだけ考え込んで無口になってしまい、布地越しに彼女が少し緊張したのが伝わった。
「もしかすると」
「な、何ですか?」
「……『俺の部屋』っていう意識そのものが、欠如してるのかもしれない」
「けつじょ……?」
「作り変えない理由。心のどこかで、ここは…………」
「え?」
続けようとした言葉を飲み込み、彼女が脱がせてくれていたシャツから腕を抜き取る。
そのまま新しいシャツに袖を通しながら、話題を変えて会話を続けた。
「なんでもない。それより、最近、調子はどうだ?」
「元気ですよー! 夏ですから、がんばって乗り切らないと!」
「子供は元気だな」
「こ、子供じゃないですっ! 私だって、3415歳ですからね!?」
「まぁ、そういう事にしておいてだ。サキュバスAは? 今朝から見えないぞ」
少なくとも、今日一日は彼女を見てない。
城内は広いが、それでも毎日一度は、顔を合わせていたのに。
「あ、Aちゃんですか? それなら、今日からシフトでお休みを取ってますよ」
「? 聞いてないな」
「え……?」
前紐を結びながら振り返ると、大きな黄金の目が、きょとんとして見上げていた。
丁度その時、扉が叩かれて、夕食の準備が整った旨を告げられた。
困惑を宿した妙な空気のまま、とりあえずは二人で部屋を出て、サキュバスBは洗濯場へ。
その背中を見送ると、少し間を置いてから、大食堂へと向かった。

59 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:20:34.23 ID:v0w+SWf5o
「……なぁ、『避暑』って何だ?」
予告通り酒の入らなかった夕食後、茶を嗜みながら堕女神へ訊ねてみた。
いくつか訊きたい事はあったが、その中でも特に気になっていた事を。
言葉にした時、彼女の身体がぴくりと跳ねた気がした。
「何、と申されますと……?」
「前の女王がこの時期には欠かさず行ってたとか。……まぁ、それも百年の昔なんだろうけどさ」
「ええ、仰る通り。それと同時に、城内の使用人には交代で休みが設けられます」
「サキュバスAは、もう入ったのか?」
「……はい」
受け答えの間、彼女は視線が定まっていない。
まっすぐ見つめて答えたかと思えば、こちらから言葉を投げかけると宙を泳いだ。
それでも言葉を選ぼうと、嘘をつくまいと努めているようで、どこか不自然でぎこちない。
「前女王陛下が確かに参っていましたが……どこにかは、分かりません」
「……分からない?」
「私にさえ、詳しい行き場所は申してはくれませんでした。……お一人のまま赴き、
 お一人で帰って参りました。頑なに『避暑地へ』と申しておりましたが」
「大丈夫なのか……? 一人で?」
淫具店の主人に訊ねた時と、同じ事を彼女に訊ねた。
一国の女王が伴もつけずに一人で、というのはやはり引っかかる。
淫魔の王国を背負って立つ者が、護衛さえなしで一人でふらりと避暑へ行く、というのがそもそもおかしい。
彼女も淫魔であるなら恐らく弱くは無いのだろうが、そこが問題ではない。
加えて――――場所を告げない、というのも妙だ。
別に避暑地があるというのなら、城との間にやり取りがあって然るべきなのに。

60 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:21:51.06 ID:v0w+SWf5o
「私もずいぶんと心配したものですし、ついて参りたかったのですが――――」
「断られたのか?」
「ええ。私と出会う前からだとか」
「ふぅん。……避暑というよりも、ぶらり旅だな」
「それで……陛下は……」
訊ねる彼女の顔は、どこか不安そうでもあった。
「……そうだな、とりあえずは仕事を片付けようか」
「はい、かしこまりました」
「にしても、だ」
「どうなさいました?」
「サキュバスAの奴。何処に行ってるんだ? ……人間界か?」
「何でも、城下に宿を取っているとか」
「相変わらず私生活が見えないな。さて、そろそろ行くよ」
カップの底の方に渋く残った茶を、気つけ代わりに飲み干すと立ち上がる。
昼間に残した仕事が、執務室にまだ残っている。
どうにか、日付の変わる前には終わりそうな量、だった筈だ。

61 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:23:32.89 ID:v0w+SWf5o
「……堕女神は、どうするんだ?」
「え……? と、申しますと」
「休日、取るのか?」
ふっとそんな疑問が湧いて、扉の前で振り返って訊ねた。
「私に……休日、ですか?」
彼女は、どこか呆気に取られたような顔で――――不思議そうに、瞬いた。
「そう、ですね。考えた事もありませんでした。私、が……休日を過ごす?」
「無かったのか?」
「ええ。……数万年でしょうか。この城で奉公を始めてから、一度も。……我武者羅でしたから」
「……そうか」
「まぁ、今でも別段身体が辛いという事はありません。順応いたしましたから」
「…………あれ!? 数万年間無休!? え……何か、それって……え?」
どうも――――感覚が、狂ってしまいがちだ。
サキュバスAやサキュバスB、他に市井の者と話していると、百年千年は当たり前の単位として出てくるのだ。
普通に考えれば人間は長生きして百年程度の時間しか持たないのに、それを彼女らは、平気で出す。
千年前の話、一万年前の話、それを『自分の経験談』として語る。
数万年に渡って休日無し、というのは――――どう考えても異常な事なのに。
そのおかしさに気付く事さえ、一度は見送ってしまった。
「陛下?」
「あぁ、いや。……とりあえず、執務室へ行くよ。今日は早く休むといい。俺も今日は普通に寝る」
「はい、かしこまりました」

62 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:26:28.98 ID:v0w+SWf5o
****
執務室の空気は昼間に比べてひんやりと落ち着いていた。
夕食を終えた今でも、窓から見える空は黒ではなく、深めの紫に染まっていた。
日の照る時間が、今も残っているのだろう。
どっしりとした黒檀の椅子に腰かけ、同じく揃えられた執務用の机に向かい、インク壺と羽根ペンを引き寄せる。
積み上がった書類には、隣国への食糧支援要綱、
領内の馬車道整備や北方の森林の調査の許可、他にも嘆願書と言ったものまである。
例えば西方の海岸地帯で大発生した、巨大海蛇の駆除要請。
船を一飲みし、島を一巻きしてなお余りあるというそれが――――タチの悪い事に、大発生しているという。
しかもそれを付近の淫魔達は呆気なく倒してしまうというが、それでも追い付かないほどだとか。
そんなものをどう駆除すればいいのか――――。
いきなりの難題をひとまず後回しにして、次の書類を手に取る。
そこからは、すいすいと筆が進み、淡々と署名するだけだった。
時おり、少し開いた窓から差し込む夜風は、昼間の生ぬるい風に比べると幾分かマシだった。
数枚片付けると、窓の隙間から蛾が一羽迷い込んで、手元を照らすランプにまとわりついた。
見ればその羽は儚げな霊体のように透けており、触れればガラスのように砕け散ってしまいそうで、どこか神聖でさえある。

63 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:28:04.30 ID:v0w+SWf5o
まるでその羽は、この国の『化身』だ。
夜陰に乗じて忍び入り、蜜を吸っては飛び立ち、夜を羽ばたく翼の国。
だが、それでも――――美しさは、日なたの蝶に比肩する。
蛾を醜いと思うのなら、それは、見る場所のせいだ。
夜中に灯りに集い、人家の真白い壁にしがみついて暗く沈んだ体色をひけらかし、異質さを強調するように蛾は生きる。
だが、もしそれと同じ条件で見るのならば――――鮮やかな蝶でも、雄々しい甲虫でも、同じく禍々しく見えるはずだ。
日中に見る蛾は、夜に見たほど、別段醜いものではない。
蛾への恐れは、『闇への恐れ』なのだから。
天上の存在じみた一羽の蛾に見守られながら、羽根ペンを滑らせる。
ときおり、眩しそうに瞬きをする如く、『虫』の羽が閉じて、開く。
そのたびに淡く光る鱗粉が散らされ、泡沫のように溶けていった。
「まだ、かかるよ」
言うと、もしや言葉が分かるのか……その触覚が、ぴくりと円を描くように、回された気がした。

64 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:28:30.59 ID:v0w+SWf5o
****
ようやく、後回しにしていた最後の海蛇駆除の嘆願書を片付ける。
よく見ればいくつかの案が添付されていたので、その中から選ぶだけで済んだのが、救いとなった。
本来は生息するはずの無い海域が、猛暑で海水温が上昇してしまい、海蛇の生息に適してしまって北上してきた、という事らしい。
ならば――――夏が終わって水温が落ち着けば、去る筈だ。
後は少しだけ、活動を抑制させるため、冷気の結界を張って当面の侵入を防げば良い。
立ち上がって、凝り固まった腰、首、肩をほぐすように身体を捻る。
パキパキと小気味よく関節音が鳴り、爽快感を味わうと――――どっと疲れが湧いてきた。
身体が重く、瞼にかかる重さは更にその上を行く。
もう、入浴する体力もない。
窓の外を見れば、闇の色がすっかり濃くなり、月さえも出ていなかった。
「寝よう。…………さて、と」
廊下へ続く扉を開くと、室内をもう一度見渡してから、左手をぐっと閉じる。
ただそれだけの動作で、灯っていたいくつもの燭台も、ランプも、風に吹かれたように、煙さえ残さずに消えた。
そして敷居を跨ぎ、私室へ向けて、廊下を歩き始めた。
めっきり人の気配が少なくなり、使用人とさえすれ違わない城内は、何故か落ち着かない。
どこか薄ら寒いものまであり、もはや勝手知ったる場所だというのに、どうにも心細かった。
真夏の夜の寂寥が、そうさせるのか。
窓の外を見ようとしても、ただ闇を背景に鏡像の自分が映るだけだった。

65 : ◆1UOAiS.xYWtC :2013/09/02(月) 01:31:43.43 ID:v0w+SWf5o
長い廊下を歩いて私室に辿り着き、扉を開けると。
すぐに、ベッドの上にいる先客に目がいった。
サキュバスBが、夕方に会ったままの姿で――――静かに、寝息を立てていた。
まるで子猫のように丸まって、横を向いたまま、顔のすぐ近くに両手を添えて眠っている。
何故ここにいるのだ――――と問い詰めたい所ではあっても、起こす事さえ憚られる。
安心しきった寝顔は、淫魔のものとは思えない。
家族の帰りを待とうと起きていて、それでも眠気に勝てなかった少女は、こんな顔をして寝息を立てるのだろうか。
思わず、嗜虐心がそそられて……指を伸ばして、頬を突いてみる。
指先に張り付くような餅肌が形を変えて、ほぼ置いただけの指が数ミリほど、たやすく沈んだ。
そのまま指先を動かせば、吸いついた頬肉がぐにぐにと形を変えて、口を開かせ、
塩粒のように可愛らしい小さな前歯が覗けた。
白くて小さくて、きっしりと詰まって並んだ歯列は、乳歯にさえ見える。
そんな事など流石にあるはずもないが、この小さな夜魔になら有り得るかもしれない。
つい――――否、当初の予定通りベッドの上へ、靴を脱ぎながら上がる。
ベッドの沈む感覚にはさすがに眼を覚ますかと思ったが、起きる様子は無い。
なので、指先を止めると――――親指を交えて、サキュバスBの頬を軽く抓んだ。
「んうぇっ…………!」
前歯から少し尖った犬歯までが覗けた時、彼女はようやく、目を覚ました。
といっても体は起こせておらず、伏して寝たまま、目だけが開いているという様で。

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