幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.
Part28
831 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:07:44.92 ID:1HXzWSwXo
「ねえ、今さ、私が告白したらどうする?」
「……はあ」
少し考えて、返事をする。
「え、なんの?」
「だから、好きです、っていう」
硬直する。
冗談か、と思って幼馴染の顔を見る。
目が合った。
緊張で強張った表情。
戸惑う。
しばらく、互いに黙り合った。西部劇の決闘みたいな雰囲気。というのは嘘。
「……困ってる?」
「困ってる」
そう答えた俺より、幼馴染の方がよっぽど困った顔をしていると思う。
困ってる。
でも、何かは言わなくちゃいけない。
考えなかったことではない。想像していたことでもある。
けれど、そのとき自分がどう答えるか、まるで想像ができなかったのだ。
俺は幼馴染をどう思っているのか。
罪悪感が胸のうちで燻る。なぜだろう。これは誰に対する罪悪感なんだろう。
たぶん、幼馴染に対するもの。
罪悪感があるということは、つまり、俺の中では、幼馴染に対する感情は、恋愛的なものではない、ということだ。
自分の中で絡まっている感情を、少しずつ解いて言葉にしようとする。
その作業を進めているうちに、つくづく自分が嫌になっていく。保険をかけようとするからだ。
この期に及んで、正直に、思ったことだけを告げることができないからだ。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:08:13.90 ID:1HXzWSwXo
やがて、なんとか考えを言葉にする。できるだけ慎重に。
「たぶん」
なんというか。
たぶん。
「おまえは俺にとって、家族なんだよ」
言ってから、言葉が足りないことに気付く。
そうじゃない。でも、難しい。どういえば伝わるだろう。
好きじゃないわけじゃない。でも、それは恋愛感情というよりは、家族に対するそれに近いのだ。
お互い、押し黙る。心臓が痛んだ。何かを言おうとするけれど、やめる。
言葉を重ねれば重ねるほど、言いたいことが伝わらなくなってしまう気がしたからだ。
彼女は少しの間、ずっと息を止めていた。顔を逸らして俯いた。
俺は何も言えない。
しばらくあと、幼馴染は軽い溜息をひとつ吐いて、拗ねたみたいな声音で言った。
「好きだから」
そういう空気はずっと感じていたのに、実際に言われてみるとひどく戸惑う。
俺が何も言えずにいると、幼馴染が立ち上がった。どたどたと大きな音を立てながら、階段を登っていく。
ついさっきまでとは、自分の体を構成しているものがまるで別のものになってしまった感じがする。
不意に、屋上さんの顔が脳裏を掠めた。
現実感がまるでない。
手のひらの中に、受信したメールを表示したまま操作していない携帯があった。
折りたたんでポケットに突っ込む。やけに鼓動が早まっている。落ち着こうとして麦茶をコップに注いだ。
ユリコさんが帰ってきてから挨拶を済ませて家を出た。
帰り道を歩いているはずなのに、どこをどう歩いているのかが分からない。
やけに重苦しいような痛みが胸を突いた。
家に帰ってから、リビングのソファに倒れこんだ。ひどく疲れている。
現実感が、まるでない。
夕食は半分も腹に入らず、体調でも悪いのかと妹に心配されたが、そうではない。
その日は動く気になれず、ほとんど何もしないまま眠った。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:09:02.63 ID:1HXzWSwXo
翌日は朝から昼過ぎまでじめじめとした雨が降り続いていた。湿気で暑さが煩わしく疎ましい感触を伴う。
しっかりと覚醒してからも、起き上がる気にはなれずベッドの上でごろごろと寝転がった。
昼過ぎに妹に強引に起こされた。あまりだらだらするなと言いたいらしい。
仕方ないので起き上がる。汗がべたついて気持ちが悪いので、シャワーを浴びることにした。
濡れた髪を簡単にタオルで拭いて服を着替える。少しさっぱりとした。
リビングにはタクミがいた。傘を差してひとりで来たらしい。
「なんかあったの?」
タクミにすら気付かれる。なにかはあった。
「世の中には、どれを選んでも正解じゃない問題だってあるんだなぁ、というお話です」
分かったようなことを言ってみる。
タクミは呆れたように鼻を鳴らした。小学生にして、なんなのだろうこの貫禄は。
なにがあったというわけでもないのに、落ち込んでしまう。
なんだろうこれは。上手く言葉にならない。
タクミは少し休んだ後、雨の中を帰っていった。
俺は部屋に戻ってまたベッドの中で寝返りを打ち続けた。
考え事が上手くまとまらない。
なんというか。
告白、されたわけで。
うれしくないわけではないけど、どちらかというと後ろめたさの方が大きかった。
それが誰に対するものかは分からない。その由来の知れない罪悪感が、ひとつの答えになっているような気がする。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:09:37.91 ID:1HXzWSwXo
家でぐだぐだと考えていても仕方ないので、出かけることにした。
街を適当にぶらつく。本屋、レンタルショップ。暇を持て余した休日のルート。
本屋でマエストロと遭遇する。少し話をして別れた。彼は以前となんら変わらない。
でも、以前とは何かが違う。変わったのはなんだろう。状況か、環境か、あるいは俺自身か。
何か、落ち着かない。
家に帰ろうと歩いていたところで、サチ姉ちゃんに捕まった。
近所のコーヒーショップに連れて行かれる。古臭い環境音楽。適当に注文を済ませてから、サチ姉ちゃんは俺を見て変な顔をした。
「……どうかしたの?」
不思議そうな顔。この人でも他人を気遣ったりするんだな、と妙なことを思った。
「いや、なんといいますか」
困る。上手く言葉にできない、のです。自分でもよく分からない。
だが、今の感情を分かりやすく説明するなら、
「……二股かけたい」
「最低だ」
サチ姉ちゃんは呆れたみたいに吹き出した。
「なんかもう、考えるのめんどいっす」
「何があったのよ、いったい」
何があったか、と言われれば、幼馴染に好きだと言われただけなのだけれど。
「だけ」というには、ダメージが大きすぎた。
「なんというか、いつかこういうことになるのは分かってたんですけど」
どういう形であれ、みんなで楽しく遊ぶのをずっと続ける、なんて形にならないのは自然なことだ。
仮に曖昧なままで進んだって、結局いつかは何かの形で別れることになるわけで。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:10:03.74 ID:1HXzWSwXo
「なんというか」
どうしたものか。
どうしたものかも何も、俺の中で結論は出ているのだけど。
いま俺が落ち込んでいるのは、明確な答えが出せないからではない。
答えが出た上で、どう動くべきかを悩んでいる。
昨日、幼馴染が最後にああ言ったとき、俺の頭に浮かんだのは、屋上さんのことだった。
なんなんだろう。
なんというか。
どうやら俺は屋上さんのことが好きらしい。昨日、気付いたのだけれど。たぶん幼馴染よりも。
あわよくばもっと近付きたい。付き合いたい。下心。
でもそれは、幼馴染と比べてどうとかいうわけじゃなく、どこがどうだというのでもなく、単にタイミングの問題。
彼女は俺が欲しがっているものを、欲しがっているタイミングで差し出してくれる。大抵、偶然なのだけれど。
立て続けにそんなことが起こったから、どうしても、好きになってしまうのだ。
結果からいえば、だけれど。
こんがらがってる。いろんなものが。
「なんていうかさ、いろいろ考えすぎなんじゃない?」
サチ姉ちゃんは、俺を励まそうとしているようだった。似合わない。
「一個一個見てけば、意外と簡単に片付くものって多いよ」
一個一個。
やってみよう、と思った。
幼馴染は俺が好きだと言った。聞き間違えたのでなければ。
で、俺はどうやら屋上さんが好きらしい。
でも、今までの関係も居心地良く感じていた。
多分そこだ。
俺は、今までの状況を居心地良く感じていた。このままでもいいや、って思っていた。
でも、たとえば誰かを好きになって、仮に付き合うなんてことになったら、今のままじゃいられない。
選択。
サチ姉ちゃんの言葉をもう一度考える。「一個一個」。でも、もう遅い。
今までのぬるま湯みたいな関係を続けるには、もう幼馴染が行動を起こしてしまったわけで。
俺は自分の好意に自覚的になってしまったわけで。
836 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:10:34.11 ID:1HXzWSwXo
恋愛としての「好き」が屋上さんに向いているとしても、幼馴染のことを「好き」じゃないわけじゃない。
だから、選べといわれても困る。
でも、選ばざるを得ない状況に、いつのまにか追い込まれている。
これがぐだぐだ過ごしてきたことのツケだろうか。
なんというか。
ままならない。
悪いことではない、はずなのだが。
「どうにかなりませんかね、こう、みんな俺のこと大好き! みたいな感じで終われません?」
「それはねーよ」
サチ姉ちゃんはさめた声で言った。
「ですよねー」
まぁ、冗談なのだけれど。
でも、俺としては、誰に対しても真摯にぶつかるしかない。
幼馴染に考えてることを伝えてみるしかない。
サチ姉ちゃんはちょっと笑った。
「アンタね、ちょっと傲慢なところがあるから」
「傲慢。傲慢ですか」
「なんか、自分がなんとかしなきゃどうにもならない! みたいに思ってそうな」
「そんなことは」
めちゃくちゃあります。
「いくら自分に関わりのあることだからって、自分がなんとかしなきゃ何一つ問題が解決しないと思ってるなら、思い上がりだから」
サチ姉ちゃんは偉そうなことを言った。
そうだろうか。少なくとも自分にかかわることなら、自分が行動を起こさないとどうにもならない気がする。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:11:01.29 ID:1HXzWSwXo
「案外、なんもしなくても状況が動いたりするんだよね。あと、アンタはいろいろ溜め込みすぎ」
「溜め込んでないっす」
溜め込んでない。つもりだ。
「たまには言いたいことぶちまけちゃった方いいよ。猫の毛玉みたいなもんでさ」
なんかえらそうなことを言ってる。
けど、この人が俺に会うたびに「上司の目がいやらしい」だの「結婚した同級生がうっとうしい」だのという愚痴を言ってくるのには変わりない。
いまさら、ちょっといいこと言おうとしても手遅れです。
サチ姉ちゃんと別れて、家に帰る。
なんとなく頭が疲労している。
たとえば、幼馴染に、俺って屋上さんが好きなんだよ、と言ったとして。
「そっか、じゃあ仕方ないね」って納得して、今まで通りの付き合いをしてくれるというのは、とうぜん、ありえない。
それを考えると憂鬱だ。
でもどっちにしろ、二人を同時に取るなんてことはできないわけで。
いつか屋上さんのところに成績優秀頭脳明晰運動神経抜群の怪物が現れて、彼女を誘惑しないとも限らない。
それなら。
でも。
やっぱりなぁ、と考えてしまう。不安。
今までずっと一緒にいた幼馴染と、話もできなくなったりしたら、俺はどうなるか。
それでも、どうにかしないわけにはいかなかった。
俺は、誰に対してもできる限り真摯でありたいと思っているのだ。
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:11:28.51 ID:1HXzWSwXo
つづく
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:12:44.55 ID:SkGJlR4do
おい
幼馴染
おい
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/08/10(水) 11:14:29.06 ID:sBdGPwqWo
> 結婚した同級生がうっとうしい
あぶねえ サチ姉既婚者かと思った
乙乙
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/10(水) 11:19:12.73 ID:InK/Dj0lo
乙
うわあああ……正直これ序盤よりきつい
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/08/10(水) 11:21:50.52 ID:MrgfF4Kro
乙~
屋上さんとサチ姉ちゃんで飯が美味い
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/08/10(水) 11:35:30.56 ID:kpV7h/KAO
ヒロインは噛ませの方が輝く理論
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) :2011/08/10(水) 20:58:54.90 ID:JVXKT3bco
これはマルチEDを見たい
童貞だけにED…w
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:13:18.79 ID:FyktQczwo
何かを言わなければならない、と決意はしたものの、どこから手をつけたものか分からない。
結局悩みに悩んだ挙句、誰にも何も言えずに、タクミが帰る日になった。
俺と妹は一緒に幼馴染の家に行って、別れを惜しんだ。三姉妹も来ていた。俺と幼馴染は一言も話せなかった。
何かを言わなければならない、のだけれど、何をどう言ったものか、分からない。
タクミは平気そうな顔をしていた。何を考えているのか、つくづく分からない奴だ。
それでも、初めて会ったときのようにゲームを手放さないなんてことはなくなっていた。
るーは後輩の背に隠れて、何かを言いたそうにしている。寂しそうな表情。
タクミはそれを見て困った顔をする。
暑さがおさまり始めた昼下がりに、タクミたちの両親は幼馴染の家を出た。
タクミはるーを手招きして呼び寄せて、小声で何かを言った。
それを聞いたるーがくすくすと笑う。ふたりはそれっきり話をしなかった。
「またな」
と俺が言った。うん、とタクミは頷いた。
そのまま車に乗ってしまうのかと思ったら、彼は、今度は俺を呼び寄せた。
「なに?」
「ねえ、姉ちゃんと早めに仲直りしときなよ」
諭されてしまう。やっぱりこいつは大人だ。
「けっこう、落ち込んでたよ」
なんというか。まぁ、そうなのだろうけれど。
「まぁ、がんばるよ」
苦笑しながら答える。どうなるかは分からないし、どう言えばいいかも分からないけど。
でもまぁ、がんばる。
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:14:12.30 ID:FyktQczwo
彼は最後に、俺たちに向かって小さくお辞儀をした。大人だ。もうちょっと子供っぽくてもいいのに。
タクミを乗せた自動車は、あっという間に見えなくなった。
蜃気楼が道の先を歪ませていた。うっとうしいような蝉の声だけが、いつまでもそこらじゅうに響いている。
少し、落ち着かない空気が流れる。ユリコさんが、それを吹き飛ばそうとするみたいな大きな声をあげた。
彼女は俺たちを家の中に招こうとしたけれど、全員が断った。
なんとなく、もうちょっと黙っていたいような気分だった。
全員で俺の家に向かい、リビングで寝転がる。誰も何も言わなかった。
やがて、るーはソファに寝転がって顔を隠したまま眠ってしまった。
後輩は困ったみたいに笑った。
「るー、泣きませんでしたね」
彼女は少し意外そうだった。るーもタクミも、強がりなタイプで、弱いところを見せたがらない人種だ。
まだ子供なのに、俺よりもずっと大人だ。参る。
幼馴染も、俺たちの家にやってきていたけれど、俺とはちっとも言葉を交わさなかった。
黙っているというわけではなく、終始、妹に話を振っている。
このままじゃまずい、と思う。
窓の外から、まだうるさい蝉の声が続いている。
腹を決めるしかない。
タクミに言われてしまったわけだし。
幼馴染を誘ってコンビニに行く。彼女は少し緊張したような顔つきでついてきた。
こういうことはどう伝えるべきなのだろう。
下手に取り繕っても無意味だという気がした。
けれど、実際に考えを口に出す段階になると、どうしても躊躇してしまう。
蝉の鳴き声。赤く染まりかけた西の空。揺れる木々。かすかに肌を撫でる風。
隣り合って歩く。
言葉というものは、考えれば考えるほど混乱していく。
だから思ったことを単刀直入に言うべきなのだ。
でも。
言うとなると、難しい。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:14:39.72 ID:FyktQczwo
結局、コンビニに着くまで何も話すことができなかった。飲み物とアイスを買って店を出る。また並んで歩く。
帰りに公園に寄った。幼馴染は黙ってついてくる。
ブランコに座る。落ち着かない気持ち。
考えても仕方ないし、ずっとこうしていても仕方ない。
「俺さ」
幼馴染が息を呑んだ気がした。
間を置くのもわずらわしい気がして、はっきりと告げる。
「屋上さんのこと、好きだ」
声に出してみると、その言葉は俺の頭の中にすっと融けていった。いま言ったばかりの言葉が、心に自然に馴染む。
好きだ。
なんかもう、そうなってしまっている。
手遅れな感じ。
惚れたからにはしかたない。
長い時間、沈黙が続いた気がした。幼馴染の方を見ると、顔を俯けていて表情がよく分からない。
「私は」
と、しばらくあとに彼女は口を開いた。
「やっぱり、家族なの?」
否定しようとして、口をつぐんだ。どう言ったところで同じことだ。
俺は何も言わなかった。胸が痛む。緊張のせいか、息苦しささえ覚える。
そうじゃない。
家族だと思っているからとか、そういうことじゃない。
でも、それを言ったところで、何も変わらない。
彼女はじっと俯いたまま動こうとしなかった。ふと、トンボが飛んでいることに気付く。
それを追いかけていると、視線が上を向いた。夕月が青白く澄んだ空にぼんやりと浮かんでいる。夏の終わりが近付いていた。
「ねえ、今さ、私が告白したらどうする?」
「……はあ」
少し考えて、返事をする。
「え、なんの?」
「だから、好きです、っていう」
硬直する。
冗談か、と思って幼馴染の顔を見る。
目が合った。
緊張で強張った表情。
戸惑う。
しばらく、互いに黙り合った。西部劇の決闘みたいな雰囲気。というのは嘘。
「……困ってる?」
「困ってる」
そう答えた俺より、幼馴染の方がよっぽど困った顔をしていると思う。
困ってる。
でも、何かは言わなくちゃいけない。
考えなかったことではない。想像していたことでもある。
けれど、そのとき自分がどう答えるか、まるで想像ができなかったのだ。
俺は幼馴染をどう思っているのか。
罪悪感が胸のうちで燻る。なぜだろう。これは誰に対する罪悪感なんだろう。
たぶん、幼馴染に対するもの。
罪悪感があるということは、つまり、俺の中では、幼馴染に対する感情は、恋愛的なものではない、ということだ。
自分の中で絡まっている感情を、少しずつ解いて言葉にしようとする。
その作業を進めているうちに、つくづく自分が嫌になっていく。保険をかけようとするからだ。
この期に及んで、正直に、思ったことだけを告げることができないからだ。
832 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:08:13.90 ID:1HXzWSwXo
やがて、なんとか考えを言葉にする。できるだけ慎重に。
「たぶん」
なんというか。
たぶん。
「おまえは俺にとって、家族なんだよ」
言ってから、言葉が足りないことに気付く。
そうじゃない。でも、難しい。どういえば伝わるだろう。
好きじゃないわけじゃない。でも、それは恋愛感情というよりは、家族に対するそれに近いのだ。
お互い、押し黙る。心臓が痛んだ。何かを言おうとするけれど、やめる。
言葉を重ねれば重ねるほど、言いたいことが伝わらなくなってしまう気がしたからだ。
彼女は少しの間、ずっと息を止めていた。顔を逸らして俯いた。
俺は何も言えない。
しばらくあと、幼馴染は軽い溜息をひとつ吐いて、拗ねたみたいな声音で言った。
「好きだから」
そういう空気はずっと感じていたのに、実際に言われてみるとひどく戸惑う。
俺が何も言えずにいると、幼馴染が立ち上がった。どたどたと大きな音を立てながら、階段を登っていく。
ついさっきまでとは、自分の体を構成しているものがまるで別のものになってしまった感じがする。
不意に、屋上さんの顔が脳裏を掠めた。
現実感がまるでない。
手のひらの中に、受信したメールを表示したまま操作していない携帯があった。
折りたたんでポケットに突っ込む。やけに鼓動が早まっている。落ち着こうとして麦茶をコップに注いだ。
ユリコさんが帰ってきてから挨拶を済ませて家を出た。
帰り道を歩いているはずなのに、どこをどう歩いているのかが分からない。
やけに重苦しいような痛みが胸を突いた。
家に帰ってから、リビングのソファに倒れこんだ。ひどく疲れている。
現実感が、まるでない。
夕食は半分も腹に入らず、体調でも悪いのかと妹に心配されたが、そうではない。
その日は動く気になれず、ほとんど何もしないまま眠った。
833 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:09:02.63 ID:1HXzWSwXo
翌日は朝から昼過ぎまでじめじめとした雨が降り続いていた。湿気で暑さが煩わしく疎ましい感触を伴う。
しっかりと覚醒してからも、起き上がる気にはなれずベッドの上でごろごろと寝転がった。
昼過ぎに妹に強引に起こされた。あまりだらだらするなと言いたいらしい。
仕方ないので起き上がる。汗がべたついて気持ちが悪いので、シャワーを浴びることにした。
濡れた髪を簡単にタオルで拭いて服を着替える。少しさっぱりとした。
リビングにはタクミがいた。傘を差してひとりで来たらしい。
「なんかあったの?」
タクミにすら気付かれる。なにかはあった。
「世の中には、どれを選んでも正解じゃない問題だってあるんだなぁ、というお話です」
分かったようなことを言ってみる。
タクミは呆れたように鼻を鳴らした。小学生にして、なんなのだろうこの貫禄は。
なにがあったというわけでもないのに、落ち込んでしまう。
なんだろうこれは。上手く言葉にならない。
タクミは少し休んだ後、雨の中を帰っていった。
俺は部屋に戻ってまたベッドの中で寝返りを打ち続けた。
考え事が上手くまとまらない。
なんというか。
告白、されたわけで。
うれしくないわけではないけど、どちらかというと後ろめたさの方が大きかった。
それが誰に対するものかは分からない。その由来の知れない罪悪感が、ひとつの答えになっているような気がする。
834 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:09:37.91 ID:1HXzWSwXo
家でぐだぐだと考えていても仕方ないので、出かけることにした。
街を適当にぶらつく。本屋、レンタルショップ。暇を持て余した休日のルート。
本屋でマエストロと遭遇する。少し話をして別れた。彼は以前となんら変わらない。
でも、以前とは何かが違う。変わったのはなんだろう。状況か、環境か、あるいは俺自身か。
何か、落ち着かない。
家に帰ろうと歩いていたところで、サチ姉ちゃんに捕まった。
近所のコーヒーショップに連れて行かれる。古臭い環境音楽。適当に注文を済ませてから、サチ姉ちゃんは俺を見て変な顔をした。
「……どうかしたの?」
不思議そうな顔。この人でも他人を気遣ったりするんだな、と妙なことを思った。
「いや、なんといいますか」
困る。上手く言葉にできない、のです。自分でもよく分からない。
だが、今の感情を分かりやすく説明するなら、
「……二股かけたい」
「最低だ」
サチ姉ちゃんは呆れたみたいに吹き出した。
「なんかもう、考えるのめんどいっす」
「何があったのよ、いったい」
何があったか、と言われれば、幼馴染に好きだと言われただけなのだけれど。
「だけ」というには、ダメージが大きすぎた。
「なんというか、いつかこういうことになるのは分かってたんですけど」
どういう形であれ、みんなで楽しく遊ぶのをずっと続ける、なんて形にならないのは自然なことだ。
仮に曖昧なままで進んだって、結局いつかは何かの形で別れることになるわけで。
835 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:10:03.74 ID:1HXzWSwXo
「なんというか」
どうしたものか。
どうしたものかも何も、俺の中で結論は出ているのだけど。
いま俺が落ち込んでいるのは、明確な答えが出せないからではない。
答えが出た上で、どう動くべきかを悩んでいる。
昨日、幼馴染が最後にああ言ったとき、俺の頭に浮かんだのは、屋上さんのことだった。
なんなんだろう。
なんというか。
どうやら俺は屋上さんのことが好きらしい。昨日、気付いたのだけれど。たぶん幼馴染よりも。
あわよくばもっと近付きたい。付き合いたい。下心。
でもそれは、幼馴染と比べてどうとかいうわけじゃなく、どこがどうだというのでもなく、単にタイミングの問題。
彼女は俺が欲しがっているものを、欲しがっているタイミングで差し出してくれる。大抵、偶然なのだけれど。
立て続けにそんなことが起こったから、どうしても、好きになってしまうのだ。
結果からいえば、だけれど。
こんがらがってる。いろんなものが。
「なんていうかさ、いろいろ考えすぎなんじゃない?」
サチ姉ちゃんは、俺を励まそうとしているようだった。似合わない。
「一個一個見てけば、意外と簡単に片付くものって多いよ」
一個一個。
やってみよう、と思った。
幼馴染は俺が好きだと言った。聞き間違えたのでなければ。
で、俺はどうやら屋上さんが好きらしい。
でも、今までの関係も居心地良く感じていた。
多分そこだ。
俺は、今までの状況を居心地良く感じていた。このままでもいいや、って思っていた。
でも、たとえば誰かを好きになって、仮に付き合うなんてことになったら、今のままじゃいられない。
選択。
サチ姉ちゃんの言葉をもう一度考える。「一個一個」。でも、もう遅い。
今までのぬるま湯みたいな関係を続けるには、もう幼馴染が行動を起こしてしまったわけで。
俺は自分の好意に自覚的になってしまったわけで。
恋愛としての「好き」が屋上さんに向いているとしても、幼馴染のことを「好き」じゃないわけじゃない。
だから、選べといわれても困る。
でも、選ばざるを得ない状況に、いつのまにか追い込まれている。
これがぐだぐだ過ごしてきたことのツケだろうか。
なんというか。
ままならない。
悪いことではない、はずなのだが。
「どうにかなりませんかね、こう、みんな俺のこと大好き! みたいな感じで終われません?」
「それはねーよ」
サチ姉ちゃんはさめた声で言った。
「ですよねー」
まぁ、冗談なのだけれど。
でも、俺としては、誰に対しても真摯にぶつかるしかない。
幼馴染に考えてることを伝えてみるしかない。
サチ姉ちゃんはちょっと笑った。
「アンタね、ちょっと傲慢なところがあるから」
「傲慢。傲慢ですか」
「なんか、自分がなんとかしなきゃどうにもならない! みたいに思ってそうな」
「そんなことは」
めちゃくちゃあります。
「いくら自分に関わりのあることだからって、自分がなんとかしなきゃ何一つ問題が解決しないと思ってるなら、思い上がりだから」
サチ姉ちゃんは偉そうなことを言った。
そうだろうか。少なくとも自分にかかわることなら、自分が行動を起こさないとどうにもならない気がする。
837 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:11:01.29 ID:1HXzWSwXo
「案外、なんもしなくても状況が動いたりするんだよね。あと、アンタはいろいろ溜め込みすぎ」
「溜め込んでないっす」
溜め込んでない。つもりだ。
「たまには言いたいことぶちまけちゃった方いいよ。猫の毛玉みたいなもんでさ」
なんかえらそうなことを言ってる。
けど、この人が俺に会うたびに「上司の目がいやらしい」だの「結婚した同級生がうっとうしい」だのという愚痴を言ってくるのには変わりない。
いまさら、ちょっといいこと言おうとしても手遅れです。
サチ姉ちゃんと別れて、家に帰る。
なんとなく頭が疲労している。
たとえば、幼馴染に、俺って屋上さんが好きなんだよ、と言ったとして。
「そっか、じゃあ仕方ないね」って納得して、今まで通りの付き合いをしてくれるというのは、とうぜん、ありえない。
それを考えると憂鬱だ。
でもどっちにしろ、二人を同時に取るなんてことはできないわけで。
いつか屋上さんのところに成績優秀頭脳明晰運動神経抜群の怪物が現れて、彼女を誘惑しないとも限らない。
それなら。
でも。
やっぱりなぁ、と考えてしまう。不安。
今までずっと一緒にいた幼馴染と、話もできなくなったりしたら、俺はどうなるか。
それでも、どうにかしないわけにはいかなかった。
俺は、誰に対してもできる限り真摯でありたいと思っているのだ。
838 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:11:28.51 ID:1HXzWSwXo
つづく
839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/10(水) 11:12:44.55 ID:SkGJlR4do
おい
幼馴染
おい
840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) :2011/08/10(水) 11:14:29.06 ID:sBdGPwqWo
> 結婚した同級生がうっとうしい
あぶねえ サチ姉既婚者かと思った
乙乙
841 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) :2011/08/10(水) 11:19:12.73 ID:InK/Dj0lo
乙
うわあああ……正直これ序盤よりきつい
842 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) :2011/08/10(水) 11:21:50.52 ID:MrgfF4Kro
乙~
屋上さんとサチ姉ちゃんで飯が美味い
843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/08/10(水) 11:35:30.56 ID:kpV7h/KAO
ヒロインは噛ませの方が輝く理論
873 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長野県) :2011/08/10(水) 20:58:54.90 ID:JVXKT3bco
これはマルチEDを見たい
童貞だけにED…w
882 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:13:18.79 ID:FyktQczwo
何かを言わなければならない、と決意はしたものの、どこから手をつけたものか分からない。
結局悩みに悩んだ挙句、誰にも何も言えずに、タクミが帰る日になった。
俺と妹は一緒に幼馴染の家に行って、別れを惜しんだ。三姉妹も来ていた。俺と幼馴染は一言も話せなかった。
何かを言わなければならない、のだけれど、何をどう言ったものか、分からない。
タクミは平気そうな顔をしていた。何を考えているのか、つくづく分からない奴だ。
それでも、初めて会ったときのようにゲームを手放さないなんてことはなくなっていた。
るーは後輩の背に隠れて、何かを言いたそうにしている。寂しそうな表情。
タクミはそれを見て困った顔をする。
暑さがおさまり始めた昼下がりに、タクミたちの両親は幼馴染の家を出た。
タクミはるーを手招きして呼び寄せて、小声で何かを言った。
それを聞いたるーがくすくすと笑う。ふたりはそれっきり話をしなかった。
「またな」
と俺が言った。うん、とタクミは頷いた。
そのまま車に乗ってしまうのかと思ったら、彼は、今度は俺を呼び寄せた。
「なに?」
「ねえ、姉ちゃんと早めに仲直りしときなよ」
諭されてしまう。やっぱりこいつは大人だ。
「けっこう、落ち込んでたよ」
なんというか。まぁ、そうなのだろうけれど。
「まぁ、がんばるよ」
苦笑しながら答える。どうなるかは分からないし、どう言えばいいかも分からないけど。
でもまぁ、がんばる。
883 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:14:12.30 ID:FyktQczwo
彼は最後に、俺たちに向かって小さくお辞儀をした。大人だ。もうちょっと子供っぽくてもいいのに。
タクミを乗せた自動車は、あっという間に見えなくなった。
蜃気楼が道の先を歪ませていた。うっとうしいような蝉の声だけが、いつまでもそこらじゅうに響いている。
少し、落ち着かない空気が流れる。ユリコさんが、それを吹き飛ばそうとするみたいな大きな声をあげた。
彼女は俺たちを家の中に招こうとしたけれど、全員が断った。
なんとなく、もうちょっと黙っていたいような気分だった。
全員で俺の家に向かい、リビングで寝転がる。誰も何も言わなかった。
やがて、るーはソファに寝転がって顔を隠したまま眠ってしまった。
後輩は困ったみたいに笑った。
「るー、泣きませんでしたね」
彼女は少し意外そうだった。るーもタクミも、強がりなタイプで、弱いところを見せたがらない人種だ。
まだ子供なのに、俺よりもずっと大人だ。参る。
幼馴染も、俺たちの家にやってきていたけれど、俺とはちっとも言葉を交わさなかった。
黙っているというわけではなく、終始、妹に話を振っている。
このままじゃまずい、と思う。
窓の外から、まだうるさい蝉の声が続いている。
腹を決めるしかない。
タクミに言われてしまったわけだし。
幼馴染を誘ってコンビニに行く。彼女は少し緊張したような顔つきでついてきた。
こういうことはどう伝えるべきなのだろう。
下手に取り繕っても無意味だという気がした。
けれど、実際に考えを口に出す段階になると、どうしても躊躇してしまう。
蝉の鳴き声。赤く染まりかけた西の空。揺れる木々。かすかに肌を撫でる風。
隣り合って歩く。
言葉というものは、考えれば考えるほど混乱していく。
だから思ったことを単刀直入に言うべきなのだ。
でも。
言うとなると、難しい。
884 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/08/11(木) 12:14:39.72 ID:FyktQczwo
結局、コンビニに着くまで何も話すことができなかった。飲み物とアイスを買って店を出る。また並んで歩く。
帰りに公園に寄った。幼馴染は黙ってついてくる。
ブランコに座る。落ち着かない気持ち。
考えても仕方ないし、ずっとこうしていても仕方ない。
「俺さ」
幼馴染が息を呑んだ気がした。
間を置くのもわずらわしい気がして、はっきりと告げる。
「屋上さんのこと、好きだ」
声に出してみると、その言葉は俺の頭の中にすっと融けていった。いま言ったばかりの言葉が、心に自然に馴染む。
好きだ。
なんかもう、そうなってしまっている。
手遅れな感じ。
惚れたからにはしかたない。
長い時間、沈黙が続いた気がした。幼馴染の方を見ると、顔を俯けていて表情がよく分からない。
「私は」
と、しばらくあとに彼女は口を開いた。
「やっぱり、家族なの?」
否定しようとして、口をつぐんだ。どう言ったところで同じことだ。
俺は何も言わなかった。胸が痛む。緊張のせいか、息苦しささえ覚える。
そうじゃない。
家族だと思っているからとか、そういうことじゃない。
でも、それを言ったところで、何も変わらない。
彼女はじっと俯いたまま動こうとしなかった。ふと、トンボが飛んでいることに気付く。
それを追いかけていると、視線が上を向いた。夕月が青白く澄んだ空にぼんやりと浮かんでいる。夏の終わりが近付いていた。
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