アンパンマンは涙を流せない
Part2
44 :続き:[]2009/12/05(土) 15:15:11.14 ID:2ZTF1Df70
小さな音がした。
男達が目をやると、壁にヒビが入っていた。
そこから細かい破片が床へと降り注いでいた。
次の瞬間、ヒビの中心をぶち破るように、巨大なロボットが現れた。
「ハーヒフーヘホー!オレ様のロボットで、お前ら全員踏み潰してやる!」
バイキンUFOが変形した二足歩行ロボット、、通称『だだんだん』。
アンパンマンと何度も戦い、その度に苦い想いを経験しているロボットだ。
「しかぁし!お前らみたいな変な奴らに負けるほど、やわなロボットじゃないのだ!」
バイキンマンの高笑いが工場に響いた。
その声にドキンちゃんもほっと息をついた。たとえバイキンマンが負けても構わない。
これで全てが元通りだ。
バイキンマンは、情けない声をあげながら気を失い、
起きてから凄く落ち込むことだろう。
それを見ながら私はバイキンマンを馬鹿にするのだ。
アンパンマンじゃなくてもアンタはダメなのね、と。
まあたまには、その後傷の手当してあげても良いけど…。
けれど、いつもの展開には発展しそうになかった。
その場から居なくなってしまったのかと言うほど、男達は静かだった。
45 :続き:[]2009/12/05(土) 15:17:42.92 ID:2ZTF1Df70
「なによアンタたち!ビックリして声も出ないのね!」
焦ったようにドキンちゃんが叫んだ。
早く、いつもの展開に戻さなくてはいけない。
返答の代わりに、手を鳴らす音が聞こえた。
誰かが拍手している。こんな時に、拍手?
男の一人が感嘆の声をあげた。
「素晴らしい!素晴らしいよバイキンマン。
耳にしてはいたものの、実際に目にすると君の科学力には本当に驚かされるな。
是非ご教授いただきたいものだよ」
予想していた反応と違う。それだけでバイキンマンの手にはじっとりと汗が滲んできた。
「うるさーい!ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとドキンちゃんから離れろ!」
男達を蹴散らすように、ロボットが歩き始める。
普段だったら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うやつらを、笑いながら見下ろしていれば良い。
誰一人として踏み潰したりはせず、堂々と闊歩するだけで良い。
そしたら、アンパンマンのやつが現れてくれる。
しかし男達は、一匹の大きな生き物のように、一塊のままロボットから距離を取った。
声も出さずに全員で同じ動作を行う様子は、薄気味の悪さ以上に、
このまま相対してはいけない恐怖をバイキンマンに感じさせた。
「なにやってるのよバイキンマン!早くあいつらをやっつけて!」
ドキンちゃんの声が、バイキンマンを自分達の世界に繋ぎ止める。
「お前ら、俺様のロボットに手も足も出ないな!」
バイキンマンが再び歩き出そうと、レバーを握る手に力を込めた時、
男達が一斉に何かを取り出した。
「撃て」
誰が発したのか分からないその一言で、激しい金属音が鳴り響いた。
横殴りの雨を受けるように、無数の銃弾がロボットに降り注ぐ。
ドキンちゃんは聞いたことの無い音に襲われ、体を丸め、ぎゅっと目を閉じていた。
46 :続き:[]2009/12/05(土) 15:19:28.55 ID:2ZTF1Df70
銃声が鳴り止んだ。
経験したことの無い男たちの行動が、バイキンマンの全身に汗を噴出させた。
しかし幸いなことに、その行動にはアンパンマンほどの力は無かった。
バイキンマンの声が幾ばくかの元気を取り戻す。
「ハーヒフーヘホー!そんなものじゃ俺様のロボットはビクともしないのだ!」
男の一人が笑みを浮かべた。
「ああ、まったく、そのようだ。さすが、と言うべきかな」
「降参するのも今のうちだぞ!さっさと俺様の工場から出て行け!」
「何か特殊な金属でも使っているのか?傷一つ付かないとは」
「俺様は本気だからな!早くしないとギタギタにするぞ!」
「けれど、どうやらコクピットの強度はそれ程でも無さそうだ。
とは言ってもこの角度では君に当たりそうも無いのだがね」
「訳分かんないことばかり言いやがって!もう怒ったぞ!」
バイキンマンがロボットの足を踏み出そうと動かし始める。
男達はそれを見ても何ら表情を変えずに、先ほどと同じ様に銃を構えた。
47 :続き:[]2009/12/05(土) 15:22:39.28 ID:2ZTF1Df70
「何度でもやってみろ。俺様のロボットは無敵なのだ!」
「おっしゃる通り。では、こういう手はいかがかな?」
男達は銃口をロボットから別の対象へと向けた。
そこに居たのはドキンちゃん。
目をパチパチさせ、この後の展開を想像出来ないでいる。
バイキンマンも同じだった。
自分の知らないルールで、何が正しいのか、何をすればいいのか。
考え判断する思考を、持ち合わせていなかった。
ただ、ルールに関係無く、バイキンマンはドキンちゃんが好きだった。
大好きだった。
自分が何をして、何で喜ぶのか。
そんなことは分かりきっていたのだ。
再び、工場内が銃声で満たされていく。
50 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:28:27.55 ID:2ZTF1Df70
「バイキンマーン!ドキンちゃーん!」
食パンマンがあらん限りの声を振り絞っていた。しかし、すぐに声はかき消されてしまう。
バイキン工場内は、あちらこちらから爆発音が聞こえ、壁は崩れ落ちつつあった。
あとどれくらい持ち堪えてくれるのかも分からない。もう二人はここには居ないのだろうか。
「バイキンマーン!どこに居るんですかぁー!」
崩れる壁の中を縫うように、食パンマンは奥へと進んでいった。
ある部屋の入り口に、ゆらゆらと動く影が見える。
「あれは・・・ドキンちゃん!」
食パンマンの声に気づいたのだろう。ドキンちゃんも視線をあげた。
その目は虚ろで、まだ食パンマンの姿が見えてないようだった。
51 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:30:18.03 ID:2ZTF1Df70
食パンマンがドキンちゃんの目の前へと降り立つ。
様子がおかしい彼女の肩をつかみ、問いただした。
「ドキンちゃん、大丈夫ですか?いったい何が起こってるんです?これは誰の仕業なんですか?」
紳士な態度とは言えない矢継ぎ早な質問。
それでも、食パンマンの声に、存在に、ドキンちゃんの顔は力を取り戻していった。
そして質問に答える代わりに、くしゃっと顔をゆがめてしまった。
「食パンマン様ぁぁぁぁ」
ドキンちゃんは食パンマンに抱きつき、耳が痛くなるほどの泣き声をあげる。
困惑した食パンマンは彼女の肩を抱き、少し落ち着くのを待った。
しゃくり声をあげるドキンちゃんに、先ほどと同じ質問をかける。
「ここで何が、あったんですか?」
ドキンちゃんは何も言わず、小さく首を横に振った。
「これは誰の仕業なんですか?」
また首を振る。答えが得られることを信じていた食パンマンは、その反応にたじろいだ。
ドキンちゃんですら何も知らないとなると、今この世界はどこに向かっているのだろうか。
ずっと目を背けていた不安が一瞬にして食パンマンに絡みつく。
食パンマンもそれ以上ドキンちゃんに質問出来ないでいた。
次の展開を望むように、ドキンちゃんの顔の上で目を泳がせた。
52 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:31:58.48 ID:2ZTF1Df70
二人の沈黙を破るように、一際大きな爆発音がして、壁が激しく崩れ落ちてきた。
我に返ったように食パンマンは工場内を見渡す。
「ドキンちゃん!とりあえずここから出ましょう。このままでは二人とも埋まってしまいます」
コクコク、とドキンちゃんは頷いた。その手を取り、食パンマンは出口へと向かおうとした。
「なんなんですか一体・・・」
手を引かれるがままにドキンちゃんも歩き出そうとする。
「バイキンマンの仕業じゃないとは・・・」
その瞬間、急に食パンマンの手が振りほどかれた。
驚いて後ろを向くと、ドキンちゃんは真っ直ぐに食パンマンを見つめていた。
「食パンマン様、ごめんなさい。アタシ行けない」
「何言ってるんですかドキンちゃん!このままでは工場が崩れ落ちてしまいますよ!」
「でもダメなの。だって、バイキンマンが待ってる」
「え、バイキンマンがいるんですか?」
食パンマンの声を無視するかのように、ドキンちゃんは元いた場所に向かって走り出した。
その後姿追いかけようとした食パンマンの視界を、崩れ落ちてきた壁が遮る。
「ドキンちゃーん!」
もうその声は彼女に届いていないようだった。
53 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:34:51.73 ID:2ZTF1Df70
地震のように激しく床が揺れている。
眼前に広がるのは数時間前とは打って変わった工場内の景色。
壁は残っているところを探す方が難しく、至るとこに亀裂が走り崩壊している。
その中心に巨大なロボットが居た。
四つんばいの格好で、先ほどまで動いていたのが嘘のように、重い金属の塊と化している。
ドキンちゃんはコクピットの部分に寄りかかった。
「全く、アンタのおかげで私もここに残るはめになっちゃったじゃない」
セリフとは裏腹にその声は穏やかだった。
「食パンマン様の誘いを断ったのよ?せっかくのデートだったのに」
「でもこんな埃だらけじゃダメよね。・・・何嬉しそうな顔してるのよ。しょうがないわね」
「目が覚めたら、早く工場内を綺麗にするのよ。
綺麗なのが苦手だからって、今回ばかりは許さないんだから」
コクピットを覆っていたガラスは粉々に砕かれている。
その中、バイキンマンは背もたれに体を預けて目を瞑っていた。
54 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:38:37.77 ID:2ZTF1Df70
眠ったように静かなバイキンマン。
その表情は、今までにないくらい幸せに満ちている。
ただ、バイキンマンの下半身は、跡形もなく、見るも無残に消し飛んでいた。
無数の銃弾がバイキンマンの体を引き千切っていた。
「ねぇ、早く、目を覚ましてよ。バイキンマン・・・」
そんなバイキンマンを見て、ドキンちゃんは微笑む。
幸せそうな表情のバイキンマン。
周囲を崩れ落ちた壁が包み込む。
静かに、ゆっくりと、二人の世界が終わりを告げた。
55 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:50:35.28 ID:O7r692SNO
うわあああああん
61 :続き:[]2009/12/06(日) 03:10:57.11 ID:WVDFJSYT0
アンパンマンは躊躇した。
パン工場のドアに手をかけたまま、一瞬その動きを止めてしまった。
このままドアを開けても良いのだろうか。
いや、良い悪いでは無い。自分はこのドアを開けても、自分でいられるのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分の変化に、アンパンマンは気づけないでいた。
異なるルールが、徐々にアンパンマンの精神を塗りつぶしていく。
不吉な考えを追い払うように頭を振り、ドアを開けた。
62 :続き:[]2009/12/06(日) 03:12:44.06 ID:WVDFJSYT0
室内は薄暗く、異様な臭気が漂っていた。
暗いのは明かりだけじゃない。ジャムおじさんとバタ子さん、
二人の明るい声も聞こえてこなかった。
アンパンマンは中に足を踏み入れることが出来なかった。
助けを求めるように、工場内に視線を巡らせる。
「ジャムおじさん。バタ子さん。居ないんですか?」
それはアンパンマンが出してはいけない声だった。
顔は一切濡れてないはずなのに、怯えと困惑の色で満たされた声。
勇気の化身であるはずのアンパンマンが、アンパンマンで無くなってしまった瞬間。
見えてはいた。
床に横たわる“それ”が、視界には入っていたのだ。
ただそれは、この世界にあるはずも無い物。あってはならない概念。
ゆっくりと、アンパンマンは工場内に足を踏み入れる。
それを目の前にしても、アンパンマンはまだ理解することを拒否していた。
それに手をかけ、ごろりと上を向かせる。
頭を打ちぬかれた死体。
数時間前、ジャムおじさんであった物体。
アンパンマンは息を呑んだ。
名前を呼んではいけない。これがジャムおじさんであってはならない。
快活な笑顔と優しい声。それを持たぬこれを、ジャムおじさんと呼んではいけない。
後ずさるようにアンパンマンはそれから離れた。
壁に寄りかかり、上手く息を吸うことの出来ない胸を押さえた。
63 :続き:[]2009/12/06(日) 03:14:36.70 ID:WVDFJSYT0
「アン・・・パ・・・ン」
かすかに聞こえる声に、アンパンマンは小動物のように飛び上がった。
「アンパンマン・・・そこに居るの?」
声の主は、バタ子さんだ。
それに気づいたアンパンマンはすぐさま彼女のもとに駆け寄った。
バタ子さんも、部屋の奥で床に横たわっていた。
アンパンマンはバタ子さんを抱き起こす。
しかし、抱き起こしたバタ子さんは、アンパンマンの知らない誰かだった。
「アンパンマン、無事だったの?」
バタ子さんの声がするものの、彼女の顔は赤い液体がべっとりとへばり付いている。
「アンパンマン・・・なの?私、今、何も見えないの」
彼女の目は赤黒く、一欠けらの光も映しこんではいない。
「ジャムおじさんも、チーズも、あいつらにやられてしまったの・・・」
これは誰だ?
いや、僕は知っている。
本当は理解しているのだ。
ああ、もう、戻れない。
昨日までの日々には、もう戻れないのだ。
64 :続き:[]2009/12/06(日) 03:16:08.01 ID:WVDFJSYT0
一歩、踏み出さなくてはならなかった。
腕の中で横たわる彼女の、大好きだった彼女の、
愛おしい名前を、僕はちゃんと呼んであげなくてはならない。
「バタ子さん、大丈夫ですか?」
恐怖も不安も、そこには含まれていなかった。別の何かが体を支配していく。
バタ子さんは力無い笑顔を向けた。
「アンパンマン、良かった。無事だったのね」
「いったい、何があったんです?」
「急にあいつらがやって来たの。外から。私達の知らないところから」
「あいつら?」
「人間、と言っていたわ。あいつらは、この世界にあってはならない物を持っていたの」
「・・・そいつらがバタ子さんを、皆を、こんな風にしたんですね」
アンパンマンは、バタ子さんを自らの胸の中できつく抱きしめた。
「離して、アンパンマン。顔が汚れてしまうわ」
聞こえないかのようにアンパンマンは抱きしめ続けた。
「ねえアンパンマン。私、分かっているの。
私はもうバタ子さんでは無いわ。もうパンを焼いたり、笑ったりは出来ない。
あなたの知ってるバタ子さんはここには居ないのよ。
だから、ねえ、もう放っておいていいのよ」
バタ子さんもまた、自らをルールの外に置いていた。
全てを受け入れ、理解していた。
なぜかその声はいつもより優しく聞こえた。
65 :続き:[]2009/12/06(日) 03:18:26.94 ID:WVDFJSYT0
「アンパンマン、泣いているの?」
バタ子さんの顔の上へと、涙が落ちる。
「顔が濡れてしまっては力が出ないでしょう。正義の味方なのに、子供みたいよ」
バタ子さんはくすくすと笑った。
「いつもだったら、すぐに新しい顔を焼いてあげられるのに。
ごめんなさい。私にはもう無理なの」
アンパンマンは黙って首を振る。
「でもアンパンマン、安心して。釜の中に最後の一つが残っているわ。
それをつけたらもう泣いてはダメよ?アナタは正義の味方なんだから。
他の人達を助けに行って」
「・・・バタ子さん」
何でも良い、何でも良いから声をかけたいのに、
アンパンマンの口からは何も発することが出来なかった。
「ほら、早く行きなさい」
バタ子さんは、ニッコリと微笑んでみせる。
そして明るい声で言った。
「それいけ、僕らの、アンパンマン」
腕の中の彼女がずっしりと重くなった。
もう彼女は話すことも、笑うことも出来なくなってしまった。
不思議なことに、経験したことの無かったそれを、
アンパンマンはすんなりと受け入れることが出来た。
66 :続き:[]2009/12/06(日) 03:21:31.78 ID:WVDFJSYT0
アンパンマンは目を閉じ、もう一度きつく抱きしめた後、
静かに、大切に、彼女を床へと寝かせた。
力の入らぬ体で立ち上がり、釜の前へと足を進める。
普段なら軽く開けられる扉が、やけに重く感じる。
中にはバタ子さんの言った通り、アンパンマンの顔が入っていた。
しかしそれは焼きあがる前の、生の生地だった。
手に取ると湿っていて、重く、指がめり込むようだった。
ふわふわで温かい新しい顔とは似ても似つかない代物。
それでもアンパンマンは自らの顔を外し、新しい顔へと付け替えた。
膝から崩れ落ちそうになる。体中に重りをつけられたかのように、全身から力が抜けた。
それでも足を踏ん張り、歯を食いしばった。
あらん限りの力で足を上げ、出口へと一歩を踏み出そうとした時、
空気を震えさせるような爆音が響いた。
激しい衝撃が体を貫く。
気がつけば周囲は炎に包まれていた。
バタ子さんも、ジャムおじさんも、見る間に黒ずみ縮んでいく。
炎に揺らめきながら、外の方に何かが見えた。
67 :続き:[]2009/12/06(日) 03:23:31.24 ID:WVDFJSYT0
「ヤーヤーヤーヤー。これでかの有名なパン工場も一巻の終わりといったところだね。
アンパンマンも彼らと共に消し炭と変わったことだろう。
仲間とともに死ねるなら、優しいアンパンマンの本望だろうさ」
パン工場の外には男達が一列に並んでいる。
その後ろには巨大な鉄の車。主力戦車、MIエイブラムス。
「うんうんうんうん。なんと嬉しきことかな。
アンパンマンが居ないとなれば、この世界は我々のものになったも当然だ。」
男は両手を広げて空を仰ぎ見た。
「豊富な土地と資源。我々の世界とは異なる性質を持つ未知なる物質。
科学者でなくても、この世界の素晴らしさには感動せざるを得ないね」
燃えさかるパン工場が音を立てて崩れ落ちた。
68 :続き:[]2009/12/06(日) 03:25:38.77 ID:WVDFJSYT0
「ん?」
男の目に、炎の中、一つの影が揺らめいてるのが見える。
「君が・・・」
その影が何かをつぶやいた。男の耳には届いてこない。
「君が僕を・・・」
「全く、しつこい奴だ」
男が後ろの戦車へと合図を送る。轟音とともに主砲が発射された。
爆風と炎が影を包み込む。
が、次の瞬間、影を包んでいた炎が全て吹き飛ばされていた。
突風が吹いたのではない。
彼が自らのマントを翻し、全ての炎を消し去ったのだ。
瓦礫の中、アンパンマンが立っている。
「君が僕を」
その声は空気を震わし、地面を揺らした。
「焼成させた!」
それは咆哮に似た叫びだった。
69 :続き:[]2009/12/06(日) 03:29:23.81 ID:WVDFJSYT0
釜で焼かれた顔ではない。
斑についた焦げ目は醜く、優しい顔など作れやしない。
それでも体の内には、ふつふつと力が湧いてきている。
新しく手に入れた感情、手にしたくなかった感情。
愛や勇気はもう自分の体を満たしてはくれない。
それでも、それでも戦う。
譲れない何かのために。
たった一つの理由のために。
アンパンマンはその決意を言葉に込めた。
誰に言うでもなく、一人つぶやく。
「元気百倍、アンパンマン」
72 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/06(日) 08:27:08.50 ID:gzg/UEh00
バイキンマンのところから目の前がみえない!!!!!!
おおおおおおおわりじゃないよな!
77 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/06(日) 12:15:09.76 ID:HzFSNraaO
なんてスレを開いちまったんだ…。
気になって布団からでられないじゃないか。
83 :続き:[]2009/12/06(日) 18:12:46.04 ID:8+fcfG650
それはまさに、ファンタジーの世界だった。
全ての悪を屠る強さ。
物語で読むヒーローの姿。
部隊を一歩前へ出させた。攻撃目標はもちろん彼だ。
ただ、銃を構えさせる前に、一人の頭が消し飛んだ。
瓦礫の中に居たはずの彼がそこに居る。彼に我々の距離の概念は通用しない。
拳の一振りで、熟したトマトのように頭部が弾ける。
残された体は小刻みに震えていた。
その場に居た男達が一斉に銃を向ける。
しかしそこに彼は居ない。銃口を四方へ向けながらその姿を探す。
馬鹿なやつらめ。彼には重力の概念すら無いというのに。
男の視線の先に彼が居た。
空中で、マントをなびかせながら、眼下に居る我々を見下ろしている。
小さな音がした。
男達が目をやると、壁にヒビが入っていた。
そこから細かい破片が床へと降り注いでいた。
次の瞬間、ヒビの中心をぶち破るように、巨大なロボットが現れた。
「ハーヒフーヘホー!オレ様のロボットで、お前ら全員踏み潰してやる!」
バイキンUFOが変形した二足歩行ロボット、、通称『だだんだん』。
アンパンマンと何度も戦い、その度に苦い想いを経験しているロボットだ。
「しかぁし!お前らみたいな変な奴らに負けるほど、やわなロボットじゃないのだ!」
バイキンマンの高笑いが工場に響いた。
その声にドキンちゃんもほっと息をついた。たとえバイキンマンが負けても構わない。
これで全てが元通りだ。
バイキンマンは、情けない声をあげながら気を失い、
起きてから凄く落ち込むことだろう。
それを見ながら私はバイキンマンを馬鹿にするのだ。
アンパンマンじゃなくてもアンタはダメなのね、と。
まあたまには、その後傷の手当してあげても良いけど…。
けれど、いつもの展開には発展しそうになかった。
その場から居なくなってしまったのかと言うほど、男達は静かだった。
45 :続き:[]2009/12/05(土) 15:17:42.92 ID:2ZTF1Df70
「なによアンタたち!ビックリして声も出ないのね!」
焦ったようにドキンちゃんが叫んだ。
早く、いつもの展開に戻さなくてはいけない。
返答の代わりに、手を鳴らす音が聞こえた。
誰かが拍手している。こんな時に、拍手?
男の一人が感嘆の声をあげた。
「素晴らしい!素晴らしいよバイキンマン。
耳にしてはいたものの、実際に目にすると君の科学力には本当に驚かされるな。
是非ご教授いただきたいものだよ」
予想していた反応と違う。それだけでバイキンマンの手にはじっとりと汗が滲んできた。
「うるさーい!ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとドキンちゃんから離れろ!」
男達を蹴散らすように、ロボットが歩き始める。
普段だったら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うやつらを、笑いながら見下ろしていれば良い。
誰一人として踏み潰したりはせず、堂々と闊歩するだけで良い。
そしたら、アンパンマンのやつが現れてくれる。
しかし男達は、一匹の大きな生き物のように、一塊のままロボットから距離を取った。
声も出さずに全員で同じ動作を行う様子は、薄気味の悪さ以上に、
このまま相対してはいけない恐怖をバイキンマンに感じさせた。
「なにやってるのよバイキンマン!早くあいつらをやっつけて!」
ドキンちゃんの声が、バイキンマンを自分達の世界に繋ぎ止める。
「お前ら、俺様のロボットに手も足も出ないな!」
バイキンマンが再び歩き出そうと、レバーを握る手に力を込めた時、
男達が一斉に何かを取り出した。
「撃て」
誰が発したのか分からないその一言で、激しい金属音が鳴り響いた。
横殴りの雨を受けるように、無数の銃弾がロボットに降り注ぐ。
ドキンちゃんは聞いたことの無い音に襲われ、体を丸め、ぎゅっと目を閉じていた。
46 :続き:[]2009/12/05(土) 15:19:28.55 ID:2ZTF1Df70
銃声が鳴り止んだ。
経験したことの無い男たちの行動が、バイキンマンの全身に汗を噴出させた。
しかし幸いなことに、その行動にはアンパンマンほどの力は無かった。
バイキンマンの声が幾ばくかの元気を取り戻す。
「ハーヒフーヘホー!そんなものじゃ俺様のロボットはビクともしないのだ!」
男の一人が笑みを浮かべた。
「ああ、まったく、そのようだ。さすが、と言うべきかな」
「降参するのも今のうちだぞ!さっさと俺様の工場から出て行け!」
「何か特殊な金属でも使っているのか?傷一つ付かないとは」
「俺様は本気だからな!早くしないとギタギタにするぞ!」
「けれど、どうやらコクピットの強度はそれ程でも無さそうだ。
とは言ってもこの角度では君に当たりそうも無いのだがね」
「訳分かんないことばかり言いやがって!もう怒ったぞ!」
バイキンマンがロボットの足を踏み出そうと動かし始める。
男達はそれを見ても何ら表情を変えずに、先ほどと同じ様に銃を構えた。
47 :続き:[]2009/12/05(土) 15:22:39.28 ID:2ZTF1Df70
「何度でもやってみろ。俺様のロボットは無敵なのだ!」
「おっしゃる通り。では、こういう手はいかがかな?」
男達は銃口をロボットから別の対象へと向けた。
そこに居たのはドキンちゃん。
目をパチパチさせ、この後の展開を想像出来ないでいる。
バイキンマンも同じだった。
自分の知らないルールで、何が正しいのか、何をすればいいのか。
考え判断する思考を、持ち合わせていなかった。
ただ、ルールに関係無く、バイキンマンはドキンちゃんが好きだった。
大好きだった。
自分が何をして、何で喜ぶのか。
そんなことは分かりきっていたのだ。
再び、工場内が銃声で満たされていく。
50 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:28:27.55 ID:2ZTF1Df70
「バイキンマーン!ドキンちゃーん!」
食パンマンがあらん限りの声を振り絞っていた。しかし、すぐに声はかき消されてしまう。
バイキン工場内は、あちらこちらから爆発音が聞こえ、壁は崩れ落ちつつあった。
あとどれくらい持ち堪えてくれるのかも分からない。もう二人はここには居ないのだろうか。
「バイキンマーン!どこに居るんですかぁー!」
崩れる壁の中を縫うように、食パンマンは奥へと進んでいった。
ある部屋の入り口に、ゆらゆらと動く影が見える。
「あれは・・・ドキンちゃん!」
食パンマンの声に気づいたのだろう。ドキンちゃんも視線をあげた。
その目は虚ろで、まだ食パンマンの姿が見えてないようだった。
食パンマンがドキンちゃんの目の前へと降り立つ。
様子がおかしい彼女の肩をつかみ、問いただした。
「ドキンちゃん、大丈夫ですか?いったい何が起こってるんです?これは誰の仕業なんですか?」
紳士な態度とは言えない矢継ぎ早な質問。
それでも、食パンマンの声に、存在に、ドキンちゃんの顔は力を取り戻していった。
そして質問に答える代わりに、くしゃっと顔をゆがめてしまった。
「食パンマン様ぁぁぁぁ」
ドキンちゃんは食パンマンに抱きつき、耳が痛くなるほどの泣き声をあげる。
困惑した食パンマンは彼女の肩を抱き、少し落ち着くのを待った。
しゃくり声をあげるドキンちゃんに、先ほどと同じ質問をかける。
「ここで何が、あったんですか?」
ドキンちゃんは何も言わず、小さく首を横に振った。
「これは誰の仕業なんですか?」
また首を振る。答えが得られることを信じていた食パンマンは、その反応にたじろいだ。
ドキンちゃんですら何も知らないとなると、今この世界はどこに向かっているのだろうか。
ずっと目を背けていた不安が一瞬にして食パンマンに絡みつく。
食パンマンもそれ以上ドキンちゃんに質問出来ないでいた。
次の展開を望むように、ドキンちゃんの顔の上で目を泳がせた。
52 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:31:58.48 ID:2ZTF1Df70
二人の沈黙を破るように、一際大きな爆発音がして、壁が激しく崩れ落ちてきた。
我に返ったように食パンマンは工場内を見渡す。
「ドキンちゃん!とりあえずここから出ましょう。このままでは二人とも埋まってしまいます」
コクコク、とドキンちゃんは頷いた。その手を取り、食パンマンは出口へと向かおうとした。
「なんなんですか一体・・・」
手を引かれるがままにドキンちゃんも歩き出そうとする。
「バイキンマンの仕業じゃないとは・・・」
その瞬間、急に食パンマンの手が振りほどかれた。
驚いて後ろを向くと、ドキンちゃんは真っ直ぐに食パンマンを見つめていた。
「食パンマン様、ごめんなさい。アタシ行けない」
「何言ってるんですかドキンちゃん!このままでは工場が崩れ落ちてしまいますよ!」
「でもダメなの。だって、バイキンマンが待ってる」
「え、バイキンマンがいるんですか?」
食パンマンの声を無視するかのように、ドキンちゃんは元いた場所に向かって走り出した。
その後姿追いかけようとした食パンマンの視界を、崩れ落ちてきた壁が遮る。
「ドキンちゃーん!」
もうその声は彼女に届いていないようだった。
53 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:34:51.73 ID:2ZTF1Df70
地震のように激しく床が揺れている。
眼前に広がるのは数時間前とは打って変わった工場内の景色。
壁は残っているところを探す方が難しく、至るとこに亀裂が走り崩壊している。
その中心に巨大なロボットが居た。
四つんばいの格好で、先ほどまで動いていたのが嘘のように、重い金属の塊と化している。
ドキンちゃんはコクピットの部分に寄りかかった。
「全く、アンタのおかげで私もここに残るはめになっちゃったじゃない」
セリフとは裏腹にその声は穏やかだった。
「食パンマン様の誘いを断ったのよ?せっかくのデートだったのに」
「でもこんな埃だらけじゃダメよね。・・・何嬉しそうな顔してるのよ。しょうがないわね」
「目が覚めたら、早く工場内を綺麗にするのよ。
綺麗なのが苦手だからって、今回ばかりは許さないんだから」
コクピットを覆っていたガラスは粉々に砕かれている。
その中、バイキンマンは背もたれに体を預けて目を瞑っていた。
54 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:38:37.77 ID:2ZTF1Df70
眠ったように静かなバイキンマン。
その表情は、今までにないくらい幸せに満ちている。
ただ、バイキンマンの下半身は、跡形もなく、見るも無残に消し飛んでいた。
無数の銃弾がバイキンマンの体を引き千切っていた。
「ねぇ、早く、目を覚ましてよ。バイキンマン・・・」
そんなバイキンマンを見て、ドキンちゃんは微笑む。
幸せそうな表情のバイキンマン。
周囲を崩れ落ちた壁が包み込む。
静かに、ゆっくりと、二人の世界が終わりを告げた。
55 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/05(土) 18:50:35.28 ID:O7r692SNO
うわあああああん
61 :続き:[]2009/12/06(日) 03:10:57.11 ID:WVDFJSYT0
アンパンマンは躊躇した。
パン工場のドアに手をかけたまま、一瞬その動きを止めてしまった。
このままドアを開けても良いのだろうか。
いや、良い悪いでは無い。自分はこのドアを開けても、自分でいられるのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分の変化に、アンパンマンは気づけないでいた。
異なるルールが、徐々にアンパンマンの精神を塗りつぶしていく。
不吉な考えを追い払うように頭を振り、ドアを開けた。
62 :続き:[]2009/12/06(日) 03:12:44.06 ID:WVDFJSYT0
室内は薄暗く、異様な臭気が漂っていた。
暗いのは明かりだけじゃない。ジャムおじさんとバタ子さん、
二人の明るい声も聞こえてこなかった。
アンパンマンは中に足を踏み入れることが出来なかった。
助けを求めるように、工場内に視線を巡らせる。
「ジャムおじさん。バタ子さん。居ないんですか?」
それはアンパンマンが出してはいけない声だった。
顔は一切濡れてないはずなのに、怯えと困惑の色で満たされた声。
勇気の化身であるはずのアンパンマンが、アンパンマンで無くなってしまった瞬間。
見えてはいた。
床に横たわる“それ”が、視界には入っていたのだ。
ただそれは、この世界にあるはずも無い物。あってはならない概念。
ゆっくりと、アンパンマンは工場内に足を踏み入れる。
それを目の前にしても、アンパンマンはまだ理解することを拒否していた。
それに手をかけ、ごろりと上を向かせる。
頭を打ちぬかれた死体。
数時間前、ジャムおじさんであった物体。
アンパンマンは息を呑んだ。
名前を呼んではいけない。これがジャムおじさんであってはならない。
快活な笑顔と優しい声。それを持たぬこれを、ジャムおじさんと呼んではいけない。
後ずさるようにアンパンマンはそれから離れた。
壁に寄りかかり、上手く息を吸うことの出来ない胸を押さえた。
63 :続き:[]2009/12/06(日) 03:14:36.70 ID:WVDFJSYT0
「アン・・・パ・・・ン」
かすかに聞こえる声に、アンパンマンは小動物のように飛び上がった。
「アンパンマン・・・そこに居るの?」
声の主は、バタ子さんだ。
それに気づいたアンパンマンはすぐさま彼女のもとに駆け寄った。
バタ子さんも、部屋の奥で床に横たわっていた。
アンパンマンはバタ子さんを抱き起こす。
しかし、抱き起こしたバタ子さんは、アンパンマンの知らない誰かだった。
「アンパンマン、無事だったの?」
バタ子さんの声がするものの、彼女の顔は赤い液体がべっとりとへばり付いている。
「アンパンマン・・・なの?私、今、何も見えないの」
彼女の目は赤黒く、一欠けらの光も映しこんではいない。
「ジャムおじさんも、チーズも、あいつらにやられてしまったの・・・」
これは誰だ?
いや、僕は知っている。
本当は理解しているのだ。
ああ、もう、戻れない。
昨日までの日々には、もう戻れないのだ。
64 :続き:[]2009/12/06(日) 03:16:08.01 ID:WVDFJSYT0
一歩、踏み出さなくてはならなかった。
腕の中で横たわる彼女の、大好きだった彼女の、
愛おしい名前を、僕はちゃんと呼んであげなくてはならない。
「バタ子さん、大丈夫ですか?」
恐怖も不安も、そこには含まれていなかった。別の何かが体を支配していく。
バタ子さんは力無い笑顔を向けた。
「アンパンマン、良かった。無事だったのね」
「いったい、何があったんです?」
「急にあいつらがやって来たの。外から。私達の知らないところから」
「あいつら?」
「人間、と言っていたわ。あいつらは、この世界にあってはならない物を持っていたの」
「・・・そいつらがバタ子さんを、皆を、こんな風にしたんですね」
アンパンマンは、バタ子さんを自らの胸の中できつく抱きしめた。
「離して、アンパンマン。顔が汚れてしまうわ」
聞こえないかのようにアンパンマンは抱きしめ続けた。
「ねえアンパンマン。私、分かっているの。
私はもうバタ子さんでは無いわ。もうパンを焼いたり、笑ったりは出来ない。
あなたの知ってるバタ子さんはここには居ないのよ。
だから、ねえ、もう放っておいていいのよ」
バタ子さんもまた、自らをルールの外に置いていた。
全てを受け入れ、理解していた。
なぜかその声はいつもより優しく聞こえた。
65 :続き:[]2009/12/06(日) 03:18:26.94 ID:WVDFJSYT0
「アンパンマン、泣いているの?」
バタ子さんの顔の上へと、涙が落ちる。
「顔が濡れてしまっては力が出ないでしょう。正義の味方なのに、子供みたいよ」
バタ子さんはくすくすと笑った。
「いつもだったら、すぐに新しい顔を焼いてあげられるのに。
ごめんなさい。私にはもう無理なの」
アンパンマンは黙って首を振る。
「でもアンパンマン、安心して。釜の中に最後の一つが残っているわ。
それをつけたらもう泣いてはダメよ?アナタは正義の味方なんだから。
他の人達を助けに行って」
「・・・バタ子さん」
何でも良い、何でも良いから声をかけたいのに、
アンパンマンの口からは何も発することが出来なかった。
「ほら、早く行きなさい」
バタ子さんは、ニッコリと微笑んでみせる。
そして明るい声で言った。
「それいけ、僕らの、アンパンマン」
腕の中の彼女がずっしりと重くなった。
もう彼女は話すことも、笑うことも出来なくなってしまった。
不思議なことに、経験したことの無かったそれを、
アンパンマンはすんなりと受け入れることが出来た。
66 :続き:[]2009/12/06(日) 03:21:31.78 ID:WVDFJSYT0
アンパンマンは目を閉じ、もう一度きつく抱きしめた後、
静かに、大切に、彼女を床へと寝かせた。
力の入らぬ体で立ち上がり、釜の前へと足を進める。
普段なら軽く開けられる扉が、やけに重く感じる。
中にはバタ子さんの言った通り、アンパンマンの顔が入っていた。
しかしそれは焼きあがる前の、生の生地だった。
手に取ると湿っていて、重く、指がめり込むようだった。
ふわふわで温かい新しい顔とは似ても似つかない代物。
それでもアンパンマンは自らの顔を外し、新しい顔へと付け替えた。
膝から崩れ落ちそうになる。体中に重りをつけられたかのように、全身から力が抜けた。
それでも足を踏ん張り、歯を食いしばった。
あらん限りの力で足を上げ、出口へと一歩を踏み出そうとした時、
空気を震えさせるような爆音が響いた。
激しい衝撃が体を貫く。
気がつけば周囲は炎に包まれていた。
バタ子さんも、ジャムおじさんも、見る間に黒ずみ縮んでいく。
炎に揺らめきながら、外の方に何かが見えた。
67 :続き:[]2009/12/06(日) 03:23:31.24 ID:WVDFJSYT0
「ヤーヤーヤーヤー。これでかの有名なパン工場も一巻の終わりといったところだね。
アンパンマンも彼らと共に消し炭と変わったことだろう。
仲間とともに死ねるなら、優しいアンパンマンの本望だろうさ」
パン工場の外には男達が一列に並んでいる。
その後ろには巨大な鉄の車。主力戦車、MIエイブラムス。
「うんうんうんうん。なんと嬉しきことかな。
アンパンマンが居ないとなれば、この世界は我々のものになったも当然だ。」
男は両手を広げて空を仰ぎ見た。
「豊富な土地と資源。我々の世界とは異なる性質を持つ未知なる物質。
科学者でなくても、この世界の素晴らしさには感動せざるを得ないね」
燃えさかるパン工場が音を立てて崩れ落ちた。
68 :続き:[]2009/12/06(日) 03:25:38.77 ID:WVDFJSYT0
「ん?」
男の目に、炎の中、一つの影が揺らめいてるのが見える。
「君が・・・」
その影が何かをつぶやいた。男の耳には届いてこない。
「君が僕を・・・」
「全く、しつこい奴だ」
男が後ろの戦車へと合図を送る。轟音とともに主砲が発射された。
爆風と炎が影を包み込む。
が、次の瞬間、影を包んでいた炎が全て吹き飛ばされていた。
突風が吹いたのではない。
彼が自らのマントを翻し、全ての炎を消し去ったのだ。
瓦礫の中、アンパンマンが立っている。
「君が僕を」
その声は空気を震わし、地面を揺らした。
「焼成させた!」
それは咆哮に似た叫びだった。
69 :続き:[]2009/12/06(日) 03:29:23.81 ID:WVDFJSYT0
釜で焼かれた顔ではない。
斑についた焦げ目は醜く、優しい顔など作れやしない。
それでも体の内には、ふつふつと力が湧いてきている。
新しく手に入れた感情、手にしたくなかった感情。
愛や勇気はもう自分の体を満たしてはくれない。
それでも、それでも戦う。
譲れない何かのために。
たった一つの理由のために。
アンパンマンはその決意を言葉に込めた。
誰に言うでもなく、一人つぶやく。
「元気百倍、アンパンマン」
72 :ローカルルール変更議論中@VIP+:[]2009/12/06(日) 08:27:08.50 ID:gzg/UEh00
バイキンマンのところから目の前がみえない!!!!!!
おおおおおおおわりじゃないよな!
なんてスレを開いちまったんだ…。
気になって布団からでられないじゃないか。
83 :続き:[]2009/12/06(日) 18:12:46.04 ID:8+fcfG650
それはまさに、ファンタジーの世界だった。
全ての悪を屠る強さ。
物語で読むヒーローの姿。
部隊を一歩前へ出させた。攻撃目標はもちろん彼だ。
ただ、銃を構えさせる前に、一人の頭が消し飛んだ。
瓦礫の中に居たはずの彼がそこに居る。彼に我々の距離の概念は通用しない。
拳の一振りで、熟したトマトのように頭部が弾ける。
残された体は小刻みに震えていた。
その場に居た男達が一斉に銃を向ける。
しかしそこに彼は居ない。銃口を四方へ向けながらその姿を探す。
馬鹿なやつらめ。彼には重力の概念すら無いというのに。
男の視線の先に彼が居た。
空中で、マントをなびかせながら、眼下に居る我々を見下ろしている。
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