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つれづれに
[8] -25 -50 

1: ◆bEw.9iwJh2:2016/10/18(火) 03:32:32 ID:HhoWsFjMjM

『手紙』

郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。




221: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/9(日) 14:50:12 ID:ehhT3UCq2M



………あれから幾つかの停留所に停まり、乗客の姿はどんどんと減っていった。

停留所の名前はどれも聞き覚えのないもので、窓の向こうには相変わらず明かり一つ見えてこない。

体も座席から動けぬままである。

(それにしても、おかしい)

このバスも停留所名もだが、乗客もどこか様子がおかしいのだ。

例えば数席前に座っている女子高生。

あの年代ならばスマホアプリを操作したりなどしているだろうに、俯き加減で大人しく座っている。

例えば赤ん坊を連れた女性。

斜め前に見える赤ん坊は女性の腕の中にじっと収まったまま泣きもしない。私には中学生の娘がいるが、赤ん坊だった頃は腹を空かしたりおむつの具合などでよく泣き喚いていたものだ。

……おかしいどころの話ではない。異常そのものではないか。


222: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/9(日) 18:30:46 ID:ehhT3UCq2M

赤ん坊…ああ、早く我が家に帰りたい。妻と娘が待つ、我が家に。

何故私はまっすぐに帰宅しなかったのだろうか。反抗期の娘に酒臭いと睨み付けられた先週が、随分と昔の出来事のようだ。


《ギギギザザこガガッ、次…おのこごジジジ…ます…ギィッ》


アナウンスの雑音はどんどん酷くなる。聞き取れたのは停留所の名前だけだった。

数席前の女子高生が立ち上がり、乗車券を運転士に渡して降りていく。

バスから姿が消えるその一瞬、女子高生の横顔と白い夏服がどうしてか赤黒く染まって見えて、背筋を汗が伝った。


223: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/9(日) 19:01:37 ID:ehhT3UCq2M

もう車内には私と赤ん坊連れの女性しか乗客はいない。ぴくりとも動かない赤ん坊。そういえば、女性が赤ん坊を抱き直す仕草は見ただろうか?

良くない想像が脳内を満たす。ああ、酔い潰れた末の悪夢であってほしい。

バスのスピードが緩やかになる。次の停留所が近付いているのだろう。


《…次ザザぐめ……ザザザうぐめに…停まりまギギギギギギィィィ》


最後の方の凄まじい音割れに、思わず噛み締めた歯がぎちりと鳴った。

赤ん坊を抱いた女性がゆらりと立ち上がる。いつの間に取り出したのか乗車券を口にくわえて、乗降口へと進む。


224: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/10(月) 05:03:53 ID:QxgkMEDhOo

ふらふらした足取りで女性は車内をゆっくりと歩く。もしかして具合が悪いのだろうか。そう思った時、

ぱたっ、ばたたっ、

水音と共に何かが床に落ちた。

嫌な予感がして、見てはいけないと咄嗟に顔を逸らそうとしたが、遅かった。



−−血が、床を赤く染めている。



女性が歩みを進める度に、その面積は増えていく。フレアスカートというのだったか、元はふわりとしたスカートが大量の血で女性の両足にびたびたとまとわりついていた。しかし女性は赤ん坊を抱えたまま、歩き続けている。

乗降口そば、運転士は床一面を染める血を何とも思っていないのか、女性が口にくわえていた乗車券を取った。

その時見えた赤ん坊の顔は、床と同じように血で真っ赤に染まっていた。


225: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/10(月) 05:18:40 ID:Mg8krcvzH2

理解出来ない光景に吐き気が込み上げる。しかし私の口からは未だ酒臭い息が出るだけだった。


《ここ…こりは……ますか》


運転士の問い掛けに、女性は首を縦に何度も振った。

がくがくと揺れる首、床を染め続ける赤い色、腕の中でぴくりとも動かない赤ん坊。

運転士が何か言ったようだが、こちらまで声は届かない。だが女性は首を振るのを止めて、今までの乗客達と同じようにバスを降りていった。

その腕に、赤ん坊をしっかりと抱えて。



車内に、乗客はもう私一人だけになった。


226: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/13(木) 06:06:50 ID:QxgkMEDhOo

見てしまったもののあまりのおぞましさに、酔いは完全に醒めていた。

最初は僅かにあった眠気も今はない。頬を汗が伝い落ちる感覚がしたが、拭いたくても体は動かないままである。

真っ暗闇な窓の向こう。血塗れの床。ついぞ聞いた事のない停留所。異様な乗客達と運転士。



−−ふと気付く。



座席から動けず声も出せないこの状態で、もう終点に向かうしかないだろう状況で、私はちゃんとバスから降りる事が出来るのだろうか。

終点には、いつ着くのだろうか−−


227: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/30(日) 20:11:39 ID:WyCn26RS7Q





《………次の降り口は終点です。泥梨、泥梨に停まります………》


不意に。

あれだけ雑音が酷かったアナウンスが明瞭な声で以て、耳に届いた。

(ないり…?)

しかしそれはやはり、私にはとんと聞き覚えのない場所だった。

緩やかにバスは停まり−−沈黙が車内に満ちる。


228: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/30(日) 20:45:04 ID:QxgkMEDhOo


《終点です。降りて下さい》


明らかに私に向けられた言葉。

降りろと言われても、このバスの中で目覚めてから全く動けなかったではないか。声すら出せなかったではないか。

そう思いながらも体に力を込めてみると。



−−−−ぎし、り。



座席の軋む音と共に、呆気なく体はシートから離れて鞄が床に落ちた。


229: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/30(日) 22:34:24 ID:QxgkMEDhOo

反射的に鞄を拾うべく手を伸ばし、取っ手を握り締めて上半身を起こしたところで、



目の前に、運転士の顔があった。



「ひっ−−」

掠れ声が喉から押し出される。

どうして、何故、いつの間に。鞄に気を取られていたとはいえ、足音の一つもしなかったはずなのに。

運転士は私に向かって片手を伸ばし、ネクタイをがしりと掴んだ。


230: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/30(日) 23:21:18 ID:ehhT3UCq2M

ぐにゃり、と運転士の手の中で、ネクタイが形を−−いや、姿を変える。

それは一枚の赤い乗車券だった。

(…赤?)

うろ覚えではあるが、他の乗客が持っていた乗車券はみな白かったはずだ。

いや、それ以前に何故私のネクタイが。この男はいったい何なのだ。そもそもバスも乗客達も−−疑問符が脳内に激しく渦を巻く。


《泥梨行きの券、確かに確認しました》


運転士が抑揚のない声で言う。


231: ◆bEw.9iwJh2:2018/9/30(日) 23:40:20 ID:QxgkMEDhOo

まるで日常茶飯のような行動と声色に怖気が背筋を這い上がった。

この男は普通の人間ではない。

ここにいてはいけない。

バスの外がどんな状態なのかという懸念を、目の前の存在への恐怖が押しのける。

逃げなくては。どこか安全だと思える場所を、異常さのない場所に、どうか。


232: ◆bEw.9iwJh2:2018/10/1(月) 01:24:39 ID:lTKvx0TqP6

鞄の中身や財布などどうでもいい、とにかくこの場所から、この男から、


《照合。合致。相貌の変更、容認》


ぞわり。

この声は。この顔、は。

運転士の顔がぐにゃぐにゃと歪みながら、別の顔に変化していく。

忘れたかった顔、忘れられなかった顔、若かった頃の私の罪過そのものの姿。


《さあ、こちらへ》


−−亡くなった最初の妻の顔が、私が殺した女の顔が、息がかかりそうなほどの距離にあった。


233: ◆bEw.9iwJh2:2018/10/3(水) 03:46:24 ID:GaWv.fXLD.

真っ黒な髪と地味な化粧、薄い唇の色。

物静かで大人しかった女。

飲み会で午前様を繰り返しても文句を言わず、じっと私の帰りを待っていた女。

華やかな見た目の女性達との遊びに疲れた頃に紹介され、付き合った事のないタイプだという新鮮さもあって急速にのめり込み結婚したが、従順さと面白味のない性格にすぐに飽きてしまった。

そして私はお定まりの浮気をし、程なくして彼女に離婚の意を告げたのだ。


だが、彼女は。


「嫌です、別れません」

頑なに離婚を拒み緑色の紙をびりびりに裂いて、ペンと判子を床に叩き付けた。

それは皮肉にも初めて見た、妻の激情と私への反抗の姿だった。


234: ◆bEw.9iwJh2:2018/12/7(金) 02:46:08 ID:g/tnjEI7V2

「あなた、私は、私は絶対に別れません。他の女と遊ぶならまだしも、私から離れるだなんて他の女を妻にしようだなんて、絶対に許さない」

「相手の女はあなたが独身だと思っているのね。なら責めないであげましょう。おなかの子供も」

「そうね、子供には罪はないわ。あああ、でも悔しい恨めしい、子供が出来たから私と別れるなんて言い出したのでしょう、なら私だって!」



「………ゃ、やめ、て、くるし…い……どうして、あな、た………」



止めようと逃れようとする指が爪が、ぎりぎりと手首に食い込む。だがそれ以上の力を込めて、私は妻の首を絞めた。


235: ◆bEw.9iwJh2:2018/12/7(金) 03:02:56 ID:2X7Sn7osMQ

−−土の中、深く深く埋めた過去。

何度忘れようとしても拭い去ろうとしても、忘れる事の出来ない死に顔と両手に食い込む爪の痛みと体温。

やめろ、やめてくれ、どうして今更。


《二人も命を殺したのに》


《逃げられると何故思ったの?》


恐ろしいほどの強い力に体を引き摺られ、私は車外に放り出された。

深い深い闇の中、血塗れの赤ん坊を抱く最初の妻の姿が、見えたような−−


236: ◆bEw.9iwJh2:2018/12/7(金) 04:32:42 ID:FkjJxh.xuM



『昨夜、車にはねられた被害者の××××さんは未明に死亡。容疑者は飲酒を認めており−−』


「なんで…どうして、お父さん…」

「嘘よ、嘘でしょ、あなた…」


『続いてのニュースです。×県×市山中から女性の遺体が発見されました』

『警察の発表によると被害者は××年前から捜索願が出されていた××さんで間違いないと思われ、また遺体の状態から××さんは妊娠しており、−−−−』




237: ◆bEw.9iwJh2:2019/5/3(金) 04:01:24 ID:m.FpjIMRTo

『記憶、記録、そしてあなた』


付き合ってから分かったのだが、彼女は記念日というものをやたらと大切にする女性だった。

何月の何日は付き合ってから何年目だとか、何月の何日は初めてデートした日だとか。

最初は女とはそういうものなんだろう、と思って合わせていたけれど、それも長く続くと疲れてしまう。

「ねえ、来週の水曜日、何の日か覚えてる?」

ぎゅうっと抱き抱えた腕にしなだれかかりながら上目遣いで問いかける彼女に、俺はさっぱり思い出す事が出来なかった。


238: ◆bEw.9iwJh2:2019/5/6(月) 12:26:34 ID:m.FpjIMRTo

「女ってのはそういうモンだからなあ」

夕方のファーストフード店の中、ポテトを摘みながら友人があっさりと言う。

「やっぱそういうモン?」

「そうそう。喧嘩したら昔の事まであれこれ引っ張り出してくるしな。記憶に自動リンクが複数付いてんじゃねえのかな」

分かるような分からないような、でも分かるような例えをされた。

「まあうるさいのは記念日だけなんだろ?メモしとけ、メモ」

「…面倒だなぁ」

「デート代割り勘大丈夫な女は貴重だぞー。あと入る店とか」

それとも記念日毎にプレゼント要求されてんの?と問われ、首を横に振る。

彼女は物をねだる訳ではない。ただ、覚えている事を要求してくる。財布的には安心だが、それでもやりとりを面倒だと思ってしまう。


記念日。


それは、本当に大切なものなんだろうか。

俺にはさっぱり分からない。


239: ◆bEw.9iwJh2:2020/7/30(木) 15:48:54 ID:cxFS.IqIAU

もうすぐ七夕だからと、近所のスーパーに笹が数本立てかけられていた。

鮮やかな色紙で飾り立てられ、早くも短冊が幾つかぶら下がっていて、みみずのようにのたくった文字からは幼稚園児や保育園児が願い事を書いたらしい事が分かる。

ふっ、と微笑ましくなって、買い物途中の足を止め、短冊に書かれた願いを読んでみる事にした。


240: ◆bEw.9iwJh2:2020/7/30(木) 16:23:45 ID:bsvTmiRG6s

【アンパ○マンになれますような】

【プリキ○アになりたいです】

【おとうさんのおばあちゃんがおかあさんのわるぐち言わなくなってほしいです】

【花組の××ちゃんとけっこんしたい】

【おかーさんとおとーさんがなかよくなれますように】

【いもうとがぶじにうまれますよーに】



……一部家庭環境が心配になる願い事があったが、子供の願いは純真だ。

俺も昔はこんな内容の短冊を書いていたんだろうが、如何せん、記憶を引っ張り出しても内容がさっぱり思い出せない。


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