『手紙』
郵便受けに詰まったチラシの中に、それはあった。
186: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 18:05:53 ID:GaWv.fXLD.
どういう事なのだろう、とクラス内がざわつく。
銘々に胸元の花を外し、リボンを困惑顔で見つめている。私も安全ピンを外して、リボンで作られた花飾りを見つめた。
紅と白の、艶のあるリボン。
《ごめんなさい、あなたに次を託します》
目立たぬように、とても細い字で薄く書かれた文字がそこにあった。
引き継ぎとやらが当たったのは、私だった。
187: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 18:24:20 ID:lTKvx0TqP6
「…先生、これですけど、」
あのあとは家族が校門で待っていて、ファミレスでとはいえささやかな入学祝いをする予定だったので……、
何をやらされるのか、という恐れもあったから、私が担任に声をかけたのは入学式から数日経った日の放課後だった。
担任は私がおずおずと差し出したリボンの花飾りを受け取り、
「ありがとう。名乗り出ない生徒もいたりするから、安心したわ」
じゃあついていらっしゃい、と職員室へと歩き出した。
188: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 18:40:32 ID:kKq5s4c8qE
職員室には数名の教師がおり、私と担任を見て一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐにリボンの花飾りを見て納得したらしい顔になった。
何だか居心地の悪い気持ちだが、担任のあとについていく。
担任はスチール製の棚の鍵を開け、そこから御守りの付いた鍵と花瓶を取り出し、
「この鍵を一年間あなたに預けるわ。それと、この花瓶。これは今から教える場所に持って行く物なの」
私のてのひらに鍵を握らせ、職員室に置いてある花瓶から花を一輪取り出し、また歩き出した。
189: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 19:10:09 ID:hPPvadIFTw
まだ校舎内の構造は把握出来ていないので、何処に向かうのか少しだけ不安になる。
向かう先は特別教室が並んでいるらしい方向で、階段を上る担任の細い足首が何故だか目に焼き付いた。
「この教室よ」
辿り着いたのは三階の突き当たりで、担任は片腕に小さな花瓶を抱えたままその教室の扉の鍵を開けて足を踏み入れた。
教壇と机と椅子が規則正しく並んだ、しかし僅かに埃っぽい空気の匂い。
どうやら特別教室ではない、使われなくなった普通教室のようだ。
190: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 20:18:08 ID:kKq5s4c8qE
担任は私の手に花瓶と花を差し出してくる。仕方なく受け取ると、彼女は教壇を指差して
「これから一年間、この教室に花を生けて頂戴。毎日じゃなくてもいいけど、一週間は越えちゃ駄目だから」
そう言って花瓶と花を飾るように示した。
「…あの、お花は買ってくるんですか?」
「大丈夫よ、学校で用意してるから。職員室前に花瓶出しとくから、そこから持ってって頂戴」
ごめんなさいね、うちの学校の決まりだから−−と担任は僅かに首を斜めにした。
191: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/14(土) 21:09:21 ID:kKq5s4c8qE
私は言われた通りに花瓶に花を生け、静かに教壇に置いた。
カーテンで閉め切られた教室の空気が、少しだけ揺れたように感じる。
担任に促されて教室を出る時、
《ありがとう、宜しくね》
そんな声が聞こえた気がして、思わず背後を振り返った。
そこには当然、誰もいなかったのだけれど−−どうしてだろう、花の香りとは違う甘い匂いが微かに漂っていた。
192: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/23(月) 04:08:58 ID:GaWv.fXLD.
***
その教室に生徒が入らなくなったのは、どれくらい昔の事だったか。
今この高校に残っている教師の中には知る者はいない。
ただ、『それ』が起きてからどれくらい経った頃だったか−−誰が言い出したのか、誰が始めたのか、何がそうさせたのか。
高校の中に詳細を知る者はいないけれど。
やがて一つの不文律が作り上げられた。
193: ◆bEw.9iwJh2:2017/10/23(月) 04:24:11 ID:hPPvadIFTw
空き教室になったその場所に、花を飾る事。
毎週欠かさず、一輪だけでも飾る事。
それをやるのは新入生である事。
決まり事は年月を経る毎に少しずつ足され、変化し、それでも続いてきた。
そうしてまた、この春、別の手が空っぽの教室に花を飾る。
それは、いつまでも、きっと。
いつか意味が風化し記憶が朽ち果てるまで続いてゆくだろう、花筐。
194: ◆bEw.9iwJh2:2017/12/10(日) 10:48:11 ID:NdKFpkeNqM
リアルの問題で年内更新は無理っぽいので、セルフ保守しておきます
195: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:15:28 ID:kvZJ1c/69U
『おいしい、まずい』
小さな頃から様々な物がどうやって出来上がっているのか不思議だった。
例えばテレビ。
あんな薄っぺらい機械なのに、毎日色んな情報やバラエティを流してみんな笑っている。
例えばラジオ。
あんな小さいのに、たくさんの番組や声を届けて誰かを助けている。
例えば人間。
この体もだけど、動かしたくて動いたり、勝手に手足が動いて危ないところを回避したり。
不思議で不思議で、幾つも分解と観察を繰り返した。
196: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:24:39 ID:MS1/qmWxlE
でも、ラジオの分解は簡単だけれど、テレビはそうはいかない。
ブラウン管テレビ、という今は使えない古い大きなテレビを数個分解するのが精一杯で、見付かった時は酷く怒られた。
だから、人間はもっと難しくて。
197: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:33:40 ID:kvZJ1c/69U
最初に分解したのは近所の男の子だった。
よく私のスカートをめくったりする悪戯っ子だったけど、私と違う体を持っているから中身を見てみたかった。
お小遣いとお年玉を貯めて買った包丁はすぐに切れ味が悪くなったけれど、私の体にはない部分を観察したり分解したりして、楽しかった。
でも、すぐに気付く。
人間は組み立て直せない事、壊れたらそのまま終わりな事に。
198: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:39:14 ID:SaPfFQhN5M
壊れたこの子をそのままにしておいたら、私は閉じ込められる。
ニュースでやっていた、何とか病院とかそういう場所。刑務所、とかいう場所とか。
そんなの、嫌だ。
出来るだけ細かく分解してゴミ袋に詰めて、捨てる場所を毎日探し歩いた。
199: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/22(木) 00:49:20 ID:KTecCmgJ/E
そうして数日、心霊スポットだと密かに騒がれている場所に、古井戸というものを見付けた。
アニメで見た取っ手を上下に動かして水が出るようなのじゃなくて、お風呂で使う水を掬うやつをロープで下に下ろして、水を汲む仕組みのものだ。
立ち入り禁止の札が立てられたこの井戸に捨てたら、誰も気付かないんじゃないか−−そう思って、重いゴミ袋を臭い隠しに積み上げた雪の中から引っ張り出した。
200: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:44:23 ID:kvZJ1c/69U
古井戸には金網の薄い蓋しかなくて、上に積もった雪をどければすぐに真っ黒な穴が見える。
溶けた雪が氷になってくっついて、金網を剥がすのは随分と苦労した。
毛糸がほつれてボロボロになってしまった手袋を見て、お気に入りの手袋をはめていなくてよかったと思った。
そうして、私は分解した男の子を詰めたゴミ袋を古井戸に投げ込んだ。
201: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:46:07 ID:SaPfFQhN5M
《まずいよ、これ。おいしくない》
202: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/23(金) 02:57:47 ID:kvZJ1c/69U
突然誰かの声が聞こえ、私は驚いて周囲を見回す。
咄嗟にしゃがみ込み耳を澄まして気配を探ったが、足音も息を吐く音も聞こえない。
ただ、静かな時に響く耳鳴りのような音しか、私の耳には届かなかった。
(…誰も、いない?)
ゴミ袋を捨てるところを見られた訳ではなさそうだと判断して、私は金網をなるべく静かに古井戸の上に乗せ直し、その場所から急いで離れた。
私が分解した男の子はしばらくの間警察や消防の人達が探していたけれど、古井戸の中までは調べられなかったらしく、そのまま行方不明という事になった。
203: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 15:48:33 ID:kvZJ1c/69U
それからはジャンクショップで手に入れたビデオデッキやパソコンの基盤、そういったものを分解して過ごした。
ゴミ捨ての分類表とにらめっこしながら、ばらばらになった金属やプラスチックの欠片をうっとりと眺める。
……けれど、日常生活の中のふとした時、
(あの人の中身は、どんなだろう)
痩せた女の子やちょっとぽよんとした女の子、サッカーが得意な男の子や勉強好きの男の子。
怒ると怖い先生に体のあちこちにしわがいっぱいの先生、話がやたら長い困った先生。
目に付く人達を分解したくてたまらなくなる私がいた。
204: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 15:57:04 ID:MS1/qmWxlE
少しずつ私が大きくなるにつれ、欲求は更に膨らんで抑えられなくなっていく。
親からもらえるお小遣いも親戚からもらえるお年玉も額が増えて、そのまま手元に残るようになる。
そうして、中学生のある日。
私は二回目の『分解』をした。
205: ◆bEw.9iwJh2:2018/2/25(日) 16:09:17 ID:SaPfFQhN5M
今度は隣の中学校の女の子。
ピアノを弾く指が細長くてごつごつしていて、同い年の女の子達とは全然違う。
私はその十本の指を丁寧に切り離して、骨や肉や爪をじっくりと観察した。
服で隠れていた腕もすらりとしていて、マンネリ気味だった分解作業が実に楽しくて鼻歌まで出た。
おなかの中も、開けてみたら教科書や図書館で読んだ本の内容以上に複雑で。
とてもとても楽しかった。
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