ーむか〜しむかし、とある場所で
98: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 11:56:31 ID:2D9GO7t/YM
ミーンミンミンミン…
神娘「ん?」
ミーンミンミン…
ジジジ…
神娘「おお、蝉か」
神娘(この声を聞くと夏という感じがする)
神娘(ろくに外に出れぬから、この暑さ以外に夏らしさを感じれなかったからな)
ミーンミンミン
神娘「……」
ミーンミンミン…
……………
『ねぇねぇ神様!これ見て〜!』
「ん?おお、蝉か。よく捕れたな」
『えへへ、すごいでしょ!』
「うむ、すごいぞ。だがもう放してやれ」
『えっ。もったいないよ』
「蝉はお前たちよりずっと短い間しか生きれぬ」
「その間くらいは、自由に飛び回らせてやってほしいのだ」
『むぅ〜…』
「な?」
『…分かった』パッ
99: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 11:57:07 ID:2D9GO7t/YM
ミーンミン…
『ばいばい、蝉さん!』フリフリ
「よしよし。良い子だ」ナデナデ
『えへへ〜』
『ね、ね、神様って優しい人だよね!』
「ん?優しい…?」
『うん!私、神様みたいな人になる!』
「わはは、そうかそうか。ならばこれからも良い手本にならねばな」
『神様、これからも私たちと遊んでね!』
「ああ。お前たちが望む限り、私はお前たちと共に在る」
「…これからも、共に」
神娘「っ!」ズキッ
ミーンミンミン…
神娘「っ、ふぅ…」
神娘(まただ。また不意に思い出してしまった)
神娘(最近はそのたび、頭や胸が痛む)
神娘「ふふっ、とうとう私もおかしくなり始めたかな?」
ミーンミンミン…
100: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 11:57:46 ID:2D9GO7t/YM
神娘「…懐かしい気分になるな」
男「小さい頃はよく追いかけたものです」
神娘「そうか」
男「逃げられ際に小水をかけられた事もありました」
神娘「わはは。よくあるな、それは…」
神娘「…ってお前、いつの間に入ってきたのだ」
男「あれ、とっくに気付いておられるかと思いました」
神娘「せっかく何とも言えぬ気分に浸っていたところだったのに」フゥ
男「あっ、どうぞ私にお構いなく」
神娘「またすぐに余計な事を話し出すくせに」
男「そのような野暮な事は致しません」
神娘「ふぅん、それならば少し黙っておれ。というか出ていけ」
男「出ては行きませんが、静かにはしております」
神娘「こやつ……まあいい」
101: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 11:58:51 ID:2D9GO7t/YM
ミーンミンミンミー…
「……」
ミーンミンミン…
「……」
ミーンミンミン…
ミーンミンミン…
「…なあ」
「はい?」
神娘「お前が本当に静かにしておると気持ちが悪いな」
男「ひどい」
102: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 11:59:29 ID:2D9GO7t/YM
神娘「いつものように、どうでも良い事をべらべらと喋れ」
男「神様が静かにしろと仰ったのに」
神娘「うるさい。何でもいいから早く…っ」
男「…神様?」
神娘「私の…っ、気を……紛らわせろ…っ」ポロポロ
男「ど、どうかされましたか!?」アセッ
神娘「うぅ…ぐぅぅ…」ポロポロ
男「神様…」
神娘「思い出したくなかったのに…っ」
神娘「忘れたままでいたかったのに…!」ギリッ
神娘「最近になって思い出してしまうのだ…今までお前たちへの嫌悪で包まれていた思い出を…っ」
男「……」
神娘「今になって…!」ポロッ
神娘「何故こうも輝いて見えてしまうのだ…!」ポロポロッ
男「…神様」
男「誰しも抱えた想いに押し潰され、涙が溢れる事はよくあります」
男「私はここにおります故、存分に吐き出してください」
神娘「うぅ…っ、うあぁぁ……」ポロポロ
男「……」
103: ◆WjgYlacz.c:2016/3/25(金) 12:00:50 ID:2D9GO7t/YM
神娘「……」グスッ
男「落ち着かれましたか」
神娘「…見苦しいところを見せた」
男「いえ、そのような」
神娘「最近はよく眠れぬ。少し気が弱っていたようだ」
男「そのような神様も悪くはありませんでした」
神娘「やかましい。すぐに忘れろ」
男「尽力致します」
神娘(だが、もう放ってはおけぬ)
神娘(このままでは回復どころではないからな)
神娘(しかしこの胸にある濃霧のような蟠り、どう晴らせばよいのだ…)
『…機会があればまた私の山にいらっしゃいな』
神娘(…あまり気は進まぬが)
神娘(この事態を引き起こした張本人に、策を講じてもらおうか)
神娘(だが、どうやってあそこまで……)
男「神様?何を思い詰めたお顔を…」
神娘「……」ジーッ
男「えっ、どうされました?私の顔などを見て…」
神娘「…おい、お前」
男「はい?」
神娘「頼みがあるのだが」
104: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:08:00 ID:2D9GO7t/YM
数日後ー
バタバタ…
神娘「……」
男「ふう、神様。準備が整いました」
神娘「そうか。ご苦労」
男「それでは参りましょうか」
神娘「うむ」
男「よっと」オンブ
神娘「…自分で歩けぬ故、文句も言えんがあまり良い心持ちではないな」オブラレ
男「まあまあ、少しの辛抱ですよ」
神娘「しかしお前、細い身体だな。これで力仕事などできるのか?」
男「ははっ、ご心配なく。しっかりやれております」
男「神様こそ軽うございますね」
神娘「ふん。私がこんな華奢な体に化けていて良かったな」
男「そうですね。背中に膨らみも感じられないのが残念ですが」
神娘「…」ギュ−ッ
男「いだだっ!無言で抓らないでください!」
105: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:08:34 ID:2D9GO7t/YM
牛「モー」
神娘「おお、なかなか立派な牛だな」
男「私の村で一番の力持ちです」
神娘「大丈夫だったのか?連れ出して」
男「他にも牛はいますし、私は村の者からも信用されていますから」
神娘「やはりそれが解せぬ」
男「それに、神様の頼みとあれば聞かぬわけには参りません」
神娘「それはありがた……いや、当然だなっ」フンッ
男「では少し狭いですが、後ろの牛車に乗っていただきます。よっと…」モチアゲ
神娘「うむ」トスッ
男「さてと…準備はよろしいですか?」
神娘「おう、出してくれ」
男「はい。行くぞっ」
牛「ンモーッ」
ガラガラ…
106: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:09:10 ID:2D9GO7t/YM
ガラガラッ
神娘「うわわ、揺れるな…」グラグラ
男「申し訳ありません。あのままおぶって行ってもよかったのですが…」
神娘「それは私が勘弁してほしいぞ」
男「となりますと、これしか用意できませんでしたので御容赦ください」
神娘「仕方ない」
男「しかし驚きました。急にあの洞窟から連れ出せ、などと…」
神娘「どうしても行かねばならぬ場所なのだ」
男「それが例の山ですか」
神娘「うむ」
男「場所も知りませんし、どれほどかかるかも分かりませんが…」
神娘「構わぬ。急ぎの旅ではないし、道案内は任せろ」
男「はい。それでは酔わないようお願いします」
神娘「うむ…それは善処する」
神娘(すでに多少危ういが…)ウプ
107: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:09:57 ID:2D9GO7t/YM
ガラガラッ
男「神様」
神娘「ん?」
男「その山には何があるのですか?」
神娘「…仔細は聞くな、と言った筈だ」
男「神様を疑うわけではございませんが…」
神娘「…」
男「得体の知れぬ場所にはあまり行きたくないのが本音でございます」
神娘「途中で気が変わるかもしれんと?」
男「そうは言いませんが…」
神娘「分かったよ、お前の気持ちは分からんでもない」
神娘「案ずるな、古い友人に会いに行くだけだ」
男「なんと。意外にも神様に御友人が…」
神娘「一言多いわ」
男「その方に会えば、神様のお悩みも晴れるのでしょうか?」
神娘「ん…正直分からぬ。頼りにはなるが」
神娘「少なくともお前に害のある奴ではない。故に安心して連れて行け」
男「そうですか。それだけ聞ければ…十分です」
108: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:10:37 ID:2D9GO7t/YM
神娘「しかしやはり外の空気は良い」
男「夏は何とも言えぬ香りが致します」
神娘「この日差しも久しぶりに浴びた」
神娘「虫の鳴き声も動物の気配も…洞窟の中ではなかなか感じれぬからな」
男「どのくらいあそこにおられたのですか?」
神娘「十年ほどか」
男「じゅ、十年ですか!」
神娘「何をそれほど驚く?…ああ、お前たち人間からしてみれば長い時間か」
男「筋金入りの引きこもりではないですか」
神娘「褒めてはおらんよな、それ」
男「私もそうやってのんびりと過ごしていきたいものです」
神娘「お前がそれをやったらただの怠け者だろうが」
109: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:11:17 ID:2D9GO7t/YM
夜ー
パチパチ…
神娘「お前、村の者には何と言って出てきたのだ」
男「その牛車に積んである荷を西の村の友人に届けると言ってきました」
神娘「…空だぞこれ」パカッ
男「嘘ですよ。西の村に友人などおりません」
神娘「なんだ、そうなのか」
男「それどころか、あの村以外の場所に住む人のことなど全く知りませんから」
神娘「日々の生業に追われ、外に出る機会もないであろうからな」
男「時々気になります。いったい私の住むこの地はどこまで続いているのか」
男「果たして終わりはあるのか、それはここからどれほど歩けばよいのか…と」
神娘「ふん、お前はまるで子どものような事を考えるな」
男「神様は御存知なのですか」
神娘「さあな。私にも手が負えぬ広さだが」
男「いつか行けるようになるのでしょうか。神様のように様々な場所へ、自由に」
神娘「…なるかもな。お前たちが願っていれば」
110: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:11:52 ID:2D9GO7t/YM
男「正直、今回のこの旅は楽しみでした」
神娘「ん」
男「村の外を見る良い機会となったのですから」
神娘「そうか」
男「行き先はどこかよく分からぬ地である点が不安でしたが、それも昼間に解決しましたし」
神娘「呑気なものだな」
男「御安心を。私の命に代えても、神様は必ずや目的の地へお連れ致します」
男「それに神様の御友人にお会いするのも楽しみですし」
神娘「あやつ、お前には姿を現さんかもしれぬぞ」
男「そうなのですか?」
神娘「人間の前に滅多に顔を出さん奴だからな」
男「むうう…それは残念です」
神娘(以前にこやつを面倒な奴だと紹介した事は黙っておくか)
111: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:12:27 ID:2D9GO7t/YM
男「神様、荷台の上の寝心地は悪くありませんか」
神娘「最悪だと言わせてもらおうか」
男「ですよね」
神娘「だがあの洞窟の岩場で十年寝た身だ。もう慣れておる」
男「逞しくて助かります」
神娘「お前こそ、そんな地べたでいいのか」
男「いやあ、背中が痛いです。そちらへ行っても…?」
神娘「隣は空いとらん」
男「分かってました」
男「まあ私も地べたで寝る事には慣れております故、御心配は無用です」
神娘「そうか」
男「似た者同士ですな、私たちは」
神娘「ふん。何よりの屈辱だ」
男「ははは。それでは、休ませていただきま…」グー
神娘「早っ!」
112: ◆WjgYlacz.c:2016/3/29(火) 01:13:11 ID:2D9GO7t/YM
リーンリーン
神娘「……」
神娘(月を見るのも久しぶりだ)
神娘(もうすぐ満月か?…いや、これから欠けるのか満ちるのかわからぬ)
男「ZZZ」グーグー
神娘「……」
神娘「何が命に代えてもお連れします、だ」
神娘「人間ごときが粋がりおって」
神娘「……」
ゴソゴソ
神娘(まあ、この程度なら念力を使っても…)スッ
フワフワ…
パサッ
神娘(夏とはいえ暖かくして寝ろ、馬鹿者)
神娘(…お前に風邪などひかれては困るからな)
神娘(さて、私も休むとしよう)
ZZZ…
113: ◆WjgYlacz.c:2016/3/30(水) 18:13:23 ID:1ohBGYj0YI
サラサラ…
男「あっ、崖の下に小川がありますね」
神娘「うむ」
男「少し水の補給をしてきてもよろしいでしょうか」
神娘「それはよいが、あそこまで降りれるのか?」
男「ここの岩場をつたっていきますので…」
神娘「では私はここで待っていよう」
男「はい。…神様」
神娘「なんだ」
男「寂しくても泣かないでくださいね」
神娘「よし、早く行けるように突き落としてやるか」ビュオッ
男「風で押すのはお止めください」
114: ◆WjgYlacz.c:2016/3/30(水) 18:15:06 ID:1ohBGYj0YI
神娘「ふぅ…しかしまだかかりそうだな」
神娘「お前にも苦労をかけるな」
牛「モォーッ」
神娘「うむうむ。恨むならお前を連れてきたあやつを恨んでくれ」
牛「モー…モッ!?」ピクッ
神娘「ん?どうし…」
ガササッ
野犬「ガルル…」
神娘「っ!」
神娘「野犬の群れ…食糧の匂いに釣られたか」
神娘「待てお前たち!食糧なら分けてやろう。だからここから…」
野犬「ワウワウッ!」
牛「ンモー…」タジッ
神娘「!」
神娘(まずいな、こやつらの狙いはこの牛か!)
野犬「バウッ!」ガバッ
神娘「くっ」スッ
115: ◆WjgYlacz.c:2016/3/30(水) 18:15:56 ID:1ohBGYj0YI
神娘「吹き飛べっ!」
ビュオッ!
野犬「キャインッ!」ドサッ
神娘「はぁ…生憎だがこやつはお前たちにやれん」
神娘「ここは大人しく…」
野犬「ガウガウッ!」ババッ
神娘「!」
神娘(私を狙ってきたか…あまり力を使いたくないが、止むを得ん)スッ
ダダッ
男「はっ!」
バキッ!
野犬「ワウンッ…!」ズザッ
男「間に合ってよかったです。油断なりませんね」
神娘「お前…」
男「神様、そこの鍬を取っていただいても?」
神娘「ん、これか」ガタッ
男「ありがとうございます。では少々お待ちください」ガチャッ
野犬「バウバウッ!」
116: ◆WjgYlacz.c:2016/3/30(水) 18:17:23 ID:1ohBGYj0YI
バキッ!ズカッ!
野犬「キャインキャインッ」ダダダッ
ガサガサッ
男「ふぅ、しつこい連中でした」
神娘「…やるな」
男「だてに猪を狩ったりしませんよ」
神娘「確かに」
男「それよりもお怪我はありませんか」
神娘「ああ、無事だ。こやつも」
牛「モーッ」
男「それは良かったです」ボタボタ
神娘「というよりお前が怪我しているではないか」
男「ああ、腕を少し引っ掻かれましたが掠り傷ですよ。放っておけば治ります」
神娘「……」
ビリッ
男「神様?何故お召し物を…」
神娘「ほら、腕を出せ」
男「はあ…」スッ
ギュギュッ
神娘「その…お前に何かあれば、誰が私を連れて行くのだ」
神娘「だから気を付けるがいいぞ、うん」
男「…はい」
117: ◆WjgYlacz.c:2016/3/30(水) 18:17:55 ID:1ohBGYj0YI
男「しかし、もう少し来るのが遅ければどうなっていたか」
神娘「…ふん、私の力で追い払う事など容易いわ」
男「でもそうすれば神様は弱ってしまわれるのでは?」
神娘「い、いや、そんな事は…ない」
男「…」ジトー
神娘「そ、それより早く行くぞ!ほれっ!」
男「了解しました」
牛「ンモー」
ガラガラ…
神娘「………がとうな」ボソッ
男「何か言いましたか?」
神娘「何でもないっ!」
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