ーむか〜しむかし、とある場所で
298: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:31:56 ID:x.m4zI.Brs
ザッザッ…
男「…ふぅ」
男「ここに来るのも…随分久しぶりな気がする」
男「よっこいしょっと」ストッ
男「さて…」スッ
ゴソゴソ
チリンッ
男「……」
男「…こうして鈴に話しかけていると、心が安らぎます」
男「神様に声が届きそうな気がして…」
男「神様、最初にお会いした洞窟ですよ」
男「あれは…まだまだ暑さの厳しい日でしたか」
男「ここに神様がおられた時は驚きました」
男「人間だと思って失礼を申し上げてしまったことが懐かしい」
男「あの時とは違って、もうすっかり風も冷たくなりました」
男「冬が訪れそうですよ」
男「私も神様も苦手な、寒い寒い冬が」
299: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:32:29 ID:x.m4zI.Brs
男「本当はもっと早く来たかったのですが」
男「動けるようになるまで時間がかかりまして」
男「今も腕の方はまだ上手く動かないのですがね」
男「しかし、この程度の怪我で済んだのも神様のおかげ」
男「村の復旧も順調ですよ」
男「神様に瓦礫を吹き飛ばしていただいたおかげです」
男「もうすぐ米の収穫ですよ。忙しくなります」
男「私も早く怪我を治し、畑仕事に戻らなくては」
男「そうしなければ村の皆から白い目で見られてしまいます」
男「ははっ、それは冗談ですが」
男「とにかく、全て神様のおかげで丸く収まりました」
男「本当に、本当に感謝のしようもございません」
300: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:32:57 ID:x.m4zI.Brs
男「もうあれから幾日も経ちましたが…」
男「神様がいなくなられた事、未だに信じられません」
男「村の皆さんが言う事も全て嘘であってほしかった」
男「しかし…」
男「神様がこの鈴を置いたままにするなどあり得ませんね」
男「これは神様がおられた村の方々の想いが籠った鈴」
男「そして…私との約束が詰まった鈴なのですから」
男「きっと生きておられるのなら」
男「とうに取りに戻って来られる筈…ですよね」
男「……」
男「…神様」
男「もうあなた様に届くことはないのでしょうけど」
男「どうしても白状しておきたい事がございます」
301: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:33:26 ID:x.m4zI.Brs
男「滑稽に思えたことでしょう」
男「あれだけ拒絶されながら、それでもここへ来る私の姿を」
男「そういえば最初はこのような理由を付けましたね」
男「私は困っている者を放っておけない性格だ、と」
男「…我ながら何とも馬鹿馬鹿しい言い訳です」
男「私はそのような正義感ある人間ではありません」
男「それどころか…」
男「……」
男「…実を言いますと、私は神様と出会った頃はまったくの愚か者でした」
男「どうにも無気力で…村での仕事に精を出す気になれなかったのです」
男「以前も話しましたよね。村の外へ想いを馳せる事があると」
男「そういった空想に囚われ…自分の足元を見る事を忘れていたのです」
男「村の皆さんからも相手にされなくなってしまいましたし…」
男「しかし、ここにおられた神様は私たちには使え得ぬ術を使い、違う世界を生きる存在…」
男「当然興味が湧きました。神様の事をいろいろ聞いてみたいと」
男「…親切心などではありません」
男「最初は、自分の興味本意のみで神様に近付いていました」
302: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:34:00 ID:x.m4zI.Brs
男「しかし神様は取り付く島もありませんでしたから…」
男「食べ物で釣る事を思い付きました」
男「まさかあれだけ上手くいくとは思いもしませんでしたけどね」
男「気付けば、神様の元へ食べ物をお持ちするために色々頑張っていました」
男「畑仕事や狩りに精を出し、山菜を採りに行き…」
男「村の皆さんにも驚かれるくらいでしたよ」
男「もちろん何があったのかは言いませんでした。約束もありましたしね」
男「神様に出会って…私は自分でも知らぬ間に変わっていったのです」
男「…そして時間が経つにつれて」
男「神様が自身の事をお話ししてくださった時は嬉しかった」
男「少しでも私の話に耳を傾けてくださる事が嬉しかった」
男「しかし…」
男「その嬉しさが、最初の目的とは違うところにあったのですね」
男「いつしか、ただ神様のお声を聞いていたくなって…」
男「ただ目まぐるしく変わる表情を見ていたくなって…」
男「神様との、この日常自体に喜びを感じるようになっていたのです」
303: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:34:31 ID:x.m4zI.Brs
男「……」
男「…はは、長々と喋ってしまいました」
男「なんだか懐かしくなりまして」
男「神様といた日々が、何やら遠い昔のようにも感じます」
男「しかし、忘れはしません」
男「神様のそのお声も、そのお姿も」
男「素直でないところも」
男「実は寂しがり屋なところも」
男「食いしん坊なところも」
男「強かったところも、脆かったところも…」
男「全部全部、私は忘れはしませんよ」
男「いつかは分かりませんが…死ぬその時まで」
男「…何故なら、そういったところも全てまとめて」
男「私は神様を…」
男「お慕いしていたのですから」
304: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:34:56 ID:x.m4zI.Brs
男「……」
男「そう…お慕いしていたのです」
男「気付いたのはお会いして、しばらく経ってからの事でしたが」
男「……」
男「…とんでもない考えですよね」
男「私などが神様にこのような事…余りにも畏れ多い」
男「神様もきっと笑われることでしょう」
男「しかしそれでも…色々な思考を巡らせる前に…」
男「神様がおられる内にお伝えしておきたかった」
男「…私は、臆病者だったのです」
男「今になってこれほど後悔することになろうとは…」
男「はは…自業自得というものですね」
男「神様がいなくなられたのも全て…私の責任だというのに…」
305: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:35:19 ID:x.m4zI.Brs
男「…神様」
男「別れ際、私の事を気に入っていると…」
男「私とまた会いたいと言ってくださいましたね」
男「神様からその言葉をいただいた時、どれほど嬉しかったか」
男「神様のお言葉を胸に、この数ヶ月頑張ってこれました」
男「神様に褒めていただけるような村造りをしていこうと」
男「これまでよりも、一層頑張りましたとも」
男「……」
男「これからもずっと」
男「神様との日々や、そのお言葉を胸に」
男「そうやって私は生きて参ります」
男「神様からいただいたこの命」
男「大事に…大事に使っていきます」
男「同じく神様が守ってくださった私たちの村のために…」
306: ◆WjgYlacz.c:2016/8/31(水) 21:35:47 ID:x.m4zI.Brs
男「腕が治ったら、村の皆さんとここに祠を建てましょう」
男「この鈴を入れて…神様を祀らせていただきます」
男「神様が安らかに眠れるように…」
男「神様がおられた証を残しておけるように…」
男「今度は私たちが、この鈴を守っていきますよ」
男「ですから神様。安心してください」
男「願わくば…」
男「私たちの事を見守っていてくださると幸いです」
男「……」
男「……」
男「…では、そろそろ行きます」
男「神様。またお話し致しましょう」
チリンッ
男「…」ゴソッ
男「よいしょっと」スック
ザッザッ…
307: 名無しさん@読者の声:2016/9/10(土) 08:12:59 ID:GdOmmD92..
切なすぎる…
支援
308: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:19:35 ID:pIT98fGQ1s
>>307 支援ありがとうございます!
更新遅くなってすみません。
309: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:20:06 ID:pIT98fGQ1s
男「さて、これからどうしようか」
男「山菜くらいなら採って帰れるかな…」
サアッ…
男「ん?」
サアアア…
男「おお、良い風が吹き込んできている」
男「暖かい風だ。近頃にしては珍しい」
男「なんだか懐かしい感覚…」
男「…そうだ。これは」
男「神様の吹かせていた風に似ている」
男「…神様の風…か」
男「そういえば以前、山神様のお社でこんな事を聞いたなあ」
ーーー
ーー
ー
310: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:20:36 ID:pIT98fGQ1s
男『そういえば神様』
神娘『なんだ?』
男『神様は風の神様ではないのですか?』
神娘『どういう事だ』
男『以前に神様が風を吹かせていたではないですか』
神娘『ああ…そういえばな』
男『お力があまり使えない状態でもあれが使えるというのは…』
神娘『あんなのは訳ない』
神娘『念力と同じく初歩の術だからな』
男『そうなのですか』
神娘『まあ以前も言ったが…力が戻れば規模は段違いだぞ』
神娘『私の本気もいつか見せてやりたいものだ。お前自身の身をもって』
男『おお、楽しみにしております』
神娘『えっ』
男『えってなんですか』
神娘『…皮肉が通じぬ奴だというのを忘れておった』
311: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:21:36 ID:pIT98fGQ1s
男『しかしそのように自在に風を吹かせるというのもまた羨ましい力です』
神娘『そうか?そうそう役立つ場面も少ないが』
神娘『とはいえ元々神は風とは縁が深いものでな』
男『そうなのですか?』
神娘『この神風もそうだし、天罰に使う竜巻もいわば風の集まりだ』
神娘『風と共に生まれ落ち、風と共に天に帰るとも言われておるしな』
男『なんと。神様も生まれた時はそうだったので?』
神娘『覚えている筈なかろう』
男『ですよね』
神娘『しかし、山神殿の話によると…その通りらしい』
神娘『不自然な突風が吹いたので見てみたら、私がいたと』
男『ほうほう』
男『子どもは風の子、神様も風の子というわけですね』
神娘『子ども扱いは腑に落ちぬが…言い得て妙だな』
ー
ーー
ーーー
312: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:22:11 ID:pIT98fGQ1s
男「…ははは、本当に身をもって知りましたよ」
男「神様の本気のお力を…」
男「できれば直接見たかったですけどね」
男「……」
ヒュオッ…
男「ん?」
ビュオオオッ!!
男「うわっ!?」フラッ
ドサッ
チリンッ
男「いてて…」
男「急な突風が吹いたなあ」
男「はは、これもまた神様の如く…」
男「…しまった。鈴が転がって…」
コロコロ…
男「おーい、待て待て」タタタ
コロコロ…
313: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:23:11 ID:pIT98fGQ1s
コロコロ…
コロン…
ヒョイ
「おいおい、大事な物だ。傷付けるでない」
314: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:23:41 ID:pIT98fGQ1s
男「えっ」
神娘「傷付けるなと言ったのだ」ポンポン
男「…」ポカーン
神娘「…久しいな、男」
男「か……神…様…?」
神娘「ああ。私だぞ」
男「ううっ…!」
男「神様っ!」ガバッ
神娘「うわあっ!」
男「良かった…生きておられたのですね…!」ヒシッ
神娘「…ああ。生きておる…な」
神娘「それよりその…離してくれぬか。少し苦しいのだが」
男「お断り致します」キッパリ
神娘「……」
神娘「…ま、仕方あるまい。もう少しこのままでも…」
男「神様…」ギュッ
神娘「わはは…男、心配かけたな」ギュッ
315: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:24:01 ID:pIT98fGQ1s
・・・・・・・・・・
316: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:24:31 ID:pIT98fGQ1s
男「取り乱してしまい、申し訳ありません」
神娘「まったくだ。急に抱きしめるなど…」
男「しかしこの小ささ、間違いなく神様です」
神娘「それは背丈の話か?胸の話か?」
男「それより何故ここに?先ほどまでは誰もいなかったはずですが…」
神娘「流すなし。今、気付いたらここにおったのだ」
神娘「そうしたら足元にこれが転がってきて、お前が走ってきた」
男「その…消滅されたわけではなかったのですか?」
神娘「いや、確かにあの時消滅した」
神娘「私の限界を超える力を使ったからな。当然だろう」
男「…申し訳ありません」
神娘「謝られても困る。私が勝手にやった事だ」
男「では…訂正します」
男「本当にありがとうございました」ザッ
神娘「ああ。その方がずっと良い」ニコッ
317: ◆WjgYlacz.c:2016/9/21(水) 11:24:58 ID:pIT98fGQ1s
男「しかし…消滅したとなれば、何故今ここに…?」
神娘「う〜む、それが…私にもよく分からぬ」
男「えっ?」
神娘「力を使い果たしたあの瞬間から…先ほどまでの記憶が全くない」
男「そうなのですか…」
神娘「まあ手がかりになるかは分からぬが…」
男「?」
神娘「先ほど目を覚ます直前、ある感覚を覚えた」
神娘「何と言えばいいのか…とても温かいような、胸が熱くなるような…そんな感覚だ」
男「はあ…」
神娘「うむ、訳が分からぬな。忘れてくれ」
神娘「大事なのはどうしてではない。私が生きているという事実だ」
男「そうですね、仰る通りです」
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