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【適当】小説書きスレ其の弐【万歳】
[8] -25 -50 

1: 名無しさん@読者の声:2014/6/12(木) 23:18:52 ID:YDoKF2wKiU
ここは主に小説を書くスレです!
自由に書いてよろし!

・他人に迷惑を書けるのは駄目です!
・喧嘩は喧嘩スレへGO
・必要なら次スレは>>980さんがお願いします。無理なら早急に代理を!

不備がありましたらすみません。楽しく書けることを祈ります。


11: 9:2014/6/18(水) 19:33:43 ID:gLC12rS63M
>>10
ありがとう!

10レス程度になると思うんだけど、いただきます!

・・・・・・・・・



 もしもし、そこのお嬢さん。三仲通りの古書店をご存知かな。
 あら、しらない? それだったら教えてあげよう、行ってみればいい。なぁに、簡単な道順だ。ただし、忘れないようにね。

 三仲通りはしっているかい。苔むした石畳がずらっと地面を覆った、涼しい通りだ。そうそう、お狐様の。あぁ、よかった。それなら話が早い。
 三仲通りの三つ目の赤ポストの脇を入って、そこから真っ直ぐ。最初の角を右に、次の角は無視して直進、その次の角を今度は左に曲がって、その次は右、その次は左、その次は無視して、その次はまた左。
 それから直進が続いて行き止まりだから、一度その場で回ってみる。そして柏手を二回。これが必要だ。柏手を打ったら元の道を戻って、一つ目の角を無視して、その次の角を右に曲がる。その通りの突き当りにあるのが、件の古書店だよ。

 なになに? 面倒くさくてとても行きたくないって? あぁ、そうだろうねぇ。でも、行ってみるといい。何か困りごとがあるときや、本当に退屈なときには。
 ただし、道順は間違えてはいけないよ。

12: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 19:35:39 ID:gLC12rS63M

 苔むした石畳を軽快に駆け抜ける。三貴コーヒーショップと書かれた前掛けをした青年は、迷うことなく三仲通りを進み、その店に辿り着いた。常連が営む古書店である。古い木の看板には、青原古書店と達筆で書かれていた。

「こんにちはー、村瀬です。阿久津さーん?」

すりガラスの引き戸を開けながら、店の奥に向かって叫ぶ。本に溢れる店内は静まり返っており、窓から差し込む日差しが溜まり溜まった埃に輝いてちょうど不思議な空間を作り出していた。誰もいないらしい。

 タイミングが悪かったか、と村瀬はコーヒー豆の紙袋を片手に頬を掻いた。よく青原古書店にはコーヒー豆の配達に訪れるのだが、タイミングが悪いときはいつも道に迷って辿りつけなくなる。ここまで来られたということは、店主である阿久津がいてもおかしくないはずなのに。

 弱り切った村瀬は本棚の隙間からこちらを覗く小さな頭を見つけた。つい、にこりとする。

「こんちは、白花」

声をかけても彼は村瀬を無視した。茶色がかった癖毛をふるりと揺らし、白花はそっぽを向く。

 愛想の無い少年は紛れもなくこの店の子で、阿久津と村瀬が話しているときによく邪魔をしてくる。年齢は10歳程度だろうが、正確な年齢も阿久津との関係もよく知らなかった。

「ねぇ、白花。阿久津さんはどこにいるかな。知ってる?」

白花は村瀬の問いかけにきつく眉を顰め、ふんっと鼻を鳴らす。

「知ってるけど教えない」

可愛げのない子だ。

 弱った村瀬は暫し考え込んだ。このままここで阿久津を待っていてもいいが、それでは店が心配である。店主は競馬に夢中で、碌に働きやしない。常連たちからは村瀬がいないとどうにもならないと泣きつかれていた。

 もしここで阿久津を待っていれば、きっと店は大変なことになるだろう。そう思うと、長居はとても出来なかった。

 困った末に村瀬は白花の口を割らせることにする。どうしても教えてくれないのかと尋ねれば、白花はバカにしきったように笑った。ちょっと腹が立つ。

「クッキーあげようか?」

ポケットからお菓子を取りだしてみても、

「いらない」

とにべもない返事。遊んであげようか、と誘っても、

「村瀬いらない」

と冷たい視線。いらないと言われれば、村瀬の心も折れる。仕方がない、一度帰ろう。そう決めて腰を上げれば、知らぬ間に近寄っていた白花に前掛けの端を掴まれた。

待って、と言われてちょっとばかり心が躍る。振り返った村瀬に、白花はこれ以上ないというくらい可愛い顔で笑って見せた。

「面白い話聞かせてくれたら教えてあげる」

面白い話、と言うとなかなか難しいものがある。了承したものの、一体何がいいのかと村瀬は頭を悩ませた。白花は何せまだ小学生程度の少年だ。どんな話だったら彼が喜ぶのか、考えた挙句、村瀬は朝、常連と懐かしんだ話を思いついた。

13: :2014/6/18(水) 19:37:03 ID:gLC12rS63M

「白花はさ、10年くらい前に幼稚園児が消えた話知ってる?」

白花は首を傾げる。そりゃあそうだろう。10歳くらいの彼がそのことを知っていたら驚きだ。村瀬はあの頃を思い出しながら、自分は中学に上がるか上がらないかだったな、と考える。

「ウソかホントかはちょっとわからないんだけどね」

そう、彼は前置きをしてから語りはじめた。

 10年ほど前の秋ごろの事だ。遠足中の幼稚園児16人が忽然と姿を消した。

 遠足と言っても遠出はせず、市内のやや大きな公園が現場だった。

 その公園には小川が流れていて、昼食後、そこで遊んでいた16人が消えた。小川は足首が隠れる程度の物で、子どもだからと言っても溺れる深さはない。小川の終着地は池になっていたが、それは公園の外れにあり、高い柵によって囲まれていた。園児がそれを上って池に入ることなど、ありえない高さの柵だった。

 公園は広い原っぱと若干の丘で出来ており、見晴らしが非常によく、隠れる場所はどこにもない。そうであるから当時、警察は誘拐を疑った。次に公園の外に出たことを疑ったが、こちらは公園の管理人が否定したことで可能性が消える。

公園の敷地内は柵で囲まれており、入り口と出口には管理者が常に見張っていた。その日は遠足ということで子供がたくさんいたため、特にしっかりとチェックしていたのだという。

「だから誘拐なんだって言う話になって、すごい騒ぎになったんだよ。僕もその時子どもだったから学校に連絡が来てさ、帰りは集団下校になったんだ」

それはよく覚えている、と村瀬は語った。白花はふむふむと頷き、話の続きを強請る。

 警察と周辺の住人が総出で子供たちを探し回った。引率していた教諭は泣きだし、周辺は一時騒然としたと言う。

「二時間、みんなで探したんだ。でも一人も見つけられなかった。ところがその16人は日暮れ前にひょっこりと、全員戻ってきたんだよ」

「ウソだ」

「ホントだって」

疑り深い白花に村瀬は苦笑する。本当だよ、ともう一度念を押すように言い聞かせた。もちろん村瀬だって信じられない話だ。100人近く大人がその場を探し回ったって見つけられなかったと言うのに、ひょっこりと全員見つかるなど。

「これも不思議なんだけど、もっと変なのがさ、子どもたちがいた場所なんだよ」

大人たちは安堵し、歓喜してから子どもを叱った。どこにいたのか、と尋ねた大人たちに子供たちは口をそろえて“橋の向こう”と答えた。

 その橋と言うのは、小川にかかった小さな橋のことである。当然、岸から反対側がしっかりと見渡せる。間違っても橋の向こうにいたからと言って、隠れられる場所ではなかった。そもそも、反対岸まで隅々と捜索されたのだ。けれども園児は一人もいなかった。

「でも、子どもは頑として橋の向こうにいたって言い張ったんだ。そこでずっと遊んでいたって。けれどもそれはありえない話だった」

結局事件は夢でも見たんだろうと言うことで片が付いた。無事に戻ってきた子ども達の存在に、大人はそれ以上の追及を必要としなかった。

 その直後は幼稚園の責任問題や、件の公園が心霊スポットとして栄えるなど様々あったが、結局どれも人々の中からは忘れ去られた。数年たって村瀬が高校生には、いつの間にか件の幼稚園が無くなっていたりもしたが、全てが昔の話になってしまった。

14: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 19:39:01 ID:gLC12rS63M

「でもね、僕はたまに考えるんだ。あの公園は不思議の国に繋がっていて、あの時だけ子供たちは違う世界にいたんじゃないのかって、ね」

そう落ちをつけて村瀬は話を締め括る。どっとはらい、そう言って手を叩いた彼を白花は不服そうに見上げた。話の落ちが気に入らなかったのかもしれない。歳を考えると信じられないほど難しい顔をした彼に、村瀬はちょっとばかり笑ってしまう。

「さてさて、約束だよ。白花。阿久津さんは?」

ぶすっと不貞腐れて白花がそっぽを向く。村瀬は腰に手をやって息を吐けば、それが癪に障ったらしく噛みつきそうな勢いで白花が振り返った。お外、と彼は心底不機嫌な声で答える。

 不機嫌な白花のことはもういいが、それより外とは。やはりタイミングが悪かった、と村瀬は髪を掻きあげる。出直すべきか、と膝を伸ばした時、後ろから覚えのある草履の足音が聞こえてきた。

「おう、村瀬。悪いな」

阿久津がちょうど帰ってきたのである。彼は呑まれそうなほど大きな欠伸を見せ、横をすり抜けて、奥に向かった。途中、白花の頭を撫でてぐしゃぐしゃにしてしまう。彼は憤慨したものの阿久津には弱く、結局頬を綻ばせて彼に付いて行った。

「村瀬、おかえりなのね」

残された村瀬にかけられた声が一つ。そちらを見やれば、引き戸から顔を半分のぞかせた仲木戸がフレンチグレイの瞳をにっこりとさせていた。釣られて村瀬も笑みを浮かべる。

長身でいい大人なはずの彼は下手をすれば白花よりも幼く、その言動はしばしばおかしかった。見た目も日本人にはない髪と瞳の色に、口元を常にマスクで覆っているのでちょっとした不審人物である。しかし彼のその人懐っこさに、付き合う人は全て絆されていた。

「それ、食べるの?」

村瀬の持つコーヒー豆の袋を見て、仲木戸はいつも首をかしげた。毎度否定すると言うのに、彼は全く覚えてくれない。違うよ、と言ってから村瀬は袋からクッキーの箱を取りだした。

「でもこれは食べられる」

そう言って渡すと、仲木戸は瞳をキラキラと輝かせ、その場で小躍りした。村瀬に礼を言い、箱を引き裂く勢いで開ける。

「悪いな、村瀬。ほら、今回のお代」

茶封筒に入った代金を阿久津が奥から投げてくる。なかなか見つからなかったと言う彼の肩には、白花がしがみ付いていた。そのままこちらによってきた阿久津が仲木戸を見下し、更に村瀬に礼と謝罪をする。何食ってんだと、眉を顰めた彼に仲木戸は首を捻る。

「春ちゃん、半分ちょする?」
「いらん」

クッキーを一枚、阿久津に差し出した仲木戸に、彼は首を振ってそれを断った。受け取って貰えなかった仲木戸は聊かしょんぼりとし、クッキーを齧る。そんな様子を、白花がバカにし、村瀬は少し笑った。

「そう言えば、白花から聞いたけどこいつの相手してくれてたんだっけ? 重ね重ねすまんな」
「あぁ、全然。相手って言っても話してだけなんで。ちょっと怪談話的なあれですよ」

そうして村瀬が笑うと、阿久津は存外真面目な顔をした。どこの話だ、と尋ねられ、この街のと村瀬は応える。

「それはいつの?」
「結構昔ですね。10年くらい」

10年と言う言葉に阿久津は黙り込んだ。詳しい内容を請われて、村瀬は白花に語った話をかいつまんで説明する。ふむ、と顎を掴んだまましばらく考え込んだ阿久津は、ふと思い出したように、

「そもそもなんでその常連は今更その話を?」
と尋ねた。言われて見れば不思議なことである。そんな流れに何故なったのだったか……。考えを巡らせて、村瀬は一つの答えを思い出した。

15: :2014/6/18(水) 19:40:11 ID:gLC12rS63M

「そうそう、その例の公園、改装されるらしいんです。それでだったかなぁ」

曖昧なことを謝れば、とんでもないと阿久津は首を振った。彼の真面目な調子に白花も仲木戸を罵るのをやめ、阿久津を窺っている。時折、退屈そうに彼の服の袖を引っ張るも、阿久津に冷たく無視されていた。仲木戸だけが、それまでと変わらぬ様子でクッキーをむさぼっている、と思いきや。 

「ねぇねぇ、村瀬。先生の前でね、みんな消えたの?」

そんな事を尋ねてくる。いやに皆、この話に興味を持つな。村瀬は各々の反応に首を捻りながらも、それはよく覚えていると答えた。

「一瞬だけ、目を離したらしいですよ。その日は僕も覚えていますけど、国道の方で大きな事故があって、その物音に気を取られたんですって」

そして振り返ったそのとき、つい先ほどまで遊んでいた園児が消えていた。その光景を見たとき、彼女は何を思っただろう。まだ若かったはずだ、と村瀬は当時を思い返して考える。

 そんな彼の思考を阻むように、前掛けのポケットでケータイが震えた。取り出してみると店からのメールである。帰宅を迫る常連客の言葉に村瀬は苦笑いし、すいませんと阿久津に頭を下げた。

「そろそろ帰らないと。店長が仕事をしないもんで」
「あぁ、引き留めて悪かったな」
いえいえ、と言いつつコーヒー豆の袋を渡す。仲木戸がにこやかに手を振ってくれた。

「その公園ってどこにあるんだ?」
手を振り返して店を出た村瀬を、不意に阿久津が呼びとめる。半端な格好で立ち止まった彼に阿久津は訊いた。阿久津も知っているはずだと村瀬は前置きしてから、公園の名を告げる。
「邑楽公園ですよ、森の方の」


 さて、阿久津春は現存する中で、およそ最も真面に力を扱える祓い師の一人である。

 青原古書店は彼の母方の祖父の店であり、唯一阿久津を理解してくれた存在だった。それ故に祖父が亡くなった際、売り払われるはずだったこの店を守るため、この店の主になったのである。そう言う訳があるので、古書店としての役割はほとんど果たしていない。

「春ちゃん、ホントにやるの?」

アイスクリームを食べながら、仲木戸が傍に寄ってきた。この大食漢は……、阿久津はそろそろ呆れて言う言葉もない。白花も同じだったようで、阿久津の背中に引っ付いたまま、じっとりと仲木戸を見る。仲木戸はきょとん、と首を傾げ、二人の視線の意味が分かっていないらしかった。

 仲木戸を無視して阿久津は資料を探す。古書店のいいところは、資料に困らないところだ。村瀬の言う10年前の話を思い出しつつ、それにふさわしい資料を何冊か、そして祖父が趣味でスクラップしていた新聞記事を集める。横から覗き込んでいた白花がくしゃみを一つ漏らした。

 新聞記事によると、この街で起きた国道の事故はトラックの横転が原因らしい。漏れだしたガソリンに引火し、結構な規模の火災が発生したようだ。こちらもまた、街を騒然とさせたに違いない。

 公園の園児の方は、事故に比べると記事が小さかった。結局、夢と言うことで話が終着してしまったからかもしれない。特に新しい情報は無く、村瀬が語った方がむしろ詳しいくらいの内容だった。

16: :2014/6/18(水) 19:41:33 ID:gLC12rS63M

 息を吐き、スクラップブックを閉じる。
「どっちに根本があると思う?」

白花に尋ねるも、彼は首を振った。仲木戸は、と振り返りかけて阿久津はやめる。白花が分からないのに彼にわかるわけがない。詰まった息を吐きだすように嘆息し、資料の方に手を伸ばした。突然の消失と復活、そして事故の事。

「土地の神さまじゃないのか。事故が起きて驚きよって、その影響で公園に奇妙なことが起きたんじゃろ」

横から白花が口を出してきた。なかなか妥当な線ではある。

 そもそも子ども達があの時間、どこにいたのかと言うのには見当がついていた。村瀬の言う通り、おそらくここではないどこかだろう。
 そう白花と話す阿久津に、仲木戸がひょっこり顔を出す。どうして? と首を捻る彼の口元にアイスクリームがついている。ティッシュペーパーを差し出しつつ、橋だから、と阿久津は告げた。

「昔から川と言うのはあっちとこっちの境目になるんだ。だからよく、橋の向こうは別世界と言う。橋は二重の意味でむこうとこちらを繋ぐ媒体なんだ」

川を舞台にした古い怪談話が多いのは、そう言う訳がある。そのため、子ども達の“橋の向こうにいた”と言う主張は決して嘘でも夢でもなかった。実に的を射た言葉なのである。

 おそらく彼らは一時だけ、此の世ではない世界にいた。それには白花が言う通り、国道の事故が関係しているようだが、どちらが原因なのかが分からない。

 そもそも公園に原因があり、公園にいた者が国道の事故に驚いてそんなことが起こったのか、それとも国道にいた者が関与しているのか。

 迷いあぐねて呻けば、アイスクリームを食べ終わった仲木戸がけろりと言う。
「分かんないんなら行って見ればいいの」
それが一番手っ取り早いと、単純な彼らしい言葉に阿久津は思わず頷いた。それもそうだ。こんなところで迷っているよりはるかに良い。それに実際にその場に行けば、仲木戸ならば何がいて何がいないのか、よく分かるだろう。

 そうと決まれば話は早い。腰を上げた阿久津の元に、白花が一振りの太刀を持って駆け込んでくる。礼を言って頭を撫でてやれば、やはり無愛想な顔をもっと無愛想にして、白花はそっぽを向いた。これが照れ隠しであると、阿久津だけはよく分かっている。
「ンじゃ、行くか」

立ち上がった阿久津の後ろを仲木戸がついて行く。白花も足元を付いて回ったが、結局留守番を言い渡されただけだった。青原古書店の扉が閉まる。すりガラスの扉を前に、白花はむくれた顔で座り込んだ。仲木戸の楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきて、胸の内で小さく呪詛を吐く。

 先に邑楽公園を目指して二人は歩いた。仲木戸のひょろりと長い影が地面に伸びる。だらだらといつも通り歩いているはずなのに、阿久津の表情は浮かなかった。ちらちらと仲木戸は彼を見やりつつ。ねぇねぇ、と話しかける。

「春ちゃん、帰りにアイス買うのね」
「いくら食うんだよ、お前は」
「あればあれだけ食べるのね。春ちゃんにも半分ちょする?」
「いらねぇよ。むしろ食うな!」
一喝すれば仲木戸はしょんぼりと落ち込んだ。この男、体がでかい癖に気持ちが弱いのか、すぐにへこむ上にすぐに泣く。
17: :2014/6/18(水) 19:44:04 ID:gLC12rS63M
もう既に半分べそをかいている男に阿久津はため息を吐き、丸まった背中を一度叩いてやった。意味も分からず、仲木戸はうん、と頷く。

「ねぇねぇ、春ちゃん」

もう一度話しかけられ、阿久津は仲木戸を見上げた。彼は何とも言えない微妙な顔で阿久津を見つめている。

「十年経ってるとね、きっといなかったり忘れてたりするのね」
「……あぁ、そうだろうな」

邑楽公園にも国道にも阿久津が求める者はいないかもしれない。彼は暗にそうほのめかしている。もしいたとしても、だ。阿久津が求める物は手に入らないかもしれない。けれどもとてもじっとはしていられなかった。

 それを分かっていて、仲木戸は眉を垂らす。そうだよね、と頷く彼は頬を掻き、両手をジーンズのポケットにしまい込む。

「ダメだったらアイスあげるの」

ニコニコと、仲木戸はどこか自慢げに言った。ついついそんな彼に頬が緩み、阿久津は黒い短髪をガシガシと掻く。

「でもそれ、俺の金で買ってんだろう?」

それを指摘すれば仲木戸はちょっとばかりきょとんとした。僕お金ないの、と実に彼らしい応えが戻ってきて、阿久津はまたため息を吐きだしかける。
「ほんっと、お前って馬鹿」

ため息の代わりに悪態をつけば、仲木戸はややムッとしたらしい。不貞腐れたような彼をにやりと見やり、阿久津はその背を押して邑楽公園にと急かす。何度もついたため息の所為で、詰まっていた肩の緊張はすっかり解れていた。


 平日の邑楽公園に人気は無かった。件の橋の前で阿久津は足を止め、周りの気配を探る。無駄な物が多いというか、不純物が多すぎて正直何が何だかわからない。一度場を清めるしか方法はないようだ。阿久津は小川に入って遊んでいる仲木戸を呼び戻し、彼にも状況を問うた。仲木戸はマスクで隠れた鼻を抑え、よく分からないと首を傾げる。

「なんか変な臭いするのね。ラーメン屋さんと鰻屋さんとお好み焼き屋さんと焼肉屋さんが全部お隣同士みたいなの」
「お前の例えは本当わかりやすいよなぁ、感心するよ」

主に欲望が。そうカッコ書きで言ったつもりだったが、仲木戸は褒められたと思ったらいく、嬉しそうにその場で飛び跳ねる。それを無視して、阿久津は抱えてきた太刀を抜いた。

「何するの?」
「ラーメン屋と鰻屋とお好み焼き屋を潰して、焼肉屋だけにする」
「全部食べたいのね」
「破産するから勘弁してくれ」

ため息を吐き、阿久津は黙り込んだ。集中した彼の気配に、仲木戸も釣られて黙り込む。ついでになぜか息を止めた。

 手に持った太刀に集中する。ふ、と気が緩むその一瞬を掴んで、太刀を地面に一度、突き刺した。

 阿久津を中心に据え置き、その場の空気が浄化される。それこそ、これで余計な店は無くなり、焼肉屋だけがここにある状態だ。どうだ、と仲木戸を振り返れば、彼は渋い顔で眉を顰めている。そんな顔をすると、ほんの少し恐ろしく見えるから彼は実際きつい顔立ちをしていた。

「あんまり好きじゃないの」

意外な言葉に阿久津は目を瞬いた。なぜ、と理由を問うと、仲木戸はむずがって猫のように顔を擦る。

「よくわかんないけど、なんか美味しくないのね。美味しい匂いじゃないの」
「と、言うと……」

この公園には何かがいる。それは確かだが、仲木戸が喜ぶようなものではない、つまり白花が言っていたような土地の神などではない、ということだ。
18: :2014/6/18(水) 19:45:01 ID:gLC12rS63M
 ふと、村瀬の言葉を思い出す。村瀬はこの公園が改装されると言っていた。ひょっとすると、それが関係あるのかもしれない。改装するからこの状況なのか、それともこの状況であるから改装するのか――

 どちらにせよ、もう少し何がいるのかを調べなければならない。阿久津は太刀をしまい、柏手を二度打つ。そしてもう一度。
『御魂の下に緊縛されし者。我が名に依りて封を解かん』
 目を閉じ、静かに唱えた。そして一度、柏手を打つ。

――INTECTUS。

 呼ばれた男はすぐ傍にいた。閉ざされていた瞼が持ち上がり、灰色に染まった瞳が露わになる。仲木戸は人ではない。他人の心の奥に眠る真実の姿を映し出す鏡のような悪魔だ。それを見せつけ、人をナルシストや醜形恐怖症にしたりする。

 自身もまた、阿久津によって封じられている際は醜形恐怖症であり、逆に封を解かれている際はナルシストになる傾向があった。ど
 マスクを取り去り、長い前髪を払った仲木戸はナルシストになるのも頷けるような、美しい顔立ちをしている。さして笑わなくなった彼にどうだ、と阿久津は尋ねた。

「どう、と言われても」

当惑したように辺りを見回して、そうだなぁと彼は首を捻った。先ほどまでアイスだとか焼肉だとか言っていた者と同一人物とはとても思えない。仲木戸は鬱陶しそうに前髪を梳かしつつ、阿久津の方を振り返った。

「たぶん、ほとんど死にかけなんじゃないのかな。そりゃ食欲沸かないものー、腐りかけの牛肉出されても、春ちゃん食べないでしょ」
「まぁ、そりゃあな」

封されると力を制限されるせいか、やはり仲木戸は封を解いているときの方が賢い。しかしどっちにしたって食うことしか頭にねぇ、と阿久津はいつも思った。美味しくない、と空気の匂いを嗅ぎながら眉を垂らす仲木戸に、阿久津はため息を吐く。

「まぁ、うまいまずいじゃなくて、その死にかけは何者なんだ」
「うーん? うーん、何だろ……、なんだろねぇ」

食べられない、とわかると途端にこれである。呆れた顔をする阿久津を振り返って、仲木戸はハッと顔色を変えた。違う! と弁解し始めた彼を疑り深く、阿久津はじっとりと見つめる。

「ほんとだよ! なんか気配ないんだもん、ほとんど。ねぇ、春ちゃんだってわかんない癖に、僕の所為ばっかりするのいくない! いくないよ!」
「わーかったから、ほら、落ち着けって。悪かったよ。そんなにあれなら、もう国道行っておくか?」

拗ねる仲木戸はううん、と唸ってその誘いを拒否した。なんだか、彼の癪に障ったらしい。悔しそうにじっと公園を睨んで、ふと、気が付いたように阿久津を振り返る。

「春ちゃん……」
「なんだよ」

にこ、と笑った仲木戸は封じられているときのように穏やかだった。それに少なからず驚いた阿久津に向かって、やや恥じるように仲木戸は下を向く。

「お腹減った」

おいで、と阿久津は仲木戸を呼ぶ。いそいそと近寄ってきた彼の頭を、阿久津は思いっきり拳で殴りつけた。


19: 10レスじゃおさまらないかも知れなくなってきた・・・・orz:2014/6/18(水) 19:46:12 ID:gLC12rS63M

「だからそんな阿呆ではなく、我を連れて行けばよかったんだ」

 行きつけのラーメン屋で夕食を取りながら、呼びつけた白花が憤慨している。阿呆じゃないの、と仲木戸はむっつり頬を膨らませて反論する。が、今一つ説得力はない。

 まあな、と阿久津は頷きつつ、塩ラーメンをずるずると啜った。そうは言っても白花は夜にでもならなければ連れて行き辛い。仲木戸は封をしている時でも封を解いた時でも指して見た目は変わらないが、白花は違うのだ。彼のその変化を人に見られたら、と思うとなかなかやり辛いものがある。

「それにお前、目立つしなぁ」

ため息を吐いた阿久津に、何が悪いのだと白花は憤慨した。目立ちたくないからその存在が厄介なのだと阿久津は言ってやりたかったが、そんなことを言えば白花はますます手に負えなくなる。

面倒くさそうに何でもないと言うと、彼はふんっと鼻を鳴らし、八つ当たりと言わんばかりに隣で餃子をむさぼる仲木戸を殴った。餃子を咥えた仲木戸がきょとん、と白花を見返す。

「それでこれからどうする気だ、春」

問われ、考える。腹が減ったと駄々をこねられたから、ラーメン屋に連れてきたはものの、実際収穫はゼロに近い。邑楽公園には死にかけの何者かがいる事、そのくらいしかわかっていない。

「まぁ、腹も一杯になればコイツの頭も少しは回るだろ。お前もいることだし、国道に一度行ってみてから、もう一回邑楽公園に行ってみるか」

今度はもう少し明確に何がいるのか掴めるかも知れない。白花は阿久津の答えに少し満足げに頷いた。なんというか、偉そうな少年である。
とりあえずは腹ごなし。そう決めた阿久津がずるずると再びラーメンをすすりはじめると、仲木戸がメニューを睨んでいるのが見えた。

「まだ食うのか」

思わず呆れてそう声をかけてしまう。阿久津を振り返った仲木戸が、メニューを抱きつつ照れたように目元を緩めた。

「ねぇねぇ、春ちゃん」
「なんだ、頼むならあと二つまでにしろよ」
「ほんとー? 二つもいいのね? それじゃ杏仁豆腐とチャーハンと焼焼売と麻婆豆腐と……」
「二つだ」

結局チャーハンと焼焼売を頼んだ。一体どこにそれだけ入るのか、阿久津には想像もできない。ご機嫌な様子の仲木戸は自分のマスクを引っ張りつつ、そう言えば、と思い出したように阿久津を振り返る。

「公園ね、村瀬に訊けばいいと思うのね。さっき、改装なんでするのーって話したでしょ?」
「あぁ、それもそうだな」

そもそもこの話を持ってきたのは村瀬である。それに彼はこの街に住んで長い。村瀬に聞いてしまうのが一番手っ取り早いだろう。

 明日、三貴コーヒーに行くか、と阿久津が決断を下す。その店のパフェが大好きな仲木戸は、両手を挙げて喜んだ。もしやコイツ、それが狙いか。

「村瀬好きなのね」

ニコニコとして仲木戸が言う。そうだろうなぁ、と阿久津も頷いた。村瀬はなんというか、彼らの扱いが上手い。

「まぁとりあえず、国道行ってみるかぁ」

大きく伸びをした阿久津の真似を白花がして見せる。それを見た仲木戸は何を思ったのか、彼もそれに続いた。

20: ◆f6FeUskW/6:2014/6/18(水) 19:47:08 ID:gLC12rS63M

 国道は不気味なほど静かだった。拉げたガードレールや電柱に付いた擦過痕。そして道路沿いに立つ事故注意の看板。10年前の事故現場がそのまま残されているような雰囲気に、阿久津の背中はぞくりと震える。

「僕ここ嫌いなのね」

封を解くまでもないらしい。仲木戸が心底不快そうに呟き、ぎゅっと両手で服の裾を握りしめる。白花は阿久津の肩の上で鼻先を空に向けていた。そうかと思うと、舌をべろりと出して見せ、こちらも不愉快な顔。

「腐ってる」
「あー、そうかよ」

そんな気持ちはしないこともない。どうやらここには不浄な気がたまりにたまりこんでいるようだ。浄化すればいい、と白花が阿久津に言うが、そうしてしまうとなんだかすべてが消え去ってしまいそうだ。手がかりも何も残らない、と言うのは避けたい。

「ここなんなの? 気持ち悪いのね」

何に腹を立てているのか、頬を膨らませる仲木戸が阿久津の服の裾を引っ張り尋ねた。ぐるりと辺りを見回して、そうだなぁと彼は一人ごちる。

「たぶん、何かが呼んでるんだろうなぁ。それでここは事故が相次ぐ場所になっちまってんだ」
「あの擦過痕やガードレールは10年前の物じゃないって言いたいんだな? 最近の物だと」
「あぁ、たぶんだけどな。普通、10年も壊れたガードレールを放置しないからな。電柱はまだしも、あっちは最近の物だ。きっと何かが事故を誘発してる。それでここの空気がおかしなことになってるんだろうよ」

その根本を見つければ、何かを掴むことができるのかも知れない。すんすん、と鼻を抑えつつ、辺りを探っていた仲木戸が、不思議そうに何度か首をかしげた。尋ねれば、眉を顰めた彼が阿久津に視線をくれる。

「公園と似たような匂いするのね」

似たような? 聞き返すと仲木戸は頷いた。ほんの少しだけれども、と指先で示しつつ、あたりをきょろきょろと見回す。やはり国道と公園は無関係ではないのか。頬を掻きつつ、どうしたもんかと唸った阿久津の上で、白花が声を上げた。

「春! 封を解け!」
「は?」
「間抜けめ、早くおし!」

白花が阿久津の肩から飛び降り、空中でくるりと一回転してみせる。何が何だかわからぬまま、阿久津は柏手を二度打った。そしてもう一度。

『御魂の下に緊縛されし者。我が名に依りて封を解かん』
「白蘭」

手を打つとともに白花の名を呼んだ。白蘭と呼ばれた彼は地面に着地するころには、阿久津とさほど変わらぬ背格好の青年に姿を変えている。萌木色の和服に身を包んだ彼は、長い銀の髪を一つでくくり直した。彼の腰元に狐面と共に括りつけられた鈴が鳴る。

 様子を訊くより先に、白花が動いた。地を二度、足で叩き、袖口で空を切る。そうすると白花によって浄化された場の中に、どす黒い泥の塊のような物が飛び込んでくるのが見える。空気が澱み過ぎてその存在すら分からなかったらしい。

舌を打った白花が地面を足払いして、木の葉を露わし、火をともす。燃える葉に襲われた泥の塊は、もがき苦しみ、暴れ狂った。

「どうにもならねぇなぁ。仲木戸、どれが核だ」

仲木戸は真理を映す鏡。彼にだけは、あの泥の塊の本質が見える。ところが彼は首をかしげた。

「そんなの無いのね。みんなで貪りあって食べちゃったの。もうみんなみんな何もないのね」

つまりは虚。そんなものはどうすることもできない。ただ無に帰すことしかできない。阿久津は口を噛み考え、そして決断した。

21: すいません、もうすこしもらいます:2014/6/18(水) 19:48:49 ID:gLC12rS63M

 柏手を二度打つ。太刀を鞘から抜き取り、地面に一度突き刺し、そこを拠点にくるりと舞った。場を清め、中心を定めるためである。白花が抑えているその泥を睨み、対象を定める。

『八百万の神々に恐み恐みも白す。御名と御魂に依りて、我らが守護と加護をば為さり賜え。御魂によりて眼前の穢れを打ち祓い、清め賜え』

柏手をもう二度打つ。と、途端に白花の炎に包まれていた泥の塊は霧散した。阿久津は礼代わりの柏手を一度、そして太刀を地面から抜き、場を元に戻す。

反動で元の姿に戻った白花が阿久津に飛びついてくる。よくやったなと褒めてやれば、存外嬉しそうに白花は額を阿久津の腹にぐりぐりと押し付けた。

 しかし何の収穫もなかった。この場においては無駄ではないが、祓いをしただけで阿久津には意味がない。この場には何も残らなかっただろうし、とため息を吐いた阿久津を仲木戸が呼ぶ。

「どうした」
「あんねぇ、公園のいたのね。でも、もういないのね」
「そりゃあ、祓っちまったからなぁ」

結局無駄骨、と言うことになる。しかし仲木戸は首を振った。

「違うの、そうじゃないのね。ここにはいないけど、公園の方に帰ってったの」
「は?」

白花と共に阿久津は首をかしげた。仲木戸は説明がし辛いのだろう、頭を抱えて悩んだ挙句、阿久津の服を引っ張る。

「公園行ったらわかるのね。あっち行ったのね。きっとあっちにいるのね」
「あー? よくわかんねぇけど……、取り敢えず行って見るか?」

頷いた仲木戸に半ば引っ張られるようにして、阿久津は邑楽公園を目指して駆けだした。追いかけてきた白花が後ろから背中に飛びつく。おい、と文句を言った阿久津に、彼はどこか上機嫌な顔でそっぽを向いた。


 夜の邑楽公園は静かだった。塀を飛び越えて園内に入った一行は、仲木戸の誘導に従ってわけもわからず駆ける。彼が足を止めたのは小川の終着地であるため池だった。柵の傍で何かが横たわっている。

人の形をしたものだ。白花とほとんど変わらぬ姿だが、違うと言えば泥だらけの体と血の気のない頬くらいであろう。そんな姿であると言うのに、赤い瞳はぎらぎらと光を抱き、輝いていた。

「美味しそうなのね」

にこやかに仲木戸が言ったのを聞いて、阿久津はつい苦笑いが漏れた。近寄っていくと、気配に気が付いたそれがわずかに後退したのが分かる。鳥か、と白花が呟いた。

「仲木戸。そいつは何者だ?」

じゅるり、と垂れる涎を拭って仲木戸が首を傾げる。うーん、と彼はわずかに唸ってから、不意に目を細めた。サンザシ、と彼が呼んだことに鳥はガバリと状態を起こし、こちらを睨む。

「貴様、よくも我が名を呼んだな!」
「サンザシ、か」

続けて阿久津がその名を繰り返せば、鳥はさらに警戒した。彼ら、人ならざる者にとって、名と言うのはその魂の次に重要な物。字ならばまだしも諱を知られればそれは生死にかかわる。諱はその者の魂を束縛する力があるからだ。

 だから鳥は諱を呼ばれ、怒り、そして同時に恐れている。もしも阿久津が諱の下にそれに死を命ずれば、それは避けることのできない命令になるからだ。現状、酷く弱っているのも、それが怯える理由にもなっているだろう。この状態では阿久津の命に抵抗することができない。

「もう一度その名を呼んでみろ! 八つ裂きにしてやる……っ!」
「ピィピィ喚くのでない。うるさいぞ、鳥ごときがなんじゃ。お前をあの阿呆の望む通り、焼き鳥にしてやろうか?」

白花が鳥をさらに煽った。怒りに身を震わせ、鳥が白花を睨みつける。阿久津は一つ、嘆息を零して、白花の頭に拳骨を落とした。ぎゃっと悲鳴を上げて、白花が頭を抑える。
22: :2014/6/18(水) 19:49:47 ID:gLC12rS63M

涙目で抗議してくる彼を無視し、阿久津は鳥を静かに見据えた。

「お前、この公園の主か」
「だからなんだ」

吐き捨てるように鳥が答える。食う訳でもなければ、殺そうとも思っていないと阿久津は鳥に言い聞かせた。隣で仲木戸が残念そうな声を上げるも、皆で揃って無視する。阿久津の言葉に鳥は聊か警戒を緩めたのか、今度はやや自虐的な調子で問いを肯定する。

「名ばかりの主だ。下らん人間どもの行いの所為で、この囲いの中に閉じ込められ、挙句の果て、穢れた泥のような感情に何年も捕らわれていた」
「泥のような感情? さっきのことか」

国道で祓った泥の塊を阿久津は思い出す。そう言えばあの時、仲木戸は鳥の気配を国道でも感じていた。それが公園に逃げたと言ったから、ここまで戻ってきたのである。

 鳥は驚いたように阿久津を見、祓い師か、と正体を察する。頷いた阿久津に鳥は若干不服そうな顔のまま礼を言った。

「あれから解放してくれたことには感謝せねばなるまい」

つまり鳥もあの泥の中にいたのだろう。それを阿久津が払ったため、長年彼を拘束していた泥が失せて自由になり、元の場所に帰ってきたと言うことだ。鳥自体はそもそも清浄な物であるから、たとえ穢れを払ったとしても消滅はしない。

「お前はあれの所為で死にかけてたのか。その上、ゴミ屑みたいなのに覆われていたから、こいつでも正体が分かんなかったんだな」

鳥はため息を吐いて恐らくそうだろう、と頷く。彼があの泥に捕らわれたのは10年前らしい。件の事故が起きた際、あの国道に抱えきれないほどの穢れが生まれた。鳥は事故の反動によってその中に取り込まれた。そうされたのは、自分だけではないはずだ、と鳥は言う。

「だが、ほとんどがあの中に溶けて行った。私も同じだ。羽を解かされ、骨を砕かれ、あの中の一部になりかけていた。元々園内に閉じ込められていて、力が弱っていたのも原因だろう」

辛うじて生きてはいるが、今だって加護がなければ死ぬやもしれないと彼は言う。公園は昼間、阿久津が清めていたおかげで彼にとっても居心地が良いようだった。大変だな、と月並みな感想しか阿久津には思いつかない。

 しかしそれでよく分かった。10年前、鳥があの泥に取り込まれた際に、大きなずれが生じたのだろう。その結果、橋の向こうとこちらで世界が変わってしまった。一時的な物ではあったが、それが園児を行方知らずにさせた原因だ。

「あそこから助けてくれたことには礼を言う。だが、もう放っておいてくれ。どうせこのままではもたない。いずれ、穢れに耐えられず消える運命だ」

そう言われて阿久津は白花と顔を見合わせる。早く食べようと意気揚々としている仲木戸の首根っこを掴んで抑え、そう言われてもと二人は戸惑った。
この鳥が消えれば公園は穢れを清める存在を失うことになる。それは街としてはあまりいい事ではない。それに、阿久津にはこの鳥に訊きたいことがある。

「悪いな、放っておくわけにはいかねぇんだ」

阿久津はそう言い放つと、その場で一度柏手を打った。驚いた鳥が阿久津を見上げる。

「この今にも消失しそうな身を祓おうと言うのか……? さすが悪神を連れているだけはある。底意地が悪いな、貴様」
「早合点するな。名を与えるだけだ」

名、と言う言葉に鳥は目を見張った。字は加護になる。字を与えられればその者は神の加護を受けることができ、例え消える寸前だとしても力を取り戻せた。なぜわざわざそんなことを。訝る鳥に、阿久津は口の端をひん曲げて笑う。

23: これでおわりかな?:2014/6/18(水) 19:51:11 ID:gLC12rS63M

「訊きたいことがあるだけだ。もう黙れ、うるせぇぞ」

二度目の柏手を打った。清められた大地に、更に太刀を打ち込んでそれを強める。阿久津は未だ驚きに満ちた瞳で阿久津を見つめる鳥を見据えた。

「サンザシ」

阿久津が彼を呼んだ。今にも食われそうなその黒い双眼に、鳥は思わず息を飲む。阿久津は目を閉じ、意識を集中させた。そして静かに歌うかのごとく呟く。

『八百万の神々に恐み恐みも白す。御魂の下に我が願いを聞し召せ。荒魂を静め、加護を与え、御身を守るべく名を与えよ。代償に我が名に依りて其の御魂を緊縛したまえ』
そして瞼を開け、サンザシを見据える。鳥は何も言わなかった。阿久津はわずかに笑みを浮かべる。
「真赭。それがお前の名だ」

呼ばれた真赭は口惜しそうに唇を噛んだ。余計なことを、と呟く彼に、白花が噛みつく。

「助けてもらっておいてその言い草はなんじゃ」
「うるさい! 獣は黙っておれ!」

恐らく同等の力を持つ彼らは、何かしらのライバル意識でもあるらしい。どっちもどっち、と阿久津は思わず呆れる。精神年齢まで同じくらいである必要はないと言うのに。

 それでも名を与えられ、加護を得た真赭の姿はマシになった。汚れは失せ、本来ならばきっと美しい鳥なのだろうと思わせるような、緑がかった黒い髪を持つ少女になったのである。瞳だけは同じ赤色であり、おそらくその目がサンザシと言う名の下なのだろうと阿久津は想像する。

「春! こんな阿呆捨ててさっさと家に戻るぞ! 聞きたいことがあるなら早く聞くんじゃ」
「あっ、あぁそうだったな」

頷いた阿久津を仲木戸が意味深げに見上げる。心配ないと言ってやっても、彼はなんとなく落ち着かぬ様子で、阿久津の服の袖をしっかりと掴んだ。

 折角加護によって綺麗な姿を取り戻したにもかかわらず、向き合った真赭はボロボロだった。白花と争った結果らしい。やんちゃも大概にしろと言いたくなるも、白花の抗議の目によって文句は喉の奥に引っ込む。

「真赭。四年前だ。四年前に何か変わったことはなかったか、教えてくれるか」
24: 今度こそ終わり!:2014/6/18(水) 19:52:58 ID:gLC12rS63M
真赭は少し考え込んだ。しかし暫くしてゆるりと首を振る。

「何かあったかもしれぬ。だが、その頃には私は泥に呑まれて6年も経っている。何かを知覚し、記憶できるような力はなかった」
「そうか、すまんな」

真赭は気にするなと首を振る。少しばかり落ち込んだ様子の阿久津に、白花が勢いよく飛び付いた。ぎゅっと抱きしめるようなその素振りに、阿久津も怒る気になどなれず、やや笑って白花を諌める。不貞腐れた様子の彼は肩に顎を載せ、阿久津にぴったりとくっついて離れなかった。

「お前に名を与えたが、使役する気はないよ。ここでのんびり暮らせ。あーでも、改装工事をするらしいからしばらくは騒がしいかもしれん」

阿久津の言葉に真赭は素直にわかったと頷く。時々清めに来てやろうかと阿久津が持ちかけると、少し拗ねたような顔で真赭はそっぽを向いた。お節介な奴だと言う真赭に、阿久津の頬も緩む。

 またな、と阿久津は言い置いて踵を返した。気を付けて様子を見てやろうと言う阿久津に、白花が気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「貴様」

真赭が呼びとめたのは仲木戸だった。二人に付いて行こうとしていた彼は足を止め、真赭を振り返る。チョコン、と首を傾げた仲木戸を見据えて、真赭は憎悪のこもった声で何者かと尋ねた。仲木戸はまた、首を傾げる。

「貴様は人間などに使役される存在ではなかろう」

真赭の指摘を受けて、仲木戸は実に穏やかな笑みを浮かべた。んふふと声を漏らす様子は何が楽しいのか。真赭の背筋がぞくりと震える。まるで悪意の塊のようなものに、舐められたような錯覚に陥った。

 仲木戸はその場でくるりと回って見せ、しゃがみ込んで真赭を覗き込んだ。そのフレンチグレイの瞳に見据えられ、真赭はすくみ上る。

「……焼き鳥には関係ないのね」

 阿久津の仲木戸を呼ぶ声が響く。真赭など気にも留めず、くるりと踵を返した仲木戸は阿久津の下に駆けて行った。春ちゃーん! 勢いよく背中に飛びつくその姿は無邪気そのもの。悪魔の真意は計り知れない。


・・・・・・
10レスを優に超えてしまった……すいません、結局14レスいただきました!(>>11-24
読んでくれた方ありがとう!ノシ

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sage:


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うpろだ
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