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【適当】小説書きスレ其の弐【万歳】
[8] -25 -50 

1: 名無しさん@読者の声:2014/6/12(木) 23:18:52 ID:YDoKF2wKiU
ここは主に小説を書くスレです!
自由に書いてよろし!

・他人に迷惑を書けるのは駄目です!
・喧嘩は喧嘩スレへGO
・必要なら次スレは>>980さんがお願いします。無理なら早急に代理を!

不備がありましたらすみません。楽しく書けることを祈ります。


121: :2017/6/29(木) 13:44:41 ID:/Ehq2rEIVE
2001年、山茶花の咲く庭にて。
 妹が映る最後の写真は俺が持っている。多分、あのころが俺の絶頂期だった。

 

 2014年、アジサイ濡れる都心にて。

 なんだか最近、街がざわついている。

 梅雨開け間近のぐずついた空を見上げて、僕は鼻先を動かした。ちょっとばかりの湿気に襲われてくしゃみが飛び出す。いつもの街、いつもの通学路。いつもの制服にいつもの鞄といつもの、さえない僕。

 見慣れた駅を出て、これまた見慣れた道を行く。日はとうの昔に天辺まで登っていて、僕は相変わらずの遅刻だった。昼から学校に出始める僕に、多くの友人たちからラインが届く。

『重役出勤かよ』

変なスタンプと共に送られてきたメッセージに、僕は思わず苦笑した。どうでもいい文章。どうでもいい会話。スマホをポケットにしまいこんで、イヤホンを耳に詰め込む。いつもより少し大きい音で、流行りの訳わかんないバンドの曲を流し始めた。みんながかっこいいって言ってるし、テレビでもよく見るから聞いているだけで、別に好きでもなんでもない。

 大体、何もかもがどうでもいい。日向においたアイスみたいに、溶けて崩れそうな僕の毎日。

「つまんな……」

思わずそんな呟きが漏れた。街だけが騒がしい。まるで明日から何かしらの革命が起きるって、そう信じているみたいに。人々は何事かを主張し合いながら生きている。けどどうせ、そんな革命はパフォーマンスだ。

 17になったらそのくらい、分かってしまう。

 コンビニで昼飯を買って外に出た。じっとりと湿った外は少し小雨が降り始めている。鞄の中から傘を出そうと立ち止まれば、後ろから歩いてきた集団が次々とぶつかっていく。よろけて転びそうになった僕を彼らは笑った。
122: :2017/6/29(木) 13:48:12 ID:/Ehq2rEIVE
派手な髪色にジャラジャラと纏わりつくように身に着けた銀のアクセサリー。碌に学校にも行かず、働いてもいない連中だ。僕だって人のことなど言えたものではないけれども、確実にでっかい波の端っこで流されているような人種。つい、舌打ちが漏れた。それがまずかった。

「あ? お前何? なんか文句あるのかよ?」

一番後ろを歩いていた男が僕を振り返り、つばが掛かってきそうな勢いで叫ぶ。何でもないです、そう言っても事は収まらなかった。

「お前、学校ドコよ。こんな時間に遊んでるって学校にちくってやろーか?」

「……やめてください」

鞄を持った腕を掴まれて、僕は思わず身を引こうとする。思わず顔を顰めるくらいの力で男は僕の腕を掴み、それを阻んできた。気が付くと前に行っていた連中も戻って来ていて、僕を取り囲んでいる。まずい連中に絡んでしまった。

「学校にちくられたくなかったら財布の中身ちょーだい。今時の高校生って金もってんだろー? 早く出せよ」

「つーか、こいつの高校どこ?」

「あっ、学生証みっつけたー」

「ちょっ、やめてください!」

勝手にポケットをまさぐられて、学生証を取られた。返せと要求するも、髪を真っ赤に染めた男がへらへらと笑って僕を弄ぶ。周りもそれに釣られたように、爆笑し、僕をさらに煽った。恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かる。けど、この人数を僕がどうにかできるとは思えない。ケンカなんてしたこともないし、もやしっ子に出来る事なんて何もなかった。

「金出すから、学生証返してくださいよ!」

「えーっ、お前らどうするよ?」

「どうせ今はそんなに持ってねぇんだろ? これは預かっててやるからさ、家帰って母ちゃんの財布からも取ってこいよ。最低10万な」

「そんなっ……、無理に決まって……!」

焦って反論した僕の前に、男が学生証を突き出す。もし指示に従わなかったら、と彼は言ってにやりとした。

「小島優斗くんが学校サボっていけないことしてたって、あることない事学校に吹き込んじゃおうかなー」

「俺は別に、遅刻しただけで……!」

そんな事は関係ない。男がそう言って俺を嘲笑った。選択肢は二つに一つだ。学生証を取り返すために金を家から盗んでくるか、それとも学校にあることない事吹き込まれるか。

 悔しさに口を噛んで俯く。僕を取り囲む男たちはにやにやと笑いながら、決断を迫るカウントダウンを始めた。10秒以内に決めなかったら強制的に学校に電話をする。

「6、5、4……」

3、と言われる前に僕が分かったと言おうとしたときだった。

「ヒャッハー! 俺がヒーローだぜっ!」

そんな叫びが聞こえたかと思うと、僕に詰め寄り、学生証を突きつけていた男が吹き飛んだ。唖然としたのは僕だけじゃない。僕を囲んでいた連中も唖然としてその光景を見ていた。

123: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:49:27 ID:/Ehq2rEIVE

「ヘイヘイヘイ、良い子のみんなー? 俺が来たからには悪行はおしまいよ!」

「な、なんだよお前……」

男のテンションに、先ほどまであんなに勢いのあった彼らも引き気味になった。気持ちはよく分かる。助けてもらっておいてなんだが、僕もこの人のテンションがさっぱりわからない。

「お、お前なんだよ! 急に入ってきて邪魔すんじゃねーよ! テメェに関係ねぇじゃねぇか!」

蹴り倒された男が怒りをそのまま男にぶつけるように怒鳴った。関係ない? 自称ヒーローはその言葉に首を傾げる。彼はもう一度男を蹴り飛ばし、握っていた学生証を奪うと、更に男の腹を踏んだ。グッと苦しそうなうめき声を男が漏らす。

「関係ない? 俺に関係ないことなんてありませんけどー! 三百六十度、周りぐるっと全部で起こることは俺に関係あることですけどー! この西水流さまはなぁ、視野が広いんだよ!」

多分彼の主張において、視野の広さは関係ない。何言っているんだろう、と相変わらず引き気味だった僕とは変わって、その一言に取り囲む連中はざわついた。ニシツルだって? 誰かの囁き声が聞こえる。

「やべーよ、あいつ、頭おかしいよ」

それには同感だ。

「ニっ、ニシツルってもしかして旧帝の西水流かよ!」

連中の一人がはっきりと叫んだ。それに彼の仲間内はざわついて行く。やばいよ、という焦燥のこもった声がさざ波のように広がっていく様を、僕は呆然と眺めていた。ニシツルさんと言うと、一人、飄々とした顔で懐かしいなぁなどと言ってる。

「旧帝の西水流とか久しぶりに呼ばれちゃったぜ」

ハハッと笑った西水流さんに、連中は顔を見合わせた。逃げると言うことで意見が一致したらしい。すっかり伸びてしまっていた仲間を一人かついで、足を揃えて逃げ出す。西水流さんは笑顔でそれを見送り、手まで振ってやっていた。

「よーし、片付いたな。坊主、お前ちゃんと高校行かないとバカになるし、友達に会えなくてブルーになるぞー」

振り返った西水流さんが、僕に学生証を手渡してくれる。素直に礼を言えば、彼はにっこりとして、僕の頭を撫でてくれた。まるで子ども扱いだ。

「よっしゃ、これで一日一善達成だぜ。サカエに教えてやろーっと」

「イチニチイチゼン?」

飯のことかと尋ねれば、西水流さんは思いっきり僕をバカにした顔で見下ろした。学校行けよ、と哀れむような調子で言われ、さすがにムッとする。

124: 長くて心折れそう:2017/6/29(木) 13:51:30 ID:/Ehq2rEIVE

「一日一膳だったらひもじくて仕方がねぇじゃんかよ! 違ぇよ、善い行いの事だって。一日一善! わかる?」

「はぁ……、大体」

けれどもなんでそんなことをしているのかが分からない。西水流さんが警察の制服が似合いそうな、好青年だったらまだしも、さっき僕をカツアゲしていた連中と大差ない姿なのだ。金髪も派手な身なりも騒がしい話し方も、僕が軽蔑する人種だと言うのに、西水流さんは僕には考えもつかない妙なことを言う。一日一善なんて、あほらしい。

 僕が妙な顔をしていたのか、西水流さんにその違和感が伝わったらしい。彼は髪をガシガシと乱暴に掻くと、あのさぁ、と少し真面目な顔で僕を見下した。

「お前、ロックのジャンルでオルタナ、alternativeって知ってるか」

僕は素直に首を振った。そもそもロックのジャンルなんて知らない。流行っているバンドや歌手が全てだし、ジャンルなんかで歌なんて聞いた事が無かった。それを告げれば、あからまさに西水流さんは嫌な顔をする。

「alternativeって言うのはよ、普通単語としては代替のとか代わりのって訳すだろ? でも、alternative rockって言うのはさ、それとは意味が違って主流の物とは趣向が異なるロックのことを言うんだよ。俺たちはそれなんだって」

「よく、わからないです」

「って言う顔してるよなぁ。仕様がねぇなぁ」

ロックのジャンルがどんなものかはよく分かった。けれどもそれが西水流さんたちだと言うことはよく分からない。バンドでも組んでいるのかと言えば、西水流さんは違う、とまた首を振った。

「俺たちは主流とは全く別の、むしろ逆の路線を走るんだよ。お前らは無関心、だから俺たちはなんにでも関心を持つ。自分の物だと思って関わってる。一日一善もそれの一つ。みんなそんなことしようとも思わねぇだろ? だから俺たちがやるんだ」

「なんでわざわざそんなことをするんですか?」

僕の何気ない問いに西水流さんは呆れたようだった。理由なんているのか? そう彼は僕に問う。何かしようとしたことに対して、大義名分がいるのは革命だけだと。彼は見た目の割に随分と賢そうなことを言っている。

「けど、別に西水流さんたちがやる必要はないじゃないですか」

僕が納得できずに異論を述べれば、西水流さんは目くじらを立てて僕を怒った。お前バカなの? そんな彼の罵声は案外僕を傷つける。

「あのなぁ、誰かがやるから俺がやらなくていいなんて道理にはなんねぇんだよ。かっこいいだろうが、かっこいいのは俺がぴったりなんだよ。俺がそう思うから俺がやるんだよ。なんか悪いのか?」

「いえ……、悪くないです」

「あとさ、サカエが前に言ってたぜ。主体的に生きなきゃつまんねぇんだよって。意味わかるか? 要は、俺が主人公だぜって思って生きないとなんもかもがつまらなく見えるぜってことだよ、坊主」

そう言うと西水流さんは僕の背中を思い切り叩いた。痛みと勢いに、つい丸まりがちの背中が伸びる。ほら、と彼は何故か得意げな顔で僕を見て、その方がいいと笑った。

「格好つけて生きないとあっという間に腐っちまうぜ。世界って絶えず変化してんだからな」

学校行けよ、と西水流さんは僕にもう一度忠告した。バカになっちまうぞ、とやっぱり彼には言われたくないことを言う。それから礼を言った僕に笑って、彼は去っていった。さよならを言わない人なんだと、僕は遠ざかる背中を見て知った。
125: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:52:06 ID:/Ehq2rEIVE
友達からのラインが届いている。

『お前いつ学校来るの?』

予想以上に遅れている僕に対する心配だ。いつもだったら面倒くさくて多分返信はしない。さした傘を枢と回して、僕は息を吐いた。傘の淵から見える空は相変わらず曇っていたし、すっきりしない天気だった。

「alternative rockか」

聞いた事のないジャンル、と言うか真面目に音楽なんて聞いた事ない。流行りの音楽を止めて、僕はイヤホンを耳から外した。

『今にも行くよ』

友だちにラインを返してスマホをポケットにしまい込む。傘をそっと畳んでみた。必要なほどの土砂降りでもない。今日くらい、明日はないかもしれないけれども今日くらい、ちょっとだけ格好つけて生きて見ようか。

 街を振り返る。なんだか街がざわついているように見えた。



 2008年、桜散る放課後の校庭にて。

「田代ってさ、別に不良じゃないよな」

 同じ中学からこの春、旧岩庭高校に進学した泉昌哉が呟く。そうだけど、と俺は応えた。桜の下は毛虫が落ちてくるぞ、と昌哉に教えてやった直後のことだった。

 あまり中学では話さなかった奴だが、悪い奴ではと知っている。泉昌哉は野球部のエースで、しかも勉強もよくできた。それなのに不良の巣窟と言われる旧岩庭に進学した変人だ。

 旧岩庭に進学した理由を問えば、昌哉は頬を掻き、さぁと肩を竦める。

「高校生になってまで真面目って言われるのもヤダし、どこ行っても野球部入れって言われんのもヤダし。宮廷野球部無いじゃん、だからいいかなって」

「野球やめんの」

126: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:53:47 ID:/Ehq2rEIVE
「おう、髪伸ばしてんだわ。俺もお前みたいに染よっかなぁ」

ちらりと昌哉が俺の頭を見上げて呟く。別に染めていないことを教えれば、昌哉はこちらがびっくりするくらいに驚いた。

「地毛なの?」

「おう、母さん外国人」

「マジで? じゃあ、その目も本物?」

俺はその問いに頷いた。昔っから素行が悪いというか、だらしなかった所為なのか、この髪も目も人工の物扱いされている。けれども実際は天然の物で、イタリア人の母さんの影響だった。この茶髪もグレイの瞳も。

 勘違いされるのは慣れっこのことだし、父さん曰くちゃんとした格好をしないのが悪いらしい。だから普段から特に気にしていなかった。それなのに昌哉はやけに気にした様子で、律義に俺に謝ってくる。やっぱり真面目な奴だ、と俺は息を吐いた。

「髪と目はいいとしてもよ、ちゃんと制服着ないと先輩に目つけられるぞ」

「……ネクタイ失くしたんだよ」

「入学三日目でかよ」

爆笑する昌哉にうるさいと俺は顔を顰めた。本当にうるさい。こんなに笑ったり驚いたりする奴だと知っていたら、俺は話しかけなかったのに。昌哉は気のすむまで笑うと、購買で買うことを勧めてきた。そんなことを言ったって、すぐに失くしてしまうから金の無駄だと思う。

「田代お前面白いなー、な、メアド教えろよ」

「なんで」

「暇になったら呼ぶよ。遊ぼうぜ」

面倒くさがる俺を急かして、昌哉はケータイを取りだした。赤外線通信で遊びながら、俺たちはメアドを交換する。ケータイを見た昌哉はやばい、と顔を顰めて鞄を持ち上げた。

「悪い、俺帰るわ。じゃあな」

校門に向かって走っていく昌哉を見送り、俺は桜の木の下に座る。大きな欠伸をしていると、俺の鞄の上にポトリと毛虫が落ちてきた。昌哉、ともういないクラスメイトの名を呼んでみる。

「お前、なんで野球やめたんだ?」

いつか、訊いてみようかとも思う。それにしても坊主じゃない昌哉はなんだか格好が悪かった。あれで髪を染めたらどうなるんだろう。手の中で震えたケータイを見れば昌哉からで、明日学校でとまだ学校にいる俺への厭味のようなメールが届く。だから俺は返信画面を開き、ちょっと悩んでからメールを送った。

『髪染めたら写メっておくれ』

たぶん、返信を読んだ昌哉は爆笑するんだ。
127: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:54:34 ID:/Ehq2rEIVE
翌々日の休み時間

「あーっ! 泉昌哉だー! お前、俺の事覚えてるー?」

 一人で百人くらいの肺活量を持っているんだろうか。俺は思わず奴を見て首をかしげた。教室にいた全員が奴を振り返っている。

 ピンクがかった茶髪に着崩した制服とアクセサリー尽くしの男は、ずかずかと遠慮もなく俺のクラスに入ってくると昌哉の席に腰を下ろした。宣言通り、茶髪になった昌哉が男を見上げて首を捻っている。髪を染めても真面目な男、昌哉は次の英語の予習をしていた。一方で俺は昼寝をしていた。

「誰お前」

昌哉の冷たい返事を聞いて、男はうそだろ! と喚きたてる。奴が動くたびに、身にまとったたくさんの銀がちゃらちゃらと音を立てた。チャラ男だ、と俺は気が付いてハッとする。世に言うチャラ男を見たのはこれが初めてのことだった。

「俺のこと忘れてんのかよ! 桜の花幼稚園で一緒だった西水流だって、西水流伊織。本当に覚えてねぇのかよ」

「ニシツル……? あーあー、あー……! あの漢字が面倒な奴?」

「なんだ、よその覚え方!」

と、怒りつつも西水流とかいう奴は機嫌よく爆笑し始めた。チャラ男ってよく分からない。机に突っ伏した俺はそんなやり取りを眺めながら、西水流がうるさいなぁということを実感する。

「お前うるせーよ」

そう思った時にはもう、口から言葉がつい出ていた。あぁ? と威勢のいい声とともに西水流が笑みを消して俺を振り返った。途端に不良然とした彼を見据えて、うるさいよともう一度繰り返す。奴は俺を唖然として見つめ、そうかと思うと急に俺の方に駆け寄ってきた。

「えっ、なにあんた! すごい派手! その目何! カラコン?」

「は? カラコンってなに、天然だけど」

「テンネン? テンネンってなに? 天然っ!?」
128: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:55:06 ID:/Ehq2rEIVE

そこから西水流は大体二百回くらいはすげぇと叫んだような気がする。俺の周りをすごいすごいと騒ぎながらぐるぐるとし、突然俺に向かって手をつき出すと、強引に手を取り振り回した。

「俺西水流! 西水流伊織! アンタ名前は? やべーよ、友達になろうぜ」

どうにかしてくれ、と昌哉を振り返れば、奴はにやにやとしてこちらを見ていた。案外仲良くなれるのではないか。昌哉のそんな無責任な言葉に、俺はむっつりと不機嫌になる。

「そいつ、田代。田代おもしれーから、西水流と気が合うと思うぜ」

「マジか! 俺、面白い奴好きだわー! 田代、よろしくー! 俺隣のクラスね、マジよろしくこれから一生!」

「一生かよ……」

よろしくしたくない。思わず呟いた俺に西水流は怒り出し、昌哉は笑い出した。西水流が一人いるだけで、東京ドーム満員くらいの賑やかさに見舞われる。俺はなんだかぐったりとして、そう言えば満員の東京ドームなんか行った事ねぇな、と思い出した。

 そんな訳で、ケータイのアドレス帳にもう一人増えた。勝手に登録された西水流の漢字を見て、確かに面倒だなと俺は昌哉に同感する。


 翌々日、雨の午前中、前の席が初めて埋まった日。

 寝坊して遅刻した。中学の時はこのくらいの寝坊なら10分くらいの遅刻で済んだのに、高校となると電車の都合で一時間も遅れてしまう。遠いって怖い。距離の恐ろしさを思い知った俺は、いそいそと職員玄関から学校の中に入り、自分の下駄箱を目指す。

 誰かがいると知ったのは人影が見えるくらいに近づいてからだ。完全に一限が始まっている時間だと言うのに、どうして玄関に人なんているのだろう。そう思って俺は思い出した。よく考えれば旧岩庭高校、通称旧帝は不良の巣窟だ。授業をさぼって誰かが遊んでいるのだろうと思えば、話し声にも時間にも納得する。

 それが悪いことに俺の下駄箱のすぐ傍であったことに、俺は悲しくなった。男が三人、それからもう一人、大人しそうな雰囲気の男が下駄箱を背に俯いている。

「南校行くとかいっといて、お前も旧帝かよ。宮下、何お前、渾身のギャグ?」

一人の言葉に周りの男たちがにやにやと笑う。どうやら親しいらしい。別に歓談しているのは構わないが、俺の下駄箱の前はやめてほしい。おい、と声をかけると、一人がこちらを振り返った。歯を剥き出しにした、犬のような表情だ。ところが俺を見ると途端に目を逸らす。

「どいてほしいんだけどよ」

そう言うつもりだったのに、うっかり噛んだ。朝飯を食わなかったからかもしれない。

「どけよ」

に結果縮まった言葉に、男たちは舌を打ってそれぞれ歩き出す。残った大人しそうなやつが一人、俺を見上げていた。着いて行かないのかと不思議に思って見ていれば、奴は驚くくらいに控えめな、けれども柔らかい笑みを浮かべる。
129: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:55:31 ID:/Ehq2rEIVE
「助けてくれて、ありがと」

「お?」

助けた? いつ? 誰が? なにから?

 やや混乱しつつも俺はむっつりと頷く。さっぱり意味が分からん。事態が呑み込めない俺をよそに、奴がニコニコとしながら俺にもう一度礼を言った。覚えのないことに礼を言われるのは癪だったので、気にするなと適当なことを言う。

「それよりそこ退いてくれ。靴が取れん」

「あっ、ごめん。あ、ここが靴箱ってことはクラス一緒なんだ。名前何?」

「田代」

クラスメイトと言う割に見た事の無い顔だ。もちろん、一週間程度でクラスメイト全員の顔を覚えている訳がないんだが。

 誰だったかと俺が頭を悩ませている隣で、男はシロちゃんかーと言い出した。さすがにそれにはぎょっとして俺は奴を振り返る。

「シロちゃんってなんだ」

「えっ、田代でしょ、だからシロちゃん」

「意味わからん」

そんな気持ち悪い呼び方をされたのは初めてだ。やめろと言ったのに奴はしつこく俺を呼び続け、結局俺が折れた。お前は、と名を尋ねると彼はにっこりとする。

「俺は光」

「サカエか」

頷いたサカエと共に教室を目指す。遅刻したのかと尋ねれば、サカエは朝がべらぼうに苦手らしい。実は今日が初登校なのだと、彼は深刻な顔で俺に告げた。毎日毎日起きたら昼だったため、学校にきそびれていたと言う。

「俺、受験の時も寝坊して志望校落ちたんだよねー」

サカエはサラリと恐ろしいことを言ってのけた。確かにサカエは旧帝に来そうな男ではない。昌哉とはちょっと違う、上品さを持ち合わせた真面目そうな男。そんな俺の感想を聞いて、サカエは間違ってはいないと笑った。

「なんか場違いな感じだし、初日行ってないし、それで俺、今日すごく緊張して来たんだよねー。ま、最初に会ったのが同じクラスで、しかもシロちゃんでラッキーだな」

「なんで」

「えー? だってシロちゃん俺の友だちだぜ? 話しやすいし、本当ラッキーだよ」

いつから友だちになったんだろう。なんだか最近、勝手に友達認定されることが多い日々だ。新学期なんてそんな物かもしれない。俺は一人納得していれば、サカエがシンプルなケータイをポケットから取り出して俺を突いた。
130: 掘り出したもの。。読んでくれてありがとう:2017/6/29(木) 13:56:03 ID:/Ehq2rEIVE
「メアドと番号教えてよ。でもって、朝起こしてよ」

「はぁ?」

「だってさー、朝遅刻したらシロちゃんと遊ぶ時間減っちゃうだろ? 俺寝坊したら学校行く気失くすし。な、人助けだと思って、頼むよ」

渋々俺がケータイを取りだすと、サカエは嬉々として俺とメアドの交換をした。明日から頼む。念を押されて俺は、何か呪いでも受信してしまったような気持ちでケータイを見つめる。サカエは一人、ニコニコとしていた。

 授業中の教室に入る。教師は俺を見て顔を顰め、サカエを見て驚いたようだ。飄々とした顔のサカエが俺の後ろを歩くのを見て、周りが何かを言っているのが聞こえる。にやっとした昌哉と目が合って、俺は眉を顰めた。

 俺が席に着く。教師の小言を受け流しつつ、教材を準備しているとサカエが突然俺の前に座った。びっくりして俺が目を瞬いていれば、振り返ったサカエが得意げな顔で笑う。

「先生に訊いたら前の席だった。笑っちゃうよね、笑っていい? それよりね、俺教科書忘れたんだわ。というより、ペンとかも持ってなかったわ。シロちゃん見せてー貸してー」

俺の前の席の住人、サカエは俺よりもずっとだらしのない男だった。俺はため息を吐いて、教科書を奴の方に差し出し、ルーズリーフを一枚分けてやり、最後に筆記用具を貸してやった。大げさに喜ぶサカエが教師に怒られ、ついでに俺も怒られる。理不尽に不機嫌になった俺を見て、サカエはやっぱりにこにことした。

 不思議な出会いが積み重なった、高1の春。桜はもうすぐ、全部散ってしまう。
131: 名無しさん@読者の声:2017/8/21(月) 23:22:19 ID:NNJl38p7K2

小噺をいくつか用意しておいた。愚かな人間たちが、退屈のあまりに妙なことをしでかさないように。


東京都内のとあるオフィスビルは、年に一度だけやたらと華やかな日がある。普段は何をしているかわからないビルに、密やかにだが確かに大勢の人間が集まるのだ。廊下やエントランスには花々が飾られ、仕舞われていた絵画が壁にかけられる。殺風景だったビルは途端に花開き、一年に一度の行事に備えていた。

そこに会する面々も毎度のことながら豪華である。彼らは一様にスーツに身を包み、駐車場は高級車で溢れる。

奇妙なことに車は値段の下限が決まっている。必ず最低限トップクラスとなっており、エグゼクティブクラスの車は普通にゴロゴロと停まっている。駐車場ですら、どこぞのショールームかと思うような場所に様変わりするのだ。

彼らは皆、最上階を目指してエレベーターに乗る。エレベーターは今日限り、最上階と一階エントランスと地下駐車場にしか止まらない。地上との間にある24ものフロアは、全て無駄になるのだ。

彼、もまたそのエレベーターに乗り込んだ一人だった。コーヒーを片手に、同乗者のいないエレベーターで快適に過ごす。数秒で最上階までついてしまうその間も、窓に映る完璧な自分にうっとりと目を細めていた。この世で最も美しい男だ。

比較的小柄な体をスーツで包み込み、そのグレイの髪を綺麗にセットしている。今日も眼鏡は欠かせないが、そのグラスの奥の瞳は猫のような美しい形をしていた。赤い唇を笑わせ、最上階のフロアに足を踏み入れる。

フロアにはドリンクバーと大きな円卓以外何もない。今日限り雇われたバーテンたちが、静かに注文を受けていそいそと働いている。彼もまた、バーテンに空のコーヒーカップを渡し、代わりに好きなシャンパンを頼んだ。バーテンが厳かに準備をするのを待ちながら、本日の出席者に目を通す。

この催しはたった二十六人のためだけに開かれる。この会社で働く数千人のうちの、二十六人のためだけだ。

彼らは特別であることが、この一年に一度の会議だけでも知らしめられている。それに優越を感じるか感じないかは個々人の自由だったが、彼はどちらかと言えば感じない方だった。この扱いが”当然”だと思う二十六人のうちの一人である。

届いたシャンパンのグラスを傾けながら、サファイアガラスが光る時計に目を落とす。女性ものの時計だ。会議まで後十数分と言うところだろうか。早く来すぎたかと思いながらあたりを見回し、彼は顔見知りを見つける。

「イヴ姉さん! 久しぶりだね」

バーに近寄って来た一人の女性が、彼に目を止める。すらりとした体躯に、美しい脚が目を惹く。彼女お気に入りのハイヒール。彼女は化粧で強調した形のいい瞳を笑わせ、あら、と彼に手を振ってみせた。細い指先が、軽やかに空で遊ぶ。
132: 名無しさん@読者の声:2017/8/21(月) 23:23:53 ID:gem5whae7o

「アイヴィー、元気そうね」

彼女はそう言うと、同じようにバーテンに飲み物を頼んだ。ミネラルウォーターと告げた彼女に、彼の方が目を瞬く。飲まないの? とグラスを掲げてみせると、Eの彼女は肩をすくめてみせた。革のクラッチバックから鍵を取り出してみせる。

「今日は私が運転手なのよ。あなたは相変わらずね。自分が一番って顔をしてる」

「まあね。あれ、それより姉さんの今日の服って?」

Eはふふん、と鼻を鳴らして自らの体を見せつけて来た。指先と手の甲で太ももから膝にかけてなぞり、腰に手を当てる。

「いいでしょう、ヴァレンティノなの。最近の一番のお気に入りね」

「いいなぁ、女性物って線がセクシーでいいよね」

Eはそう言う彼に目を止めて、静かにそっと体の線に沿って視線を下ろす。彼はそれにぞくぞくとするようだった。他人に見られるのは、いつだって気持ちがいい。彼はいつでも、誰かの視線を浴びたくてたまらないのだ。

「I、まさかまたスーツ新調した? 見たことない」

「ふふん、さて、どこのでしょうかー!」

「あなたはブリティッシュスタイルは嫌いでしょ?」

「まあね、僕あまり背が高くないから、イギリス式は得意じゃない」

「そうなるとイタリアか……。その感じだとイザイアでしょ? あなたと、イニシャルが一緒だし」

Iは指をパチンと鳴らしてEに向かって指を突きつける。ご名答。笑顔でそう言った彼を笑い、彼女はその隣に並んだ。ミネラルウォーターのグラスに指を巻きつけ、喉を潤す。

ハイブランドのスーツを着るのは彼らだけではない。当然、ここに来る二十六人全員がそうだ。

それぞれ好みのブランドで値段や国やこだわりは違うが、パッと見ただけでもバーバリーやエルメス、アルマーニにトムフォードと勢ぞろいしている。スーツだけでもどれだけの金が飛ぶかわからない。そしてその大抵がオーダーメイドだ。

一流の服、一流の飲み物、一流の車、そしてそれに見合うだけの選ばれた一流の人々。そして彼らだけが成しえる、一流の仕事。

彼らは自分がそこにいることを誇ることはない。何度も言うが、I同様選ばれて当然だと思っている。

そして彼らは皆、お互いの名前を知らなかった。知っているのはコードネームの頭文字だけである。それを時折、仲間内でふざけて適当な名前をあだ名して見たりもするが、本当の名前は本人達しか知らない。

彼、Iもまた同じだった。Eとはもう数年の付き合いになるが、それでも彼女の出身地や国、そしてここに来た経緯まで何もかもわからないのだ。便宜上イブと呼ぶことが多いが、それも戯れによって変わる。それが彼には心地よいと思うし、面白いと思っていた。
133: おあそび:2017/8/21(月) 23:25:22 ID:gem5whae7o

「そろそろ始まるわよ」

彼女が時計を見下ろしてそう呟く。Iはそれにうなづき、バーテンにもう一杯のシャンパンを頼んだ。

「そう言えば、相棒はどうしたの?」Eが尋ねる。

「去年までの?」Iは冗談めかして答えた。

「今年もきっとそうよ」彼女は苦笑いをする。

さぁ、とIはシャンパンを受け取りながら肩をすくめる。大方、まだ駐車場で愛車と仲良くしているか、どこかでタバコでも吸っているのだろう。そんなことを話していると最後のエレベーターが到着した。キングかと皆が注目した先に、件の相棒が現れる。

Iが選ばなければ服の良し悪しもわからない彼だ。今日はトムフォードを着せてやったが、体つきがいいので似合っているのが癪に触る。

車以外に目のない男なので、自分の価値にも来ている服の価値にも興味がないに違いない。彼はいつだって、愛車であるメルセデスベンツS65AMGしか、愛していない。

宝の持ち腐れ、と無意識に呟いたIを、Eは喉を鳴らして笑った。

「ご登場よ」

「キング並みの重役出勤だよ」

Iは腰をあげると、彼に向かって手をあげる。「Jさん」そう呼ぶと、彼がこちらを振り返った。

ニ年間、パートナーとして一緒にいた彼だ。癖も思考パターンももう覚えている。話し方、声、足音まで。黒い髪を撫で付け、澄んだパールグレイの目をしていることも。

しかしJと呼ばれる彼自身のことは、当然Iが知っているわけがなかった。知りたいと思ったこともない。そして知らぬまま、別れるかもしれなかった。

今日は年に一度の会議である。一年に一度、組み分けが変わる。一流の二十六人を、一流の十三組に分けるのだ。一年間のパートナーが決まる日である。一流のパートナーを手に入れたら、一流のコンビになる。それが決まりだった。

ところがIは一流のパートナーを手に入れたのに、いつも三流のコンビになった。不吉の十三番。皆がそう呼ぶ彼らはおそらく今年も、パートナーが変わることはない。

さて、退屈な会議の余興に二年間の暇つぶしの話でもしよう。それはいわば、ロマンスを探す旅路だった。
134: 爆発したでお遊び:2017/12/19(火) 23:50:37 ID:jld5b.jDtk




爆発だった。

雷鳴のような轟が伝わり、直後に地面が揺れた。テーブルに並んでいた昼食が揃って台無しになった。ついでに話していた内容を忘れた。

残り風が自分の髪を揺らす。埃と砂にまみれた髪の毛を、鬱陶しそうに手で払いのけた。

「遠いな」

視線の先にあった爆破地点は状況を目視できぬほど遠く、辛うじて火花が散るのが見える程度だ。ここから見ているとその凄惨さが伝わって来ず、打ち上げ花火でも見た呑気さだけがある。

同席者が笑う。短髪な彼は爆風なんて気にならなくて、少し羨ましい。周りの連中も気にせず、食事を続けていた。

「寂しいなら近くに行ってもいいんだぜ?」

「相変わらずご親切なことで」

呆れて鼻を鳴らす。バカなことを言うのは日常茶飯事で、むしろバカなことがまともなことになりかけている。

自分たちは続いている爆破を横目に、ランチを楽しんだ。17分並んで買った昼食だ。ビールはもっと時間をかけた。たかだか空爆ごときで飯を台無しにしたくない。

さっさと飯をかき込みながら、話の続きを思い出そうとする。なんだったか、と思いつく前に、同席者の方が口を開いた。

「最近はなんでもありだな。旧型から新型まで。まるでガレッジセールっていう具合でな、あれは……、見たことないぜ」

「はぁ? 見てわかんの?」

爆弾の種類なんて、目視だけじゃ絶対にわからない。自分はしげしげと遠くの爆心地を見ようとしたが、結局わからなかった。

自分たちをよく思わない連中は芝でも刈るような心地よさで、こちらを絨毯爆撃してくる。自分たちも芝であるから、いちいち刈り取られた連中に感情移入はしない。五年前からだ。そのように常識とモラルは変わった。

「せめてこっちに来なきゃいい。俺のサンダル新品なんだよ。もったいねぇ」

「こっちだって、17分並んで買った昼飯を砂まみれにされたくないし、43分かけて買った温いビールを失いたくない」

「ビール、今日何ドルだった」

「忘れた。でもちょっと安かった気がする。円高かな」

どうでもいいことを話し合う。どうにか飯を平らげてしまって、ゴミと皿を全部床に落とした。また空爆が起きればこんなもの、消えて無くなる。
物には価値がない。人間にも価値がない。ありとあらゆる物の価値観は霧散した。

同席者は椅子の深く寄りかかった。自分たちはお互い、遠くで起きている爆発に飽き飽きとしていた。

それでなんの話をしていたんだったっけ。自分はそれを思い出そうとしながら、ビールを仰いだ。ビールは温く、水で三倍くらいに薄めたような味がしたが、それでもビールというだけで美味かった。


135: 名無しさん@読者の声:2017/12/19(火) 23:51:53 ID:jld5b.jDtk

同席者が鼻で笑う。皮肉めいた笑い方をしていた。彼らしい。

「あっち側で死人が出てんのに、こっちは相変わらずのお祭り騒ぎだな」

彼は言いながら額の横を掻いた。深い傷の残ったそこには髪の毛が生えていない。

「‘お盆なんでしょ、ここは常に」

「ちょっとちげーだろ、それは」

「違うかなぁ」

盆なんてやったことのない自分には、彼の言う違うがわからなかった。ビールをチビチビとすする。これは43分のビールだぞ、と自分に言い聴かせる。

爆発がもう一度。確実に近づいてきているそれに、同席者と自分は視線を交わした。一瞬で椅子を蹴る。高い音が聞こえる。ガレッジセールの開催を知らせる、航空機だ。

「ほら、お前が恋しそうに言うから来てくれちまっただろうが!」

「それ言う間に三歩は前に進めたよ」

周りの連中とほとんど一緒になって走り出す。できるだけ遠くに、できれば物陰に、できれば建物の中に。子供のはしゃぐ声が反響していた。彼らが笑って叫んでいる。

「AK! AK! AK!」

こっちじゃどんな時もお祭り騒ぎだった。

自分もつられて笑う。爆笑しながら走り続ける自分を見て、同席者は唖然としていた。それから伝染したように笑い出す。

気がつくとみんな笑っていた。老若男女問わず、様々な笑い声が反響する中を駆け抜ける。

急に音が消えて体が軽くなった。

自分が宙に投げ出される。一瞬、47分かけて買ったビールと自分の頭と、どちらを守ろうか悩んだ。結局ビール瓶を手放す。回転していくビール瓶の口から黄金が溢れ出る。その美しさに目を見張った。

音楽を知る。黄金の酒の粒はショパンだ。美しく、完全なるショパンが溢れでている。その時、高い耳鳴りがして、音が一瞬だけ戻った。

体が地面に投げ出される。瓦礫の中に埋もれるように転がり、足だとか腕だとか腹だとか、いくつか怪我を負った。質量のある静寂に包まれた中で、耳鳴りだけがはっきりと聞こえる。血だらけの手のひらで顔をぬぐい、やっぱり自分は笑った。

死ぬ時もきっと音楽と共にある。ここは最期の一瞬までがカーニバルなのだ。

そこらで自治区と呼ばれるこの奈落を、自分たちは楽園だと信じている。死に一番近い楽園だった。

ガレッジセールが始まる。
136: 爆発した:2017/12/24(日) 23:56:04 ID:HVvwuJL8jU


爆発から9日目。

瓦礫の中を男が歩いてくる。青空だった。バカみたいに機嫌のいい空を眺めていると、この状況が何もかも嘘のように思えてくる。

9日前、瓦礫の下で目を覚ました。6日前、初めて新鮮な空気を吸い、外の惨状を知った。4日前、彼に出会った。この場所で。

男はボロボロのスーツを着ていた。ワイシャツは血と泥で汚れていて、もともと何色だったのかも定かではない。ネクタイは今や、足の傷の止血帯を担っている。誰もいないのだから、格好など気にする必要もない。

うっすらと全身粉塵に塗れた彼は、どことなく霞んでいた。くしゃみを一つして、男は天を仰ぎ、顔を両手でこする。まっさらな空を見て、目を細めた。もともと何もなかったのだ。彼はそう思う。

瓦礫の中を進む。肌感覚を頼りに元の街並みを思い出しつつ、彼は駅に向かっていた。9日前の朝までは、ごく普通のありふれた駅だった場所にである。

見渡す限り瓦礫の山だった。人はいない。動物もいない。猫も、犬も。虫すら、ありえない。植物も姿を見せなかった。

「あ」

明るい声が響いて、男はそちらを振り返る。若者がいつものようにそこにいた。瓦礫の横に腰をかけて彼を見ている。笑顔だった。若者の傍には自身の屋台があって、赤い幕は〈たこやき〉と示している。

「や、昨日は来なかったね。死んだかと思ったよ」

若者は敬語を使わない。男は彼の柔らかく、優しい言葉を聞くと笑ってしまった。それでいつも驚く。笑うというのは、どうしても他人がいないとできないことなのだと。

男は埃まみれの頬を掻く。4日目に出会って以来、ここには毎日来ていた。彼の焼くたこ焼きを食べ、状況をいくつか聞いたり、それまでの話をしたり、時間を潰していた。

時間だけは山のように積み上がっていたのだ。すべきことは何もなかった。

若者は当然のように立ち上がると、屋台に立った。小さなガスボンベのついた屋台の火を起こし、彼はたこ焼きを作り始める。唯一まともにある水と食料を、若者は持っていた。

「昨日は絶望してたんだ」

男は彼に答えた。ほんと? と聞き返し、若者はよく笑った。たこ焼きの生地を練りながら、心底楽しそうに男を見上げる。

「ちょっと遅すぎない?」

「本当だ」

男も笑って答えた。

不思議なことに8日経つまで、何も考えられなかった。何かを惜しんだり悲しんだりするより先に、生きることが優先された。

最初の丸3日間は瓦礫に埋もれたビルから出ること、次の3日は他人に会うこと、そして若者に会って状況を理解し初めて食物と水を口にした。そこからようやく感情が動き始めたのだ。

麻痺しているというより、頭の回転が至極遅くなっている。そんな気がした。何かを考えるのを全力で心臓が拒否しているような、そういう具合である。

男の状況を若者が否定することはなかったが、彼は未だに本能で生きているらしい。目の前で呑気にたこ焼きを焼く青年を見つめ、男は微笑む。

もしこのガスが尽きたら、水が尽きたら、食物がなくなったら。彼はおよそそんなことは考えない。
137: 名無しさん@読者の声:2017/12/24(日) 23:57:43 ID:HVvwuJL8jU
「実はここから出てみようと思う。次に人に会うまで歩き続けようと思ってる」

「なるほど、旅に出るにはいい季節だしね」

男は一瞬、季節を忘れた。そう言えば夏の前である。春の一番冷たい時期が終わった。そのくらいだった。

若者は使い捨ての容器にたこ焼きをこれでもかと詰めた。たくさん詰めて、詰めて、そして持っていけと男に差し出す。たこ焼きは実にうまそうな匂いがしていた。

ふと、思う。これは一体どうやって保存されていたのだろう? 電気はない。冷蔵庫も何もない食材を、どう保存しているのか。だがたこ焼きはうまそうで、男は考えるのをやめた。

「次の街に着くまで、食べるといいよ。少しずつ。君が寄り道をしない限り、なくなることはない」

若者は断定口調で告げた。なるほど、と男は思った。

たこ焼きを一つ口に放り込む。できたてのたこ焼きは、味や風味よりもまず熱を伝えた。熱がって口を開け、空を仰いだ男を見て若者は子供のように笑った。涙目で噛み締めると、旨味が出て来た。出汁の味がして、違う涙が出そうになった。

「どこかに行くなら南に向かういいよ。南はちょうど、あちらの方。昔、つい9日前だね、そのときはあっちに区役所があった」

「あぁ、わかる。方角はなんとなく……、そちらに行くと何があるんだ?」

「グラウンド・ゼロだ」

つまりは爆心地である。男は口をつぐんだ。そこからここがどの程度離れているのかはわからないが、それでもこの有様である。爆心地など、一面何も残っていないのではないか。

男の危惧を悟ったように、若者は微笑んだ。彼は男にもう一つたこ焼きのパックを持たせると、無言でうなづく。それは男がグラウンド・ゼロに向かうことを意味していた。

「そこを越えた先でまた出会いがある。道中、くれぐれも気をつけるんだよ」

「あなたはいかないのか。一緒に行かないかって誘おうと思ってたのに」

男の言葉に若者は笑みを深めた。思いの外、嬉しそうな表情を見せる。

それでも若者は首を振った。穏やかだがこれまたきっぱりと決まり切った様子で、それはできないと男に告げる。

「僕とはここでお別れだ。残念だけど、それが役目だから」

「役目」

男は半歩下がって若者を眺めた。

改めてしげしげと見てみると、彼は本当に不思議な人だった。これだけの規模の爆発があったというのに、男と違って彼は綺麗な身なりをしている。汚れていない。怪我もない。それに今更気がついた。

「あなたは何者なんだ」

若者は目を細めた。その問いをずっと待っていたかのように、何度か小さくうなづいた。男の肩に手を触れ、若者は汚れと埃を払う。

「君と僕らとの縁を繋いだ、第一の神だ。僕が選んだ。君をね、この土地で。君にはこれから素晴らしい出会いがある。期待しているよ」

「俺は何をすればいい?」

神と言われても動じなかった。そのような気がしていたのだ、出会ったときからずっと。
138: 名無しさん@読者の声:2017/12/24(日) 23:58:23 ID:HVvwuJL8jU

男の問いに若者は何も言わない。知っているはずだと言われるだけだった。男は何も知らなかった。

「僕に出会ってから3日目、君はこの土地を出て行く。君の僕らの加護があることを心から祈ってる」

若者は男の肩を三度叩き、そっと彼を押した。たこ焼きを両手いっぱいに抱えて、男はよろめく。若者は微笑み、彼にビニールの袋と水をくれた。それらを持ってもなぜだか重たいとは思わなかった。

若者に別れを告げる。若者はにこやかに手を振った。また、と言われて、もう一度会うことがあるのだろうかと、ほんのり夢想した。

男は水と食料を持ち、瓦礫の中を歩きはじめる。晴天だった。その下をアリのように、黙々と。

グラウンド・ゼロに向かって。
139: 名無しさん@読者の声:2018/7/12(木) 01:24:56 ID:n9FLwDXHbg
大きく吸い込んだ息は、彼女の口の中で吐き出された。
熱らしく纏わりつく視線を絡めて、勢いに任せて押し倒す。
(少し乱暴だったかな。)
少し歪んだ彼女の口元にそんなことを考えながら、うっすらと濡れた彼女の下着を脱がす。
少しも抵抗はなかったが、恥ずかしいのか華奢な腕で顔を隠している。
固く結ばれた唇にキスをすると、少しの抵抗の後に舌が絡みつく。
腕をほどくと彼女が俺の首に抱きつく様にそれをまわす。
お互いの心臓の音が重なる。
俺の手が彼女の胸に触れる、なぞる様にして彼女の弱いところに近づく。

「…やぁ」

抗うように、求めるように彼女が身体を近づける。
全身で彼女の温かさを感じる、気がつくと固くなっていたそれを彼女に当てる。
小さく頷いた彼女を確認して、1つになった。
140: 名無しさん@読者の声:2018/7/12(木) 01:39:39 ID:n9FLwDXHbg
小さく丸まって隣で寝る彼女の栗色の髪をなでる。
ひょんなことから彼女が俺の部屋に住み始めてから2ヶ月が経とうとしていた。
父からの手紙と婚姻届と少しの荷物を持って押しかけてきた彼女は、あっという間に俺の生活に馴染んでいった。

(結婚、したくないわけじゃないんだけどな。)

仕事にもだいぶ慣れて段々と大きな企画も任され始めたし、独り身で遊ぶこともあまりなかったから貯金だってそこそこある。
それでも結婚に踏み込めないのは彼女が俺より7つも歳下で、一緒に過ごした期間が短いからなんだろうか。

彼女自身の気持ちは、彼女が来てから7日目の夜に彼女から聞いたのでわかった。(この日は俺たちが始めてSEXをした日でもある。)
俺は彼女が本気で俺を好きでいてくれていると信じたし、その理由も聞いた。
俺はそんな彼女のことを好きになっていて、これからどんどん好きになっていくんだろう。
141: カルピス 1/2:2018/7/16(月) 23:37:53 ID:XxqK1Ikig2
カルピスって、あるだろ?
白くて、甘くて、水で薄めたりする、あのカルピスさ。
俺は幼い頃からカルピスは好きで、ほとんど毎日カルピスを飲んでいた。特に夏の暑い日は、氷が満杯のコップに、少し濃いめのカルピスを入れて飲むと、最高に美味かった。

大人になった今でも俺は同じようにカルピスを飲み続けている。
といっても、水で薄めたりはもう何年もしていない。もっぱら、ペットボトルのカルピスだ。
ペットボトルで飲むカルピスも美味いには美味いのだが、少しばかり薄い気がする。あの幼い頃に飲んでいた、少し濃いめのカルピス。もう一度、あのカルピスを味わいたい。

大学生のときだったか。そんな俺のニーズに応えるように、ペットボトルで濃いめのカルピスが発売された。
早速買ってみると、かなり味が濃い。あの頃飲んでいたカルピスよりも、こちらのカルピスの方が断然濃かった。
俺はとても贅沢な気持ちになった。こんなに濃いカルピスを、ペットボトルでお手軽に飲めるようになるとはな。
それからの俺は、毎日のように濃いめのカルピスを飲み続けてた。

ある夏の日の出来事である。
俺は風呂から上がると、冷房の風に当たりながら、冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた濃いめのカルピスを、ゴクゴクと音がなるくらい勢いよく飲んだ。
風呂上がりのカルピスは最高である。酒も飲むには飲むのだが、まだまだ俺はお子ちゃまなのだろう。カルピスの方が断然美味しく感じた。
俺はペットボトルの半分くらいカルピスを飲むと、満足してテーブルの上に置き、そのままベッドに入って眠った。

翌日は朝から部活があり、昼頃まで剣道をやってから、仲間たちとラーメンを食って、そのままノリで海に行き、銭湯に行ってさっぱりした後、居酒屋に行って深夜までバカ騒ぎして、アパートに戻ると倒れるように寝た。

悲劇はここから始まる。
142: カルピス 2/2:2018/7/17(火) 00:17:14 ID:XxqK1Ikig2
蝉のミーンミンミンミーという鳴き声と、冷房のゴゥンゴゥンという稼働音で、目が覚めた。

昨夜は家に帰った後に、そのまま眠ってしまったらしい。汗をかいて気持ち悪かったので、シャワーを浴びることにした。シャワーを浴びながら思ったことは、とにかく喉が乾いている。シャワーを浴び終わったら、何でもいいから飲み物を飲みたい。

浴室から出ると、早速冷蔵庫に向かった。開けてみると、中にはズワイガニの缶詰とチーカマ、ビール、ほろよいの冷やしパイン。
酒とつまみしか入っていなかった。
冷蔵庫の中身と、普段の自分の生活に失望した。
しかし、喉が乾いて仕方がない。億劫だが、ここは外に出るしかない。

そこで、ふと目についたのが、テーブルの上に置かれている、飲みかけのカルピスである。
あのカルピスを、氷で冷やして飲めばいいのではないか。
冷凍庫を見ると、氷がいくつか転がっている。
俺は早速コップに氷を入れて、カルピスを飲むことにした。

しかしこのカルピス、よく見ると様子がおかしい。
容器がパンパンに膨らんでいる。

ペットボトルのふたを開けると、プシュッという音がした。炭酸飲料を開けたときの、空気が抜けるあの音だ。その音が、カルピスを開けたときに聞こえた。

カルピスは乳酸菌飲料である。生き物である以上、乳酸菌も呼吸をしている。おそらく、乳酸菌が呼吸をすることで、容器内の二酸化炭素が増え、炭酸の役割を果たしたのだろう。

コップに注ぐと、シュワシュワと音をたてた。
カルピスを1日常温で置くと、カルピスソーダになるようである。俺は感心した。

見た目も臭いも、別段気になるところはなかった。
いつもと違うところは、泡が立っているところだけである。

いけると思った。喉が乾いていた俺は、そのままグイッとカルピスを飲んだ。

美味い、美味いぞ。いける!

そのままカルピスを一気に飲み干し、喉の乾きが潤った俺は、再び眠ることにした。休日の二度寝は最高である。

その二時間後、腹が痛くて目が覚めた。その日は一日中腹が痛く、冷房18℃の部屋で脂汗をかきながら、数分置きにトイレと部屋を行き来した。

医者には行かなかったので、腹痛の理由は未だにわからぬが、おそらくはあのカルピスだろう。
常温に置いたカルピスを、俺はあのとき飲むべきではなかったのだと思う。

あれから俺は、ペットボトルの飲み残しは必ず冷蔵庫にいれて、入れ忘れたときは潔く捨てるようにしている。

一人暮らしであの体験は、本当に辛かった。

今、一人暮らしをしている全てのカルピス好きの人たちに伝えたい。

俺のような過ちをするな。
夏に1日常温に置いた、飲みかけのカルピスを飲んではいけない。

俺のような過ちをするな。

カルピスの話 〜完〜
143: ◆AhbsYJYbSg:2018/11/18(日) 11:10:34 ID:Zc6v24oXRM
「砂の魔女と人喰いの怪物」

 魔女が人喰いの怪物を生み出したのは、自分を食べさせるためだった。

 魔女には、自分に触れた「敵」を砂にする魔法がかかっていた。怪物が魔女に触れると、指の先が砂になった。自分は魔女にとって敵なのかと肩を落とす怪物を、魔女は慰めた。
──仕方ないですよ。だって私たち、まだ初対面ですから。
 怪物は諦めていなかった。
──そうだ、敵を砂にするんなら、仲良くなって友達になればいいんだ。そしたら敵じゃなくなる。
 その日から、怪物は魔女と遊ぶことにした。
 晴れの日も雨の日も、あまり乗り気ではない魔女を誘って城の内外で遊び続けた。
 ある時は鬼ごっこ、ある時はかくれんぼ。大抵怪物が負けた。それでも怪物は楽しかった。時々魔女が笑ってくれる、それだけでよかった。

 ある日のこと。
 魔女と鬼ごっこをしていた怪物は、地面に突き出た石につまずいて派手に転んでしまった。魔女の魔法ですぐ治るとはいえ、ひざには大きな怪我が出来ている。
──大丈夫ですか?
 魔女は心配そうに聞いた。
──大丈夫だ。
 怪物は涙をこらえて言った。
 怪我の手当てをしながら魔女は、──泣きたかったら泣いてもいいんですよ。と言ったけれど怪物は泣かなかった。
──俺にもプライドがある。怪物は滅多なことでは泣かないんだ。
──滅多な事って例えばどんなことですか。
──とにかくすごいことだ。世界が終わるとか、そういう。
 魔女が微笑んだ。
──じゃあ、一生あなたの泣き顔は見られないでしょうね。

 月日が経ち、魔女と怪物はとても仲良くなった。
 魔女が言った。
──そろそろ私に触れても大丈夫じゃないですか。 
 魔女に触れた。なんともなかった。2人は笑いあった。ようやく友達になれたのが嬉しかった。

 怪物は魔女を喰べるために作られた。

──だから俺はあんたを喰べなくちゃ。
 魔女が言った。
──殺して欲しくてあなたを生み出しました。あのときは絶望していて、だけど自殺する勇気もなかったから。でも今、私はもっとあなたと生きたいと思っている。死にたくないと心から思っている。……私を人間にしてくれて、ありがとう。
 魔女は自分から怪物の口に飛び込んだ。
 気が付くと怪物は一人ぼっちだった。彼女がいつも座っていた椅子には誰もいない。広い広い城には怪物1人が残された。
 彼は自分の大きなお腹をさすった。それから初めて、大粒の涙をこぼした。

144: 東京名無しンピック2021?:2021/4/1(木) 02:41:57 ID:j7SYfDy2zs
「数多の精兵を退け、よくぞ我が下まで辿り着いた……。まずはその武勇を讃えよう。勇者よ」
「御褒めに与り恐悦至極、とでも応えれば満足か?魔王」
 魔王城、謁見の間。玉座より睥睨する魔王へ、神々の祝福と悪魔の呪詛を享けた宝剣を向ける勇者。蜀台の炎が妖しく揺らめき、両者の影が踊る。
「だがもう交わす言葉など無い。終わらせるぞ魔王。今日!今!ここで!」
 宝剣を脇構えに取り、一気に踏み込むべく身体を軽く沈めた勇者だったが、
「……待つが良い」
「今更何だ。臆したか」
「否。逆よ」
 意図が汲めず、勇者は構えを解かぬままに視線で先を促す。
「我は闇を統べる者。百妖を従え千魔を平らげ、賎しくも王などと呼ばれてはいるが、本源は一介の武侠に過ぎぬ」
「なればこそ!」
「そう。なればこそ、だ」
 魔王はゆっくりと指先を勇者へ向けた。
「なればこそ、我が配下との連戦で消耗した貴様との死合になど塵芥程の価値も見出せぬ。鈍った刃を砕いた所で何の誉れにもならぬのだ」
「随分と舐めてくれるな。俺がどれ程の修羅場を潜ってここに立っていると思う。消耗?笑わせるなよ魔王。ようやく身体が暖まってきた所なんだよ!」
「そうだな。貴様はそれでこそだ。だが、これは矜持の問題なのだ」
 魔王は口中で何事かを呟き、指を鳴らした。すると両者の中央付近に、弾ける紫電を纏った黒球が産まれた。
「……来るかッ!」

145: 東京名無しンピック2021?:2021/4/1(木) 02:42:58 ID:j7SYfDy2zs
 勇者は宝剣へ魔力を流した。刀身が蒼穹を巻き取ったかのような淡い輝きを帯びる。
 今まさに飛掛らんと右足へ重心を移した瞬間、黒球は音も無く消え失せた。
「!?」
 そして、黒球が在った地点に黒々として艶やかな──椅子が出現していた。
「……何の真似だ。魔王」
「座るが良い。それとも……何だ。臆したか」
「……ふん」
 勇者の知る限り、魔王は武侠の自称に違わず外法や左道、搦め手の類を好まない。
 とりあえず罠ではないと判断した勇者は、宝剣を納めると椅子へ歩み寄った。
 革張りの大きな椅子である。包み込むようなヘッドレスト。長めの肘掛の中央には溝が掘られており、丁度腕が収まる形状になっている。似たような溝は下部にも存在し、そちらは脚を収めるようだった。
 勇者はその椅子へ腰を下ろした。
「どうだ。座り心地は」
「……悪くはない」
 硬すぎず軟らかすぎないクッション。革の肌触りもよく、程よい密着感は高品質の三文字を否応なしに想起させた。
「ではこれならどうだ」
 魔王は手元で何かを操作した。
「くっ……!?何だ、これは……」
 椅子の中で何かが不気味に蠢いている。一つや二つではない。無数の何かが腰や背中、腕や脚を挟み込むように、あるいはこね回すように、有機的な動きで凝りを解していく。
「如何かな。魔道技術と機械技術を融合させて開発した揉み球の感覚は」
「揉み球だと!?」
「左様。ゴーレム作成術を応用して作った揉み球が、搭載されたホムンクルス式人工知能によりプロのマッサージ師を完コピした動きで、的確に凝りを揉み解すのだ」
「確かにこれは王都の高級マッサージ店と比べても遜色ない感覚」
「甘く見てもらっては困る。座面、背面に複数個仕込まれたエアバッグが巧みに姿勢を制御する事により、人の手では不可能な深部への揉み解しを実現したのだぞ」
「……なんてものを作ってしまったんだ魔王!」
「設定を変えれば揉み球に弱炎熱を宿し温熱マッサージもできる」
「全マッサージ師を廃業に追い込む気か魔王!」
「それだけではない。何かを感じないか」
「む……これは……この香りは……?」
「ヘッドレストからリラクゼーション効果のあるアロマが焚かれているのだ」
「魔王!」
「購入特典で1ヶ月分のアロマオイルを付けよう。が、案ずるな。市販のアロマオイルも使用できる」
「アロマポットの製造会社の気持ちを考えた事があるのか魔王!」
「知らんな。そんな事は。我はユーザーが笑顔と健やかな生活が得られればそれで良い」
「魔王!」
 ウィンウィン唸るマッサージチェアに頭から爪先まで好き勝手揉まれながら、しかし勇者はある欠点、あるいは誤謬に気付いた。
「だがこれほどの物、かなり値が張るに違いない。そんな高価なものに、おいそれと人々の手が出るものか!」
「お値段は29800Gだ。だが現在謝恩セール中につき10000G引き。古いマッサージチェアがあればそれを下取りして更に10000G引きだ」
「魔王!!!」
「我は企業努力を欠かさぬ。ただし番組終了30分を過ぎると定価のみでの販売になるので気をつけるのだな」
「魔王!!!!!!」
「今からオペレーターを増やして対応するので気軽に電話するが良い」
「「御注文はこちらから!!」」
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sage:


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うpろだ
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