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【適当】小説書きスレ其の弐【万歳】
[8] -25 -50 

1: 名無しさん@読者の声:2014/6/12(木) 23:18:52 ID:YDoKF2wKiU
ここは主に小説を書くスレです!
自由に書いてよろし!

・他人に迷惑を書けるのは駄目です!
・喧嘩は喧嘩スレへGO
・必要なら次スレは>>980さんがお願いします。無理なら早急に代理を!

不備がありましたらすみません。楽しく書けることを祈ります。


2: 名無しさん@読者の声:2014/6/15(日) 01:17:45 ID:MajvKE7QhM
1さん乙です!
3: 名無しさん@読者の声:2014/6/16(月) 05:49:32 ID:FTfkrCLsi2
その文言が読み上げられた瞬間、空気が一変した。何でだ、何で祖母は俺にそんなものを遺したんだ。
「××ちゃんは、あたしの大好きだった人にどんどん似てくるねえ」
俺の頬を撫でながら懐かしげに悲しそうに呟いていた祖母。権力と財力目当ての人間に囲まれた祖母は、見舞いに行く度に痩せこけてかつて美人だった写真の面影もなくて。
そんな祖母が亡くなり、遺言が読み上げられた。あの土地は誰々へ、この土地は誰々へ。祖母の死を嘆くよりも金勘定している親戚共が浅ましい事この上なかった。
−−結局俺は、祖母が遺したその土地を相続した。廃墟同然の建物がある土地で価値もないに等しい。持っているだけ損な土地だから、誰も文句は言わなかった。
ただ、あのいわく付きの土地を−−という声はあったのだが。

祖母の若かりし頃の写真を眺めながら、俺は大学の夏休みの肝試しに相続した土地を格好の場所として提供した。
人間、年を取れば変わるものだ。若い祖母は長い黒髪が美しい大和撫子そのもので、俺の理想とする美人だったのに。
「なあ、肝試しには人数少ないからメンバー足したんだけど」
上の空で頷く。
だが、それは間違いだったのかも知れない。
肝試し当日、俺はその場に居合わせたメンバーを見て、生前の祖母の言葉を思い出していた。


友人がどこからか連れてきたメンバーには若かりし頃の祖母に瓜二つの可憐な女性がいて、くじ引きの結果、彼女は俺のペアになって恥ずかしそうに俺の手を握り締めてきた。
4: 名無しさん@読者の声:2014/6/17(火) 09:59:23 ID:MCGKxZGqfw
※版権注意 鬼灯の冷徹


シロ「ねぇねぇねぇ、鬼灯様ぁ〜」
鬼灯「おや?どうしましたシロさん」
シロ「鬼灯様の目元のソレってクマなの?」
鬼灯「ああ、これはクマです。あの馬鹿(閻魔大王)のお陰で休日出勤や残業はざらですから」
シロ「ふ〜ん。無能な上司を持つと部下が苦労するって桃太郎も言ってたよ」



  〜その頃〜  
!地獄!
閻魔「ぶぇっくしゅんっ」ダラッ
一子「閻魔様風邪〜」
二子「汚な〜い」
閻魔「ごめんねぇ」チーンッ


!天国!
白澤「っくしゅっ」ズビッ
天女「白澤様大丈夫ですか?」フキフキ
白澤「ありがとう大丈夫だよ」キラッ



鬼灯「桃太郎さんは上司がアレでも仕事をキチンとこなしてくれるのでありがたいですね」
シロ「桃太郎の実家田舎だしね〜」
鬼灯「そうですね」

シロ「あ じゃあね〜。鬼灯様」
鬼灯「ええ、さようならシロさん」
5: 『魔法骨董屋』:2014/6/17(火) 22:09:30 ID:BAfHxG.biA
 ここは魔法の骨董屋! さあよってらっしゃい 見てらっしゃい。

 カランカラン♪ 

 いらっしゃいお客さん! お、あんたお目が高いね。そいつは『勇者の剣』さ。一振りで魔物千匹なぎ倒すっていう伝説の、
 ……包丁のかわりになるかって? いや、ちょっとそれは……無理だと思う……。

 お、それに目をつけるたあ只者じゃない、『ドラゴンの尻尾』。煎じて飲めば魔力が百倍に、
 ……箒のかわりになるかって? いやその…無理でしょうさすがに…。

 あーそれを見つけられちゃったか! 見つけられちゃったよーまいったな! それは『悪魔の羽ペン』さ。名前を書かれた人間は必ず死ぬって、
 ……なに子供の持ち物に名前を? 絶対にやめてちょうだい!

 カランカラン……

 ふう。自慢の魔法道具も、普通の主婦にとってはガラクタ同然なのね……。

 カランカラン♪

 へい、いらっしゃい! 

 終
6: 『あいすくりん』:2014/6/18(水) 00:37:23 ID:BAfHxG.biA

 冷たいまんまじゃつまらない。

 ここはアイスクリームで出来た街。 
 市場には色とりどりのアイス・シャーベット屋が軒を連ね、活気あふれる商人の声が響いていた。
 この街には空が無い。巨大な人工ドームで覆われているためだ。はるかに高い天井からは、氷で出来た照明の光がふりそそぐ。
 
 この街で生まれた人間は普通、生涯外にでることは無い。父も母もそうだったし、私もそのつもりでいた。
 あの音楽を聴くまでは。

 その音楽は、ある日突然街に流れた。美しく甘美、なのにどうしようもなく悲しげな旋律。
 アイスクリームコーンのスピーカーから響くその音は、住人達をあっという間に魅了した。
 
「もしかして、外にはもっと素敵な音楽があるのでは」

 誰かが放ったその一言が街全体に波及したころ、我々は動き出した。
 出口へ。出口へ。
 アイスモナカで覆われた分厚い扉の前は、数千もの人々で埋め尽くされる。

 私達を外へ出せ。素晴らしい「何か」のあふれる外へ。

 扉が音を立てて崩れたとき、私は思わず叫びながら両腕を掲げた。節くれだった、木の枝の両腕を。

「あ、見て。青い空に丸くて暑いものが浮かんでる」

 にんじんの鼻をひくつかせながら、誰かが叫ぶ。

「外はこんなに暑かったのね」

 炎天下で白い体をぶつけあいながら、楽しそうにはしゃぐ住人たち。

 ああ、嬉しくてとろけそうだ。
 
7: 『かえるもの、おくるもの』:2014/6/18(水) 06:13:12 ID:5bTJlOpxzA
「……暇ね」
「平和な証拠ですね」
 麗らかな昼下がり。アンティーク調で揃えられた店内で、二人の男女が静かにお茶を飲んでいた。
「平和な証拠、ね。こっちは商売上がったりだわ」
「まあ、たまには良いじゃないですか。暇。ああ、素晴らしき言葉かな」
「魔族や蛮族が暴れまわってるよりは、まあ、マシね」
「でしょう。いつもが忙しい分、こういう時に休まなければ」

 淡々としたやり取り。振り子時計の時を刻む音だけが耳に届く。
 ――無色の水晶亭。将来の英雄候補が集う、冒険者たちの場。
 いつもであれば騒々しい店内も、ほぼ全員が依頼先へと出はからっている今日に限り、どこか物寂しい雰囲気を漂わせていた。

「……無事に、帰ってくるかしら」
「大丈夫ですよ。彼らは強く、覚悟もあるのですから」
「その覚悟が良い方向にばかり行くとは限らないわ」
「仰る通り。でも、大丈夫ですよ」

 男は、静かにティーカップを口元へ持っていく。琥珀色の液体を数秒
、口の中で転がした後に言葉を続ける。
「貴女が信じてあげないで、誰が信じるんです」
「分かってるわよ……それでも、心配なのよ」
「気持ちは分かりますがね。私も、何度か経験しましたしね」

 ふふ、と自らの瞳を指しながら男は優しく微笑んだ。
 彼女は何とも言えない表情でそれを眺める。金色に縁どられた黒目と、常人よりも少し大きく開いた瞳孔。明らかな異常。

「私たち冒険者が持つ覚悟は、若いと余計に悪く進みがちですからね」
「あの子達は、若いなんてレベルじゃないわ」
「ええ、若いどころか、蒔かれたばかりの種でしょう」
「それなら」
「だからこそ。……貴女に出来ることは、芽が出るまで、木になるまで、実になるまで、そしてその実が再び種になるまで。辛抱強く待つことなんですよ」
「……」

 ティーカップが両者の唇に触れ、離れる。

「ずるいわ。そんな風に言われたら、待つしかないじゃない」
「それでいいんですよ。帰る場所があるから、私たちは戻って来れる」
「戻って来れる、ね」
「ええ。私なんか『死に戻り』までして此処にいるんですから」
「洒落になってないわよ、もう……」
「半分は洒落じゃないんですけどね。――おや、そろそろ帰ってくるようですよ」
「本当! 皆無事かしら!」
「反応が……3、いや4? ちっこい剣士君が何か拾ってきたみたいですね」
「草妖精の彼ね。ああ、一番の心配が消えたわ」
「ふふ、だから大丈夫だと言ったんですよ。さあ、出迎えの準備をしなければいけませんね」
「ええ!」

 時が巡るように、命が廻るように。
 水晶亭は今日も忙しなく、表情を変える。
 帰る者を受け止めるために。
 還る者を受け入れるために――。
8: 『冷めた熱』:2014/6/18(水) 11:40:30 ID:rktzNjJhRM

 誰もいない屋上は居心地がいい。あざ笑ったり陰口を叩く人がいないから。

 放課後の校舎は、昼間の喧騒がうそのように静まり返る。水平線に沈む夕日、かすかに届く波の音。

(きっと母さんは気づいてる)

 娘がいじめにあっていること。親に心配かけまいと、元気の仮面をかぶっていること。

 今、その仮面はボロボロで、きっと少しの衝撃で崩れてしまう。私は我慢しすぎてしまった。

(他人の笑い声が怖くなったのはいつからだろう)

 右腕に浮かんだ大きな痣をぎゅっと押さえ、ため息をついた。これはさすがに隠せない。

(全部、無くなってしまえばいい)

 体中の傷、見てみぬふりの教師、陰湿なクラスメイト。喧騒にあふれた教室の中で、私の周りだけは静かだった。

 本当は自分以外を消してしまえたら楽なのだろうけれど、それは無理な話。だから自分が消えるしかない。  

 ゆっくりと柵を乗り越える。ゆっくりとゆっくりと、大切な命とやらを惜しむように。

(ごめんなさい、母さん)

 私は空への一歩を踏み出した。 



(なんで死んでないんだろう)

 恐る恐る目を開け、息をのんだ。

 空中に放り出したはずの足は、しっかりと何かを踏みしめている。まるで、透明な道がそこに存在しているかのように。

(この道はどこまで続いているんだろう?)

 さっきまでの死にたかった気持ちが、一瞬で消えていた。

 行ける所まで行ってみようか。


end
9: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 18:04:34 ID:gLC12rS63M
上の方つかってる最中かな??
気にすんなよ!って感じだったら少し多めに場所を頂いても構わんかな
10: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 18:28:30 ID:g8YwCO2HnY
どうぞー
11: 9:2014/6/18(水) 19:33:43 ID:gLC12rS63M
>>10
ありがとう!

10レス程度になると思うんだけど、いただきます!

・・・・・・・・・



 もしもし、そこのお嬢さん。三仲通りの古書店をご存知かな。
 あら、しらない? それだったら教えてあげよう、行ってみればいい。なぁに、簡単な道順だ。ただし、忘れないようにね。

 三仲通りはしっているかい。苔むした石畳がずらっと地面を覆った、涼しい通りだ。そうそう、お狐様の。あぁ、よかった。それなら話が早い。
 三仲通りの三つ目の赤ポストの脇を入って、そこから真っ直ぐ。最初の角を右に、次の角は無視して直進、その次の角を今度は左に曲がって、その次は右、その次は左、その次は無視して、その次はまた左。
 それから直進が続いて行き止まりだから、一度その場で回ってみる。そして柏手を二回。これが必要だ。柏手を打ったら元の道を戻って、一つ目の角を無視して、その次の角を右に曲がる。その通りの突き当りにあるのが、件の古書店だよ。

 なになに? 面倒くさくてとても行きたくないって? あぁ、そうだろうねぇ。でも、行ってみるといい。何か困りごとがあるときや、本当に退屈なときには。
 ただし、道順は間違えてはいけないよ。

12: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 19:35:39 ID:gLC12rS63M

 苔むした石畳を軽快に駆け抜ける。三貴コーヒーショップと書かれた前掛けをした青年は、迷うことなく三仲通りを進み、その店に辿り着いた。常連が営む古書店である。古い木の看板には、青原古書店と達筆で書かれていた。

「こんにちはー、村瀬です。阿久津さーん?」

すりガラスの引き戸を開けながら、店の奥に向かって叫ぶ。本に溢れる店内は静まり返っており、窓から差し込む日差しが溜まり溜まった埃に輝いてちょうど不思議な空間を作り出していた。誰もいないらしい。

 タイミングが悪かったか、と村瀬はコーヒー豆の紙袋を片手に頬を掻いた。よく青原古書店にはコーヒー豆の配達に訪れるのだが、タイミングが悪いときはいつも道に迷って辿りつけなくなる。ここまで来られたということは、店主である阿久津がいてもおかしくないはずなのに。

 弱り切った村瀬は本棚の隙間からこちらを覗く小さな頭を見つけた。つい、にこりとする。

「こんちは、白花」

声をかけても彼は村瀬を無視した。茶色がかった癖毛をふるりと揺らし、白花はそっぽを向く。

 愛想の無い少年は紛れもなくこの店の子で、阿久津と村瀬が話しているときによく邪魔をしてくる。年齢は10歳程度だろうが、正確な年齢も阿久津との関係もよく知らなかった。

「ねぇ、白花。阿久津さんはどこにいるかな。知ってる?」

白花は村瀬の問いかけにきつく眉を顰め、ふんっと鼻を鳴らす。

「知ってるけど教えない」

可愛げのない子だ。

 弱った村瀬は暫し考え込んだ。このままここで阿久津を待っていてもいいが、それでは店が心配である。店主は競馬に夢中で、碌に働きやしない。常連たちからは村瀬がいないとどうにもならないと泣きつかれていた。

 もしここで阿久津を待っていれば、きっと店は大変なことになるだろう。そう思うと、長居はとても出来なかった。

 困った末に村瀬は白花の口を割らせることにする。どうしても教えてくれないのかと尋ねれば、白花はバカにしきったように笑った。ちょっと腹が立つ。

「クッキーあげようか?」

ポケットからお菓子を取りだしてみても、

「いらない」

とにべもない返事。遊んであげようか、と誘っても、

「村瀬いらない」

と冷たい視線。いらないと言われれば、村瀬の心も折れる。仕方がない、一度帰ろう。そう決めて腰を上げれば、知らぬ間に近寄っていた白花に前掛けの端を掴まれた。

待って、と言われてちょっとばかり心が躍る。振り返った村瀬に、白花はこれ以上ないというくらい可愛い顔で笑って見せた。

「面白い話聞かせてくれたら教えてあげる」

面白い話、と言うとなかなか難しいものがある。了承したものの、一体何がいいのかと村瀬は頭を悩ませた。白花は何せまだ小学生程度の少年だ。どんな話だったら彼が喜ぶのか、考えた挙句、村瀬は朝、常連と懐かしんだ話を思いついた。

13: :2014/6/18(水) 19:37:03 ID:gLC12rS63M

「白花はさ、10年くらい前に幼稚園児が消えた話知ってる?」

白花は首を傾げる。そりゃあそうだろう。10歳くらいの彼がそのことを知っていたら驚きだ。村瀬はあの頃を思い出しながら、自分は中学に上がるか上がらないかだったな、と考える。

「ウソかホントかはちょっとわからないんだけどね」

そう、彼は前置きをしてから語りはじめた。

 10年ほど前の秋ごろの事だ。遠足中の幼稚園児16人が忽然と姿を消した。

 遠足と言っても遠出はせず、市内のやや大きな公園が現場だった。

 その公園には小川が流れていて、昼食後、そこで遊んでいた16人が消えた。小川は足首が隠れる程度の物で、子どもだからと言っても溺れる深さはない。小川の終着地は池になっていたが、それは公園の外れにあり、高い柵によって囲まれていた。園児がそれを上って池に入ることなど、ありえない高さの柵だった。

 公園は広い原っぱと若干の丘で出来ており、見晴らしが非常によく、隠れる場所はどこにもない。そうであるから当時、警察は誘拐を疑った。次に公園の外に出たことを疑ったが、こちらは公園の管理人が否定したことで可能性が消える。

公園の敷地内は柵で囲まれており、入り口と出口には管理者が常に見張っていた。その日は遠足ということで子供がたくさんいたため、特にしっかりとチェックしていたのだという。

「だから誘拐なんだって言う話になって、すごい騒ぎになったんだよ。僕もその時子どもだったから学校に連絡が来てさ、帰りは集団下校になったんだ」

それはよく覚えている、と村瀬は語った。白花はふむふむと頷き、話の続きを強請る。

 警察と周辺の住人が総出で子供たちを探し回った。引率していた教諭は泣きだし、周辺は一時騒然としたと言う。

「二時間、みんなで探したんだ。でも一人も見つけられなかった。ところがその16人は日暮れ前にひょっこりと、全員戻ってきたんだよ」

「ウソだ」

「ホントだって」

疑り深い白花に村瀬は苦笑する。本当だよ、ともう一度念を押すように言い聞かせた。もちろん村瀬だって信じられない話だ。100人近く大人がその場を探し回ったって見つけられなかったと言うのに、ひょっこりと全員見つかるなど。

「これも不思議なんだけど、もっと変なのがさ、子どもたちがいた場所なんだよ」

大人たちは安堵し、歓喜してから子どもを叱った。どこにいたのか、と尋ねた大人たちに子供たちは口をそろえて“橋の向こう”と答えた。

 その橋と言うのは、小川にかかった小さな橋のことである。当然、岸から反対側がしっかりと見渡せる。間違っても橋の向こうにいたからと言って、隠れられる場所ではなかった。そもそも、反対岸まで隅々と捜索されたのだ。けれども園児は一人もいなかった。

「でも、子どもは頑として橋の向こうにいたって言い張ったんだ。そこでずっと遊んでいたって。けれどもそれはありえない話だった」

結局事件は夢でも見たんだろうと言うことで片が付いた。無事に戻ってきた子ども達の存在に、大人はそれ以上の追及を必要としなかった。

 その直後は幼稚園の責任問題や、件の公園が心霊スポットとして栄えるなど様々あったが、結局どれも人々の中からは忘れ去られた。数年たって村瀬が高校生には、いつの間にか件の幼稚園が無くなっていたりもしたが、全てが昔の話になってしまった。

14: 名無しさん@読者の声:2014/6/18(水) 19:39:01 ID:gLC12rS63M

「でもね、僕はたまに考えるんだ。あの公園は不思議の国に繋がっていて、あの時だけ子供たちは違う世界にいたんじゃないのかって、ね」

そう落ちをつけて村瀬は話を締め括る。どっとはらい、そう言って手を叩いた彼を白花は不服そうに見上げた。話の落ちが気に入らなかったのかもしれない。歳を考えると信じられないほど難しい顔をした彼に、村瀬はちょっとばかり笑ってしまう。

「さてさて、約束だよ。白花。阿久津さんは?」

ぶすっと不貞腐れて白花がそっぽを向く。村瀬は腰に手をやって息を吐けば、それが癪に障ったらしく噛みつきそうな勢いで白花が振り返った。お外、と彼は心底不機嫌な声で答える。

 不機嫌な白花のことはもういいが、それより外とは。やはりタイミングが悪かった、と村瀬は髪を掻きあげる。出直すべきか、と膝を伸ばした時、後ろから覚えのある草履の足音が聞こえてきた。

「おう、村瀬。悪いな」

阿久津がちょうど帰ってきたのである。彼は呑まれそうなほど大きな欠伸を見せ、横をすり抜けて、奥に向かった。途中、白花の頭を撫でてぐしゃぐしゃにしてしまう。彼は憤慨したものの阿久津には弱く、結局頬を綻ばせて彼に付いて行った。

「村瀬、おかえりなのね」

残された村瀬にかけられた声が一つ。そちらを見やれば、引き戸から顔を半分のぞかせた仲木戸がフレンチグレイの瞳をにっこりとさせていた。釣られて村瀬も笑みを浮かべる。

長身でいい大人なはずの彼は下手をすれば白花よりも幼く、その言動はしばしばおかしかった。見た目も日本人にはない髪と瞳の色に、口元を常にマスクで覆っているのでちょっとした不審人物である。しかし彼のその人懐っこさに、付き合う人は全て絆されていた。

「それ、食べるの?」

村瀬の持つコーヒー豆の袋を見て、仲木戸はいつも首をかしげた。毎度否定すると言うのに、彼は全く覚えてくれない。違うよ、と言ってから村瀬は袋からクッキーの箱を取りだした。

「でもこれは食べられる」

そう言って渡すと、仲木戸は瞳をキラキラと輝かせ、その場で小躍りした。村瀬に礼を言い、箱を引き裂く勢いで開ける。

「悪いな、村瀬。ほら、今回のお代」

茶封筒に入った代金を阿久津が奥から投げてくる。なかなか見つからなかったと言う彼の肩には、白花がしがみ付いていた。そのままこちらによってきた阿久津が仲木戸を見下し、更に村瀬に礼と謝罪をする。何食ってんだと、眉を顰めた彼に仲木戸は首を捻る。

「春ちゃん、半分ちょする?」
「いらん」

クッキーを一枚、阿久津に差し出した仲木戸に、彼は首を振ってそれを断った。受け取って貰えなかった仲木戸は聊かしょんぼりとし、クッキーを齧る。そんな様子を、白花がバカにし、村瀬は少し笑った。

「そう言えば、白花から聞いたけどこいつの相手してくれてたんだっけ? 重ね重ねすまんな」
「あぁ、全然。相手って言っても話してだけなんで。ちょっと怪談話的なあれですよ」

そうして村瀬が笑うと、阿久津は存外真面目な顔をした。どこの話だ、と尋ねられ、この街のと村瀬は応える。

「それはいつの?」
「結構昔ですね。10年くらい」

10年と言う言葉に阿久津は黙り込んだ。詳しい内容を請われて、村瀬は白花に語った話をかいつまんで説明する。ふむ、と顎を掴んだまましばらく考え込んだ阿久津は、ふと思い出したように、

「そもそもなんでその常連は今更その話を?」
と尋ねた。言われて見れば不思議なことである。そんな流れに何故なったのだったか……。考えを巡らせて、村瀬は一つの答えを思い出した。

15: :2014/6/18(水) 19:40:11 ID:gLC12rS63M

「そうそう、その例の公園、改装されるらしいんです。それでだったかなぁ」

曖昧なことを謝れば、とんでもないと阿久津は首を振った。彼の真面目な調子に白花も仲木戸を罵るのをやめ、阿久津を窺っている。時折、退屈そうに彼の服の袖を引っ張るも、阿久津に冷たく無視されていた。仲木戸だけが、それまでと変わらぬ様子でクッキーをむさぼっている、と思いきや。 

「ねぇねぇ、村瀬。先生の前でね、みんな消えたの?」

そんな事を尋ねてくる。いやに皆、この話に興味を持つな。村瀬は各々の反応に首を捻りながらも、それはよく覚えていると答えた。

「一瞬だけ、目を離したらしいですよ。その日は僕も覚えていますけど、国道の方で大きな事故があって、その物音に気を取られたんですって」

そして振り返ったそのとき、つい先ほどまで遊んでいた園児が消えていた。その光景を見たとき、彼女は何を思っただろう。まだ若かったはずだ、と村瀬は当時を思い返して考える。

 そんな彼の思考を阻むように、前掛けのポケットでケータイが震えた。取り出してみると店からのメールである。帰宅を迫る常連客の言葉に村瀬は苦笑いし、すいませんと阿久津に頭を下げた。

「そろそろ帰らないと。店長が仕事をしないもんで」
「あぁ、引き留めて悪かったな」
いえいえ、と言いつつコーヒー豆の袋を渡す。仲木戸がにこやかに手を振ってくれた。

「その公園ってどこにあるんだ?」
手を振り返して店を出た村瀬を、不意に阿久津が呼びとめる。半端な格好で立ち止まった彼に阿久津は訊いた。阿久津も知っているはずだと村瀬は前置きしてから、公園の名を告げる。
「邑楽公園ですよ、森の方の」


 さて、阿久津春は現存する中で、およそ最も真面に力を扱える祓い師の一人である。

 青原古書店は彼の母方の祖父の店であり、唯一阿久津を理解してくれた存在だった。それ故に祖父が亡くなった際、売り払われるはずだったこの店を守るため、この店の主になったのである。そう言う訳があるので、古書店としての役割はほとんど果たしていない。

「春ちゃん、ホントにやるの?」

アイスクリームを食べながら、仲木戸が傍に寄ってきた。この大食漢は……、阿久津はそろそろ呆れて言う言葉もない。白花も同じだったようで、阿久津の背中に引っ付いたまま、じっとりと仲木戸を見る。仲木戸はきょとん、と首を傾げ、二人の視線の意味が分かっていないらしかった。

 仲木戸を無視して阿久津は資料を探す。古書店のいいところは、資料に困らないところだ。村瀬の言う10年前の話を思い出しつつ、それにふさわしい資料を何冊か、そして祖父が趣味でスクラップしていた新聞記事を集める。横から覗き込んでいた白花がくしゃみを一つ漏らした。

 新聞記事によると、この街で起きた国道の事故はトラックの横転が原因らしい。漏れだしたガソリンに引火し、結構な規模の火災が発生したようだ。こちらもまた、街を騒然とさせたに違いない。

 公園の園児の方は、事故に比べると記事が小さかった。結局、夢と言うことで話が終着してしまったからかもしれない。特に新しい情報は無く、村瀬が語った方がむしろ詳しいくらいの内容だった。

16: :2014/6/18(水) 19:41:33 ID:gLC12rS63M

 息を吐き、スクラップブックを閉じる。
「どっちに根本があると思う?」

白花に尋ねるも、彼は首を振った。仲木戸は、と振り返りかけて阿久津はやめる。白花が分からないのに彼にわかるわけがない。詰まった息を吐きだすように嘆息し、資料の方に手を伸ばした。突然の消失と復活、そして事故の事。

「土地の神さまじゃないのか。事故が起きて驚きよって、その影響で公園に奇妙なことが起きたんじゃろ」

横から白花が口を出してきた。なかなか妥当な線ではある。

 そもそも子ども達があの時間、どこにいたのかと言うのには見当がついていた。村瀬の言う通り、おそらくここではないどこかだろう。
 そう白花と話す阿久津に、仲木戸がひょっこり顔を出す。どうして? と首を捻る彼の口元にアイスクリームがついている。ティッシュペーパーを差し出しつつ、橋だから、と阿久津は告げた。

「昔から川と言うのはあっちとこっちの境目になるんだ。だからよく、橋の向こうは別世界と言う。橋は二重の意味でむこうとこちらを繋ぐ媒体なんだ」

川を舞台にした古い怪談話が多いのは、そう言う訳がある。そのため、子ども達の“橋の向こうにいた”と言う主張は決して嘘でも夢でもなかった。実に的を射た言葉なのである。

 おそらく彼らは一時だけ、此の世ではない世界にいた。それには白花が言う通り、国道の事故が関係しているようだが、どちらが原因なのかが分からない。

 そもそも公園に原因があり、公園にいた者が国道の事故に驚いてそんなことが起こったのか、それとも国道にいた者が関与しているのか。

 迷いあぐねて呻けば、アイスクリームを食べ終わった仲木戸がけろりと言う。
「分かんないんなら行って見ればいいの」
それが一番手っ取り早いと、単純な彼らしい言葉に阿久津は思わず頷いた。それもそうだ。こんなところで迷っているよりはるかに良い。それに実際にその場に行けば、仲木戸ならば何がいて何がいないのか、よく分かるだろう。

 そうと決まれば話は早い。腰を上げた阿久津の元に、白花が一振りの太刀を持って駆け込んでくる。礼を言って頭を撫でてやれば、やはり無愛想な顔をもっと無愛想にして、白花はそっぽを向いた。これが照れ隠しであると、阿久津だけはよく分かっている。
「ンじゃ、行くか」

立ち上がった阿久津の後ろを仲木戸がついて行く。白花も足元を付いて回ったが、結局留守番を言い渡されただけだった。青原古書店の扉が閉まる。すりガラスの扉を前に、白花はむくれた顔で座り込んだ。仲木戸の楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきて、胸の内で小さく呪詛を吐く。

 先に邑楽公園を目指して二人は歩いた。仲木戸のひょろりと長い影が地面に伸びる。だらだらといつも通り歩いているはずなのに、阿久津の表情は浮かなかった。ちらちらと仲木戸は彼を見やりつつ。ねぇねぇ、と話しかける。

「春ちゃん、帰りにアイス買うのね」
「いくら食うんだよ、お前は」
「あればあれだけ食べるのね。春ちゃんにも半分ちょする?」
「いらねぇよ。むしろ食うな!」
一喝すれば仲木戸はしょんぼりと落ち込んだ。この男、体がでかい癖に気持ちが弱いのか、すぐにへこむ上にすぐに泣く。
17: :2014/6/18(水) 19:44:04 ID:gLC12rS63M
もう既に半分べそをかいている男に阿久津はため息を吐き、丸まった背中を一度叩いてやった。意味も分からず、仲木戸はうん、と頷く。

「ねぇねぇ、春ちゃん」

もう一度話しかけられ、阿久津は仲木戸を見上げた。彼は何とも言えない微妙な顔で阿久津を見つめている。

「十年経ってるとね、きっといなかったり忘れてたりするのね」
「……あぁ、そうだろうな」

邑楽公園にも国道にも阿久津が求める者はいないかもしれない。彼は暗にそうほのめかしている。もしいたとしても、だ。阿久津が求める物は手に入らないかもしれない。けれどもとてもじっとはしていられなかった。

 それを分かっていて、仲木戸は眉を垂らす。そうだよね、と頷く彼は頬を掻き、両手をジーンズのポケットにしまい込む。

「ダメだったらアイスあげるの」

ニコニコと、仲木戸はどこか自慢げに言った。ついついそんな彼に頬が緩み、阿久津は黒い短髪をガシガシと掻く。

「でもそれ、俺の金で買ってんだろう?」

それを指摘すれば仲木戸はちょっとばかりきょとんとした。僕お金ないの、と実に彼らしい応えが戻ってきて、阿久津はまたため息を吐きだしかける。
「ほんっと、お前って馬鹿」

ため息の代わりに悪態をつけば、仲木戸はややムッとしたらしい。不貞腐れたような彼をにやりと見やり、阿久津はその背を押して邑楽公園にと急かす。何度もついたため息の所為で、詰まっていた肩の緊張はすっかり解れていた。


 平日の邑楽公園に人気は無かった。件の橋の前で阿久津は足を止め、周りの気配を探る。無駄な物が多いというか、不純物が多すぎて正直何が何だかわからない。一度場を清めるしか方法はないようだ。阿久津は小川に入って遊んでいる仲木戸を呼び戻し、彼にも状況を問うた。仲木戸はマスクで隠れた鼻を抑え、よく分からないと首を傾げる。

「なんか変な臭いするのね。ラーメン屋さんと鰻屋さんとお好み焼き屋さんと焼肉屋さんが全部お隣同士みたいなの」
「お前の例えは本当わかりやすいよなぁ、感心するよ」

主に欲望が。そうカッコ書きで言ったつもりだったが、仲木戸は褒められたと思ったらいく、嬉しそうにその場で飛び跳ねる。それを無視して、阿久津は抱えてきた太刀を抜いた。

「何するの?」
「ラーメン屋と鰻屋とお好み焼き屋を潰して、焼肉屋だけにする」
「全部食べたいのね」
「破産するから勘弁してくれ」

ため息を吐き、阿久津は黙り込んだ。集中した彼の気配に、仲木戸も釣られて黙り込む。ついでになぜか息を止めた。

 手に持った太刀に集中する。ふ、と気が緩むその一瞬を掴んで、太刀を地面に一度、突き刺した。

 阿久津を中心に据え置き、その場の空気が浄化される。それこそ、これで余計な店は無くなり、焼肉屋だけがここにある状態だ。どうだ、と仲木戸を振り返れば、彼は渋い顔で眉を顰めている。そんな顔をすると、ほんの少し恐ろしく見えるから彼は実際きつい顔立ちをしていた。

「あんまり好きじゃないの」

意外な言葉に阿久津は目を瞬いた。なぜ、と理由を問うと、仲木戸はむずがって猫のように顔を擦る。

「よくわかんないけど、なんか美味しくないのね。美味しい匂いじゃないの」
「と、言うと……」

この公園には何かがいる。それは確かだが、仲木戸が喜ぶようなものではない、つまり白花が言っていたような土地の神などではない、ということだ。
18: :2014/6/18(水) 19:45:01 ID:gLC12rS63M
 ふと、村瀬の言葉を思い出す。村瀬はこの公園が改装されると言っていた。ひょっとすると、それが関係あるのかもしれない。改装するからこの状況なのか、それともこの状況であるから改装するのか――

 どちらにせよ、もう少し何がいるのかを調べなければならない。阿久津は太刀をしまい、柏手を二度打つ。そしてもう一度。
『御魂の下に緊縛されし者。我が名に依りて封を解かん』
 目を閉じ、静かに唱えた。そして一度、柏手を打つ。

――INTECTUS。

 呼ばれた男はすぐ傍にいた。閉ざされていた瞼が持ち上がり、灰色に染まった瞳が露わになる。仲木戸は人ではない。他人の心の奥に眠る真実の姿を映し出す鏡のような悪魔だ。それを見せつけ、人をナルシストや醜形恐怖症にしたりする。

 自身もまた、阿久津によって封じられている際は醜形恐怖症であり、逆に封を解かれている際はナルシストになる傾向があった。ど
 マスクを取り去り、長い前髪を払った仲木戸はナルシストになるのも頷けるような、美しい顔立ちをしている。さして笑わなくなった彼にどうだ、と阿久津は尋ねた。

「どう、と言われても」

当惑したように辺りを見回して、そうだなぁと彼は首を捻った。先ほどまでアイスだとか焼肉だとか言っていた者と同一人物とはとても思えない。仲木戸は鬱陶しそうに前髪を梳かしつつ、阿久津の方を振り返った。

「たぶん、ほとんど死にかけなんじゃないのかな。そりゃ食欲沸かないものー、腐りかけの牛肉出されても、春ちゃん食べないでしょ」
「まぁ、そりゃあな」

封されると力を制限されるせいか、やはり仲木戸は封を解いているときの方が賢い。しかしどっちにしたって食うことしか頭にねぇ、と阿久津はいつも思った。美味しくない、と空気の匂いを嗅ぎながら眉を垂らす仲木戸に、阿久津はため息を吐く。

「まぁ、うまいまずいじゃなくて、その死にかけは何者なんだ」
「うーん? うーん、何だろ……、なんだろねぇ」

食べられない、とわかると途端にこれである。呆れた顔をする阿久津を振り返って、仲木戸はハッと顔色を変えた。違う! と弁解し始めた彼を疑り深く、阿久津はじっとりと見つめる。

「ほんとだよ! なんか気配ないんだもん、ほとんど。ねぇ、春ちゃんだってわかんない癖に、僕の所為ばっかりするのいくない! いくないよ!」
「わーかったから、ほら、落ち着けって。悪かったよ。そんなにあれなら、もう国道行っておくか?」

拗ねる仲木戸はううん、と唸ってその誘いを拒否した。なんだか、彼の癪に障ったらしい。悔しそうにじっと公園を睨んで、ふと、気が付いたように阿久津を振り返る。

「春ちゃん……」
「なんだよ」

にこ、と笑った仲木戸は封じられているときのように穏やかだった。それに少なからず驚いた阿久津に向かって、やや恥じるように仲木戸は下を向く。

「お腹減った」

おいで、と阿久津は仲木戸を呼ぶ。いそいそと近寄ってきた彼の頭を、阿久津は思いっきり拳で殴りつけた。


19: 10レスじゃおさまらないかも知れなくなってきた・・・・orz:2014/6/18(水) 19:46:12 ID:gLC12rS63M

「だからそんな阿呆ではなく、我を連れて行けばよかったんだ」

 行きつけのラーメン屋で夕食を取りながら、呼びつけた白花が憤慨している。阿呆じゃないの、と仲木戸はむっつり頬を膨らませて反論する。が、今一つ説得力はない。

 まあな、と阿久津は頷きつつ、塩ラーメンをずるずると啜った。そうは言っても白花は夜にでもならなければ連れて行き辛い。仲木戸は封をしている時でも封を解いた時でも指して見た目は変わらないが、白花は違うのだ。彼のその変化を人に見られたら、と思うとなかなかやり辛いものがある。

「それにお前、目立つしなぁ」

ため息を吐いた阿久津に、何が悪いのだと白花は憤慨した。目立ちたくないからその存在が厄介なのだと阿久津は言ってやりたかったが、そんなことを言えば白花はますます手に負えなくなる。

面倒くさそうに何でもないと言うと、彼はふんっと鼻を鳴らし、八つ当たりと言わんばかりに隣で餃子をむさぼる仲木戸を殴った。餃子を咥えた仲木戸がきょとん、と白花を見返す。

「それでこれからどうする気だ、春」

問われ、考える。腹が減ったと駄々をこねられたから、ラーメン屋に連れてきたはものの、実際収穫はゼロに近い。邑楽公園には死にかけの何者かがいる事、そのくらいしかわかっていない。

「まぁ、腹も一杯になればコイツの頭も少しは回るだろ。お前もいることだし、国道に一度行ってみてから、もう一回邑楽公園に行ってみるか」

今度はもう少し明確に何がいるのか掴めるかも知れない。白花は阿久津の答えに少し満足げに頷いた。なんというか、偉そうな少年である。
とりあえずは腹ごなし。そう決めた阿久津がずるずると再びラーメンをすすりはじめると、仲木戸がメニューを睨んでいるのが見えた。

「まだ食うのか」

思わず呆れてそう声をかけてしまう。阿久津を振り返った仲木戸が、メニューを抱きつつ照れたように目元を緩めた。

「ねぇねぇ、春ちゃん」
「なんだ、頼むならあと二つまでにしろよ」
「ほんとー? 二つもいいのね? それじゃ杏仁豆腐とチャーハンと焼焼売と麻婆豆腐と……」
「二つだ」

結局チャーハンと焼焼売を頼んだ。一体どこにそれだけ入るのか、阿久津には想像もできない。ご機嫌な様子の仲木戸は自分のマスクを引っ張りつつ、そう言えば、と思い出したように阿久津を振り返る。

「公園ね、村瀬に訊けばいいと思うのね。さっき、改装なんでするのーって話したでしょ?」
「あぁ、それもそうだな」

そもそもこの話を持ってきたのは村瀬である。それに彼はこの街に住んで長い。村瀬に聞いてしまうのが一番手っ取り早いだろう。

 明日、三貴コーヒーに行くか、と阿久津が決断を下す。その店のパフェが大好きな仲木戸は、両手を挙げて喜んだ。もしやコイツ、それが狙いか。

「村瀬好きなのね」

ニコニコとして仲木戸が言う。そうだろうなぁ、と阿久津も頷いた。村瀬はなんというか、彼らの扱いが上手い。

「まぁとりあえず、国道行ってみるかぁ」

大きく伸びをした阿久津の真似を白花がして見せる。それを見た仲木戸は何を思ったのか、彼もそれに続いた。

20: ◆f6FeUskW/6:2014/6/18(水) 19:47:08 ID:gLC12rS63M

 国道は不気味なほど静かだった。拉げたガードレールや電柱に付いた擦過痕。そして道路沿いに立つ事故注意の看板。10年前の事故現場がそのまま残されているような雰囲気に、阿久津の背中はぞくりと震える。

「僕ここ嫌いなのね」

封を解くまでもないらしい。仲木戸が心底不快そうに呟き、ぎゅっと両手で服の裾を握りしめる。白花は阿久津の肩の上で鼻先を空に向けていた。そうかと思うと、舌をべろりと出して見せ、こちらも不愉快な顔。

「腐ってる」
「あー、そうかよ」

そんな気持ちはしないこともない。どうやらここには不浄な気がたまりにたまりこんでいるようだ。浄化すればいい、と白花が阿久津に言うが、そうしてしまうとなんだかすべてが消え去ってしまいそうだ。手がかりも何も残らない、と言うのは避けたい。

「ここなんなの? 気持ち悪いのね」

何に腹を立てているのか、頬を膨らませる仲木戸が阿久津の服の裾を引っ張り尋ねた。ぐるりと辺りを見回して、そうだなぁと彼は一人ごちる。

「たぶん、何かが呼んでるんだろうなぁ。それでここは事故が相次ぐ場所になっちまってんだ」
「あの擦過痕やガードレールは10年前の物じゃないって言いたいんだな? 最近の物だと」
「あぁ、たぶんだけどな。普通、10年も壊れたガードレールを放置しないからな。電柱はまだしも、あっちは最近の物だ。きっと何かが事故を誘発してる。それでここの空気がおかしなことになってるんだろうよ」

その根本を見つければ、何かを掴むことができるのかも知れない。すんすん、と鼻を抑えつつ、辺りを探っていた仲木戸が、不思議そうに何度か首をかしげた。尋ねれば、眉を顰めた彼が阿久津に視線をくれる。

「公園と似たような匂いするのね」

似たような? 聞き返すと仲木戸は頷いた。ほんの少しだけれども、と指先で示しつつ、あたりをきょろきょろと見回す。やはり国道と公園は無関係ではないのか。頬を掻きつつ、どうしたもんかと唸った阿久津の上で、白花が声を上げた。

「春! 封を解け!」
「は?」
「間抜けめ、早くおし!」

白花が阿久津の肩から飛び降り、空中でくるりと一回転してみせる。何が何だかわからぬまま、阿久津は柏手を二度打った。そしてもう一度。

『御魂の下に緊縛されし者。我が名に依りて封を解かん』
「白蘭」

手を打つとともに白花の名を呼んだ。白蘭と呼ばれた彼は地面に着地するころには、阿久津とさほど変わらぬ背格好の青年に姿を変えている。萌木色の和服に身を包んだ彼は、長い銀の髪を一つでくくり直した。彼の腰元に狐面と共に括りつけられた鈴が鳴る。

 様子を訊くより先に、白花が動いた。地を二度、足で叩き、袖口で空を切る。そうすると白花によって浄化された場の中に、どす黒い泥の塊のような物が飛び込んでくるのが見える。空気が澱み過ぎてその存在すら分からなかったらしい。

舌を打った白花が地面を足払いして、木の葉を露わし、火をともす。燃える葉に襲われた泥の塊は、もがき苦しみ、暴れ狂った。

「どうにもならねぇなぁ。仲木戸、どれが核だ」

仲木戸は真理を映す鏡。彼にだけは、あの泥の塊の本質が見える。ところが彼は首をかしげた。

「そんなの無いのね。みんなで貪りあって食べちゃったの。もうみんなみんな何もないのね」

つまりは虚。そんなものはどうすることもできない。ただ無に帰すことしかできない。阿久津は口を噛み考え、そして決断した。

21: すいません、もうすこしもらいます:2014/6/18(水) 19:48:49 ID:gLC12rS63M

 柏手を二度打つ。太刀を鞘から抜き取り、地面に一度突き刺し、そこを拠点にくるりと舞った。場を清め、中心を定めるためである。白花が抑えているその泥を睨み、対象を定める。

『八百万の神々に恐み恐みも白す。御名と御魂に依りて、我らが守護と加護をば為さり賜え。御魂によりて眼前の穢れを打ち祓い、清め賜え』

柏手をもう二度打つ。と、途端に白花の炎に包まれていた泥の塊は霧散した。阿久津は礼代わりの柏手を一度、そして太刀を地面から抜き、場を元に戻す。

反動で元の姿に戻った白花が阿久津に飛びついてくる。よくやったなと褒めてやれば、存外嬉しそうに白花は額を阿久津の腹にぐりぐりと押し付けた。

 しかし何の収穫もなかった。この場においては無駄ではないが、祓いをしただけで阿久津には意味がない。この場には何も残らなかっただろうし、とため息を吐いた阿久津を仲木戸が呼ぶ。

「どうした」
「あんねぇ、公園のいたのね。でも、もういないのね」
「そりゃあ、祓っちまったからなぁ」

結局無駄骨、と言うことになる。しかし仲木戸は首を振った。

「違うの、そうじゃないのね。ここにはいないけど、公園の方に帰ってったの」
「は?」

白花と共に阿久津は首をかしげた。仲木戸は説明がし辛いのだろう、頭を抱えて悩んだ挙句、阿久津の服を引っ張る。

「公園行ったらわかるのね。あっち行ったのね。きっとあっちにいるのね」
「あー? よくわかんねぇけど……、取り敢えず行って見るか?」

頷いた仲木戸に半ば引っ張られるようにして、阿久津は邑楽公園を目指して駆けだした。追いかけてきた白花が後ろから背中に飛びつく。おい、と文句を言った阿久津に、彼はどこか上機嫌な顔でそっぽを向いた。


 夜の邑楽公園は静かだった。塀を飛び越えて園内に入った一行は、仲木戸の誘導に従ってわけもわからず駆ける。彼が足を止めたのは小川の終着地であるため池だった。柵の傍で何かが横たわっている。

人の形をしたものだ。白花とほとんど変わらぬ姿だが、違うと言えば泥だらけの体と血の気のない頬くらいであろう。そんな姿であると言うのに、赤い瞳はぎらぎらと光を抱き、輝いていた。

「美味しそうなのね」

にこやかに仲木戸が言ったのを聞いて、阿久津はつい苦笑いが漏れた。近寄っていくと、気配に気が付いたそれがわずかに後退したのが分かる。鳥か、と白花が呟いた。

「仲木戸。そいつは何者だ?」

じゅるり、と垂れる涎を拭って仲木戸が首を傾げる。うーん、と彼はわずかに唸ってから、不意に目を細めた。サンザシ、と彼が呼んだことに鳥はガバリと状態を起こし、こちらを睨む。

「貴様、よくも我が名を呼んだな!」
「サンザシ、か」

続けて阿久津がその名を繰り返せば、鳥はさらに警戒した。彼ら、人ならざる者にとって、名と言うのはその魂の次に重要な物。字ならばまだしも諱を知られればそれは生死にかかわる。諱はその者の魂を束縛する力があるからだ。

 だから鳥は諱を呼ばれ、怒り、そして同時に恐れている。もしも阿久津が諱の下にそれに死を命ずれば、それは避けることのできない命令になるからだ。現状、酷く弱っているのも、それが怯える理由にもなっているだろう。この状態では阿久津の命に抵抗することができない。

「もう一度その名を呼んでみろ! 八つ裂きにしてやる……っ!」
「ピィピィ喚くのでない。うるさいぞ、鳥ごときがなんじゃ。お前をあの阿呆の望む通り、焼き鳥にしてやろうか?」

白花が鳥をさらに煽った。怒りに身を震わせ、鳥が白花を睨みつける。阿久津は一つ、嘆息を零して、白花の頭に拳骨を落とした。ぎゃっと悲鳴を上げて、白花が頭を抑える。
22: :2014/6/18(水) 19:49:47 ID:gLC12rS63M

涙目で抗議してくる彼を無視し、阿久津は鳥を静かに見据えた。

「お前、この公園の主か」
「だからなんだ」

吐き捨てるように鳥が答える。食う訳でもなければ、殺そうとも思っていないと阿久津は鳥に言い聞かせた。隣で仲木戸が残念そうな声を上げるも、皆で揃って無視する。阿久津の言葉に鳥は聊か警戒を緩めたのか、今度はやや自虐的な調子で問いを肯定する。

「名ばかりの主だ。下らん人間どもの行いの所為で、この囲いの中に閉じ込められ、挙句の果て、穢れた泥のような感情に何年も捕らわれていた」
「泥のような感情? さっきのことか」

国道で祓った泥の塊を阿久津は思い出す。そう言えばあの時、仲木戸は鳥の気配を国道でも感じていた。それが公園に逃げたと言ったから、ここまで戻ってきたのである。

 鳥は驚いたように阿久津を見、祓い師か、と正体を察する。頷いた阿久津に鳥は若干不服そうな顔のまま礼を言った。

「あれから解放してくれたことには感謝せねばなるまい」

つまり鳥もあの泥の中にいたのだろう。それを阿久津が払ったため、長年彼を拘束していた泥が失せて自由になり、元の場所に帰ってきたと言うことだ。鳥自体はそもそも清浄な物であるから、たとえ穢れを払ったとしても消滅はしない。

「お前はあれの所為で死にかけてたのか。その上、ゴミ屑みたいなのに覆われていたから、こいつでも正体が分かんなかったんだな」

鳥はため息を吐いて恐らくそうだろう、と頷く。彼があの泥に捕らわれたのは10年前らしい。件の事故が起きた際、あの国道に抱えきれないほどの穢れが生まれた。鳥は事故の反動によってその中に取り込まれた。そうされたのは、自分だけではないはずだ、と鳥は言う。

「だが、ほとんどがあの中に溶けて行った。私も同じだ。羽を解かされ、骨を砕かれ、あの中の一部になりかけていた。元々園内に閉じ込められていて、力が弱っていたのも原因だろう」

辛うじて生きてはいるが、今だって加護がなければ死ぬやもしれないと彼は言う。公園は昼間、阿久津が清めていたおかげで彼にとっても居心地が良いようだった。大変だな、と月並みな感想しか阿久津には思いつかない。

 しかしそれでよく分かった。10年前、鳥があの泥に取り込まれた際に、大きなずれが生じたのだろう。その結果、橋の向こうとこちらで世界が変わってしまった。一時的な物ではあったが、それが園児を行方知らずにさせた原因だ。

「あそこから助けてくれたことには礼を言う。だが、もう放っておいてくれ。どうせこのままではもたない。いずれ、穢れに耐えられず消える運命だ」

そう言われて阿久津は白花と顔を見合わせる。早く食べようと意気揚々としている仲木戸の首根っこを掴んで抑え、そう言われてもと二人は戸惑った。
この鳥が消えれば公園は穢れを清める存在を失うことになる。それは街としてはあまりいい事ではない。それに、阿久津にはこの鳥に訊きたいことがある。

「悪いな、放っておくわけにはいかねぇんだ」

阿久津はそう言い放つと、その場で一度柏手を打った。驚いた鳥が阿久津を見上げる。

「この今にも消失しそうな身を祓おうと言うのか……? さすが悪神を連れているだけはある。底意地が悪いな、貴様」
「早合点するな。名を与えるだけだ」

名、と言う言葉に鳥は目を見張った。字は加護になる。字を与えられればその者は神の加護を受けることができ、例え消える寸前だとしても力を取り戻せた。なぜわざわざそんなことを。訝る鳥に、阿久津は口の端をひん曲げて笑う。

23: これでおわりかな?:2014/6/18(水) 19:51:11 ID:gLC12rS63M

「訊きたいことがあるだけだ。もう黙れ、うるせぇぞ」

二度目の柏手を打った。清められた大地に、更に太刀を打ち込んでそれを強める。阿久津は未だ驚きに満ちた瞳で阿久津を見つめる鳥を見据えた。

「サンザシ」

阿久津が彼を呼んだ。今にも食われそうなその黒い双眼に、鳥は思わず息を飲む。阿久津は目を閉じ、意識を集中させた。そして静かに歌うかのごとく呟く。

『八百万の神々に恐み恐みも白す。御魂の下に我が願いを聞し召せ。荒魂を静め、加護を与え、御身を守るべく名を与えよ。代償に我が名に依りて其の御魂を緊縛したまえ』
そして瞼を開け、サンザシを見据える。鳥は何も言わなかった。阿久津はわずかに笑みを浮かべる。
「真赭。それがお前の名だ」

呼ばれた真赭は口惜しそうに唇を噛んだ。余計なことを、と呟く彼に、白花が噛みつく。

「助けてもらっておいてその言い草はなんじゃ」
「うるさい! 獣は黙っておれ!」

恐らく同等の力を持つ彼らは、何かしらのライバル意識でもあるらしい。どっちもどっち、と阿久津は思わず呆れる。精神年齢まで同じくらいである必要はないと言うのに。

 それでも名を与えられ、加護を得た真赭の姿はマシになった。汚れは失せ、本来ならばきっと美しい鳥なのだろうと思わせるような、緑がかった黒い髪を持つ少女になったのである。瞳だけは同じ赤色であり、おそらくその目がサンザシと言う名の下なのだろうと阿久津は想像する。

「春! こんな阿呆捨ててさっさと家に戻るぞ! 聞きたいことがあるなら早く聞くんじゃ」
「あっ、あぁそうだったな」

頷いた阿久津を仲木戸が意味深げに見上げる。心配ないと言ってやっても、彼はなんとなく落ち着かぬ様子で、阿久津の服の袖をしっかりと掴んだ。

 折角加護によって綺麗な姿を取り戻したにもかかわらず、向き合った真赭はボロボロだった。白花と争った結果らしい。やんちゃも大概にしろと言いたくなるも、白花の抗議の目によって文句は喉の奥に引っ込む。

「真赭。四年前だ。四年前に何か変わったことはなかったか、教えてくれるか」
24: 今度こそ終わり!:2014/6/18(水) 19:52:58 ID:gLC12rS63M
真赭は少し考え込んだ。しかし暫くしてゆるりと首を振る。

「何かあったかもしれぬ。だが、その頃には私は泥に呑まれて6年も経っている。何かを知覚し、記憶できるような力はなかった」
「そうか、すまんな」

真赭は気にするなと首を振る。少しばかり落ち込んだ様子の阿久津に、白花が勢いよく飛び付いた。ぎゅっと抱きしめるようなその素振りに、阿久津も怒る気になどなれず、やや笑って白花を諌める。不貞腐れた様子の彼は肩に顎を載せ、阿久津にぴったりとくっついて離れなかった。

「お前に名を与えたが、使役する気はないよ。ここでのんびり暮らせ。あーでも、改装工事をするらしいからしばらくは騒がしいかもしれん」

阿久津の言葉に真赭は素直にわかったと頷く。時々清めに来てやろうかと阿久津が持ちかけると、少し拗ねたような顔で真赭はそっぽを向いた。お節介な奴だと言う真赭に、阿久津の頬も緩む。

 またな、と阿久津は言い置いて踵を返した。気を付けて様子を見てやろうと言う阿久津に、白花が気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らす。

「貴様」

真赭が呼びとめたのは仲木戸だった。二人に付いて行こうとしていた彼は足を止め、真赭を振り返る。チョコン、と首を傾げた仲木戸を見据えて、真赭は憎悪のこもった声で何者かと尋ねた。仲木戸はまた、首を傾げる。

「貴様は人間などに使役される存在ではなかろう」

真赭の指摘を受けて、仲木戸は実に穏やかな笑みを浮かべた。んふふと声を漏らす様子は何が楽しいのか。真赭の背筋がぞくりと震える。まるで悪意の塊のようなものに、舐められたような錯覚に陥った。

 仲木戸はその場でくるりと回って見せ、しゃがみ込んで真赭を覗き込んだ。そのフレンチグレイの瞳に見据えられ、真赭はすくみ上る。

「……焼き鳥には関係ないのね」

 阿久津の仲木戸を呼ぶ声が響く。真赭など気にも留めず、くるりと踵を返した仲木戸は阿久津の下に駆けて行った。春ちゃーん! 勢いよく背中に飛びつくその姿は無邪気そのもの。悪魔の真意は計り知れない。


・・・・・・
10レスを優に超えてしまった……すいません、結局14レスいただきました!(>>11-24
読んでくれた方ありがとう!ノシ

25: 『ある本の噺』:2014/6/18(水) 20:32:37 ID:rktzNjJhRM
 
 僕は待っている。狭い場所で、その時を。

 神保町の路地裏にひっそりとたたずむ古書店、かるま堂。この場所にある本はどれも、世界に一冊しかない貴重品だ。
 ここには人の人生を余すところ無く記した本が、一人につき一冊存在する。どこで生まれたかとか、犯した罪の内容も克明に。
 
 そして今日、長い間待ち焦がれていた客が、古書店のドアベルを鳴らしたのだ。

「すいませーん……誰もいないの?」

 声から察するに三十代後半の男性、あまり裕福ではなさそうだ。なぜって、足音がほとんどしないから。貧乏な人は靴底がすりへらないよう、そろりそろりと歩くものだ。
 
 男は本棚に近づき、片っ端からページをめくりはじめたようだ。乾いた空間に紙のこすれる音だけが響く。
 僕の前にたどり着いたのは、彼が来店してから数時間後のことだった。

「見つけた……!」

 男は禿げ上がった頭を真っ赤にしてそう叫ぶと、むさぼるように僕を読み始めた。

「ああ、これが警察にわたったら、俺は破滅だ……」

 彼が見たものは、彼自身が犯した罪の記録。自分の業を省みてパニックになった男は、ポケットからおもむろにライターを取り出し、そして……。

 僕に火をつけてしまった。

 その途端、まるで呼応するかのように男は炎に包まれる。蛙をつぶした時のような悲鳴が、室内に響き渡った。

(ずっとこの日を待っていた。お前の罪を知れ)

 僕は笑い続けた。灰になって、すべての罪が消えるまで。    

  終

26: 『海の美食家』:2014/6/18(水) 23:35:35 ID:rktzNjJhRM

 海底に潜むその怪物はね、人の屍骸が好物なんだ。

 そいつの鼻は嵐の匂いに敏感だ。なぜって、難破した船の残骸にへばりつく往生際の悪い人間を喰らうためさ。

 そいつは言うよ、人間ほど美味なものはこの世のどこにも居ないって。

 深い深い海底で、怪物は今日も鼻をひくつかせて獲物を探している。

 僕が海に行きたがらなかった理由はそのためさ。誰だって、死んだら大地に還りたいだろう?

 だけどあの日だけは例外だった。遠方へ嫁いだ姉の結婚式に出席するため、島の連絡船に乗ったんだ。それが運のつきさ。

 海底から飛び出してきたそいつの頭突きで船は大破、必死でマストにしがみつく僕をあざ笑うかのように、そいつはゆうゆうと海面を泳いでくる。

 生臭い、牙がびっしりと生えた巨大な口が目前に迫った。

 もうだめだ。僕は祈ることも忘れ、ただその瞬間が過ぎるのを待った。

 だけどね、待てども待てども何も起こらなくて…恐る恐る目を開こうとしたとき、確かに怪物がこう呟いたんだ。

「なんか……こいつ不味そうだな」って。

 次に目が覚めたときは病院だった。

 それからの人生はみじめの一言さ……。考えても見たまえ、何よりも人間を愛する怪物に「不味そう」なんて言われた日にゃ、生きる意欲もなくすってものだ。


 今日、僕は海に潜ろうと思う。人生の辛酸を舐めた今の僕なら、あの怪物の口にもきっと合うはずだ。

 もし今回も食べてくれなかったら仕方ない……おとなしく大地に還るとしよう。
 
 終
27: [] :2014/6/19(木) 10:50:38 ID:8U6KAMraZc

「思い通りの夢を見られる装置?」

 怪しげな屋台で購入した機械は、見るからにガラクタの寄せ集めだった。
 こんなもので本当に夢を操作できるのか? 疑問を脳みそにひっかけたまま、細いプラグを頭にとりつける。
 鏡には、金属の蛸をかぶった間抜けな学ラン姿が映っていた。…疑っても仕方ない。ひとつ試してみるか。

 ―

 美しく可憐な少女。唇はぷっくりと桜色に染まり、潤んだ目元は僕を熱っぽく見つめる。
 僕は彼女を無我夢中でベッドに押し倒した。ボタンをはずすのに手間取りあせる僕を見て、少女がくす、と笑う。
 ああ、なんて幸せなんだ。これで脱・童貞が現実のものに……。

 ―

 目が覚めた僕は、幸せの残り香に包まれていた。普通では絶対味わえない感覚、まさに夢にまで見た夢が現実になったのだ。
 鼻歌交じりでプラグを引っぺがすと、カツラまで一緒に取れてしまった。ばさり、と黒い長髪が背中に降りかかる。
 コスプレの学ランも脱ぎ、ため息をつく。鏡に映る華奢な少女の姿を見て、現実が一気に押し寄せてきた。
「……それでもかまわない。夢の中では、君を愛し合えるのだから……」
 鏡に映る『僕』は、いじらしく微笑んだ。
 
end
28: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:23:06 ID:Mw1dBIcCw.


矢部「目指せ」山田「ポケモン」上田「マスター?」

オーキド「それでは君たちに新しい仲間を紹介しよう。右から順番にヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネじゃ」

山田「腹減り、銭出せ、ふしぎぜん?」

矢部「お前は何を聞いとんねん、右からひたかげ、せにがめ、ふしぎたねやろうが」

上田「山田も矢部さんも違いますよ、右からひとはだ、ゼンマイ、ふしぎまげでしょう」

オーキド(この三人大丈夫かのぉ…)

オーキド「おほん、まずはヒトカゲじゃ。こいつは火ポケモンで尻尾の炎が消えてしまうと死んでしまう」

矢部「じゃあそこじゃない場所に火つけたったらええやないですか!」

オーキド「うるせえ」
29: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:24:20 ID:Mw1dBIcCw.


オーキド(な、なんで説明だけにこんなに時間が…)

矢部「つまりこの四天王に勝てってことやな」

山田「ちなみに…報酬は……」

オーキド「バトルするたびにお金が貰えるから、それで道具を買ったりするんじゃぞ」

上田「いや、私は通信教育で空手を習っててポケモンとやらの力はいりませんよ」

オーキド「うん、どうでも良いから」

山田「私はこの…ヒトカゲにしようかな、よろしくなヒッキー!」

矢部「なんや山田そのしょーもないニックネームは」

山田「う、うるさい!そういう矢部は何にするんだ」

矢部「わしゃー、このゼニガメとやらにしようかのぉ」

矢部「ニックネームは…そうやなぁ……アブクゼニやな」

オーキド(ポケモンになんて名前を……)

上田「では私はこの……フシギダネを」

矢部・山田「ニックネームは?」

上田「……ど…」

矢部・山田「ど?」

上田「どんと来い超常現象だ!」

オーキド「それは長いで」
30: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:25:28 ID:Mw1dBIcCw.

山田「結局なんの捻りもなくフシギダネのままにしたのか」

上田「うるさ…」

ガサガサ

矢部「な、なんや?!」

山田「なんでしょうか」

上田「」

「ぼっぽぉ!」

矢部「なんやこいつ」

山田「そういえばなんちゃらっての貰いましたよ!ポケモンの名前がわかるとかなんとか」

矢部「なんちゃらしかゆーてへんやん!そんなのどーでもええから、はよ見てみろって」

山田「えーっと…ポッポと言うらしいですよ」

ポッポ「ポッポォ…?」

山田「こいつが私がもらう!」

矢部「ふん、わしも今そう思ってたとこやねん」


31: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:29:35 ID:Mw1dBIcCw.


山田「いけっ!ヒッキー!!」

ヒッキー「カゲカゲ!」

矢部「ええと、なんやったかな…まあええわ!いけっ!なんとかガメ!」

アブクゼニ「ゼニゼニ」

山田「ヒッキー、たいあたり!」



山田「いけっ!ヒッキー!!」

ヒッキー「カゲカゲ!」

矢部「ええと、なんやったかな…まあええわ!いけっ!なんとかガメ!」

アブクゼニ「ゼニゼニ」

山田「ヒッキー、ひっかく!」

アブクゼニ「ゼニィ!?」

矢部「ああ!!山田お前何すんねん!」.

山田「だってバトルってそういうもんだってあのおじさん言ってたじゃないですか」

矢部「でもな…!いいことと悪いことがあるやろ!」

山田(名前覚えてなかったくせに…)


ポッポ は 逃げ出した ▽


32: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:30:48 ID:Mw1dBIcCw.




山田「上田さんー、おーいー、おい上田」

矢部「上田せんせぇー?」

上田「こ、ここは…」

山田「上田教授は気絶なさってたのでありますか」

上田「ば、馬鹿言うもんじゃない!」

矢部「ポッポとやらには逃げられましたし、先に進むとしましょ」

山田「そうだな、それに腹が減った」

矢部「せやな」

33: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:34:40 ID:Mw1dBIcCw.


上田「それにしても私はさっきまでの記憶が全くないんだが、何でだろうな。ハハッ」

山田(やっぱり気絶か)

矢部(気絶っちゅーやつやな)

山田「それにしてもこの森はなんでこんなに暗いんでしょうか」

上田「それはだな、木g」

矢部「うわ、なんや!めっちゃブンブン音するで!!」



というトリックとポケモンのやつ考えてたけど諦めました。
34: 名無しさん@読者の声:2014/6/25(水) 23:41:33 ID:Mw1dBIcCw.
(同じ文が二回も…そしてたいあたりではなくひっかくです……ミスが…すいません)
35: 名無しさん@読者の声:2014/7/4(金) 20:22:28 ID:XLIMSCAJag

 今でこそコミュ障野郎だけど、大学時代は結構顔が広くていろんな知り合いがいた。その中には同じ大学生もいれば、そうじゃない人もたくさんいて、なかなか豊富なネットワークだったと自分でも思う。

 その知り合いの一人に、ヒシギさんという男の人がいた。
 ヒシギさんは駅前に現れる露天商で、結構怪しい身なりのお兄さんだ。扱っている商品もかなり怪しい。その所為からか、そう言った体験を良くするらしく、あの人は俺にしょっちゅうオカルトな話をしてくれた。

 俺に天狗坂の婆さんの話をしてくれたのも、ヒシギさんだったと思う。

 天狗坂と言うのは駅の南口から市街地に向かう大きな坂だ。市街地に向かって上り坂になっている。なんで天狗坂と言うのだかはよく知らないが、近所の爺ちゃん婆ちゃんはその昔この山に天狗がいたからなんとか、と言っていた。まぁ、そんな坂である。

 駅通りから市街地に向かう坂なので、どうも坂の上に向かうにつれて人気もなくなるし、電灯の数も減っていく。昔から変質者が出るとかで、夜はちょっと危ない場所として有名だった。

 だからヒシギさんが天狗坂の名前を出した時点で、俺はまた変質者でも出たんだと早合点をした。それにヒシギさんはゆったりと笑って、違う違うと首を振る。

「天狗坂の婆さんは変質者でもなきゃボケた婆さんでもない。ま、一度見てみたらわかるべ。暇なときに行ってみな。夜だぞ」

「そう言われて誰が行くんすか」

俺が思わず言い返すと、確かにそうだとヒシギさんは笑った。俺はそう言う話を聞くのは好きだったが、実際に自分が関わるのは嫌なタイプの人間だ。心霊スポットだって行かない。

「万が一行くことがあったらさ、弟連れてけよ」

ヒシギさんは心霊スポットを勧める時、いつも俺にそう言った。理由は聞かなかったが、俺は素直にいつも頷く。

 ヒシギさん以外にもオカルトに強い人には結構会ったが、本物の人たちは大体俺に弟のことを言った。彼ら曰く、弟は強いらしい。


 そんな話を暇していた弟にうっかり話したのが悪かった。嬉々として見に行こうと弟に誘われて、結局弟に話した祖の晩、俺たちはアイスを咥えて自転車で天狗坂を目指した。

 蒸し暑い夜だった。長い坂の途中から俺たちは自転車を押して天狗坂の天辺を目指して歩いていた。

「あのさぁ、兄ちゃん。ヒシギさんどの辺で出るって言ってた?」

「あー、聞いてないわ。悪い」

「したら天辺までいかなきゃいけないんかぁ」


だるいなぁ、と言い出しっぺの弟が言うので、俺はちょっと奴を睨んだ。弟はへらへらと笑ってごまかす。

36: 名無しさん@読者の声:2014/7/4(金) 20:23:49 ID:XLIMSCAJag

「つーか、この辺本当……」

 暗いなぁ。そう言おうとした俺は黙りこくった。兄ちゃん? 弟が呼ぶ声が響く。俺は首を振って弟に反対車線の方を見ろ、と顎をしゃくった。アイスを咥えたままの弟が、間抜け面をそちらに向ける。

 反対車線にはガードレールに腰かける小さな人影が一つ。暗くてよく見えないが、背丈からして老人か子どもくらいだろう。

「あれかな」

近づいてきた弟がこっそりと耳打ちした。よく考えればヒシギさんから婆さんの詳細も聞いていないから、あれが天狗坂の婆さんなのか判断も出来ない。そもそも暗くて人間なのかもわからなかった。

「近く行ってみる?」

「やめろよ、あぶねぇだろ」

「でも、気になるじゃん」

まぁ、気にならないことはない。俺が結論を出すより先に、弟がケータイを取りだして明かりを婆さんの方に翳した。闇夜にケータイの白い光の中で老婆の姿が浮かび上がる。びくっと肩を震わせた俺の隣で、弟も顔をひきつらせて老婆を見ていた。

「おい、やめろよ」

俺の批難の声にハッとして、弟はケータイを急いで閉じた。俺の声に反応したのか、それともケータイの明かりに反応したのか。ともかく老婆の視線を感じた。俺たちを見ている。ただ文句も言わずにじっと。

「あ、すいません、落し物しちゃって。探してたんです」

適当な言い訳を弟が取り繕った。俺もそれに合わせて、すいませんと謝る。

「もう見つかったんで、僕ら行きますね」

俺がそう続けて弟を帰ろうと促した時、

「お名前は何かね」

老婆が突然訪ねた。

「えっ」

つい弟と二人反応し、顔を見合わせてしまう。当然こんな怪しい婆さんに名前なんて教えない。いやぁ、と適当に誤魔化す俺たちに婆さんはもう一度訪ねた。

「お名前は何かね」

「訊かれても普通言いませんけど」

困惑気味の俺が答えるも、婆さんはもう一度名前を尋ねるだけだった。弟が俺の服を引っ張る。耳を寄せると、早く行こうと言われた。

「なんかやべーよ、帰ろうや」

俺は頷いて自転車に跨った。今日ほど天狗坂が駅に向かって下りになっていることに感謝した日は無かったかもしれない。俺たちは全力で自転車を漕いで、明るい駅前に向かってほとんどノンブレーキで自転車を走らせる。

37: 名無しさん@読者の声:2014/7/4(金) 20:24:53 ID:XLIMSCAJag

 兄ちゃん、と弟が俺を呼んだのは5分も経たないうちだった。なんだと叫び返すと、弟は前方を見ている。電灯の下、ガードレールに腰かける老婆の姿が一つ。

「なんでいるんだよ!」

「俺が知る訳ないっしょ!」

俺たちはもはやパニックだった。逃げたはずなのにこれじゃ逃げられない。とにかくがむしゃらに自転車を漕ぐしかすることが無かった。俺はとにかく駅を目指そうと弟に言った。

 駅に行けば、ヒシギさんがいるかもしれない。ヒシギさんなら何とかしてくれるかもしれない。俺の頭は駅前に行くことで一杯で、それ以外考える余裕がなかった。

 だから弟が叫んだ時、俺は本気でビビったんだ。

「にいちゃん! 信号!」

「は? あっ」


目の前に迫る赤信号を、俺はすっかり忘れていたのだ。慌てて弟が後ろを気にしながらブレーキをかけ始める。俺もブレーキに手をかけ、その感触の無さに更にビビった。

「ブレーキ壊れてる! ブレーキかかんねぇ!」

足でどうにか止めようとしても、下り坂な上に全力で漕いできたのだ。どうにも歯が立たず、逆に履いていたサンダルが脱げて吹き飛んだ。兄ちゃん! と弟の叫ぶ声が聞こえる。

 俺はハッとして前を見据えた。夜だと言うのに妙に交通量が多い。いつもはこんなはずじゃないのに。ダメかもしれない。そう思った時、俺は目の前で笑う婆さんの姿を見た。

「うわああああああああああああ!」

弟の叫び声と共に何かが横からぶつかってきた。俺はそのはずみで横ののっぱらに吹き飛ばされる。俺も何かを叫んだ気がする。あちこち全身を擦り剥きながら起き上った俺は、その時初めてぶつかってきたのは弟だったのだと気が付いた。奴は自転車ごと、俺にタックルして来たらしい。

「兄ちゃん、大丈夫か!」

俺を下敷きにしたおかげか、弟は元気だった。あちこち痛いけれども大丈夫だと俺は頷く。涙目の弟がホッとしたようにその場に座り込んだ。俺もしばらく動けなかった。

「なまら痛いんだけど」

「生きてんだから文句言うなや!」

泣き声の弟の呟きに、俺もしおらしく頷く。本当に婆さんを見たときは死ぬかと思った。帰ろうと落ち着いた弟を促して、今度は自転車を押して俺たちは家に向かって歩いた。

38: 名無しさん@読者の声:2014/7/4(金) 20:25:33 ID:XLIMSCAJag

 それからすぐ後、駅前でヒシギさんに会った。俺のボロボロの姿を見てあの人は容赦なく爆笑し、なぜか大はしゃぎをする。大まかな出来事を話せばさらにヒシギさんは笑った。

「なんかもう、お前ら本当にわやだな」

「笑い事じゃないっすよ。何なんですか、あの婆さん」

腹を立てる俺を諌めて、ヒシギさんはさあなぁ、と肩を竦める。

「俺も知らんよ。まぁ、あんまり関わらないことに越したことはないってのは確かだな」

ヒシギさんの結論に俺はがっくりとした。ヒシギさんならばあの婆さんの正体を知っていると思ったのに。それを言うと、ヒシギさんはあまりいい顔をしない。俺は何でも知っている訳じゃないんだ、とヒシギさんは言った。

「でも、ま、弟を連れてってよかっただろ?」

俺は複雑な気持ちでその言葉に頷く。アイツがいなかった俺は間違いなく死んでいたわけだ。そしてふと、思い出した。

「いやそもそも、俺が連れてかれたんっすよ!」

俺はアイツに行こうなんて誘っちゃいない。それなのになんで俺が酷い目に合うんだ。俺の嘆きを聞いたヒシギさんはやっぱり爆笑した。

どっとはらい。
39: 名無しさん@読者の声:2014/7/8(火) 20:45:55 ID:McmnjR3JuM
理想と現実の狭間に惑う臆病で無垢な羊達よ
哀れ哀れガラス玉の眼には映らぬ真実の影模様

騙し騙すのが私の仕事 光浴びる庭園に咲き誇る
トゲも汚れも微かな匂いもまやかしに包む隠し事
私を映す瞳が獲物
甘い蜜を求め寄る羽音
等しく愛しく抱いてあげる
視界を彩る花びら捧げる

Show Time 華麗に舞うのです
着飾る花瓶に咲くドレス
煌びやかな舞台に客の列
無限に形変えるアクトレス

遊女 悪女 清純な子まで色付く華は形を変える
ステージの奥の幕が上がれば、もうすぐそこに彼女は見える
何者にも変えがたい衝撃
近付こうにも分厚い障壁
さもしい心を癒す声に耳を傾けてWheel Call Lady

ハリウッド ボリウッド ブロードウェイ パテック・フィリップ ブルガリ時計
Gorgeous Royal Life Style
Too Stimulus Give It Inspiration

浅ましい世界に自戒の惨禍
新しい役になりきるMiranda
『もう手遅れなんだ どうせ僕でなんか!』
夢と幻と自由な空虚
Search Around A Misay Real Lady
果てしなく遠い距離感は画面の外見る勇気も腐んだ

いただけないのは身曝せないなら、こんな所にいるべきじゃないわ
低い場所で上を見るラマダーン
簡単な気持ちじゃKnockdown
反骨の色身 ロックなメロディ
ミュージカルカーニバルを照らすわ
写し出して離れられぬ永久に絡み付く常にそばに

心地よいだけの言葉に踊らされる悲しいその価値
当たり前に測るものさし
頭はガキ 体は大人に
Ah イメージはとてもおとなしい
だけど本当の顔は大人び
俺の道記す脳のナビ
は今も君だけを指す愚かに

理想と現実の狭間に惑う臆病で無垢な羊達よ
哀れ哀れガラス玉の眼には映らぬ真実の影模様
40: 『初恋』 ◆iN.l3npE8U:2014/7/12(土) 21:33:18 ID:V8ce98FZSU
あたしが享と初めて会ったのは、中学2年の春だった。
始業式の日、新しい教室で、座席表を見て自分の席を探すと、そこに享が座っていた。
席を間違えたのかと思ってもう一度黒板に貼ってあった座席表を確認しに行った。だけどあたしは間違っていない。
あたしの名前のまわりは女の子ばかりで、あたしが座るはずの席にいる男の子は、どうやら隣の席の『神田享』という人らしかった。

「あの…神田くん?」
頬杖をついて目を閉じた彼に、あたしは恐る恐る声をかけた。
目が開いて、睨むように見上げられた。一瞬ひるむ。
「そこ、たぶんあたしの席だと思うんだけど。神田くん、隣じゃないかな」
二、三度ぱちぱちと目瞬きをして、「え、マジで?」と呟いた。
ごめんな、といって立ち上がると、照れたように笑った。
怖そうだなんて思ったのに、その笑った顔は何だか幼くて、あたしもふと緊張が緩んだ。
それがつまりは、始まりだった。

「享、とーおーる、2時間目終わったよ?」
社会の授業が終わって、あたしは隣の席で寝息を立てていた享を起こす。
5月の連休明けから、いつもこんな調子だった。
「あんた最近毎日寝てんじゃん。何やってんのよ」
「来月大会あるんだよ・・・先輩たちは最後だし、練習きつくなっててさ・・・」
そうか。よくは知らないけれど、うちの学校のバスケ部は市内でもかなり強いほうだと聞いたことがある。
「悪い、都、後でノート見せて・・・」
そう言いながら、享はまた机に沈み込んでいった。
その姿を横目に見ながら、頼りにされているようで嬉しくなる。
「享くん、頑張ってるらしいねー。兄ちゃんも褒めてたよー」
後ろの席から、利沙が言った。
利沙は1年の時から同じクラスで、部活も一緒だった。利沙のお兄さんはバスケ部の副キャプテンだ。
「兄ちゃんたちも来月の試合で負けりゃ引退だし、次期キャプテンとか考えてんだって。享くん、有力候補らしいよー」
へぇ、と気のなさそうな返事をしてみるけれど、内心なんだか嬉しかった。
べつに利沙に言われなくとも、享が頑張ってるのは知っていた。
バレー部の練習中にも、あたしは同じ体育館で練習する享の姿をつい追ってしまう。
バスケのことなんか知らないけど、享が上手いのかどうかもわからないけど、がんばっているのは見ていてわかる。
そんなことは口には出さないけれど。

テスト期間も享は毎朝自主練を続けていたらしい。部活はないはずなのに相変わらず授業は聞いていなかった。
あたしは享ががんばる姿を追い続けた。
享がバスケ部のキャプテンになったと、嬉しそうに話してくれたのは、6月半ばの蒸し暑い日だった。
41: 『初恋』2/4 ◆iN.l3npE8U:2014/7/12(土) 21:38:49 ID:lPY4JRkEVs
「なんか都、今年はマジメだね。うるさい先輩たちもいなくなったってのに」
夏休みのある日、部活に向かう道すがら、利沙が言った。
「去年はしょっちゅうサボってさー、なんで連れてこないのってあたしが怒られたりしてたのに」
「利沙だってサボってたじゃん。・・・あたしよりは行ってたけど」
去年のあたしは享に比べて(比べるまでもなく一般的に見てもそうなのだけど)かなり不真面目だった。
それが今年の夏は心を入れ替えてすっかりまじめに練習に通っている。
享がいるからだった。
バスケ部とバレー部は同じ体育館でコートを二分して練習しているし、練習に行けば休み中にも享に会える。
それに享はキャプテンに選ばれるほど実力もあって、それだけがんばっている。
休み前に享と交わした会話を思い出す。
「おまえバレー部入ったの、『なんとなく』だったの?!」
享は呆れたようにため息をついて首を振った。
「はー!『なんとなく』でもさ、入ったからにはちょっとはやる気出そうぜ?俺みたく寝る間も惜しんでがんばれとは言わねぇけどさ、せめて練習まじめに出よーや。
そんで練習終わった後、みんなで花火とかしよーぜ」
この些細な会話だけで、あたしは毎日のようにきちんと練習に出ているのだ。
我ながら単純だと思う。
だけど、そんな自分が嫌いじゃあなかった。単純すぎて笑い飛ばされそうで、利沙にさえ言えなかったけれど。

享は有言実行派で、あたしたち女子バレー部と、享たちの男子バスケ部とで、何度か花火をしたり、海へ行ったりした。
キャプテンという立場はなかなか大変なようで、愚痴のような相談のような話を何度も聞かされた。
「都にだとなんか、なんでも話しちゃうな」と照れくさそうに笑った。
みんなといる時の享と、あたしと話す時の享はどことなく違う。それはあたしも感じていた。
あたしにだけ弱いところを見せてくれているのだと思うと、たまらなく嬉しかった。

2年も終わりに近づいて、進路を考える時期になった。
「享、どうするー?高校なんか考えてないよ、あたし」
あたしがそう呟くと、享はにやりと笑ってあたしを見下ろした。
「だと思った。俺はもう決めてるし」
「えっ・・・どこ?!」
「北高。あそこバスケ強いし。ただなぁ、頭のレベルも高くて・・・」
バスケがやりたくて高校を選ぶ。享らしいと思った。
そしてそんな享と、同じ高校に行けたら。
北高なら家から近いし、制服も可愛い。言い訳はいくらでも出来る。利沙の志望校も北高らしい。
あたしもこの日、あまりにもあたしらしい単純な理由で、進路を決めた。

42: 『初恋』3/4 ◆iN.l3npE8U:2014/7/12(土) 21:45:53 ID:lPY4JRkEVs
冬になって雪が降って、凍えそうな体育館で、それでも享は相変わらずがんばっていた。
そんな享を見ながらあたしも、それなりにだけれどがんばっていた。
享に見合う女の子になりたかった。
毎日この体育館でボールと享の姿を追う。
あと半年もしたらあたしたちは部活を引退して、この日常もなくなってしまう。
だけど春には同じ高校へ、行けたらいいなと思った。
それまでにあたしは、この気持ちを伝えられるだろうか。

「利沙ー、先行くよ」
学年末のテストを終え、久しぶりの部活の後。部室で制服に着替えると、いつもより少し疲れた体を持ち上げる。
あたしを呼ぶ利沙の声がしたけれど、玄関で待ってるから、とそのまま部室を出た。
今日は珍しく練習が長引いて、享の姿はもう体育館にはなかった。
外に出ると冷たい空気はやけに澄んでいて、星がきれいに見えた。
「・・・都?」
暗闇から突然声をかけられて、思わずあたしは飛び上がる。
玄関脇の暗がりに、享が立っていた。吐き出す息は白くて、ほっぺたは真っ赤だった。
「やっとバレー部終わったかぁ・・・寒かったぁー・・・」
まるで誰かを待っていたかのように、凍えた体を縮めて手をすり合わせた。
・・・誰を?
勝手に心臓が跳ね上がる。もしかしたら、あたしを?
みんなで遊びに行く時も、真っ先に誘ってくれたのはあたしだった。
部活のこと、キャプテンとしての悩み、いつも話してくれるのはあたしにだけだった。
もしかして享もあたしのことを、と、思わなかったわけじゃない。
とおる、と口を開きかけたその時、一瞬早く享が言った。
「利沙は?まだ?」
何を言われたのか、瞬間、理解できなかった。
「・・・え、何?」
「利沙。一緒に帰ろうって言ってたんだけど。」
あたしは享の言葉を飲み込めず、ただ呆然と享を見つめた。
「・・・あれ?聞いてない?昨日、つきあい始めたんだ、利沙と。」
じわじわとその言葉が染み込んでいくのを感じながら、あたしはゆっくりと首を振った。
部室を出てくるとき、利沙はあたしを呼び止めた。その理由がわかった。
必死で笑顔を取り繕って、じゃあね、とだけ呟いて、あたしはやけに冷たい風の中を、走って帰った。

その翌朝、半分照れたような、半分申し訳なさそうな利沙が、事の顛末を報告してくれた。テストが終わった日、享のほうから告白されたらしい。
すぐに言わなくてごめん、と俯く利沙に、そんなの気にしなくていいって、と笑ってみせた。
あたしは利沙にも誰にも、享を好きだって話してはいなかった。
もしも利沙があたしの気持ちを知っていたらどうなっていたのだろう。
もしも享が利沙に言うより先に、あたしが享に気持ちを伝えていたらどうなっていたのだろう。
考えても仕方のないことだけど。
43: 『初恋』4/4 ◆iN.l3npE8U:2014/7/12(土) 21:50:25 ID:lPY4JRkEVs
あたしは志望校を変えた。
少し遠くの、北高よりも一つレベルの高いところを目指すことにした。
それを理由に部活は辞めた。もともとそんなに真剣だったわけじゃない。享のいる体育館にも未練はなかった。
3年になってクラス替えがあって、ありがたいことにあたしは享とも利沙とも違うクラスになった。
極力普通にしているつもりだったけれど、いつのまにか距離は広がり、廊下ですれ違えば挨拶ぐらいは交わす、という程度になった。
利沙が悪いわけでも享が悪いわけでもないのに、なんとなく距離を置き続けて、卒業してからは連絡も取らなくなった。
胸の痛みだけは、棘が刺さったようにずっと残っていた。


「・・・あ」
すれ違ったセーラー服の女の子に、あたしは思わず立ち止まって振り返る。
「どうした?」
手をつないで歩いていた亮も、足を止めてあたしを覗き込んだ。高校に入ってつきあい始めた、あたしの初めての彼氏。
亮には答えず、あたしは遠ざかる2人を見つめていた。
2年ぶりに見る、利沙と享の姿だった。
どうやらまだ仲良くやっているらしい。ほっとしたような、寂しいような、複雑な気分だった。
「おい、都?」
亮があたしを呼ぶ。
「知り合いか?」
2人が見えなくなるまで見送って、それからあたしは笑ってみせた。
「・・・初恋の人」
「え、どんな男だよ、くそー、よく見とけば良かった」
悔しそうに亮は目を凝らしていた。
違うよ、とあたしは心の中で付け加えた。
男のほうだけじゃない、2人ともだよ、と。
享のことが好きだった。だけど利沙も同じくらい大好きで大切な親友だった。2人を同時に失くしたようで、だからあんなに寂しくなってしまったのだと、気づいたのはずっと後になってからだった。
きっと今なら、心から2人を祝福できたのだろう。
そしてどちらも手放さずにすんだのだろう。
離れたのは2人が悪いわけじゃない、あたしが幼かっただけだ。それに気づけるだけ、あたしは大人になったんだ。
黙ってしまったあたしを、亮が心配そうに覗き込んでいた。
大丈夫。もう大丈夫。
あたしは微笑んで、亮の手を強く握り直した。
もしまた会うことがあれば、今度は笑って声をかけよう。そして幼かったあたしを謝ろう。
いつのまにか、胸の痛みはなくなっていた。


44: 1/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:24:22 ID:izIk0DwNI.
気がつくと私は、暗い森の中で、ひとり必死に穴を掘っている。
どうやって掘ったのか、底が見えないほど深い深い穴を、息を切らせながら見下ろしている。
傍らには、大きな錆びたシャベルが投げ出されていた。
ぽたりと穴の底に落ちていくのは、私の汗か、それとも涙か。

どうしてこの穴を掘ったのか、どうしてこんなに深く掘ったのかわからない。
ただ、飲み込まれそうな暗い深い穴が、そこにはある。

 * * * 

まただ。
またこの夢を見てしまった。
夢の中の自分と同じに汗をかいて目が覚める。
あの穴を掘った理由も、あの森がどこなのかも、現実にいてさえわからない。
じっとりとした不快感だけが、胸を浸食していく。
45: 2/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:35:13 ID:4KR0fcTPFw
その夜も私は『穴』の傍らで、真っ暗な穴を見下ろしていた。

私はなぜか、左手を固く握りしめていた。
強ばった指をそっと開くと、小さな羽根の形をした、銀のネックレスがあった。

机の引き出しのずっと奥に、鍵をかけて仕舞い込んだはずのネックレス。もう見たくない、颯太にもらったネックレス。

―――あれは私の19歳の誕生日。
大学のそばの公園、薄暗くなったベンチに、2人並んで座って。簡素な包装の小さな袋を、「こんなんでごめん」と照れた様子で颯太が差し出した。
どんなでもいい、颯太に初めてもらったプレゼントだから、私は嬉しかった。
はしゃぐ私を、颯太は笑って見ていた。
―ありがとう。
何度も何度も、私は颯太にそう言った。

颯太と別れてから、私はあの公園のそばを通ることさえできないで、まわり道をして大学へ行くようになった。

ネックレスをもう一度強く握りしめて、それから暗い深い穴の上で、手を離した。
小さな羽根は、暗い穴の底に吸い込まれるように、消えた。
―さよなら。
その深い闇に向かって、私は小さく呟いた。

 * * * 

目を覚ますと、いつもとは違う、なにか不思議な違和感があった。
部屋を見渡して、その正体に気づく。
机の引き出しが、ほんのわずかに開いている。
鍵のかかる引き出し、颯太との思い出を封印した引き出し。鍵はかけてあったはずなのに、開いている。

どうして?

私はふらふらと起き上がると、机の前まで行ってその引き出しを開けた。
一番奥に仕舞っていた、蓋のついたお菓子の缶を取り出す。颯太との思い出を封印した缶。

恐る恐る、蓋を開けてみた。
羽根の形のネックレスが、なくなっていた。

その日私は、あの公園のそばを通って学校へ行った。
胸を刺す痛みも、こみ上げる哀しみも、もうなかった。
46: 3/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:37:25 ID:4KR0fcTPFw
その夜も、いつもと同じ穴を見下ろしていた。
昨夜はこの穴に、何かを捨てたような気がする。
それが何だったのか、もう思い出せないけれど。

傍らには錆びたシャベル、そしていつのまにか右手には小犬のぬいぐるみを持っていた。

―――あれはまだ初夏、海へ行った日。
車の中に無造作に置かれていたそれを、「おまえに似てる」と、突然くれたものだった。
颯太が好きで好きで仕方なくて、シッポを振って駆け寄る小犬のようだと。
何よそれ、と私は怒ったけれど、頭を撫でられて機嫌が直ってしまった。単純なところも犬みたいだと、颯太は笑った。

颯太は海が好きだと言って、春の海にも冬の海にも連れて行ってくれた。
思い出してしまうから、海辺の街に住みながら、私は颯太と別れてから、一度も海を見ていない。

右手にぶら下がるぬいぐるみを、私は真っ暗な穴の上にかざす。
―さよなら。
手を離すと、ゆっくり、ゆっくり、その犬は穴の中へ落ちた。

 * * * * 

目を覚ますと、また部屋の中に違和感を覚えた。
何かが足りない。
何か。
部屋を見渡して、本棚の上に目を止める。そこに並べて置いていたいくつかのぬいぐるみの真ん中が、まるで誰かがひとつだけ持ち去ったように、ぽっかりと空いていた。

あそこには何があったんだっけ。
数秒の間考えて、そして小さな犬がいたことを思い出す。
だけどそれがどんな意味をもつものだったのか、どんな犬だったか、大事にしていたものだった気がするのに、思い出せない。
47: 4/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:43:39 ID:izIk0DwNI.
暗さを増したような気がするその深い穴の傍らに、その夜私はアルバムを持って立っていた。
颯太と一緒に買った、青空模様の表紙のアルバム。ふたりで撮った写真を、大切に納めていった。

ページをめくる。春の海、冬の海、遊園地、颯太の車の中、そして颯太の部屋。最後の写真まで丁寧に辿ると、あとは黒い台紙が続く。
黒く寂しいアルバムをめくっていって、裏表紙に辿り着く。
そして閉じたアルバムを、両手でそっと穴の上に差し出して、捨てた。

 * * *

ゆっくりと目を開ける。
何かが起こっている。それはもうわかっていた。
起き上がって、棚の一角に目をやる。
中学時代、高校時代、家族と旅行したときのもの、丁寧に整理して並べていたアルバムが、ちょうど一冊分抜けていた。
だけどそこに何色のアルバムがあって、何の写真が入っていたのか、私にはもう、わからなかった。

それはもう、『捨てた』ものだから。

天気の良い日だった。授業もないので、自転車に乗って出かけることにした。

海へ。

どうしてだろう、何年か前まではよく来ていた気がするのに、家から一番近いこの海岸に来るのは、とても久しぶりのような気がした。
自転車を5分も走らせれば海があるのに、波の音も海の色も、ずいぶん長いこと見ていなかった気がする。

防波堤に腰かけて、海を見る。
なんだか左手が、手持ちぶさたな気がした。
何かを―――誰かの手を、私はいつもここで、握っていた気がする。
48: 5/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:49:48 ID:izIk0DwNI.
その夜はいつもより森が明るく見えた。
その理由はすぐにわかった。
私は携帯を持っていた。画面の明かりが、暗い深い森を照らしていた。

颯太とお揃いで買ったストラップを、私は今も外せずにいる。
消すことのできない颯太からのメール、2人で撮った写真。
そしてもう使うことなどないのに、残されたままの颯太のメモリー。

私はゆっくりとその小さな機械を持った手を振り上げて、そして深い深い穴の底に、叩き付けるようにして、投げた。

 * * *

怖い夢にうなされた子供のように、私は飛び起きた。
夢の中の私は、携帯を『捨て』た。
今まであの穴に『捨て』たものは、(何だったか思い出せないけれど)全部私の現実からもなくなった。
慌ててベッドの枕元、いつも携帯を置いている場所を探る。

予想に反し、携帯はちゃんとそこにあった。
ただ、何かが足りない気がした。
飾り気のない、買ったときのままの携帯に、妹の修学旅行土産と、姉がくれた水色のビーズのストラップがついている。
ほかにも何か、ついていたような気がするのだけど。

それよりも妙な胸騒ぎがして、メールボックスを開ける。
受信メールが、やけに少なくなっていた。颯太からのメールがない。送信メールも画像も、残っていなかった。
アドレス帳で『竹田颯太』を検索する。

『該当するデータはありません』

私の携帯から、颯太だけが消えていた。
私が捨てたのは、携帯じゃなく、携帯の中の『颯太』だった。

そこでようやく私は、あの『穴』の意味に気づいた。
どうして今まで気づかなかったのか。
私は夢のなかで、『穴』に颯太との思い出をひとつひとつ『捨て』ていく。
その作業をすべて終えたとき、きっと私は颯太を忘れられるんだ。
颯太を忘れて、前に向かって、歩き出せるんだ。

それから私は色んなものを『穴』に捨てた。
颯太がくれたピアス、薬指には少しゆるくて中指につけていた指環、初めて2人で旅行へ行ったときの思い出。

その度私の現実から何かが消え、そして私は喪失感に包まれた。
だけどすぐに『それ』が何だったのか忘れてしまい、喪失感も虚無感も日常に埋もれてしまう。

私は立ち直るんだ。
半年も颯太のことをひきずって、前を向けなかった。
だけどこの作業を終えたら、すっかり立ち直って、前へ進むんだ。
49: 6/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:53:21 ID:4KR0fcTPFw
最後の日がやってきた。
なぜか私はそれを知っている。
―今日の『作業』を終えたら。
不思議な決意に満たされて目を開いて、そして私は思わず声を上げた。

目の前に颯太が立っていた。
『穴』と私の間のわずかな空間に、浮かぶように、颯太が居た。

〔夏実〕

颯太が私を呼ぶ。
懐かしい声。
颯太はそっと私を抱き寄せた。
ふわりと漂う香水の香り。
ああ、颯太。

〔夏実、もうだいじょうぶ、今日で終わりだよ〕

颯太が言って、私の身体を離した。
―さぁ。
―終わらせるんだ。
颯太が私の目を見て笑った。
この笑顔も、声も、香水のにおいも、すべて好きだった。

だけど迷いはなかった。
やるべきことはわかっていた。

微笑み返して、颯太の肩をとん、と押す。

 ふわり。

颯太の身体は浮いて、それからゆっくり、ゆっくり、
深い深い『穴』の底へ、吸い込まれていった。
50: 7/7 ◆iN.l3npE8U:2014/7/13(日) 21:55:30 ID:izIk0DwNI.
テレビには朝のニュース。
母さんはぱたぱたと忙しく動き回っていて、父さんは食卓でコーヒー片手に新聞を広げている。
お姉ちゃんの爪は今日もきれいに整えられていて、妹は自分の寝坊を何かに責任転嫁している。
いつもと同じ朝だった。

「あら…」
テレビの画面を見て、母さんがふいに眉をひそめた。
「ねぇこれ、この近くじゃない?」
思わず皆が、そのニュースを見た。
確かに、見覚えのある風景と、見たことのあるマンションが映っていた。

アナウンサーの生真面目な口調が言った。
『…今日未明、こちらのマンションの駐車場で遺体が発見されました。
死亡したのはこのマンションの6階に住む、竹田颯太さん…』
その名前とともに、画面の端に顔写真が映し出される。
それを見て、お姉ちゃんが言った。
「あれ?この人、どっかで見たことある気がする…。
夏実、あんたの同級生とかじゃなかった?」
お姉ちゃんに言われて、私も画面をじっと見つめる。
―どこかで。どこかで会ったことが、あるような。
私もそう思ったけれど、どれだけ記憶を手繰ってみても、それが誰だったのか思い出せない。

あるいはバイトしている居酒屋によく来るとか、大学へ行く途中によくすれ違うとか、その程度の人なのかもしれない。

「ううん、知らない。よくいる顔なんじゃない?」
私は首を振って、テレビから目を離した。
そうかな、と首を傾げて、だけどお姉ちゃんも気にしたふうもなく、朝食の箸を持つ。
そうだよ、と私も言って、堅焼きの目玉焼きをつつく。

いつもと同じ、朝だった。


『…なお、竹田さんは6階の自宅ベランダのほぼ真下に、仰向けに倒れた状態で発見されており、ベランダから後ろ向きに転落、背中や後頭部を強く打ち、死亡したと見られています。
遺書などは見つかっておらず、警察は事故と事件の両面から、捜査を進める方針です…』


51: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/16(水) 15:10:11 ID:1OWkgS9UwU
死生する夢1/2



細く一筋の光が見える。
暗闇に射し込む、ざわめきにも似た白い光。
やがて大きく強く闇に広がって。

「おはよう。
僕の名前は××、死んで生まれる君を永遠に愛している」

それが目覚め。
暗闇しか知らない私に与えられた温かく、輝かしく、美しいもの。
貴方という、存在。

「貴方は、誰」

「僕は今日の君が生まれる前から、昨日の君が死ぬよりも前から、君と一緒にいる。
そして今日の君が死に明日の君が生まれた後も」

私は貴方を知らない、眠りの闇から私を掬い上げてくれる貴方を、がらんどうの私を光で満たしてくれる貴方を、私は知らない。
でも分かる。
貴方の優しい微笑みと真っ直ぐな言葉だけで。
私は貴方に愛されていることを知り、私もきっと貴方を愛すだろう。
貴方に愛され、貴方を愛すまで。
それが、私の一日。

「私は貴方を知らない」

「僕は君を知っている。
君が僕を知らず君自身のことすら知らないということも」

「どうして」

「君が忘れても僕は忘れない。
君が思い出さずとも僕は思い出す」
52: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/16(水) 15:11:22 ID:QDxXAZvW3Q
死生する夢2/2



私の記憶は目覚めと共に生まれ眠りと共に死す。
毎日毎日初めて貴方を知って、愛されて、愛して、また忘れていく。
貴方はまた私が真っ黒い闇に還ることを知りながら鮮やかな光をくれ、そしてまた光のなかに潜む闇をくれる。
死んで、生まれる、眠り、目覚める。
貴方のもたらす愛を奪われてはまた得る。
終わらない輪廻。

「眠るのは怖い」

「眠りは君を闇に突き落とす。
それなら僕は何度でも光をもたらそう」

「私はまた貴方を失わなきゃいけない」

「僕は死生する夢のなかで必ず君と一緒にいる」

「夢は夢」

「現実などどこにもない」

優しい微笑みと真っ直ぐな言葉を、貴方は幾度繰り返して来たのだろう。
私の傍らで、貴方は何を信じているのだろう。
私の闇、貴方の光、私の忘却、貴方の追憶、私の刹那、貴方の永遠、ずっと零に回帰するだけの夢のなかで。

「貴方を愛したくない」

「僕はもう君を愛してしまった」

「愛して忘れるくらいなら」

「愛して忘れられても」

「私はまた眠りにつく」

「しかし君はもう目覚めた」

目覚めなど欲しくはなかった。
失うくらいなら始めから、愛など知らずにいたかった。

光が再び細くなる。
闇が濃くなる。

愛され、愛するための一日が終わる。
53: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/17(木) 19:34:11 ID:rZ8g.duegA
西の窓1/3

春休み、幼馴染みのケイちゃんが引っ越しした。
私の家の隣家は、空き家になった。

私が学校から帰って来てその後一日が終わるまでの大半を過ごす、自室。
木目調の家具と大量の縫いぐるみで構成されるこの部屋は、南と西に窓がある。
南の窓からは道路が見え、西の窓には隣家の窓が重なるように合わさっている。
西の窓から見える、その窓の部屋がケイちゃんの部屋だった。

ケイちゃんは、恐竜が好きだった。
だから、ケイちゃんの部屋には恐竜の模型なんかがいくつも置いてあって、本棚には恐竜の分厚い図鑑が置いてある。
ケイちゃんは恐竜を好きなことが恥ずかしいらしく、周りにはいつも隠していた。
でも、私の部屋からケイちゃんの部屋は見えるからそんなことはバレバレで、だから、ケイちゃんが恐竜を好きなことは私は黙ってあげていた。

その代わり、私は縫いぐるみが大好きだった。
でも周りの女の子達は縫いぐるみなんか興味はなくて、玩具の機械なんかで通信をして遊んでいて、私は縫いぐるみが好きなことが恥ずかしくて隠していた。
もちろん私の部屋もケイちゃんにはバレバレだから、ケイちゃんには私が縫いぐるみを好きなことは黙ってもらっていた。
これが、私達の共有する秘密だった。
54: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/17(木) 19:35:56 ID:/bHhw959qA
西の窓2/3

私が部屋で休んでいると、時々コンコン、と窓ガラスを叩く音が聞こえることがある。
そんな音がすると、私はすぐにカーテンを開け、窓を開ける。
すると必ずその先にはケイちゃんが笑っていて、時々窓を伝って部屋に入って来たりした。
だから、その窓にはレース調のカーテンがあるだけで、後は何も飾られていない。
縫いぐるみでも置いておこうものなら、ケイちゃんが私の部屋に来るときに蹴っ飛ばしてしまうからだった。
私はケイちゃんがいつ部屋に来てもいいように、自分用の小さな冷蔵庫を持っている。
冷蔵庫にはケイちゃんの好きなファンタを入れておき、棚にはケイちゃんの好きなコンソメ味のポテトチップスを置いておくのだ。
ケイちゃんはファンタを飲みに私の部屋へ来る訳ではなかったけど、ケイちゃんが美味しい美味しいと言いながらファンタを飲むのを見るのが好きだった。

ケイちゃんは時々お母さんを怒らせて、夕御飯抜きにされることがあった。
そんなときはお腹が空いて、私の部屋にポテトチップスをもらいに来るのだけど、それも私は嬉しかった。
私は夕御飯を食べた後でお腹がいっぱいだったけれど、ケイちゃんと一緒に食べるポテトチップスが大好きだから、私もいつも一緒に食べる。
母さんのご飯よりポテチのほうがいいもんね、なんて言いながら、笑っていた。
55: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/17(木) 19:37:01 ID:rZ8g.duegA
西の窓3/3

一度、ケイちゃんと私の部屋に糸電話を繋いだことがあった。
たまたまテレビで糸電話の作り方をやっていたのを見て、ケイちゃんと一緒に糸電話を作ろうと話が決まったからだった。
私達が作った糸電話は、ケイちゃんは紙コップに戦う恐竜の絵を書いて、私はお花畑で遊ぶウサギの絵を書いて、それらをたこ糸で繋ぐだけの簡単な糸電話だった。
それをお互いの部屋の窓越しに置いて、ケイちゃんとたくさんお喋りをした。
私が、ハロー、ハロー、聞こえますか、と言うと、ケイちゃんはイエス、電波は良好です、どうぞ、と言った。
嬉しくて嬉しくてその糸電話は窓から窓へと糸を渡したままにしておいたのだけど、ある日風の強い日があって、糸電話の糸が切れてしまった。
私はそのとき、わんわん泣いた。
ケイちゃんと作った糸電話が壊れたのが悲しくて、ケイちゃんともう糸電話でお話出来ないのが悲しくて、いっぱい泣いた。
でもケイちゃんは、泣かないでよ、と。
糸電話も楽しかったけど、俺は直接話す方が好きだよ、と言った。
だから、私は泣くのをやめて、ケイちゃんといっぱいいっぱい話すことにした。
ケイちゃんは、笑っていた。

春休み、ケイちゃんが引っ越しして、私の部屋の西の窓から見える部屋は、空っぽになった。
それでも、私は西の窓辺には縫いぐるみを置かないでいる。
私の部屋には相変わらず冷蔵庫があって、ファンタとポテトチップスが常備してある。
ケイちゃんがいつものように窓ガラスを叩く気がして、私はよく西の窓を覗く。
空っぽの部屋を見る度に、ケイちゃんがいないことに驚く。

長年の習慣はなかなか抜けない、と誰かが言うのを聞いたことがある。
でも、これは習慣などではなく恋なのだ、と。
時折糸が切れた糸電話を眺めては、そう思うのだった。
56: 名無しさん@読者の声:2014/7/18(金) 18:34:31 ID:TGPqRdF0rc
こうかんにっき

部屋を整理していた時に一冊のノートを見つけた。表紙に『交換日記』と書かれていた。ページをいくつか捲る。僕が書いたページと、滅茶苦茶な文字のページを見つけた。
「若かったなぁ」
笑いながら当時を思い出す。昔、僕は好きな人が出来たら交換日記から始めたいと思っていた。それから好きな人が出来て、交換日記から始めるという願いも叶った。
願いは叶った…んだけど
「櫻井さん!書いてから渡してよ!」
「書いてますよ」
「紙がヨレヨレなだけだよコレ!返事楽しみにしてたのに」
「これ炙り出しです」
好きになった相手が悪かった。確かに炙り出しだった。でかでかと『宜しく』の文字。次はイカ墨で書いてきた。達筆過ぎて読めなかった。次は全体を鉛筆で塗りつぶして文字を読んだ。毎回毎回、読むのが大変だったけど楽しかった。彼女の事が更に好きになった。
今でも好きなことに変わりはないと言えば嘘になる。
「うげ。またそんな物出して…さっさと捨てて下さい」
好きは好きでも、以前よりも今の方が好きだ。僕は妻に笑顔で言ってやった。
「捨てないよ。これからも『宜しく』」
妻は苦笑いして
『宜しく』と言った。
57: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:33:35 ID:k5bC4zJ8jM
『君の名は』
 
チャイムが鳴る。
不毛な恋が、始まる。

がらがらと教室の扉が開いて、あたしのクラスを担任する、まだ若い化学教師が入ってくる。
シバさんとかシバくんなんて気軽に呼ばれる彼は、生徒からの人気が高い。

「今日はみんなのお待ちかね、テストを返しまーす」
えーっ。昨日テスト終わったばっかじゃん。待ってないし。早いよシバくん。
みんなが口々に言う。

「男に早いとかゆーな。いつもどおり赤点の人は放課後補習するから覚悟するよーに。」

返されたあたしのテストは、案の定、赤点だった。
あたしはちらりと彼を見る。
不毛な恋。だからせめて、一緒にいられる時間を。
58: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:34:23 ID:k5bC4zJ8jM
テスト用紙を持ってあたしの隣に戻ってきた藤井に、尋ねる。
「ね、藤井、また赤でしょ」
「・・・自分だって赤のくせに」
せーのでお互いテストを見せる。あたし、38点。藤井、39点。ギリギリアウトの赤点。

「よっしゃ、俺の勝ち。」
小さくガッツポーズをする藤井に、あたしはわざとらしくため息をついてみせる。
「毎回毎回、ご苦労だよね。ホントはちゃんと点取れるくせに」
「おまえだってほんとは、」
「ハイ静かにー。解説するからちゃんと聞いてー」
苦笑いを見せていた藤井が、シバさんの声で、ぱっとまじめな顔して前を向く。

あたしは知ってる。
藤井はほんとは理系の人間で、解説なんか聞かなくてもすごくよくできる。
それなのにまっすぐシバさんを見つめていた。

シバさんはまだ若くて、ほかのじいさん教師と違って融通が利くし、楽しいし、生徒からの人気は高い。憧れ以上の気持ちを抱く子もいると聞く。

そしてそれは、ここにもひとり。
不毛な恋をする藤井の真剣な横顔を、あたしは授業が終わるまで、こっそり見つめていた。
59: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:35:47 ID:k5bC4zJ8jM
視聴覚室での補習の時間にも、藤井はずっとシバさんを見つめていた。
補習が終わり、教室を出ようとするシバさんを、何人かの女子がきゃぴきゃぴと追いかける。

「ねーねー先生、今度個人授業してよー」
「何のだよ」
「なんのって化学に決まってんじゃん、シバくん意外にムッツリ?」

きゃははは。
笑い声が痛い。

藤井はふらりと窓辺に歩いていって、乗り出すようにして夕焼けを眺めていた。
帰り支度を済ませると、あたしも歩いてって藤井の隣に立つ。

「・・・俺、女の子だったらよかったな」
ぽつりと言う。
「あたしの制服貸そうか」
「きもちわるいことを言うな。そーじゃなくて、女子ならさ、さっきの子達みたく、冗談でも先生に迫れる」
それこそ冗談でも言ってるような顔で、だけど夕焼けに照らされた藤井の横顔は悲しそうにも見えた。

「迫ればいいじゃない」
「ばかだろお前、先生と生徒ってだけでもアウトなのに、俺、男よ?アウトオブ眼中もいいとこよ?」
アウトオブ眼中。それはあたしだって同じ。

「あーあ、俺、お前だったら良かったのにな。何か昔の映画みたく、俺とお前入れ替わったらいいのに」
「・・・勝手なこと言わないでよ」
あんたがあたしだったら、追いかけるのは先生じゃない。

どうして気づかないんだろう。あたしは女なのに、こんなにも気づいてもらえない。
60: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:45:39 ID:k5bC4zJ8jM
その日午後一番の化学の時間、いつもは予鈴より早く席に座っている藤井の姿が見えなかった。
チャイムが鳴って、シバさんが教室に現れても、藤井は戻ってこない。

シバさんが出席を取り始める。
「あれ、そこの席、休み?誰だっけ?坂井の隣」
「ふじーくんでーす」
お気楽な男子の声が飛ぶ。
ああ、そう、とシバさんは気のない返事をして、名簿の藤井の所にバツをつける。

『誰だっけ』?
あんなにいつも、藤井はシバさんの事を見てたのに?
きっとこのクラスの誰より、あんたの授業に熱心だったのに?
ほんとはできるのに、毎回赤点とって補習に出てまで、あんたを見てたのに。

藤井が、シバさんの中に何の印象も残していないらしいことが、悔しかった。
悔しくて、涙がこぼれそうになって、吐き気がして、あたしは思わず頭を抱えて突っ伏した。

「あれ、どうした?」
シバさんが近づいてくるのが足音でわかった。
「坂井?どうした?具合悪い?」
あたしの名前は、名簿なんか見なくてもわかるのに。
そんなことより、藤井の事を見てあげて。

肩にシバさんの手が触れた。
ガターン!
あたしはその手を払いのけて、立ち上がっていた。

あたしになんか触らないで。それを望んでいるのは、あたしじゃない。

「・・・気分、悪いんで」
それだけ言うと、あたしは教室を飛び出した。
61: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:50:14 ID:wOb5fsEmtU
藤井は視聴覚室にいた。
いつかのように窓際の机に腰掛けていたけれど、今日は外ではなくて足元を見つめていた。

扉が開いたのに気づいて、びくりと振り返って、笑った。
「なんだ、おまえかよ。びっくりさせんな。つーか授業は?」
「・・・こっちが聞きたいわよ。シバさんの授業、あんたがサボるなんて」
「うん・・・ちょっと」

そう言ったきり、藤井はどこか遠くを見つめて黙ってしまった。


長い沈黙の後、藤井が口を開いた。
「・・・シバさんさ」
「うん」
「7組の、桜木さんと、一緒にいたんだ」
「え?」
桜木。確かその子は、サッカー部のアイドルマネージャーだ。
「それが、何・・・?シバさんて確か、サッカー部の顧問でしょう?」
別に何も、不思議なところはない気がするけれど。

「進路相談室から、出てきたんだ。鍵、かけてて」

がちゃり、と鍵の開く音がして、普段人気のないその廊下を、藤井はふと覗き込んだ。
シバさんが、女生徒の肩を抱くようにして出てきたらしい。
それは、部活の顧問とマネージャーという関係以上に見えた。そもそもシバさんは進路相談なんて受けない。
驚いて動けずにいると、シバさんが藤井に気づいて苦笑した。

『あー・・・見ちゃったか。何組の、誰だ?俺の持ってるクラスの人だっけ?』
かすれた声で藤井は答える。
『2年・・・3組の、藤井です』
『ほんとに?俺のクラスだ。じゃあさ、口止め料として、今度の成績ちょっと上乗せしてやるから、黙っといて』

言い訳ぐらいすればいいのに、残酷にも『口止めしなきゃいけない現場』だったことを認めて、シバさんは笑ったという。
62: とまとじゅーす ◆0gP2sG3Be6:2014/7/24(木) 09:53:25 ID:k5bC4zJ8jM
「正直助かるよ、俺、赤点ばっかだったから。でもさすがに、授業で顔見るの気まずいっつーか、・・・見れなくて。サボっちゃった」
そう言って、あたしの目の前で、藤井は弱々しく笑って見せた。
だけどあたしは矛盾に気づく。

「そんなの、テキトーなこと言ってるだけだよ」
声が震えた。
「さっき、出席のとき、シバさん、あんたがいないの気づかなかったもん。動揺してもいなかったし、ぜんぜん、あんたのことなんか、名前も覚えてなくて、」
悔しくて、ぐちゃぐちゃになって、涙が出た。見られたくなくて、俯く。
「あんたのこと傷つけたのも、あんたがいないのもわかんなくて、成績だってぜんぜん、ほんとはそんな気なくて、」
視界の端っこで、藤井がおろおろしているのがわかる。

ああ、もう、どうしてこのひとはこんな不毛な恋をして。
名前も覚えてもらってなかった藤井みたいに、藤井の中にあたしはいなくて。
悔しくて、視界のぼやけた目で藤井を睨みつけて、言う。

「もうっ、何ボケッとしてんの?男なら泣いてる女の子慰めるぐらいの甲斐性もちなさいよ!」
「え、ええぇぇ?この状況は、俺が慰めるの?俺のこと慰めてくれるんじゃなくて?」
半分あきれて、半分うろたえて、だけど藤井はあたしのそばまで来て、小さな迷子にするみたいに、きゅっと手を握って、頭を撫でてくれた。

涙が、こぼれる。
きっと今泣きたいのは、あたしじゃなくてこの人なのに、だけど止まらない。

「よーしよしよし。なんでお前がそんな泣いてんのかわかんないけど」
あたしはもう自分でもわけがわからなくなりながら、思い切りしゃくりあげた。
「なんでこんな、不毛な恋を、するの?」
ははっ、と藤井が小さく笑う。
「うん・・・なんでだろうねぇ・・・俺も、わかんないや」
最後は藤井の声も震えていた。

どさくさにまぎれて藤井の肩で泣きながら、あたしはいつかの藤井の言葉を思い出した。

そうだね、あたしが男で、あんたが女だったら良かったね。

そしたらきっとあんたは素直に泣くことができたのに。
そしたらあたしが抱きしめて、慰めてあげるのに。

そしたら力ずくでも、泣いてるあんたを自分のものにしたかもしれないのに。

でもあたしは女で、あんたは男で、この恋は絶対にかなわなくて、だから。

だからせめて、あんたの肩で、あんたのかわりに泣いてあげる。


『君の名は』 終
63: 名無しさん@読者の声:2014/7/27(日) 00:19:29 ID:J7nAEDSW5M
勇者「パーティーを幼女で固めた結果wwwww」

勇者「城の地下牢に幽閉されたンゴ……」

看守「静かにしてろロリコン野郎」

勇者「異議あり!人類皆ロリコンです!幼女は正義なんです!」

看守「完全に犯罪者の言い分です」

勇者「グギギ」

看守「観念して煩悩を消し去ることに専念するんだな」

勇者「おかしい……私は勇者であるぞ……世界の平和と全ての幼女の笑顔を守るべく魔王を討ち倒す存在……これじゃバコタじゃないか……」ブツブツ

看守(狂ってやがる)

 幼女A が あらわれた!▼

看守「ん?おやおやお嬢ちゃん、ここは勝手に入っちゃだめな場所なんだよ。危ないから早く親御さんのところに戻ろうね」

幼女A「…………ふぇっ」

 幼女A は なかまをよんだ!▼

 幼女B が あらわれた!
 幼女C が あらわれた!▼

64: 名無しさん@読者の声:2014/7/27(日) 00:20:29 ID:J7nAEDSW5M
幼女B「どうしたの?みつかった?」

幼女C「む。なんだか強そうなおじさん」

看守「おじっ……、君たち、彼女のお友だちかな?さあさあ、みんなで上にお戻り」

幼女A「……あっ!おねーちゃんっ!」

勇者「おおっ!僧侶たん!」

看守「はっ?お、おね……?」

勇者「(ゝω・)vキャピ」

看守「( ゚д゚)マジッスカ」

幼女B「こちら、王さまからの詫び状です。この方は一応ながら勇者であり、わたしたちは自身の意思で同行してることがおわかりいただけましたか」

勇者「魔法使いちゃん相変わらず一言多い!」

看守「た、確かに……」

幼女C「はやくいこーぜ!」

勇者「一日ぶりの戦士たそhshs〜」

戦士「あっ、こら!くすぐったい!」

僧侶「おねーちゃんっ、わたしも!」

勇者「うはっ、ハーレムじゃあ〜」

魔法使い「それでは失礼します」

看守「………」

看守「もう世界がどうなるかわからんな」

 この後に勇者達は魔王を見事倒し、世界に平和を取り戻した。
 なお、ほとんどの戦闘を勇者一人でこなしたことは後世まで語り継がれ【露利魂伝説】として名を残している――
65: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/27(日) 02:09:34 ID:jkSkBAMZfs
ここに一本の腕がある。

ほとんど日焼けしていない白い右腕が、絵画さながらのシュールさで転がっている。
鈍い刃物で無理矢理斬ったような切口は皮や肉がぐちゃぐちゃに潰れていて、そこから溢れた赤黒い血がねっとりと溜まりを作っていた。
脂肪がついた指は太く、形の悪い爪は丸く、毛深いことから男の腕であることが窺える。
それも、青年ではなく中年の男の腕だ。
メタボリックシンドロームの傾向が見られるような、汗臭そうな醜い腕が、一本。
僕は、それが何か知っていた。

僕の家庭は、貧乏だった。
生活はとても苦しく、いつも築何十年の古い屋根の下でおかずのない拙い食事をしていた。
いつも我が家の家計はギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際で、きっと足りなかった月もあったのだと思う。
時折母さんが地べたに頭を擦り付けるようにして、親戚のおばさんにお金を貸して欲しいと頼み込んでいたのを僕は知っている。
そんな母さんに対しておばさんはいつも冷ややかで、軽蔑を込めた視線で母さんを見下ろしていた。
迷惑だ、そう言っていた。
そんな日には、夜中遅くに電気のつけられていない居間から、母さんの泣き叫ぶような声が響いたのをよく覚えている。
うるさくて眠れなくても、僕には気付かないふりしかできなかった。
66: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/27(日) 02:11:20 ID:jkSkBAMZfs
学校では、よく余った給食のパンをもらって帰っていたが、そのことでよくいじめられた。

おまえんち、びんぼうなんだろう?
食べもんないんだろう?

そう言って馬鹿にされて蹴られて、持って帰ろうとしたパンをその場で踏み潰されたりした。
みんなにとってはあり余っている食べ物で、でも僕にとっては貴重な食べ物を、目の前で取り上げられて上靴で踏みにじられた。
靴裏の模様が綺麗に刻まれたパンは、ぺっしゃんこで流石にこれは食べられないなと思って捨てた。
そして自分のぼろぼろの穴の空いた上靴を見つめてから、僕のパンを潰した綺麗なロゴの入った上靴を、羨ましいなと思った。

僕にはおばあちゃんとおじいちゃんはいない。
友達も、ひとりもいない。
母さんも今はいない。
つい先週、母さんはとうとうこの刻苦に耐えかねたらしく、僕を捨てて家を出て行ってしまったのだ。
僕を連れて行くほどの精神的余裕も金銭的余裕も、もう母さんにはなかったのだろう。
僕にあるのは、父さんだけになった。
67: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/27(日) 02:11:40 ID:jkSkBAMZfs
父さんは、たまにしか家に帰って来なかった。
帰ってくると、お願いだから働いてよ、そう懇願する母さんを、酔った真っ赤な顔でうるせえと一蹴して、母さんがパートで稼いだなけなしの生活費を掴んでまた家を出て行った。
母さんはそんな日も泣いていた。

父さんは働かずにギャンブルに興じているのだと、母さんから一度だけ聞いたことがあった。
母さんが死にそうな思いをして働いているのに、父さんはそのお金を奪って毎日遊んでいるのだという。
父さんを憎いと思った。
父さんの右腕が嫌いだった。
悲鳴をあげる母さんを殴る、その右腕が嫌いだった。
母さんの頑張って稼いだお金を奪っていく、その右腕が嫌いだった。
いつもギャンブルにいそしんでいる、その右腕が嫌いだった。
嫌い、だった。
大嫌いだったんだ。



ここに一本の腕がある。

ほとんど日焼けしていない白い右腕が、絵画さながらのシュールさで転がっている。
これは、父さんの右腕だ。
僕の嫌いだった、大嫌いだった、父さんの右腕だ。
68: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/7/27(日) 02:12:47 ID:1FQQHmq18Q
僕のずっと握り締めていた五本の指が力尽きたように延びて、開いた掌から柄がするりと滑り落ちた。
床に落ちて盛大な音を立てたそれは、切味の良くないノコギリ。
父さんの汚い血に汚れた、錆さえついたノコギリだった。
僕はこの柄で酔って帰ってきた思いきり父さんの頭を殴りつけ、昏倒したところで今度は脇腹にその刃を滑らせた。
案外と、簡単に殺せた。
死んだ後で、その右腕を切り落とした。

ねえ、母さん。
父さんは、もういないよ。
もう、全部僕が壊したから、母さんを殴るものも泣かせるものも何もないから。
ねえ、母さん、帰ってきてよ、母さん。
僕はこれからどうしたらいいの。
母さん。
母さん。

…母さん。

ここに一本の腕があるよ。



end
69: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/8/6(水) 15:06:05 ID:KGivw7UGio
1/2

荒れ果てていた。
ここには何もない。
あるのは死体と、兵器の残骸と、燃え落ちた灰だけだ。
戦争の爪痕。
虚無と絶望を体現したかのような有り様が、地平線の果てまで広がっていた。
動くものなど何もない、停止した景色。
そのなかで、ぼくとアサヒはぽつんと取り残されていた。

「…変な匂いがする」

「ゴミだよ。ただの、ゴミの匂い」

アサヒの言葉に、ぼくが答える。
空を仰いだ。
夜の冷たさのなかで、うすぼんやりとした月が浮かんでいた。
星は見えなくて、光源はそれだけ。
今にも闇に溶けて消えてしまいそうな明かり。
これが消えるころに世界は終わりを迎えるのだろうなと、そう思った。

「そう、ゴミ。どうせここにはゴミしかない」

死体という名のゴミ、兵器という名のゴミ。
アサヒが呟く。
確かにそうだ。
ここにはゴミしかない。
どうせもうすぐぼくらもゴミになる。
世界が終わる。
そうなるのを、もうずうっと待っている。

「ねえ、昔、戦争が始まる前、よく“明日世界が終わるとしたらどうする?”って質問したの、覚えてる?」

「うん、覚えてる」

「もう、あの質問も出来ないね。少し、寂しい」

ぼくが言う。
アサヒが振り向いた。

「寂しい?」

「うん。少しだけ」

そう、少しだけ。
延々と続くゴミの景色のなかで、お互い以外に何も抱きしめるもののない空っぽの腕で、ぼくらにとって最早寂しいとか懐かしいとかいう感情は無意味だ。
ただ残響のように消えていく、それだけのものだ。
アサヒは、ふうん、と小さく相づちを打った。
70: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/8/6(水) 15:07:57 ID:HZbg6VSMA.
2/2

「そう。…それなら、寂しいなら、ぼくがユウに聞いてあげる。
“明日世界が終わるとしたらどうする?”」

冷めた声音。
アサヒは、別にぼくの答えには興味がなさそうだった。
それも、分かる。
だってぼくらには選べる答えがひとつしかない。
分かる。
だってぼくらには選べる答えがひとつしかない。
…昔は、いろいろなことを言えた。
世界が終わる前にやりたいことはたくさんあった。
でも、今、ほんとうに世界が終わろうとしている今、ぼくらに出来るのはゴミに埋もれた地平線を見つめながら虚しく言葉を交わすことだけだ。

「…ぼくは、こうしてアサヒと話をしてるだけでいい。それでいい」

「…うん」

「アサヒは?」

「…ぼくも、ユウと同じ。それでいい」

アサヒが言った。
小さく唇を噛みながら。
ほんとうは、それでぜんぜんよくないことをぼくもアサヒも分かっていた。
でも、口に出せば哀しくなるから。
ぼくらは昔を思い出しながら、何も言わない。
君が隣にいるだけでいい。
こうして話をするだけでいい。
ぜんぜん良くないけど、それでいい。
それすらも叶わなくなって、やがて世界に終わりがくるのを知っているから。
だから、ぼくらは何も言わない。

「…アサヒ」

「なに、ユウ」

「…ううん、なんでもない」

「そう。…そっか」
71: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/8/6(水) 15:08:24 ID:HZbg6VSMA.
3/2(収まりませんでした)

ぼくらは待っている。
世界が終わるのを待っている。
もう、どれだけの間こうしているだろう。
ぼくらと、死体と、兵器の残骸と、燃え落ちた灰を、そのぜんぶを、月が泣きそうな顔をして見下ろしていた。
あそこからじゃあ、ぼくらとゴミの区別もつかないだろう。
別にそのことを哀しいとも思わない。
泣きたいとも思わない。
ぼくは全てを受け入れる準備ができている。

荒れ果てた地平線の果ては、白んでいた。
朝がくるのではない。
終わりがくるのだ。
やがて月が呑み込まれて何もかも一緒くたになる。
みんなゴミになる。
そうして終わる世界のなかで、アサヒとぼくが静かに眠りにつけたらいい。
それだけを、祈っている。



―――World Ending
72: 久しぶりの暇つぶし:2014/8/23(土) 22:45:08 ID:hw3MFdA1G6

 リンゼには学がない。しかし彼は自分が凡庸だと言うことを自覚している。その分だけまわりのちょっとバカげた人間よりも、賢いのだと自負している。そう言うところが彼の愚かさだった。

 夕刻である。住宅街に五時の鐘が夕焼け小焼けを鳴り響かせ、小学生たちが疎らに家に向かって駆けだしていた。コンビニの袋を下げた青年を、通り過ぎる彼らは異様な人間だと認識していく。

 事実、この季節にも拘わらず、長そでの灰色のパーカーを着てブルーのジーンズで足首まですっぽりと覆った男は、その風景から浮いていた。加えてパーカーのフードを被り、ちらりとのぞく髪の毛がびっくりするほど派手な色であれば、子どもは彼を妖怪か何かだと思うに違いない。妖怪でなくても、まともではないと正しく認知するのだろう。

 その感覚は全く自分に似合いの物である。これまたリンゼはよく分かっていた。誰もが相応の生き方をしている。だからコンビニでたむろするごろつきの上位互換に当たるような彼が、何でも屋と称して犯罪紛いのことに手を染めているのも不思議な話ではなかった。むしろごろつきの方がまだ迷惑の掛け方がかわいらしく、そのことを考えると彼らよりリンゼの方の性質は悪かった。

 今日は子供を誘拐してきた。コンビニの袋の中で、ご機嫌取りのための菓子とジュース、それからペアを組まされている雪中花の好きなチョコレートが揺れていた。子どもを誘拐させるなんてどうにかしている。リンゼたちに依頼してきた人間のことを、彼はそう評価するがそれを実行するリンゼたちもどうかしている。

 類は友を呼ぶと言うのは全く正しい言葉だ。ろくでなしにはろくでなしが愚かな作戦を囁いてくる。その法則でいくと、リンゼは一生ろくでなしとしか付き合えない。

 雪中花と子どもが待つアパートの階段を上った。古いアパートの外階段はガタガタと揺れて忙しない。二階の廊下についてスッと正面を見据えたとき、リンゼは奇妙な感覚に襲われた。黙りこくった家々の扉を見つめて、何とも言えない違和感に唇を舐める。

 何が違う。具体的な理由は見つけられない。ただ漠然とした違和感が、彼の中で緊張を高めた。息を吐き、やや慎重に足を運んだ。ポケットから携帯電話を取りだして、雪中花に電話をかける。無事かどうか、変わりはないかどうか、それが訊きたかった。

 彼らが向かう先は203号室。5つあるうちの部屋の中で、ちょうど真ん中に位置する。雪中花が電話に出ぬまま、201号室を通りすぎ、202号室の扉の前にさしかかった。もう一度かけなおそう。不安がさらに膨らんだのを感じて、リンゼは携帯電話を下した。

 と、その時である。

 202号室の扉が突然開く。物音に振り返ったリンゼが覚悟する隙も与えず、飛び出してきた男の拳がリンゼの腹を突いた。グッと身をかがめたリンゼの顔を、間髪入れずに殴りつけられる。避けようにもそんな暇をくれない速さだ。男はそして最後にリンゼのボディに回し蹴りを叩き込んだ。

73: ひまつぶし2 前もやった気がする:2014/8/23(土) 22:46:41 ID:hw3MFdA1G6

 アパートの床に倒れたリンゼを見下ろす男は存外小柄で、美しい顔立ちをしていた。精巧な作りの人形を見ているようだった。彼はリンゼを掴んで起き上がらせると、203号室の中に放り込む。中で待っていた仲間の一人が、リンゼを受け取ると、手慣れた様子で彼を拘束した。リンゼの落としたコンビニの袋を拾い上げて、戻ってきた男が扉を閉める。

 203号室は見慣れぬほどに静まり返っていた。痛みに呻き、リンゼは顔をあげる。リンゼが触れたこともないきっちりとしたスーツを着込んだ二人の男は、何かを小声で話しこんでいた。リンゼを殴った男の方が、コンビニの袋から菓子を取出し、嬉しそうに食べ始める。もう一人の、やけに体格のいい男が呆れた様子でそれを咎めた。

 雌猫だ。彼らの格好とこなれた戦闘から、リンゼは同業者の名前を思い出した。そして静かな部屋にハッと気が付く。雪中花の姿が見えない。

「もう一人いたはずだ。あの女をどうした?」

尋ねたリンゼに体格のいい男の方が振り返った。リンゼを見つめる瞳が灰色で、それが氷のように冷え冷えとしている。ぞっとした彼に、男は風呂場の方を顎でしゃくった。拘束し、あちらに閉じ込めていると彼は言う。

「うるさかったからな」

さもありなんと、こんな時であると言うのにリンゼは納得してしまった。確かに男の言う通り、あの女は少々うるさいところがある。彼の後ろでチョコレートをもぐもぐとやっていた男が、その綺麗な形の目を微笑ませ、生きていると言った。

「僕らは同業者殺しなんて趣味じゃない」

少年のように笑う男を見て、リンゼは口をつぐんだ。二つの推測が確定し、一つ不可解な事が浮かんだのだ。確定したことは、彼らがリンゼたちと同業者であり、予想通り雌猫であること。そして彼らもまたリンゼたちが何者であるかを把握していると言うことだった。

 不可解なことは感覚的な物である。この男の少年のような笑顔や振る舞いは、およそ彼の戦闘能力や職業に“相応しくない”。

 実際、男は楽しそうに雪中花お気に入りのチョコレートを食べていた。これ、美味しいよ、ともう一人の男に伝えて、彼を呆れさせている。相容れない何かを感じ取ったリンゼだったが、そんなことを考えている暇はない。頭を振って、余計なことを追い払い、改めて彼らを見直した。

「アンタたち、雌猫だろ」

リンゼの問いを受け、彼らはちらりと視線を交わした。結果、灰色の瞳の男が口を開く。

「あぁ、同業者内ではそう言われている。自分らで名乗りはしないがな。アンタたちはお嬢さんたちで間違いないか」

リンゼは無言で頷く。フロイライン、令嬢を意味するドイツ語の社名は、同業者内ではしばしばそう呼ばれることがあった。しかしお嬢さんと言うのはまだいい呼び方だ。一般的にリンゼたちは、組織自体がまだ若く弱小であるゆえに、小娘と呼ばれることが多い。

 一方で、彼ら雌猫の格は段違いだ。業界トップシェアを誇り、全国各地主要都市に隅々まで支社がある。スマートで俊敏、そして上品であること。それが彼らの信念なのかそれとも規範なのか、雌猫の実行犯たちは皆イタリア製の高いスーツを着こなしていた。

 しかし、その彼らが一体何の用で格下のリンゼたちの元を襲撃したのだろう。


74: 暇つぶし3 読んでくれた方がいたらありがとう:2014/8/23(土) 22:47:38 ID:hw3MFdA1G6
 美しい青年が、チョコレートを平らげ、口の端を親指で拭く。そのついでに、彼は腕時計をちらりと見やった。彼が手首を動かしたのに合わせて、時計のサファイヤガラスが滑らかに光を反射した。

「日が暮れるまでに全てを済まそう。僕は帰らなきゃいけなくなる」

「飼い猫は大変だな」

「不便でも、一度飼われると野良には戻れない」

皮肉っぽく、彼らは不思議な会話を繰り広げた。そうかと思うとリンゼの方に視線を向ける。チョコレートの彼がまたコンビニの袋を漁りつつ、これは不幸な事案だとラベルを張った。

「君たちは僕らの勝手なゲームの答え合わせに巻き込まれている」

「勝手だと分かっているならやらなきゃいいのにな。自覚している分、余計に性質が悪い」

一瞬リンゼは、自分に学がないから彼らの話が分からないのかと勘違いした。しかしすぐに、この者たちが分からないように話しているのだと気が付く。訳が知りたい。強く迫ったリンゼに灰色の目の男が頷いた。

「簡潔に行こう」

と、新しい菓子を取りだした男が、袋を開けつつ宣言する。男はそれに頷いて、灰色の瞳を部屋の襖に向けた。

「俺たちはお前らが誘拐した少年に用がある。別に連れ帰るつもりはないから安心しろ。ただ訊きたいだけだ。この誘拐は、少年自身が画策し、お前たちに依頼して起こした狂言誘拐で間違いないか?」

リンゼは数度目を瞬いた。彼の言っていることがさっぱりわからない。彼らは端からリンゼに答えを期待してはいなかったらしい。二人の色違いの瞳は、黙って押入れを向いていた。押し入れに閉じ込められている少年が、それを肯定するように襖の向こうで身じろぎをする。

 一人だけ置いてけぼりにされたリンゼは、聊かそれが不服だった。さっぱりわからない。どうせ巻き込むのならば、そしてそれが不幸でありかつ不遇であると思うのならば、きちんと説明したらどうなのだろう。

 そんな彼の不満を察したように、クッキーを手に持った男がリンゼを振り返る。一瞬交わった視線は緩やかに笑っていた。男は相棒を見上げて、呼びかける。相棒を見下ろした灰色の瞳を見て、クッキーを食べつつ彼は笑顔になった。

「やっぱりさ、順をおって話そうよ。これは義務なんじゃないのかな」

「お前、時間は平気なのか」

クッキーの箱を下して、男は腕時計を見やった。リンゼは初めて、彼の顔が不快に歪むのを見る。しかし彼はすぐに笑顔に戻って、大丈夫、と軽く頷いて見せた。

「早口でしゃべるよ」

それを聞いた相棒は、灰色の目を呆れたように細めた。まぁ、いい。そういう決断が下されたのだろう。彼の視線はリンゼを向いた。そして隣の男もリンゼを見やった。彼はクッキーを齧りつつ、灰色の男をちらりと見上げる。お前が話せ。そう言う意味のようだ。

 早口でしゃべると言ったのだから、彼が話すのかと思っていたが違うらしい。それは相棒の方も同じだったようで、聊か不服な顔で彼から視線を逸らすと、深いため息を吐きだす。

「事の発端は押入れの中にいる坊やのママから、俺たちに依頼があったことだ」

そうして、彼らのくだらないゲームの内容が、大体二倍速に早口で語られ始めた。


75: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:24:20 ID:tTo33X2Amg
こんなこと繰り返して、一体何になるのかなあ。

彼女はそう呟いて、小さく息を吐いた。
膝上三センチのスカートが、夕方の冷めた風に揺れる。
空気には少しだけ排ガスの匂い。
大通りをバス停に向かって歩く俺らの影は、一定の距離を置いたまま伸びていく。

「知るかよ。
そういうことは頭でっかちの先公どもに言え」

「やだよ、成績下げられんじゃん」

あたしこれでも大学推薦希望なんだから、と彼女は続ける。
俺もはあ、と小さくため息を吐いた。

俺らの毎日は、学校に行って、授業を受けて、家に帰って、課題をやる、ただそれだけ。
毎日授業と試験と再試験と、講習と課題ばっか繰り返している。
勉強ばっかで、いくら勉強しても足りなくて、それ以外に必要とされることなんかなくて。
楽しいと思えることが消えて、早一年。
高校二年生となった俺達の日常はただ多忙を更に極めただけで、また去年と同じかそれ以上に辛い一年が過ぎることだろうと俺は予感する。
そして、予感は何れ事実に変わるだろう。
76: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:25:14 ID:a5CI6Rgw5w
「あーあ。
あたし何で生きてんのか分かんなくなりそう」

重そうに鞄を背負う小さな背が、そう強い嫌悪感を持って毒付いた。
伸びる影は細く、脆い。
どうせその鞄の中にだって、今日出た課題が詰まっているのだ。
家に帰っても課題と予習復習に追われるのは、この学校が詰め込みゃいいという短絡的な考えの進学校だからだろう。
しかもそれなのにこの学校の進学率が高いもんだから、俺らの毎日に終わりはない。
先公の野望も、尽きはしない。

「絶対さあ、先生って進学率上がればそれでいいって感じだよね。
生徒の負担とか考えてくれないし」

「ならストライキでもすればいいだろ」

身も蓋もない返事に、彼女の横目がじろりと俺を睨む。

「…カズってさー頭いいけど成績大丈夫なの?
先生の前でも普通にそういうこと言ってるでしょ」

「構やしねーよ。
どうせ俺大学行かねーし」

刹那、彼女の靴音が止まったと同時、目と口を開いた間抜け顔が振り返る。
驚きとしか表現のしようがない、そんな表情。
どうせ俺みたいな自由人以外に、この学校に大学を志望しない人間なんていないのだ、きっと。
そもそも大学を志望しないというのが、彼女らには先ず存在しない選択肢なのであろう。
案の定彼女は信じられない!と喚き出した。

77: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:26:02 ID:tdDkSZWvHM
「ウッソ!ウソでしょ!?
模試でもあんな点数取ってた癖に、大学行かないの?
もったいないよ、あんな頭いいのに!」

「お前、馬鹿?」

「ちょっ、何よそれ」

「大学に入れる人間は入らなきゃいけないとか、そういう馬鹿な前提作ってんじゃねーよ。
大学ってのはもっと専門的な勉強したいヤツが行くんだろ」

「そりゃ…そうだけど」

小さくうつ向き頷いた彼女を尻目に、するりと彼女の横を通り抜ける。
一瞬重なった影が、また遠く。
俺と彼女のポジションが入れ替わり、俺は後ろを気にせずに先をずかずかと歩いた。

「…そっか。
…そうなんだ」

ゆっくりと彼女の靴音が俺を追いかける。
独り言のような呟きが、自動車音にかすれて耳を抜けた。
成績はいいけど、頭の悪い女だ。
勉強ばかりやって生きてきて、勉強とそれ以外の全てが酷くアンバランスな…現代高校生の悲しい性(さが)。
でも今はそれが当たり前で、きっとイレギュラーなのは俺の方で。
教科書の紙の匂いが排ガスに混じったような気がして、俺は不愉快になってぶんぶんと頭を振った。
俺の嫌いなものばかりが、茶渋のように頭から離れないでいる。
78: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:26:44 ID:cz7cfSsS7w
「…お前、なんで大学行くのよ」

「………別に、給料の高い仕事に就くため。
後、親に行けって言われたから」

「働きたいって願望ある?」

「……………そんなの、ないよ」

短い沈黙の後に、そう―――俺の予想通りの言葉が、返る。
背後で彼女がどんな表情をしているのか俺には分からなかったが、酷くばつの悪そうな顔をしているのだろうと思った。
けれど、でもさ、と言葉は続く。

「でもさ、どうせ働かなきゃいけないなら、お金いっぱい欲しいでしょ。
それだけだよ。
働かないで生きていけるなら、それが一番いいけどさ」

まるで何かの弁解のように彼女は言うけれど、それも俺の予想通りの言葉でしかなくて。

「ねえ、カズもそう思うでしょ?」

でも、きっと、それが普通の感覚。
正しいとか正しくないとかそんな次元にすら届かない、馴染み過ぎた当たり前のもの。
この世に本当にただ就きたい職業があるヤツなんて、どのくらいいるのか俺には分からない。
少なくとも、そんなヤツを俺は知らない。
79: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:27:41 ID:89y5NMfb82
夕日がゆっくりと落ちていく中で、アスファルトが無駄にきらきらと光って見えた。
その上を自動車が何台も走る、走っては信号に足止めを喰らう、苛立ちのままに灰色の煙を吐き出す。
眼前にはコンクリートビルの影が、大きく俺らの影を呑み込んで倒れていた。
ふと視線を向けるとそこの看板には『○○塾』なんて書いてあって、また教科書の紙の匂いを思い出す。
中には受験勉強に明け暮れているらしい、中学生の背が見えた。
こいつらには、本当に行きたい高校とかあるんだろうか。
高校に入らなきゃいけないから、ただ机に向かっているんだろうか。
何のためにそうしているんだ。

「…嗚呼」

馬鹿みたいだ。
本当に、馬鹿みたいだ。
俺らだって純粋に、幼稚園の頃は叶えたい夢を言えたんだ。
今の俺らは夢見ることすらも出来なくなったけれど、仕事はただお金のためになり下がったけれど、あの頃は。
将来の夢に宇宙飛行士って、何の疑問もなく書けたのに。
それを恥ずかしげもなく人に話すことが出来たのに。
俺らは、いつからこうなったのだろう。
俺らは、何を失ったのだろう。
それすらも分からない中で、俺らは一体何を学んでいるのだろう。

「…なんか、お前の言う通りな気がしてきた」

「何が?」

「こんなこと繰り返して何になるのかなってさっき言ったじゃん」

「…いきなりそんなに話戻されても分かんないよ」
80: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:28:48 ID:/MjnvKgbOA
彼女は息を吐きながら、苦笑する。
いつの間にか隣を歩く彼女の、固いローファーの音が耳に響く。
いつも通りの夕焼けが今日はやけに眩しくて、目が熱く痛むのを感じた。
きっと、俺は今、酷く泣きたいのだ。

そんなことには気付かずに、彼女は言う。

「…でも、繰り返して行けば、何か見えてくるのかな」

「…さあな」

俺は、曖昧に言う。

見えてきたバス停には既に何人もの人がバスを待っていて、夕焼けの中で揺らいでいた。
聞こえるのは、車道の喧騒と、靴音だけ。

「…でも、繰り返されるって保証があるのは、そこまで悪くはないと思うよ」

「うん?」

「どんなにつまんない毎日でも、辛い毎日でも、繰り返されるなら明日は来るでしょ。
明日が来るなら、いいじゃない」

彼女は、そう言って薄く笑った。
表情筋など使わない、冷めた瞳で世界を見据えた時のような、そんな笑い方。
俺はそれを横目で見ながら、ただ町並みに呑まれていく夕日を前に、歩く。

「…そんなの、慰めにもなんねーよ」

「うん、そうだね。
でも、慰めて欲しくもないんでしょ?」

「…まあ、そりゃな」

涙が出ても、悲しい訳じゃない。
日常を嘆いても、慰めて欲しい訳じゃない。
81: ドロテア ◆yyFykaECOY:2014/9/18(木) 23:29:38 ID:NKK3Q3K4qM
夢がなくても、大人にはなる、働かなくてはいけなくなる、お金は必要になる。
そうして、また明日がくる。
明日もまた、学校に行く。

「…課題、明日写させて」

「えっ、なんで?
カズの方が頭いいのに!」

何の気なしにそう言うと、隣から抗議の声が上がった。
あたしが写させて欲しいくらいだよっ、とキーキー喚く馬鹿に、俺は嫌味なくらいの笑顔を向けて。

「じゃ、よろしく頼むわ」

ホラ、結局仕方ないなぁと嫌な顔をしながらも、きっとコイツは写させてくれるから。
明日もきっと、今日と変わらない明日に、なるから。



理不尽な感情を抱え込んでも、矛盾だらけの毎日に退屈しても、例え今日一日が無意味でも。

アンバランスな自分を、パッチワークで繕って。
俺らは、今日を生きていく。



―――アンバランス、了。
82: 爆発した:2014/12/10(水) 23:04:56 ID:aQBQVC/2pA

 スラム街は今日も薄暗い。

 屋台がぎゅうぎゅうと寿司詰になって並んだ通りに、そのアッシュブロンドの男はいた。仲間と適当な話に興じながら、買ったシーフードヌードルをずるずるとやっている。遅い昼飯だった。仲間はバイト先の同僚で、彼と同じように大体皆頭も素行も悪そうな身形をしている。そう言う奴らが集まると、大抵話の内容は女か酒かギャンブルの話だった。一人が酷いヘビースモーカーなので、彼は時折渋い顔をしてその煙を払いのけつつ、ぼんやりと通りを見やる。

 スラム街は何とも薄汚い。街も人も建物すら、粉塵なのかうっすらと灰色がかって見えていた。そのくせ、今日は太陽すら遠い曇りの日で、しかも冬の近い寒い日であったから、その陰鬱さは余計に増していた。

 ぼんやりとする彼に仲間が話を振った。適当に応じて、またヌードルをずるずるとし始めた彼は、不意に何かの予感を感じてどんぶりから顔をあげた。その時、最初の一音だけを彼は確かに聞いたと思う。いや、むしろ最初の一音だけしか、聞くことができなかった。

 一瞬で辺りが無音に包まれた。呆然と彼は目の前のヌードルが、どんぶりごとゆっくりと浮遊し、ひっくり返っていくのを見つめていたと思った。しかしながら本当は自分自身も道に大きく投げ出されていたのである。それに気が付いたのは、実際にアスファルトの上に投げ出されてからだった。細かな瓦礫やら何やらが振ってくるのを腕で防ぎ、唖然として辺りを見回した。

 通り一杯に並んでいた屋台はそこからごっそりと消え失せていた。妙な耳鳴りがして、耳を抑えればそこに血の感触を知る。ぬめりけを指先で拭い、全身頭から真っ白に埃を被った彼はくしゃみをした。

 初めに思ったのはヌードルのことだった。訳の分からない状況を、だんだんと把握していくごとに妙な苛立ちを感じた。辺りでちらほら、人の姿が見えるようになる。呆然と通りを見つめている人や、必死で何かを探している人もいた。彼はため息をついて俯いた。履いていたはずのビーチサンダルが一つなくなっていて、舌打ちをし、それをも放り捨てた。

「やってらんねぇな」

一人呟き、アッシュブロンドの髪を掻き上げる。仲間を探す気にはとてもならなかった。スラム街は変わらずこんな調子なのである。昨日隣にいた神さまが、今日はいないなんてことくらい平気である。

 ひどい有様の通りを一人歩きはじめる。血の流れる右腕を庇いながら両手をジーンズのポケットに詰め込む。爆心地から少しずつ遠ざかり、彼は情報を集めるために都市部に向かった。

83: 横入りすみません:2014/12/23(火) 01:10:05 ID:zSrTtecpdQ
今日は楽しいことが起こったの!部屋の中に同じ歳ぐらいの子がいたんだ。初めて見る顔だった。
「こんにちは。里沙」って笑って言ったの!彼女と話すのは楽しい。真っ白な部屋ばかり見てたからつまんなかったんだ。
今日は楽しいことが起こったの!部屋の中に同じ歳ぐらいの子がいたんだ。初めて見る顔だった。
「こんにちは。里沙」って笑って言ったの!彼女と話すのは楽しい。
今日はびっくりしたことが起こったの!部屋の窓際に同じ歳ぐらいの子がいたんだ。初めて見る顔だった。「こんにちは。里沙」って笑って言ったのよ!嬉しい!
今日はびっくりしたんだ!突然、同じ歳ぐらいの子が目の前の椅子に座っていたの!里沙を見て「こんにちは。里沙」って笑って言った!笑い顔なんて久しぶり!知らない顔だった。
今日は『ママ』がきた。なんで泣いてるの?

知らない子が里沙を見て「こんにちは。里沙」って笑ってた。『』みたいに泣いた顔じゃなかった。『』って誰だっけ?
「こんにちは。里沙」って誰かが笑ってた。
「こんにちは。里沙」って何かが言った。
「こんにちは。里沙」って…
「おやすみなさい。里沙」
うん。おやすみなさい×××
また××しようね。だから…ないで。


私の親友が入院した。入院する前に聞いた症状は「忘れる」ということ。入院して数日は笑い話だった。里沙も笑って「まだ二十代なのにねー」って言っていた。段々笑えなくなってきた。病室を自分の部屋だと思い始めた所で私は限界だった。まだ私を覚えていた里沙は、笑って欲しいと願いを言ってきた。きっと彼女の最後の願い。それからは毎日遊びに行った日に日に里沙は悪くなった。もう私を誰とは認識出来なくなっていたようだった。
でも私は笑って「こんにちは。里沙」と言い続けた。彼女が永遠に寝続けるまで。
「おやすみなさい。里沙」
頑張ったね。里沙
「うん。おやすみなさい。香織」
私は泣いた。泣かないでと彼女は言って息を引き取った。
84: 1レスのとこのやつ:2015/1/3(土) 10:12:46 ID:BJjW.wFx9Y
だれも書かなかったみたいだしここでやってみる。
題目 布団

ん、うぅ
目が覚めて、布団の中で一つ大きく伸びをする。
羽毛布団に包まれた体は暖かいが、はみ出ている顔は冷たい。時節柄を考えると、当然といえば当然だ。
昨日も寝る前に携帯をいじっていたが、そのいじる手すら冷たかったのだから。部屋の中だというのに。
部屋の中に張り詰める冷たい空気に押さえ込まれ、私は布団からでられない。
低気圧だものな、しかたない。
などと何のいいわけにもなっていないような言い訳を誰とも無く言い聞かせ、私はまた暖かい布団に潜り込む。

やはり、人間を一番だめにするのはパチンコでも酒でも、煙草でもなく、布団だと思う。
85: 家庭内裁判1/4:2015/1/26(月) 22:42:16 ID:VVKVuKSt26

「なんてことだ……この世の終わりだ」ガーン
「……別にいいじゃない、誰にも迷惑かけてないもん」
「ゆ、許しません、お父さんは許しませんよ!
 家庭内裁判の開廷だーっ!」



「これより家庭内裁判をはじめます。原告はパパ・裕太郎」
「うむ」
「被告人はお姉ちゃん・周(あまね)」
「……」ブスッ
「裁判長は僕、海斗がつとめますっ。
 ではさっそく審理を−−」
「くぅーん」フリフリ
「フシャーッ」
「あ、ごめん。
 検事ポチ、弁護士タマもいるよ」
「お前だけが頼りだポチ。一緒に周をやっつけるぞ」
「わんっ」
「ちょっと待って、ぜんぜん納得いかないんですけど。
 なんでメイクくらいで裁判起こされなきゃなんないの?」
「お姉ちゃん、発言は許可を求めてからにして」
「……」
「はいはーい、裁判長!」ブンブン
「どうぞパパ」
「いいか周、問題は化粧をしたことではなく、年齢だ。
 お前はまだ中学生だろう?」
「だから?」
「えっ」
86: 家庭内裁判2/4:2015/1/26(月) 22:43:54 ID:VVKVuKSt26
「中学生がお化粧しちゃ駄目っていう法律でもあるわけ?」
「それは……」
「わうんっ」ビシッ
「はい、検事ポチ」
「わん!」バン
「それは……生徒手帳?」
「わん、わうわうわう、わうんっ!」パララ…
「なるほど〜」
「え? な、なにが分かったんだ海斗」
「ちゃんと翻訳しなさいよ」
「ポチはこう言ってます。『華美な服装・装飾、化粧等は禁止と、校則にバッチリ書いてあるでござる』」
「ほれみろ、やっぱり禁止じゃないか!」
「う……」
「にゃああーご」タシッ
「はい、弁護人タマ」
「にゃーん……にゃーご」
「なるほど。タマいわく『校則が適用されんのは学校にいるときだけだろーが』」
「そっか。私がお化粧したのは夏休み、友達と遊びに行った時だもんね」
「うぅ……」
「判決を言い渡します。被告人は……無罪!」
「やったー!」
「無念……娘を思う父の気持ちが敗れるとは」クク…ッ
「くぅーん」シューン

 ガチャッ
87: 家庭内裁判3/4:2015/1/26(月) 22:45:13 ID:VVKVuKSt26
「あきらめるのはまだ早いわよ、パパ」
「! あ、あなたは……ママ!」
「えっ、なんで? 今日は遅くまで仕事のはずじゃ……」
「なんだか胸騒ぎがしてね。速攻で終わらせてやったわ」
(ママかっこいい……はっ! いけない。敵に呑まれてはだめ)フルフル
「裁判長、審理の続行を求めます」
「許可します。……ところでママ、今日の晩ご飯何?」
「ありがとう、ハンバーグよ。
 さて、周。そろそろ下手な演技はやめたらどう?」
「え? ど、どういう意味だママ」
「……」
「わかってるんでしょう? この裁判は、あなたの負けだってこと」
「な、なんのこと?」
「ふ、ふにゃあ! ……ふにゃん」
「『証拠もねえのに、適当なこと言いやがっ……言わないでください』だそうです」
「証拠なら、ポチが持ってるわ」
「わうん!?」
「生徒手帳5ページ3行目『長期休暇中は本校の生徒であるという自覚を持ち、校則を守って勉学に励むこと』……つまり、夏休み中も校則は適用されるのよ」ビシッ
「……っ」
「判決を言い渡します。被告人お姉ちゃんを有罪とする!」
「やった、やったよポチ。パパの愛が勝ったんだ!」ワーイ
「わうん!」
「……くっ」ドサッ
「顔をあげなさい、周」
「ほっといてよ! 
 メイクは私の、唯一の生きがいだったのに……」グスン
「いつも言ってるでしょう、最後まで諦めては駄目。
 まだ道は残されているわ」
88: 家庭内裁判4/4:2015/1/26(月) 22:46:22 ID:VVKVuKSt26
「え……?」
「お、おいママ? 一体どっちの味方なんだ!」
「決まってるでしょう。私はいつだって家族の味方よ」
「(まだ抜け道があるの? でも、未成年である以上校則には逆らえない、……!)そうかっ」バッ
「わうんっ」ヒョイ
「16ページ7行目『保護者・または監督者がいる場所ではその指示に従うこと』!」
「それが……どうしたんだ?」キョトン
「つまり、校則より保護者の権限のほうが強いってことよ。
 ……お願いママ! ママと買い物に行くときだけは、お化粧させて!」ペコッ
「だだだだめに決まってるだろう、これ以上可愛くなったらどんな男が寄ってくるか――」
「いいわよ」
「ママ!?」
「ついでにナチュラルメイクも教えてあげる」
「やった」
「ママぁ!?」
「判決を言い渡します。今回の裁判は、引き分け!」

 ぐううう……

「……おなか空いたぁ」
「じゃ、ご飯にしましょうか。手伝ってね周」
「はーい」
「こら、まだパパは納得してないんだからね! もう一度家庭内裁判を――」
「あなた、サラダお願い」
「はい」

 終
89: 雪の子供たち1/4:2015/2/1(日) 21:28:37 ID:9oxLjZmJw6

 血の気の引いた顔色で、悪い知らせだと分かった。

「そうですか。わざわざ有り難うございます」
 受話器を戻したあと、おばあちゃんは両手で耳を塞いだ。哀しいときや恐ろしいことがあったときの癖だ。
「何かあったの?」
 おばあちゃんはゆっくりとこちらを振り向いた。
「よくお聞きアヤ。
 優菜ちゃんがね、「雪逃げ」になっちまったよ……」

 
「よーアヤ、今日も変な髪型だな」
 教室で帽子を脱いでいると、大輝が話しかけてきた。
 反射的に顔を上げる。でも言い返そうとしたセリフは、口まで届かずに喉の奥で消えてしまった。



「髪型なんて直せばいいじゃない。それに比べてあんたの顔は大変ね、直しようがないから」
「なんだと!」
「二人とも悪口なんてやめて。仲良くしよう?」



 いつも優しくて、のんびり屋だった優菜。昨日までそばにいた親友は二度と戻ってこない。
 心臓が凍りついた気分だった。
「お……おい、なんで何も言い返さねーんだよ」
90: 雪の子供たち2/4:2015/2/1(日) 21:29:27 ID:9oxLjZmJw6
 大輝はこちらを戸惑ったように見つめていたが、先生の足音が聞こえると慌てて席に戻っていった。
「みんなおはよう。今日は残念なお知らせがある」
 老眼鏡ごしの視線が、私の隣の空席に注がれた。
「はるかぜ小学校2年3組七原優菜が、「雪逃げ」になった」
 息を呑む音が教室に満ちた。
「昨日から家に帰っていないそうだ。
 みんなも優菜のことは早く忘れるように。それじゃ、授業を始めよう」
(誰が忘れるもんか)
 私はぎゅっと目を閉じる。柔らかい笑顔が瞼の裏に浮かんできた。
 
 吹雪は真っ白ではなく、少し灰色がかっている。
 赤ちゃんのころから見慣れた景色。どこもかしこも雪に埋もれ、しんと静まりかえっていた。聞こえるのは私の、ぎゅ、ぎゅ、という足音だけだ。
 この村ではときどき行方不明の子供が出る。家族にも誰にも告げず、ふらりといなくなってしまうのだ。彼らは「雪逃げ」と云い、不吉な存在とされた。

(着いた)
 目の前には巨大な壁。村の周囲をぐるりと囲む土壁だ。
 ゆっくりとしゃがみ、そのくぼんだ部分に手を当てた。
「なにしてんだ」 
 ぱっと振り向くと、少年がこちらを睨みつけている。 私はほっと息を吐き、立ち上がって大輝と向かい合った。
「なんでもいいじゃない。何か用?」
「下校は必ず二人一組だろ」
「……そうだね」
 優菜がいた、昨日までは。
91: 雪の子供たち3/4:2015/2/1(日) 21:30:24 ID:9oxLjZmJw6
「今日は俺が一緒に帰ってやるから。ほら、早く行くぞ」
 歩き始めた大輝の背中を、ただ見ていた。
「……おい」
「放っといて。私いま忙しいの」  
「優菜のことか」
「……」
「お前も知ってるだろ。「雪逃げ」になったら二度と戻ってこない」
「私の、せいなの」
「え?」
「優菜がいなくなったのは、私の……せい」

 彼女も私も空想や物語が好きで、いつも様々なことを話しながら帰り道を歩いた。
 昨日、優菜がふと呟いた。「この村の外がどうなってるか、アヤちゃん知ってる?」と。
 私の祖母は長老で、この村の誰よりも知識が豊富だった。優菜の疑問に答えるのは簡単だった、教えられていたから。
 でも私は言葉に詰まった。真実はあまりにも救いがなかったからだ。
 仕方なく、大事な部分を避けて話し始めた。
「この村の外にはね、素敵な世界が広がってるの。本や新聞はもちろん、エイガやゲキジョウがあるんだって」
「エイガ? ゲキジョウ?」
「物語を上演する場所。それから、たくさんの人が住んでるの」
92: 雪の子供たち4/4:2015/2/1(日) 21:31:09 ID:9oxLjZmJw6
「この村に住んでる人の、3倍くらい?」
「もっとだよ。百倍くらいかな。
 それでね。この村と違って、お店は一年中、どんな時間でも開いてるの。好きなときに買い物ができて、たくさんの品物があるんだって」
「へえー、素敵!」
 目を輝かせる優菜に合わせて作り笑いを浮かべながら、私は罪悪感に支配されていた。

「私は、大切なことを優菜に言わなかった」
 大輝から視線を外し、再び壁に向き直る。
「確かにこの向こうには素晴らしい世界が広がってる。……だけど」
「アヤ、やめろ」
「私たちは、絶対にここから出られないんだって」
 脆くなっていた部分からレンガを引き抜くと、黄金色の光が差し込んできた。右手に当たったそれは暖かく、心がほどけていくようで。
「アヤ!」
 すごい力で引っ張られ、大輝と一緒に倒れた。
「馬鹿やろう、死にたいのか!」
 彼の視線の先に、私の手があった。指は半分溶けていた。
「……帰ろう、アヤ」
 彼の冷たい手のひらが私の手を包むと、指すような痛みとともに指が治っていく。
 それを、絶望的な気分で眺めていた。
 
 優菜は戻ってこない。だって、呼ばれてしまったから。 
 あの美しく輝く光には、

 誰もあらがえない。

 終
93: 直接恋愛作法:2015/2/2(月) 22:14:05 ID:VHu0RcpVjQ
「リモコンが嫌いなんです。

 だってずるいと思いませんか? ボタン一つで遠隔操作なんて卑怯者のすることですよ。
 なので私は、いつも直接電源を押すことにしてます。それが使っている側の礼儀だと思うんですよね」
「君のリモコン嫌いはよく分かった。しかし僕が説明を求めたのはだね。
 なにゆえ今、君が僕の上にのしかかっているか、だったのだが」
「教授が疑問に思われるのも無理はありません、なにせ、話はまだ途中ですから」
「それは失礼した。拝聴しよう」
「私はリモコンに限らず、回りくどいやり方が性に合わないんです。ネット通販なんて意味が分からないし、遠距離恋愛にいたっては寒気がします。
 どんなことにも体当たりで、ダイレクトに挑む。それが信条なんです」
「うっ……話をさえぎってすまないが、少しずれてもらえないか。君の膝が腹部を圧迫している」
「申し訳ありません……これでいかがですか?」
「だいぶ楽になった。続けてくれたまえ」
「はい。
 昨日私は、教授が遠方に出張なさるという噂を耳にしました。海外の有名な大学に招かれ、十年は戻られないとか。
 その瞬間、心に決めました。一刻も早く教授に会おう、と」
「それで深夜のマンションに忍び込み、ノンレムの深海を漂っていた僕を浮上させたというわけか。
 ちなみにどうやって部屋に入ったのかね? 玄関の鍵は閉めていたはずだが」
「ベランダは空いていましたよ」
「地上20メートルの外壁をよじ登ったのか、驚異的な体力だ。
 誰かに見られなかったかね?」
「おそらく。ただ、壁に張り付いて呼吸を整えているとき、後ろの方で悲鳴が聞こえたような」
「向かいのアパートに住む天体青年だろうな。星ではなく、闇夜の蜘蛛女を観測してしまったわけか。
 最後の質問だ。こうまでして私に会いたかった理由は?」
「どうしても、直接言いたいことがあったんです」
「拝聴しよう」
「さよなら、教授」
「ああ」
「……」
「……」
「……それだけを言いに来たのかね?」
「はい。
 夜分に大変失礼いたしました。では」
「ああ待ちたまえ、帰りは玄関からにしなさい。純朴な青年に二度も恐怖を植え付けるのは気の毒だ」
「分かりました」
「……待ちたまえ」
「なんでしょうか」
「君は一番重要なことを、最後まで言わないつもりかな?」
「……」
「体当たりが信条なんだろう?」



「……好きです、教授」
「ああ、僕もだ」
94: 脳田林 ◆N6kHDvcQjc:2015/2/8(日) 03:36:44 ID:47iqrsgDzM
失礼します。
>>84
落選お題による作品、お見せいただきました。
よもや、違うスレで1レスに関わる作品を見れるとは思いもしませんでした。
ありがとうございます。
もし、落選お題をお書きに成られるのでしたらカタリ様&ヘタッピ様のスレに投下されるのがオススメでございます。

長々と失礼いたしました。これからもどうぞ、1レス勝負をご贔屓に……
95: 今や本スレに投下する腕ではないのでここで:2015/2/23(月) 06:45:20 ID:OLJrvwOaM2

 一歩歩いて振り返る。
 一歩歩いて絶望し、一歩歩いて笑い出し、一歩歩いて憂い、一歩歩いてまた笑う。
 何があっても常に振り返る事は忘れない。
 
「あんた程今を生きようとして今を見ない奴はいないよ」
 
 なんて言っても
 
「でしょー? 今を作るってのはそーゆー事だから」
 
 紫煙を吐き出しながらふわりと笑うその顔が
 
 大嫌いだ
 
「だからさ、僕といたしましては、そんな君が大好きだ。君の過去も今もその先も」
 
 だだよう紫煙はゆらりと、ふわりとどこかに流れる。
 きっと「その先」とやらに流れていくんだろうなぁ。とか思ってしまう。
 
「ねぇ」
 
「ん? なぁにさ?」
 
 その先に私は君と居れますか?
 
 その言葉はきっと、紫煙と共にその先へ流れて消えた

96: 脳田林 ◆N6kHDvcQjc:2015/3/4(水) 02:31:45 ID:Ot7lyUQNSY
拝啓、>>95様。
気付けば真冬の寒さも勢いが収まり始め、卒業の季節になりましたね。
季節の移り変わりと同じくして、あなた様の作品に気付くのが遅くなりました事、申し訳ないです。

良き作品ではないですか。
少なくとも私よりは感性(センス)があるようにお見受け致しますよ?

そして書く事が好きだとお見受け致しました。

あなた様の参加をお待ちしております。

草々
97: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 12:47:20 ID:attDRlpaG6
>>72-74の作者様おられるでしょうか?
98: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 15:36:04 ID:/wFmCJVS.s
>>97
はいはい、なんでしょう??


99: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 16:20:33 ID:Q6RqtpZEt6
>>98
ああよかったいた
すごく好きなタイプの話だったので漫画化したいと思ったのですが許可していただけないでしょうか

100: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 17:02:26 ID:/wFmCJVS.s
>>99
あら、思いがけず嬉しい話でびっくり。
どうぞどうぞ、あんな半端なものでよければ好きに使ってくださいな!
101: 名無しさん@読者の声:2015/7/26(日) 19:05:47 ID:SDq54OENlQ
ありがとうございます
出来上がったらキャラを自由に書くスレにあげさせていただきます
102: 1レスに納まらなかったのでこちらに。:2015/10/9(金) 21:51:19 ID:qw9Iuv5tHY
 
 気配を消す。「奴」に気づかれないように。

 部屋の向こうではズルズル、ズルズルと、まるで墓場を這いずるゾンビのような足音がしていた。少しずつ、けれど確実に音楽室に近づいてくる。
 奴がこの世界の住人でないことは明らかだった。全身に立った鳥肌が警告を発している。「あいつに気づかれたら面倒なことになる」と。
(どうしてこんなことに……)
 冷えた夜気から身を守るように、窓枠の下で膝を抱え込む。三日月の放つ銀光が、古ぼけたピアノに鈍く反射していた。

――

 その夜、私は学校の廊下を歩いていた。昼間の暑さの名残からか、肌はわずかに汗ばんでいる。時刻は深夜零時をまわったところ。目的の一つは、ピアノを弾くことだ。
 廊下の窓から見える丸い月は十分な光を地上に注いでいる。出がけにトイレに手間取って時間をくったせいで雲に隠れているのではと心配していたが、杞憂だったようだ。
 ベートーベンの「月光」を、本物の月明かりを浴びながら弾くこと。それが幼い頃からの夢だった。今夜はそれを叶える絶好の日だ。
 目当ての部屋に着いた。木製の重厚な扉を開けると、乾燥した空気が鼻をくすぐる。私は盛大にくしゃみをした。

103: 名無しさん@読者の声:2015/10/9(金) 21:52:11 ID:qw9Iuv5tHY
「……おっと」
 あわてて口元を押さえる。しばらく耳をすましてみるが、何の物音も聞こえない。ほっとして部屋に入ると、防音樹脂が足元を柔らかく受け止めた。
 視線を部屋の中央に向け、私は感嘆のため息をつく。よく磨かれた漆黒のグランドピアノが、冷たい月光をまとって輝いていた。
「さて、と」
 鞄をおろし、革靴を脱いで丁寧にそろえた。
 一人きりのコンサートの幕が、いよいよ上がる。

――

(来るな来るな来るな! 頼むからそっとしておいてくれ!)
 気味の悪い足音は続いている。そして私の願いもむなしく、奴はこの部屋の前まで来ると、ぴたりと足を止めた。
(……まさか、入っては来ない……よな?)
 息を止める。スライド式扉の向こうからは、明らかに異質な気配が漂ってきていた。間違いない。奴の目的は、この私だ。
 それからしばらくの間、私も奴も微動だにしなかった。長針の奏でる規則正しい音以外、なにも聞こえない。
 そして――その瞬間が訪れた。
「ユーキさんユーキさん、ピアノを聴かせてください」
 少し間を空けたあと、もういちど。
「ユーキさん……ピアノを……聴かせてください」
 それは、扉の向こうにいる少女の声だった。不安と緊張と、どこか諦めをにじませた。
 私は深々とため息をつく。また面倒くさいのがきた、と。
 
 二十年前の夏。私はこの音楽室で月光を弾いたあと、ピアノの真上で首を吊った。遺書もなく、世間はピアニストの夢破れたすえの自殺だろうと結論づけた。
 しばらくして、母校にはこんな伝説が囁かれるようになった――「音楽室の幽霊にピアノ演奏を請い、何もなければ天国へいける。しかし少しでもピアノの音がすれば、その人は地獄に落ちる」。
 なんともくだらない噂だが、閻魔大王扱いされてはたまらない。私はただ、静かに死後の世界を楽しみたいだけなのに。その噂を聞いて以来、一切ピアノに触らないよう、今日まで細心の注意をはらってきた。

 しかし、今夜だけはそうもいかないらしい。私は勢いよく立ち上がり、ピアノに向かって歩き出した。
 扉の向こうでうつむいているであろう少女は、おそらく自殺しようとしている。床に引きずるほど長いロープで、屋上から首でもくくるつもりなのだろう。その瞬間を迎える前に、どうしても確認しておきたかったこと。
 それは自分が死んだ後、天国に行けるか否か。
「まったく、甘ったれた後輩め」
 椅子に腰を下ろし、両手の指先の腹を合わせて集中する。幽霊の良いところは、ブランクがあっても演奏の腕がなまらないところだ。
「思いっきり弾いてやるよ。地獄行きが確定すれば、二度と死ぬ気なんか起きないだろう?」

 私はニヤリと笑い、埃のかぶった鍵盤を力強く押した。
104: バービーの嘆息:2015/10/30(金) 12:31:07 ID:mwmYgxfDQI
「バービーみたいになりたい」

ぽつりとつぶやいた言葉に顔を上げたのは、あたしのノートを写している隣の席の男子。
こいつが毎回数学の時間寝ているせいで、あたしは度々放課後まで残されるはめになる。

「なに、バービーって」

「まさかバービーを知らないんですか?バービー人形って知らないんですか?」

いつもなら学校が終わると真っ先に帰る帰宅部のあたしは、たっぷり皮肉のこもった口調で言ってやる。すると彼はああ、と思い当たった顔をして、ハッと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「そんな平たい顔でオコガマシイな。おまえはリカにもなれねぇよ。とりあえずバービーに謝れ」

こいつ腹立つ。どうせあたしは日本人顔ですよ。しょーゆ顔でございます。

「大体さ、あいつらの目、顔の半分くらいあるじゃん。実際いたら化けモンだろ」

「いいんですー。女のコの基本は目がおっきいことなんですー。少女マンガだってみんなでかいじゃん」

「じゃあますます無理だろ。おまえの目ぇ線だから。少女マンガにも謝れよ。てか世の中の女に謝れ」

おまえはあたしに謝れ。
ぎろりと睨みつけてやったが、ただでさえ細い目がさらに線になってしまうのに気づいて見られないうちにやめた。

「あーあ、あたしがバービーみたいに可愛かったら、こんな冷たい仕打ちだって受けなかっただろうなー」

嫌味ったらしく言ってやり、ぼすんと机の上のかばんに倒れこむ。
バービーみたいに目がおっきくて、スタイル良くて、何着ても似合って、きらきらしてて。
性格だってきっと可愛い。そんな女のコになってみたい。

「そうだな。おまえが『バービーみたいに』可愛かったら、放課後残したりしないしノート写さしてとか言わねぇよ」

その言葉に、あたしは机に伏せたまま彼のほうに顔を向けて頬を膨らませる。
しかしそれを奇麗に無視し、彼はノートを写しながら続けた。

「それでもいいの?おまえ、俺にかまってほしくないの?」

ぱたんとノートを閉じて、彼があたしの目を見てニヤリと笑う。
あたしは目を丸くして、ぽかんと口を開けた。

「はいどうも。またよろしくね」

ぽんっとあたしの頭を叩いてノートを返すと、そいつはさっさと帰る準備をして部活に行ってしまった。

じゃあな、と手を振って教室を出た彼を見送った後、ノートで隠していた赤くなった顔を慌ててかばんに埋める。

まさかバレてたんだろうか?
彼があたしからノートを借りてくのが、ちょっと嬉しかったりしただなんて。

あたしは大きく溜息をついた。
もちろん、彼にかまってもらえるならバービーじゃなくてもいいか、なんて思ってしまった単純な自分に対して、だ。
105: 名無しさん@読者の声:2016/2/15(月) 22:17:08 ID:USoInx.tjQ
World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah 2次元最高 この言葉でなら分かり合えるだろう

外に出るにこしたこたない でも実際ありえないアニメがいっぱい
親が子を、子が親を 犯してしまう事実に真っ青
3次元よりアニメキャラのがまし けどいつかは俺もレイプ魔に
ならいずれ生まれ来るキャラクターに 明るい画質用意したい

生きとし生ける命あるものは 家族仲良く愛し合うもの
それこそ自然 当たり前のこと 忘れちまったのはずっと前のこと

World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah 平野綾ヤリてぇ この言葉でなら分かり合えるだろう

元は一個のテレビなのに 無理に線引き奪い合い
やれ他の兄弟といがみ合い どうすれば見れる凉宮ハルヒ
ひきこもりという名の王者なら YouTubeで見ればモーマンタイ
時間かかってもNever give up 就職活動より精子部屋中にまく

またリア充がパラサイト どうかしてるぜプレジデント
ネットで遊べる毎日を 無駄な日々を邪魔なんてさせねえぞ
「どうやって仕掛ける?トロイの木馬」なんて頭痛めてるならいっそググりませんか
部屋に鍵掛け 独りで よっAKB!! 握手したら上げたくなるよ 金使って100票

World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah 2chじゃ番長 この言葉でなら分かり合えるだろう

キモオタのボカロ ニコニコから 君の耳元まで届けるから
希望の無い朝 信じてただ 大声張り上げて歌うから

Oh Oh 会社に縛られた社畜乙
Oh Oh 飯は部屋の前に置いとけよ
Oh Oh 魔法使い飛び越えもう魔神さ
Oh Oh ここから俺らで世界を変えよう

World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah 恋愛するなら妹 この言葉でなら分かり合えるだろう

夢や幻に逃げる 俺らが叶えるこの願い
生活保護受けた偉大なニートから繋げ役所に寄生ラリー
夢や幻に逃げる 俺らが叶えるこの願い
ブサイクで売れたAKBから繋げやすしスカウトラリー


World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah おじゃ魔女ドレミ萌え この言葉でなら分かり合えるだろう

World NEET da music yeah 誤解争いの絶えないニートに必要なこの音
World NEET da music yeah ネットが現実 この言葉でなら分かり合えるだろう
106: 名無しさん@読者の声:2016/3/23(水) 11:27:37 ID:vQLgWd1lHk
薄暗い。
彼女が口にしたのはその一言だ。

古都ヤーナム。
その名の通り歴史を感じさせ、どこか壮大な印象を受ける、汚くも美しい街。

しかし、そんな風情のある街も彼女にとっては他の戦場と変わらないモノにしか見えなかった。
彼女は薄暗いと言ったが、本人には特に問題にはなっていない。
それもそのはず、彼女の瞳は間が抜けているようで鋭く光っている。
だが、光っているのは彼女の瞳だけではない。

彼女自身、光っているのだ。

これは誇張でも、まして比喩でもない。
彼女の体が、青白く発光している。
どこか幻想的なその光は、ひどく醜悪なモノと紙一重だ。

そんな彼女にも、ヤーナムの街は牙を剥く。
いや、剥いてしまったと言ったほうが正しいだろう。

彼女の目立つその身体に惹きつけられたか、数匹の獣が彼女の周りに集まり、あっという間に包囲した。
そして、リーダー格の一匹が彼女に向かって吠えると同時、全ての獣が彼女に向かって飛び込んだ。

圧倒的なまでの死の洗礼。
しかし彼女に死が訪れることはなかった。

息を1つ吐き、右手に持つハルバードを一薙する。
それだけでリーダー格の一匹を除き、全ての獣が一蹴されてしまった。
そして、彼女が振り返り獣を睥睨する。

そのギラついた視線にリーダー格の一匹が記憶の底から引っ張り出す。
身体の震えが止まらない、喉からうまく鳴き声もでない。
あの視線、あの光。
なぜ気づかなかったのだろう、最も恐るべき存在に。

かの者はツダである。

その残酷な事実に。
107: 4人の兄弟の話:2016/3/23(水) 21:47:54 ID:TgHhulT0tk
「大変だ!またあいつ死んだって!」

「嘘、今月何回目だよ」

「あーあ、ほんと馬鹿なヤツ」

4人兄弟のうちのひとりが今日事故で亡くなった。長男は知らせを聞いてため息をつく。

「あいつ馬鹿だから死んだこともすぐ忘れるんだよな〜」

次男は肘をついて不機嫌そうに話す。

「今月6回目だぞ」

三男はにこりと笑って答える。

「また回収して新しいの持ってこなくちゃね」

そういえば、と長男は口を開く。

「お前らはまだ死んでないの?」

次男と三男は笑って答える。
「何言ってるんだ兄さん、俺達はもう死んでるぞ」

長男は首を締められたような感覚になり、ひゅっと喉を鳴らす。

そうだった、次男も三男も四男も、みんな事故で死んでしまった。

生きているのは長男の俺だけだ。

次男は長男を見て笑う。

「そろそろ現実を受け止めろよ」

暗転

静かな部屋に残ったのは遺書とロープ、それだけ。

長男もまた、兄弟のあとを追ったようだ。

おわり

108: ナイト・ロマンチスト・マーダー:2016/3/26(土) 20:30:08 ID:6kosZxQPU2
 ある都市伝説をご存知だろうか。深夜二時頃、白黒映画を観ていると殺人鬼が現れるというものだ。殺人鬼が現れるときの映画は、「サイコ」のようなサスペンスでもなければ、「吸血鬼ノスフェラトゥ」のようなおどろおどろしいものでもない。どちらかというと、「ローマの休日」や「アパートの鍵貸します」のようなラブロマンスや、ロマンスコメディだという。どうやら、殺人鬼はロマンチストのようだ。

 現在、午前一時四十分過ぎた頃。私はおどろおどろしいものでもなければ、ラブロマンスでもないものを観ていた。

『Osgood, I'm gonna level with you. We can't get married at all.(オズグッド、本当の事を話すわ。アタシ達、結婚出来ないのよ)』
『Why not?(どうしてだい?)』

 女装した男、ダフネがヨットの上で想いを寄せられている相手、オズグッドに自分は実は男だと伝えるシーンが淡々と続いていく。

『Well…ln the first place, I'm not a natural blonde.(えっと……まず、アタシ、本当はブロンドじゃないの)』
『Doesn't matter.(気にしないさ)』

 その時、すっと背後のドアが開く感覚がした。振り返るが、ドアが薄く開かれているだけで、他には何もない。
 気のせいだろう。そう考え、再び映画に戻る。

『l have a terrible past. For three years. I've been living with a saxophone player.(アタシ酷い過去があるのよ? 三年間サックス奏者と住んでたんだから!)』
『l forgive you.(許すよ)』

「"Some Like It Hotお熱いのがお好き"か」

 部屋には私しかいないはず。なのに背後から男の声がした。低いけれど、不快にならない、背中がゾクゾクするような魅力的な声だ。

「あなた、誰?」
「シッ。……上映中はお静かに」

 振り返ろうとしたところ、背後から手が回され、口元を覆う。仕方ない、終わってから聞こう。大方、男が誰だか予想はついているけど。

『You don't understand, Osgood.(あなた、何もわかってないわね、オズグッド)』

 ダフネがかつらを取る。

『I'm a man.(俺は男なんだよ)』
「I'm a murderer.(私は殺人鬼なんだよ)」

 男は素早くナイフを取り出すと、女の首を掻き切った。血が勢い良くほとばしる。

『Well, nobody's perfect.(なるほど、完璧な人間なんていないさ)』
「確かに」

 男はナイフについた女の血を、指でつぅとなぞると、それを口に含んだ。口角がキュッと上がる。

「不味い」





 ある都市伝説をご存知だろうか。深夜二時頃、白黒映画を観ていると殺人鬼が現れるというものだ。殺人鬼が現れるときの映画は、「サイコ」のようなサスペンスでもなければ、「吸血鬼ノスフェラトゥ」のようなおどろおどろしいものでもない。どちらかというと、「ローマの休日」や「アパートの鍵貸します」、「お熱いのがお好き」といった、ラブロマンスやコメディといったものだという。
 殺された被害者は全て心臓を抉り抜かれており、さらに、頬には被害者の血液によってつけられた殺人鬼と思わしき唇の跡がつけられているそうだ。その事から、世間では彼の事をこう呼んでいる。

ナイト・ロマンチスト・マーダー
109: 名無しさん@読者の声:2016/4/5(火) 20:46:09 ID:j7z.aJWS3I
昔1レス勝負で『男の娘の日』が題材だった時に書いたものですが、結局投稿出来ずに終わってしまったのでこちらで……。




『西暦2XXX年X月X日土曜日。今日は第11回目の男の娘の日です。皆さん、元気に過ごしましょう』

午前八時。けたたましいサイレンと共に日本国内に向けて放送されるアナウンス。
街を歩いていた女性達は皆一様に笑顔を貼り付けながら辺りを見回した。
各々が手に持つは、今日のこの日の為に家から持参してきた女性服や化粧道具一式である。

その時、街の中心から一刻もはやく逃れるように走り出した背広の男が三名、女性達の視界に映った。
途端に「居たわ!!男が居たわよ!!!商店街の方に逃げていくわ」「誰か捕まえて!!」と甲高い声が上がる。

その言葉を合図に、その場に居た女性達が一斉に男三名に向かって突進していく。
「ひぃやめてくれえええ」
「後生だからどうか俺たちはぁああ」

悲惨な声が全速力で逃げる男達から上がるが、逃走劇は一分とかからず幕を下ろした。
彼らにとっては街中の女性全てが敵なのである。更に、場所は人通りが多い街中。逃げ切れるわけがない。
女性達に捕まった三名は手際よく拘束され、群がる女性達にされるがままその容姿を彩っていく。
あれよあれよと気が付いた時には、街には新たに三人の女性が誕生していた。



「だから今日一日は外出するなと言ったのに……」
ビルの一室から街中を見下ろしていた男が、たった今女性――否、男の娘に成り代わった三人の男達を眺めて呟く。
そんな男の背後で独りでに開かれる扉。男が忍び寄る気配に気付くまであと数秒。男の娘の日は始まったばかりである。



110: ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:05:19 ID:4UVZj/rlsA
今日はバレンタインデー。
この日の力を少し借りて、勇気を出して大好きなあの人に告白するんだ。

なんて
「そもそも相手いないっつーのおおお!」

誰だよ。2月14日は「女性が男性に親愛の情を込めてチョコレートを贈与する日」(W*ki引用)だとか決めたやつは。
そして何みんなちゃっかり告白とかしてやんのさ。
そもそもバレンタインはローマ帝国時代の女神様の誕生日とかなんかで、15日のなんちゃら祭の先日祭みたいなので男女がうんぬんかんぬんするっていう、ローマ帝国の風習的なもの。
日本のバレンタインデー文化に、そのような起源、普及過程、社会的機能、歴史的意義とかないっつーのさ。
てゆーか、日本のバレンタインデーも1958年ころから流行しただけであって、それも流通業界や製菓業界によって販売促進のために普及されたようなものだし。
そのおかげで、バレンタインデーは日本のチョコの年間消費量の2割程度を消費するという、製菓業界にとっては、うへへーな結果になっちゃってるんだよね。

みんな製菓業界の手のひらで踊らされているのにか気付いていないんだよ!
「バレンタインデーはチョコレート業界の陰謀」(W*ki引用)なんだよ!
みんな! 目を覚まして!

「くそっチョコレート業界め。 わたしにもチョコ恵んでくれっての。」
「なに独りでぶつくさ言ってんだよ。 弥生。」




バレンタインデーの裏事情について(脳内で)語っていたら、わたしの頭に腕を乗っけてきやがった誠。
何様だよ。

「俺様だよ。」
「あんたまだ中二なの? え、末期なの? 末期なの?」
「うぜえ。独りでW*ki引用しまくってるやつに言われたかねえわ。」

なぜバレたし!
W*kiとっても役に立つんだよ!
ってか独りって・・・

「独り言うな! 1人と言え!」
「事実じゃねえか。 認めろよ。」
「ぬ、ぐ、あんたも! あんたもどーせ誰にももらってないんでしょ! あーかわいそう!」
「残念。」

そう言って誠はニヤリと笑った。
そして、紙袋いっぱいに詰められた、可愛いラッピングが施されたものを、わたしに見せつけてきた。





「・・・っ!」
「生憎、俺顔はいい方だから、この日は困らないんだよねー。」

くそっ! 美味しそう!
最近の女子高生の手作りチョコってハイレベルなんだよね!
111: ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:06:26 ID:4UVZj/rlsA


「だけど俺は誰にもお返しするつもりはない・・・。 だって俺は弥生が」
「神様俺様ナルシ誠様・・・! わたしにチョコを恵んでおくれ・・・!」

なんかぶつくさ言ってる誠のうざさは放っておいて、チョコを恵んでもらおうと試みた!
・・・が。

「・・・っ。」
「まこと・・・?」
「・・・やらねえ。」
「は」
「ああ?」

なんか急に怒っちゃってるよ。 まこっちゃん。

「・・・なんでよ。てかなんでおこぷんしてんのよ。」
「古いわぼけ。」
「そんなのどーでもいいよ! はよチョコくれ!」
「こんなのいくらでもくれてやるわ!」

え、意味分からんよ。
てか、なんかこちらを凝視してるし。
あれ? なんか顔赤いですよ誠くん。





「女の子が悲しむよ。」
「どうでもいいわ。」
「うわー罪な男ー」
「お、俺はただ!」
「うおっ! なんだよ」
112: ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:07:41 ID:4UVZj/rlsA
急に大声出して、私の両肩をがっちりホールドしてきたよ。
ま、まさか・・・
「お、お金なんて持ち合わせてませんよ」
「恐喝じゃねえっての!」
「じゃあなにさ!」
「気づけよ!」
「なにを!」
「だから、俺が弥生を好き・・・あ。」
「それがどうした! ・・・え。」

なんか今・・・
好きって聞こえたような・・・。

え、誠が? わたしを?


「あ、いや、ちが」
「・・・」
「・・・弥生?」
「俺は弥生のチョコにしか興味ねえ」
「は」
「とか言っちゃう系?」
「え、あ、うん・・・」
「・・・」
「弥生? 弥生さーん」
「なにそれ」
「え」
「チョーウケるんですけどおおお!」
「え・・・」
「誠ってば顔真っ赤にしちゃって!
そんなお茶目なとこあったの? ばくわら!」
「や、弥生てめ・・・」
「なにさ。 ぷ、ぐふふふっ」
「人が勇気出して告ってんのに・・・」
「あーごめんごめん」
「思ってねえだ・・・」
「わたしも好きだよ」
「え・・・」
「うそだけど。」
「・・・」

この子、目輝かせたと思えば死んだ魚みたいな目したり・・・
わたしの言葉で一喜一憂しちゃって・・・。
こんな可愛かったっけ!

「あーもう! きみそんな可愛かったっけ」
「・・・もうなんとでも言えよ」
「拗ねない拗ねない。 はい」

拗ねてる誠にチロルチョコあげた。
そしたらまた、ぱって明るくなっちゃってるし。
113: ロンリーバレンタイン:2017/2/22(水) 14:08:03 ID:4UVZj/rlsA


「チロルチョコでごめんね」
「え、でも弥生が俺のために・・・」
「友たちにもらったやつだけど。」

また落胆してる・・・!
やばい! ハマってしまう・・・!

「・・・べつに」
「ん?」
「それでも・・・弥生からもらえたからいい」
「あら」
「なんだよ」
「いや、惚れるようなこと言うよね」
「え、まじ・・・?」
「惚れないけどね」
「・・・」
「そんなあからさまに落ち込むなよ乙女!」
「・・・俺は男だ」
「はいはい。 ま、」


「ホワイトデーまで考えといてあげるから、せいぜい頑張ってよ」


少女マンガでありそうなセリフ言ってみたら、誠くんが威勢のいい声でおうっ!って言ってた。
ま、こんな独り身バレンタインデーもアリかもね。
114: ワスレズ:2017/4/25(火) 10:44:24 ID:aeiPKD4Roo

 亡くなってしまった人のことで、最初に忘れてしまうのは『声』らしい。じゃあ逆に、最後まで覚えていられるものって、いったい何なんだろう。




 葬儀が終わって家に帰って来る頃には、すっかり暗くなっていた。私は着ていた黒い服を脱ぎ捨てて、ドサリ、とソファーに倒れこんだ。なんだかどっと疲れた気がする。明日も仕事だと考えるとますます気が重い。支度をした時に出しっぱなしにしていた鏡のせいで、自分と目が合う。アイラインがにじんでしまっている。あんなに泣いたのだから無理もないか。

 実家を出て一人暮らしをして数年。自炊にも仕事にも慣れて、順調に生活していた中での突然の祖母の訃報だった。病気をした、とは聞いていたけれど、こんなにあっけなくいなくなってしまうとは思っていなかった。もっと顔出しに行けばよかった、なんて後悔は今更すぎた。昔はよく会いに行ってたのに。世話焼きだったから、ちょっと遊びに来ただけのつもりなのに、結局夕飯までご馳走になって帰ったっけ。

「……お婆ちゃんの料理、大好きだったなぁ」

 主婦歴の差なのか、やっぱり母が作る料理よりも美味しかった祖母の料理。私があまりに美味しい美味しいって食べるから、母が拗ねたこともあった。それからというもの、たまに鍋ごと持ってきてくれるようになったんだけど。……あの料理、なんて言ったっけ? 喉元まで出かかっているのに、料理名が出てこない。耐えきれなくなって、私は母に電話をかけた。

《はい?》

「あ、お母さん? あのさ、昔、よくお婆ちゃんが作ってくれた料理なんだっけ? ほら、里芋とかごぼうとかがたくさん入ったお汁……」

《あー、けんちん汁?》

「そうだ、それそれ」

 思い出した。思い出してすっきりするとともに、久々に食べたくなってしまった。材料はまるでないが、今から行けばスーパーには間に合う。疲れているけど、お腹は空いてるし。
 少し迷って、私は母に尋ねたのだった。


「……ね、それ、どうやって作るの?」




 材料はわかるけど、分量は全部曖昧なレシピを元に、けんちん汁を作った。見た目はそれっぽくできたけど、味はどうだろうか。お椀に盛ったけんちん汁をまじまじと眺めて、意を決して箸を持つ。

 里芋を一つ、頬張る。
 咀嚼して、飲み込む。

 汁を啜る。
 少し舌で転がして、飲み込む。

───あぁ。
 わかってはいたけれど。主婦歴50年以上の祖母の味が、自炊歴たかだか数年の若造に出せるわけがない。材料は一緒のはずなのに、どうして違うのだろう。その答えはきっと、祖母にしか出せない。私にあの味は作れない。

 亡くなってしまった人のことで、最初に忘れてしまうのは『声』らしい。祖母のことを少しずつ忘れていって───いつか、祖母のけんちん汁の味も忘れてしまうのだろうか。
 それはなんだかとても嫌だなぁと、あんまり美味しくないけんちん汁を食べながら、ぼんやり思った。
115: 滑り込みセーフ?:2017/4/30(日) 23:35:14 ID:NDGbZRwiy.

「君って2回目でしょう?」

高校の入学式、オリエンテーションが全て終わって、はじめましての友人と帰ろうと玄関に向かう途中、紫の目が俺を呼び止めた。白衣を着た教諭にそう突きつけられる。言葉の意味は誰にもわからないだろう。周りの生徒が怪訝な顔で俺たちを見守る中、俺にだけは問いかけの意味がはっきりとわかった。そしてようやくそう問いかけてくれる人に出会えたのだと、かすかな喜びに震えていた。

生白い教諭の整った顔立ち、そこに埋め込まれたスミレ色の瞳が鈍く光を放つ。


【21g】


この体に生まれて、16年目の春だった。

意識の中の自分は、板垣蘇芳准尉であり、明治24年生まれの男である。年齢は最後の記憶で言えば、おおよそ30を迎える手前だった。
死んだのは1919年の秋、第一次世界大戦が終わった年である。

そう、そもそもの話だが、俺は一度死んだはずだった。どのようにして死んだのかもいつ死んだのかもはっきり覚えている。なのに再び目を覚ましたその時には、全くちがう人間として生まれ変わっていた。知識も記憶も、ましてや思い出すらそのまま残して、俺は草壁蒼太となっていたのだ。

理由も何もわからなかった。当然周りにそんなものはおらず、見知らぬ世界に体もうまく動かせぬ状態で放り込まれた気がした。一生孤独にこの秘密を抱えて生きていくのだと思っていた。−−今日までは。


目の前の物言わぬ瞳を見返す。16年、秘密を知るものには一度も出会えなかった。だったら、この男はいったい?

「あれ、藤咲先生と蒼太って知り合いなのかよ?」

無邪気な声が俺たちの間に割って入った。ハッとして友人たちを振り返れば、不思議そうではありながらもどことなく面白がった子供の顔が迎えてくれる。黒田が俺に手を伸ばし、なぁ、と言いながら肩を引き寄せた。

「藤咲先生みたいな得体の知れないやつとどういう知り合いだよ」

こそっと囁かれ、きょとんとする。

「それはどういう……?」

「だーかーら、藤咲先生って謎が多すぎるって有名なんだぜ。俺の兄貴の代からさぁ……」

ニヤニヤと黒田が笑いながら次の句を続けようとしたが、それは急に伸びてきた腕に阻まれた。それは俺のカバンを引っ張り込むと、強引に黒田から引き離し、自分の隣にまで連れていく。

すみません、と頭上から聞こえた声には一ミリも謝意が込められていない。

「お察しの通り僕と彼には少しつながりがありまして、彼をこれから借りても?」

「何を……」

強引さにムッと眉をひそめて抗議すれば、冷たい一瞥で黙らされる。文句を飲みこんな俺を目の前にして、黒田をはじめとする友人たちは何もすることができなかった。戸惑いながらも、わかったと了承せざるをえない。何せ今日からの付き合いなのだ。当然の反応だろう。

藤咲と俺に別れを告げ、彼らが去っていく。呆然と他の生徒たちに紛れ込むのを見ていた俺に、黒田だけが振り返った。連絡しろよという彼に俺は手を振り返した。

「さてと、いきましょうか。蒼太くん?」

悪魔然として俺を見下ろし笑みを浮かべた藤咲を前に、俺は憮然としてうなづいた。
116: スペースないのはiPadちゃんのせい:2017/4/30(日) 23:38:38 ID:NDGbZRwiy.


「お前一体何者だ」

生物準備室に連れ込まれた俺は、ドアに鍵がかけられた途端に詰め寄った。藤咲はこちらを振り返り、不愉快そうに片眉を持ち上げる。キザな仕草に苛立ちが募り、つい舌打ちが漏れた。

「ずいぶんな言い草だね、こっちは君の味方だっていうのに」

「何が味方だ。あんなふうに人前で……」

「いいじゃないか、どうせ誰にもわからない。これまでだって何度も頭のおかしいやつだと思われてきたんだろう?」

「貴様っ……!」

挑発に頬に怒りがさした。歯を剥いた俺を見て藤咲は肩をすくめる。すまなかったとあっけなく吐かれた謝罪を前に俺も勢いを削がれた。藤咲はそんな俺を認めると、狭い室内に無理やりはめ込まれたソファを指で刺す。荷物と埃の積もった場所だ。

「とりあえず座って落ち着くといい。君をここに連れ込んだのは、何も喧嘩がしたかったわけじゃないさ」

言われて意識がソファから藤咲に戻った。

「それじゃあ何を」と思わず尋ねる。確認だよ、とやつは素直に答え、「コーヒーでいいかい?」と的外れなことを尋ねた。


入れたてのインスタントコーヒーを抱えて、俺はソファに、藤咲はデスクチェアに腰を下ろした。どちらも古いのだろう。座った瞬間にギシリと軋む音がする。

そうして俺は対角線上に座った男を眺めた。すらりと細長い体躯を白衣で包んだ彼の顔は童顔で、正直年齢がわからない。二十代と言われればそう見えるし、四十間近と言われればそのようにも見えるのだから不思議なものだ。

ゆるりと癖についた茶に近い髪がまた彼を若く見せているもだろう。そしてその美しい顔立ちによく似合う紫の瞳。先ほどはスミレだと思ったが、こうして影を落とせばあやめの方が近いのかも知れない。

「僕の顔に何かついている?」

少しばかり困った顔で藤咲がこちらを見返した。いや、と答えて薄味のコーヒーをすする。

「得体が知れないと思っていただけだ。それより用はなんなんだ」

瞳の色のことなど、考えていたというのも恥ずかしい。追求を恐れて話題を変えれば藤咲は苦笑したのち、やや真面目な顔つきでマグカップをにらんだ。まるで俺から意図して目を背けているようだ。

「君は、自分が死んだその瞬間を覚えているね?」

一瞬、息が止まった。予期していたとはいえ、考えたくもなかったことだ。少しの沈黙の後におれは素直にうなづく。

「覚えている、忘れられるわけがない」

それもそうだ、と藤咲が相槌を打った。そうでなければ「二度目」を味わうことなどあり得ないとも。
117: あと二つほど:2017/4/30(日) 23:40:09 ID:NDGbZRwiy.

どうやら藤崎の方がこの件に関しては詳しいらしい。どういうことかと聞くより先に、藤咲が大きなため息をついた。

「もう二度と会えないかと思った……」

「は?」

意味のわからない言葉につい怪訝な声が出る。それで藤咲も、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか思い知ったのだろう。しばしの沈黙の後、頬を赤くして拗ねたような顔でこちらを見た。

「べ、別に君にってわけじゃない。話のわかる人にってことだよ。……この体になってから、初めてなんだ。話が通じる人に会えたのは。やっぱり精神医学が進化しすぎなのか、前世の記憶なんて言ったら心の病って思われるんだろうな……」

最後の方は哀愁を含んだ独り言になっていった。はぁ、と半端に口を開けたまま聞いていた俺は、ふと湧いた疑問に眉をしかめる。

「おい、お前は『この体になってから』と言ったよな。と、いうことは、もっと以前の記憶も持っているということか? 何度目なんだ貴様」

うろんだった藤咲の目がこちらに戻ってくる。しっかりと俺を見ると、解けるように笑って見せた。

「そりゃあまあ、秘密だよ」

得体の知れない男はそうのたまい、やはりこれは人ではないのでは、と俺を警戒させる。なんだろう、もののけを彷彿とさせる紫の瞳が、実に楽しそうに俺の目の前で笑みをかたどった。
118: これで最後!ありがとうございました:2017/4/30(日) 23:42:57 ID:NDGbZRwiy.

21グラムだよ、と真面目な調子に戻った藤咲が俺に告げた。21グラム? 聞き返した俺にやつはうなづいて見せる。

「君は自信家そうだから心配してないけど、君の体も頭も正常で、人と違うのはここだけ」藤咲は胸を手で抑えた。「魂だ」

人は死ぬとそれを失うと言う。通常であればそれは長い期間をかけて真っ白になるまで洗われて、そしてまた違う入れ物にと移される。つまり、体は死ねば朽ちるだけだが、魂は最初に生まれた時から同じ、と言うことらしかった。

「だから、たまにあるでしょう。行ったこともないのに懐かしい風景とか、初めて聞く歌のに歌えることとか。それは体じゃなくて魂が覚えているんだ。そしてそれは本来、残ったとしても聴覚とか視覚だとか五感による本能的なところだけのはず。でも、僕らは違う」

藤咲は俺をまっすぐに見つめて言った。

「こんなことはあっちゃいけないんだよ。でも僕らは忘れられない。それだけの記憶を持っている。それが魂に傷をつけてしまって、それが癒えるまでは……」

何度でも繰り返す。低い、藤咲の声に、彼であって彼ではない何かを垣間見た。細められた紫の瞳が、じっとりと質量のある闇を纏い出す。

死んだ時のことを覚えているか。

そう尋ねられた瞬間、その時をありありと思い出した。忘れられるわけがないのだ。いや、忘れてはいけないのだ。

「ま、そう言うわけでお互い協力しようよ。僕は君に教えることができるだろうし」

「ああ、そうだな」

我に返ってそう答えた。藤咲に協力して損をするようなことはなさそうだ。そう思った瞬間、細められた瞳に身震いする。軍人としての本能が、俺に警告を与えたがその目はすぐに緩められてしまった。

ところで、とまた違う雰囲気で藤咲は俺を見つめた。どことなく不貞腐れた表情が童顔に磨きをかけている。

「一応僕先生なのにさ、蒼太くんずいぶんな態度じゃない?」

「は? 何がだ」

「いや、何がじゃなくて、敬語じゃないし? むしろちょっと圧を感じるし?」

ふむ、と少しばかり悩む。そういえば普段は気をつけているが、今日は完全に気を抜いていて昔のままの口調になっていた。

「しようがないだろう、癖だ。そもそも貴様がその腑抜けた話し方を治す方が先ではないのか」

「む、……腑抜けた……。僕の方が年上なのにー……」

ぶつくさという藤咲を鼻先で笑う。

恨めしい顔をしていた藤咲だったが、やがて諦めて最後に俺の名前を尋ねた。今のものではない、かつてそう呼ばれていた俺の真の名前だ。

蘇芳、と答えた俺に、ふしぎと藤咲は懐かしげに目を細めた。帰ろうと腰を上げた俺を、藤咲の目が追いかけてくる。

「蘇芳准尉ーーその家には気をつけたほうがいい」

唐突に呟かれ、振り返った。そこにあったスミレ色の瞳は細められ、藤咲はゆっくりと舌なめずりをした。は? と言葉の意図がわからない俺の前で彼は悠然と笑う。やはり、得体の知れない彼を前に俺はなぜかくっきりと食われる予感を知った。


To be continued...(そんなわけない)
119: ◆WkDavSmAoY:2017/5/1(月) 21:14:12 ID:z3trMHcZ5.
 時間の止まったような家、そんな表現を僕は本でよく読んだ。しかし実際空き家に近寄って見ると古すぎて時間の停止を実感出来ない。恐らく僕が生まれるより前から在るものは、時に置いてきぼりを食らったかのような雰囲気がある。
 だから、家は生きているというのが、僕の持論だった。

「……──すごい」

 入り組んだ迷路のような、少しでも身動きを取れば苔だらけの塀にぶつかるほどの細い路地の中。視界が急激に広がった。
 現れたのは雑草の生い茂る空間に赤い屋根と白い壁。開け放たれた窓に揺れる白いカーテン。無遠慮に雑草を踏みしめ、窓から屋内を伺うと作りかけの料理に、先ほどまで子どもが遊んでいたのだろう点けっぱなしのテレビゲーム。おかしいのは、ただ人がいないだけ。ペットでさえ、いない。
 文字通り、忽然と生きているものが消滅したまま数年が過ぎ去ったかのような錯覚。


────
仕事で細い路地をうろついてるからこんな雰囲気の話が書きたかった
推敲してないからおかしいと思うけど流してくださいな
120: ◆WkDavSmAoY:2017/5/23(火) 08:21:03 ID:Supe.2Nvxg

「──、おいで」

 嗚呼。そんな声で私を呼ばないで。私を支配しないで。

「──」

 どうして。私を縛り付けないで。私にはもう、これ以上貴方に差し出すものなどない。

「──?」

 初めてを、燃えるような真っ赤な水を、真っ白な骨を、この身を、名前を意思を魂を存在そのものを捧げたの。
 だから、そんな哀しそうな音で私の名前を呼ばないで。

────
名前は一番短い呪だから名前を知られたら呪縛を受けるのではっていう
121: :2017/6/29(木) 13:44:41 ID:/Ehq2rEIVE
2001年、山茶花の咲く庭にて。
 妹が映る最後の写真は俺が持っている。多分、あのころが俺の絶頂期だった。

 

 2014年、アジサイ濡れる都心にて。

 なんだか最近、街がざわついている。

 梅雨開け間近のぐずついた空を見上げて、僕は鼻先を動かした。ちょっとばかりの湿気に襲われてくしゃみが飛び出す。いつもの街、いつもの通学路。いつもの制服にいつもの鞄といつもの、さえない僕。

 見慣れた駅を出て、これまた見慣れた道を行く。日はとうの昔に天辺まで登っていて、僕は相変わらずの遅刻だった。昼から学校に出始める僕に、多くの友人たちからラインが届く。

『重役出勤かよ』

変なスタンプと共に送られてきたメッセージに、僕は思わず苦笑した。どうでもいい文章。どうでもいい会話。スマホをポケットにしまいこんで、イヤホンを耳に詰め込む。いつもより少し大きい音で、流行りの訳わかんないバンドの曲を流し始めた。みんながかっこいいって言ってるし、テレビでもよく見るから聞いているだけで、別に好きでもなんでもない。

 大体、何もかもがどうでもいい。日向においたアイスみたいに、溶けて崩れそうな僕の毎日。

「つまんな……」

思わずそんな呟きが漏れた。街だけが騒がしい。まるで明日から何かしらの革命が起きるって、そう信じているみたいに。人々は何事かを主張し合いながら生きている。けどどうせ、そんな革命はパフォーマンスだ。

 17になったらそのくらい、分かってしまう。

 コンビニで昼飯を買って外に出た。じっとりと湿った外は少し小雨が降り始めている。鞄の中から傘を出そうと立ち止まれば、後ろから歩いてきた集団が次々とぶつかっていく。よろけて転びそうになった僕を彼らは笑った。
122: :2017/6/29(木) 13:48:12 ID:/Ehq2rEIVE
派手な髪色にジャラジャラと纏わりつくように身に着けた銀のアクセサリー。碌に学校にも行かず、働いてもいない連中だ。僕だって人のことなど言えたものではないけれども、確実にでっかい波の端っこで流されているような人種。つい、舌打ちが漏れた。それがまずかった。

「あ? お前何? なんか文句あるのかよ?」

一番後ろを歩いていた男が僕を振り返り、つばが掛かってきそうな勢いで叫ぶ。何でもないです、そう言っても事は収まらなかった。

「お前、学校ドコよ。こんな時間に遊んでるって学校にちくってやろーか?」

「……やめてください」

鞄を持った腕を掴まれて、僕は思わず身を引こうとする。思わず顔を顰めるくらいの力で男は僕の腕を掴み、それを阻んできた。気が付くと前に行っていた連中も戻って来ていて、僕を取り囲んでいる。まずい連中に絡んでしまった。

「学校にちくられたくなかったら財布の中身ちょーだい。今時の高校生って金もってんだろー? 早く出せよ」

「つーか、こいつの高校どこ?」

「あっ、学生証みっつけたー」

「ちょっ、やめてください!」

勝手にポケットをまさぐられて、学生証を取られた。返せと要求するも、髪を真っ赤に染めた男がへらへらと笑って僕を弄ぶ。周りもそれに釣られたように、爆笑し、僕をさらに煽った。恥ずかしさに顔が赤くなるのが分かる。けど、この人数を僕がどうにかできるとは思えない。ケンカなんてしたこともないし、もやしっ子に出来る事なんて何もなかった。

「金出すから、学生証返してくださいよ!」

「えーっ、お前らどうするよ?」

「どうせ今はそんなに持ってねぇんだろ? これは預かっててやるからさ、家帰って母ちゃんの財布からも取ってこいよ。最低10万な」

「そんなっ……、無理に決まって……!」

焦って反論した僕の前に、男が学生証を突き出す。もし指示に従わなかったら、と彼は言ってにやりとした。

「小島優斗くんが学校サボっていけないことしてたって、あることない事学校に吹き込んじゃおうかなー」

「俺は別に、遅刻しただけで……!」

そんな事は関係ない。男がそう言って俺を嘲笑った。選択肢は二つに一つだ。学生証を取り返すために金を家から盗んでくるか、それとも学校にあることない事吹き込まれるか。

 悔しさに口を噛んで俯く。僕を取り囲む男たちはにやにやと笑いながら、決断を迫るカウントダウンを始めた。10秒以内に決めなかったら強制的に学校に電話をする。

「6、5、4……」

3、と言われる前に僕が分かったと言おうとしたときだった。

「ヒャッハー! 俺がヒーローだぜっ!」

そんな叫びが聞こえたかと思うと、僕に詰め寄り、学生証を突きつけていた男が吹き飛んだ。唖然としたのは僕だけじゃない。僕を囲んでいた連中も唖然としてその光景を見ていた。

123: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:49:27 ID:/Ehq2rEIVE

「ヘイヘイヘイ、良い子のみんなー? 俺が来たからには悪行はおしまいよ!」

「な、なんだよお前……」

男のテンションに、先ほどまであんなに勢いのあった彼らも引き気味になった。気持ちはよく分かる。助けてもらっておいてなんだが、僕もこの人のテンションがさっぱりわからない。

「お、お前なんだよ! 急に入ってきて邪魔すんじゃねーよ! テメェに関係ねぇじゃねぇか!」

蹴り倒された男が怒りをそのまま男にぶつけるように怒鳴った。関係ない? 自称ヒーローはその言葉に首を傾げる。彼はもう一度男を蹴り飛ばし、握っていた学生証を奪うと、更に男の腹を踏んだ。グッと苦しそうなうめき声を男が漏らす。

「関係ない? 俺に関係ないことなんてありませんけどー! 三百六十度、周りぐるっと全部で起こることは俺に関係あることですけどー! この西水流さまはなぁ、視野が広いんだよ!」

多分彼の主張において、視野の広さは関係ない。何言っているんだろう、と相変わらず引き気味だった僕とは変わって、その一言に取り囲む連中はざわついた。ニシツルだって? 誰かの囁き声が聞こえる。

「やべーよ、あいつ、頭おかしいよ」

それには同感だ。

「ニっ、ニシツルってもしかして旧帝の西水流かよ!」

連中の一人がはっきりと叫んだ。それに彼の仲間内はざわついて行く。やばいよ、という焦燥のこもった声がさざ波のように広がっていく様を、僕は呆然と眺めていた。ニシツルさんと言うと、一人、飄々とした顔で懐かしいなぁなどと言ってる。

「旧帝の西水流とか久しぶりに呼ばれちゃったぜ」

ハハッと笑った西水流さんに、連中は顔を見合わせた。逃げると言うことで意見が一致したらしい。すっかり伸びてしまっていた仲間を一人かついで、足を揃えて逃げ出す。西水流さんは笑顔でそれを見送り、手まで振ってやっていた。

「よーし、片付いたな。坊主、お前ちゃんと高校行かないとバカになるし、友達に会えなくてブルーになるぞー」

振り返った西水流さんが、僕に学生証を手渡してくれる。素直に礼を言えば、彼はにっこりとして、僕の頭を撫でてくれた。まるで子ども扱いだ。

「よっしゃ、これで一日一善達成だぜ。サカエに教えてやろーっと」

「イチニチイチゼン?」

飯のことかと尋ねれば、西水流さんは思いっきり僕をバカにした顔で見下ろした。学校行けよ、と哀れむような調子で言われ、さすがにムッとする。

124: 長くて心折れそう:2017/6/29(木) 13:51:30 ID:/Ehq2rEIVE

「一日一膳だったらひもじくて仕方がねぇじゃんかよ! 違ぇよ、善い行いの事だって。一日一善! わかる?」

「はぁ……、大体」

けれどもなんでそんなことをしているのかが分からない。西水流さんが警察の制服が似合いそうな、好青年だったらまだしも、さっき僕をカツアゲしていた連中と大差ない姿なのだ。金髪も派手な身なりも騒がしい話し方も、僕が軽蔑する人種だと言うのに、西水流さんは僕には考えもつかない妙なことを言う。一日一善なんて、あほらしい。

 僕が妙な顔をしていたのか、西水流さんにその違和感が伝わったらしい。彼は髪をガシガシと乱暴に掻くと、あのさぁ、と少し真面目な顔で僕を見下した。

「お前、ロックのジャンルでオルタナ、alternativeって知ってるか」

僕は素直に首を振った。そもそもロックのジャンルなんて知らない。流行っているバンドや歌手が全てだし、ジャンルなんかで歌なんて聞いた事が無かった。それを告げれば、あからまさに西水流さんは嫌な顔をする。

「alternativeって言うのはよ、普通単語としては代替のとか代わりのって訳すだろ? でも、alternative rockって言うのはさ、それとは意味が違って主流の物とは趣向が異なるロックのことを言うんだよ。俺たちはそれなんだって」

「よく、わからないです」

「って言う顔してるよなぁ。仕様がねぇなぁ」

ロックのジャンルがどんなものかはよく分かった。けれどもそれが西水流さんたちだと言うことはよく分からない。バンドでも組んでいるのかと言えば、西水流さんは違う、とまた首を振った。

「俺たちは主流とは全く別の、むしろ逆の路線を走るんだよ。お前らは無関心、だから俺たちはなんにでも関心を持つ。自分の物だと思って関わってる。一日一善もそれの一つ。みんなそんなことしようとも思わねぇだろ? だから俺たちがやるんだ」

「なんでわざわざそんなことをするんですか?」

僕の何気ない問いに西水流さんは呆れたようだった。理由なんているのか? そう彼は僕に問う。何かしようとしたことに対して、大義名分がいるのは革命だけだと。彼は見た目の割に随分と賢そうなことを言っている。

「けど、別に西水流さんたちがやる必要はないじゃないですか」

僕が納得できずに異論を述べれば、西水流さんは目くじらを立てて僕を怒った。お前バカなの? そんな彼の罵声は案外僕を傷つける。

「あのなぁ、誰かがやるから俺がやらなくていいなんて道理にはなんねぇんだよ。かっこいいだろうが、かっこいいのは俺がぴったりなんだよ。俺がそう思うから俺がやるんだよ。なんか悪いのか?」

「いえ……、悪くないです」

「あとさ、サカエが前に言ってたぜ。主体的に生きなきゃつまんねぇんだよって。意味わかるか? 要は、俺が主人公だぜって思って生きないとなんもかもがつまらなく見えるぜってことだよ、坊主」

そう言うと西水流さんは僕の背中を思い切り叩いた。痛みと勢いに、つい丸まりがちの背中が伸びる。ほら、と彼は何故か得意げな顔で僕を見て、その方がいいと笑った。

「格好つけて生きないとあっという間に腐っちまうぜ。世界って絶えず変化してんだからな」

学校行けよ、と西水流さんは僕にもう一度忠告した。バカになっちまうぞ、とやっぱり彼には言われたくないことを言う。それから礼を言った僕に笑って、彼は去っていった。さよならを言わない人なんだと、僕は遠ざかる背中を見て知った。
125: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:52:06 ID:/Ehq2rEIVE
友達からのラインが届いている。

『お前いつ学校来るの?』

予想以上に遅れている僕に対する心配だ。いつもだったら面倒くさくて多分返信はしない。さした傘を枢と回して、僕は息を吐いた。傘の淵から見える空は相変わらず曇っていたし、すっきりしない天気だった。

「alternative rockか」

聞いた事のないジャンル、と言うか真面目に音楽なんて聞いた事ない。流行りの音楽を止めて、僕はイヤホンを耳から外した。

『今にも行くよ』

友だちにラインを返してスマホをポケットにしまい込む。傘をそっと畳んでみた。必要なほどの土砂降りでもない。今日くらい、明日はないかもしれないけれども今日くらい、ちょっとだけ格好つけて生きて見ようか。

 街を振り返る。なんだか街がざわついているように見えた。



 2008年、桜散る放課後の校庭にて。

「田代ってさ、別に不良じゃないよな」

 同じ中学からこの春、旧岩庭高校に進学した泉昌哉が呟く。そうだけど、と俺は応えた。桜の下は毛虫が落ちてくるぞ、と昌哉に教えてやった直後のことだった。

 あまり中学では話さなかった奴だが、悪い奴ではと知っている。泉昌哉は野球部のエースで、しかも勉強もよくできた。それなのに不良の巣窟と言われる旧岩庭に進学した変人だ。

 旧岩庭に進学した理由を問えば、昌哉は頬を掻き、さぁと肩を竦める。

「高校生になってまで真面目って言われるのもヤダし、どこ行っても野球部入れって言われんのもヤダし。宮廷野球部無いじゃん、だからいいかなって」

「野球やめんの」

126: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:53:47 ID:/Ehq2rEIVE
「おう、髪伸ばしてんだわ。俺もお前みたいに染よっかなぁ」

ちらりと昌哉が俺の頭を見上げて呟く。別に染めていないことを教えれば、昌哉はこちらがびっくりするくらいに驚いた。

「地毛なの?」

「おう、母さん外国人」

「マジで? じゃあ、その目も本物?」

俺はその問いに頷いた。昔っから素行が悪いというか、だらしなかった所為なのか、この髪も目も人工の物扱いされている。けれども実際は天然の物で、イタリア人の母さんの影響だった。この茶髪もグレイの瞳も。

 勘違いされるのは慣れっこのことだし、父さん曰くちゃんとした格好をしないのが悪いらしい。だから普段から特に気にしていなかった。それなのに昌哉はやけに気にした様子で、律義に俺に謝ってくる。やっぱり真面目な奴だ、と俺は息を吐いた。

「髪と目はいいとしてもよ、ちゃんと制服着ないと先輩に目つけられるぞ」

「……ネクタイ失くしたんだよ」

「入学三日目でかよ」

爆笑する昌哉にうるさいと俺は顔を顰めた。本当にうるさい。こんなに笑ったり驚いたりする奴だと知っていたら、俺は話しかけなかったのに。昌哉は気のすむまで笑うと、購買で買うことを勧めてきた。そんなことを言ったって、すぐに失くしてしまうから金の無駄だと思う。

「田代お前面白いなー、な、メアド教えろよ」

「なんで」

「暇になったら呼ぶよ。遊ぼうぜ」

面倒くさがる俺を急かして、昌哉はケータイを取りだした。赤外線通信で遊びながら、俺たちはメアドを交換する。ケータイを見た昌哉はやばい、と顔を顰めて鞄を持ち上げた。

「悪い、俺帰るわ。じゃあな」

校門に向かって走っていく昌哉を見送り、俺は桜の木の下に座る。大きな欠伸をしていると、俺の鞄の上にポトリと毛虫が落ちてきた。昌哉、ともういないクラスメイトの名を呼んでみる。

「お前、なんで野球やめたんだ?」

いつか、訊いてみようかとも思う。それにしても坊主じゃない昌哉はなんだか格好が悪かった。あれで髪を染めたらどうなるんだろう。手の中で震えたケータイを見れば昌哉からで、明日学校でとまだ学校にいる俺への厭味のようなメールが届く。だから俺は返信画面を開き、ちょっと悩んでからメールを送った。

『髪染めたら写メっておくれ』

たぶん、返信を読んだ昌哉は爆笑するんだ。
127: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:54:34 ID:/Ehq2rEIVE
翌々日の休み時間

「あーっ! 泉昌哉だー! お前、俺の事覚えてるー?」

 一人で百人くらいの肺活量を持っているんだろうか。俺は思わず奴を見て首をかしげた。教室にいた全員が奴を振り返っている。

 ピンクがかった茶髪に着崩した制服とアクセサリー尽くしの男は、ずかずかと遠慮もなく俺のクラスに入ってくると昌哉の席に腰を下ろした。宣言通り、茶髪になった昌哉が男を見上げて首を捻っている。髪を染めても真面目な男、昌哉は次の英語の予習をしていた。一方で俺は昼寝をしていた。

「誰お前」

昌哉の冷たい返事を聞いて、男はうそだろ! と喚きたてる。奴が動くたびに、身にまとったたくさんの銀がちゃらちゃらと音を立てた。チャラ男だ、と俺は気が付いてハッとする。世に言うチャラ男を見たのはこれが初めてのことだった。

「俺のこと忘れてんのかよ! 桜の花幼稚園で一緒だった西水流だって、西水流伊織。本当に覚えてねぇのかよ」

「ニシツル……? あーあー、あー……! あの漢字が面倒な奴?」

「なんだ、よその覚え方!」

と、怒りつつも西水流とかいう奴は機嫌よく爆笑し始めた。チャラ男ってよく分からない。机に突っ伏した俺はそんなやり取りを眺めながら、西水流がうるさいなぁということを実感する。

「お前うるせーよ」

そう思った時にはもう、口から言葉がつい出ていた。あぁ? と威勢のいい声とともに西水流が笑みを消して俺を振り返った。途端に不良然とした彼を見据えて、うるさいよともう一度繰り返す。奴は俺を唖然として見つめ、そうかと思うと急に俺の方に駆け寄ってきた。

「えっ、なにあんた! すごい派手! その目何! カラコン?」

「は? カラコンってなに、天然だけど」

「テンネン? テンネンってなに? 天然っ!?」
128: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:55:06 ID:/Ehq2rEIVE

そこから西水流は大体二百回くらいはすげぇと叫んだような気がする。俺の周りをすごいすごいと騒ぎながらぐるぐるとし、突然俺に向かって手をつき出すと、強引に手を取り振り回した。

「俺西水流! 西水流伊織! アンタ名前は? やべーよ、友達になろうぜ」

どうにかしてくれ、と昌哉を振り返れば、奴はにやにやとしてこちらを見ていた。案外仲良くなれるのではないか。昌哉のそんな無責任な言葉に、俺はむっつりと不機嫌になる。

「そいつ、田代。田代おもしれーから、西水流と気が合うと思うぜ」

「マジか! 俺、面白い奴好きだわー! 田代、よろしくー! 俺隣のクラスね、マジよろしくこれから一生!」

「一生かよ……」

よろしくしたくない。思わず呟いた俺に西水流は怒り出し、昌哉は笑い出した。西水流が一人いるだけで、東京ドーム満員くらいの賑やかさに見舞われる。俺はなんだかぐったりとして、そう言えば満員の東京ドームなんか行った事ねぇな、と思い出した。

 そんな訳で、ケータイのアドレス帳にもう一人増えた。勝手に登録された西水流の漢字を見て、確かに面倒だなと俺は昌哉に同感する。


 翌々日、雨の午前中、前の席が初めて埋まった日。

 寝坊して遅刻した。中学の時はこのくらいの寝坊なら10分くらいの遅刻で済んだのに、高校となると電車の都合で一時間も遅れてしまう。遠いって怖い。距離の恐ろしさを思い知った俺は、いそいそと職員玄関から学校の中に入り、自分の下駄箱を目指す。

 誰かがいると知ったのは人影が見えるくらいに近づいてからだ。完全に一限が始まっている時間だと言うのに、どうして玄関に人なんているのだろう。そう思って俺は思い出した。よく考えれば旧岩庭高校、通称旧帝は不良の巣窟だ。授業をさぼって誰かが遊んでいるのだろうと思えば、話し声にも時間にも納得する。

 それが悪いことに俺の下駄箱のすぐ傍であったことに、俺は悲しくなった。男が三人、それからもう一人、大人しそうな雰囲気の男が下駄箱を背に俯いている。

「南校行くとかいっといて、お前も旧帝かよ。宮下、何お前、渾身のギャグ?」

一人の言葉に周りの男たちがにやにやと笑う。どうやら親しいらしい。別に歓談しているのは構わないが、俺の下駄箱の前はやめてほしい。おい、と声をかけると、一人がこちらを振り返った。歯を剥き出しにした、犬のような表情だ。ところが俺を見ると途端に目を逸らす。

「どいてほしいんだけどよ」

そう言うつもりだったのに、うっかり噛んだ。朝飯を食わなかったからかもしれない。

「どけよ」

に結果縮まった言葉に、男たちは舌を打ってそれぞれ歩き出す。残った大人しそうなやつが一人、俺を見上げていた。着いて行かないのかと不思議に思って見ていれば、奴は驚くくらいに控えめな、けれども柔らかい笑みを浮かべる。
129: 名無しさん@読者の声:2017/6/29(木) 13:55:31 ID:/Ehq2rEIVE
「助けてくれて、ありがと」

「お?」

助けた? いつ? 誰が? なにから?

 やや混乱しつつも俺はむっつりと頷く。さっぱり意味が分からん。事態が呑み込めない俺をよそに、奴がニコニコとしながら俺にもう一度礼を言った。覚えのないことに礼を言われるのは癪だったので、気にするなと適当なことを言う。

「それよりそこ退いてくれ。靴が取れん」

「あっ、ごめん。あ、ここが靴箱ってことはクラス一緒なんだ。名前何?」

「田代」

クラスメイトと言う割に見た事の無い顔だ。もちろん、一週間程度でクラスメイト全員の顔を覚えている訳がないんだが。

 誰だったかと俺が頭を悩ませている隣で、男はシロちゃんかーと言い出した。さすがにそれにはぎょっとして俺は奴を振り返る。

「シロちゃんってなんだ」

「えっ、田代でしょ、だからシロちゃん」

「意味わからん」

そんな気持ち悪い呼び方をされたのは初めてだ。やめろと言ったのに奴はしつこく俺を呼び続け、結局俺が折れた。お前は、と名を尋ねると彼はにっこりとする。

「俺は光」

「サカエか」

頷いたサカエと共に教室を目指す。遅刻したのかと尋ねれば、サカエは朝がべらぼうに苦手らしい。実は今日が初登校なのだと、彼は深刻な顔で俺に告げた。毎日毎日起きたら昼だったため、学校にきそびれていたと言う。

「俺、受験の時も寝坊して志望校落ちたんだよねー」

サカエはサラリと恐ろしいことを言ってのけた。確かにサカエは旧帝に来そうな男ではない。昌哉とはちょっと違う、上品さを持ち合わせた真面目そうな男。そんな俺の感想を聞いて、サカエは間違ってはいないと笑った。

「なんか場違いな感じだし、初日行ってないし、それで俺、今日すごく緊張して来たんだよねー。ま、最初に会ったのが同じクラスで、しかもシロちゃんでラッキーだな」

「なんで」

「えー? だってシロちゃん俺の友だちだぜ? 話しやすいし、本当ラッキーだよ」

いつから友だちになったんだろう。なんだか最近、勝手に友達認定されることが多い日々だ。新学期なんてそんな物かもしれない。俺は一人納得していれば、サカエがシンプルなケータイをポケットから取り出して俺を突いた。
130: 掘り出したもの。。読んでくれてありがとう:2017/6/29(木) 13:56:03 ID:/Ehq2rEIVE
「メアドと番号教えてよ。でもって、朝起こしてよ」

「はぁ?」

「だってさー、朝遅刻したらシロちゃんと遊ぶ時間減っちゃうだろ? 俺寝坊したら学校行く気失くすし。な、人助けだと思って、頼むよ」

渋々俺がケータイを取りだすと、サカエは嬉々として俺とメアドの交換をした。明日から頼む。念を押されて俺は、何か呪いでも受信してしまったような気持ちでケータイを見つめる。サカエは一人、ニコニコとしていた。

 授業中の教室に入る。教師は俺を見て顔を顰め、サカエを見て驚いたようだ。飄々とした顔のサカエが俺の後ろを歩くのを見て、周りが何かを言っているのが聞こえる。にやっとした昌哉と目が合って、俺は眉を顰めた。

 俺が席に着く。教師の小言を受け流しつつ、教材を準備しているとサカエが突然俺の前に座った。びっくりして俺が目を瞬いていれば、振り返ったサカエが得意げな顔で笑う。

「先生に訊いたら前の席だった。笑っちゃうよね、笑っていい? それよりね、俺教科書忘れたんだわ。というより、ペンとかも持ってなかったわ。シロちゃん見せてー貸してー」

俺の前の席の住人、サカエは俺よりもずっとだらしのない男だった。俺はため息を吐いて、教科書を奴の方に差し出し、ルーズリーフを一枚分けてやり、最後に筆記用具を貸してやった。大げさに喜ぶサカエが教師に怒られ、ついでに俺も怒られる。理不尽に不機嫌になった俺を見て、サカエはやっぱりにこにことした。

 不思議な出会いが積み重なった、高1の春。桜はもうすぐ、全部散ってしまう。
131: 名無しさん@読者の声:2017/8/21(月) 23:22:19 ID:NNJl38p7K2

小噺をいくつか用意しておいた。愚かな人間たちが、退屈のあまりに妙なことをしでかさないように。


東京都内のとあるオフィスビルは、年に一度だけやたらと華やかな日がある。普段は何をしているかわからないビルに、密やかにだが確かに大勢の人間が集まるのだ。廊下やエントランスには花々が飾られ、仕舞われていた絵画が壁にかけられる。殺風景だったビルは途端に花開き、一年に一度の行事に備えていた。

そこに会する面々も毎度のことながら豪華である。彼らは一様にスーツに身を包み、駐車場は高級車で溢れる。

奇妙なことに車は値段の下限が決まっている。必ず最低限トップクラスとなっており、エグゼクティブクラスの車は普通にゴロゴロと停まっている。駐車場ですら、どこぞのショールームかと思うような場所に様変わりするのだ。

彼らは皆、最上階を目指してエレベーターに乗る。エレベーターは今日限り、最上階と一階エントランスと地下駐車場にしか止まらない。地上との間にある24ものフロアは、全て無駄になるのだ。

彼、もまたそのエレベーターに乗り込んだ一人だった。コーヒーを片手に、同乗者のいないエレベーターで快適に過ごす。数秒で最上階までついてしまうその間も、窓に映る完璧な自分にうっとりと目を細めていた。この世で最も美しい男だ。

比較的小柄な体をスーツで包み込み、そのグレイの髪を綺麗にセットしている。今日も眼鏡は欠かせないが、そのグラスの奥の瞳は猫のような美しい形をしていた。赤い唇を笑わせ、最上階のフロアに足を踏み入れる。

フロアにはドリンクバーと大きな円卓以外何もない。今日限り雇われたバーテンたちが、静かに注文を受けていそいそと働いている。彼もまた、バーテンに空のコーヒーカップを渡し、代わりに好きなシャンパンを頼んだ。バーテンが厳かに準備をするのを待ちながら、本日の出席者に目を通す。

この催しはたった二十六人のためだけに開かれる。この会社で働く数千人のうちの、二十六人のためだけだ。

彼らは特別であることが、この一年に一度の会議だけでも知らしめられている。それに優越を感じるか感じないかは個々人の自由だったが、彼はどちらかと言えば感じない方だった。この扱いが”当然”だと思う二十六人のうちの一人である。

届いたシャンパンのグラスを傾けながら、サファイアガラスが光る時計に目を落とす。女性ものの時計だ。会議まで後十数分と言うところだろうか。早く来すぎたかと思いながらあたりを見回し、彼は顔見知りを見つける。

「イヴ姉さん! 久しぶりだね」

バーに近寄って来た一人の女性が、彼に目を止める。すらりとした体躯に、美しい脚が目を惹く。彼女お気に入りのハイヒール。彼女は化粧で強調した形のいい瞳を笑わせ、あら、と彼に手を振ってみせた。細い指先が、軽やかに空で遊ぶ。
132: 名無しさん@読者の声:2017/8/21(月) 23:23:53 ID:gem5whae7o

「アイヴィー、元気そうね」

彼女はそう言うと、同じようにバーテンに飲み物を頼んだ。ミネラルウォーターと告げた彼女に、彼の方が目を瞬く。飲まないの? とグラスを掲げてみせると、Eの彼女は肩をすくめてみせた。革のクラッチバックから鍵を取り出してみせる。

「今日は私が運転手なのよ。あなたは相変わらずね。自分が一番って顔をしてる」

「まあね。あれ、それより姉さんの今日の服って?」

Eはふふん、と鼻を鳴らして自らの体を見せつけて来た。指先と手の甲で太ももから膝にかけてなぞり、腰に手を当てる。

「いいでしょう、ヴァレンティノなの。最近の一番のお気に入りね」

「いいなぁ、女性物って線がセクシーでいいよね」

Eはそう言う彼に目を止めて、静かにそっと体の線に沿って視線を下ろす。彼はそれにぞくぞくとするようだった。他人に見られるのは、いつだって気持ちがいい。彼はいつでも、誰かの視線を浴びたくてたまらないのだ。

「I、まさかまたスーツ新調した? 見たことない」

「ふふん、さて、どこのでしょうかー!」

「あなたはブリティッシュスタイルは嫌いでしょ?」

「まあね、僕あまり背が高くないから、イギリス式は得意じゃない」

「そうなるとイタリアか……。その感じだとイザイアでしょ? あなたと、イニシャルが一緒だし」

Iは指をパチンと鳴らしてEに向かって指を突きつける。ご名答。笑顔でそう言った彼を笑い、彼女はその隣に並んだ。ミネラルウォーターのグラスに指を巻きつけ、喉を潤す。

ハイブランドのスーツを着るのは彼らだけではない。当然、ここに来る二十六人全員がそうだ。

それぞれ好みのブランドで値段や国やこだわりは違うが、パッと見ただけでもバーバリーやエルメス、アルマーニにトムフォードと勢ぞろいしている。スーツだけでもどれだけの金が飛ぶかわからない。そしてその大抵がオーダーメイドだ。

一流の服、一流の飲み物、一流の車、そしてそれに見合うだけの選ばれた一流の人々。そして彼らだけが成しえる、一流の仕事。

彼らは自分がそこにいることを誇ることはない。何度も言うが、I同様選ばれて当然だと思っている。

そして彼らは皆、お互いの名前を知らなかった。知っているのはコードネームの頭文字だけである。それを時折、仲間内でふざけて適当な名前をあだ名して見たりもするが、本当の名前は本人達しか知らない。

彼、Iもまた同じだった。Eとはもう数年の付き合いになるが、それでも彼女の出身地や国、そしてここに来た経緯まで何もかもわからないのだ。便宜上イブと呼ぶことが多いが、それも戯れによって変わる。それが彼には心地よいと思うし、面白いと思っていた。
133: おあそび:2017/8/21(月) 23:25:22 ID:gem5whae7o

「そろそろ始まるわよ」

彼女が時計を見下ろしてそう呟く。Iはそれにうなづき、バーテンにもう一杯のシャンパンを頼んだ。

「そう言えば、相棒はどうしたの?」Eが尋ねる。

「去年までの?」Iは冗談めかして答えた。

「今年もきっとそうよ」彼女は苦笑いをする。

さぁ、とIはシャンパンを受け取りながら肩をすくめる。大方、まだ駐車場で愛車と仲良くしているか、どこかでタバコでも吸っているのだろう。そんなことを話していると最後のエレベーターが到着した。キングかと皆が注目した先に、件の相棒が現れる。

Iが選ばなければ服の良し悪しもわからない彼だ。今日はトムフォードを着せてやったが、体つきがいいので似合っているのが癪に触る。

車以外に目のない男なので、自分の価値にも来ている服の価値にも興味がないに違いない。彼はいつだって、愛車であるメルセデスベンツS65AMGしか、愛していない。

宝の持ち腐れ、と無意識に呟いたIを、Eは喉を鳴らして笑った。

「ご登場よ」

「キング並みの重役出勤だよ」

Iは腰をあげると、彼に向かって手をあげる。「Jさん」そう呼ぶと、彼がこちらを振り返った。

ニ年間、パートナーとして一緒にいた彼だ。癖も思考パターンももう覚えている。話し方、声、足音まで。黒い髪を撫で付け、澄んだパールグレイの目をしていることも。

しかしJと呼ばれる彼自身のことは、当然Iが知っているわけがなかった。知りたいと思ったこともない。そして知らぬまま、別れるかもしれなかった。

今日は年に一度の会議である。一年に一度、組み分けが変わる。一流の二十六人を、一流の十三組に分けるのだ。一年間のパートナーが決まる日である。一流のパートナーを手に入れたら、一流のコンビになる。それが決まりだった。

ところがIは一流のパートナーを手に入れたのに、いつも三流のコンビになった。不吉の十三番。皆がそう呼ぶ彼らはおそらく今年も、パートナーが変わることはない。

さて、退屈な会議の余興に二年間の暇つぶしの話でもしよう。それはいわば、ロマンスを探す旅路だった。
134: 爆発したでお遊び:2017/12/19(火) 23:50:37 ID:jld5b.jDtk




爆発だった。

雷鳴のような轟が伝わり、直後に地面が揺れた。テーブルに並んでいた昼食が揃って台無しになった。ついでに話していた内容を忘れた。

残り風が自分の髪を揺らす。埃と砂にまみれた髪の毛を、鬱陶しそうに手で払いのけた。

「遠いな」

視線の先にあった爆破地点は状況を目視できぬほど遠く、辛うじて火花が散るのが見える程度だ。ここから見ているとその凄惨さが伝わって来ず、打ち上げ花火でも見た呑気さだけがある。

同席者が笑う。短髪な彼は爆風なんて気にならなくて、少し羨ましい。周りの連中も気にせず、食事を続けていた。

「寂しいなら近くに行ってもいいんだぜ?」

「相変わらずご親切なことで」

呆れて鼻を鳴らす。バカなことを言うのは日常茶飯事で、むしろバカなことがまともなことになりかけている。

自分たちは続いている爆破を横目に、ランチを楽しんだ。17分並んで買った昼食だ。ビールはもっと時間をかけた。たかだか空爆ごときで飯を台無しにしたくない。

さっさと飯をかき込みながら、話の続きを思い出そうとする。なんだったか、と思いつく前に、同席者の方が口を開いた。

「最近はなんでもありだな。旧型から新型まで。まるでガレッジセールっていう具合でな、あれは……、見たことないぜ」

「はぁ? 見てわかんの?」

爆弾の種類なんて、目視だけじゃ絶対にわからない。自分はしげしげと遠くの爆心地を見ようとしたが、結局わからなかった。

自分たちをよく思わない連中は芝でも刈るような心地よさで、こちらを絨毯爆撃してくる。自分たちも芝であるから、いちいち刈り取られた連中に感情移入はしない。五年前からだ。そのように常識とモラルは変わった。

「せめてこっちに来なきゃいい。俺のサンダル新品なんだよ。もったいねぇ」

「こっちだって、17分並んで買った昼飯を砂まみれにされたくないし、43分かけて買った温いビールを失いたくない」

「ビール、今日何ドルだった」

「忘れた。でもちょっと安かった気がする。円高かな」

どうでもいいことを話し合う。どうにか飯を平らげてしまって、ゴミと皿を全部床に落とした。また空爆が起きればこんなもの、消えて無くなる。
物には価値がない。人間にも価値がない。ありとあらゆる物の価値観は霧散した。

同席者は椅子の深く寄りかかった。自分たちはお互い、遠くで起きている爆発に飽き飽きとしていた。

それでなんの話をしていたんだったっけ。自分はそれを思い出そうとしながら、ビールを仰いだ。ビールは温く、水で三倍くらいに薄めたような味がしたが、それでもビールというだけで美味かった。


135: 名無しさん@読者の声:2017/12/19(火) 23:51:53 ID:jld5b.jDtk

同席者が鼻で笑う。皮肉めいた笑い方をしていた。彼らしい。

「あっち側で死人が出てんのに、こっちは相変わらずのお祭り騒ぎだな」

彼は言いながら額の横を掻いた。深い傷の残ったそこには髪の毛が生えていない。

「‘お盆なんでしょ、ここは常に」

「ちょっとちげーだろ、それは」

「違うかなぁ」

盆なんてやったことのない自分には、彼の言う違うがわからなかった。ビールをチビチビとすする。これは43分のビールだぞ、と自分に言い聴かせる。

爆発がもう一度。確実に近づいてきているそれに、同席者と自分は視線を交わした。一瞬で椅子を蹴る。高い音が聞こえる。ガレッジセールの開催を知らせる、航空機だ。

「ほら、お前が恋しそうに言うから来てくれちまっただろうが!」

「それ言う間に三歩は前に進めたよ」

周りの連中とほとんど一緒になって走り出す。できるだけ遠くに、できれば物陰に、できれば建物の中に。子供のはしゃぐ声が反響していた。彼らが笑って叫んでいる。

「AK! AK! AK!」

こっちじゃどんな時もお祭り騒ぎだった。

自分もつられて笑う。爆笑しながら走り続ける自分を見て、同席者は唖然としていた。それから伝染したように笑い出す。

気がつくとみんな笑っていた。老若男女問わず、様々な笑い声が反響する中を駆け抜ける。

急に音が消えて体が軽くなった。

自分が宙に投げ出される。一瞬、47分かけて買ったビールと自分の頭と、どちらを守ろうか悩んだ。結局ビール瓶を手放す。回転していくビール瓶の口から黄金が溢れ出る。その美しさに目を見張った。

音楽を知る。黄金の酒の粒はショパンだ。美しく、完全なるショパンが溢れでている。その時、高い耳鳴りがして、音が一瞬だけ戻った。

体が地面に投げ出される。瓦礫の中に埋もれるように転がり、足だとか腕だとか腹だとか、いくつか怪我を負った。質量のある静寂に包まれた中で、耳鳴りだけがはっきりと聞こえる。血だらけの手のひらで顔をぬぐい、やっぱり自分は笑った。

死ぬ時もきっと音楽と共にある。ここは最期の一瞬までがカーニバルなのだ。

そこらで自治区と呼ばれるこの奈落を、自分たちは楽園だと信じている。死に一番近い楽園だった。

ガレッジセールが始まる。
136: 爆発した:2017/12/24(日) 23:56:04 ID:HVvwuJL8jU


爆発から9日目。

瓦礫の中を男が歩いてくる。青空だった。バカみたいに機嫌のいい空を眺めていると、この状況が何もかも嘘のように思えてくる。

9日前、瓦礫の下で目を覚ました。6日前、初めて新鮮な空気を吸い、外の惨状を知った。4日前、彼に出会った。この場所で。

男はボロボロのスーツを着ていた。ワイシャツは血と泥で汚れていて、もともと何色だったのかも定かではない。ネクタイは今や、足の傷の止血帯を担っている。誰もいないのだから、格好など気にする必要もない。

うっすらと全身粉塵に塗れた彼は、どことなく霞んでいた。くしゃみを一つして、男は天を仰ぎ、顔を両手でこする。まっさらな空を見て、目を細めた。もともと何もなかったのだ。彼はそう思う。

瓦礫の中を進む。肌感覚を頼りに元の街並みを思い出しつつ、彼は駅に向かっていた。9日前の朝までは、ごく普通のありふれた駅だった場所にである。

見渡す限り瓦礫の山だった。人はいない。動物もいない。猫も、犬も。虫すら、ありえない。植物も姿を見せなかった。

「あ」

明るい声が響いて、男はそちらを振り返る。若者がいつものようにそこにいた。瓦礫の横に腰をかけて彼を見ている。笑顔だった。若者の傍には自身の屋台があって、赤い幕は〈たこやき〉と示している。

「や、昨日は来なかったね。死んだかと思ったよ」

若者は敬語を使わない。男は彼の柔らかく、優しい言葉を聞くと笑ってしまった。それでいつも驚く。笑うというのは、どうしても他人がいないとできないことなのだと。

男は埃まみれの頬を掻く。4日目に出会って以来、ここには毎日来ていた。彼の焼くたこ焼きを食べ、状況をいくつか聞いたり、それまでの話をしたり、時間を潰していた。

時間だけは山のように積み上がっていたのだ。すべきことは何もなかった。

若者は当然のように立ち上がると、屋台に立った。小さなガスボンベのついた屋台の火を起こし、彼はたこ焼きを作り始める。唯一まともにある水と食料を、若者は持っていた。

「昨日は絶望してたんだ」

男は彼に答えた。ほんと? と聞き返し、若者はよく笑った。たこ焼きの生地を練りながら、心底楽しそうに男を見上げる。

「ちょっと遅すぎない?」

「本当だ」

男も笑って答えた。

不思議なことに8日経つまで、何も考えられなかった。何かを惜しんだり悲しんだりするより先に、生きることが優先された。

最初の丸3日間は瓦礫に埋もれたビルから出ること、次の3日は他人に会うこと、そして若者に会って状況を理解し初めて食物と水を口にした。そこからようやく感情が動き始めたのだ。

麻痺しているというより、頭の回転が至極遅くなっている。そんな気がした。何かを考えるのを全力で心臓が拒否しているような、そういう具合である。

男の状況を若者が否定することはなかったが、彼は未だに本能で生きているらしい。目の前で呑気にたこ焼きを焼く青年を見つめ、男は微笑む。

もしこのガスが尽きたら、水が尽きたら、食物がなくなったら。彼はおよそそんなことは考えない。
137: 名無しさん@読者の声:2017/12/24(日) 23:57:43 ID:HVvwuJL8jU
「実はここから出てみようと思う。次に人に会うまで歩き続けようと思ってる」

「なるほど、旅に出るにはいい季節だしね」

男は一瞬、季節を忘れた。そう言えば夏の前である。春の一番冷たい時期が終わった。そのくらいだった。

若者は使い捨ての容器にたこ焼きをこれでもかと詰めた。たくさん詰めて、詰めて、そして持っていけと男に差し出す。たこ焼きは実にうまそうな匂いがしていた。

ふと、思う。これは一体どうやって保存されていたのだろう? 電気はない。冷蔵庫も何もない食材を、どう保存しているのか。だがたこ焼きはうまそうで、男は考えるのをやめた。

「次の街に着くまで、食べるといいよ。少しずつ。君が寄り道をしない限り、なくなることはない」

若者は断定口調で告げた。なるほど、と男は思った。

たこ焼きを一つ口に放り込む。できたてのたこ焼きは、味や風味よりもまず熱を伝えた。熱がって口を開け、空を仰いだ男を見て若者は子供のように笑った。涙目で噛み締めると、旨味が出て来た。出汁の味がして、違う涙が出そうになった。

「どこかに行くなら南に向かういいよ。南はちょうど、あちらの方。昔、つい9日前だね、そのときはあっちに区役所があった」

「あぁ、わかる。方角はなんとなく……、そちらに行くと何があるんだ?」

「グラウンド・ゼロだ」

つまりは爆心地である。男は口をつぐんだ。そこからここがどの程度離れているのかはわからないが、それでもこの有様である。爆心地など、一面何も残っていないのではないか。

男の危惧を悟ったように、若者は微笑んだ。彼は男にもう一つたこ焼きのパックを持たせると、無言でうなづく。それは男がグラウンド・ゼロに向かうことを意味していた。

「そこを越えた先でまた出会いがある。道中、くれぐれも気をつけるんだよ」

「あなたはいかないのか。一緒に行かないかって誘おうと思ってたのに」

男の言葉に若者は笑みを深めた。思いの外、嬉しそうな表情を見せる。

それでも若者は首を振った。穏やかだがこれまたきっぱりと決まり切った様子で、それはできないと男に告げる。

「僕とはここでお別れだ。残念だけど、それが役目だから」

「役目」

男は半歩下がって若者を眺めた。

改めてしげしげと見てみると、彼は本当に不思議な人だった。これだけの規模の爆発があったというのに、男と違って彼は綺麗な身なりをしている。汚れていない。怪我もない。それに今更気がついた。

「あなたは何者なんだ」

若者は目を細めた。その問いをずっと待っていたかのように、何度か小さくうなづいた。男の肩に手を触れ、若者は汚れと埃を払う。

「君と僕らとの縁を繋いだ、第一の神だ。僕が選んだ。君をね、この土地で。君にはこれから素晴らしい出会いがある。期待しているよ」

「俺は何をすればいい?」

神と言われても動じなかった。そのような気がしていたのだ、出会ったときからずっと。
138: 名無しさん@読者の声:2017/12/24(日) 23:58:23 ID:HVvwuJL8jU

男の問いに若者は何も言わない。知っているはずだと言われるだけだった。男は何も知らなかった。

「僕に出会ってから3日目、君はこの土地を出て行く。君の僕らの加護があることを心から祈ってる」

若者は男の肩を三度叩き、そっと彼を押した。たこ焼きを両手いっぱいに抱えて、男はよろめく。若者は微笑み、彼にビニールの袋と水をくれた。それらを持ってもなぜだか重たいとは思わなかった。

若者に別れを告げる。若者はにこやかに手を振った。また、と言われて、もう一度会うことがあるのだろうかと、ほんのり夢想した。

男は水と食料を持ち、瓦礫の中を歩きはじめる。晴天だった。その下をアリのように、黙々と。

グラウンド・ゼロに向かって。
139: 名無しさん@読者の声:2018/7/12(木) 01:24:56 ID:n9FLwDXHbg
大きく吸い込んだ息は、彼女の口の中で吐き出された。
熱らしく纏わりつく視線を絡めて、勢いに任せて押し倒す。
(少し乱暴だったかな。)
少し歪んだ彼女の口元にそんなことを考えながら、うっすらと濡れた彼女の下着を脱がす。
少しも抵抗はなかったが、恥ずかしいのか華奢な腕で顔を隠している。
固く結ばれた唇にキスをすると、少しの抵抗の後に舌が絡みつく。
腕をほどくと彼女が俺の首に抱きつく様にそれをまわす。
お互いの心臓の音が重なる。
俺の手が彼女の胸に触れる、なぞる様にして彼女の弱いところに近づく。

「…やぁ」

抗うように、求めるように彼女が身体を近づける。
全身で彼女の温かさを感じる、気がつくと固くなっていたそれを彼女に当てる。
小さく頷いた彼女を確認して、1つになった。
140: 名無しさん@読者の声:2018/7/12(木) 01:39:39 ID:n9FLwDXHbg
小さく丸まって隣で寝る彼女の栗色の髪をなでる。
ひょんなことから彼女が俺の部屋に住み始めてから2ヶ月が経とうとしていた。
父からの手紙と婚姻届と少しの荷物を持って押しかけてきた彼女は、あっという間に俺の生活に馴染んでいった。

(結婚、したくないわけじゃないんだけどな。)

仕事にもだいぶ慣れて段々と大きな企画も任され始めたし、独り身で遊ぶこともあまりなかったから貯金だってそこそこある。
それでも結婚に踏み込めないのは彼女が俺より7つも歳下で、一緒に過ごした期間が短いからなんだろうか。

彼女自身の気持ちは、彼女が来てから7日目の夜に彼女から聞いたのでわかった。(この日は俺たちが始めてSEXをした日でもある。)
俺は彼女が本気で俺を好きでいてくれていると信じたし、その理由も聞いた。
俺はそんな彼女のことを好きになっていて、これからどんどん好きになっていくんだろう。
141: カルピス 1/2:2018/7/16(月) 23:37:53 ID:XxqK1Ikig2
カルピスって、あるだろ?
白くて、甘くて、水で薄めたりする、あのカルピスさ。
俺は幼い頃からカルピスは好きで、ほとんど毎日カルピスを飲んでいた。特に夏の暑い日は、氷が満杯のコップに、少し濃いめのカルピスを入れて飲むと、最高に美味かった。

大人になった今でも俺は同じようにカルピスを飲み続けている。
といっても、水で薄めたりはもう何年もしていない。もっぱら、ペットボトルのカルピスだ。
ペットボトルで飲むカルピスも美味いには美味いのだが、少しばかり薄い気がする。あの幼い頃に飲んでいた、少し濃いめのカルピス。もう一度、あのカルピスを味わいたい。

大学生のときだったか。そんな俺のニーズに応えるように、ペットボトルで濃いめのカルピスが発売された。
早速買ってみると、かなり味が濃い。あの頃飲んでいたカルピスよりも、こちらのカルピスの方が断然濃かった。
俺はとても贅沢な気持ちになった。こんなに濃いカルピスを、ペットボトルでお手軽に飲めるようになるとはな。
それからの俺は、毎日のように濃いめのカルピスを飲み続けてた。

ある夏の日の出来事である。
俺は風呂から上がると、冷房の風に当たりながら、冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えた濃いめのカルピスを、ゴクゴクと音がなるくらい勢いよく飲んだ。
風呂上がりのカルピスは最高である。酒も飲むには飲むのだが、まだまだ俺はお子ちゃまなのだろう。カルピスの方が断然美味しく感じた。
俺はペットボトルの半分くらいカルピスを飲むと、満足してテーブルの上に置き、そのままベッドに入って眠った。

翌日は朝から部活があり、昼頃まで剣道をやってから、仲間たちとラーメンを食って、そのままノリで海に行き、銭湯に行ってさっぱりした後、居酒屋に行って深夜までバカ騒ぎして、アパートに戻ると倒れるように寝た。

悲劇はここから始まる。
142: カルピス 2/2:2018/7/17(火) 00:17:14 ID:XxqK1Ikig2
蝉のミーンミンミンミーという鳴き声と、冷房のゴゥンゴゥンという稼働音で、目が覚めた。

昨夜は家に帰った後に、そのまま眠ってしまったらしい。汗をかいて気持ち悪かったので、シャワーを浴びることにした。シャワーを浴びながら思ったことは、とにかく喉が乾いている。シャワーを浴び終わったら、何でもいいから飲み物を飲みたい。

浴室から出ると、早速冷蔵庫に向かった。開けてみると、中にはズワイガニの缶詰とチーカマ、ビール、ほろよいの冷やしパイン。
酒とつまみしか入っていなかった。
冷蔵庫の中身と、普段の自分の生活に失望した。
しかし、喉が乾いて仕方がない。億劫だが、ここは外に出るしかない。

そこで、ふと目についたのが、テーブルの上に置かれている、飲みかけのカルピスである。
あのカルピスを、氷で冷やして飲めばいいのではないか。
冷凍庫を見ると、氷がいくつか転がっている。
俺は早速コップに氷を入れて、カルピスを飲むことにした。

しかしこのカルピス、よく見ると様子がおかしい。
容器がパンパンに膨らんでいる。

ペットボトルのふたを開けると、プシュッという音がした。炭酸飲料を開けたときの、空気が抜けるあの音だ。その音が、カルピスを開けたときに聞こえた。

カルピスは乳酸菌飲料である。生き物である以上、乳酸菌も呼吸をしている。おそらく、乳酸菌が呼吸をすることで、容器内の二酸化炭素が増え、炭酸の役割を果たしたのだろう。

コップに注ぐと、シュワシュワと音をたてた。
カルピスを1日常温で置くと、カルピスソーダになるようである。俺は感心した。

見た目も臭いも、別段気になるところはなかった。
いつもと違うところは、泡が立っているところだけである。

いけると思った。喉が乾いていた俺は、そのままグイッとカルピスを飲んだ。

美味い、美味いぞ。いける!

そのままカルピスを一気に飲み干し、喉の乾きが潤った俺は、再び眠ることにした。休日の二度寝は最高である。

その二時間後、腹が痛くて目が覚めた。その日は一日中腹が痛く、冷房18℃の部屋で脂汗をかきながら、数分置きにトイレと部屋を行き来した。

医者には行かなかったので、腹痛の理由は未だにわからぬが、おそらくはあのカルピスだろう。
常温に置いたカルピスを、俺はあのとき飲むべきではなかったのだと思う。

あれから俺は、ペットボトルの飲み残しは必ず冷蔵庫にいれて、入れ忘れたときは潔く捨てるようにしている。

一人暮らしであの体験は、本当に辛かった。

今、一人暮らしをしている全てのカルピス好きの人たちに伝えたい。

俺のような過ちをするな。
夏に1日常温に置いた、飲みかけのカルピスを飲んではいけない。

俺のような過ちをするな。

カルピスの話 〜完〜
143: ◆AhbsYJYbSg:2018/11/18(日) 11:10:34 ID:Zc6v24oXRM
「砂の魔女と人喰いの怪物」

 魔女が人喰いの怪物を生み出したのは、自分を食べさせるためだった。

 魔女には、自分に触れた「敵」を砂にする魔法がかかっていた。怪物が魔女に触れると、指の先が砂になった。自分は魔女にとって敵なのかと肩を落とす怪物を、魔女は慰めた。
──仕方ないですよ。だって私たち、まだ初対面ですから。
 怪物は諦めていなかった。
──そうだ、敵を砂にするんなら、仲良くなって友達になればいいんだ。そしたら敵じゃなくなる。
 その日から、怪物は魔女と遊ぶことにした。
 晴れの日も雨の日も、あまり乗り気ではない魔女を誘って城の内外で遊び続けた。
 ある時は鬼ごっこ、ある時はかくれんぼ。大抵怪物が負けた。それでも怪物は楽しかった。時々魔女が笑ってくれる、それだけでよかった。

 ある日のこと。
 魔女と鬼ごっこをしていた怪物は、地面に突き出た石につまずいて派手に転んでしまった。魔女の魔法ですぐ治るとはいえ、ひざには大きな怪我が出来ている。
──大丈夫ですか?
 魔女は心配そうに聞いた。
──大丈夫だ。
 怪物は涙をこらえて言った。
 怪我の手当てをしながら魔女は、──泣きたかったら泣いてもいいんですよ。と言ったけれど怪物は泣かなかった。
──俺にもプライドがある。怪物は滅多なことでは泣かないんだ。
──滅多な事って例えばどんなことですか。
──とにかくすごいことだ。世界が終わるとか、そういう。
 魔女が微笑んだ。
──じゃあ、一生あなたの泣き顔は見られないでしょうね。

 月日が経ち、魔女と怪物はとても仲良くなった。
 魔女が言った。
──そろそろ私に触れても大丈夫じゃないですか。 
 魔女に触れた。なんともなかった。2人は笑いあった。ようやく友達になれたのが嬉しかった。

 怪物は魔女を喰べるために作られた。

──だから俺はあんたを喰べなくちゃ。
 魔女が言った。
──殺して欲しくてあなたを生み出しました。あのときは絶望していて、だけど自殺する勇気もなかったから。でも今、私はもっとあなたと生きたいと思っている。死にたくないと心から思っている。……私を人間にしてくれて、ありがとう。
 魔女は自分から怪物の口に飛び込んだ。
 気が付くと怪物は一人ぼっちだった。彼女がいつも座っていた椅子には誰もいない。広い広い城には怪物1人が残された。
 彼は自分の大きなお腹をさすった。それから初めて、大粒の涙をこぼした。

144: 東京名無しンピック2021?:2021/4/1(木) 02:41:57 ID:j7SYfDy2zs
「数多の精兵を退け、よくぞ我が下まで辿り着いた……。まずはその武勇を讃えよう。勇者よ」
「御褒めに与り恐悦至極、とでも応えれば満足か?魔王」
 魔王城、謁見の間。玉座より睥睨する魔王へ、神々の祝福と悪魔の呪詛を享けた宝剣を向ける勇者。蜀台の炎が妖しく揺らめき、両者の影が踊る。
「だがもう交わす言葉など無い。終わらせるぞ魔王。今日!今!ここで!」
 宝剣を脇構えに取り、一気に踏み込むべく身体を軽く沈めた勇者だったが、
「……待つが良い」
「今更何だ。臆したか」
「否。逆よ」
 意図が汲めず、勇者は構えを解かぬままに視線で先を促す。
「我は闇を統べる者。百妖を従え千魔を平らげ、賎しくも王などと呼ばれてはいるが、本源は一介の武侠に過ぎぬ」
「なればこそ!」
「そう。なればこそ、だ」
 魔王はゆっくりと指先を勇者へ向けた。
「なればこそ、我が配下との連戦で消耗した貴様との死合になど塵芥程の価値も見出せぬ。鈍った刃を砕いた所で何の誉れにもならぬのだ」
「随分と舐めてくれるな。俺がどれ程の修羅場を潜ってここに立っていると思う。消耗?笑わせるなよ魔王。ようやく身体が暖まってきた所なんだよ!」
「そうだな。貴様はそれでこそだ。だが、これは矜持の問題なのだ」
 魔王は口中で何事かを呟き、指を鳴らした。すると両者の中央付近に、弾ける紫電を纏った黒球が産まれた。
「……来るかッ!」

145: 東京名無しンピック2021?:2021/4/1(木) 02:42:58 ID:j7SYfDy2zs
 勇者は宝剣へ魔力を流した。刀身が蒼穹を巻き取ったかのような淡い輝きを帯びる。
 今まさに飛掛らんと右足へ重心を移した瞬間、黒球は音も無く消え失せた。
「!?」
 そして、黒球が在った地点に黒々として艶やかな──椅子が出現していた。
「……何の真似だ。魔王」
「座るが良い。それとも……何だ。臆したか」
「……ふん」
 勇者の知る限り、魔王は武侠の自称に違わず外法や左道、搦め手の類を好まない。
 とりあえず罠ではないと判断した勇者は、宝剣を納めると椅子へ歩み寄った。
 革張りの大きな椅子である。包み込むようなヘッドレスト。長めの肘掛の中央には溝が掘られており、丁度腕が収まる形状になっている。似たような溝は下部にも存在し、そちらは脚を収めるようだった。
 勇者はその椅子へ腰を下ろした。
「どうだ。座り心地は」
「……悪くはない」
 硬すぎず軟らかすぎないクッション。革の肌触りもよく、程よい密着感は高品質の三文字を否応なしに想起させた。
「ではこれならどうだ」
 魔王は手元で何かを操作した。
「くっ……!?何だ、これは……」
 椅子の中で何かが不気味に蠢いている。一つや二つではない。無数の何かが腰や背中、腕や脚を挟み込むように、あるいはこね回すように、有機的な動きで凝りを解していく。
「如何かな。魔道技術と機械技術を融合させて開発した揉み球の感覚は」
「揉み球だと!?」
「左様。ゴーレム作成術を応用して作った揉み球が、搭載されたホムンクルス式人工知能によりプロのマッサージ師を完コピした動きで、的確に凝りを揉み解すのだ」
「確かにこれは王都の高級マッサージ店と比べても遜色ない感覚」
「甘く見てもらっては困る。座面、背面に複数個仕込まれたエアバッグが巧みに姿勢を制御する事により、人の手では不可能な深部への揉み解しを実現したのだぞ」
「……なんてものを作ってしまったんだ魔王!」
「設定を変えれば揉み球に弱炎熱を宿し温熱マッサージもできる」
「全マッサージ師を廃業に追い込む気か魔王!」
「それだけではない。何かを感じないか」
「む……これは……この香りは……?」
「ヘッドレストからリラクゼーション効果のあるアロマが焚かれているのだ」
「魔王!」
「購入特典で1ヶ月分のアロマオイルを付けよう。が、案ずるな。市販のアロマオイルも使用できる」
「アロマポットの製造会社の気持ちを考えた事があるのか魔王!」
「知らんな。そんな事は。我はユーザーが笑顔と健やかな生活が得られればそれで良い」
「魔王!」
 ウィンウィン唸るマッサージチェアに頭から爪先まで好き勝手揉まれながら、しかし勇者はある欠点、あるいは誤謬に気付いた。
「だがこれほどの物、かなり値が張るに違いない。そんな高価なものに、おいそれと人々の手が出るものか!」
「お値段は29800Gだ。だが現在謝恩セール中につき10000G引き。古いマッサージチェアがあればそれを下取りして更に10000G引きだ」
「魔王!!!」
「我は企業努力を欠かさぬ。ただし番組終了30分を過ぎると定価のみでの販売になるので気をつけるのだな」
「魔王!!!!!!」
「今からオペレーターを増やして対応するので気軽に電話するが良い」
「「御注文はこちらから!!」」
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sage:


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