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参加希望者は1〜5レスを目処にSSを自由に作成して下さい。お題が欲しい場合は各自で希望して下さい。お題の提案や作品の感想は随時受け付けとします。覆面先生(SS作者)からのアドバイスも絶賛受け付け中とします。
284: 追い詰められると妙なことしだしますよね、それです:2014/4/15(火) 01:37:52 ID:g1I2vdY1So
四丁目の廃ビルの傍は、悪魔だとか天使だとかが集まるスピリチュアルな場所だ。
そんな噂が街でそれとなく囁かれているけれど、大体誰もアホな話だと思って取り合いやしない。だけれど僕は、それがあながちウソじゃないことを知っている。
夕暮れだった。
桜の木が、夕日を背に枝を風に任せて揺らしている。その花びらが僕の足元まで転がり込んできて、滴った絵の具に浸かる。薄桃の花びらがいつしか真っ青に。
花が台無しになったことにすら気付かず、僕は黙々と廃ビルの壁に絵を描く。
天使を描くのは、最早義務の一環だった。僕の仕事は別にあって、平たく言えば営業とかもっと簡単に言えば押し売りみたいなものだったけれど、これはまた別の義務。言ってしまえば、生きて行くうえで必要な作業に近い。
誰が絵を描けなどと言い始めたのかは知らないけれど、大よその僕らは絵の才能には恵まれていたし問題はなかった。誰だって心臓が一体いつから鼓動を刻むよう作られたのかなんて、想像もしないだろう。
それと同じだ。この世界にある時々べらぼうに上手いグラフィティアートは、ひょっとすると僕らの中の誰かの仕業かも知れない。
僕は天使しか描かない。だって僕は天使が好きだ。僕らと違って中途半端でなく、美しい羽に完璧な存在。憧れずにはいられなかった。
不意に、背後からマッチを擦ったような音が聞こえる。火の爆ぜる音だ。僕には振り向かなくても何が起こるかなど、容易に想像できた。
まず、アスファルトの上に花びらが舞い降りる。真紅のバラの花弁だ。それが地面についた瞬間燃え上がり、一瞬で灰になる。
その上に降り立った男はこの世では祝福されない存在、悪魔だ。
「よう、相変わらず仕事サボってんじゃねぇか」
「さすがに僕らの上司も、心肺停止しそうなのに仕事しろとは言わないよ」
「心臓も肺ももう動いてねぇじゃん」
それは物の例えであって、事実じゃない。ムッとした僕は無視を決め込むことにした。しかし残念なことにこのパターンを熟知している悪魔は、僕を逃がさない。営業は大変だねぇ、と他人事のようにせせら笑ってきた。まぁ、彼にとっては他人事で間違いはない。
「うるさいな」
「ノルマ達成しないとどうなんの? 怒られたりすんのか?」
「叱られたりはしないよ。でも、半年ノルマ達成してないと悪魔に落第」
忌々しそうに僕が答えると、悪魔はややショックを受けたようだった。
「落第って言い方はねぇじゃんか」
と、現落第生が不服そうに呟く。天使に憧れる僕からすれば、悪魔は立派な落第生だ。訂正する気など、さっぱりない。
鼻を鳴らして笑ってやった僕を見て、悪魔は可愛くないと文句を漏らす。悪魔に可愛がられたとしても、有難迷惑である。
285: すいませんもうにレス分だけいただきます:2014/4/15(火) 01:39:07 ID:g1I2vdY1So
「逆にノルマ達成すると何が起こるんだよ」
「天使に昇格。ただし、四年連続しなきゃダメ。四年って酷いと思わない? 365日かける4だよ? 途方もない日数だよ、本当に」
絶対無理だと僕は弱音を吐いた。でも、僕らが天使になる方法はこれしかない。深々とため息を吐く僕を見て、悪魔は肩をすくめてみせる。
「四年も一秒も一瞬だったり、永遠だったりする俺からすればわかんねぇ悩みだな」
まぁ、それはごもっとも。僕は頷きもせずに話題を切り上げて、用は何かと尋ねた。永遠に叶いそうにない望みの話など、いつまでもしていたくない。
変わらず絵を描き続ける僕の隣に腰を下ろし、悪魔は近況を尋ねる。街には慣れたかと言う彼の問いに、思わず笑いそうになった。
もうこの街には六年近くいる。慣れたもなにも、生まれ育った街だと言ってしまえそうなくらいだ。時間の感覚が違う所為か、時々悪魔は間が抜けたことを問うた。
「人間の世界はテーマパークだって、ばるざさーるが言ってたぜ」
バルザサールじゃない、バルサザールだ。この悪魔は同僚の名前すら、真面に覚えるつもりがないらしい。
僕は呆れたため息を吐いて間違いを指摘してから、その言葉に皮肉っぽく笑って返す。
「遊園地も三日いればただの公園だ。残念だけどすぐに飽きる。仕事には慣れないけど」
「そりゃあな、死の押し売りなんてなかなかないぜ?」
「すいません、死にませんか? ってね。僕だってこんなことをする日が来るなんて思ってもなかったよ」
「ナイスなお薬を常用していた所為で、そんなこと考える暇もなかった、の間違いだろ」
痛いところを突かれた。僕は舌打ちを打って悪魔の言葉を誤魔化す。そりゃそうかもしれないけれど、こんな未来の一片だって想像したことはなかったんだ。
まさか自分が、見知らぬ他人に死を言い渡すはめになるなんて。
「仕事、で思い出した。お前ちょっと年齢層に偏りがありすぎって、苦情来てるぞ。この、変態め」
「ちょっとくらい楽しみをくれたっていいじゃないか」
「だけど、小さな子どもばっかり標的にしやがって。お前のせいじゃないのか、この国の少子高齢化は」
そりゃ少し責任を押し付けすぎだ。この街の比率が狂っていると言われるのならまだしも、国全体ってことはない。
僕は悪魔に少子高齢化のメカニズムを説明し、別段そこに子供の死亡率は関わっていないことを説明した。問題は長寿と出生率の低下なのだ。
「お前がじいさんばあさんにもちゃんとやればいいんじゃねぇの?」
思わぬ指摘に、うっ、と僕は言葉に詰まる。間抜けには分かるまいと油断していたが、たまにこう鋭いところがある嫌な男だ。大体いつも間抜けだったら、扱いやすいことこの上ないのに。
286: そして終わり、と。ありがとうございました。:2014/4/15(火) 01:41:31 ID:g1I2vdY1So
ともかく、と僕は喉の調子を整え、改まって悪魔に告げた。
「国の問題と僕の仕事ぶりは関係ないよ。それに、ノルマ達成のために今は手当たり次第やらなきゃまずいしさ」
「ノルマ達成しないと天使にゃなれねぇからなぁ」
悪魔はしみじみと、できあがった僕の絵を見上げて呟いた。
跪き、祈りをささげる天使の絵だ。美しい金色の巻き髪と澄んだ青い瞳。彼または彼女の顔が、天使が俯くその視線の先の泉に映っている。
僕も悪魔と並んで絵を眺め、ふと思いついたことを口にする。
「なんで、僕らは絵を描き続けなければ消滅するんだろう」
「芸術は常に悪魔的だからな」
皮肉な話だ。僕は口の先だけで笑って、道具を全てバケツの中に放り込んだ。右腕に下げ、仕事のために混みあい始めた街にと繰り出す。悪魔もまた彼の仕事を始めるようだ。
彼の仕事は気まぐれで、ごく無職に近いものがある。それでも楽しいんだと悪魔は無邪気に笑い、僕は呆れて首を振る。人に悪事を働くよう囁くことが楽しいなんて、本当に彼は根っからの悪魔だ。
風を受けて春を知った。悪魔は季節を知らず、僕の言葉を理解してくれはしなかった。
街の中をさまよい歩きながら、ちょうどこんな日だったと自分が死んだ日を思い出す。
依存していた薬物によって幻覚を見ていて、僕は自分のマンションのベランダから空に飛びだした。光の方へ、走ったつもりだった。
その結果、16階から転落した僕は即死。違法な薬物に手を染め、碌に善行も積んでいなかった僕に神は冷たかったが、僕の作品だけは愛してくれた。おかげで隣を歩く間抜けな悪魔が僕に死を言い渡いし、今の職を得た。
ひょっとすると、生まれたときから僕は死神だったのかもしれない。だって僕は、生きていた間だって絵を描かずにはいられなかったのだから。
「人を殺して天使になるって気分は、どんなだろうね」
「お前が殺してるわけじゃねぇよ。お前は選んでるだけだ」
「違いが今ひとつわかりません」
悪魔は僕をちらっと見やって、ちょっとばかし顔を顰めた。人間より人間じみた表情をする男だ。僕はついつい笑って、息を吐く。
光の方へ走って、辿り着いた世界はほとんど変わりない。ただ、僕は生きておらず、僕を見る人などこの世にはほんの一握りもいない。
「それよかさ、ロリコンが天使になるって倫理的にどうなんだよ。おかしいだろ」
何故か悪魔は憮然として言い放った。悪魔にそんなことを説かれるとは、全く何がなんやら。
そしてふとその矛盾に気が付き、僕は思わず吹き出した。なんだよ、と笑う僕を悪魔は眉を顰めて睨みつける。僕は友人の肩に手を置いて、笑いすぎて滲んだ涙を拭い、こう言ってやった。
「悪魔が倫理を説くなよな」
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