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3センチメンタル・ヤング・ピーポー【2】
[8] -25 -50 

1: ◆UTA.....5w:2012/7/31(火) 17:25:45 ID:N3rkjbtVuM


高校生の馬鹿馬鹿しくて、

ちょっぴりセンチメンタルな

青春グラフィティ───続行。


【前スレ目次】
http://llike-2ch.sakura.ne.jp/bbs/test/mread.cgi/2ch3/1327757079/993-995

【登場人物】
>>2-3

【当スレ目次】
>>768-769


253: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:21:48 ID:xC9Uh9m4Ek

ナツと別れて、ぼんやりと家の前で立ち竦む。

空は相変わらず灰色で、今にも真っ暗になってしまいそうだ。
どんより曇った空に、白い雪。ナツが綺麗だと褒めた雪も、アスファルトに触れてしまえばただの黒い染みになる。なんと脆くて弱い美しさだろう。

このまま、この雪に同化してアスファルトに溶けてしまえたら、俺の歪んだ心も救われるのだろうか。


「クリスマスに、ハルに告白しようと思うの」

帰り道、ナツは照れ臭そうに締まりのない顔でえへへ、と笑った。鼻を赤くして笑う彼女は、何処か昔を思い出させるようだった。

眩しい眩しい、太陽のような笑顔。

そんな顔で俺を見ないで。
本心とは裏腹に、俺の口角は上へと上がる。眉が下がりそうになるのを堪えるのがやっとだった。

「きっと上手くいくよ。応援してる」


254: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:23:57 ID:xC9Uh9m4Ek

テレビの中の芸能人も、こんな気分だったのだろうか。
本心ではないのに、脳が笑えと命令する。そうしなければ、彼女を苦しめるだけなのだと。

……最悪の気分だ。

「アキ?何してるの?」

玄関のドアを半分開けて、訝しげにハルが顔を出す。

今、一番見たくない顔だった。

「別に何も」

「何もって……うわ、傘持ってなかったの?びしょ濡れだよ」

待ってて、とハルが風呂場に走る。きっとバスタオルでも持ってきてくれるのだろう。

ぱたり、ぱたりと雫が落ちてゆく。ナツが綺麗だと褒めた雪は、もう一粒も残っていなかった。
あるのはただ、身体を濡らす水滴だけ。心まで温度を奪われるような、冷たい水滴だけだ。


255: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:24:55 ID:Zpv536Y7As

「はい、どうぞ」

両手に持ったカップを一つ、ハルが差し出す。ゆらゆら揺れる湯気の向こう側には、たっぷりとホットミルクが入っていた。

「ありがと」

「どう致しまして」

ハルはにこりと微笑んで、俺の隣に腰掛けた。
時折辛そうに舌を出しながら、ちびちびとホットミルクを口に含む。猫舌のハルには温かい飲み物は不向きなようだ。

「寝てなくていいの?」

カップの中の乳白色を見つめながら、素っ気なくハルに問う。

何となく、ハルの顔を見たくない。身体を気遣う振りをして、本当は何処かへ行ってほしいと思っていた。

ほう、と熱を帯びた息を吐き出して、ハルがソファの上で両膝を立てる。

「雪、見てたんだー」


256: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:29:39 ID:xC9Uh9m4Ek

両手をカップに添えて、時折息を吹き掛けながらハルは続けた。

「雪って綺麗だよね」

ひくりと喉が引き攣る。

ついさっき、同じ台詞を聞いたばかりだ。

「今日、初めて綺麗だと思ったよ、俺も」

キラキラ光る、ナツの髪に反射する光の粒。思い出すだけで胸が擽られる思いだった。

眩しい笑顔でナツが言った言葉が、耳の奥でリフレインする。
どくん、と心臓が嫌な音を立てた。

「そうなんだ。だからアキ、家の前でじっとしてたんだね」

カップの中のミルクが音を立てて揺れる。どうやら自分で思うよりも平静を保てていないらしい。


257: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:32:06 ID:xC9Uh9m4Ek

ハルは見ていたのだ。
何も考えられず、雪の中でただ立ち竦む俺を。
涙が出そうになるのを堪える、情けない俺を。

ハルは、見ていた。

「……やっぱり身体冷えてるからシャワー浴びてくる」

テーブルにカップを置いて、すっくと立ち上がる。

「ミルク飲まないの?」

「後で飲むから置いといて」

ハルは納得のいかない表情で俺を上目に見た。
折角出してくれたホットミルクに、俺はまだ一度も口を付けていない。ハルがむくれるのも当然だ。

砂糖の甘い香りに眩暈すら覚えて頭が痛い。兎に角この場から逃げ出したかった。


258: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:34:47 ID:xC9Uh9m4Ek

その日はすぐにやってきた。

十二月二十五日、終業式が終わって、明日から冬休みだと学校中の生徒が浮かれていた。
受験生でもない中学二年生の俺達に焦りなどなく、頭の中はせいぜいお年玉で一杯だったに違いない。

ざわざわと騒がしい廊下に、ぽつんと一人でハルが待っていた。
俺に気付いたハルが壁から背中を離して此方に手を挙げる。隣にナツの姿はない。

「ナツ、今日は友達の家にお昼ご飯呼ばれるんだって」

「ああ、そう」

短く返事を返して歩きだすと、ハルは黙って俺の後に続いた。

「……あ、雪だ」

下足室から外を指差してハルが言う。

いつの日かナツと見た空のように、どんよりとした灰色が広がっていた。


259: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:45:32 ID:xC9Uh9m4Ek

「アキ、傘持ってる?」

「持ってないよ。濡れるのやだなー」

口ではそう言いつつも、両手を広げて空を仰ぐ。

ぴしゃりぴしゃり、と雪が頬に当たって痛い。今日の雪は前とは違って随分固いものだった。

直径2、3ミリの氷の粒子がグラウンドの上でコロコロと跳ねる。
ホワイトクリスマスになるかも──なんてクラスの女子がはしゃいでいたけれど、こうもその通りになってしまうと面白くない。

雪が降ったから何だと言うんだ。ただ濡れて身体を冷やすだけじゃないか。
それも、わざわざクリスマスにだなんて。

十二月二十五日、終業式の日。
ホワイトクリスマスという、女子達がいかにも喜びそうなシチュエーションで、ナツは思いを告げるのだ。

『きっと上手くいくよ。応援してる』

そうだ、きっと上手くいく。
俺の入り込む余地なんて最初からなかったんだ。


260: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 00:51:03 ID:xC9Uh9m4Ek

「風邪引くよ、アキ」

何かが俺の視界を遮る。淡い紺色のそれは、雪を直に受けてぱたぱたと音を鳴らしていた。

「傘持ってたんだ」

「うん。折り畳み傘だから小さいけどね」

にっこりと頬を持ち上げて、くるくると傘を回してみせる。
男二人で肩を並べるには確かに狭いけれど、雪を避けるには十分といえるだろう。

「兄弟で相合傘なんて恥ずかしいから、早く帰ろう」

「あはは、誰もそんなの気にしないって」

照れ屋さんだね、とハルが笑う。

「だったら手でも繋いで帰る?」

「え、それは流石に……」

ほら、と俺もハルに返す。
口をつぐんで悔しがるハルを、からかうように俺は笑った。


261: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 01:01:34 ID:Zpv536Y7As

十二月も半ばになってからはイルミネーションがあちこちに飾られていて、街は随分色付いている。今日はその本番だからなのか、まだ日も落ちていないというのにマンションやアパートのベランダは既にチカチカと点滅していた。

「綺麗だねー」

ハルは嬉しそうに声を上げながら、目を細めてマンションを見上げた。

「うん、家もツリーくらい飾ればよかったね」

「アキも思った?俺、母さんに言ったんだけど片付けが面倒だって言われてさ」

そういえば、ここ数年ツリーを飾っているのを見た事がない。男二人の兄弟だし、もうクリスマスだサンタクロースだと騒ぐ年齢でもないから、母さんが面倒臭がるのもよく分かる。


262: ◆UTA.....5w:2012/9/30(日) 01:06:15 ID:Zpv536Y7As

「来年はツリー飾ろうか、二人で」

そう言うと、ハルは嬉しそうに目を輝かせながら力強く頷いた。

「わーい、約束だからね!アキ!」

ハルの表情はころころ変わる。
素直な感情を表すそれは、見ていて飽きる事がない。
だから、ハルの笑顔には勝てないのだろう。ナツや母さん、多くの人を惹き付けるのだろう。

それなのに、俺ときたら。

いつから平気で嘘を吐くようになったのだろうか。貼りつけたような笑顔で、本音を隠して。

本当はハルの事が憎らしい。
ハルさえ居なければ、誰に比べられる事もない、ただの中学生でいられたのに。勉強が出来なかろうが、字が汚かろうが、誰も気にもしないのに。

何も考えずに、ナツの傍にいられたのに──

「うん、約束」

嗚呼。
俺はあと何回、嘘を吐けばいいのだろう。どれだけ他人を、自分を欺けば気が済むのだろう。


嗚呼。限界だ。

もう、爆発してしまいそうだ。


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