男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
522: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 21:11:42 ID:VXXsBaixik
弟の涙は頬を伝い落ち、ノエルの指先で弾ける。暖かい雫を指先で受け止めて、ノエルは満たされてゆくような、不思議な感覚に捕われていた。
言葉にならない、不思議な感覚。
ノエル「泣かないでおくれ…」
そう言うのがやっとだった。
ノエルの右手が弟の柔らかい頬に触れる。弟は照れ臭そうに身を捩ると、ノエルがしたように右手を伸ばし、頬に触れた。涙に濡れた顔で、それでもノエルに微笑み掛ける。
弟「……ノエルこそ」
523: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 21:32:57 ID:ABTOoL.Ipw
弟は一体、何を言っているのだろう。ノエルは訝しげに眉を寄せて首を傾げた。
弟の親指が、ノエルの頬を優しく撫でる。それはまるで、流れる涙を拭うように。
ノエル「私、が…?泣いていると言うのかい」
自身の頬に触れるノエルの手が震えた。指先に触れた暖かい何かが、ノエルの頬を濡らしている。
ノエル「涙……私の、涙……」
524: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 22:01:56 ID:VXXsBaixik
ノエルの心の奥底で、ポトリ、ポトリと雫が零れ落ちては波紋を描く。幾重にも重なって流れる波は身体中に広がり、ノエルの全てを包み込んでいった。
───満たされる。
その感覚に支配されたノエルの瞳は大きく揺れて、留まる事を知らない。
失ったものを取り戻す感覚。心が、全てが洗い流される。何かが弾けて溢れ出すようであり、穏やかに流れる川のようでもある。言い様のない感覚がノエルを包み込む。
満たされる。満たされてゆく。
ノエルの瞳から、涙が溢れて止まらない。
525: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 22:29:22 ID:ABTOoL.Ipw
ノエル「こんなものを失くしていたのかい、私は。……こんなにも、身近にあったものを」
弟「ノエル?どうしたの?」
心配そうに、上目遣いで弟が訊ねる。
ノエル「…さっき、君は言ってくれたね。私もお姉さんも、大好きだと」
ノエルは震える唇で弧を描くと、弟にふんわり抱き付いた。
526: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 22:55:16 ID:ABTOoL.Ipw
ノエル「私も君が好きだ。君も、君のお姉さんも……大好きだ」
自分とそう変わらない、まだ少年の細い肩をノエルは強く抱き締めた。弟を、その温もりを求めるように、強く、強く。
弟「な、何?ノエル、苦しいよ」
そうだ、苦しいのだ。満たされる体が、心が、こんなにも苦しいと叫んでいる。
ノエル「君も、君のお姉さんも沢山の人に愛されている。君達をずっと見てきて、よく分かったよ」
ノエルの中の迷いが、確かな決意へと変わってゆく。きっと、それはノエルがずっと持っていた思い。後悔の念など、ありはしなかった。
527: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/9(月) 23:30:34 ID:ABTOoL.Ipw
弟「…ッ……ノエル!ノエル!」
ふいに弟が声を上げた。肩を強張らせて、ノエルの名を呼ぶ。
ノエル「ああ、そうかい。もしかすると、神様は本当に居るのかもしれないね」
何でもお見通しだ。そう言ってノエルは笑う。動揺の色を隠しきれない弟とは対照に、随分と落ち着いた口振りだった。
ノエルの体は薄らと霞み、溶けるように光の粒が溢れ出してはサラサラと流れていた。
528: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/10(火) 00:08:46 ID:VXXsBaixik
ノエル「……彼女の手を取るのは私ではなく、君だ」
ノエルはゆっくりと体を離し、弟の背後を指差した。
ノエル「君なんだよ」
促されるままに振り返る、その視線の先に姉の姿があった。病室で最後に見た姿が嘘のように、ふわりと優しく微笑んでいる。
弟「姉、ちゃ……」
姉に向かって手を伸ばし、歩み寄ろうとした弟の足が止まった。
ノエルの使命は何だった。死に逝くものを、姉を連れて行く事ではなかったのか。そうしなければ、ノエルは──。
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