男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
489: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/2(月) 00:29:34 ID:4bhoiYs27A
弟「あれ、停電……?」
この暗闇は、精神的なものではない。弟の目の前が、本当に真っ暗になったのだ。辺りを見渡しても、自分が何処に居るのかさえ分からないこの状況は、以前に見た夢とよく似ている。
弟「また夢…?まさか、」
ぎゅっ、と力を籠めてつねった手の甲がピリリと痛む。最近の夢は、痛覚まで再現出来るのか。弟は手の甲を擦りながら、馬鹿げた自分の考えに苦笑した。
490: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/2(月) 10:48:35 ID:lEgxtJc4yk
弟「男さん、何処?…母さん?」
しん、と静まり返る空間に、二人の気配は感じない。手探りで探してみても空を切るばかりで、何も触れる事はなかった。
眠った覚えは、ない。母親と男と三人で、確かに病室の外へ出た筈だった。しかし、あまりにも酷似しているこの状況に、口に出さずにはいられなかった。
弟「……姉、ちゃん…居るの?」
弟の問い掛けに、姉の返事は返ってこない。
何を考えているのだろうか。姉は病室のベッドの上で、生死の境を彷徨っているというのに。
弟は肩を落とすと、緊張で強張る顔を両手で覆った。
491: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/2(月) 18:54:59 ID:CO20nL.cqw
チリン、チリン、と弾くような鈴の音が、突如として弟の耳を突いた。
背後に何かの気配を感じる。弟の喉が、ゴクリと波打った。これ程までに心地好い音を、聞き間違える筈がない。夢の中で聞いた鈴の音は、やはり彼女がいつも鳴らしていた音と同じものだった。
震える口元に手を添え、暖めるような素振りで深く息を吐く。
どうか、これが夢でありますように。そう心の中で祈りながら、彼女の名を呼んだ。
弟「───ノエル…?」
492: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/2(月) 19:29:46 ID:Iihr5bPMRg
恐る恐る弟が振り返った先に居たのは、一匹の黒猫だった。暗闇の中、その闇に溶けるような艶めかしく輝く黒。その輝きは心を擽られた、あの黒髪に何処か似ている。
弟「この猫、前に…」
弟は、その猫を知っていた。ノエルを追い求め、駆け回っていた時に出会った黒猫だった。
黒猫の飴色の瞳が弟を捕える。何かを訴えるように、うるうると瞳を揺らして。
弟「…っ、何…?」
その刹那、眩しい光が目の奥に集まり、弟は思わず手を翳した。
493: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2012/1/2(月) 20:01:02 ID:Iihr5bPMRg
まばゆい光が弟の視界を霞ませる。キラキラと眩しいその光に、弟は薄らと目を開ける事がやっとだった。
黒猫が光に包まれ、みるみる姿を変えてゆく。やがて、それは人の形を成し、その姿を現した。
弟「…っ…なん、で……」
まだ朧気な視界の中、サラサラと揺れる黒髪は、月明かりに照らされたように輝いて見える。段々とはっきりとしてくる視界が、目の前の人物の輪郭を明瞭とさせた。
弟「ノエル……」
どうか、これが夢でありますように。やはり、弟はそう願わずにはいられなかった。
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