男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
372: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 20:52:16 ID:yvEPXiu.Rw
*
チリン、チリンと鈴の音が鳴り響いている。辺りを見渡しても真っ暗で何も見えず、自分が何処に居るのかも分からない。ああ、またあの夢かと弟はうなだれた。
背後からの鈴の音に振り返ると、やはり其処には笑みを浮かべる姉の姿があった。どうせまた姉は離れて行くのだと、歩み寄る事さえ諦めていた。
少女が姉の手を取る。前に見た夢と同じように。
373: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 21:24:09 ID:qcDttONIGI
弟「なんであんたが出てくるの?何処に行くつもりなんだよ」
少女は答える事なく姉の手を引いて歩きだすのだろう。そう思っていた弟の予想に反して、少女は歩みを止めて弟に振り返った。
少女「──────」
弟「え?何…」
微かに動く少女の唇からその言葉を読み取ろうとするが、読唇術の心得などない弟は、ただ目を凝らすしかなかった。
374: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 21:41:14 ID:yvEPXiu.Rw
弟が薄らと目を開けると、其処にはいつも通りの見慣れた白い天井が見えた。やはり、夢だったのだ。
弟「はぁー……」
分かってはいたが、弟の口からは自然と長い溜息が洩れた。背中にじんわりと掻いた汗がパジャマを肌に張り付けている。
どんよりとした嫌な気持ちを引き剥がすように、体を起こして窓に視線を流した。
弟「…ちゃんと帰ったのかな、あの子」
まだ覚めやらぬ朧気な意識の中、艶めかしく風に揺れる少女の黒髪を思い浮かべていた。
375: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 22:02:28 ID:yvEPXiu.Rw
*
男「女ちゃん、少し休んだら?」
女「ん、もうちょっとだけ」
姉はベッドから体を起こし、横に置かれたキャンバスに何かを描いていた。隣で心配そうにしている男を余所に、真剣な眼差しで鉛筆を滑らせている。
女「あっ…」
姉の手から逃れるようにして鉛筆がコロコロと転げ落ちた。すぐに拾い上げようとした姉の指先は小刻みに震え、鉛筆は音を立てて転がるだけだった。
376: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 22:33:15 ID:qcDttONIGI
男「女ちゃん…?」
訝しげに様子を伺う男に姉は笑顔て振り返った。震える手を押さえ、困ったように眉を寄せて。
女「最近ね、手に力が入らない時があるの」
男「え…?」
表情を強張らせる男とは対照的に、姉は笑みを浮かべたまま手の平に視線を移した。
震えが治まったのを確認すると、ひょいと鉛筆を拾い上げる。
377: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 22:52:25 ID:qcDttONIGI
女「その内描けなくなっちゃうかもしれないから…だから、」
お願い、と悪戯な笑顔を見せた姉の肩を、男の腕がそっと抱き寄せた。痩せて小さくなった姉の華奢な体は男の腕の中に容易に収まった。
男「大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫だから…」
何度も繰り返し、男は言った。心地好い低音が姉の耳を撫でる。姉は縫い付けたように弧を描いていた唇をゆっくりと解き、揺れる瞳を閉じた。
378: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/10(土) 23:11:15 ID:yvEPXiu.Rw
女「……突き放せなくて、ごめんね」
力なく寄り掛かる姉の髪の香りが男の鼻を擽った。いとおしそうにその髪に頬を擦り寄せると、穏やかな優しい声色で囁くように言った。
男「女ちゃんに来るなって言われても来るよ、俺は」
女「男くん…」
ドクン、と姉の心臓が大袈裟に音を立てた。それに応えるように男の心臓もドクン、と高鳴る。
姉は表情を綻ばせ、熱が帯びた瞳で男を見つめた。
女「ありがとう」
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