男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
360: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 21:33:37 ID:w/b1EyjZ5M
何時間も自分を探して走り回ったであろう弟の吐息を背後に感じて、少女は振り返る事もせずに言葉を洩らした。
「まあね」と得意気に弟が笑う。
少女「まだ、何かあるのかい?」
弟「あ、うん。えっと…」
少女に促されて弟は口籠もった。
優しく、優しくと姉が背中を押しているような気がした。
弟「…この前は事情も知らずに突っ掛かってごめん。その……友達に、ならない?」
361: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 21:56:47 ID:vWFRRZFXl2
夜風が二人の頬を優しく撫でた。少女の瞳が月明かりに反射してうるうると光る。
振り返る先には弟の姿があった。間違いなく真っ直ぐに少女を見つめている。
少女「ともだち…?君と私がかい?」
弟「うん」
弟は照れ臭そうに眉を寄せて鼻を撫でた。
少女の手が微かに震える。警鐘にも似た鼓動の音が少女の身体中に響いていた。
362: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 22:24:58 ID:w/b1EyjZ5M
少女「…馬鹿な事言ってないで早くお家に帰りなよ」
少女のスカートが風に膨らんでくるりと回った。弟に背を向けて手首の鈴を弄ぶ。
弟「あんたは帰らないの?」
少女の黒い髪が弟の心を擽るようにさらさらと風に揺れた。夜風に靡く髪を払う事もせずに少女は答えた。
少女「君は帰るべき場所があるでしょう。早く帰るといいよ」
363: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 22:54:15 ID:w/b1EyjZ5M
弟には少女に掛ける言葉が思い当たらなかった。というよりも、まだ子供の弟には少女の言動は理解し難いものばかりで、今にも吹き出してしまいそうだったのだ。
少女「…何だい?」
少女は怪訝な顔で横目に弟を見る。
弟「名前もないし帰る家もないって、あんた野良猫みたいだね」
少女「あんなに媚びた声は出せないし、私の声なんて誰にも聞こえやしないよ」
364: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 23:23:36 ID:w/b1EyjZ5M
野良猫の方がよっぽどマシだと言って少女は睫毛を伏せた。
弟の頭はますます困惑し、首を傾げるしかなかったが、伏せられた長い睫毛が寂しいと語り掛けているように思えてならなかった。
弟「どういう意味…?」
ふと、聞き馴れたメロディが弟の耳を突いた。いつも何処からか流れてくるそのメロディは、児童に帰宅を促す為の「夕焼け小焼け」のメロディだった。
公園の時計に目をやると、時刻は午後六時半を示している。
365: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/8(木) 23:43:47 ID:vWFRRZFXl2
弟「うわ、もうこんな時間!?帰らないと!」
弟が身じろぐと鞄の中で筆箱が音を立てて揺れた。そういえば下校の途中だったと、青ざめる。母親にばれたらきっと怒られるに違いない。「こんな時間まで何処で寄り道していたの!」と。
少女「…早く行きな。良い子は帰る時間だよ」
少女に促されて弟はこくこくと頷いた。慌てて坂道を駆け降りる最中、少女に向かって振り返ると声を張った。
366: 番外編 ◆b.qRGRPvDc:2011/12/9(金) 00:07:56 ID:w/b1EyjZ5M
弟「よく分かんないけどさ、聞こえるよ。僕にはあんたの声、ちゃんと聞こえてるから!」
またねと手を振って弟が走りだす。少女は何も答えなかった。
少女「……」
答えなかったが、走り去る弟の背中に小さく手を振ってみせた。夕焼け小焼けのメロディに乗せて小さくなってゆく弟の背中をぼんやりと一人、見送った。
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