男「あれ?何してたんだっけ?…なんで此処に居たんだっけ?」
住宅街の路地にポツリと立つ青年。見たところ、学生のようだ。
辺りを見渡しても、まるで自分以外の人間が魔法にでも掛けられたかのように姿を見せない。
灰色に染まった空は雨を降らせてパタパタと音を立てながらアスファルトを濡らしていく。
男「うわ!財布の中身散乱してるし!お札が濡れる!」
散乱しているお金を慌てて掻き集め、乱暴に財布に押し込んだ。
20: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 01:17:56 ID:2I5OaXgH26
男「遅い!」
胡坐をかいている青年の眉間には深々と皺が刻まれている。シャワーを浴びればいいと提案したものの、一向に少女が風呂場から出て来ないのだ。
よく女性は風呂が長いとは聞くが、これ程までとは予想だにしていなかった。
男「あの〜…」
ドアの向こうに居るであろう少女に声を掛けてみる。返事はない。
男「な、何かありました?」
やはり返事はない。耳を澄ましてみても、シャワーの音どころか物音一つ聞こえない。
21: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 01:29:06 ID:/e/5EDbjfE
男「まさか、風呂場で倒れてたり……だだだだ大丈夫です、くぁっ!?」
勢いよく開けた先、脱衣場に少女の姿はあった。青年が渡した部屋着の袖部分に頭を突っ込んで藻掻いている。
青年は慌てて少女に背を向け、脱衣場を後にした。
男「ごめんあさいでしたあくぁwせdrftgyふじこlp」
少女「男、男、」
男「は!?はひひいいぃい!」
少女「タスケテ」
男「フヒ?」
少女「頭、出せない」
男「……」
青年は無言で振り返った。袖に頭を通そうと藻掻く少女の姿は何とも滑稽で、色気というものは皆無だった。
22: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 01:39:01 ID:2I5OaXgH26
青年は本来出すべき場所に少女のそれをあてがってやった。すぐにスポン!と少女の顔は現れた。
少女「ぷふぅ〜…。あ、そうだ。苦手なら、」
男「はい?」
少女「苦手なら使わなくていいですよ、敬語」
サイズの合わない服を着ているからか、悪たれた笑顔で青年の真似をして見せた少女はとても幼く見える。
やっと見れた少女の笑顔の愛らしさと羞恥心が相まって、青年の頬は紅く染まった。
男「…ありがとう」
頭を掻きながら俯く青年に向かって「いいえ」と満足気に返した。
23: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 18:15:58 ID:TUIybGqP9g
男「ブッフォ…!!ちょ、何やってんの!やめ…や、止めなさい!」
青年の顔に水しぶきが飛んでくる。少女は青年の制止も聞かず、頭を左右に振り回している。
最後に体を小刻みに震わせると、自分の手の甲をペロペロと舐めてみせた。
男(まるで猫だな…“めぐ”みたいだ)
青年は“めぐ”を思い出していた。
めぐと青年もまた、あの路地で出会った。雨の中、静かに佇んで青年を見つめていた黒猫、それが“めぐ”だった。
首輪もされていない黒猫は野良猫と呼ぶには汚れておらず、何処か凛としているように見えた。
ただ真っ直ぐに、青年を見つめていた。
男『迷子か?早くお家に帰らないと風邪引くぞ』
青年がその場を去っても黒猫は其処に居た。ベランダから路地を覗いてみても、まるで此方を見ているようだった。
24: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 18:25:20 ID:TUIybGqP9g
男『……マジか。まだ居るぞあいつ』
明朝、ベランダから路地を覗いた青年は、思わずそう呟いた。
雨の中、相も変わらず黒猫は其処に居た。微動だにせず、じっと青年を見つめていた。
男『ずっと居たのか…?なんか、こっち見てるような…』
まさか、と首を左右に振る。自分はあの猫を知らない。ましてや、猫を飼った事もない。
男『……』
暫くベランダ越しに黒猫を見ていた青年だったが、一つ息を吐くと上着を手に、マンションを後にした。
25: ◆b.qRGRPvDc:2011/10/18(火) 18:34:49 ID:YT6kaGM87g
男『おーい。お前、迷子か?』
青年は黒猫の前に屈んだ。
自分の傘に黒猫を入れてやると、そっと撫でてみせた。
黒猫はゴロゴロと音を鳴らして気持ち良さそうに目を細めている。
男『誰か待ってんのか?』
黒猫は何も言わず、じっと青年を見つめている。
男『……お前、家に来るか。この電柱に貼り紙しといてやるから、飼い主さんもきっと現れるよ』
青年の声に応えるように、黒猫は一言だけ鳴いた。
男『我ながらアレだな。
知ってるか?こういうの、“おせっかい”って言うんだ』
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