女「あの、顔色悪いけど大丈夫ですか?」 男「・・・え?」
Part11
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:47:46.22 ID:0uT0mh5C0
こんばんは
それでは続きです
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:48:21.96 ID:0uT0mh5C0
***
彼女と別れた次の日から、オレは初めて真剣に将来のことを考えた。
将来の自分のこと。
オレのとなりに彼女がいること。
彼女が不安にならないために、オレができること。
そしてそのために、今自分ができること。
出した答えは、平坦ではないが、月並みと言えばそうかもしれない。
ともかくもオレは、その未来に向かって走り出した。
夏が近づく頃、オレは久しぶりに彼女に電話をした。
男『もしもし・・久しぶり』
女『・・うん』
男『今平気か?』
女『大丈夫よ』
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:48:57.26 ID:0uT0mh5C0
男『お前に報告しておきたいことがある』
女『うん』
男『前、メールで言った通り、オレ、志望校変えた』
女『ええ・・・かなり無謀な変更だったわね』
男『この前の模試、B判定だった』
女『・・・そう』
男『まだ半年あるとか、そういう甘えは言わない。試験の日までサボらず頑張る』
女『うん・・・頑張りなさい』
男『オレ、将来、お前と同じ職業目指すことに決めた。今度は本気で』
女『・・え?』
男『たぶんお前の事だから、俺より先に資格取っちゃうと思うけど、その後はオレに資格試験の勉強教えてな』
女『・・・気が向いたらね』
男『お前の勉強進み具合はどうなんだ?』
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:49:33.87 ID:0uT0mh5C0
女『あ・・・そう言えば、そろそろ私も本腰を入れて勉強しようと思うの。だから、今後はメールでもいいかしら?』
男『ああ、邪魔しちゃってたか。ワリィな』
女『いえ・・いいの』
男『半年後・・・・会いに行くから』
女『・・・・期待しています』
男『おう・・・任せとけ』
女『・・・・男君』
男『ん?』
女『あ・・・今年の夏は暑そうだから熱中症とか気をつけなさいよ』
男『ははっ・・ありがとな。お前も気を付けるんだぞ』
女『うん。そ・・それとあなた野菜嫌いだったわよね?ちゃんと健康のこと考えて毎日一食は野菜食べなさい。売ってる野菜ジュースだけじゃダメよ。それと、勉強ばっかりしてないで適度な運動もしなさい』
男『はは・・だからお前はオレの母ちゃんかよ・・・わかった。気を付ける』
女『・・・うん』
男『・・じゃあ、勉強邪魔して悪かったな。オレもそろそろ勉強始めるから。またな』
女『・・・ええ・・・頑張ってね』
男『ん』
プツッ・・・・ツー・・ツー・・
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:50:29.33 ID:0uT0mh5C0
それからオレは、予備校の夏期講習に通い、毎日勉強した。
彼女へメールをしたい衝動に駆られたが、あちらも難しい資格の勉強中だ。
それに、俺自身、彼女に甘えてしまうかもしれない。
だから、彼女へのメールも必要最低限にした。
夏の終わりの模試ではA判定が出た。
その後の模試も全てA判定だった。
模試の結果が出た時は彼女に報告した。
彼女からは素っ気ない“おめでとう、頑張ったわね”というメールが返ってきた。
今はそれだけで十分だ。
桜のつぼみが膨らむ頃、きっとお前を迎えに行く。
それまでは我慢だ。
でも、覚悟していてくれ。
お前が受け入れてくれたら、その時は・・・。
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:51:26.25 ID:0uT0mh5C0
***
センター試験は無事9割を超えていた。
二次試験の日の朝、オレは彼女に“行ってくる”とだけメールした。
試験が終わってケータイの電源を入れると“頑張りなさい”というメールがあった。
そして、3月のある日の朝、オレは都内の大学の掲示板の前に居た。
「これから合格者の掲示をいたしまーす」
男「・・・」
ばさっ・・・
男「・・・・・!」
男「・・・」
ピッ・・・ピッ・・ピッ・・・
trrrrrrrr・・・
男「・・・出ないな?」
男「・・・メールしとくか」
ピッ・・ピッ・・ピッ・・
その日の夜、オレは家族と外食し、家に帰ってベッドに横になった。
そして、ふとケータイに目をやると、メール受信を示す青いランプが光っていた。
『おめでとう。もしよければ次の土曜日、家に来てください』
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:52:09.87 ID:0uT0mh5C0
**
ピンポーン
ガチャ
女母「男君」
男「あ、おばさん。お久しぶりです」
女母「うん・・・合格したんだってね。おめでとう」
男「はい」
女母「・・・うん。上がって」
男「はい、おじゃまします」
オレはポケットに手を入れた。
うん、ある。
不思議な興奮と、期待が入り混じって、オレは約1年ぶりに彼女の家におじゃました。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:52:46.39 ID:0uT0mh5C0
女姉「こんにちは」
女兄「ひさしぶり」
男「あ、どうも」
リビングには、彼女の兄と姉も居た。
今日はどうやら父親以外勢揃いのようだ。
なんかちょっと緊張するな、と思った。
男「お久しぶりです。えっと・・女さんは部屋ですか?」
女姉「・・・」
女兄「・・うん、そうだよ」
男「あ、えっと」
女兄「行っておいで」
男「あ、ハイ」
オレは、彼女のきょうだいと母親に軽く会釈をし、彼女の部屋のドアに手をかけた。
隙間から、彼女の懐かしいにおいがした。
部屋に入って一歩進んだ。
なつかしい笑顔だった。
すっと会いたいと思っていた笑顔だった。
彼女は写真の中で笑っていた。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:53:20.90 ID:0uT0mh5C0
意味が分からない。
部屋を見渡した。
彼女がいつも使っていたベッドがある。
本棚には、学校の教科書と資格の勉強のための参考書。
マンガも少しあった。
勉強机を見る。
綺麗に整頓されていて、彼女の性格が表れているようだった。
彼女がその部屋で、すっと使っていたであろうその机の上には、手紙が置いてあった。
長方形の白い封筒の上には“男君へ”と書いてあった。
封筒は封がしてあった。
オレ宛の手紙だ。
封を開けた。
中には真っ白い便箋に、黒いボールペンで書かれた手紙が入っていた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:53:58.17 ID:0uT0mh5C0
男君へ
最初に、一番重要な事を言います。
おめでとう。
あなたなら、必ず合格すると思っていました。
あなたが志望校を変えると言った時、正直無謀だと思いました。
でもあなたが本気を出せば、合格するだろうと思います。
あなたは怠け癖があるけど、本当はとても頭のいい人です。
だからこれからはちゃんと、本気を出して物事に臨んでください。
それと、あなたには、いくつも謝らなければいけません。
私は、生まれつき筋肉が弱い病気を持っています。
今までは病気の進行が遅く、歩くこともできました。
ですが高校3年生の秋頃からだんだん進行が早くなってきました。
あなたに言わなければいけないのに、ずっと言えませんでした。
本当にごめんなさい。
あなたが優しくて、あなたに甘えていました。
あなたが、ずっと諦めていた時間をくれたから、その時間に終わりがあることをどこかで信じたくなかったのかもしれません。
水族館に行った日、ちゃんと断れなかった、私の弱さです。
たぶん、あなたはこの後もたくさんメールをしてくれると思います。
ですが、これから先のメールはお母さんとお姉ちゃんにお願いしました。
悪いのは私です。
だから、お母さんやお姉ちゃんを恨まないでください。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:54:36.78 ID:0uT0mh5C0
あなたがこれを読んでいる時、私はたぶんそこにいません。
でも悲しまないでください。
私は嬉しいんです。
あなたが道を見つけて、あなたの本当の実力に合った大学に行って、そしてあなたの将来が明るいことが。
だから、せっかく受かった大学に行かないとか、道をあきらめるとか、そういう事は絶対にしないでください。
きっと私のことを知らない誰かが、私の人生を見たら、それを不幸だったと言うと思います。
でも、そんな事はありません。
世界で一番大好きな人に出会えて、その人に愛されながら死んでいける人がどれくらいいると思いますか?
そして、私はその大好きな人の将来が明るいものだと確信できているから、とても幸せなんです。
最後に、あなたに命令します。
この手紙は焼きなさい。
そしてあなたが私に教えてくれたように、人の好意は素直に受けること。
これを守らなかったら、あなたのところに化けて出てあげないからね。
女より
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:55:15.49 ID:0uT0mh5C0
本当に悲しい時、人は声なんて出ない。
ただ、立っていられなくて、その場に座り込んで、涙が止まらないだけだ。
彼女の言葉が綴られたそれを握りしめ、彼女の部屋でオレは動けなくなった。
彼女の母親が、背中を丸めたオレに色々と話してくれた。
彼女の病気の事や、彼女が嬉しそうにオレの事を家族に話したことなどを。
手紙の文字は、いつか見た凛とした文字ではなかった。
小学生が鉛筆を握りしめ、必死に書いたような文字だった。
彼女が手紙を書いたのは、夏の初めだったという。
オレの電話の後、必死にこれを書いて、
そして夏の終わり、病気は心臓まで達した。
ポケットの小箱は彼女には渡せなかった。
手紙を持っていくかわりに、彼女の部屋の机に置いた。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:55:54.77 ID:0uT0mh5C0
自分の家の庭で、彼女の手紙を燃やした。
再会したら、どんな理不尽な事な我儘であっても、聞いてあげようと思っていたから。
炎は綺麗な白い紙をあっという間に飲み込んだ。
灰色の煙はゆっくりと空に昇って行った。
彼女の躰はそこには無いのに、その煙は彼女の最後の煙のような気がした。
それからオレはずっと空を見ている。
彼女が昇っていった空を。
何度悔やんでも悔やみきれない。
なんであの時別れてしまったんだろう。
無理にでも彼女の家に行けばよかった。
彼女を救うことは出来なかっただろう。
でも、彼女ずっと抱きしめることは出来た筈だ。
最期の瞬間も抱きしめていることが出来たかもしれないのに。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:56:28.90 ID:0uT0mh5C0
***
***
夜だというのに、外はどんどん騒がしくなるばかりだった。
気が付けばオレの襟はまた濡れていた。
目の前の名前も知らない女が、オレにハンカチを差し出した。
女「・・・あなたは、幸せだと思います。そんなに誰かに愛されることって普通は無いですから」
男「・・・・・そうですね」
女「でも、今のあなたを見たら、その人はきっと怒ると思います」
男「オレは・・・・怒られても嫌がられても、あの時別れないで彼女に寄り添うべきだったんです・・なのに・・」
女「そうじゃないです。それは違います」
男「・・・え?」
女「その人が、なんで別れようって言ったか分からないんですか?」
男「・・・それは」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:57:29.60 ID:0uT0mh5C0
女「もし、その時別れずに、あなたがその人の最期を看取っていたら、あなたは大学に入るため勉強しましたか?将来の夢を見つけることが出来ましたか?」
男「・・・・・」
女「打ちひしがれて、悲しみに支配されて、きっとあなたは立ち止まっていた。今のように」
男「・・・・・そうかもしれません」
女「その人は、きっとあなたがちゃんと前に進んでいくことを願っていると思います」
男「・・・オレは・・・」
女「あなたの愛した人が、命懸けで守ったあなたの将来を、あなたが台無しにしては、ダメです」
男「・・・・・・はい」
女「男さん・・・でいいんですよね?」
男「はい」
女「まだ自己紹介してなかったですね。私の名前は女って言います」
男「・・・え?」
女「偶然ですけど、同じ名前ですね」
男「・・・はい」
女「でも、私は、あなたの好きだった女さんじゃありません」
男「分かっています」
女「私はあなたの知ってる女さんの代わりにはなれないけど、あなたの想い出や愚痴を聞いてあげることくらいならできます」
男「・・・いや・・悪いですよ。それにもうこんな時間だ。くだらない話に着き合わせてすみませんでした」
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:58:06.42 ID:0uT0mh5C0
女「知っていますか?明日から大学の学祭なんですよ」
男「・・・え?」
女「そろそろ前夜祭が始まる時間です。一緒に見に行きませんか?」
男「・・・いや、悪いですから」
女「・・・人の好意は素直に受けたらどうですか?」
男「・・・・」
教室を出ようかと立ち上がった。
その瞬間、オレの背中を見えない何かが押した気がした。
男「・・・ああ」
女「?」
男「・・・・そうですね。行きます。オレ、あんまり行事とか参加してこなかったんでよく分かんないんですけど」
女「私もよく分かりませんけど・・・とりあえず人が集まっている方に行けばいいんじゃないですかね?」
男「そうですね」
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:58:48.71 ID:0uT0mh5C0
***
***
***
それからおよそ、20年が経った。
ーーーーーある墓所。
「久しぶり。今年も来たよ」
中年の男が墓所の一角で花を手向けていた。
芝生の中にあるその墓石は、きれいに磨かれていた。
「今年で、うちの子も中学生になったんだよ」
「早いもんだよな・・・でもちゃんとお前が言ったことは守ってるからな」
「今年は妻は用事で来れないとさ」
「大丈夫。ケンカとかじゃないよ」
「あの時オレが前に進めたのも、妻のおかげだから。ケンカなんてしないさ」
Prrrrrrrr
「おわっ・・社長からだ。仕事だなこりゃ・・・じゃあまた来るから」
ピッ
「はいもしもし?」
夏の風が緑の中を駆け抜けた。
さっきまで男がいた墓石の上に置かれた、数えきれないほどの数のヒマワリの花が優しく揺れた。
優しい音に混じって微かに声が聞こえた気がした。
ーーーーーありがとう。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 00:00:59.38 ID:kmviHhat0
これにて終わりです。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 00:59:07.35 ID:rKKH18Dao
いやぁ久々にSSで涙流したわ
乙
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 01:11:26.33 ID:ry0u+gxoo
すごく良かった
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 02:04:41.42 ID:kai9p4edo
乙
悲しい……
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 11:14:06.75 ID:0WCm16Xx0
よかったよ
なんかありがと
こんばんは
それでは続きです
204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:48:21.96 ID:0uT0mh5C0
***
彼女と別れた次の日から、オレは初めて真剣に将来のことを考えた。
将来の自分のこと。
オレのとなりに彼女がいること。
彼女が不安にならないために、オレができること。
そしてそのために、今自分ができること。
出した答えは、平坦ではないが、月並みと言えばそうかもしれない。
ともかくもオレは、その未来に向かって走り出した。
夏が近づく頃、オレは久しぶりに彼女に電話をした。
男『もしもし・・久しぶり』
女『・・うん』
男『今平気か?』
女『大丈夫よ』
205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:48:57.26 ID:0uT0mh5C0
男『お前に報告しておきたいことがある』
女『うん』
男『前、メールで言った通り、オレ、志望校変えた』
女『ええ・・・かなり無謀な変更だったわね』
男『この前の模試、B判定だった』
女『・・・そう』
男『まだ半年あるとか、そういう甘えは言わない。試験の日までサボらず頑張る』
女『うん・・・頑張りなさい』
男『オレ、将来、お前と同じ職業目指すことに決めた。今度は本気で』
女『・・え?』
男『たぶんお前の事だから、俺より先に資格取っちゃうと思うけど、その後はオレに資格試験の勉強教えてな』
女『・・・気が向いたらね』
男『お前の勉強進み具合はどうなんだ?』
206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:49:33.87 ID:0uT0mh5C0
女『あ・・・そう言えば、そろそろ私も本腰を入れて勉強しようと思うの。だから、今後はメールでもいいかしら?』
男『ああ、邪魔しちゃってたか。ワリィな』
女『いえ・・いいの』
男『半年後・・・・会いに行くから』
女『・・・・期待しています』
男『おう・・・任せとけ』
女『・・・・男君』
男『ん?』
女『あ・・・今年の夏は暑そうだから熱中症とか気をつけなさいよ』
男『ははっ・・ありがとな。お前も気を付けるんだぞ』
女『うん。そ・・それとあなた野菜嫌いだったわよね?ちゃんと健康のこと考えて毎日一食は野菜食べなさい。売ってる野菜ジュースだけじゃダメよ。それと、勉強ばっかりしてないで適度な運動もしなさい』
男『はは・・だからお前はオレの母ちゃんかよ・・・わかった。気を付ける』
女『・・・うん』
男『・・じゃあ、勉強邪魔して悪かったな。オレもそろそろ勉強始めるから。またな』
女『・・・ええ・・・頑張ってね』
男『ん』
プツッ・・・・ツー・・ツー・・
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:50:29.33 ID:0uT0mh5C0
それからオレは、予備校の夏期講習に通い、毎日勉強した。
彼女へメールをしたい衝動に駆られたが、あちらも難しい資格の勉強中だ。
それに、俺自身、彼女に甘えてしまうかもしれない。
だから、彼女へのメールも必要最低限にした。
夏の終わりの模試ではA判定が出た。
その後の模試も全てA判定だった。
模試の結果が出た時は彼女に報告した。
彼女からは素っ気ない“おめでとう、頑張ったわね”というメールが返ってきた。
今はそれだけで十分だ。
桜のつぼみが膨らむ頃、きっとお前を迎えに行く。
それまでは我慢だ。
でも、覚悟していてくれ。
お前が受け入れてくれたら、その時は・・・。
***
センター試験は無事9割を超えていた。
二次試験の日の朝、オレは彼女に“行ってくる”とだけメールした。
試験が終わってケータイの電源を入れると“頑張りなさい”というメールがあった。
そして、3月のある日の朝、オレは都内の大学の掲示板の前に居た。
「これから合格者の掲示をいたしまーす」
男「・・・」
ばさっ・・・
男「・・・・・!」
男「・・・」
ピッ・・・ピッ・・ピッ・・・
trrrrrrrr・・・
男「・・・出ないな?」
男「・・・メールしとくか」
ピッ・・ピッ・・ピッ・・
その日の夜、オレは家族と外食し、家に帰ってベッドに横になった。
そして、ふとケータイに目をやると、メール受信を示す青いランプが光っていた。
『おめでとう。もしよければ次の土曜日、家に来てください』
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:52:09.87 ID:0uT0mh5C0
**
ピンポーン
ガチャ
女母「男君」
男「あ、おばさん。お久しぶりです」
女母「うん・・・合格したんだってね。おめでとう」
男「はい」
女母「・・・うん。上がって」
男「はい、おじゃまします」
オレはポケットに手を入れた。
うん、ある。
不思議な興奮と、期待が入り混じって、オレは約1年ぶりに彼女の家におじゃました。
210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:52:46.39 ID:0uT0mh5C0
女姉「こんにちは」
女兄「ひさしぶり」
男「あ、どうも」
リビングには、彼女の兄と姉も居た。
今日はどうやら父親以外勢揃いのようだ。
なんかちょっと緊張するな、と思った。
男「お久しぶりです。えっと・・女さんは部屋ですか?」
女姉「・・・」
女兄「・・うん、そうだよ」
男「あ、えっと」
女兄「行っておいで」
男「あ、ハイ」
オレは、彼女のきょうだいと母親に軽く会釈をし、彼女の部屋のドアに手をかけた。
隙間から、彼女の懐かしいにおいがした。
部屋に入って一歩進んだ。
なつかしい笑顔だった。
すっと会いたいと思っていた笑顔だった。
彼女は写真の中で笑っていた。
211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:53:20.90 ID:0uT0mh5C0
意味が分からない。
部屋を見渡した。
彼女がいつも使っていたベッドがある。
本棚には、学校の教科書と資格の勉強のための参考書。
マンガも少しあった。
勉強机を見る。
綺麗に整頓されていて、彼女の性格が表れているようだった。
彼女がその部屋で、すっと使っていたであろうその机の上には、手紙が置いてあった。
長方形の白い封筒の上には“男君へ”と書いてあった。
封筒は封がしてあった。
オレ宛の手紙だ。
封を開けた。
中には真っ白い便箋に、黒いボールペンで書かれた手紙が入っていた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:53:58.17 ID:0uT0mh5C0
男君へ
最初に、一番重要な事を言います。
おめでとう。
あなたなら、必ず合格すると思っていました。
あなたが志望校を変えると言った時、正直無謀だと思いました。
でもあなたが本気を出せば、合格するだろうと思います。
あなたは怠け癖があるけど、本当はとても頭のいい人です。
だからこれからはちゃんと、本気を出して物事に臨んでください。
それと、あなたには、いくつも謝らなければいけません。
私は、生まれつき筋肉が弱い病気を持っています。
今までは病気の進行が遅く、歩くこともできました。
ですが高校3年生の秋頃からだんだん進行が早くなってきました。
あなたに言わなければいけないのに、ずっと言えませんでした。
本当にごめんなさい。
あなたが優しくて、あなたに甘えていました。
あなたが、ずっと諦めていた時間をくれたから、その時間に終わりがあることをどこかで信じたくなかったのかもしれません。
水族館に行った日、ちゃんと断れなかった、私の弱さです。
たぶん、あなたはこの後もたくさんメールをしてくれると思います。
ですが、これから先のメールはお母さんとお姉ちゃんにお願いしました。
悪いのは私です。
だから、お母さんやお姉ちゃんを恨まないでください。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:54:36.78 ID:0uT0mh5C0
あなたがこれを読んでいる時、私はたぶんそこにいません。
でも悲しまないでください。
私は嬉しいんです。
あなたが道を見つけて、あなたの本当の実力に合った大学に行って、そしてあなたの将来が明るいことが。
だから、せっかく受かった大学に行かないとか、道をあきらめるとか、そういう事は絶対にしないでください。
きっと私のことを知らない誰かが、私の人生を見たら、それを不幸だったと言うと思います。
でも、そんな事はありません。
世界で一番大好きな人に出会えて、その人に愛されながら死んでいける人がどれくらいいると思いますか?
そして、私はその大好きな人の将来が明るいものだと確信できているから、とても幸せなんです。
最後に、あなたに命令します。
この手紙は焼きなさい。
そしてあなたが私に教えてくれたように、人の好意は素直に受けること。
これを守らなかったら、あなたのところに化けて出てあげないからね。
女より
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:55:15.49 ID:0uT0mh5C0
本当に悲しい時、人は声なんて出ない。
ただ、立っていられなくて、その場に座り込んで、涙が止まらないだけだ。
彼女の言葉が綴られたそれを握りしめ、彼女の部屋でオレは動けなくなった。
彼女の母親が、背中を丸めたオレに色々と話してくれた。
彼女の病気の事や、彼女が嬉しそうにオレの事を家族に話したことなどを。
手紙の文字は、いつか見た凛とした文字ではなかった。
小学生が鉛筆を握りしめ、必死に書いたような文字だった。
彼女が手紙を書いたのは、夏の初めだったという。
オレの電話の後、必死にこれを書いて、
そして夏の終わり、病気は心臓まで達した。
ポケットの小箱は彼女には渡せなかった。
手紙を持っていくかわりに、彼女の部屋の机に置いた。
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:55:54.77 ID:0uT0mh5C0
自分の家の庭で、彼女の手紙を燃やした。
再会したら、どんな理不尽な事な我儘であっても、聞いてあげようと思っていたから。
炎は綺麗な白い紙をあっという間に飲み込んだ。
灰色の煙はゆっくりと空に昇って行った。
彼女の躰はそこには無いのに、その煙は彼女の最後の煙のような気がした。
それからオレはずっと空を見ている。
彼女が昇っていった空を。
何度悔やんでも悔やみきれない。
なんであの時別れてしまったんだろう。
無理にでも彼女の家に行けばよかった。
彼女を救うことは出来なかっただろう。
でも、彼女ずっと抱きしめることは出来た筈だ。
最期の瞬間も抱きしめていることが出来たかもしれないのに。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:56:28.90 ID:0uT0mh5C0
***
***
夜だというのに、外はどんどん騒がしくなるばかりだった。
気が付けばオレの襟はまた濡れていた。
目の前の名前も知らない女が、オレにハンカチを差し出した。
女「・・・あなたは、幸せだと思います。そんなに誰かに愛されることって普通は無いですから」
男「・・・・・そうですね」
女「でも、今のあなたを見たら、その人はきっと怒ると思います」
男「オレは・・・・怒られても嫌がられても、あの時別れないで彼女に寄り添うべきだったんです・・なのに・・」
女「そうじゃないです。それは違います」
男「・・・え?」
女「その人が、なんで別れようって言ったか分からないんですか?」
男「・・・それは」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:57:29.60 ID:0uT0mh5C0
女「もし、その時別れずに、あなたがその人の最期を看取っていたら、あなたは大学に入るため勉強しましたか?将来の夢を見つけることが出来ましたか?」
男「・・・・・」
女「打ちひしがれて、悲しみに支配されて、きっとあなたは立ち止まっていた。今のように」
男「・・・・・そうかもしれません」
女「その人は、きっとあなたがちゃんと前に進んでいくことを願っていると思います」
男「・・・オレは・・・」
女「あなたの愛した人が、命懸けで守ったあなたの将来を、あなたが台無しにしては、ダメです」
男「・・・・・・はい」
女「男さん・・・でいいんですよね?」
男「はい」
女「まだ自己紹介してなかったですね。私の名前は女って言います」
男「・・・え?」
女「偶然ですけど、同じ名前ですね」
男「・・・はい」
女「でも、私は、あなたの好きだった女さんじゃありません」
男「分かっています」
女「私はあなたの知ってる女さんの代わりにはなれないけど、あなたの想い出や愚痴を聞いてあげることくらいならできます」
男「・・・いや・・悪いですよ。それにもうこんな時間だ。くだらない話に着き合わせてすみませんでした」
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:58:06.42 ID:0uT0mh5C0
女「知っていますか?明日から大学の学祭なんですよ」
男「・・・え?」
女「そろそろ前夜祭が始まる時間です。一緒に見に行きませんか?」
男「・・・いや、悪いですから」
女「・・・人の好意は素直に受けたらどうですか?」
男「・・・・」
教室を出ようかと立ち上がった。
その瞬間、オレの背中を見えない何かが押した気がした。
男「・・・ああ」
女「?」
男「・・・・そうですね。行きます。オレ、あんまり行事とか参加してこなかったんでよく分かんないんですけど」
女「私もよく分かりませんけど・・・とりあえず人が集まっている方に行けばいいんじゃないですかね?」
男「そうですね」
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/08(土) 23:58:48.71 ID:0uT0mh5C0
***
***
***
それからおよそ、20年が経った。
ーーーーーある墓所。
「久しぶり。今年も来たよ」
中年の男が墓所の一角で花を手向けていた。
芝生の中にあるその墓石は、きれいに磨かれていた。
「今年で、うちの子も中学生になったんだよ」
「早いもんだよな・・・でもちゃんとお前が言ったことは守ってるからな」
「今年は妻は用事で来れないとさ」
「大丈夫。ケンカとかじゃないよ」
「あの時オレが前に進めたのも、妻のおかげだから。ケンカなんてしないさ」
Prrrrrrrr
「おわっ・・社長からだ。仕事だなこりゃ・・・じゃあまた来るから」
ピッ
「はいもしもし?」
夏の風が緑の中を駆け抜けた。
さっきまで男がいた墓石の上に置かれた、数えきれないほどの数のヒマワリの花が優しく揺れた。
優しい音に混じって微かに声が聞こえた気がした。
ーーーーーありがとう。
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 00:00:59.38 ID:kmviHhat0
これにて終わりです。
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 00:59:07.35 ID:rKKH18Dao
いやぁ久々にSSで涙流したわ
乙
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 01:11:26.33 ID:ry0u+gxoo
すごく良かった
乙
悲しい……
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/09(日) 11:14:06.75 ID:0WCm16Xx0
よかったよ
なんかありがと
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